閑老人のつぶやき 人格社会主義の本質

日本のキリスト教史で賀川豊彦は異彩を放つ人物の一人として注目されてきました。その該博な知識は、賀川が類稀な頭脳の持主であったことを示しています。しかし賀川が主張し実践したことは、キリスト教界でも、世間一般でも、いつしか忘れられつつあることも、また事実です。戦前、満蒙開拓団という国策に協力したという指摘がなされ、その著作の中で差別語を使っているという批判もされ(『貧民心理の研究』)、また戦後の一億総懺悔の主張は戦争責任を曖昧にするものであったなどという、彼に対するマイナスのイメージもつきまとっています。一人の人のそのような歴史的限界を認めつつ、なおその主張に耳を傾けようとするのは、彼がキリスト者であり牧師でありつつ、その常識的な境界を大きく踏み越える人物であったからです。ここで紹介の作業を試みる『人格社会主義の本質』は、『賀川豊彦全集13』(キリスト新聞社1964年)に収載されています。巻末の武藤富男の解説によれば、本書は、1949年12月20日、東京清流社から発行されました。武藤はその解説の中で、「四六版三百七十一頁に及ぶ本書は賀川の著作中の大著の部に属するが、内容は新しいものではなく、従来の賀川哲学、賀川経済学を、人格主義という立場から編み直したものである。本書の特色は、むしろ唯物共産主義批判にある。それも決して新しいものではなく、貧民窟時代から賀川が折にふれて書き又は論じた共産主義批判をここでまとめたものである。但し『主観経済の原理』に現われた分析の鋭さと立論の精緻さは、この書では見出しえない。前書においては、壮年学徒賀川はマルクスの学説を咀嚼し解明した後、唯心史観の立場から鋭くこれを批判しているが、本書においてはその鋭鋒が鈍っている。そこには生涯をかけて資本主義と闘い、唯物共産主義と戦い抜いた老学者の疲労の色がうかがわれる」と書いています。本書に賀川の「疲労の色」を見るか、それとも、円熟を見るかということは、見る人によって異なります。しかし思想形成期の舌鋒の鋭さが失われ、自己の思想の総論的なまとめがなされているという点はあるでしょう。その点では、賀川の主張のおおよそを知るために、本書は、むしろ便利であるという面もあるのではないかと思われます。初めに本書の構成を知るために、以下に章立てを書き記します。それは(本ホームページ上の)目次を兼ねています。

人格社会主義の本質

第一編 人格社会主義の本質

第一章 人格社会主義とは何か―搾取なき世界の創造

第二章 社会構成の人格的要素―自主世界の創造

第三章 社会経済の人格的進化

人格としての労働者の解放 意識経済の意識労働

第四章 経済心理と統制経済

物品統制と経済心理 職業経済の人格社会への結集

第五章 経済心理と計画経済

「主義」経済誕生の心理的分析 信用の心理と計画経済

第六章 経済心理の発展と人格社会主義機構の必然性――物品社会主義と人格社会主義の差

経済心理の生命要素 経済心理の労力要素 経済心理の変化要素 経済心理の成長要素 経済心理の選択要素(経済心理より見たる能率経済) 経済心理の法則要素(経済心理より見たる法権利経済) 経済心理の合目的的要素

第七章 歴史発展の人格的要素

唯物史観の非科学性 歴史哲学より見たる連帯意識の誕生 マルクスか? ラスキンか?

第八章 人格社会主義の成立

社会保障法の人格的要素 人間経済と物的経済 意識経済と社会連帯意識 人格社会主義経済の再認識 精神革命による社会革命 人格社会主義の成立 

第二編 唯物共産主義哲学の批判

第一章 唯物論批判

物質は消滅する(アインシュタインの相対性原理) 物質にも目的がある(物質は神の言葉である) 物質組立の意匠 遺伝因子は目的を持つ(生理的唯物論は成立せぬ) 肉体は目的を持つ(生理的唯物論は成立せず) 正系発生の合目的性(物質は力の束である) 電気生理学の神秘(物質に秘められた不思議) 再生の生理の奇蹟 唯物論と生存競争

第二章 唯物弁証法批判

唯物弁証法の非科学性 資本主義の偶像崇拝(マルクス唯物弁証法の精神分析) 唯物弁証法は病理学だ(病理学は治療ではない) 交換世界の弁証法(マルクスは半分の真理) 生命は唯物弁証法では解けない 宗教は唯物弁証法の結果ではない 美は唯物弁証法の問題外 存在と物質とは異る 撰択性論理学の出発 心は唯物弁証法では解けない 絶対者は唯物弁証法で理解出来ない

第三章 唯物史観批判

意識無視の社会史 意識の経済心理的発展(マルクスの唯物史観は歴史を説明せず) 社会は精神の衣である(マルクスの意識無視論の矛盾) 唯物史観は歴史の諸法則を証明せず(唯物生産が歴史の全部ではない) 経済目的の非物質性(マルクスは目的と過程を取違へてゐる) 技術は唯物的でない 発明は精神の産物 技術道徳なくして産業なし 所有権の社会心理性 生理経済より意識的経済心理への発展

第三編 人格社会主義の運営

第一章 人格社会主義の政治的運営

社会連帯意識による運営 階級闘争の進化

第二章 人格社会主義の経済的運営

土地問題対策 資本金融問題対策 労働問題対策 生活問題対策 産業問題対策 協同組合の革命的使命

第三章 人格社会主義の文化的運営

教育革命 人格社会主義の科学対策 人格社会主義の芸術対策 人格社会主義の道徳対策 人格社会主義の宗教対策 人格社会主義の平和対策

目次は以上です。以下、例によって私自身の注は▽、△で示します。その他の部分は賀川の文章です。仮名遣いはもとのままにしてあります。

人格社会主義の本質

どん底生活四十二年間の苦い経験が、私にこの書をかかせた。貧民窟を救ふために出発した私は、労働組合の組織に没頭し、農民組合運動に着手し、これに平行して勤労者間の協同組合運動の畝作りに、骨を折った。そのお蔭で、裁判所で有罪の判決を四回も受け、警察の監房に二回、未決監に二回、憲兵隊の独房に一回収容せられ、資本主義経済の法律が、どんな形で運営せられてゐるかを詳かに知ることができた。

△ 賀川はこの通りの生涯を送りました。神学生時代に神戸の貧民窟に入ったのを手始めとして、アメリカ留学後、川崎造船所における戦前最大と言われる労働争議を指導し、神戸の灘生協などの生活協同組合を組織し、農協の基礎を据えるなど、その活動は多岐にわたり、日本の社会の底辺の底上げに貢献しました。それはキリスト教とかマルクス主義とかの、イデオロギー以前の問題として、正当に評価されるべきです。

私は明治三十七年頃から社会主義文献に親しみ、「新紀元」の思想に共鳴し、木下尚江徳富蘆花の演説を楽しみに聞きに行ったものである。若い時から、マルクスやエンゲルスを読んでゐたが、彼らの無産者解放の運動に賛成しながらも、彼らの唯物思想に常に反撥を感じて来た。それは、どん底生活の長き体験によって、道徳生活の欠如が、如何に多くの窮迫者を作るかをあまりに眼のあたりに見せつけられたからであった。その当時の研究は大正三年(一九一四年)拙著「貧民心理の研究」に採録しておいた。その後「主観経済の原理」を著作し、唯物史観、唯物弁証法を基礎とするマルキシズム反対の社会主義を主張してきた。

△ 賀川は徳島県の片田舎で育ちました。父親の死後、家運は傾きましたが、父は神戸で回漕店を営む資産家であり、自分は村では例外的な金持ちの子であることに負いめを感じ、また「めかけの子だ」と陰口をたたかれることを苦にしていたようです。月報(23)によると、弟の賀川益慶氏はその二つのことが「兄がクリスチャンになった原因」であろうと推察しています。神戸の神学校に在学中、結核を患い、アメリカ人宣教師の献身的な愛によって支えられたという経験も、その後の人生に大きな影響を与えたものと思われます。それが「愛の実践」という思想に結実したのでしょう。貧民窟でトラホームに罹り、一生眼疾に悩まされました。それは賀川の「愛のしるし」と言うべきものでした。賀川のそのような生い立ちからすれば、唯物論は支持し難い思想であったでしょう。

敗戦後、日本人の性癖を多少とも知ってゐた私は、左翼への転移があることを予期して、色々と研究を進めてゐたが、敗戦後のどさくさに稿を纏め得ないでゐた。然しいつまでも捨ててをくことが出来ないので、この形にしてみた。実は「経済心理学概論」と云ったものを先に出し、その後にこの書を出したいと思ってゐたが、材料の整理が充分つかないので、この書を先に出版することにした。

△ 賀川は実に多忙な生活の中で読書をし、全集にも収めきれないほど多量の執筆活動をした人であるということに注意すべきです。旅行中にも執筆にいそしみました。

私は飽迄「経済」を「人間」の為めの「人間能力」の経済と考へてゐる。自然資源と云ふものも、人間と人間能力の補強的役割しか持ってゐないと私は考へてゐる。この中心に考へることが、始めから唯物弁証法的に問題を進めるマルクス的立場と異った方向を私に指ざした。

△ マルクスが、猿から人間を理解することはできない、人間からのみ猿を理解することができると言っているように、マルクス主義が単純に「人間能力」を無視する思想であると考えるのは間違っているでしょう。しかし当時の唯物論にそのような誤解を与える主張があったことを否定することはできません。

勿論、私はこの書で、私の云ひたいことの凡てを書きつくしてゐない。然し、私が日本と世界に向って、かくあって欲しいと云ふことを卒直にのべねばならぬ任務を果したと思ってゐる。

日本の如きドン底に落ちた国を救ひ、文明の危機に立ってゐる世界を建直す方策は、私が此書に記述した方法の外に、絶対に無いことを確信するものである。「人格社会主義」と云ふ言葉を西洋ではどんな人が使用してゐるか、私は知らない。私は、東洋に於ける敗戦国民として、社会科学に新しき分野を開拓して、少しも差支へはないと考へてゐる。社会科学が百年前と同じ方程式で行く必要はないと考へる。だが、多くの叱正を待って、初めて完成し得ると思ふから、あらゆる方面の厳正なる批判を仰ぎたく思ってゐる。

(一九四九・八・三一 颱風来襲の夕 東京・松沢)

△ 「人格主義」はカトリックのエマニュエル・ムーニエなどによって唱えられましたが、「人格社会主義」という言葉はあまり見かけられません。ここで「人格」という言葉を単純化して捉えれば、それは「応答する自己」であり、また「対話の主体」である、と言うことができるでしょう。そして「人格社会主義」とは「人間の顔をした社会主義」のことである、と言い換えることができるかも知れません。


第一篇 人格社会主義の本質

第一章 人格社会主義とは何か?

――搾取なき世界の創造――

1 無産階級解放の途

何を社会主義と云ふか。マルクスに云はすならばそれは、正当なる権利に基づく無産者の解放である。この点に関しては私も何ら反対すべき理由はない。唯マルクスが無産者の解放は、唯物論と暴力によらなければならないと、主張する所に同調しがたい点があるのである。目的のためには手段をえらばずと、云ふその方法論に、人生に於ける大事な喰ひ違ひを感ずるのである。人生は一つしかないから、手段を積み重ねて目的にとどく様になってゐる。善の目的に対する為に、悪をふみ台とする事は許されない。善と悪とを区別せず、総てを唯物的に理解し、便利なものを善と云ひ、不便なものを悪と云ふ様な、利益の寸法によって、善悪を計る事は出来ない。真正の解放は、生命権と人格権とを、無産階級に回復する事である。無産階級の解放に、暴力革命が必要だと云う事は、あまりに智恵が無さすぎる。雷を室内電燈に応用し得る時代である。人を殺さずに、労働階級を解放しうる社会科学の発達がなければ、自然科学の進歩に比較して誠にあさましいと云はねばならない。

△ フランス革命といい、ロシア革命といい、暴力なしに革命が達成されたことがあるのだろうかと問うてみれば、人間の社会の進歩に暴力は付きものであったという側面があります。明治維新を達成するためにも多くの人命が奪われました。権力の不正が民衆の目に極端に達したとき、権力(パワー)という暴力(ヴァイオレンス)に革命という暴力が、対抗的に行使されてきました。それが「あさましい」人間の現実です。そして資本主義が世界を席巻し、機械文明がどんなに発達しても、「無産者」の無権利状態がなくなることはありませんでした。この資本主義社会が続く限り、資本と労働の敵対関係はなくならないと言うべきでしょう。賀川はこの現実に対して、「暴力革命」以外の社会変革の方法があると主張しているように思われます。

産業革命は、封建社会の権力をうばってしまった。それは機会文明の発達が。さうさせたのである。教育の進歩は社会に民主的革命を引き起した。無産者の子供も発明と発見によって、王侯以上の地位と尊敬をかち得る時代が来た。自然科学の発達と、教育制度の革命は、社会民主主義の時代を前進せしめた。この時代に於て暴力を使用しなくても、普通選挙をもって、労働階級の解放が出来ないとするならば、社会民主主義の選挙制度に、あやまりがあると考へねばならない。

△ もちろん選挙制度に誤りがあるのではなく、選挙民の意識に問題があります。現体制を維持したいと考える者たちは、マスコミ、教育制度、警察・検察・裁判所などあらゆる手段を行使して、民衆の意識を封じ込めようとするでしょう。このところの民主党を中心とする連立政権への、検察・マスコミの大暴れをみれば、守旧勢力の手法が逆に見えてきます。たとえ選挙制度が民主的であっても、その運用が労働階級の解放に結びつくという保証はどこにもありません。そこに問題の難しさがあります。

2 社会民主と産業民主

カウツキーは独裁制度を排して、あくまでも社会民主主義による、非武力的労働階級の解放をえらばんとした。それに反してレニンは社会民主主義を信用せず、少数の機械労働階級をもって農民大衆をも、ひきずって行こうと考へた。かうした運動を、レニンは産業民主主義と考へた。私は機械的労働階級だけが、真の労働階級であって、農民や森林従業員は、社会主義思想を理解しないから、真の解放運動には邪魔者であると考へることはまちがってゐると思ふ。機械が発達すればする程、筋肉労働者の数はへり、重労働者の数がふえる。アメリカの如きは、この傾向が最もいちじるしい。もし少数の筋肉労働者が、暴力革命をもって、他の階級を支配せんとするならば、それは産業民主主義ではなく、産業征服主義であると云ふべきである。真の産業民主主義は、社会連帯意識にもとづいて、搾取制度を克服し、利益払もどし、持分制度、一人一票の裁決権を基礎とする共同社会を創造し、更に、個人で出来ない事を組合の自主性に基づいて、従属関係より解放せられ、失業をなくし、生活を安定にみちびき、信用制度を確立する道を開けば事足りるのである。

△ 工場労働者、あるいは基幹産業の(労働組合に)組織された労働者こそが革命の主体であるという考え方は、基幹産業に資本主義社会の中核があるという認識から来るものでしょう。その屋台骨を崩せば、社会全体が変わるはずです。しかし賀川は、それを「工場労働者(筋肉労働者)」による他の階級の支配である、と受けとめます。そしてそれとは別の望ましい社会のあり方を構想します。そこに認識の岐路があります。

独裁国家になってしまえば、自主自治自営の総てを失ってしまふ。たとへ統制と計画があるにしても、それは新しき奴隷制度である。労働意慾は減退し、役得に関する、官僚内部の新しき闘争が始まる。新しき幕府時代が、科学的武器を持つ警察制度の形を持って、大衆をしばり上げてしまふであらう。したがって、社会保障法も、社会保険制度も、新しき奴隷生活を保障する以上、何ものでもない事になるだらう。

△ プロレタリア独裁の思想が、ソ連などに於て結果としていかなる社会をもたらしたかを考えれば、賀川の指摘はまさにその通りであると言うべきでしょう。

一九四九年七月号のリーダーズ・ダイジェスト「乳と蜜の流るゝ地」の主人公であるロシヤの飛行将校ヴァシーリ・コトフの回想録を読めば、何人も新しき幕府制度が人類を解放しない事を、感ずるであらう。

△ 私も昔リーダーズ・ダイジェストという雑誌(アメリカの雑誌の日本版)を愛読した時期があります。賀川はその記事から、ソ連の問題を直感したのでしょう。

剣によって立つ者は、剣によって亡びる。暴力によって立つものは、暴力によって倒れる。連帯意識的目醒めと、機械文明の進歩と、教育制度の向上によって、徐々であるけれども、正確なる歩みを続けて、人格社会主義の組織網を一歩一歩前進させる時、その組織を武力や暴力で破壊する事は出来ない。「体を殺して霊魂を殺し得ざるものを恐るゝなかれ」と、キリストは云ったが、霊魂の内側から意識的に具現される政治的、産業的社会民主主義の運動は、一旦つくりあげた以上、絶対に逆転する事はあり得ない。

△ 賀川はここでマタイ10:28の言葉を引用しています。私が革命後の社会を考えるとき、いつも思い出すのは次の個所です。

「汚れた霊が人から出ると、休み場を求めて水の無い所を歩きまわるが、見つからない。そこで、出てきた元の家に帰ろうと言って帰って見ると、その家はあいていて、そうじがしてある上、飾りつけがしてあった。そこでまた出て行って、自分以上に悪い他の七つの霊を一緒に引き連れてきて中にはいり、そこに住み込む。そうすると、その人ののちの状態は初めよりももっと悪くなるのである。よこしまな今の時代も、このようになるであろう」(マタイ12:43−45)。

生理的原始共産主義の時代は、家族制度である。宗教的共産主義の形態は、ヤコブ・フッテルや、シモン・メノールの指導によって生れ、四百年間メノナイトの形に於て、今日に至るまで人格的社会主義が意識的目覚めによって、実行可能である事を教へてゐる。彼らは絶対に武力を使用せず、たゞ宗教的意識と教育の組織によって、その人格的社会主義の形態を今日にまで維持してきた。

△ 賀川はここでメノナイト派(アナバプティスト派)に言及し、それが人格的社会主義の一例であるとしています。

この形体を機械文明に活かす唯一の方法は、産業的に協同組合を造り、政治的には労働立法と産業立法を人格社会主義の方向に導き、勤労階級の自主、自営、自治、自由の世界を創造し、出産、疾病、老衰、死亡、生活難、失業に対しては、社会保障法を制定し、天災地変に対しては社会保険法を拡充し、一般大衆の為には、経済統制を自治的に行はせ、計画経済も産業民主的に実現し得るならば勤労階級の理想とする搾取なき社会は、そこに生れたと考へてよい。

△ ここに既に賀川の意識変革・社会変革の構想が略記されています。

3 人格社会主義の要領

以上のことを表示すれば、下の如くになる(▽1、▽2)。

△1 唯物革命の方向と人格社会主義の方向の各項目は、図では個々に対応しています。例えば搾取に対しては利益配分が対応します。なおここで「集積」とは資本蓄積のことを意味しているのでしょう。

唯物革命の方向

搾取→集積→集中→競争→不況→戦争→恐慌→失業→階級闘争→暴力革命

人格社会主義の方向

利益配分→持分制限→一人一票→統制→計画→博愛自由→自治→自営→自主→社会保険・社会保障

△2 以下は十字の形をした枠で示されています。それを上枠・下枠・中枠・右枠・左枠として記すことにします。中枠は中心的位置を占めるという意味です。

中枠 社会連帯意識

上枠 自主(非従属)・自営(非失業)・自治(非不安定)・自由(非不信用)

下枠 政治民主・経済民主・社会民主

右枠 社会保障――出産・疾病(負傷・災害)・老衰・死亡・生活難・失業

   社会保険――火災・天災・農業・海難・家畜・盗難・信用

左枠 統制/計画――食・衣・住、保険、労力・動力・機械力、運輸力・市場・通信、利子・利潤・利便、教育・能率、利権、文化

階級闘争は、物質に対する人間の戦ひであるか? そんなら半分は唯物的で、半は人間的である筈だ。それとも階級闘争は、人間に対する人間の解放の要求であるか? もし後者ならばそれは百パーセント人間的であり、人格的闘争でなければならぬ理屈である。

私は、この人間に対する人間の社会主義運営が、経済運動と称する物質的運営に当っても、それが、結局に於て、心理的に、また精神的に取扱ひを受けねばならないことを考へて、その理を究明したいと思ふものである。

経済の運営は物品の管理と人間の管理を意味する。然し、物品の管理をする者は、人間そのものである。結局経済の運営は、人間の意慾に始まって、人間活動に終る。そこに人格社会主義の出発が期待せられる。

△ 上に書かれていることが賀川の言う「主観経済」の意味なのでしょう。今日風に言えば、それは「現象学的社会学」の構想であって、経済法則をあたかも物理的法則のように取扱うことを拒否し、あくまでも人間の意識によって統制・計画されるべきものと見なすという考え方を意味するでしょう。そこに人格社会主義の出発点があります。

第二章 社会構成の人格的要素

――自主世界の創造――

1 人間社会の人間性

社会は人間が造るものである。それを物質が造る様に考へる事は誤である。人間は生れ付き、社会的動物である。親が無ければ生れる事も出来ないし、子が生れなければ、人間の種は切れてしまふ。だが、かうした生理的の理由ばかりではなく技術の相続、科学、芸術、意志訓練、宗教生活の総べてに亙って社会的構成をもたなければ文化生活を送る事は出来ない。かうした心理生活は、物理化学的自然法則に依って統一する事は出来ない。人間の理性と云ふものは、物理化学の法則を超越するものである。書物は数千年前の記録を我々に伝へ、人間推理の力は、星の運行、原子の内部構造まで究明する事を教へて呉れた。かうした驚くべき精神力を、物理化学の法則に依って説明しようと云ふのは随分無理な話である。

△ 人間の精神的活動をすべて唯物論的に、あるいは唯物史観的に説明することができると考えるのは、今日の科学的知識の範囲内では、まだ無理があると言わなくてはならないでしょう。だから人間は神の被造物であると主張することにも飛躍がありますが、旧来の唯物論にもある種の飛躍、あるいは独断があったと言わざるを得ません。そもそも唯物論には、それがキリスト教に対する反動として生れてきたという側面があります。

2 生命と物質の撰択的差

唯物弁証法の立場を取る社会学者は、生命の原理までをも、物理化学的法則を以って説明が出来ると考へてゐる。私はそこに無理があると思ふ。原子は光で出来てゐる。然し、原子になってしまへば、光ってはゐないのである。そこに撰択性の差がある。光を構成する撰択性と、光量子を以って、原子を組立てる撰択性の間には、想像もつかない位の法則上の差がある。物質界に生命が現はれてゐることは事実である。しかし生命現象が現はれる為には、恐らく固体に現はれたる結晶的条件、コロイド的条件、液体に現はれたる各種の条件、気体に現はれたる法則、電気及び放射能に現はれたる法則等を、更に一点に集中せしめる撰択的条件の下に「活力としての」生命現象が顕はれるものと私は考へてゐる。これは電子の廻転により磁力性が現はれるに等しい。この撰択的条件そのものは原子そのものではない。原子になる前の光の性質、また光が組立て得る電気素粒子の驚くべき撰択性を通して物質とは違ったエネルギーとしての生命現象が顕はれ得るものと私は信じてゐる。生命現象が機械的な要素を持ってゐる事を私は否定しない。又私は機械性を無視する活力説(ヴァイタリズム)をも信ずるものではない。しかし私は、生命現象を顕はす組織体は、物質と称する原子だけのものではなく、原子をイオン化し、放射能化するエネルギーであると思ってゐる。頗る不安定な形の中に、驚くべき安定性を撰択的に顕はす最も特殊な有機的合目的性を持った活力であると、私は信ずるものである。この撰択性の複雑なる組合せが、生命現象そのものでありとすれば、生命そのものは、物質をつらぬく合目的性の撰択的法則と力を考へなければとけないと思う。水素イオンの濃度が、百万分の一違っても、生命現象は消えてしまう。その様にデリケートな撰択性を持ってゐるのが生命現象である。電気そのものを物質と云ふならば、生命は物資的性質を持ってゐる。

△ 賀川はここで科学的に見当外れのことを言ってはいません。むしろその科学的知識は相当なものであると言うべきでしょう。しかし撰択性の概念は賀川独自のものであって、物質の結合には錬金術のような恣意性は働かず、そこには厳然たる法則性があり、生命の現象が発現するためにも、そこには諸法則の実に複雑な組合わせが見られるということを、撰択性という言葉で表現しているのでしょう。そこには生命と物質の階層性とも言うべき差が見出されます。それが生命と物質の「撰択的差」と言われています。

然し、新陳代謝の驚くべき現象の他に、増殖し、成長し、物質の変転する中を変転せずに生命と云ふエネルギーとしての活力現象を維持する以上、それを物質と同一視する事は出来ない。鉄と蒸気機関とは違ふ。電線と発電機とは異る。それは、撰択性が異なってゐるからである。それで生命現象についても同じことが云へる。光や電気の如き、最近まで物質と考へてゐなかった物を、撰択的に組立てた構造を通して、生命力と云ふ活力が顕はれてゐるのであって、物質と生命の差は、撰択性の差であると私は考へてゐるものである。

唯物論者がこの撰択性を無視して、生命は、唯物的に取り扱はねばならぬと云ふことに私は反対するものである。

△ 弁証法的唯物論が、あたかも科学的公式であるかのように取扱われるならば、それは一種の形而上学であって、科学的であることを装った独断的な世界観であると言わなくてはならないでしょう。しかし物質とは異なる生命現象の特異性が見出されるからと言って、唯物論そのものが否定されるわけではありません。それこそは、イデオロギーと科学との間の「選択性の差」であると言うべきでしょう。

3 心理作用の物理的要素

生命現象が、物質の諸要素を撰択的に組立てた機構性を通してあらはれた活力であると同様に、心理作用も脳髄の持つ撰択的組立てを持ってあらはれてくる、作業の撰択的集合体であると云ひ得る。下等動物の心理作用は簡単である。その簡単な作業は高等動物において組合はされ、統一的撰択をうけ、記憶、聯想、推理等の驚くべき集積と集中が行はれ、歴史的には記憶による保存となり、空間的には聯想による連絡となり、未来に対しては想像力と推理力とによって、その領域を拡張し、理性の働きによって、法則を発見し、現象の奥にかくれたる秘密をさぐり出し、その秘密のかぎを握ることによって、新しき発明と発見を生むことが出来る。そして自覚によって、自己の内部に新らしき「我」と云ふ小宇宙の誕生となる。

△ 生命現象が、心理作用を含めて、諸要素の複雑な組合わせと統一であるということは疑う余地がありません。それを科学的に解明した例としては『生命を把えなおす』があります。賀川がその見通しを語っているということは、その発言が科学者のものであるなら、特に驚くに値しないでしょう。しかし牧師でもある賀川の発言として見るなら、そこには賀川の知的スケールの大きさというものが見えてきます。

4 自由意志の誕生

この精神作用は、物理化学の法則の如く、限られたる因果律をくりかへすにとどまらず、殆んど無限に近い撰択的組合せによって、自由意志を発揮し得るのである。

それは法則を無視してゐるものではない。だが、法則が約束する撰択的因果律の条件内において、撰択の組合せを自由にする範囲を内質的に与へられてゐるのである。それは、あたかも電話交換局の交換台と、交換手の様なものを一つにしたものである。

この自由意志の発達によって、人間社会は本能生活をおくる動物生活を離れ、下等動物がまねする事の出来ない精神生活につき進むのである。

△ 賀川がここで自由意志を形而上学的に論じているのではないということに注意すべきです。自由意志は「法則が約束する撰択的因果律の条件内において、撰択の組合せを自由にする範囲」に関わっています。

5 精神生活の社会性

精神生活の発見によって宇宙の公理、法則を発見し、数学、物理、化学、天文、生物学、さては心理学、社会科学の発展まで研究し得る地位にまで到達した。

発明した技術は教育制度によって、社会的遺伝を徹底せしめ、近代になって人間は魚類や蝶類がなしあたはぬことまで、自由に駆使する様になった。

この精神力の発達によって、人類社会は有機的な心理的社会を組織することが出来た。それで今日の社会組織と云ふものは、原始的生理社会より進化して、技術的心理社会にまで発展してゐる。

心理的社会組織は、物理化学的基礎の上に立ってゐるけれども、撰択的条件に於ては、物質と生命とが異る如く、物理化学的なものとは異ってゐる。物理化学の社会に於ては自然的時間空間の制限をうける。しかしテレビジョンを発明し、ラヂオを発明した現代の心理社会は、空間時間を超越して、あたかも総ての現像を脳髄の内部に於て、再現してゐるかの如くとりあつかふ様になって来た。

この精神的密着性が可能になればなる程、社会連帯意識性の比率も増すわけである。

△ この地上に人間社会、技術的心理社会が出現したということは、進化の一つの過程ではあるでしょう。しかしそれによって賀川が中心的なテーマと見なす「社会連帯意識」の比率が、どういう意味で増してきたと言えるでしょうか。格差社会が助長され、貧困率が上昇する今日の社会に、「社会連帯意識」の増大が見られるでしょうか。

6 道徳社会の出現

だが、かかる精神生活の物理化学的条件がそなはったからといって、すぐ世界連邦が生れ、理想の社会が誕生するといふのでは決してない。

精神生活が驚くべき速力を持って進歩してゐるにかゝはらず、人類の道徳性はかならずしも同一速度をもって進歩してゐるのではない。性慾上の混乱はおこり、所有慾、支配慾、虚栄心、欺瞞心も働けば団体利己心も動く。民族闘争に民衆をかりたてるものもあれば、階級闘争に人民を引ぱって行かんとするものも出て来た。阿片を売るものもあれば、酒をすゝめる者もある。梅毒になやむ者もあれば、ヒロポンに泣く者もある。

△ 賀川が社会悪を先ず道徳的な問題として捉えているということがわかります。従って階級闘争も、ここでは道徳的な諸問題の一つに数えられています。

かうした混乱に、社会連帯意識性は寸断せられ、群を離れて反社会性に泣く不良少年もあれば、階級闘争に名をかりて、侵略戦争に出る者もある。どうしてかゝる混乱が社会生活に起ったかと聞く人があるだろう。その答えは簡単である。自由意志が、社会連帯意性の軌道をふみはずした為であると云ふより他はない。もし、この連帯意識の線よりはずれた者に対しても超道徳的な努力を持って、もう一度社会生活に引きもどしてやらうといふ贖罪愛的指導をおしまないものがあるとすれば、その時にこそ社会生活は意識的に最高の頂点にまで達したと云ひうるだろう。この高度の社会意識が発達して、始めて真正な社会構造がうまれるのである。それは人格的連帯意識性の結合であって、人類全体を一つの世界にまとめあげんとする。根本意識的目覚めの衝動がはたらいてゐる。この連帯意識性の世界では、経済的利益とは逆に、自己の生命までをも犠牲にして新しき世界を創造せんとする精神的衝動が働く。南洋諸島の人喰人種もかかる驚くべき社会連帯意識の保持者の前に生れ変り、人道主義による新社会が誕生するに至った。マルクス、レニンの唯物暴力共産主義は、かかる行動の人格社会主義にくらべては、到底全人類を一つにする力は持ってゐない。私は人格社会主義に於て始めて産業民主主義が徹底し、自主自営、自治自由の世界の創造が可能であると信ずるものである。

△ 人間に自由意志があるということは、放埓に走る可能性があるということを意味しています。道徳的規範を踏み外して犯罪行為に及ぶのは、人間が本能に規制された動物的な生活を、良くも悪くも逸脱してしまっているからです。自分の子どもを故意に餓死させる親まで出てきます。賀川はここで牧師としての顔を出して、「贖罪愛の実践」が社会生活を意識的に最高の頂点にまで高めると言います。それは「自己の生命までをも犠牲にして新しき世界を創造せんとする精神的衝動」が働くことであるとも言われています。かつての熱狂的な世界伝道の時代には、そのような衝動に突き動かされた宣教師も居たでしょう。賀川の頭には依然としてそれがモデルとして居座っています。しかしここで注意すべきは、その「贖罪愛の実践」が、キリスト教あるいは教会という場所的限定を受けていないことです。それは社会生活の理想であるとされていて、キリスト教の排他的かつ独占的な教義として主張されているわけではありません。そこに賀川の思想の特徴があります。そして人格社会主義もまた、その「贖罪愛の実践」から生れてきます。


第三章 社会経済の人格的進化

第一節 人格としての労働者の解放

1 価値の進化

経済を唯物的にのみ考へて行く所に、唯物資本主義の誤謬があった。そして、その胎内から発生した唯物共産主義が同一の誤りを犯してゐる。

△ マルクス主義は資本主義社会の唯物論(物神崇拝、フェティシズム)を批判しました。しかしそれを批判する立場も唯物論でした。しかしその唯物論の「批判的弁証法的」性格については、さらに熟考する必要があるでしょう。

経済と云うものは「物質」を仲介物にはするけれども、その目的は生命及労力の維持、発展補修にある。生命は労働を通じて、心理生活の向上をもくろむ。即ち極小の努力を用ゐて、極大の効果を得たいと望んでゐる。その結果、生命の充実、勤労意欲の達成、人格内容の充足が、生活経済の発展と共に問題となる。

△ 生活(生命活動)の再生産に経済活動の目的があります。そのとき生活を成立たせる物質の量(富)だけではなく、物質に仲介された生活の質が問われるでしょう。

だから、物質や、物品は全くの方便であって、決してその目的では無いはずである。だが、その方便や過程が、生命の縄梯子に於ては、直に、傾向への大事な階段になるために、最終目的を忘れて、つい、目先の物品や、機械が、人間の根本問題を忘却させてしまふ。本筋から見れば、精神的なものが、途中で、病気にかゝってしまったのである。

△ 生命の縄梯子の最終階梯に想定されているのは「精神的なもの」です。しかし途中の手段や方便である筈のものが、いのちの根本問題を忘れさせて、あたかも目的であるかのように見なされてしまうところに、賀川は精神の病を見ます。

キリストも「汝の宝のあるところに汝の心もあり」(マタイ六・二一)と云はれたが、「心」が、財宝に引かれるところに唯物資本主義や、唯物共産主義の病原が潜んでゐる。これを唯物史観と云へば、云へる。だが、病気は飽くまで病気である。

△ 私有されているもの(生産手段)が共有されれば、問題が解決されると考えるのは、それ自体病的であるとは考えられません。しかし所有に関わる心の問題(物への執着)が解決されなければ、共有は強制によらなければ実現しないでしょう。それは唯物共産主義の病原であると言うよりは、人間の病気そのものです。

「財を天に積め!」さうキリストは主張した。「最高善実現の為めに、物質的エネルギーを投資せよ」と彼は我々に注意してゐる。これを忘れては、真の経済は成立しない。

△ あまりにも高すぎる理想は存在しないも同然です。誰が最高善実現のために経済活動を営んでいるでしょうか。賀川はここではアナバプティスト派の世界観を主張しているとさえ言えます。過激であって現実的ではないように見えます。しかし賀川は見出しにあるように、「価値の進化」をそこに見ているのでしょう。

だが、伝染病が驚くほど、急激に感染する如く、社会病理的疾患も急激に伝染する。資本主義的ヤミも伝染すれば、唯物共産主義も流行する。で、私の任務はたゞ社会病理学者として、この疾患を診察するのみならず、その社会経済疾患を治療する方策を見極めねばならぬ。

△ 戦後の一時期、共産主義が多くの労働者や知識人の心を捕えていました。しかし賀川はそれを憂慮していました。マルクス主義は「病理学」としては正しい面を持っているが、治療法、あるいは「治療学」としては、暴力革命という外科手術一点張りで、甚だ問題があるというのが、賀川の見解でした。科学者による共産主義批判については、マイケル・ポラニー(ポランニー)の『個人的知識』を参照して下さい。

2 人格的心理経済への志向

「食ふに困るから……」「住む家が無いから」とインテリが唯物暴力革命を主張する。では、彼が、直に、唯物生産に努力する勇気があるかと問へば、それは無いと云ふ。彼が、都会を離れて、田舎に行って、労働する勇気があるかと聞くと、それは無いと云ふ。彼は、「知的労作なら出来る」と云ふ。出来れば、何処かの学校かまたは研究所で働きたいと云ふ。此処に、彼の性格に大きな矛盾があるのである。

彼は、知的生活もしたいし、パンにもありつきたいのである。彼の世界観の開拓をも追求したいし、唯物生活をも離れたく無いと云ふのである。それだけ、近代生活は複雑化したのである。そして、益々複雑化して行かねばならないのである。

つまり、近代生活の特徴は、唯物生活に満足してゐた原始生活とは違って、単に、食衣住の追求だけでは満足できないのである。食衣住の欲求を離れることは出来ないが、それ以上でありたいのだ。「それ以上――」それが人格的心理経済の出発になるのである。

△ 物質的生活、生活のマテリアリスティックな側面は、人間にとって必要不可欠です。しかし人間は「それ以上」を求めます(「欲求の階層性」参照)。

牛馬に生活難は無い。人間の奴隷になってゐる家畜に失業は無い。自由の世界に失業と云ふものがあるのだ。太古には失業難は無かった。自由職業の追求の世界に、失業難がある。独裁国家に失業は無い。それは国民が全部独裁者の奴隷だからである。

△ 人間に職業があるということは、分業ならびに協業が人間の社会を成り立たせているからです。しかし分業(職業)が世襲を離れて、自由な撰択に任されるようになったことが、良くも悪くも資本主義社会の特徴です。動物に職業がないのは、牛馬はそれぞれ牛業や馬業を営んでいて(そのものとして即自的に生きていて)、自らそれを意識化することがないからです。しかし人間は押しつけられた生活に満足しません。その自由の代償として失業があると、賀川は言います。しかし、今日のような不況とリストラと就職難の時代の求職者にとって、その言い方は多分に一面的であるという印象を与えるでしょう。就職の機会が極端に狭められてしまっているからです。

蟻や、蜂の世界に失業は無い。それは生理的女王独裁国家であるからである。生理の世界より、突変趨異(ミュテイション)を以って、新しい心理世界を開拓せんとするところに、混乱が起り、失業問題が起ってくるのである。

△ 生物の世界に突然変異mutation)によって心理世界が生れてきました。人間の世界の混乱はそこから始まります。賀川は失業問題もその一つに数えています。

この本質を弁へない、目先のことばかり見てゐる現象主義者、唯物主義が、自己の内部的変異に気付きながら、この心理的派出に気のつかぬところに、二十世紀の「主義」経済の混乱が起ってゐるのである。

△ 賀川はここで経済現象も心理的であると主張しています。この主張の当否にこの論文全体の価値がかかっています。マルクス主義やケインズ主義などの諸経済学説以前の本質的な事柄として、またそもそも経済現象とは何であるかという問題に関わることとして、ここで「心理経済」への志向ということが主張されています。

未来に向って、「かくありたい」と欲求することは、もはや、物質運動ではない。それは欲望と云ふ心理的意識運動である。「主義」は物質ではない。それに、唯物弁証法とか、唯物共産主義とか命名してゐるところに、精神分裂症が起ってゐるのである。一種の「表徴」を「本質」と取り間違へてゐる装飾狂である。

△ 共産主義への欲望は心理的であって、自己のその欲望を物質的であると見なすことは精神分裂病ではないかと、賀川は指摘します。少なくともそれはカテゴリー・ミステークではないかと言うことはできるでしょう。しかし心理もまた物理的現象の(進化の上での)延長上にあると考えれば、唯物論にも整合性があります。

3 経済価値と精神運動

経済は立派な価値運動である。価値と云ふものが物質であり得る道理が無い。十九世紀英国一の富豪セシル・ローズは南阿のダイヤモンドで儲けた。彼はダイヤモンド鉱を発見する為めに、南阿に出かけた。だが、彼の努力も空しく、まさに自殺せんとしてゐた時、子供らが弄んでゐた小石を路傍に捨てゝ見向きもせずに家に帰って行くのを見た。その小石こそ彼の求めてゐたダイヤモンドであったのだ。「この小石、おまへ、いらんのか?」「わたしに呉れるか?」「あげるよ!」何にも知らぬ子供らは、ダイヤモンドを一握りも、セシル・ローズにくれた。価値と云ふものはこんなものである。化学を知らぬ日本の製塩業者は、「ニガリ」をどんどん海に捨てゝゐる。これに少し手を入れると、塩化バリウムも取れるし、マグネシウムも採集できるのである。だが、問題はその知識にある。

△ 価値や知識(情報)は単なる物理現象ではありません。だからそれらを科学的に解明することは不可能であるという唯心論的観念論的な立場に賛同できないとしても、人間の世界を単に物理化学的に解明しようなどと考えること自体は、無謀というものでしょう。人間の世界には意識が介在しています。そこに問題の核心があります。

マルクスは「凡て文明は、その時代の唯物的生産の形式によって主として決定せられる」とは云ふけれども、実際に問題になるのは唯物的生産の形式を決定する「意識」が先行してゐるのである。唯物生産がいくら形式を整へたところで、戦争に負けた日本では、原子核物理を研究するサイクロトロンは破壊を命ぜられ、飛行機文明の時代に、飛行機製作場はすべて破壊された。唯物的生産の形式がこれを破壊したのではなくて、戦争意識が破壊したのである。

△ ものを生産する形式(生産様式)が、石器時代、青銅器時代、鉄器時代、狩猟時代、牧畜農耕時代のように、文明を規定してきたことは明らかです。そして今日の科学技術の時代には、生産力が飛躍的に増大しました。従って、賀川がここで、唯物的生産の形式を決定する上で意識が先行していると言うのは、「存在が意識を規定する」というマルクスの命題に対して、再び「意識が存在を規定する」と言いたいためではないかと思われます。しかし戦争意識を持ち出してくるのは少し唐突です。

つまり、「意識」が生産形式に先行することを忘れることは出来ない。価値と云ふものは、この「意識」の算定に基づくものである。

△ ここでは二つのことが言われています。意識が生産形式に先行するというのは、発明発見のことを考えてみればよいでしょう。それまで火力を主要なエネルギー源にしていた時代に、電気というエネルギーを利用するようになったのは、それを考えついた人がいたからです。洞窟の中で火を焚いた太古の昔から電気の利用に至るまでには、実に長い時間がかかりました。今日では、原子力という空恐ろしいエネルギーまでが利用されています。しかし価値が意識の算定に基づくというのは、それとは別の問題です。価値は意識の現象(心理現象)であって、エネルギーのような自然現象ではありません。人間にとって良い悪いの判別の問題であって、猫に小判の譬えのように、ある人にとっては貴重なものも、別の人にとってはガラクタに等しいかも知れません。

だが、意識の問題は内部に隠れてゐる為めに、幼稚な民衆は価値を逆様にして考へる。ステションで、汽車が止ってゐるのに、隣のプラットフォームについてゐた列車が反対の方向に動き出すと、自分の乗ってゐる客車が動き出したやうに見えると同様に、経済上の価値が人間の生活に基づくものであることを知ってゐながら、その価値を日用必需品の上に投影する結果、物品(唯物的存在)に絶対の価値があるように考へてしまうものである。

△ これはマルクス(そして廣松渉)が問題にしている「物象化」です。資本主義社会の物神崇拝(フェティシズム)はそのようにして生れてきます。その点に関しては、賀川はマルクス主義に対立しているわけではありません。

その最も恐ろしい結果は、「機械」と機械文明を呪う事象に現れてくる。機械は人間の労力を節約する為めに出来たまことに有難いものである。ところが、その生産物が一部の経営者資本家の所有に帰したり、その経営者の見込はづれから(之も意識問題であるが)機械作業者を搾取することになり、労働者は結局において、機械文明を呪うと云ふ妙なことになるのである。しかしこれは大きな見当違ひであって、何も機械が悪いのでは無い。民衆の為めの機械であり、その機械の生産物による所得が、民衆の生活を賑はすやうになれば、問題は解決するのである。

△ 資本による生産手段および利潤の占有の問題が指摘されています。その問題の解決はそんなに簡単なことではありません。まさにそこにマルクスが追究した資本主義の問題があり、19世紀から今日に至るまで、問われ続け、その解決の方途が探られてきました。しかし賀川の解決の見通しはマルクス主義的ではありません。

だから、資本家の利得を、民衆が分けて貰うやうにすれば、簡単に問題は解決する。この「利得」の問題は物質では無く、先きに述べた通り、全く価値の取扱ひから起ってくる社会心理の問題である。

△ 資本家の利得が民衆に分け与えられないからこそ、資本主義社会の貧富の格差が生じてきます。税制の問題一つをとっても、逆累進制などという不合理がまかり通っています。問題はそんなに簡単に解決するものなのでしょうか。価値の取り扱いは社会心理の問題であるという賀川の見立てが、どこまで本質を突いているかが問われるでしょう。

4 社会経済の精神的七要素

アダム・スミスが「富国論」を書いた時には、まだ「経済学」が独立してゐなかった。彼の努力で始めて、経済学が独立した学問になった。然し、彼は経済を「需要供給」の一直線に起る取引価値として取扱った。その時代はまだ今日の如く機械生産が盛んでなく、従って、労働問題も大きな問題になってゐなかった。今日になってみると、経済価値の問題を需給線上だけで片附けることには無理がある。

△ 需要供給の取引価値とは、商品の使用価値とは区別される、交換価値のことでしょう。賀川は市場の取引とは、そもそも何であるかを問題にします。

価値と云ふものは或る目的の為めに発生するものである。その目的は七つの要素が揃はないと達成できない。(一)生命、(二)力、(三)変化、(四)成長、或は行程、(五)撰択、(六)法則、(七)合目的性の七つである。これは遊戯の場合でも、学校や停車場に出かける場合にでも、この七要素が必ず守られてゐる。(一)生きてゐること、(二)生きてゐるものが力を以って歩き出し、(三)或場所を出発して、変った場所へ出かけること。(四)そこに行くには、段々近くなる過程を取らねばならぬ。(五)それにはコースを撰択せねばならぬ。(六)通行上の法律は勿論、生理的、心理的約束を守らなければ、自動車に轢き殺されてしまふ。(七)かうして、やっと、出発時には見えなかった目的地の駅とか、学校に到着するのである。

△ ここでいきなり、賀川が目的達成のために必要と考える、「七つの要素」のことが出てきます。これについては「目的的世界の七つの要素」で取り上げたことがあります。

経済価値の発生も同様であって、市場の取引に七つの要素が揃はなければ取引は出来ない。物品を生産するにも、生きてゐる人が働いて、順序を立てゝ、「種」または原料から、変った物品に造り上げるのである。それには撰別し、検定して、適当なものを、合法的に造り上げて、需要者に引き渡すのである。

△ 商品の生産から市場の取引に至る行動はすべて目的的であって、そこにもまた七つの要素が備わっていなければならないとされます。

だから、生、力、化、成、撰、法、的の七つの要素が凡て揃はなければ、交換市場は絶対に成立しない。そしてこの七要素は物質そのものではない。凡て物質以外の心理的要素である。だから、唯物弁証法だけで、経済行動を説明することには、全く無理がある。かう考へると、物品そのものも決して、「物」そのものが役に立つのでは無く、生命活動に必要な、この七つの要素のどれかに役立てんが為めの道具或は手段にしか過ぎないことがわかる。

△ 物品はそれ自体として価値があるのではなく、すべて手段としての価値を持つということは、ものの使用価値のことでしょう。しかし市場で取引される商品は交換価値として扱われます。マルクスが問題にした使用価値交換価値の区別を、賀川はここで明確には認識していないと思われます。そして「生、力、化、成、撰、法、的の七つの要素」が、人間の「労働」の構成要素であり、単に心理的ではないということも看過されています。人間の行動(労働)は心理的(精神的)ですが、同時に物質的(肉体的)です。参考までに、マルクスの『資本論』の一節を、少し長いですが、以下に引用してみます。

『一商品たとえば亜麻布の相対的価値形態が、亜麻布の価値存在を、亜麻布の体(からだ)やこの体の属性とはまったく異なるものとして・たとえば上衣と同等なものとして・表現することによって、この表現そのものは、それが一つの社会的関係を包蔵していることを示唆する。等価(▽)形態のばあいには反対である。等価形態とは、まさに、一商品体たとえば上衣が、こうした物がそのありのままで、価値を表現し、かくして生れながらに価値形態をとる、ということである。なるほど、このことは、亜麻布商品が等価としての上衣商品に連関させられている価値関係の内部でのみ、妥当する(*)。しかし、ある物の属性は、他の物にたいするその物の関係から生ずるのではなく、むしろ、こうした関係において自らを実証するにすぎないので、上衣もまた、それの等価形態を、直接的な交換可能性と云うそれの属性を、重さがあるとか保温するとかいうそれの属性と同じように、生れながらにもつかに見える。ここから等価形態の謎性が生ずるのであって、この謎性が経済学者のブルジョア的に粗雑な眼にうつるのは、やっと、等価形態が貨幣において彼の眼の前に完成して現われるときである。そうしたときに、彼は金銀を、あまり光のはえない諸商品とすりかえ、かつては商品等価の役割を演じたことのある一切の凡俗商品の目録をつねに新たな満足をもってのろのろと読みあげることによって、金銀の神秘的性格を説明し去ろうとする。彼は、すでに最も簡単な価値表現、たとえば、20エルレの亜麻布=1枚の上衣 が等価形態の謎をとく可能性を与えているということには、気づかない。

* こうした反省規定は総じて独自のものである。たとえば、ある人は、他の人々が彼にたいし臣民たる態度をとるがゆえにのみ王である。ところが彼らは、彼が王であるがゆえに自分たちは臣民であると信ずる。

△ 等価とは equivalent valueのことでしょう。そのものに相当する価値という程の意味で、「こうした物がそのありのままで、価値を表現し、かくして生れながらに価値形態をとる」と言われますが、同時にそれは相対的価値関係の内部でのみ妥当するものとされます。たとえば一枚の上衣は20エルレの分量の亜麻布に等しいとされます。しかしその価値はもともと上衣に備わっている性質ではなく、王と臣民の関係のように、人々がそのように「見なす」から生れて来る性質でしかありません。

等価として役立つ商品の体は、つねに、抽象的・人間的労働の体化として意義をもち、しかも、つねに、ある一定の有用的・具体的労働の生産物である。だから、この具体的労働が抽象的・人間的労働の表現となる。たとえば上衣が、抽象的・人間的労働のたんなる実現として意義をもつとすれば、事実じょう上衣において実現される裁縫業は、抽象的・人間的労働のたんなる実現形態としての意義をもつ。亜麻布の価値表現においては、裁縫業の有用性は、それが衣服をつくり、したがって人間をつくるという点にあるのではなく、それが一物体――といっても、それが価値であり、かくして、亜麻布価値において対象化される労働とぜんぜん区別されない労働の凝結であることが見わけられる一物体――を作るという点にある。こうした価値鏡をつくるためには、裁縫業そのものは、人間的労働だというそれの抽象的属性以外には、なにも反映してはならない。

△ 社会的分業が成立っているところでは、製糸業は糸を縒り、織物業は布を織り、染色業はそれを染め、縫製業はそれを衣服に仕立てます。しかしそれらが抽象的・人間的労働である点で区別されないということが、価値を映し出す鏡が成立つための前提条件であるとされます。分業は抽象的・人間的労働の成立を意味することになります。

裁縫業の形態においても、織物業の形態においても、人間的労働力が支出される。だから両者は、人間的労働という一般的属性をもっており、したがってまた、一定のばあい、たとえば価値生産のばあいには、この見地のもとでのみ問題となりうる。およそこうしたことは、なんら神秘的なことではない。ところが商品の価値表現においては、事態がねじゆがめられる。たとえば、機織(はたお)りは、機織りとしてのそれの具体的形態においてでなく、人間的労働としてのそれの一般的属性において亜麻布価値を形成するということを表現するために、機織りにたいし、亜麻布の等価を生産する具体的な労働たる裁縫業が、抽象的・人間的労働の感覚的な実現形態として対置されるのである。

だから、具体的労働がその対立者たる抽象的・人間的労働の現象形態になるということは、等価形態の第二の独自性(▽)である。

△ 等価形態の第二の独自性と言われているのは、その前に「等価形態の第一の独自性は、使用価値がその対立者たる価値の現象形態になる」と言われているからです。その意味は、「二枚の上衣は四〇エレルの亜麻布の価値の大いさを表現することができるが、それらの上衣は、それ自身の価値の大いさを、二枚の上衣の価値の大いさを、表現することはできない」、すなわち自分の価値を他のものの(使用価値の)分量によってしか表現できないということにほかなりません。

しかるに、裁縫業というこの具体的労働は、それが、無差別な人間的労働のたんなる表現として意義をもつことによって、他の労働すなわち亜麻布に含まれている労働との同等性の形態をとるのであり、したがってまた、商品を生産する他のあらゆる労働と同じように私的労働であるにもかかわらず、しかも直接に社会的な形態をとる労働である。まさにそれゆえにこそ、それは、他の商品と直接に交換されうるものたる一生産物においてみずからを表示するのである。かくして、私的労働がそれの対立者の形態になり、直接に社会的な形態をとる労働になるということは、等価形態の第三の独自性である。

△ ここで等価形態の三つの独自性を列挙すれば、次の通りです。

1 使用価値がその対立者たる価値(交換価値)の現象形態になる。

2 具体的労働がその対立者たる抽象的・人間的労働の現象形態になる。

3 私的労働がそれの対立者の形態になり、直接に社会的な形態をとる労働になる。

最後に展開された等価形態の二つの独自性は、価値形態をきわめて多くの思惟形態・社会形態および自然形態と同じように初めて分析した、かの偉大な研究者にまでわれわれがさかのぼるとき、さらにいっそう理解しやすくなる。それはすなわちアリストテレスである。

アリストテレスはまず第一に、商品の貨幣形態が、簡単な価値形態の、すなわち何か任意の他の商品による一商品の価値の表現の、さらに発展した姿態にすぎぬということを明白に述べている。けだし彼はいう、――

5枚の蒲団=1軒の家」は、「5枚の蒲団=若干の貨幣」と「区別されるところはない」と。

彼はさらに、こうした価値表現がそこにひそんでいる価値関係はまた、家が蒲団にたいして質的に等置されることを条件とするということ、および、これらの感性的に相異なる諸物は、こうした本質上の同等性なしには較量されうる大いさとして相互に連関しえないものだということを、見ぬいている。彼はいう、――「交換は同等性なしにはありえないが、同等性は較量可能性なしにはありえない」と。しかし彼はここで立ちとどまって、価値形態のより以上の分析を断念している。「しかし、かくも種々さまざまな物が較量されうる」――すなわち質的に等しい――「ということは、真実にはありえないことである」と。こうした等置は、諸物の真の本性にとっては外的なものたりうるのみであり、かくして「実践的慾望のための応急策」(*)たりうるのみである。

* 『アリストテレス著作集』ベッケリ編、第九巻、オクスフォード、一八三七年、『ニコマコス倫理学』九九、一〇〇頁。――訳者。

かくしてアリストテレスは、彼のより以上の分析が失敗したのは何のためであるかを、すなわち価値概念の欠如のためであることを、みずからわれわれに語っている。蒲団の価値表現において家が蒲団のために表示する同等なもの、すなわち共通な実体とは、何であるか? そんなものは「真実には実存しえない」とアリストテレスはいう。なぜか? 家が蒲団にたいし同等なものを表示するのは、家が、蒲団と家との両者における現実に同等なものを表示するかぎりにおいてである。そしてその同等なものとは、――人間的労働である。

ところが商品価値の形態においては、すべての労働が同等な人間的労働として、したがって同等な意義をもつものとして表現されているということを、アリストテレスは価値形態そのものから読みとることができなかった。というわけは、ギリシャの社会は奴隷労働にもとづき、かくして諸人間および彼らの諸労働力の不等性を自然的基礎としたからである。価値表現の秘密、すなわち、すべての労働が人間的労働一般であるがゆえの・またそのかぎりでの・すべての労働の同等性および同等な妥当性は、人間の同等性の概念がすでに国民的成心の固定性もつときにのみ解明されうる。だが、それは、商品形態が労働生産物の一般的形態であり、かくしてまた、商品所有者としての人々相互の関係が支配的な社会的関係であるような、そうした社会において初めて可能である。アリストテレスの天才は、まさに、彼が商品の価値表現において同等性関係を発見したという点にかがやいている。ただ彼は、彼の生活した社会の歴史的な柵(さく)に妨げられて、この同等性関係なるものはいったい「真実には」何であるかを見いだすことができなかった』(『資本論1』世界の大思想18、河出書房、1964年、p. 5456)。

△ ここにはアリストテレスに関連して二つのことが言われています。

1 商品は自分の価値を「他の商品」によってしか表わすことができないという、交換における価値表現の問題、および貨幣は「他の商品」を代表するもの、すなわち使用価値が捨象されて、交換価値として固定化した「商品」であるということが指摘されています。しかし異質な商品相互の同等性は、アリストテレスにとっては、「実践的慾望のための応急策」としか考えられないものでした。

2 マルクスにとって、異質な商品の同等性とは、「すべての労働が人間的労働一般であるがゆえの・またそのかぎりでの・すべての労働の同等性および同等な妥当性」によって、初めて解明される事柄であるとみなされました。いわゆる「労働価値説」と言われているものです。しかし商品の価格を決定する因子は、商品の稀少性(稀少価値)、需給の関係、すなわち商品の需要量と供給量の関係、商品の品質、いわゆるブランド、商品を生産するためのコストなどがあって、労働時間だけではありません。労働は、資本にとって、商品生産のコストの一部でしかありません。しかし、貨幣が労働力を含むすべての「商品」を同等化してしまうという、資本主義の現実が問われていることは確かです。リストラや、派遣労働などの問題は、まさにそこにあります。以下、賀川の論述に戻ります。

しかし、社会をつくってゐる以上、一方から他方に意志を通じ、力を移すにしても、客観的世界を一旦通過しなければならないために、その「力」の活動は、「物的表象」を取ることは疑ふことの出来ない事実である。つまり、「電力」を買う場合でも、メートルの表象を使用し、音楽界や芝居を見る場合でも、入場券と云ふ「物的表象」を買ひ求める。国家はその「勢力」を紙幣で「表象」する。勢力のある米国のドルは日本の円に比較して、第二次世界戦争前は二倍の力を持ってゐたものが、一九四八年七月五日には二七〇倍に、更に一九四九年四月二十五日には三六〇倍に値ぶみせられた。これはアメリカの眼に見えない社会勢力の総体を、日本のそれに比較して算定したわけである。

△ ここで賀川は、電力、入場の権利(購買力)、国力(国家総体の経済力)という次元の異なる力を同列に論じています。要は、眼に見えない力は「物的表象」によって示されるほかはないということでしょう。

この「物的表象」が偶像(フェチシュ)主義に陥ると、マルクスが指摘したごとく唯物資本主義や、その胎児である唯物共産主義になるのである。だが、我々は「物的表象」は飽くまで物的表象として、本来の筋道を忘れてはならない。これらの「物的表象品」は、石炭ならエネルギーの供給源として、電力に或は動力に変化し、薬品として製造せられる場合には、生命の為めに効果をもたらすのに使用せられるのである。それは飽くまで、人間中心の生命→生命活動(労働、創作、補修、工作、保障、事業等)→心理的意識開発に役立つ為めに使用せられるためであるのだ。

△ 物的表象が実体化され、ひたすらその数値の増大が追求される代わりに、人間の生命活動や心理的意識開発に重点が置かれる社会を、賀川は望ましいと考えているのでしょう。そこに「本来の筋道」があると見なされています。

5 無産者解放の本筋

だから経済行為はどこまでも、物質の為めの物質の活動では無く、人間の為めのよりよき世界を創造せんが為めの行為であり、社会的価値運動であるのだ。それを忘れて、唯物主義の水準に凡てを引下げんとするところに、唯物資本主義、唯物共産主義の根本的誤謬がある。マルクスがヘーゲル唯心弁証法から出発して、唯物弁証法を採用して、共産党宣言を書いた時、その動機は、無産者を解放すると云ふ尊い理想にあったものが、その論理に於て一歩、唯物偶像(フェチシュ)主義を採用した結果、遂に、奴隷解放に出発したイスラエルが、絶対者を忘れて、食物神バールを牛の形を以って礼拝したと同じことになってしまった。惜しむべきことである。で、私はも一度無産者解放の本筋に立ち帰り、真の経済行為が、人類一般の生命、労働及び人格の解放にあることをよく認識すべきだと思ふ。

△ プロレタリアート、工場労働者が出現し、彼らが革命の主力であるとされたことは、資本主義社会の発展とその矛盾がそこに見出されたからです。そしてプロレタリアートの世界観こそが未来を切り開くとされました。弁証法的唯物論はそこから生まれてきました。その時代の生産力が不可避的に新しい生産関係をつくり出すであろうという、生産力へのオプティミスティックな信頼がありました。マルクス主義は一個の強力な革命のモデルを提供しました。しかしそれが「唯物偶像主義」と呼ばれなくてはならないとすれば、そこに生産力信仰とも言うべき機械文明への過度の信頼があるからでしょう。バール神とは、まさに豊穣な生産力を象徴する神のことです。

第二節 意識経済の意識労働

1 近代心理社会の経済的表象

今日の社会経済ほど奇妙なものは無い。たとへば、日本の財政にしても、一九四八年度末に、積重ねると百円札を富士山の五倍にも達する程濫発して、三千五百億円も市場に流し、税金を五千三百億円位徴収したいと税務署では平気で云ふ。これらはまだ政府に信用があるから出来る事であって、支那では全く出来ない仕業である。紙幣に信用があるのでは無い。紙幣によって、代表せられる日本の社会組織にまだ信用が残ってゐるのである。原始社会であれば、紙幣は勿論通用しないし、また税金も金では取らず、米とか麦とか、労力で取ったものである。

△ 紙幣は紙幣として信認されなくては用をなしません。しかし紙幣が信認されるのは、紙幣を発行する国家にまだ信用が残っているからであると指摘されています。

「社会」が成立すると、経済の内容も多く「物」的記号と表象とを用ゐ、記憶の為めに、簿記帳が現れ、会計士がバランス・シート(損益計算表)を作製することになる。

社会経済の世界は原始的農業生産とは、全く似ても似つかぬ世界である。それは高度に進歩すればする程、智的水準の高いもので無ければ全く理解は出来ない。

△ 近代経済社会の成り立ちは高度に抽象化されていて複雑です。その仕組みを理解するのは、一部の専門家であって、法律や会計、税理などの知識がなければ、会社などの社会組織を円滑に運営していくことができません。どの社会組織に於ても、生産部門に加えて、管理的部門が必要となり、大組織は官僚制化の傾向を持つことになります。

新しいアメリカ式の保険会社では、会計課が一種の工場組織になってゐて、高度の機械智識を持たぬものには、その機械の運営さへ出来ない。その代り、日本のソロバンで千人位がやる仕事を一台の計算機でやってのける。

△ 今日では、管理業務にとって、コンピュータはなくてはならない存在になってしまいました。いわゆる情報化の時代の到来です。

それだけ、機械が発達すれば、人間の仕事が無くなり、失業者が街にあふれてくるのも道理である。だが、人間の慾望は次から次へと発達して、意識の内容を広く大きくして行くから、研究所が殖え、探検隊が組織され、社会能力が増加すると共に、私が三十年程前、「主観経済の原理」に於て指摘したように、人格的要求が高度に進むと共に、社会経済の内容にも変革が起ってくるのである。

△ 賀川は、知的生産、知的労働の比重が高まり、人々の要求も高度化して、産業社会が大きく変貌していくであろうことを予見しています。

2 分業社会と個性的合目的性の衝突

だが、「意識経済」の高度に進むにつれ、発明発見が多くなり、発明家は面白いが、その機械の運転手はいやいや仕事をせねばならなくなる。つまり分業の仕事が殖えると共に、人間も機械化して行くわけである。ここに、社会経済面に於ける社会心理的大問題が起るのである。

△ 分業の仕事が増えるということは、仕事の細分化がさらに進行するということです。機械や仕事の仕組みを発明する人には面白くても、機械を運転したり操作したりする人にとって、それは単純労働であって面白くありません。

この「イヤイヤ」する仕事――この機械的作業を唯物共産主義者は、唯物弁証法から、凡て唯物的機械への隷属と考へてしまふのである。では、機械の無い生活に復帰して、農園に帰る勇気がありかと云へばさうでもない。発明はようせず、機械労働はいやだ。年中、遊んで居りたいと云ふわけでも無いが、何か面白い仕事がしたいと考へる。この「何か面白い仕事」があると思ふところに、近代生活の特徴があるわけである。自己の個性を充分生かし、機械的で無い、合目的性の生活を送りたいと云ふのである。

△ 自動車、電気製品、精密機器などの工業生産の部門で、機械を操作する労働が必要となり、今日では、法律の緩和によって、それらの部門に派遣労働者を大量に採用した結果、不況による「派遣切り」の問題が起っています。たとえイヤイヤであっても、その仕事に従事せざるを得ない人間にとって、簡単に首を切られるということは由々しい問題です。そこに資本主義社会の矛盾が露呈しています。それは単に「唯物共産主義」、「唯物弁証法」の問題、すなわちイデオロギーの問題ではありません。

3 分裂経済より意識的統一社会へ

昔の農耕時代と違って、科学工業時代に突入した近代文明は、人間能力に非常な差異が出来た。それで、分業が甚しくなればなるほど、統括力のあるものは、社会の上位に立ち得るが、知能の低いものは、どうしても、従属的地位に置かれるやうになる。

△ 社会に上位、下位の階層化が生じるのは単に「知能」の問題ではありません。それをこのように単純に言い切るところに、賀川の思想には人をひやりとさせるものがあります。賀川の「差別発言」と無関係ではないでしょう。

その知的不平等と、近代的平等主義の間に新しい争ひが起る。即ち発明、発見のできないものでも、機械を運転する能力だけは持ってゐるから、合衆的行動を取れば、筋肉が神経活動に向って反抗し得ると同様の現象が起ってくる。これは退化を意味するけれども、先の見透しつかない場合、筋肉労働階級はゼネストを以て社会経済のてんぷくを計ることはできる。平素から面白く無い仕事をしてゐるのだから、自己目的に一致する一番やり易いゼネストをやって見て、威力を発揮することが快楽の一つには充分なる。

△ 労働者が抵抗の手段の一つとしてストライキを行使するのは、威力を発揮して快楽の一つにするためではありません。ここでも賀川の「上から目線」が働いていて、この言葉が、あの川崎造船所の労働争議を指導した人と同じ人のものであるかと疑わせます。あとにもストライキへの言及がありますが、賀川には「唯物共産主義」なるものについての、ある種の「予断」が働いているように見えます。

社会経済の組織は、かくの如く高度に進歩すればするほと、発明意志を持つものと、然らざる機械作業に従事するものとの間に距離を生じ、合目的性意識労働に従事するものは労働基準法を無視して労作し、いやいや機械作業に従事するものは、一秒間でも多く油を売りたいと要求するようになる。

△ 「合目的性意識労働に従事するもの」とは研究者やいわゆる管理職のことでしょう。知的労働者、あるいは管理職は労働基準法を無視して働き、機械作業に従事する労働者は少しでも仕事の手を抜きたいと考えるということでしょう。

然し、これは唯物的な問題では無く全く社会心理の分裂から起る意識問題であり、人生観の差から問題が起るのである。

△ 精神的労働と肉体的労働の分裂ということは、ほかならぬマルクスが問題にしたことです。しかしそれは「社会心理」の問題なのでしょうか。

「いくら賃金を沢山貰っても、こゝんところは面白くない」と云って飛び出すのは生活問題では無く、彼の心理生活問題であり、意識問題である。それを、現代では、生活問題だと診断するところに唯物弁証法的疾患が伏在するのである。

△ この文章が何か重要な意味をなしているとは思えません。物質還元主義的な思考法によっては、仕事の満足度を推し測ることはできないということなのでしょうか。唯物論は心理生活の問題を等閑に附しているということなのかも知れません。賀川には、唯物的で実利的な世相と「唯物弁証法」とを同一視しているところがあります。しかし当時の唯物弁証法の主張には、多分そのように思わせるものがあったのでしょう。

昔、手道具を以って家を建てたり、家具を製造してゐる時には単純な合目的性の悦びがあった。それが分業による部分品の製造や、技能の差による機械の局部的操作に分派してくると、人間心理の錯覚から起る機械作業に興味を感じなくなり、これを統一的に考へれば善いものを分派的に考へる結果、その心理作業を一種の唯物的奴隷状態だと断定することになるのである。

△ この文章も意味が鮮明であるとは言えません。全体から派生(分派)してくる局部的な仕事も、全体の中で捉え直せば、たとえ単純な仕事であっても、その意味が感じられてくると言いたいのでしょうか。しかし労働が管理され、監視されている状態のもとでは、単純労働はそれとして切り離されていて、ノルマを課せられた奴隷労働となります。単に労働者の心掛け次第で問題が解決するというようなものではありません。この間の「派遣労働」の問題は、労働者が依然として製造工程の中の、使い捨てられる部品であることを示しています。そしてそこにこそ問題があります。

日本などでも、新憲法の創設により、生活保護法も出来、社会保険制度もやゝ充実して来たので、旧憲法の時代と違ったものがあるとは云へ、まだ資本主義経済から離脱してゐないので、無産階級は、(一)従属性、(二)不安定性、(三)不信用、(四)失業の不安、(五)非創造性等の弱点を持つ地位におかれてゐる。

△ 賀川は資本主義経済からの離脱の必要を認めています。問題はそれがいかにして達成されるかにあります。

さればと云って、旧資本家階級が安定した生活をしてゐるかと云ふに、これまた敗戦後の今日、全く不安定なその日その日を送り、税金の為めに家を売り、土地を抛り出し、無血民主革命を経験してゐる。

△ 敗戦後の「無血民主革命は」は民衆自身の手によるものではなく、GHQの強権によるものでした。しかし賀川はそれに言及しません。

では、一体、日本の如き貧乏国はどこに到着すればよいのか? それは発明発見を根幹とする「人格社会」の組織体に到達すればよいのであって、唯物共産主義や唯物国家社会主義者が唱ふるが如き、人格的自由なき社会組織は、社会経済の本質に添はないものである。

△ 賀川が考える「人格社会」は、このあと縷々説かれることになります。私自身はこれまで「アソシエーショナル・コミュニティ」という形で、その実現の可能性を考えようとしてきましたが、その観点から賀川に何を学ぶことができるかを検討するのが、この本を紹介する目的です。「人格社会主義」を英語で表現しようとすれば、アソシエーショナル・ソーシャリズムということになるでしょう。なおパウロ・フレイレの「意識化」と賀川の「意識的統一社会」との間に何らかのつながりを見出すことができるかも知れないという期待もあります。既に触れたように、賀川にそれなりの限界があるであろうことは、百も承知の上でのことです。そもそも限界のない人などこの世に存在してはいません。

4 社会の心理的構成

社会学の創始者オゥグスト・コントが十九世紀の初めに云った如く、「社会は精神の衣」であり、人格の結集体を社会と云ふのであって、社会は絶対に物質の結合体では無い。家族の如き生理社会に於てすら、家族意識としての心理的結合が無ければ、仇父、仇母運動が一九二七年中国革命の当時流行したやうに、決して社会連帯意識を呼び醒すものでは無い。

△ 唯物論が、社会をあたかも「物質の結合体」のように見なすべきであるという「脅迫観念」を与えたことは事実でしょう。しかし社会は人間という「動物の結合体」であって、それは人間の心理的条件に制約されています。社会の成立を、すべてその物質的条件から説明しようとすることには無理があります。

況んや、生理社会を離れて、他人同志が、社会的に結び付かんとする場合には、心理的にか、精神的にか、更に、一歩進んで宗教的にか結合しなければ、社会的結集を遂げ得るものでは無い。更に況んや、社会経済の領域に於て社会保障を断行し、凡ての社会不安を除き去らうと思へば、唯物主義的暴力主義や、唯物主義的独裁で社会経済の機能を絶対に発揮することはできない。

△ 社会の秩序は警察、検察、裁判所、あるいは軍隊などの強制力によって保たれているという側面があります。しかしその強制力が特定の勢力を支えるためのもので、明らかに不正と見なされる手段に訴えるものであるとすれば、いずれその体制は対抗暴力によって覆されるでしょう。それが歴史の示す革命の本質でしょう。しかし歴史はいつもその通りに進行するとは限りません。また民衆が不正と見なす体制がいつまでも続いていく可能性もあります。歴史は公式通りには動きません。そして賀川が暴力革命に反対するのであれば、それでは、現下の日本と世界の不正や貧困はどのように乗り越えられて行くべきかが、示されなくてはならないでしょう。

5 社会経済のコペルニクス的転回

人造肥料の製造で、取れ無い畑に多収穫が可能になり、埋木式椎茸作りの進歩により、薪にのみ使用されてゐた殻斗科植物の樹幹が、凡て食へるやうになり、渋抜法の進歩や、応用生物化学の発展により、鋸屑が食品化するやうになった。

今更ながら、二宮尊徳と共に私は、「心田を耕さずして、田を耕すことを得ず」と云ひたいのである。

物質生産が、知的水準の開けてくると共に、量的にも質的にも向上して行くことは否定出来ない。米国の如き機械農業の進歩した国では一人の勤労で二百人が食へるであらう。そして、もし、生物化学工業が急激に進歩すれば、一人の勤労で五百人位のものが容易に食ふことができるやうになるであらう。

△ 今日、無農薬野菜が喜ばれ、遺伝子組替作物に警戒心が持たれていることを考えれば、生物化学の発展を手放しで肯定することはできません。しかし食糧生産は農業機械の進歩、生物化学の発展、品種改良などによって飛躍的に増大しました。それがなければこれからの世界的な人口増の問題に対処できないことは明らかです。

さて、さうなると、あとの四九九人は何をするか? それらの人々は、食生活以外の仕事に従事せねばならぬ。

衣、住、の方面に於ても人間の生理的慾望に限度がある。それ以上は、感覚刺激の心理的欲求を満足せしめる為めに、視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚、運動覚、色慾を充す為めの経済活動が活発化するであらう。

然し、人間の意識活動は、それで満足しないで、人間の注意力、連想力、記憶力、判断力、想像力、学習力を進歩せしめる為めにあらゆる経済的努力が払はれ、人間の意識経済学が極度に進歩するであらう。

△ 意識経済学とは耳慣れない言葉です。仮に「教育経済学」、「知識経済学」なるものを想定してみるなら、そこにいかなる可能性が秘められているでしょうか。その前提となるものは、企業(組織)にとって人間は最大の資産であるというピーター・ドラッカー的な考えでしょう。今日、特に、知的資産の比重が高まっています。

最近米国では、図書館に貯蔵する書物があまり空間を占めすぎることを恐れて、写真で縮刷したものを保存してゐると云ふ。これからは更にレコード図書館、フヰルム図書館も出来るであらう。だが、それで満足しないで、人間の意識を利用する各種の研究機関が、分業的に、且つ総合的に進歩するであらう。此処に「職業経済世界」の出現が、物的経済社会の上に展開することを発見する。米国の統計によると、二三、五五九種の職業があることになってゐる。これが心理的変異の経済的幅である。

△ 職業なるものが、次第に第三次産業第四次産業へとシフトして、多様なサービスの提供を行うようになってきたことは明らかです。商品がモノではなく、サービス、またはモノに附随する付加価値を意味するようになると、そこには多様な職業の展開があることになるでしょう。賀川はそれを「心理的変異」であるとしています。

衣食住の安定が得られると、人間社会は綜合的に、大きな意識社会を自ら発展せしめるやうになり、農業社会にも、また、初期商業社会にも考へられなかった、大規模の国営職業紹介所を必要とするに到った。即ち、近代社会経済は唯物経済より、一進して、労働組合、職業組合の時代に突き進んだのである。

△ 賀川は企業、あるいは会社としての人々の結集を労働組合、職業組合と呼んでいるのだと思われます。つまり労使の対立という文脈で「労働組合」と言っているわけではないように思われます。そこに甘さがあると言えば、その通りです。

この職業経済を唯物弁証法や、唯物史観で説明することは出来ない。それは人間心理の社会経済的運営(運営は唯物的では無い)上に分化して行った趨異であると云はねばならない。それはたゞ食ふ為めの職業ではない。自己の技術を生かしつつ食ひたいと云ふ幅を持ってゐる。この社会経済に於ける即ち、職業経済の幅が社会経済の心理的組立ての幅であり、この社会心理的組立が高度に進歩してゐる意識社会が、最も信用の置ける経済社会であり、約束手形が完全に発行できる世界なのである。

△ ケアが職業となりつつある社会にあっては、信用が重要な意味を持つようになります。意識社会は信用の上に成り立っていると言うことができます。しかし、それが最も信用の置ける社会であるか否かの保証はどこにもありません。物的生産の余剰の上に成り立っている意識社会は、依然として物的生産の仕組に支配されており、不況になれば人々は余裕を失って、サービスにかかる費用をカットするようになるでしょう。

もし、資本主義的乃至は唯物市場取引社会をユークリッド平面幾何学の世界とするならば、職業経済的社会は非ユークリッド幾何学の世界であると云ふことが出来よう。それは、三角形の内角の和が二直角であると云ふ約束を飛び越えて、その和を二直角以上にする工夫を考へる発展的創造性を持ってゐる。それは意識の世界に延び上るものであって、唯物的平面に縛りつけられ無い第四次元の世界に延び上る。

△ ここに語られているのはヴィジョンであって、現実ではありません。賀川は人間社会の意識社会への飛躍を夢見ています。

この意識の転回の可能な世界においてのみ新しき世界経済が開展する。その組織が完全なればなるほど価値発展は高度に展開する。その高度の意識結合の社会を私は「人格社会」とよび、その社会政策を人格社会主義と呼ぶのである。

△ 高度の意識結合の社会、いわば人格のアソシエーションを、賀川は人格社会と呼び、そこに未来を展望しようとします。そしてそこに新しい世界経済が始まるであろうと語ります。それは「非唯物論的」社会変革の構想であると言えるでしょう。


第四章 経済心理と統制経済

第一節 物品経済と経済心理

1 社会連帯意識と統制経済機構

十九世紀の初頭、ジョン・シチワト・ミルが「経済原論」を書いた時に、彼はこんなにかんがへた。

「――機械文明の今日、大都市が全部消失しても、一年半あれば、それは再建できる――」と。

一九二三年九月一日、関東震災で東京、横浜が倒壊し、東京の七割三分の家屋が焼失した時、私はミルの言葉を信じつゝ、東京の復興に努力した。そして三年目に東京は前より立派な都市として復興した。

△ 賀川は関東大震災の直後、東京に駆けつけ、その復興のために常人の及ばない活躍をしました。下町にまだ興望館などの足跡が残っています。

だが、今度と云ふ今度は、敗戦の為めに日本人の良心の腐敗が、如何に甚しいかを徹底的に見せつけられた。

△ 戦争によって人々の良心が腐敗することは、何も日本人に限ったことではありません。人間の道徳性が殺し合いによって高まることは決してありません。

吉野作造博士は、日本の民主主義運動の先駆者であったが、彼は、私によく明治維新当時の道義昂揚のことを賞讃してゐられた。明治五年廃刀令の出た頃日本は自主的に階級制度を破壊し、士農工商を廃し、娼妓制度を革新し、被圧迫階級であった非人、「権蔵部屋(ごんぞうべや)」制度を破壊したが、その当時は殺人犯も少なく、国民は真に維新の精神に燃えてゐたとのことであった。それだからあんな大きな事業が出来たのだと、吉野作造博士は過去を顧みて、社会変革の精神的背景を縷々物語られた。

△ 明治維新をいたずらに美化することは出来ないとしても、当時の日本に残されていた精神的資産(儒教、仏教など)が大きな役割を果したことを疑うことはできません。単に欧化政策が功を奏したのではなく、そこには維新を支える「精神的背景」があったに違いありません。それは民衆が自ら身につけていた道義心と言うべきものです。ただし部落差別などの差別の問題については、ここに書かれていることを相当割引いて考える必要があります(野中広務・辛淑玉『差別と日本人』角川ONEテーマ21/新書 参照〉。

それとは反対に、新憲法は変革せられたにかゝはらず、昭和の今日の日本国民の道義の頽廃は眼に余るものがある。一九四八年度、東京警視庁は七万人の不良少年を補導したと云ってゐる。道義の頽廃で国が亡びたとは云へ、道義の頽廃で産業まで亡びつゝある状態を見るに忍ぶことが出来ない。

△ 今日では警察、検察、裁判所が、そしてマスコミが、民衆の信を失いつつあります。政権交代があっても状況は根本的には変化していません。それはとても深刻な問題です。国が亡びるとしたら、そこから始まると言うべき事態です。道義が廃れるのは、根本的な信が失われているからです。ごまかしが通用しているからです。

2 デンマークの信用組織とその統制

デンマークは日本同様の、敗戦国である。デンマークは北海道の面積の半分であるにかゝはらず、今日敗戦後北海道の五十倍も乳牛を飼ひ、北海道が僅かに六万頭しか飼ってゐないのに、三百万頭も養ってゐる。そして、米国から欧州十六ヶ国へ提供したマーシャル援助法案金融貸与法に対して、あまり借りてゐない。勝利を得た英国は十三億ドルも借りてゐるのと比較すると話にならない。

デンマークは永きにわたる絶対禁酒国であり、花柳病の無い国である。殆んど全国民がキリスト教の信仰を持ち、村々に協同組合の店舗の外、日本で見るやうな商店の無い国である。

一九二六年頃、私がデンマークを訪問した時には、信用組合銀行が進歩してゐて、協同組合員ならば、殆んど全国無銭流行が出来た。旅館に泊れば、伝票の端に彼の属する組合番号と彼の姓名を自署しておけば、その伝票が信用組合中央銀行に廻って行き、彼の生産品の価格から、宿泊料を差引きしておく。そして、数ヶ月後にその損益計算表が彼の家に届けられる。たゞ、それだけである。約束手形も要らなければ、紙幣も要らない。銀行手帳も無用なれば、銀行に往復する手数も要らぬ。デンマークに於ける国民の人格的結合力がこの驚く可き、信用組織を造り上げたのである。

仮りに、一人の不良児がゐて、他人の名義で、伝票に記載したとして見よう。すぐデンマークの信用組織は崩壊する。マルチン・ルーテルの宗教的感化がデンマーク人をして正直者にしたから、紙幣を発行する代りに、伝票で事が足りるやうになってゐるのである。

△ 賀川が当時のデンマークの様子に触れて、それを理想の状態としたであろうことは、想像に難くありません。人間の信頼関係が宗教的伝統に根ざしているということも、その通りでしょう。今日のデンマークはどうなっているのでしょうか。概して北欧諸国の福祉制度は大変進んでいるという印象を持ちます。

3 恐慌期の連帯意識的再建

一九三一〜三六年の米国の恐慌時代に、失業者救済の協同組合が米国各地で組織せられた。私はロサンゼルス、ミネアポリス、シアトル等の失業者共済共同組合を視察したが、いづれも、デンマーク式の信用組織を生産消費協同組合に発展させてゐた。仮りに失業者五百家族が互助協同組合を組織する。その後援会員は八百名あるとする。後援者は生産と資材、並びに機械、資本、工場を提供する。また生産品を買取ることを約束する。組合は労力切符を発行し、労力切符が、金銭代用の信用小切手として通用する。その労力切符を持って行きさへすれば、協同組合の売店から日用必需品が買へるやうになってゐる。

後援会からは、古着類が集められて送り届けられてある。労力切符でそれが買へる。古着代の欲しい人は、「労力」によって支払ひを受ける。かうして幾万人かの失業者が、互助協同組合によって、完全に困難な時代を互助の力によって自らを救済したのであった。

これを見ても、社会連帯意識が組織化すれば、失業者を貨幣なくして完全に救済し得ることがわかる。

△ 賀川は当時米国政府の招きによって渡米し、協同組合運動について米国各地で講演をして回りました。この講演旅行について、賀川の出身教会であった米国長老教会と、米国共産党が反対運動を起しました。教会からみれば、賀川は余りに非キリスト教的であり、また共産党からみれば、余りに反革命的だったためでしょう。

4 英国の統制組織と協同組合

その反面、いくら統制々々と叫んでも、連帯意識性が無ければ、統制はとれない。アダム・スミスは、社会連帯意識性と云ふものを全く無視して、彼の「富国論」を書いたから、「価格統制は全くできない」とあきらめてゐるのである。だが英国は第一次世界戦争時代に於ても、また第二次世界戦争に於ても完全に近い「マルコウ」(▽)を維持し得た。それは、全く消費組合の発達の結果、総人口の約五割五分以上のものが、組織化せられ、意識的に連帯性が出来上ってゐるからであった。

△ 原文では○の中に「公」の文字が入っています。公共料金のことでしょう。

かくの如き、社会連帯意識性の出来上ってゐない地区及び時代に於ては、いくら強権を発動して取締っても、価格統制は不可能であると云っていゝ。なぜなれば、物品の統制は人間の管理に依るのであって、人間が意識的に統制されてゐない間、暗は絶対に防止出来ないからである。

△ 北朝鮮に暗(ヤミ)が存在することは周知の事実です。

5 九原則恐慌

昭和二十四年度において、日本は九原則恐慌と云ふ面白い統制から来る大恐慌を味はなければならぬ珍現象を見るに至った。九原則と云ふのは一目見ると当然すぎるほど当然なものばかりである。(一)綜合予算の均衡、(二)収税の促進、(三)融資の整備、(四)賃金安定、(五)統制強化、(六)割当配給整備、(七)原料生産拡大、(八)出血輸出、(九)食糧集荷――この九項目によって恐慌が起ると云ふことは全く受取れぬことであるが、今日まで日本の主要物資は鉄でも石炭でも米麦等、凡て政府から補給金を受けてゐた。それを全部削られ、一本立ちにならねばならぬと云ふこの「補給金制度撤廃」による恐慌が、生産者に大きく響いたのである。一般価格は、補給金により生産コストの半分であったものが、独立成算により忽ちに、倍額に価格をつり上げても、国民は価格のインフレだけの金を出す勇気はない。結局、それだけ売れなくなる。これで会社は潰れると云ふことになる。これが九原則恐慌である。統制があっても国民の連帯意識が徹底してゐなければ、極端な恐慌が起ることはこれでもよくわかる。

△ 日本の国民の間に社会連帯意識性が稀薄であるという指摘は重要です。上からの指示待ち人間が多くて、自分たちで何かをつくり上げていくという気概がなければ、よかれと見なされ、実施されたことも、かえって仇になります。近年の新自由主義的な政策が何をもたらしたかを考えて見るのも無駄ではないでしょう。

6 唯物統制下に於ける唯物恐慌

何故かくの如き恐慌が起るか? それは今日の経済学が経済をあまりに唯物的に取り過ぎる為めである。価格と云ふものを、価格局の机の上で処理出来ると思ひ、政府の補給金位ゐで、価格操作が出来ると思ふ、その非社会心理的機械主義が恐慌を製造するのである。

△ 経済現象は「モノとカネ」の動きでしかないという思い込みが、政策を誤らせるのだと賀川は言います。唯物的に取り過ぎるとは、そういうことでしょう。

戦後、思ひ切って、各種協同組合を作らせ、補給金制度なしに、凡ての取引を連帯意識の上に乗らしめてをれば、こんな悲劇は起らなかった筈であった。デンマークは、協同組合的に復興したから、二ヶ年で完全に復興出来たのであった。

日本の狭い特殊地区において極端に窮屈な食糧統制をしき、大都市を取引外にしめ出し、消費組合に自己生産をやらさず、電力会社は自己発電を政府の力を以って禁止させ、国民の生活難がつのるやうに工夫したのであった。

△ 大企業の利潤を上げるためには、国民の自助の努力を抑制する必要があるでしょう。電力を自家発電でまかなう人が多ければ、電力会社は儲けることができません。すなわちそれは優先順位をどこに置くかの問題です。政府が「国民の生活が第一」と本当に考えているのかどうかが問われることになるでしょう。

私は支那事変中農林省の許可を得て、消費組合の手によって、約三百町歩の原野及び山林を食糧増産の為めに開墾することにした。その当時、私達は東京市本所、深川方面の五百五十の小工場に栄養食供給組合を組織し、千葉県の開墾地より食糧を入れる計劃を立てた。だが、統制法により県外輸出は禁止され、戦後土地調整法により土地は分割され、食糧増産は不可能になってしまった。

もし都市地区消費組合及び機械消費組合に、ヨーロッパにおいて許可されてゐる如き原野、山林の自己開墾を許し(既墾地とは云へない)その食糧を大都市に輸送することを許可してをれば、米麦に対する補給金などは勿論出す必要はなかった筈である。これを更に大規模に拡張して、大都市の近郷を一々地区消費組合と連絡せしめ、都市農村の連帯意識性を発達せしめてゐたならば、大都会のヤミは早く消え、インフレも阻止出来、昭和二十四年の九原則による補給金中止恐慌など起り得なかった筈である。

△ ここにも「国家=資本複合体」原則を優先させるのか、国民の生活を優先させるのかという問題があります。統制は何のためであるかが問われます。

経済は唯物的なものであると学校で教へられて来た官公吏が、九原則恐慌を引き起したのである。これには唯物資本家も、唯物社会主義者も責任がある。今日の経済が、精神的に訓練せられた意識的実存であらねばならぬことを忘れると、いつでもこんな結果になるのである。一片の法律や、一回の武力干渉、一度の暴力革命位で、社会生産が向上すると考へたり、輸送が円滑に行くと思ふことが根本的誤謬である。

△ 賀川の社会理論は協同組合論を中核にしています。それは社会連帯意識性の具体化と言うべきものです。そこには革命を経ずに革命後の社会を実現しようとする趣があります。従ってその理論は左右両翼から無視(敵視)される性格を持っていました。

労働意欲の昂進、工場能率の科学的実施、浪費節約の励行、発明への努力、従業員相互間の親和、経理面の見透し、職場社会衛生の発達、経営者への信頼等が、生活の安定と平行して行かなければ、生産も、輸送も、電力発送もうまく行くものではない。

統制経済は、人格的結集力の上に立つべきものである。唯物的営利心の上に立つべきものではない。況んや、小きざみに、地区統制を以って、大地区統制の基礎にしようとすることの機械主義的独裁主義は、最も能率の悪いヤミ取引を誘致する素因を作る。

△ 後段に書かれていることは、資本主義社会の問題であるというよりは、むしろ、社会主義的計画経済がなぜうまく行かなかったかを説明するものであるように思われます。

以上の事実を綜合して表示すると、前頁の如くになる(▽)。表に於て価格構成の七要素の階段に従ひ唯物的統制下に起る事象と、連帯意識性の下に起る事象を掲げておいた。

△ 表は「価格構成の七要素」(前に「目的的世界の七つの要素」として取り上げたもの)に従い、「唯物的統制下に起る事象」と「連帯意識性の下に起る事象」とを例示しています。そこには敗戦後の日本の社会の様子と共に、賀川のピューリタン的価値意識と予定調和的楽観主義が反映されているように見えます。それが賀川の社会観であると言えるでしょう。以下、便宜上、表の枠を外して項目ごとに列記することにします。

唯物機械主義による経済統制

的 労働忌避・研究停止・道徳頽廃・犯罪激増・エロ文学横行・迷信流行・官吏腐敗・ダンス全盛

 紙幣乱発・統制厳守・ヤミ犯罪・税率激増・脱税・税金不納・保険金滞納・政府支払不能

撰 失業難・能率低下・保険難・技術低下・熟練工排斥

 インフレ・金融枯渇・ヤミ金利・高利貸横行・賄賂横行・質屋繁昌・不渡手形・為替乱調

化 不況・生産激減・市場停頓・交通制限・物価高・密輸入・ヤミ取引・遅配、欠配

力 労働意欲低下・ストライキ激化・サボ激化・生産減、生産妨害・動力停止・停電・機械破損・ヤミ生産

生 敗戦・栄養不良・不衛生・死亡率激増・生活難・医療費高・葬式代高・助産婦費高

連帯意識性による経済統制

生 食衣住不足なし/死亡率激減/社会保障法完備/生活安定

法 人格経済・一人一票・税完納・統制完備・税率軽減・保険金完納

撰 持分制限・技術向上・能率上進・社会保険完備・分業整備・企画完遂

成 利益払戻/労働銀行的信用組合設立/社会保険を生産資金へ投資/対人的信用金融可能

化 公共団体自己生産・生産増大・市場取引活発・通信常態・物価安定・マルコウ(公)・配給円滑

力 ストライキなし・サボなし・輸送円滑・動力円滑・燃料完備・停電なし・機械修理・ヤミ生産なし

的 連帯意識向上・勤労意欲強大・下座奉仕・団体的奉仕・団体利己心絶無・公務忠実・純潔・平和・信用強大・研究熱増大・発明発見増・犯罪皆無

第二節 職業経済の人格社会への結集

1 経済活動と意識水準の問題

財は、物質の人間化したものであり、社会的経済は、人間的社会活動の組織化の方向にある価値取引である。

△ 社会(世の中)は、ヒト・モノ・カネ・コト(言葉のコトであると同時に、出来事のコトでもある)によって取り仕切られています。財(モノ)は人間の社会の中に位置づけられていて、人間的な意味(価値)を帯びています。

社会経済は進化するほど水によく似て来るものである。固体より、液化し始め、流動的になり、商業組織が産れ、更に気化して、発明、発見の原動力となり、各種取引所を通して、信用取引が「無形」の、ものを先物として取引する。資本主義はかくして生れた。この資本気化の方向を人格化し、社会化することが社会経済の本筋でなければならぬ。

△ 資本主義社会は複雑化し、直接性を離れて抽象化しました。しかし、デリバティブと言われる金融商品やヘッジファンドと言われる投資手法などによって、極めて危ない橋を渡っています。それはこの間の金融危機によって明らかになりました。実体経済をはるかに上回る貨幣が流通し、行き場を求めてさすらっています。この「無形」のものを人格化し、社会化するとは一体何を意味するのでしょうか。資本主義社会の投機性を脱し、また利潤を社会に還元するということなのでしょうか。経済統制と言うからには、そのような意味が込められていると理解すべきことのように思われます。

自然そのものが決して、すぐ富や財産となるものではない。自然が人間の心理性を通して始めて、富となり、財産となる。

△ 自然を人間の心理とは無関係な客体として捉える考え方から、経済現象というものは理解できないということでしょう。

原始人といへども、始めから生産方法を知ってゐたわけではない。オーストラリアの土人は、料理も知らなければ、家を建てることも知らず、被服を織ることさへ知らない。そんな土人が今猶数万人も居る。智識の社会遺伝が無ければ、オーストラリアの土人の如く、凡ての人類は最低の生活を送らねばならぬであろう。火を造る工夫を学び、「種」の撰別、動物訓致の工夫等を知らなければ、原始農耕も原始狩猟も出来るものではない。経済は絶対に唯物論理的にのみ説明出来るものではない。養蜂事業ほど簡単なものは無いと或人は思ふかも知れない。だが、開花期の順序、開花地区の在る場所、蜜蜂の生理及び心理等を知る必要がある。この知識がなければ養蜂は出来ない。

△ 昔は「先住民」と言うかわりに「土人」という言葉が平気で使われました。その言葉につまずく人がいるかも知れません。また賀川は、オーストラリアのアボリジニの豊かな知恵や精神生活を無視しています。しかし人間の生活が「知識の社会遺伝」(文化)の上に成り立っているということは、その通りです。ただし知識が進んでいる社会に野蛮な行為や、犯罪などが横行しているという事実にも眼をつぶることはできません。

これは農業より商業、工業と経済が高度に進むほど、漸次智識の範囲を益々要求することを見てもよくわかる。この智識無くして、経済が営み得ると思ふ唯物主義経済学はその出発点において無理がある。

△ 唯物論は知識を無視するのではありません。その知識を「唯物論的」に説明しようとする立場です。しかし人間の精神生活から切り離されたところで、富の追求が可能であるかのように振舞うところに、「唯物経済主義」の落し穴があります。経済活動から人間性が疎外されるという皮肉な結果が、そこから生じてきます。

人間が無くなってしまえば、経済も何にも要らないのである。経済は、人間の為めの物品及人間経済である。で、その出発において生活問題だけが経済であったものが感覚経済へ発展し、更に心理経済へと上達すると共に、注意、連想、記憶、想像、推理、判断、学習が経済となり、学校だけ取上げても学校教師が職業となり、学生が日本だけで、千六百万人も存在する一大経済機構になってしまった。

△ 知識がなければ社会生活が成り立知ません。そのため直接に物の生産には携わらないで、知識を習得するための学校生活を送るというモラトリアム期間が人間に与えられるようになりました。知識の基礎を習得するために、学校に通うことがすべての人の義務であるとされるところに、近代社会の特質があります。

知識と訓練の上に組織化せられた近代科学経済は、意識の上に発展する経済であるから、テレヴヰジョンを一つ製作するにしても、ペニシュリンを一つ分離培養するにしても、智的水準を高く堅持しなければ、決してその経済基準を維持することは出来ない。

しかも、この智的意識水準の維持が、一人や、二人だけではだめであって、幾千人の組織的綜合研究が必要になる。つまり、道徳的結集力も無くては、大きな智的発明も、その発明の維持も困難である。かくの如き「意識経済」学の発展は、唯物史観や、唯物弁証法では、とても説明の出来ない世界である。

△ 人間の意識には、三つの特徴があります。@意識は必ず何かについての意識であるということ(志向性)、つまり何か(志向されたもの、志向対象、ノエマ)を意識(志向作用、ノエシス)しない意識はありません。A人間は自分が意識しているということを意識することができます(反省することができます)。B人間はまた、自分が意識していることや、気づいていることを言葉で表現することができます。文化および認識の展開としての科学は、この意識の上に築かれてきたと言うことができます。しかしこのことは事実の問題であって、唯物論とか唯心論とかいう形而上学の問題ではありません。ただし唯物論者は、これまでこの事実を軽く見積もってきた、と言うことができるかも知れません。社会生活のルールや、行為と心がけに関わること、すなわち道徳についても、とかく旧来の伝統的慣習を破壊することに熱心で、その意義が十分に評価されてきたとは言えません。

それは「意識」そのものが「富」そのものを構成する世界であって、「社会勢力」そのものが、「富」そのものゝ内容を形成してゐる。「精神的実在」そのものが、財産そのものとなってゐるのである。

△ 賀川は「知的生産」の事実に着目しています。特許が売買されるならば、それは富をもたらします。知的財産というものが確かにあって、資本主義社会ではイノベーションが莫大な富をもたらすことがあります。問題はその先に何があるかでしょう。

土地も、資本も、労働も、この「社会的意識水準」の尺度に従って、経済の内容を異った形で発展させる。

△ まさにその通りなのですが、問題は資本主義社会では、土地も資本も労働も、依然として私有されているということにあります。それらを多く持つ人がおり、自分の労働力のほかは殆んど何も持たない人もいます。それが現在の「社会的意識水準」です。

日本は火山国であり、温泉国である。最近鹿児島県指宿(イブスキ)では小区域に湧出する二百六十余の温泉を利用して製塩事業を起してゐるが、まだ火山熱は利用してゐない。また火山灰利用の建築もまだ日本には進歩してゐない。硅素化合物の知識が発達すれば、硅素化合物の被服を雨合羽にして出歩くやうにもなるであろう。

黄蜂は不燃焼の巣を作ることを知ってゐるが、日本人はまだ不燃焼の木造建築の工夫を知らない。経済は結局するところ、人間の生命、労働、人格を最も有効に発展せしむる為めの価値運動であるから、唯物主義的見解だけではその本質を捉えることはできない。

△ 先日テレビで温泉の成分と海水の成分の類似性に着目し、山の中の温泉水でトラフグの養殖を始めた人のことが取上げられていました。それが地域の活性化に貢献することが期待されています。そのような工夫や努力を軽視して、革命が一切に先行すると考えるのは、キリスト教の終末論のようなものであって、オール・オア・ナッシングの思想です。しかしこの社会に制度的な欠陥があると考えるのは、決して唯物主義的見解だけの問題ではありません。どうやらそこには賀川と唯物論との不幸な対立があるようです。

2 連帯意識の発生による経済の社会化

人間経済は生きてゐる。物質の如く死んでゐるものではない。それは恰もアルハベットの如きものであって、使用されなければ死物である。物質が使用されるから人間の役に立つのである。物質が人間を使ふのではない。唯物経済論者は、物質が人間を支配するが如く考へ込む所に大きな間違ひがある。

△ 生きている状態を科学的に把握することは、まだ端緒についたばかりで、十分に解明されてはいません(「生命を捉えなおす」参照)。人間の社会もそのような生命現象の一つです。そして「史的唯物論」が科学的であると主張されるためには、多くの論証の手続きを経なくてはならないでしょう。資本主義のあとには社会主義が到来すると歴史決定論的な主張がなされるにしても、それが独断的にならないためには、なお多くの実践と論証とが求められます。これまでの「唯物経済論」に、賀川によって戯画化されるような単純な主張があったことは否めません。しかし環境が意識を規定するという大筋の方向については、唯物論者に分があると言うべきでしょう。意識が環境に働きかけるとしても、意識は宙に浮いているわけではありません。

社会が既に存在し、工場が据って居り、機械が人間を待ってゐるではないか! それはどうにもならない既定の条件ではないかと唯物弁証法論者は云ふかも知れない。

△ 賀川は、唯物論は物質還元主義であると見なしています。人間は眼前の物質的条件に縛られているとされていて、人間の自由意志が考慮されていないと考えているのでしょう。しかしそれは唯物論の問題ではなくて、労働者の現実です。

毛虫に聞いて見るがいゝ! 梢の先に産みつけられた卵から孵化した毛虫は、いつまでもそこに縛りつけられてゐるのではないのだ。酵素の作用によって、いつの日にか、羽根をつけて梢の先から飛立つのである。工場や、機械にくくりつけられてゐる毛虫のやうな存在とても意識進化の発展を辿り得るならば、機械生活が一種の階梯であり、自由な意識生活への縄梯子であったことに気附くであらう。

△ 機械に縛りつけられているという労働者の社会的条件と、機械生活が一種のはしごであって、自由な意識生活への階梯であるということとは、次元の違う問題です。長い目で見れば、機械は人間の生活を自由にするものですが、賃金を得るために特定の機械の操作を繰り返さなければならない労働者は、現にそれに縛られています。

個人の自由のみを考へて、社会全体の大きな指向性を考えへず、個人のみの解放を考へて、社会全体の意識的発展を考へないものには、分業の悩みからくる機械化生活の悲哀が感じられる。動物においてはおそらく海綿の精虫や卵細胞が海中を浮動してゐる間は、自由で面白かったかも知れない。しかし、その性細胞が、合衆の力を以って陸上を征服し、空気中の生活をしようと思へば、分業の組織化による機械作業に献身するものが出来なければならない。連帯意識の為めに、創造的犠牲、補修的尻拭ひ、保存に対する新陳代謝の苦労を理解しないものに、進化発展の経済価値の根本理論を了解せしむることはできない。「自分一人が自由にして居りたい」それが真の社会理想である! そんな個人主義を社会進化の世界に持ち込んできても無理である。自分が少しの不自由を忍び、全体として生き、且つ発展して行くことが、生物進化の方向になっている。

△ 賀川は機械労働に従事する労働者に、黙って犠牲的生活を送れ、首を切られるときは甘んじてそれを受けろ、と言っているのでしょうか。生物進化の法則と人間の社会的現実とは直ちに一つではありません。「帰属・所有・支配(同その2)」という人間のあり方は、人間の生物的条件に根ざしているでしょう。しかし機械(生産手段)が資本によって所有されているという歴史的現実は、単に生物学的な法則によって理解することはできません。

血液は皮膚の表面には出ないで、創造し、保存し、補修してゐる。傷ついた細胞を生かす為めには自ら死んで行く。この贖罪愛的機構が人類の社会化にも必要である。この社会連帯意識が、社会創造、社会保存、社会補修の三つの世界に於て意識せられなければ、社会経済の完成を通しての個人の人間的使命を完遂することは出来ない。

△ 賀川は贖罪愛を生物学的に(比喩的類比的に)理解しようとしています。それはそれで面白いのですが、そのような理解の仕方は、下手をすると、人種差別を自然淘汰、優勝劣敗の法則によって正当化するような方向にも導かれかねません。

3 社会病理より社会治療学の方へ

唯物共産主義は資本主義の病理学を我々に教へてくれる。(一)搾取制度、(二)資本の集積、(三)資本の集中、(四)自由競争による生産過剰、(五)不況、(六)植民地略奪の帝国主義戦争、(七)戦後に来る恐慌、(八)失業、(九)階級闘争、(十)暴力革命――この一次方程式発展は、暴力革命を経済変革の必然として算定してゐる。そしてこれを唯物史観必然的軌道であると考へてゐる。

△ 賀川はマルクス主義の社会病理の診断を真実なものとして認めます。

だが、この資本主義病理学は治療学ではない。マルクスは社会治療学に就ては何等教へてゐない。だから、マルクスの通りにやったレニンは、社会生産において資本主義社会に比較して何等進歩した方式をも発明しなかった。却って一九一七年十一月より一九二一年四月までに約五百万人の飢餓による死者を出した。そこでさすがに剛腹なレニンも、遂にユートピアとして罵ってゐた協同組合論を抱摂することに新経済政策を決定した。

レニンに取って、「搾取」は人間の本質であると考へられたが、搾取の反対、利益の払戻し、持分制限によって資本集積を排除し、人格を財産以上に認める工夫によって資本の集中を停止し、統計学的に統制企劃をはかり得る協同組合論を案出することは出来なかった。もしさうすれば、搾取的資本主義は消滅する。

△ レーニンの眼には、国家は「強盗国家」と映じていました。国家と資本とが結託し、労働者を抑圧搾取し、植民地支配を行なう体制は革命によってのみ覆されると考えられたことでしょう。しかし革命後の社会を建設するという壮大な事業は、未知の領域に属していました。旧体制と資本主義社会を倒しさえすれば、あとはすべてうまく行くというわけではありません。それはその後のソ連が辿った道によって明らかです。

然し、利益払戻、持分制限、人格主義経済の出発は、唯物主義経済学においては全く出来ない相談である。マルクス、レニンがこれらの規範的政策経済学をユートピア社会主義として顧みなかったことに理由がある。

△ マルクスはイギリスにおける生産者協同組合の運動を評価していました。しかし革命論が先行しがちなのは、既得権を持つ者は、それを進んで手放すことはないという社会の厳然たる事実が立ちはだかっているからでしょう。協同組合の運動が資本との競合関係に立つとき、この日本では、たとえば「連帯」労組に対する弾圧のようなことが起こります。現下の新政権に対する検察、マスコミを挙げての攻撃は、少しでも体制の変革につながる動きには、容赦のない反撃が加えられるという現象ではないかと思われます。賀川の構想といえども、利益払戻、持分制限などと言うからには、体制の変革がかかっているという点で変わりがありません。問題はその実現方法にあります。

だが、機械的科学文明が高度に進み、職業経済が急速に進歩すると共に、マルクス理論ではとても説明できない経済行為が殖えて来た。曰く、協同組合経済。曰く、社会保険経済。曰く、社会保障法。曰く、産業心理学。曰く、職業経済学等々である。

△ 生産力が質的・量的に向上・拡大すると共に、旧来の生産関係が桎梏になるとしたのは、ほかならぬマルクスです。福音書には、「まただれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もしそうすれば、ぶどう酒は皮袋をはり裂き、そして、ぶどう酒も皮袋もむだにしてしまう。〔だから、新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れるべきである〕」(マルコ2:22)と書かれています。

これらの政策経済学はマルクス経済学の預り知らざるところであって、マルクスは革命的破壊のみによって、新しい社会が産れるとしか教へなかった。マルクスやレニンには自然科学的経済学は有ったけれども、人間心理学的経済学は経済学でないと思ったのであった。

△ 経済現象をどのように捉えるかということに関して、賀川は物量の動きの背後にある人間の心理を見ようとします。「経済心理学」なるものを今日でも研究する人はいますが、賀川の言うような本質的な意味で、経済を人間の心理の一環として捉えようとする人は、それほど多くはないと思われます。

私をして云はしむれば、経済活動は人間の心理活動の一環をなすものであって、元来心理学的に取扱はる可きものであるのだ。それを無理して、物理的に取扱はんとしたところに唯物共産主義の無理がある。

△ 当然のことながら唯物論は人間の意識活動を無視したりはしません。しかし経済活動に関しては、生産手段の共有と計画経済的生産によって、問題は根本的に解決するという考えに立っていたと思われます。無理があったとすれば、正にそのような考え方にあったと言うべきでしょう。その結果は全体主義と思想の抑圧とをもたらしました。思想の抑圧と言うのは、マルクス=レーニン主義がまるでキリスト教の教義のようになってしまったからです。いつの時代も思想がドグマ化・官制化されるときには注意を要します。正統と異端というレッテル張りが横行するのは好ましいことではありません。

社会心理並びに経済心理学的に、経済行為を取扱へば、近代経済学の人的要素がよく理解される。今日までは、物品とか、財とかを根本として取扱った結果、労働問題や社会政策が、経済事象として木に竹をついだやうになってゐた。経済行為が、人間性を取り返せば、物的財が人間生活への必需品として人間性を与へられることになる。誤解の無い為めに再説するが、人間の文明、文化を決定するものは、決してマルクスやレニンが考へる如く唯物的生産の形式で無いと云ふことである。

△ 下部構造上部構造を規定すると言われますが、このマルクス主義的公式に対して、賀川は疑問を投げかけています。

それは交通組織も、唯物的生産、分配、運搬、消費の背後に伏在する人間の意識(個人的並びに社会的意識)にあると云ふことである。

△ この個所は文意が不鮮明です。物流も、詮ずれば人間の意識の交通であり、生産も、分配、運搬、消費も、意識の現象として把握すべきであるということでしょうか。

この意識が、連帯意識的に目醒める種類及び程度に従って、原始社会、封建社会、資本主義社会、協同社会と発展して行くのである。

△ 社会に発展段階があるとすれば、それは連帯意識の発展段階であるということになるでしょう。そしてそれが経済としても現象するということになります。

もし、器具、機械だけの唯物的生産の形式で文化、文明の種類が異るならば、何故、ロシアとアメリカは同一の経済的文化水準を持ち得ないか? 両者とも、機械を以ってゐるにかかはらず、一方は独裁共産制を採用し、他方は自由資本主義制を取ってゐるではないか。唯物的生産の形式だけで、社会組織を考へることはできない。やはり、社会意識の形相を先ず考へなければ、経済史的発展の方向ははっきりつかめない。

△ 社会意識の形相が社会的現実を規定しているのであって、生産様式はその結果であると見なすか、生産様式が先ずあって、それが社会意識を規定すると考えるかという考え方の違いが示されています。しかしそれは二者択一の問題なのでしょうか。

4 職業経済の指向性

意識経済の発展途上において、人間が人間意識を経済の対象にするやうになったのは最近の出来事である。

△ 現代はケアが職業となる時代であり、サービスが商品として扱われる時代です。

人間の職業も経済価値の七要素に準じて、七段階に発展する。

△ ここで賀川は「目的的世界の七つの要素」を適用して、人間の職業の区分を試みます。いわゆる業種、職種の分類を、賀川の基準によってセグメントし直します。

(一)生命に関する職業

食、衣、住の生産に関するもの
農業、漁業、牧畜、機械工、縫工、大工、左官、建築、瓦屋、家具工等、医師、看護婦、助産婦、保険婦、薬剤師、針灸師、マッサーヂ、カイロプラチック、衛生掃除夫等。

(二)力に関する職業

労力  労働者。
動力  蒸汽罐技師、同技工、電力技師、電気技工、内燃機技工。
機械力 機械技師、機械工。

(三)変化(交易交通)に関する職業

商店経営者、店員、旅館業者及従業員、市場交通取引所員、馬力、運送業、汽車、汽船、帆船、軌道船、自動車等の従業者、飛行士等。
通信=郵便、電信、電話、ラジオ、テレヴヰーの従業者等。
娯楽=視覚、聴覚、臭覚、触覚、運動覚、色慾に訴ふる物品製造者並に販売業及び業者。

(四)成長(増殖、融通)に関する職業

金融業、質屋業、無尽頼母子業及び組合、銀行、信用組合、倉庫業。信託業。生命保険、各種保険業及び組合等の従業者。

(五)撰択に関する職業

興信所員、能率研究所員、秘密探偵所員、検疫所員、検査所員、鑑定所員、結婚相談所員、職業相談所員、人事相談所員、各種案内所員、各種物品撰別係。

(六)法(利権)に関する職業

立法に関するもの    各種国、県、村会議員、その従業員。
司法に関するもの    裁判官、検事、判事、弁護士、以上の事務員、警察官。
行政に関するもの    各種官公吏員。
一般利権に関するもの  特許局員、登記所員、代書人、発明弁理士、会計士等。

(七)目的(文化目的)に関する職業

知識に関するもの    研究所員、学校教師、新聞雑誌社員、著作家。
情緒に関するもの    各種芸術家、衣装デザイナー。
意志に関するもの    修養団体講師。
社会組織に関するもの  主義運動者、オガナイザー、細胞運動者。
聖なるものに関するもの 各種宗教家、祈祷師、其他類似のもの。

△ 賀川のこの分類に疑義を呈したり、別種の分類を試みたりすることは十分可能です。しかしここで様々な職業が列記されたのは、マルクス主義者の言う「労働者」と、ここで示される各種「職業人」との意味の異同を際立たせるためであると思われます。

これ等の職業の中「生命」と「力」及び輸送に関するものが経済生産における最も重要な職業である。で、労働全酬権を要求し、筋肉労働者の独裁を叫び、唯物生産者のみが、他の人々を支配する権利がありと主張する者すら出来た。

△ 経済活動のうち、生命、力、変化(交易交通)に関するものが基幹的であるとされるのは一理あります。しかし、労働価値説に基づく労働者の権利(労働全酬権とはそのことでしょう)の要求が、どこまで普遍的本質的であるかが問われます。

△ 柄谷行人『世界史の構造』の「労働全収権論」についての記述を見つけましたので、訂正かたがた、該当部分を引用します。
『リカード派社会主義者は、企業の全利潤が生産手段の所有者ではなく、労働に従事した者に対して分配されるべきであると考えた。リカード自身が事実上、そのことを示唆していたのである。彼は、機械の応用、工場への自然科学の導入、労働用具の集中、安い食糧の輸入などが、労働の交換価値を低下させることを、マルクスがいう「相対的剰余価値」の問題として理解し、しかも、この不払い労働としての剰余価値が、利潤と地代の源泉であると考えていた。ただ、その場合、リカードは、労働者たちの労働を結合(combine)したのは資本家であるから、そこから生じる余剰分は資本家に行くべきであると考えた。一方、剰余分労働者が得るべきだという考え(労働全収権論)を主張したのが、リカード派社会主義者である』(p.364-365)。

だが、全酬権の主張は既に「唯物」の領域を越えた自己或は団体利己心を中心としたものであって、社会連帯意識性に立脚したものであると云ふことはできぬ。共産主義ならば、大衆(弱者を含んだ)と産を共にすべきである。それを一階級が独占してもよいと云ふ主張は、共産の本質からは、はづれてゐる。

△ 賀川のここでの主張が、資本家の利己心は許されるが、労働者の利己心は許されないという意味であるなら、またそのように受取られるなら、それは極めて反動的です。現下の労働運動に自分たちだけが良ければよいという側面が全くないわけではないところに、確かに問題がありますが、労働運動は、本来、利得の一階級による独占を目指すものではない筈です。しかし企業内の労使の利害の調整、賃金交渉に終わりがちなところに、その問題点があります。従って労働組合運動の質が問われることになります。

と云っても、寄生虫が、生産者を搾取することは許されない。だが、そこに考へなければならぬことがある。生産者が、労働運動をしてゐる時は、消費階級は生産階級に隷属すべしと主張してゐる半面、彼が直にタバコを吸い、酒をのみ、映画を見に行き、ダンス・ホールに通へば、消費的タバコ酒の刺激物生産者、映画フヰルムの製作者、ダンサー等の消費階級の存在を肯定したことになる。それに道を通れば、ゴー・ストップの警察官も必要だし、その法律をつくる官公吏、裁判官、議員も必要となり、世間のことを知る為めのラヂオ、新聞社関係の記者も必要とされ、研究所の存在も否定できなくなる。

△ ここで言われる生産者とは労働者のことでしょう。この社会は労働によって支えられているとしても、革命運動の主体はあくまでも基幹産業の労働者であって、他の者たちはそれに従属しているという主張に、賀川は一方的なものを感じていたのでしょう。それは資本主義社会の変革のヴィジョンに関わることです。

つまり、筋肉労働だけが神聖なものであって、知的労働は凡て余計なものであると考へるならば、機械の一つも進歩せず、も一度原始の昔に帰るより外に途はない。だから、あっさり社会連帯性を認識して、知識力をも労力の中に組入れなければ、労働階級の生活の革新は絶対に望まれない。

△ 旧来の労働運動に、工場労働者を革命の主人公にするというイメージがあったことは否めません。しかし賀川は資本主義社会が「知的労働」に重点を移しつつあるということを感じ取っているように思われます。

いや、それは、知力ばかりではない。倫理性の必要をもよく認識し、酒とタバコと女から早く離脱しなければ、インフレ時代をのり切ることはできない。収入の大半をその方の消費に奪れてしまふ。倫理性こそ、社会経済に最も重要なものである。だから、社会主義運動をたゞ唯物論や、唯物弁証法に持って行き、社会連帯性の倫理的本質を忘れるならば、「共産」は「狂産」になって、人間は亡びてしまふであらう。

△ 倫理性が社会経済にとって決して付随的ではなく、本質的な関わりを持つということは、経済は単なる物象ではなく、人間の生き方そのものに関わっているということを意味しています。賀川にはピューリタン的な禁欲主義の影響があると思われます。しかし禁欲が目的になってしまうことの非人間性を見なくてはならないでしょう。問題は「何のため」の禁欲であるかということにあります。ピューリタンは「これみな神の栄光のため」に、その生活を厳格な規律のもとに置きました。しかし今日では目的の再定義が必要とされていると思われます。「神の栄光」とは今日何を意味し得るでしょうか。あるいは今の時代に、「大義(cause)」とは果たして何であり得るでしょうか。

人間性を重んぜず、倫理性を排除する社会運動が、人類に貢献したためしはない。財産が有っても、不道徳なら個人の家はすぐ潰れる。ましてや個人の結集体である社会が潰れないと云ふことは絶対にない。メキシコのアズテック文化は四百年前梅毒の為めに全滅してしまった。精神的倫理性を侮蔑する唯物経済学は、それが、資本主義であらうと、共産主義であらうと、内部的に崩壊することは必然的である。すなわち社会の悪質遺伝の為めに、派争を生じ、自己分裂を起して、内乱の結果壊滅するであらう。

△ 人間生活にとって道徳が本質的な意味を持つことは明らかです。しかし権力者が道徳教育を強調するのは何のためでしょうか。そういう人たちに限って自らは不道徳な生活をしていたりします。それによって道徳は手垢にまみれてしまっていますが、人間の生活に基本的なルールが欠けてしまえば、社会は崩壊します。日本の社会は、本質的なところで道徳性を喪失しているように思われます。たとえば司法に携わる人たちに法治主義の根幹が失われているようにさえ見えます。冤罪があとを絶ちません。社会の根幹部分が腐っています。それは、一面では、バブル経済のツケが回ってきた結果であるようにも見えます。その危機を克服するのは容易なことではありません。

これを防止する唯一の途は「人格社会主義」の結成にある。

△ 賀川は「唯一の途」として人格社会主義を標榜します。

5 人格社会主義の基盤としての組合組織

低級な倫理的水準において唯物共産主義革命を連続すれば、南米諸国の小共和国が、革命によって退化しつつあるやうに、内部崩壊の為めに、発明も発見も起らず、綜合研究も進まず、文化的には凋落する外途はない。

△ 倫理的とは人間が自分の生き方をどこまで「意識化」しているかにかかっています。単に道徳規範を遵守すればよいという問題ではありません。

倫理的であっても、組織性が無いと、極端な無秩序に陥り、社会連帯性を有機的に行ふことができない。どうしても組合を系統的に作る必要がある。

△ ここで言う「組合」とは、意味の上では、結社(アソシエーション)のことでしょう。しかし賀川は、より限定的に、協同組合(コーオペレーション)を念頭に置いています。発想の根底にそれがあります。

この協同組合は先に述べた(1)利益払戻(2)持分制限(3)人格経済の基本原理である一人一票の採決権によらなければならない。これを実現しようと思へば各種労働組合は消費組合を自己の組織内部に作って行けばよい。また信用組合を作り、労働銀行を起さねばならぬ。これはドイツのライフアイゼン信用組合の基本原理に従ひ、富者は利益の払戻を受けず組合員の中、比較的貧困なる人々の生業資金に無利子或は最低の利息を以って提供すべきである。

△ 賀川が考える「連帯経済」の基盤には「協同組合」があります。前に論じられていた(1)利益払戻(2)持分制限(3)一人一票の採決権は、協同組合の原則です。

利権に関する利用組合、共済保険に関する各種組合の充実は勿論のこと、生産組合をも盛んに起し、勤労階級の生活を安定させなければならない。職業分化が甚しければ甚しいほど、共済組合、各種生活保険組合を根幹として、生活保障法にまで発展させなければならない。

△ 生活保障が国策として先にあるのではなく、それは民衆の「共済組合、各種生活保険組合」の発展としてあるべきものだと言われています。生活保障がまるで国家のお恵みであるかのような印象を与えるのは、社会連帯意識性が欠如しているためです。

かくすることによって、資本主義的搾取を排除し得ると共に、企劃、統制の社会経済的安定を計り得るものである。この企劃、統制が各種協同組合を通して設計し得る日に、人格社会主義は、倫理的に成立する。これは決して空想ではない。農村においてはデンマークが、都市労働者においてはスウェーデンが成功してゐるのである。

△ 賀川のような主張に対して空想的社会主義ユートピア社会主義という批判がなされてきたのは、権利は上から与えられるものでなく、あくまでも闘いによって奪い返すべきものであるという、闘争のリアリズムがあったためでしょう。それは一面の真理ですが、他方で自助の努力が伴うべきものであることも否定することはできません。協同組合運動は、労働者民衆の助け合いとしての、自助の努力であると言うべきでしょう。


第五章 経済心理と計画経済

第一節 「主義」経済誕生の心理的分析

1 計画経済の科学的背景

計画経済は、新しき創造経済である。だから、「無い」ところに「有る」ものを創造して行かねばならない。そこに唯物経済とは自ら性質の異ったものが出て来る。有る物体を、物体として取扱ふなら創造ではない。砂漠を美しき田畠につくり変へ、荒野に市街地を造る事が計画経済である。そこには衛生施設、原動力の配置、通信網、交通機関、金融機関、市場設備、工場建設、学校、図書館、警察、裁判所、市役所、議事堂、教会、寺院、美術館、博物館、研究所、新聞社、劇場、運動場、公園等々を施設しなければならない。

△ 賀川はここで社会主義的計画経済とは異なる「計画」の概念を持ち出します。それは物量生産のプラン(計画)というより、むしろプロジェクト(企画)というべきものです。従って企画経済と言い換えてもよいものです。都市計画都市工学などとも関わりがあるでしょう。未来(像)に向けてプロジェクトするという意味合いの強いものになります。ただし社会主義的計画経済にも、本来そのような総合計画の意味があった筈です。

その為に、工場地区、商店地区、住宅地区を定め、重工業地区を港或ひは停車場に近く設け、市場地区に近づくに従って、軽工業を営む小工場が、並置され、動力及び労力が、最小限に使用せられて、最大限の効果を収めるやうに設計されねばならない。水道の設計、下水道の完備、冬季における暖房の設備、煤煙防止の工夫、田園都市の設計、児童の不良化防止、一般犯罪防止、隣保組織、自治組織、生活協同組合の組織、信用組合、生命保険組合、健康保険組合等々の防貧的社会組織等まで設計に入れると、簡単なる知識ではとても、完全な近代都市の設計はできない。

△ 一つの都市を建設すべく総合的な計画を立てるということと、一つの社会を社会主義的に建設するということとは無関係ではないでしょう。しかし都市は無秩序になりがちで、人々の利害や思惑が錯綜し、総合計画を受けつけない面を持っています。

一つの開拓村を、建設するにしても、その構成人員が、人格的に高度の意識結合を持ってゐるか否かで、その成否が決定せられる。

△ 人格的に高度な意識結合あるいは連帯意識というものがなければ、一つの理想社会を建設することはできないと言われています。そこに賀川の主張の核心があります。しかしそれは極めて困難なことです。

財としての物品も必要であるけれども、財の撰択的運営が更に必要である。計画の創造性から見れば、物品は意識の表象と化してしまふ。こゝに計画経済の精神的基礎が発見出来る。

△ 計画の段階、あるいは計画の次元では、財あるいは物品は意識の表象と化しています。財は想像力の中に包摂されます。現実に私有される財はその現実性を失って、計画の中に位置づけ直されます。しかし計画は現実の抵抗なしに実行に移されることはありません。賀川はその軋轢をどこまで視野に入れているのでしょうか。

2 計画経済の人格的基礎

百年前オーストラリヤが建設せられた時には、ロンドンの囚人を連れて行った。その成績は悪かった。それで、ニュージランドを建設するときには、スコットランドのキリスト教会に、その建設を依頼した。ニュージランドは、世界でも有名な社会主義的国家であるが、南島にあるダニーデン市(人口約八万)は、スコットランドの長老教会の精神的基礎の上に成立し、クライスト・チャーチ市は、英国の聖公会を中心にして、人口約十二万の都市を建設した。その結果、世界でも珍らしい位犯罪の少ない国家が出来上った。これに反してオーストラリヤは、今だに犯罪の多きに苦しんでゐる。私が一九三九年春、ニュージランドに行った時には、人口二百万ばかりの国家に、わずか六十人ぐらゐしか刑務所に入ってゐなかった。それに比較して、オーストラリヤの方は、精神病者の数も多く、人口比例にして、ニュージランドの数十倍も犯罪率が高かった。オーストラリヤの国有鉄道は欠損つゞきであり、急行列車すら、州境で乗換へねばならぬほど不便に出来てゐた。それは、国家組織の意識内容が、ニュージランドとオーストラリヤの間に、非常な開きを生じて、ニュージランドにおいて経済のもつ鉄道事業も、オーストラリヤにおいては、欠損続きであった。それは、オーストラリヤにおいては、社会連帯意識性が弱く、国民に国家のものを粗末にする傾向があり、ニュージランドにおいては、その反対に国家のものを大事にする傾向があった為であった。

△ 賀川はここで宗教が道徳性あるいは社会連帯意識性を涵養するという事実に着目しています。しかし、それは「真理問題」ではなくて、「心理問題(意識問題)」であるということに注意すべきです。そしてそれは社会建設の上で無視できない要因となっています。ただし宗教が別様の反動的な側面を持つということについては、たとえば宗教原理主義の問題として、既に多くの人によって取り沙汰されています。

3 メノナイトのブラジル移民

ブラジルに移民してゐる日本人は、サンポーロ州に集中してゐる。そこへ、ロシヤの革命に追はれた、熱心なキリスト教徒メノナイトの一団が、ロシヤから移民して来た。このメノナイトは、ロシヤの文豪トルストイに、感化を与へた反戦論の教団である。彼等は唯物共産主義にきらはれて、ブラジルに逃げて来たのであった。彼らは四百年間以上も、キリスト教的社会主義生活を断行し、生産物を共有する美しい風習を持ってゐた。彼等は、互助友愛の精神に強いので、移民してから、わずか四年間の間に、立派な部落を建設し、電燈が輝き、工場が運転せられ、近村の日本人をして、全く驚かしめたと云ふことであった。宗教移民が、かくの如く必ず成功すると云ふ事は、意識生活の内容が、普通の唯物的営利を目的とする移民と違った点がある為である。

△ トルストイに感化を与えた平和主義者の一団として、ドゥホボール教徒がいたことは有名です。その平和思想は、トルストイを介して、マハトマ・ガンジーにも影響を与え、平和運動に一つの刻印を残しています。科学的唯物論的な思想によって、必然的に平和な社会が建設されると考えるのは、一個の臆断だったのではないでしょうか。労働者の連帯意識こそが普遍的であると、なぜ言い切ることができるのでしょうか。宗教的なるものをどう考えたらよいかという、難しい問題がそこにあります。

北海道移民、或ひは満州移民の例をとって考へて見てもよくわかる。補助金が続く間は開拓に努力してゐても、補助金が続かなくなると、権利を放棄して、引揚げてしまふ。それに反して、互助友愛の精神に強い宗教移民は、始から補助金を当にしてゐないから、不思議に成功する。一六二〇年代のピュリタンは、米国を開拓し、十九世紀中葉(一八四五年)頃のモルモン教徒は、北米ユタの砂漠を開墾した。これらは、わずか一部分の例であるが、私は一九一七年の革命に、ロシヤを追はれて、シリヤの南端、デカポリスに集団移民を行ってゐるメノナイトの村を訪問したことがあるが、彼らの驚くべき忍耐力には、全く頭の下るものがあった。一九二五年、私はユダヤ人が開墾してゐるパレスチナの、共産村を訪問したが、寄付金の続いてゐる間は、共産生活を実行してゐた彼らも、いよいよ自己の労力で、額に汗をして農業する段になると、共産生活がくづれ、協同組合に格下げをせざるを得なくなり、怠惰者は共産主義を主張し、勤勉なるものは協同組合をとり、遂に多数決により、共産村を廃止して協同組合の村を組織してゐた。これによっても明瞭なるごとく、勤勉なるものが、怠惰者をも喜んで養ってやると云ふくらゐの精神的準備がなければ、共産主義の維持は困難である。それを考へないで、たゞ唯物的にのみ考へて、独裁的に共産主義を民衆に押付けるならば、その共産主義は分捕主義に陥り、生産意慾は減退し、怠惰者が巾をきかすやうな低い水準の真にうごきの取れない経済社会が出現することになる。

△ 社会主義革命後に、ノルマに追い立てられる労働者の現実が露呈しました。労働者は解放されるどころか、管理・監視される存在になりました。そのような環境のもとでは、当然生産意欲は減退します。共産主義は強制されることによって実現するものではありません。スターリニズムは歴史的に敗北しました。

4 社会連帯意識と計画経済

開拓農村の意識的基礎は、経済社会の総べてについて云ふ事が出来る。一つの工場の設計、一つの協同組合の創立についても、その設立者の人格識見が、その経済的社会組織に影響するのみならず、その工場及び組合員の人格的意識水準が、その工場及び組合の経済運営に非常な影響を持つ。例えば印度の如く、階級制度のはげしい所では、よき協同組合が発達しない。それに反して、中国の如き、普通教育の余り発達してゐない所でも、常識的に経済理念の進歩してゐる所では、生産的協同組合、即ち合作社が、比較的容易に進歩する。然し、消費組合の如き、利益払戻しの他愛主義的経済理念の徹底を必要とする経済機構は、普通教育の発達したる上に、他愛的倫理教育が一般化してゐない処には、その組織運動が非常に困難である。英国において、ロッチデール式消費組合が、比較的容易に進歩したと云ふのは、英国における精神革命が、欧州における形式主義的宗教を離脱して、他愛的経済観念を著しく速やかに促進せしめたものと考へてよい。これは、デンマーク、スウェーデン、ノールウェー、フィンランド等における、ルーテル教会の精神革命の上に発達した、協同組合の進歩をも、合せて考へる必要がある。

△ 経済的社会の精神的基礎という着眼点はマックス・ウェーバーなどにも見られるものでしょう。賀川は「英国における精神革命が、欧州における形式主義的宗教を離脱して、他愛的経済観念を著しく速やかに促進せしめた」と、ピューリタニズムの意義を指摘しています。北欧のルーテル教会の影響についても同様です。しかしそのまた源流を辿れば、修道院運動に遡ることができるでしょう。経済を物品の生産、流通、消費のことと考え、その精神的基礎に眼を向けないのは、事柄を十分に把握していないからだ、ということになります。なお、賀川は、計画経済と協同組合とを同一線上で論じています。

5 国土設計と宇宙意識

計画経済は、意識活動がその基礎をつくる。従って、宇宙観及び人生観は勿論のこと、自然科学及び社会科学の万般に通じてゐなければ、国土設計などと云ふものは出来るものでない。即ち、(一)生命に関する総べての知識と訓練、(二)動力に関する総べての知識と訓練、(三)自然的変化及び人間的変化、並びに社会的変化の法則に通じ、(四)自然成長、人間成長、及び社会成長に関する歴史的発展に関する方向と、法則を理解し、(五)自然界における各種の選択率、人間及び社会の智情意及び神聖に関する総べての選択率と、その機能をわきまへ、(六)自然法則及び人間社会に関する生理的、心理的、道徳的並びに社会経済的秩序と法則を理解し、(七)人間の個人的及び社会的合目的性の所在と、その移動について理解しなければ、経済企画の運営は勿論の事、社会理想をかゝげて、それに接近する事は絶対に不可能である。

△ ここでまた「目的的世界の七つの要素」が顔を出します。賀川にとって、それは森羅万象を整理するためのカテゴリーの意味を持っています。いわば宇宙意識を構成するための曼荼羅のような役割を果たしています。

6 「主義」経済の誕生

計画経済は、各種の理想を掲げて、突進する性質を持ってゐる。そこに、何々主義が生れ、主義経済が誕生する。この主義経済は、それ自身が、理想を含んでゐる。マルクスがサンシモンフェリエル(ママ)等の理想主義的社会主義を、空想社会主義とのゝしったが、共産主義経済といへども、先に述べた七つの価値水準に於いて、一々撰別と理想を必要とする。唯物弁証法や、唯物的商品主義だけでは、経済運営は出来ない。唯物だけでは共産主義も社会的な幻滅に終るだらう。

△ 共産主義といえども、それが科学的であって、空想的ではないと言うだけでは、社会変革の思想たりえないことは明らかです。合目的性、生命・変化・力、成長・選択・法則という「七つの要素」の個々の領域で、一々選別と理想という意識活動を必要とするはずです。科学的必然性なるものを一律に人間社会に適用することはできません。

第二節 信用の心理と計画経済

1 高度の科学水準と産業革命

飛行機製作に関する計画をする場合と、自動車文明に関する計画をする計画をする場合と、智能の持って行き所が違ふ。昔は鉄を中心に考えへて居たものが、アルミニウム中心の飛行機製作の時代に移り、更に最近はプラスチックの時代に移りつゝある。プラスチックの様な高分子化合物の研究時代になると、低い智能では出来なくなる。しかも、原子力の放射能を用ひて、ピストン・リングを操作する時代になれば、原子力に関する最高の知識を持たなければ、飛行機の製造は出来なくなる。

△ まだ原子力で飛行機を飛ばす時代は来ていません。しかし科学技術の発展がこの社会を、良くも悪くも、大きく変えていることは明らかです。

かうなると、生産の形式は、知能発達の内容によって、全く決定せられることになる。だからマルクスが云ふ様な唯物史観では、文明を説明することが出来ない。

△ 生産の形式がどのように発展しコンピュータが多用される時代になっても、資本主義の時代は未だ続いています。大量の商品が投機的に生産され、市場取引の出来高によって企業の命運が決まります。アメリカの経済は軍需産業によって廻っています。19世紀のマルクスの思想は未だに生き続けています。人間の知能がどんなに発達しても、経済活動はまだ「社会連帯意識」のコントロールのもとにはありません。

経済行為が、創造、保存、修繕の三分野に使命を持ってゐるために、たへず精神的努力を続けなければならない。物的生産についても、たへず研究を続けなければ、新しい製作品に負けてしまふ。四国阿波の製藍事業は、インヂコ・ピュアーと云ふ石炭を材料とするドイツの染料工業に押し倒され、更にアニリンの進歩によって、古い染料は駄目になってしまった。生糸事業は、人絹やナイロンに敗退し、日本の輸出品も大打撃を蒙ってゐる。自動車のミッド・ギアーに鋼鉄を使用しないで、蛋白質の結晶体を用ひる時代である。唯物的生産の形式は、知能の進歩によって、驚くほど変った。こわれないガラスが出来たり、ガラスで作った被服が出来る位の事は、今日では常識である。将来は、アメリカが考へてゐる如く、世界の砂漠地帯を総べて開発し、太陽熱を利用して工業を興し、原子力発電所によって各種の産業を計画するやうになれば、マルクス時代に考へたやうな暴力主義的唯物革命は、社会病理の一現象として考へられる様になるであらう。

△ 賀川は産業のイノベーションによって社会が変わって行くことに期待を寄せています。しかしそれによって社会の表層は変わるかも知れませんが、資本主義の本質は少しも変化していません。「暴力主義的唯物革命」も社会病理の一現象かも知れませんが、もう一方で戦争とテロという深刻な社会病理が存在し、どんなに文明が発達しても、その病理はなくなっていません。知能も人間の意識現象であるには違いありませんが、野蛮な人間本性に高度な知能が与えられたら、その危険性は計り知れません。賀川は原子力発電についても言及しています。しかしそれはまだ人間が完全にコントロールし得るエネルギーであるとは考えられません。原子力発電所の労働者の被爆とそれによって引起される白血病などの疾患が、意図的に隠蔽されている可能性もあります。

2 経済水準の四段階

経済学を唯物的に取扱ふ結果、経済を心理学的に取扱ふ方法を忘れてしまってゐる。然し私は、飽くまで経済を人間経済と考へてゐる為に、心理学的に取扱ふ事を忘れてはならぬと思ふ。それで、経済を生理経済から感覚経済に、感覚経済より心理経済に、心理経済から意識経済と四つの段階を以って発展して行くことを考へねばならぬ。勿論、意識経済の時代になっても、生理経済が無用になる事は絶対にない。しかし、発明発見の意識経済が高度に進めば進むほど、経済の内容が革命せられ、唯物的に取扱はれる経済行為が、社会心理的に取扱はれねばならない様になるのである。

△ ここで人間の欲求には四段階があると考えてみると、@生理的欲求、A感覚的欲求、B心理的欲求、C意識的欲求の階層があるということになります。従って経済行為もこの四つの欲求に呼応しているということになります。賀川は発明発見の意識経済が進んで、人間の経済行為の様相が一変するであろうと予想しています(「欲求の階層性」参照)。

一九四七、八年頃の日本の天気予報はいつもはづれ勝ちであった。それは中国の戦乱の為に揚子江流域の天気予報が少しも這入らない為であった。天気予報も戦争に影響を受けて、社会心理を反映してゐる。

△ この例は社会心理の反映であるというよりは、戦乱で情報が入らないという、むしろ物理的な理由によるものです。

こんな事は、多くの発明について言ふことが出来る。各種の研究室で秘密にしてゐるのを、真理の為に公開して呉れるならば、どんなにか早く文明は進歩することだらう。テレビィジョンの如き、ツボルキン氏がアイコノスコープの秘密を天下に公開したため、日本の高柳博士の作品が出来た。原子力時代の出発は全く智能の進歩を基準とする。米ソの対立が原子爆弾のスパイ問題でからみ合ってゐるが、スパイを使って秘密を盗んだ処で、数万人の科学者が協力しなければ、原子力を平和産業に応用は出来ない。

△ 意識(知識)も秘匿・占有されがちであって、それは競争的社会のあり方に関わっています。知識が公開されるということが、科学が進歩する前提です。しかし科学的知識はこれまで競争的かつ協力的な条件のもとで進歩してきたというのが現実です。国家が戦争に向うときには、競争と協力という社会的条件は、敵対関係の中で、一層苛烈になります。皮肉なことに科学技術は戦争によって進歩してきたという側面があります。知識の共有が味方の中では強力に促進されるということがあるからです。

3 技術経済の世界

文明は出来るだけ労力を節約して、機械力、電動力を人間の奴隷にしようとしてゐるのである。そして機械力、電動力の発明と発見は、人間の智能の進歩に比例してゐるから、その人間智能が社会化され、組織化されるに比例して、文明の程度は、高度に進む。従って、物的経済は、職業経済(技術経済)に依存させられ、物品市場以上に職業市場(労働紹介所をも含む)が、時代の重大なる問題を集める様になる。

△ ここでも肉体労働から知的労働への労働の質的変化が指摘されています。それと共に労働市場(労働のマーケット、職業紹介事業)が、これまで以上に重要な意味を持つようになるであろうと言われています。職業=技術というファクターが重要性を増すにつれて、それぞれの仕事で高度な知的技術的専門性が要求されるようになります。

心理経済が発達し、意識経済と主義経済が大切な計画経済の重点となる為に、昔の様に簡単な官僚政治や官僚統制だけで、万事をひき廻すことは出来なくなる。

△ 旧来の官僚政治が桎梏となりつつあるということは、今や、政治的課題として前面に出てきています。天皇の官吏が万事を取り仕切るという構図は、その強化がはかられればはかられるほど、社会との軋轢を増すことになるでしょう。

4 金融の社会心理

金融の心理に就いても同じ事が云へる。中国は、鉄、石炭等の埋蔵量において世界一と考へてよい。しかるに、支那の紙幣には殆んど価値がない。一九四九年五月頃には、国民政府の紙幣一千万元を持って行っても、米国の一弗にはならなかった。物質が物云ふならば、こんな珍現象は起らないはずである。金融市場においては、鉄や石炭の埋蔵量が、たゞちに問題にならない。鉄や石炭が、人間生活にどう云ふ貢献をするかと云ふ事にかゝって来る。であるから、金融は飽くまで人間的なものである。

△ 為替や株の取引において、心理的ファクターが作用することを否定することはできません。所有する資源そのものが直ちに貨幣価値を高めるのではなく、資源の人間社会への貢献度が金融市場ではかられるということは、その資源の発掘技術、加工技術、輸送力、その他の生産力が伴わなければ、単に潜在的な第一次産品として眠っているだけであり、当然のことながら、それだけでは商品価値を持たないということでしょう。貨幣価値は、従って、その国の経済力(生産力・消費力)と相関しています。

5 金融統制の七要素

金融市場に、七つの要素がいる。(一)生命の安定、(二)社会的エネルギー量の増加率、(三)人間的及び社会的融通自在性の比例、(四)人間能力の増加率、(五)人間機能の撰択性の進歩による社会能率の比例、(六)社会律法及び社会秩序に依る社会進歩の効率、(七)人間の個人的及び社会的目的の達成による文化水準の差等。以上七つの諸要素の消長が、金融市場に直接影響して来る。中国の様に、銀貨と銅貨の交換率が毎日毎時間変ってゐる所では、この七つの要素が極端に、この交換率に影響して来る。戦争があれば、重いものを持って逃げる事が出来ないから銀の価格が上る。無智から起ったことであらうが、一九四五年八月十五日、日本が敗戦した後でも、南京の市民は、日本政府が発行してゐた儲備(ちょび)券を喜び、中国側の紙幣を嫌ったさうである。これは中国側において、日本に勝利を得てゐるにかゝはらず、内乱が続き、法幣の信用が無かったからである。金融市場に影響する第二の要素は、労力、動力、機械力の消長である。一九四九年五月、ドイツ・ベルリン市における一マルクの価値は、ソ連地区と西欧地区の比例が、一対四であった。即ち、ソ連地区においては、同じパンを買ふのに、四倍もマルクを支払らはねば買へなかった。始め同一に出発したものが、政治の差に依って、その後狂ひが来たわけである。その後にベルリン市内における交通労働者は、西欧マルクに依って支払ひを受けたいと、ストライキを始めたのであった。それだけ社会勢力に差があると云ってよいであらう。

△ ここで賀川は「目的的世界の七つの要素」を持ち出し、それが金融市場にも影響してくると言います。国力(社会勢力)というものをその物差しで見るということだと思われますが、かなり説明不足です。儲備券とは軍票のことだと思われます。自国の貨幣の信用が失われている中で、これまで通用していた軍票をつい使いたくなるということだったのでしょう。そのあと東西ベルリンの例が持ち出されます。しかしそれが労力、動力、機械力の消長とどのように関連しているのかの説明がありません。おそらく、その三つの力が社会勢力という言葉で総称されているのでしょう。

金融の心理における第三の要素は、変化に対する能率である。交通、通信、運輸の可能性がどれだけあるかによって、金融は非常な影響を持つ。言語の不自由、感情の錯誤は、すぐ金融を中絶する。物質だけが、金融をつけるのではない。感情が非常に大きな要素を持ってゐる。

△ この段落も私には理解が困難です。いわゆる一般的な金回りのことなのか、それとも貸付けの現場のことなのか、要領を得ません。しかし景気動向と人々の生活感情とが密接に結びついていることは確かです。

金融の第四の要素は、利益、利子、利準(ママ)の利率である。だが、いくら利率がよいからと云って、決してその銀行に金が集るものではない。その銀行が評判の悪いならば、利率は良くとも、預けに来る人は少ない。高利貸をすればもうかる事を知ってゐても、総べての人は高利貸にならない。

△ 利子は七要素の中の「成長(能力の増加率)」に関わっています。しかし根本のところで、銀行の評判、信用がなければ、利子が良くても金は集らないと言われています。

五、能率の悪い社会においては、金融は動かない。

△ 賀川は初めに書かれているように、能率を「人間機能の撰択性の進歩に依る」ものと見なしています。

六、法律の変化によって、利権の種類が違って来る。敗戦後の日本の様に、法律が次から次に変って行くところでは、安定した信用は得られない。ある時には中小工業者の団結を許し、ある時にはそれに解散を命じ、小中工業者は、どうしてよいかわからぬ様な状態では、日本の様に、小中業者を基礎とする工業国では、金融が悪化するのはあたり前である。

△ 法律はゲームのルールのようなものと見てよいでしょう。ルールが頻繁に変えられるようでは、プレイヤーはそのゲームに専念し、熟達することができません。法律は社会の基礎にあるものです。それは公正で、なるべく持続的でなくてはなりません。総じてこの「金融統制の七要素」の項目は、「書き込み不足」という感じを受けます。しかし逆に賀川の文章の書き方を垣間見させるものです。初めに構想を練って、梗概を書き、次に集めた資料を精査し、文章を書き加えて、次第に充実させていくというプロセスが窺われます。この部分はまだその途中にある、つまり書きかけという印象を持ちます。

6 信用組合に依る庶民金融

私は、一九二三年九月一日の関東大震災の時、同志と共に東京本所区横川町附近の貧しい人々に、金融する為に一万円の金を貸して上げた。然し、その一万円の資本は、貸りて(ママ)行った切り、誰れも返へしに来なかった。それで私は、新しき組織を考へて、同志と共に、質庫信用組合を始めた。資本金はたった三千円、しかし今日では、それがだんだん大きくなって、近所の人々から、千二百万円を預り、六百五十万円を板橋区の細民、向島区の細民諸君に金融することが出来てゐる。勿論営利が目的でないから、普通の質屋の四分の一の利息で貸してゐる。質物は殆んど流した事がない。面白い事には、信用があると見えて、「昔十円貸りて嬉しかったから、毎月十万円づゝ積立貯金をさして呉れ」と申込んで来る義理堅い電気屋さんもゐる。一万円貸与へて、余り社会的効果を発揮し得なかったが、信用組合に組織変へして、数万名の人々に喜ばれ、真に無産者の友として、その日その日の配給品の買へない人々の金融を助け得る事を私達は喜んでゐる。何人にも迷惑をかけず、何人をも搾取せず、貧しき人に対して出来るだけ多くの奉仕をしようと思った計画が、不思議に貧しき人々の支持を得て、二十年近く運転してゐることは、その社会目的の純粋さに、多数の人が共鳴したとしか、考へられない。かゝる社会連帯意識性そのものが、神聖なる金融の基礎であると云はねばならぬ。

△ 質屋は庶民金融のひとつの形です。質物(しちもつ)、質草は、いわば担保物件です。それを質庫(しちぐら)信用組合に組織したということはひとつの創見です。このような実践に裏づけられているところに、賀川の思想の特質があります。

私に云はすれば、この質庫信用組合の様な型の国家的に拡大したものが、真の社会主義的金融であると考へてよい。だが、こゝまで進歩するためには、社会信用を獲得せねばならなかった。その社会信用は、決して物質的なものでなかった。私に何千万円の金を預る担保費が無かった。たゞ私達が正直者である事を皆が信用して、大きくして呉れたのである。人格社会主義と云ふのは、私にとっては単なる理論だけではない。実際において運営し得るものである事を体験してゐるのである。

△ 社会生活において、信用、信認、信頼、信念は、最も根本的なものであるということが、人格社会主義の主張の基礎にあります。貨幣といえども、信認されなくては用をなしません。信念は物質的なものではないということが、賀川が「唯物論」に反対する理由でしょう。しかしそれは人間の精神構造に根ざす問題です。


第六章 経済心理の発展と人格社会主義機構の必然性

――物品社会主義と人格社会主義の差――

第一節 経済心理の生命要素

1 社会化に依る生活の安定

機械文明による産業革命は、権力や政治の力によって来たものではない。それは全くの発明の結果起った現象である。それを間違へて、法律だけ製造すれば、それで理想的な社会が生れると思ふ事は、大きな誤りである。発明によって起った産業革命は、更に発明に依って、社会進化を前進さすべきである。それを間違へて、手工業に帰へるとか、或は反動的に、機械を破壊すれば、労働階級は開放(ママ)せられるものと思ふ事は、非常な誤りである。機械に少しも罪はない。その機械力や動力を、一個人が私有するから、資本主義の害悪が甚だしくなるのである。万人が享楽し得れば、機械はよきものである。

△ 寡聞にして、戦前戦後の日本でラッダイト運動が起ったという話を聞きません。それは19世紀初頭のイギリスの話です。しかし賀川がここで言いたいのは、社会の進歩は発明発見によって起るということでしょう。そしていとも簡単に、機械力や動力の私有をなくせばよいと言います。

それで、労働階級を解放し、貧民を無いやうにしようと思へば、先ず生活を安定せしめ、食衣住が豊富になる様にし、労働階級の労力を出来るだけ有効に、能率よく、しかも創造的に勤労を楽しみ得る施設を施す必要がある。

△ 制度(施設)を整えれば、労働者は楽しんで勤労できるようになると言われています。しかしそれは如何にして可能になるのでしょうか。

2 ハン・ストの心理

もし、唯物的にのみ考へるならば、簡単に見えるものでも、人格的に取り扱ふ場合には、割合込み入ってゐる場合が多い。物品を施す場合でも、犬や猫にやるやうな取り扱ひをすれば、貧民は餓死しても、その食物を受け取らない場合がある。つまり、その人の人格を尊敬すなければ、唯物的に救済しただけで、満足しない人々がゐる証拠である。勤労階級が、ハン・ストを行ふのは、人間が唯物的に出来てゐない証拠である。

△ 人間には自尊への欲求があり、自己実現の欲求があります(「欲求の階層性」参照)。賀川はそこに「人格」を見ます。人間の心理に即さない「唯物的」な施策は人間を究極的に満足させることはできません。しかし物質的な次元で生活が困窮しているという世界の圧倒的な現実においては、生理的な欲求が先行します。

3 生活安定の社会技術

であるから、社会主義運営第一歩は、生命の尊厳を基礎とするものでなければならぬ。で、何を云っても、社会互助による食・衣・住の安定を求めねばならぬ。一七八九年七月のフランス革命も、食糧問題に端を発してゐる。一九一七年三月のロシヤ革命、一九一八年三月のドイツ革命など、皆食糧の欠乏に起因してゐる。日本の百姓一揆は、一つ残らず皆食糧の欠乏が原因である。一九四七年片山内閣の失敗の原因は、生活問題を後にして、石炭国管問題を先にした所にある。あの時に消費生活協同組合に手を打ち、生産消費組合を奨励し、勤労階級の食糧が豊富になり、インフレーションを抑へる事が出来てをれば、社会党内閣は、もう少し永続きした筈である。それを、約六百億円の資金を炭坑主に廻し、その生産能率は、復興基金より六百億円を廻したにもかゝはらず、わずかに、前年に比らべて生産は一割しか増加してゐないと云ふ珍現象を呈した。これは、国家管理を急ぎ過ぎた結果、インフレを助長し、税金を重くする手段となり、社会党の不信任をかふ理由になった。炭鉱国管は決して悪くない。しかし、社会進化と云ふものが、権力に依っては出来るものでなく、民衆の意識的組織が第一であると云ふことを、社会党の指導者が知ってゐなかったと云ふ根本的誤謬が、運営の上に破綻を来たしたのである。

△ 政策の優先順位をどこに置くかということは難しい問題です。グローバリゼーションの時代に、企業の発展存続が第一の目標であるのか、国民の生活が第一であるのかという問題が、今の日本に突きつけられています。賀川はここでも「協同組合」に期待をかけています。民衆の意識的組織が第一であると言います。

生産消費組合を大衆が組織し、食衣住について、資本家に負けないだけの力を作らないで、六百億円の金を資本家に渡し、勤労階級には一文も金融をしなかったところに、社会主義的ならざる手違ひがあった。もしも、六百億円の金を生産消費組合に廻して居れば、社会党は、あんなにもろく敗北するはづはなかった。これは、昭和電工に対する金融問題についても同じことが云へる。

△ 民衆が資本家に対抗する力を身につけるためには協同組合を組織しなければならないと言われます。企業や行政などの下請けとしての「ワーカーズ・コープ」ではなく、民衆の自治・自助組織としての「ワーカーズ・コープ」を立ち上げることが、社会進化の唯一の活路として構想されています。しかしまさにそこに、大きな壁が立ちはだかっています。今も同じ形で、社会変革の基礎としての民衆の連帯意識が問われていると思われますが、資本主義国家の(国家=資本複合体という)あり方がその展開を妨げています。

4 社会組織による生活安定

つまり、社会党は社会組織を運営しないで、物品を運営しようとした処に根本的誤謬があったのである。英国の労働党が、しきりに社会主義政策を急ぎ、一九四九年の地方選挙において反って失敗してゐる。この場合に於いても、英国の労働党は、社会主義の根本基盤をなす社会の人格的組織を忘れて、鉄道、石炭、鉄鋼、運輸等に関する重大物品の国営にのみ眼を付けて、その人格的組織体を忘れた傾向がある。アルフレッド・エドワーズ氏論文(一九四九年七月号日本版「リーダース・ダイジェスト」参照)即ち、地方々々の自治体を先にし、生産消費組合をつくらせ、中央集権を排除し、人格的基礎を持って居れば、英国の労働党は、地方選挙において後退する必要はなかったのである。物品中心の社会主義は、資本主義とすこしも変らない。社会の主義を社会主義と云ふならば、地方地方の人格を結集して、その地方の生産消費組合により、資本を吸収し、水力電気を起させ、鉄鋼所を管理させる様にし向けなければ、人格の組織を生かす事は出来ない。

△ 賀川は地方自治の重要性を説いています。社会は「人格の結集体」であるという思想の帰結です。社会が資本中心に動けば、人間は人材=資源として利用されるに留まります。儲かる企業が人を集め、業績が振るわなければ人を切ります。しかも生活保護や失業保険というセーフティネットも、財政難や、派遣労働などの資本に有利な雇用形態のせいで、十分に機能しません。資本が社会の形成原理になっていれば当然のことです。

脳髄だけが社会ではない。社会を、脳髄と他の細胞だけで組織が出来ると思へば、大きな誤謬に陥る。消費組合を作り、胃袋と腸を完成し、信用組合を組織して、心臓中心の、循環系統を組織し、肺及び皮膚を通して、呼吸器系統を完備し、植物より酸素を得んが為に、植物に炭酸ガスを与へる。この機能は販売購買組合が受け持つ。肝臓、膵臓、脾臓は利用組合である。腎臓は共済組合である。骨格系統は、保険組合である。筋肉は勿論労働組合と云ってよいであらう。かうした人格的社会組織を完備しなければ、脳髄だけの法権社会主義だけでは、理想国家社会を生む事は出来ない。

△ 社会も人体のように、その機能において十全性を備えていなければならない、ということでしょう。しかし「法権」とはどういうことでしょうか。法的(合法的)権力とも、法的権利とも読めます。多分、前者なのでしょう。中央政府が隅々まで命令を下すというイメージが浮かんできます。しかしその反対に、今日の資本主義社会では殆んどの働きが資本と行政の領分とされており、自主的に組織される各種組合やNPOによる互助機能は、補完的な役割しか果せなくなっています。さらに、国および地方自治体の新自由主義的な政策が、その傾向に拍車をかけています。法権社会主義にも弊害がありますが、だからと言って、「自己責任」という言い方で、福祉が切り捨てられる今日の社会にも大きな問題があることを見逃すことはできません。

勿論、無政府主義者の云ふやうな、脳髄のない社会を作ってはならない。民族或は国家全体として、統一体が必要である。しかし、生理的細胞組織において、脳髄の命令を待たなくとも、反射的に、身体をかいたり、蚊を追ひはらったりする様に、地方自治的又は職能的組合組織がなければ、決して社会主義運営はうまく行くものではない。

△ 賀川は自らが無政府主義者ではないと言います。中央政府の必要を認めるということでしょう。しかし人体との類比を用いて、自律神経的な自治組織が社会に張りめぐらされなくては、社会主義の運営は決してうまく行かないと断言します。万事を中央で統制する国家がうまく行かないであろうことは、容易に理解できます。

第二節 経済心理の労力要素

1 経済心理より見たる労働問題

食衣住を獲得するにおいてすら、人格的組合組織が必要とするならば労力、動力、機械力、運輸力の組織体を持たなければ、社会主義的運営を完全に導く事は出来ない。

労力が、労働組合を基礎にして、社会組織に貢献する事は云ふまでもない事である。たゞし、資本主義社会における労働組合の運営と、社会主義国家における労働組合の運営とは自づから、その運営が異って来る。資本主義社会内部における労働組合は、闘争的であった。即ち、取引関係(▽)が主たる問題であった。然し、社会主義世界においては、もう少し本質的になり、勤労階級それ自身が、社会の大黒柱である事を自覚しなければならない。即ち、社会連帯意識性の上に立ち、生活権、労働権、人格権の三つが、保障された場合、労働全酬権のごとき、資本主義時代に、対手方を搾取階級として考へたやうな時代の観念を去り、むしろ、勤労階級が親心を以って、弱者を引き上げてやると云ふやうな連帯意識性が必要になって来る。この連帯意識性が目覚めない中は、労働意慾は減退し、いくら機械設備が充分に出来ても、機械が空廻りする様な時代が来るであらう。

△ 取引関係とは、団体交渉collective bargaining)のことでしょう。しかし社会主義的な世界においては生活権(生存権)、労働権(社会権)、人格権(自由権)、すなわち基本的人権が保障されている筈です(!)。そのときには、社会連帯意識性が労働組合の存在理由になると言われます。生活が保障されたら働かなくなるということが仮にあるとしたら、それは社会連帯意識性が欠如しているためであると、賀川は言います。今日の資本主義的世界では、国家への忠誠と資本の増殖が大義名分とされており、国民の生活の方は二の次とされてきたように見えます。しかし労働組合はその戦闘性を失って、国家と資本の言うがままの存在になっているように見えるのは、何とも皮肉なことです。社会主義的世界への展望が失われてしまっているからでしょう。そして、労働者の社会連帯意識性も著しく後退しているように見えます。

日本における労働組合は、職業別組合と産業別組合の二つになって発達して来たが、社会の中核体をなす労働組合においては、先にも上げたごとく生命、力、変化、成長、撰択、法則、目的の七つの価値部門に分たれてゐるから、産業別組合も更に大きくまとまって、七つの専門部門に結集する必要があるだらう。そして、この七つの部門から職能代表を撰出して、国家の経済会議に列席せしめる必要がある。

△ 賀川は「目的的世界の七つの要素」を社会の基本的カテゴリーとすることによほどの自信を持っているのでしょう。産業別労働組合もそれに従って区分されるべきであるとしています。なお日本の労働組合は「企業別組合」を基礎としていて、その上に産業別組合が組織されているというのが実態です。元来の職業別組合は発達していません。もともと労働組合も企業という「お家(いえ)意識」の上に存在していて、ヨコの社会連帯意識の成長が抑制されてきたという現実があるように見受けられます。

しかし、互助組織のためには、あまり大きくまとまると、職業をさがすのにも、困難を感じる。それで職業別組合の組織も必要である。もしも、産業別が組合の運営に必要ならば、この職業別の団体は、互助組合の名を以って呼んでもかまはない。兎に角、木工は木工、石工は石工で、互助組合を作らなければ、職業運営の際に、非常な損害を招く。だが産業別単位にまとまることもまた必要である。ことに、資本主義社会の工場においては、さうならざるを得ないことになる。

△ 日本では、プログラマーはプログラマー、介護者は介護者、料理人は料理人という形で、職業別に組合を組織するということはあまりありません。そこにもヨコのつながりの欠如が見られます。「団体利己心」が優先して、ヨコの社会連帯意識が後退するのは、永年の伝統的な意識(お家大事の意識)がそうさせてきたように思われます。しかし賀川は、そのことに少しも言及していません。理念が先行しているからです。

第三節 経済心理の変化要素

1 経済心理より見たる交換経済

資本主義の社会は、運輸交通の発達し始めた十六世紀に目を醒ました。そして、人の無智に乗じて一儲けしたいと云ふ搾取的心情が手伝った。然し、真の社会主義時代においては、ロッチデール協同組合の精神に基づく、利益払戻しの他愛的精神が、主動力にならなければならない。この他愛的精神と云ふ言葉が、理解出来ないならば、社会連帯意識性と云ってもよい。生物の細胞の中には、どんな小さいものゝ中にも、全体に関する遺伝因子が連帯的に具備してゐる。勿論分化した後には、その細胞核は消失するけれども、人間の社会組織においては、飽くまでも核内の遺伝因子を社会連帯意識性の形において保有する必要がある。

△ 細胞は分化した後にも、その細胞核を保持します。分子生物学の発達がそれを示しました。それはそれとして、賀川は遺伝因子の連帯性に着目して、人間の社会においても、核内の連帯意識性が保持されなくてはならないと言います。個々人の中に「他愛的」因子が保有されておらず、社会は搾取や敵対の関係としてしか現象しないというのであれば、社会主義が成立しないであろうことは明らかです。要するにパウロの主張の現代版というべきものが示されます(コリント人への第一の手紙12:12−27)。

この連帯意識性を失ひ、自利的になり、社会秩序を破壊する処に、資本主義的営利主義の混乱が始まる。

△ 資本主義は「利己的遺伝子」の発現の場であるということになります。

しかし、社会組織のない所に、社会主義運動をすることは無理である。であるから、荒野の開墾や、個人的努力による発明発見は、総べてが搾取的であると考へる必要はない。どしどし奨励して、その人の労力に報ゆるべきである。社会主義組織において、個人の創意及び創造性を充分活かす様にしなければ、社会進歩は止ってしまふ。原子力時代の特徴は、物質を組織してゐる小さい原子の内部的エネルギーを呼び醒ます所にある。

△ 個人の潜在能力の開発は、いわば原子力時代の特徴であると言われています。小さい原子の内部的エネルギーが呼び醒まされるところに、賀川はこの時代の特徴を見ます。

社会においても、個人の創意及び創造力を、完全に呼び醒ます工夫がなされなければ、その社会の進歩は停頓する。中世の封建時代は、個人の自由をうばった創意の停頓時代であった。資本主義的冒険に依って、新大陸が発見せられ、アジア貿易が始まった。

△ 資本主義は冒険と投機の時代です。しかしそれは侵略主義であって、勢力の拡張には搾取と圧制が伴いました。いわゆる植民地主義(コロニアリズム)です。

もしも、法権社会主義が、唯物的になり、個人の自由をうばひ去り、発明と発見を妨害するやうな事があれば、封建時代に逆転する。それ程不幸な事はない。社会連帯意識性を活かしつつ、個人の発明力及び創造性を発揮し得る心境は、宗教的心境である。キリスト教では、これを十字架生活と云って来た。

△ 賀川は「宗教的心境」とは「社会連帯意識性を活かしつつ、個人の発明力及び創造性を発揮し得る心境」であると見なします。しかし現実の宗教は「封建的」であって、個人の自由を尊重しているとは思えません。だから、それは賀川が達した宗教的心境であると言うべきです。賀川は「十字架生活」、すなわち、十字架を担う生活にキリスト教の本質を見ています(マタイ10:38、ルカ9:23参照)。それこそは社会連帯意識の核であると考えているのでしょう。法権が法制を唯物的に強制し、その体制を強行に実現しようとするだけで、社会主義は成立しません。結果としてそれは個人の自由と創造性を抑圧することになります。社会主義諸国の辿った途が、その実情を物語っています。物質的側面はいわば「ハード」であり、意識的側面は「ソフト」です。そのソフトの開発という側面で、社会主義は十分な備えをしていなかったと言うべきでしょう。あるいはハードそれ自体も不備であったという指摘がなされるべきかも知れません。ともあれ下部構造(ハード)が変わればあとはすべてうまく行くという、唯物論的前提が吟味されるべきでしょう。

2 社会主義社会における個性の位置

人体においては、内臓器官のごとき系統機関の組合組織があり、神経系統のごとき中央集権的組織があると同時に、組織の間を自由に流れて行く、組織体に属しない単細胞の活動が、部分的に認められてゐる。この細胞は、全体の為の奉仕活動はしてゐるが、系統組合にも入らず、神経組織にも関係を持たない。自由にそれらの間を縫って、流動し、他の欠点を補欠する任務を持ってゐる。かくの如き白血球の使命が、恐らく完全な社会主義においても必要であると私は考へてゐる。

△ 賀川は「白血球の使命」ということで、具体的にどんな仕事を考えているのでしょうか。「組織の間を自由に流れて行く、組織体に属しない単細胞の活動」ということで、自分の宗教者としての使命や、芸術家の仕事を考えているのかも知れません。しかし、現実の宗教は組織体になってしまっていて、単細胞の自由な流れを逆に妨げています。芸術家も社会機構に組み込まれ、その自由を束縛されているように見えます。

3 経済心理より見たる市場の人格的運営

だが、食物を血液に変化し、これを身体全体に配給するやうに設備する為には、驚くべき社会組織が必要である。それには、運輸組織、通信組織、配給機構等が具備されなければならない。市場組織は、これらの組織化に依ってはじめて成立する。

△ 食物を栄養に変え、それを血液によって運ぶためには、身体全体の複雑な機構が必要とされます。同様に、市場組織の複雑さということを単純に考え過ぎると、様々な支障を来すことになります。社会主義的計画経済は、その意味で経済を余りに単純に考え過ぎていたのではないでしょうか。しかし、社会生活にとって栄養とは何でしょうか。

先に述べた如く、市場の成立を、只需要供給と云った様な、直線的に一次方程式の形において考へるから、唯物資本主義や、唯物共産主義が生れるのである。需要者に、供給することの出来るのは、私が繰り返へす如く七次元的要素を必要とする。一、健康でなければ供給は出来ない。二、力が無ければ供給は出来ない。三、持って行かなければ供給は出来ない。四、都合よく行かなければ、供給は出来ない。五、持って行く方法に各種の撰択作用が必要である。六、社会的各種の制約を受けて、供給が出来る。七、この六つの条件が揃ふて、始めて先方の注文通りの目的物を持って行く事が出来る。

△ ここで合目的性、生命・変化・力、成長(生成)・選択・法則という七要素を上の分類に当て嵌めれば、健康=生命、力=力、持って行く=変化、都合よく行く=成長(生成)、撰択=選択、制約=法則、目的物=合目的性、ということになります。

これは、需要の側についても、同じ事が云へる。食物の欲しい人があるとする。それに七つの条件がある。一、目的、食物の欲しい者に煙草を呉れても仕方がない。二、法則、闇物資を売り付けられた場合、客は警察の取りしまりを受けて迷惑する。三、撰択、腐った物を買ふことは出来ない。四、元気の付く物が欲しい。五、消化し得るものが欲しい。六、力が出るものが欲しい。七、生命に害のある物はさけたい。

△ 四以下のことは、元気の付く=成長(生成)、消化し得る=変化、力が出る=力、生命に害のある=生命、となるでしょう。

在来の経済学では、経済価値を、需要供給の直接の上に求めたものだから、市場の組立ての人格的社会組織を無視して来た。しかし、先に述べた如く、市場の成立には、一、生命の安定。二、労働力の保全。三、変化性の可能。四、生成の保障。五、撰択性の自由。六、法的条件の厳守。七、文化目的の達成。この七要素が必要である。

△ 「目的的世界の七つの要素」で取り上げた文化目的の達成、生活の安定・変化の許容・労働力の保全、成長の保障・選択の自由・法的規制の遵守が、ここで取り上げられます。市場の成立にもこの七つの要素が関わっているとされます。賀川は、この七要素を眼鏡として、自然と社会を見ているのでしょう。

そこで市場が成立するためには、個人的に衛生、勤勉、自由、向上、互助、克己、確信の道徳的要素が必要となる。社会的には、衛生施設、労働組織、交通通信機関、金融機関、互助組織、司法機関、研究、芸術、修養並びに、宗教組織が必要となって来る。研究組織の完備によって、発明発見が容易になり、技術道徳が向上すればするほど、需要供給の市場組織は円滑になる。戦争はこの総べてを破壊し、疫病、ストライキ、交通事故、恐慌、因習、無秩序、社会意識的痲痺状態等により市場を混乱せしめる。不幸にして戦後の日本はこの七つの悪素質を全部持ってゐる。

△ 衛生(生命)、勤勉(力)、自由(選択)、向上(成長)、互助(変化)、克己(法則)、確信(目的)と並べてみると、ここにも「七要素」が念頭に置かれているように見えます。賀川は、宗教者として当然のことながら、道徳を基盤とする社会を考えています。物質的条件が整えば、あとのことは考えなくてすむというほど、人間は善良に出来ていません。特に戦争は、「殺すな」という、道徳律の根本を破壊することによって、社会生活をすべて台無しにしてしまいます。人生という名前のゲームにもルールがあるのだ、という当然のことを、人間は繰り返し教えられなくてはならない存在なのでしょう。

第四節 経済心理の成長要素

1 利潤経済と経済心理

種は発芽し、芽は伸び、更に穂となり、実を結ぶ。その結実は種の四十倍、六十倍、百倍となる。自然は、それ自身利息を生んでゐると云へる。人間の子供も増加する。もしこれに、人間相互の協力が加はれば、分業と、綜合の職能組織に依って、物質的生産においても、著しき増殖が見られる。

△ 自然は増殖します(マタイによる福音書13:8)。自然はそれ自身利息を生んでいるというのは、面白い言い方です。人間の生産においても、分業協業(綜合)によって、著しい増殖が見られます。

この分業組織の能率化は、心理的能率化に依るものである。この心理的能率化の社会的結集は、人間個人が成し得ない事を、社会的に完成する。オーケストラーは一人では出来ない。音のハーモニーは、単音では出す事が出来ない。かく考へると、利の世界も生理的増殖から始まって、心理的能率に進化し、人格的社会効率まで発展するのである。だから、完全な人格的組織を持たなければ、利潤の世界をも、真の意味において生み出す事も出来ないものである。北京の燕京大学のシラミの学者が、二十数年間シラミの事ばかり研究してゐた。その人が、発疹チブスの免疫抗素を作る基礎科学を生み出す事に貢献したのである。シラミの学者が、こんな事において、社会に貢献し得ると誰が考へたであらうか? かく考へて来ると、自然科学の領域は、如何にも無駄な努力をしてゐる様に見えるけれども、決してさうではない。星の研究に依って発達したスペクトラム化学が、原子物理学に貢献し得ると、十九世紀の学者は考へてゐなかったらう。しかし、今では総べての学問が網の様につながってゐる事に、我々は自らを発見して驚かざるを得ないのである。だから、唯物的生産の形式にのみ、歴史の法則を探求してゐる間は、歴史の真髄を捉える事は出来ない。むしろ、人間の意識的発展が、物的世界を如何に改変し得るかと云ふ事を研究しなければ、産業革命の歴史をも理解する事は出来ない。

△ 知の世界は意識の世界です。眼前に広大な物象が広がっているとしても、それを一々認識するのは意識であって、人間の知的世界の広大さとその複雑さとを史的唯物論の公式によって捉えきることは、おそらくできないでしょう。しかしその同じ人間が相変わらず殺戮を繰返し、人種差別を助長し、環境を破壊し、しかも世界の大多数の者たちが貧困にあえいでいます。科学の進歩と歴史の貧困(お粗末さ)とが並存しています。この現実を、一体どのように理解したらよいのでしょうか。

「利」の世界は、宗教改革の時代、ジョン・カルビン(ママ)が、中世期的利子反対の寺院法制度を破って、資本主義的利息を肯定したることに依って、新しき宗教道徳の基準が与へられた。

△ 中世的な教会法が法学者でもあったカルヴァンによって改められ、利子が肯定されることによって、資本主義的市民社会の幕が開けました。

カルビンの時代はまだ今日のごとく人類の社会が充分発達してゐない時であった。今日の時代になっては、資本主義的利子利潤の時代を一歩前進して、心理的能率から発生する発明発見の驚くべき創造性をすら、社会に奉献すべき社会主義時代とはなったのである。この奉献的精神なくして、発明発見の時代を社会化する事は出来ない。

△ 奉献とはもともと一身を神に捧げることを意味しています(ローマ人への手紙12:1)。人間の創造性を奉仕に振り向けることができなければ、それは悪魔的な破壊力として世界を壊滅させる結果を招来するでしょう。しかしこの神なき時代に人々が奉献的精神によって生きることが、いかにして可能になるのでしょうか。

第五節 経済心理の撰択要素

――経済心理より見たる能率経済――

1 物品の撰択と職業の撰択

物品の撰択に就いては、売買市場何処に行っても一定の基準がある。一、その物品の撰択が生命に如何に貢献するか。二、労働力に如何なる影響をもつか。三、その物品の輸送が容易であるか否か。四、その物品を取扱って利益があるか否か。五、その物品は、色彩、形、匂、味、栄養価等に就き規格に合ふかどうか。六、その価格が法律上、どんなに取扱はれるか。七、その物品は、民衆の嗜好に投ずるか否か等の分析を行ふ必要がある。

△ 以上を七要素に振り分ければ、生命への貢献(生命)、労働力への影響(力)、物品の輸送(変化)、利益(成長)、規格に合う(選択)、価格の法律的取り扱い(法則)、民衆の嗜好に投ずる(目的)となります。

需要する側においても、供給する側においても、市場心理において述べた如く、七つの条件に色々の変化がある。

△ 七つの条件は一義的に固定したものではなく、賀川の頭の中で柔軟に構成され、一つの展望、地平、あるいは思想空間を与えるものになっています。

仮りにリンゴに一例を取る。リンゴの日本における生産は、明治初年米国インディアナ州出身のイング博士が、青森県弘前のキリスト教宣教師として、クリスマス・プレゼントにリンゴを与へた事に初まる。その席に居た佐藤勝三郎氏が、それを食はずにもって帰り、果肉のついたまゝ庭先に植えたことから始まる。その後、青森県庁が植ゑ始めて今日の盛況を呈するに到った。然し、果樹園芸学の進歩がなければ、今日の盛況は見なかったであらう。そこにも、文化水準の心理的基礎が、リンゴの生産の上に大きな影響をもってゐた事を発見しなくてはならない。

△ 経済の発展に「文化水準の心理的基礎」があるということ、いわば、西洋文明を取り入れる上でも、それを受容し発展させるだけの、文化的基礎が先行しなければならないということが強調されます。賀川はそれを「心理的」な問題として捉えています。

2 職業心理と社会主義

職業経済の領域に至っては、なほ更、心理学的基礎が必要である。先にも述べた如く物品生産の経済は、感覚経済を呼び覚まし、視覚、聴覚、味覚、臭覚、触覚、運動覚、色慾覚等の刺戟経済を発達せしめる。

この感覚経済を基礎にして、注意力、連想力、記憶力、想像、学習、推理、研究、情緒、意志訓練、敬虔意慾等の意識経済が発達し、意識経済は、注意力のために、監視員、旗振り、燈台守、シグナル係、広告業者等の職業を生み出し、連想の為には、国旗製作者、バッヂ製作者、記念碑製作者、土産物製造人等の職業を生み出し、想像力の為には、玩具、絵本の製作者が現れ、記憶力のためには、簿記会計の係員、書籍、帳簿の著作者や出版会社等が出現する事になった。学習のためには、千六百万の学生が日本に現れ、六十万の教師がそれに従事している。推理のためには、株式取引所の出現となり、天気予報、地震観測所の技師が必要となって来た。知識のためには研究所員が集まり、情緒の為には各種の芸術家が出現し、意志訓練の為には、道場指導者が必要となった。宗教意識の為に、米国は二万七千の宣教師を外国に派遣し、十一万人の牧師を養ってゐる。そのために費す一年間の費用でも、米国内地だけで百億弗を下らない。スコットランドでは、牧師一人を迎へる事は、巡査二百人を傭ふよりも効果的であると考へてゐる。だから、米国における十一万人の牧師も経済的に考へて、決して損害を社会に与へてゐる事にはならない。否、それとは反対に、社会連帯意識を自覚せしめ、労働意慾に燃えしめ、生命を尊重し、平和を愛する精神を鼓舞するならば、宗教は決して阿片ではない。

△ 賀川は先に見たように、経済を、人間の生理的、感覚的、心理的、意識的発展の上に見ています。そこに様々な雑多と言ってよいほどの職業が成立します。しかし今日、地域経済が疲弊しているのは、グローバリゼーションによる地域産業の空洞化、大資本が地域経済を草刈場にし、しかもその経営不振によって元も子もなくなるといった現象、少子化・高齢化などの要因が働いていると思われます。いわば資本の社会的浸透の徹底によって、人間の雑多な職業生活が画一化し、街の景観もその個性を失います。そして地域の生活が根こそぎ貧弱化しています。このとき賀川の言う協同組合化が、地域経済の活性化のために、本当に功を奏するか否かが問われていると言ってよいでしょう。それは国家と資本に依存しない社会再建の可能性と言えるかも知れません。しかし税金を納めておきながら、その国家の施策に期待できないのは政治の貧困以外のものではありません。政治が税金で資本のためにしか仕事をして来なかったツケが回ってきています。なお最後に賀川は宗教に言及します。宗教が「社会連帯意識を自覚せしめ、労働意慾に燃えしめ、生命を尊重し、平和を愛する精神を鼓舞するならば、宗教は決して阿片ではない」と主張されます。資本主義の初期、プロテスタンティズムが労働者に規律と遵法精神を与え、その興隆に与って力を発揮したことはよく知られています。しかし宗教は、その使い方で毒にも薬にもなる劇薬であって、アメリカのファンダメンタリズム(キリスト教原理主義)に見られるように、時に頑迷な精神を鼓吹する、反動的な役割を担うものであることを無視できません。その意味で、宗教をただ大らかに肯定するだけで話は済まないでしょう。

第六節 経済心理の法則要素

――経済心理より見たる法権利権経済――

社会の秩序は、生理的社会組織より心理的に進化し、更に道徳的に意識的に発展して行く。親子兄弟夫婦の生理的社会は、肉体的関係である。然し、この肉体的関係の社会においても、心理的結合がなければ、親子喧嘩は絶えず、兄弟間の財産争ひも起って来る。殊に恋愛関係は経済問題ではとけない。マルクス流に、恋愛をも唯物的に説明せんとするならば、非常な無理をせねばならぬ。

△ 人間には意識や想像力があるということと、人間が一個の生物であるということとは矛盾するものではありません。恋愛は、恋する青年や、芸術家の目から見れば、限りなく美しいものですが、同時にそれは肉体的関係でもあります。しかしそれを唯物的生理的にのみ説明することは、当事者にとって野暮というものでしょう。

肉体的に考へても、人間は始めから社会的動物である。しかし、別々になってゐる個体を結合せしめるものは、心理的に親和するより他に道はない。そこで、恋愛が、親子の情より強く働く事を考へねばならない。そこに恋愛による特殊な心理的活動を社会的に発見する。

△ 人間が社会的動物であり、意識活動も社会的であると考えたマルクスも、それを肯定した上で、意識の固有の働きを重視する賀川も、人間の恋愛感情を否定したりはしません。問題は、意識の多様性をどのように評価するかということにあるでしょう。特殊な心理的活動の捉え方の問題、あるいは強調点の置き方の問題です。

人類は生れつき、生理的社会を要求するのみならず、心理的にも社会結合を要求する。あるものは智的に発達し、或る者は美的要素を持ち、或る者は実行力を持ってゐる。また或る者は音楽的に天才であり、或る者は数学的技術を持ってゐる。それらを綜合すると、始めて優れた社会組織が出来る。

△ ここで賀川の念頭にあるのは「コリント人への第一の手紙12:4−11(31)」のパウロの言葉でしょう。

だが、中には反社会的な人物も居る為に、道徳的に結合したいと云ふ要求が起り、更に人種の偏見を超越して、世界連邦を組織したいと云ふ大きな理想主義の人物も生れ、道徳的に除外せられた人々をも救済して、真人間に連れかへして上げたいと云ふ宗教的意識(▽)に徹底した社会組織も現はれて来る。この意識の内容の変化に従って、種族間の戦争も止み、民族間の闘争も中止される様になる。因習は法律化され、習慣法は道徳律によって置き変えられる。

△ 「道徳的に除外せられた人々をも救済して、真人間に連れかへして上げたいと云ふ宗教的意識」とは、イエスの公生涯に呼応する宗教的意識のことでしょう。賀川は社会変革を先行させるのではなく、「意識の内容の変化」に力点を置いています。

意識の目覚めの順序に従って、社会に生活革命が起って来る。ソロモン島では、伝染病を恐れて病人を屋外に捨てゝゐた。日本のおとぎ話にある姥捨山を思ひ出させる。それが、オーストラリヤの宣教師ニコルソン氏の努力に依って、キリスト教の感化を受けると共に、病人を屋外に捨てる習慣が止ってしまった。フィジー島、ニュー・ヘブライデス列島、ローヤルティ列島における喰人種の悪習慣は、キリスト教の普及によって跡を絶った。これらは意識発達の一例であるが、これらの変化に依って、経済上の革命も著しいものがあった。喰人種の間にあっては、あまり闘争がはげしいために、種族は細分化され、言語は五、六千人以上の人々には通用しないし、食衣住の生産の技術は退化し、かくて自然的災厄に打克つ力を失ってしまった。

△ 西洋キリスト教の世界伝道がもたらしたものには、功罪両面があります。功績は近代西洋文明の伝播によって、伝道地域の住民の生活と意識が近代化されたことです。しかし、西洋文明の圧倒的な優位性の下で植民地化が進行し、その地域の従属が強いられたという負の側面があります。また白人種の優位性という神話(人種差別)が定着することになり、今日に至るまでその問題が尾を引いています。

これに反して、迷信を去り、平和を愛し、他民族との交通を喜ぶ人種は、文化の進歩も急速であり、経済的能力は躍進する。かく考へると、法的秩序と云ふものは、社会意識の成長程度に従って、その時代の生理的、心理的、社会的、社会結合と、その運営の方法を規定したものにしか過ぎない。

△ 法的秩序というものは、現にそのように定められているということだけを意味するのではなく、社会意識の成長程度に従って変わって行くもので、社会的結合の運営の方法を規定したものに過ぎないという指摘は、重要であると思われます。しかし「迷信を去り、平和を愛し、他民族との交通を喜ぶ人種」は、一体どこにいるのでしょうか。西洋諸国のキリスト教的な白人種こそがそれであるとは決して言えません。

然し、この規定によって、個人的にも社会的にも経済的打撃を受ける事が多い。先づ法律は、生存権、労働権、人格権を奪う力を持ってゐるから、財産に関しては、没収する権力位は容易なものと考へてゐる。孟子が、「苛政は虎よりも恐し」と書いてゐるが、法律の悪い場合には、経済的に社会を枯死さしてしまふ。

△ 法律は基本的人権を奪う力を持っていて、法的規定によって「個人的にも社会的にも経済的打撃を受ける事が多い」とは、具体的に賀川が何を考えて言っているかは不明です。しかし為政者はとかく基本的人権に制限を設け、国民の義務を強調することを好みます。また「民主主義的」な社会においても、法的規定によって、国民が経済的な打撃を受けることは多々あります。それがいかなる「公益」を名目にして制定され、施行されるものであるかが、十分に吟味されるべきでしょう。例えば「大店法」の撤廃によって小売業者が多大な打撃を受け、シャッター通りが増えるなどということがあります。

2 社会保障法と社会意識

だから、社会意識の発達しない処においては、いくら法律を作っても、何の役にも立たないものである。況んや、社会主義法の如き高度の意識性を予期するものにおいては、法律をいくら作っても、社会連帯意識性が目覚めない間、社会効果は絶対に高まるものではない。

社会主義運動を唯物的に限定するマルクス・レーニン主義の誤謬は全く此処にある。その一例は、社会保障法の基礎をなす社会保険の組織に見られる。自然災厄、生理災厄、即ち疾病、出産、老衰、死亡保険を始めとし、失業保険、海難保険、負傷保険等に就いて考へた場合でも、法律を作っただけでうまく行ったためしは無い。第一次世界大戦の後、ラムゼー・マクドナルドの英国の労働内閣は、失業保険の支払の為に国家の財政に危機を生ずるに至った。

△ 社会主義は社会連帯意識性の高度の発現であって、法的規定が万事を保障するわけではないと言われています。

かつて、古代ローマにおいて、ジュリアス・シーザーが自己の権力を示すために、失業した自由市民に、一日一オドル(その当時の銀貨一枚)を与へて、失業救済を計画した。銀貨一枚をもらった失業者は、失業をたのしむ様になり、労働意慾を失ってしまった。それ以来、失業者をたのしましめる給附金の事を「ドール・システム」と云ふ様になった。社会連帯意識性を欠いた失業者は、「ドール・システム」に寄生する傾向を持つ。そして、国家財政を危機に瀕せしめる。一九三五年頃、ドイツにおいても殆ど同じ事が起った。これに反して、連帯意識の強いデンマークの失業保険制度のごときは、勤労階級の社会連帯意識性の自覚の上に基礎を据え、自己負担を多くし、決して保険制度がつぶれる事のない様にしてあるので、永久に継続する事が出来る。

△ 物的基盤を整備し、制度設計さえすれば、社会主義が実現するわけでなく、その根底に社会連帯意識性がなくてはならないということが、賀川が強調することです。大災害のときには社会連帯意識性が発揮されるのですから、それが平時の社会運営にも働くということも不可能ではありません。それが社会の「底力」というものでしょう。

日本の労働者健康保険組合や、国民健康保険組合が、昭和二十四年度において危機に瀕し、国家の財政を危険に導くの恐れのある事を、私は心配してゐるものである。労働保険証書を所有者に関係のない他人に借し与へて、保険料支払が多くなるようにするならば、健康保険は破産する。第二次世界戦争前、ドイツの失業保険は、支払が悪かった。それで失業する恐れのあったものは病気になって、健康組合の支払を受けた。ドイツにおいては、この種の保険詐欺が総数の二割五分に達したと云はれてゐた。

社会主義の運営において、社会連帯意識性を持たない場合には、かうした危険性はいつも起って来る。

△ 賀川が社会保険制度は社会主義的政策であると見なしていることが重要です。それは社会連帯意識性に関わる問題だからです。現にアメリカでは「社会主義」嫌いの人が多く、国民皆保険的な健康保険の政策に対して根強い反発があります。

それで、社会保険を大量に行ふ場合には、人格と人格が互に信頼し得る意識的結合を基礎にし、デンマークの健康保険の様に小地域における組合の各自が互ひに知り合ひ、組織と人格とが遊離しない様に努めねばならぬ。社会保険を一種の恩恵と考へ、分取り主義的に取扱ふならば、社会保険制度はすぐにも崩潰してしまふ。国営保険を運営する場合でも、この人格的基礎を忘れる場合、危険率は増し、払込みは悪くなり、経営費に多くかゝり、全く社会保険の本質を失ふに至る。フランスの国民健康保険組合は、カトリック教会内部に組織された互助組合(ミューチュアリィテイ、▽)を代行機関に設定してゐる。これは真に賢い方法であって、宗教的意識が背景になるから、危険率は少く、保険料金の払込もよく、経営費は真に僅少ですむ。

△ 賀川は社会連帯性の基礎を「顔の見える関係」に置いています。それですべての問題が解決するとは思えませんが、法律による規制と大量処理に伴う匿名性が保険の危険率を高めるという指摘には、大いに当っている面があります。なお、ミューチュアリィテイとはmutualité(互助会)のことで、ミュチュアリテと書くべきでしょう。

しかし、国営主義の社会保険を運営する人々は、この経済の人格的基礎を忘れ、機械主義に陥り、たゞ数的に確率計算だけ済めば、それで成功してゐると思ふ様になる。こゝに唯物社会主義の運営法と、我々が主張する人格社会主義の運営法に大きな開きが出来るのである。唯物社会主義者は、統計的に見透しがつくと考へる。なるほど、統計上の函数が一定不変であるならば、この見込み危険率は決してあやまたないであらう。

しかし、戦争がおこり、飢饉や経済恐慌が発生した場合、定常函数に非常な変化が起って来る。現に。日本の火災保険会社は、空襲に依って一大危機に直面し、生命保険会社は太平洋によって想像以上の打撃を受けたではないか。それらの困難を計算に入れないと云へば、それ切りである。敗戦前失業保険制度のなかった日本は、会社の負担において、戦時中戦争に出たものゝ家族の生活を保障すべきことを命令した。然し敗戦と共に、それが全く出来なくなってしまった。これと同じ事が、各種の社会保険に起って来る。

△ 戦争や恐慌などの「不測の事態」においては、保険制度に限らず、社会生活の根底が脅かされます。恐慌において自己の存続をはかる企業は労働者を切り捨てます。損益のみを計算する視野からは、個々の労働者の生活は消えてしまいます。保険金の企業負担分を支払うこともままならなくなります。それが資本主義の現実であるということを、この間、我々は再び痛感させられることになりました。

社会連帯意識が網状に織り込まれる場合にのみ、社会主義は成功するものである。それは、たゞ単に階級闘争の如き対立意識だけでは、社会保険を完全に運営することは出来ない。経営者も勤労者も政府も社会人も、四者とも総べて連帯的に友愛精神に目覚めなければ、決して社会保険の運営はうまく行かない。

△ 社会生活の基盤にbrotherhood(友愛)の精神、兄弟愛の精神がなければ、その社会はうまく運営されないという主張は、賀川がキリスト者であることを示しています。しかしそれが現実の社会をも成り立たせるべきものだと言われるとき、その主張は嘲笑の対象とされるのでしょうか。それを嘲笑する人たちは、それでは、いかなる社会を想定しているのでしょうか。賀川はあくまでも「人格社会主義」を標榜します。(fraternityという言葉は、兄弟の間柄、男同士の友愛を意味するもので、ジェンダーの視点が欠けているという批判があります。鳩山首相の「友愛」を批判する議論の一つでした。)

日本のある官公署の職員組合は、職員組合の闘争期間健康保険の掛金をしなかった。然し、保険給附金だけは受ける権利を主張し、病人は保険医となってゐる医者に通った。医者がその保険料金の支払を要求した時、管理者はその組合は保険料金を払ってゐないから、医者に金を支払はぬと拒絶した。こんな事もある。これを見てもわかる通り、社会保険の如き社会主義経済において、主軸をなすべき経済運営に当り、勤労者、経営者、国家だけが、連帯意識を持たなくてはならないのみならず、第四者である医者までが、連帯責任を持たねばならないのである。

△ 社会主義経済の運営において、権利は無条件に付与され、義務の履行の対価ではないという主張を一概に否定することはできません。ベーシック・インカムについての議論がその一例です。生存権は無条件に与えられており、生存を保障する最低限の収入は労働の対価ではないという主張だからです。これは「働かざる者、食うべからず」という思想への挑戦であって、常識に反する面を持っています。原資が不足しているところでは、それを平等に分け合うことは、全体の貧困を意味することになります。もし社会連帯意識性がないところで、その主張がなされるならば、それは説得力をもたないでしょう。食糧や、住居や、医療や、教育などにかかる、生活に必要な経費が基本的に支給される社会を成り立たせるには、社会連帯意識性に基づく、社会のグランド・デザインがどうしても必要になります。それを部分的な問題として扱うならば、賀川が指摘するように、各所に矛盾や軋轢が生じて来るでしょう。「ナショナル・ミニマム」が保障されるためには、そのようなネーションを作り上げる構想力が求められます。

2 人格の統計学的恒数

人格的に連帯意識性を発揮した場合、統計学的確率の転移函数がいくら変転しようと、変転しない一つの常数が現はれて来る。それは、社会保険制度を構成してゐる人格の根強い定常性から来る函数である。その函数が三つに働く。創造的函数、保存的函数、賠償函数の三種である。もしもその人格が博愛精神に富み、贖罪愛的創造性に燃えてゐる場合には、その社会保険は持続する事が出来る。だが、これらの人格函数は、すでに述べて来た様に、法律で規定する事は出来ない。それは全く、その社会を構成する人格的意識水準を基礎にしてかゝらねばならない。

△ 賀川が人格の「恒常的函数」としているのは、創造、保存、賠償(補償)の三つです。創り、保ち、補うという働きが人間の人間らしいわざであるとされます。償いとは自己に起因する他者の欠損を補うことです。贖罪愛という宗教的表現に賀川が見ているものを、何か現実離れした観念であると見なす必要はないでしょう。日本は近隣諸国に対して戦後補償(賠償)を十分に果たしていません。それは実に非人間的で不道徳であると感ずるとすれば、賀川の贖罪の意味を理解することも可能になるでしょう。

従って、社会保険の完備は、(一)生命の安定。(二)社会エネルギーの創造性。(三)活発なる市場の存在。(四)自然的及び社会的増殖の向上。(五)互助友愛の自主的撰択。(六)社会意識の合理的律法。(七)社会連帯意識の完全なる自覚等。これら各要素が具備しなければ社会保障法的運営を計る事は出来ない。社会主義運動である事は、これを見てもよくわかる。

△ 「七要素」を再確認すれば、生命(生活)の安定(生命)、エネルギーの創造性(力)、活発な市場(変化)、自然的および社会的増殖(成長)、互助友愛の選択(選択)、社会意識の合理的律法(法則)、社会連帯意識の自覚(目的)となります。社会保険は社会の部分的な施策ではなく、社会全体に関わる事業であり、それは社会主義運動であるということに、再度注意が促されます。そしてそれは連帯意識の発現形態であるとされています。

第七節 経済心理の合目的性要素

1 文化経済と経済心理

仮りに、原子エネルギーを利用した原子力発電所が、日本の村々に据えつけられ、農業も、農村工業も、殆んど機械力で出来、生物化学が進化し、英国の科学者AC・ジェーストンの発見したトールラ・イースト菌のごときものが容易に澱粉によって培養せられ、澱粉が直ちに蛋白質に変り、その蛋白質の含有量が四十パーセントだと云ふことになれば、文化の水準は全く革命される。更に飛行機の使用が発達し、ヘリコプターによって、山々を自由に使用し得る時代が来れば、平地農業に制限せられる事なく、樹木農法は進歩し、生産界に革命が起る。

△ 賀川の生きた時代と比べて科学は一段と進歩しました。科学の進歩による更なる産業革命も進行しつつあります。しかし社会の根本的な問題は少しも改善されていないと言うべきでしょう。戦争やテロ、そして原子力発電所の例に見られるように、事態はかえって深刻になっています。人類が資本主義の次の段階に移行していないからであるとも言えるでしょう。しかし賀川は科学の進歩に大きな期待を寄せています。

これは決して空想ではない。米国においてはすでにこの水準にまで来てゐる。そこで、科学的意識内容をどの程度にまで持つかによって、経済能力の内容に差が出て来る。

社会主義文化が、もし唯物的独裁主義に終るならば学問の統制まで行はれ、また中世期的暗黒時代が来るであろう。

△ スターリニズムに象徴されるように、実際に「唯物的独裁主義」は学問の統制を行いました。その結果は既に出ています。しかしもう一方の「唯物的資本主義」の限界もまた明らかになりつつあります。

今日フィルムの生産は、米国の四大産業の一つになってゐる。それ程アメリカでは芸術的経済部門が拡張されて来た。テレビィジョン、レコード、音楽機械等の進歩を考へると、文化経済の運営を無視しては、新しい社会の経済を考へる事は出来ない。

△ 賀川は既に、この本を執筆した1949年の時点で、文化経済(文化産業)の発展を予測しています。

それと同時に、経済が社会化されるに比例して、反社会性を帯びる闇取引も考へられる。その取締を外部的にしないで、意識的に訓練し、修養せしめる文化的活動が考へられる。

△ 闇取引という言葉で具体的にどんな行為が想定されているかは不明です。しかし日米の政治的指導者による核密約や、検察による政治的捜査など、「闇」は、明らかに反社会的勢力と考えられる者たちだけでなく、権力の中枢にも巣食っています。賀川はあくまでも宗教者として、「意識的に訓練し、修養せしめる文化的活動」によって、闇が一掃されると考えているようです。

更に、智情意を総括する神聖なる宇宙意識に就いて、宗教的活動が経済運動に影響を持つ。

この宗教的情熱は宇宙目的の発見を促し、社会保障の裏付けとなり、世界平和の創造的基礎を造る場合、これを迷信と云ふ事は出来ない。自意識活動は決して迷信ではない。偶像教的に、云ひ換へれば唯物的に、自己の活動を極限するから、迷信になるのである。唯物論は、現象的物体が宇宙の本体であると主張し、唯物弁証法は、経済行為が総べての思想を生むと考へ、唯物史観では、唯物生活の形式のみ独り歴史を決定すると主張する処に、偶像教的現象主義が、絶対的真理と考へられる迷信に陥ってゐる。

△ 宗教は、神話的表象に彩られた、人間の宇宙感覚の表現であると言うことができます。賀川は宗教の宇宙意識だけを取り上げていて、神話の「迷信的」要素には触れていません。そして唯物弁証法の迷信的側面を指弾しています。人間の歴史は、あたかも自然科学的な法則のように、すべて公式に当て嵌めて理解することはできないでしょう。その意味で、唯物史観には明らかに無理があります。それを頑なに信じ込むと言うのであれば、迷信と言われても仕方がありません。しかし仮説として全く無意味であるとは言えません。

我々は、宇宙の物的現象の奥に、生命、力、変化、成長、撰択、法則、目的の七要素が伏在し、その焦点が精神作用を営み、人格を形成し、意識を生み出してゐる事を認識するものである。この自意識より見れば、物質的運営は、意識活動の補助機関にしか過ぎない。マルクス主義の歴史家は、かつてチャールス・ダーウヰンが、南洋において宗教のない野蛮人を発見できたと主張したと同じ誤謬を持っている。後になって研究すると、その野蛮人は精神的神を信じ、全く物的表象を持ってゐなかったために、かゝる誤謬を犯したのであった。

△ ここにも「野蛮人」という不用意な表現が出てきます。しかし賀川が考えるマルクス主義者は、意識という目に見えない働きをあたかも存在しないかのように見なす人たちであるということでしょう。マルクス主義者が意識活動を否定しているとは思えませんが、物質的生産に力点を置きすぎる、あるいは物質還元主義的にものを考えがちであると言うことはできるでしょう。賀川は、宇宙には七要素が伏在しており、その焦点として人間の意識活動が生れてきたと考えています。ここで言われる自意識は、自覚とした方が適当でしょう。マルクス主義の立場からすれば賀川は観念論的であると言えます。

多くのプロテスタント・キリスト教の人々は、何らの宗教的表象を持たないから、考古学的に発掘し様としても、恐らく如何なる内容もとらへ得ぬであろう。そして、偶像を持ってゐる宗教だけが、その時代の宗教内容として報告されるであらう。

△ 賀川は、物質的な表象を持たない傾向を有するプロテスタント・キリスト教を評価しています。偶像崇拝は意識の倒錯であると見なしているからでしょう。それは宗教改革の成果です。しかしプロテスタントには言語偏重のきらいがあります。

自意識活動は、唯物的運営を支配するものである。その事を忘れて、唯物的共産的主義のみが、唯一の文化運動であるかのごとく主張するものがあるならば、私はこれを新らしき偶像復興だと考へてもよいと思ふ。私が、社会主義に最も必要なるものは人格的意識であって、その宇宙連帯意識性が目醒めるか否かによって、始めてマルクスやレーニンが理想とした社会が出現するものであることを主張する理由はこゝにある。科学的研究も、芸術的運営も、倫理的活動も総べてこの宇宙目的の探究とその実現の沿ひ、その宇宙意識的自覚を掘り下げて行く線に沿はなければ、人間活動と云ふものは、そのあたりに転んでゐる石ころとあまり変ったものではない。この宇宙的自覚の為にこそ、経済活動が大きな意味を持って来るものである。パンも衣服も小さい住宅も、それ自身が人類の目的では有り得ない。それらを手段として宇宙の根本実在と同化し、その根本実在の意識性を人間の意識性として、実現して行くまで伸び上がりたいのが、人間の苦闘する理由である。その苦闘が、人間の芸術衝動ともなり、意志訓練ともなり、研究意慾ともなり、宗教的自覚として目醒めて来るのである。社会主義運動の本質が、この宇宙意識の自覚と絶縁せねばならないと云ふ様な、局部的な偶像主義に終るならば、人間として余りにも浅ましい事である。況んや、その社会主義機能を実現するために、人を殺し、性道徳を混乱させてもそれは唯物弁証法的に考へてよいと主張するに至っては、真に悲しい人生の堕落であると私は考へるのである。

△ ここに賀川の思想の根本にあるものが開陳されています。社会連帯意識性はここでは宇宙連帯意識性にまで深められています。宇宙意識的自覚の掘り下げということが人間の生きる目的であるとされます。進化の線上に意識が生じてきたということに賀川は重大な意味を読み取っています。ソ連で革命直後に生じた性道徳の混乱は、共産主義のはき違えであり、革命の目的=宇宙目的からの逸脱であるとされています。

2 意識経済の確立

人間の経済行為が、生命の活動力を中心にして、発展はするけれども、社会性を帯びるためには、どうしても、社会的表象が必要になる。それで、文化目的の遊覧のために、切符が発行せられ、社会秩序のために、法律が印刷せられ、技能の修徳者には、免許書が下附せられ、投資株に対しては、株券が発行せられ、金融に対しては、紙幣や小切手、為替証券が使用せられる。又電気やガスの使用に対しては、メートルが備え附けられ、一々交換市場の便宜の為に、物的表徴が利用せられる。だからと云って、これらの物的表徴が、それ自身本質的に経済価値を持ってゐない事は、すべての人が理解してゐることである。

△ 人間が物的表徴(記号)を用いるということに、人間社会の特質があります。それは多岐にわたり、人間の経済的交換活動を覆っています。

それを、無理矢理に唯物弁証法的に説明して、総べての思想は、唯物経済的利益のために発生すると説明したり、総べての文明は、唯物的生産の形式によって、決定せられると考へる事は、唯物的表徴の裏面に働いてゐる精神運動を余り無視し過ぎてゐると考へねばならぬ。

△ マルクス主義は「資本主義的唯物論」を批判するための唯物論です。同時に、それは観念論の現実的成立条件を問います。物質的表徴(貨幣)の裏面に働いている精神運動を暴き出すのがマルクス主義的唯物論の課題であるとも言えます。その意味で賀川の唯物論批判はどこか皮相であるという印象を受けます。それは、資本主義的唯物論(拝金主義)と、それを批判するマルクス主義的唯物論とを、同列に論じているからでしょう。しかし当時の唯物論の主張にそのような印象を与える側面が多々あったということを考えれば、それは賀川だけの責任ではないとも言えます。

「そろばん」と、「そろばん」をはじく技術とは別種の問題である。英国の如く暗算の発達した国では、「そろばん」を用ひなくとも、容易に銀行員は数桁の加へ算を、百でも二百でもやってのける。信用制度の発達した英国の銀行では、受取証書すら発行しない。高橋是清氏が、日露戦争時代、米国のユダヤ人シツフ氏から二億弗の金を借りて、ロンドン銀行に預けた時に、受け取りを呉れなかったので困ったと云ふ話が伝はってゐる。約束手形や、信用制度は、物的表徴を用ふるけれども、決してそれだけで、経済機能が充分なのではない。生命、エネルギー、変化、成長、撰択、秩序、合目的性の七要素が、物的表徴の蔭に組織化してゐなければ、何の役にも立たないものである。

△ 初めに出て来る「暗算」と次の「信用」の間には共通点がないように思われますが、その二つとも「目に見えない」ということなのでしょう。そしてそれは最後の「物的表徴の蔭に組織化してゐなければ」ということにつながるのでしょう。

従って、高度の社会経済を運営せんと思ふならば、私が先に述べた七つの要素を、一々完成する様に努力しなければ、たゞ暴力革命だけで、新しき社会が生れ、一つの法律を議会に上程したから、それで理想社会が来る様に思ふ事は、大きな間違ひである。

△ 七要素は「蔭に隠れたシステム」であり、その実現に努めなければ、社会変革は可能にならないと言われています。ただ一片の法律が社会を変えるのではない、という指摘は重要です。「上から目線」の政治によって社会が根本的に変わるものではありません。

3 経済白書の心理的分析

一九四九年度の経済白書を見れば、日本が何故計画通りに復興してゐないかゞよくわかる。一九四八年度人口問題研究専門家トムソン氏の報告によると、日本は一七五万人の人口が増加してゐる。そして厚生省の発表によると、死亡率は人口千に対して十二人に低下してゐる。これは太平洋戦争前の死亡率より著しい減少を示し、日本の予防医学が、欧米諸国の水準に近い事を示してゐる。

もしも、死亡率を生活苦及び食糧難の一規準とするならば、苦しい中にも日本の食糧はやゝ出廻ってゐると見なければならない。しかるに、労働意慾の方面においては、変調を来たしてゐる。機械生産は三倍ないし四倍になってゐるにもかゝはらず、電気等の生産だけは、前年に比較して能率が低下し、前年の八割六分にしか達してゐない。

「社会連帯意識性」を階級利己心にのみいかし、あへて他をかへり見ない経済病理学的破壊を喜ぶ間は、経済運営の徹底を期す事は出来ない。経済は物質運動ではない。それは意識運動に始って、物質を方便とし、最後に意識運動に終るものである。悪意を以って始まる社会運動は、社会遺伝が悪質になる。これを理解せずして社会進化を量る事は出来ない。経済白書において示されたごとく、農業及び中小工業者の間には、衰退の兆しさへ見えてゐる。農村は重税に苦しみ、都会の中小工業者は、労働基準法と、重税の挟み打ちに遭ってゐる。社会組織による社会の進化を考へないで、テーブル・プランで簡単に経済運営が出来ると思ふと、こんな事になってしまふ。村の協同組合は、ばらばらになった。会議ばかりをしてゐて、酒代ばかりかさむのでは、損をするのは当り前である。村には人物がすくない。一つにまとまってゐる間は、俸給も少なくて済むが、村の協同組合の重役に、一々給料を払ってゐては、給料だけで組合はつぶれる。

中小工業の立場は、村の事情とは、やゝ違ふ。日本の工業の特徴は、中小工業の力強さにある。それを一部の官僚が、戦争中に大工業だけを助けて、中小工場を潰してしまった。戦後、一時的に復興した中小工業が、また色々な法律で潰されさうになってゐるのが、目下の現象である。唯物的にのみ考へて、人間経済を見ない間は、この悲哀を永遠に繰返へすであらう。

△ 政治が大企業の発展を優先して、農村や中小企業の立場を顧みない傾向は、今日まで続いているように思われます。金回りだけを気にして、足元の生活を顧みなければ、いざ金融危機が訪れると、大衆の生活は一遍に困窮します。労働運動も大組織の正規労働者の利益が優先して、他の社会セクターに目配りする視野の広さを欠いています。階級利己心という言葉が適切であるか否かは別として、この社会を、資本と労働の対立という文脈で見ているだけでは、抜け落ちてしまうものがあるのではないかと思われます。農業や中小企業の問題がそれです。賀川には社会全体への目配りがあります。

4 農村財政と都市財政

国家財政に関する運営についても、私はこれを唯物的に考へないで、(一)国民の生命力、(二)活動力、(三)融通力、(四)生長力、(五)能率力、(六)結束力、(七)理想実現力の七方面から考へるべきだと思ふ。租税の負担力は国民の創造性に比例する。だから創造力のない処に、負担を重くしても税金は取れるものではない。また合点の行かぬ税金を払ふ人はない。昔の税金は社会の秩序を維持する為の警察費として支払ったものである。ところが、その警察費が重くつき過ぎると、創造力に影響して来る。そこに封建時代の百姓一揆等の爆発する原因があった。

△ 国民に元気がないということは、賀川によれば、創造力がないということになります。その創造力も七つの要素に従って表現されます。すなわち、生命力(生命)、活動力(力)、融通力(変化)、生長力(成長)、能率力(選択)、結束力(法則)、理想実現力(目的)であるとされます。税金は国民の生活を守るために用いられるという理由のもとに徴収されます。しかし税は、国民の創造力(マルクス的に再生産力と言うべきかも知れません)をそぎ取るものでもあるので、理不尽な重税は為政者への反乱を呼び起します。昔のことであれば農民一揆です。それは洋の東西を問わない現象です。なお、治安を維持するための警察力は、国民の安全のためであると同時に、何よりも権力者の安全のためであるということを忘れてはならないでしょう。

近代の税金は、警察費だけではなく、保険衛生費、社会施設費、市場経営費、交通運輸通信設備費、起債費、職業紹介費、各種保険組合費、律法(ママ)、司法、行政費、教育費、各種文化施設費等を含んでゐる。それで税金の内容は益々複雑になり、都市における税金と、農村における税金の間に非常な差等がつく様になってゐる。大体において、農村は少数の人口で、各種の社会施設をしなければならない為に、一戸当りの税金が、高くつく傾向を示してゐる。それに反して、都会は人口が多い為に、平均して税金が安くつく。小さい村で、中学校や高等学校を経営すれば、税金が高くなるのは当りまへである。まして、伝染病院を経営し、副業施設、国民健康保険組合、農業保険、その他各種社会保険の負担金を支出して居れば、治療代に支払ふ現金さへ困難を感ずる様になる。それに、農業は工業と違って創造性が低位にある。だが、もし村々で自家発電をなし、農村工業を興し、協同組合によって税金を支払う様にすれば、この欠点は補はれる。要するに税制確立は社会的創造性如何にかゝってゐる。労働意慾が落ち、科学的水準が低下し、反社会性の犯罪が激増する場合には、どうしても税金を滞納するものが多く殖える。

△ 地方自治を原則とし、「受益者負担」の前提に立てば、人口が稠密でない農村の医療、福祉、教育などは高くつきます。それをその地域だけの税金でまかなおうとすれば、当然税金は高くなります。賀川はあくまでもその前提に立ち、農村工業や協同組合による解決を求めています。しかし食糧供給は都市の需要をまかなうものである以上、農村が農村として成立つために、都市の税金は農村に振り分けられる必要があります。そういう意味での「社会連帯意識性」がなければ、農村は疲弊するほかはないでしょう。農業の創造性、あるいは生産性の基準は、工業とは違ったもので、気候や土壌などの自然的条件に大きく依存しています。両者を同列に論ずることはできません。食糧は人間の生存にとって必要不可欠なものである以上、農政というナショナル・ポリシーが求められます。地方交付金は都市から農村(漁村)への「お恵み」ではありません。ただし食料自給率がたとえゼロになっても、日本は工業生産国となり、外国からの食糧に全面的に依存するということが国策だというのであれば、それは別の問題であり、逆にその可能性が厳しく問われることになります。日本の農政には果たして明確なポリシーがあるのでしょうか。

5 インフレーションの心理

その結果は、インフレーションとなる。インフレは、全く社会性を利用した紙幣の乱発から起るものである。つまり、社会的創造性と社会的秩序の間に距離がある為に、紙幣の流通高だけを膨張せしめる結果、紙幣の購買力が落ちて来るのである。それでも、社会の結合力が強ければ、社会創造性が回復するに従って、インフレは徐々に整理が出来る。しかし中国の様に、紙幣を発行しては、その無効を宣言し、紙幣を空手形にするならば、紙幣と云ふものを信用しないで、物々交換の時代が来る。物々交換の時代が来れば、高度の社会性は破壊せられ、原始的社会親和力だけが動き出す。だがそこでも、社会連帯意識性の強弱によって、速やかに意識的人格経済を回復することが出来る。そして社会能率の比例に従って紙幣経済を取りかへし、その紙幣の信用の内容を裏づける事が出来る。

社会の創造性と社会結合力が、絶えず結び付いて居れば、その社会の信用は益々大となり、紙幣を利用しなくとも、人格と人格の話合ひで、経済行為は充分営み得るものである。そこには金本位も要らなければ、紙幣の流通も要らない。電話一つですべての経済行為が完遂出来る。

△ 賀川がここで問題にしていることは、実体(実物)経済と貨幣(金融)経済との乖離に関わっています。社会的生産力(創造性)と社会的結合力(信用に基づく社会形成力)とが備わっていれば、貨幣を利用しなくても経済的交換行為は営み得るという指摘は重要です。貨幣には、信用がない世界で信用を保証する制度という矛盾した性格があります。だから、人は信用できないが金は信用するという倒錯が、そこから生じてきます。貨幣が信認されなければ、代わりに金やダイヤモンドで利殖をはかる人が出てきます。また経済行為は物々交換の時代に舞い戻るほかないでしょう。戦争中、戦地に居て、母国の貨幣が役立たない兵士の間で、タバコの葉が貨幣の代わりになったという話を聞いたことがあります。なお、実体経済と貨幣経済との乖離の問題について、最近たまたま読んだ論文で、大いに学ばされたのは、財政アナリスト、青木秀和氏の『エコロジー経済学の視点で見た社会経済の現状と展望』があります(『季刊ピープルズ・プラン』49号、2010年冬)。その論文は、同位元素(アイソトープ)の名付け親で、1921年に、ノーベル化学賞を受賞したフレデリック・ソディの経済学的洞察を基軸に据えています。ソディは、原子力エネルギーの存在に気づいた最初の一人として、それを戦争に応用する可能性を危惧し、マネーのシステムが改良されない限り、次の戦争が準備され、そのときには、かならずや原子力エネルギーが兵器として使用されることになるという予感を持ちました。そういう理由から、彼は経済学の研究を始めました。以下、青木論文の「フレデリック・ソディのなした根源的洞察」という節の一部を引用してみます。なお、以下の論文も参照できます。http://dspace.lib.niigata-u.ac.jp:8080/dspace/bitstream/10191/5139/1/4_0004.pdf

『その彼が行き当たったのが、物理法則の制約下にある物財(実質的富)の変換過程である経済システムと貨幣システムとの間に横たわる原理的矛盾である。

前者は保存則により「生成もなく、消滅もない」システムとなっているにもかかわらず、後者は時間とともに複利で「無限に増殖する」システムから構成される。この矛盾は、貨幣・信用制度(Monetary System)を物財システムに内在する自然法則性に適合させるよう改革する以外に解決法はない。しかし、既存の経済学はこの根源的矛盾を認識しようとせず、したがって解決策を提起することもできないでいる。

このことを強烈に指摘し改革の道筋を著したのが「Wealth, Virtual Wealth and Debt」(実物的富、貨幣的富、負債)であった。初版は一九二六年。ノーベル賞受賞から五年後であった。

ソディは、実物的富と貨幣的富を総体的に捉える論理に到達した先駆者であり、この著作は経済現象も自然システムに包摂されるとするエコロジー経済学の視点を初めて体系的に取り入れた、まさに画期的な著作であった。

富とは「人間にとって有益な形態の物質とエネルギー」と定義できる。

こうした「実物的富」=〈Wealth〉は、「第T種の富」と「第U種の富」からなる。ここでいう「第T種の富」とは、使う端から消耗し消滅してしまうことで効用を発揮する燃料や食料あるいは原料資源のような消費財をいい、「第U種の富」とは、それら第T種の富を材料に作られた耐久消費財を意味する。どちらも、いずれは「消滅」する運命にある。

一方、この実物的富は、貨幣を媒介に取り引きされるのが普通である。貨幣は、人間社会が作り出したシステムで仮想的な存在だが、その本質は、「実物的富に対する(即自・無条件の)引き渡し請求権」(請求書)である。

この「貨幣的富」=〈Virtual Wealth〉は、意図的に消さないかぎり有り続ける「不滅」の存在である。しかも、貨幣的富の所有者以外の社会構成員は支払い請求を拒むことはできず、〈Virtual Wealth〉は社会全体が負う〈Debt〉=「負債」に他ならない。

このように実物的富と貨幣的富との間には、「消滅性」と「不滅性」という究極の矛盾が横たわる。金融資産というかたちの貨幣的富がいくら累積しても、その請求に応ずる実物的富が存在する保証はないし、支払いきれない負債に関しては結局、債務放棄もしくは債務棒引きが行われるはずである。

よって〈Virtual Wealth〉の一方的な増殖は許されるべきではなく、何らかの方法で複利を制限するか、あるいは債務放棄という対抗手段を一つ以上正常かつ必要なものとして受け入れるか、そのどちらかが必要になる。

これがソディの提起した根源的洞察である。』

この論文は全体にわたって示唆に富んでいますが、引用は以上に止めます。賀川は、貨幣経済そのものの問題性を指摘していません。しかし貨幣を利用しなくても済む社会を構想しています。果たしてそれは可能であるのか。それが可能であるとして、それは社会の「協同組合化」によるのか否かが、まさに問われるところでしょう。

第七章 歴史発展の人格的要素

第一節 唯物史観の非科学性

マルクス共産主義に唯物史観と称するものがある。それは、「凡ての文明文化はその時代の唯物的生産の形式によって主として決定せられる」と、公式的にいふのである。

唯物革命の必要性を説くものは、これを一つの信条としてくり入れる。しかし歴史を分析すれば、マルクスの所説は決して正当なものといふことは出来ない。その理由はいくつもあらうが、私は主として五つの点において唯物史観の非科学性を指摘したい。

一、歴史は決定論を排す――マルクスは人間生活を凡て自然科学の方法によって分析せんとする無理を敢てしてゐる。それで歴史をも決定論的に見んとする悪い傾向がある。

成長のない所に歴史はない。インドは人種闘争、階級闘争の余りにはげしい国であったために歴史すら持たぬ。インド教も仏教も「因果カルマ」という言葉を使用し(輪廻リンネ)廻転をとく。物質にもし変化があるとすれば、それは廻転であり、非歴史的な因果である。それは歴史を生むことが出来ない。因果を打破るところに歴史が発生する。

△ 歴史的決定論は、環境が意識内容を決定するという意味では、大筋において否定することができません。その制約の中で、パウロ・フレイレが言う意味での限界状況における限界行為(自己の制約条件を乗り越えようよする行為)を試みることが、人間の創造性であると言えるでしょう(「被抑圧者の教育学」参照)。輪廻の思想も決定論ですが、確かにそこには自己の限界のなかに留まってしまう宿命論的な響きがあります。歴史とは限界への人間の挑戦の記録であると言える側面があります。マルクスもそれを否定しないでしょう。

二、歴史は心理的成長を意味する――マルクスは唯物的生産の形式によって、歴史が主として決定するといってゐるけれども、同じ機械文明を持ってゐながらロシヤの隣国スエーデンの歴史と、ロシヤそれ自身の歴史は唯物的生産の形式こそ等しいけれども、歴史はひとしいといへないではないか。唯物的生産の形式こそ心理的意識のめざめ、その物に比例するものである。

生産の形式は、決して物的決定によるものではない。それは充分精神的であり、且つ心理的なものである。

△ 言語が多様であるように、文化的民族的個性も多様です。しかし人間の歴史を、石器時代青銅器時代鉄器時代といったように、生産手段の形式によって特徴づけることは可能です。心理的意識のめざめも、賀川が考えるほど直線的ではないと言うべきでしょう。鉄器の使用は偶然がもたらしたものであり、それはやがて一般化するようになりますが、意識が目覚めたから鉄器が使用されるようになったと言うだけでは、歴史の真実に近づくことはできません。逆に鉄器が意識を目覚めさせたという面があります。

三、撰択なくして歴史なし――歴史を自然科学として取扱はんとする唯物共産主義は、環境が絶対的なものであり、そこには変化に対する撰択性もなく、心理的努力は無にひとしいと考へる悪い傾向がある。

△ 資本主義から社会主義への移行は歴史的必然であるという判断には、人間の主体的な選択も、心理的努力も不要であると考えさせてしまうような面があります。しかし環境が人間にとって重大であるということは、「アヴェロンの野生児」の例を見ても明らかです。狼に育てられた少年は普通言う意味での人間性を持ち合わせてはいません。あとから彼に人間となる教育を与えようとしても、決定的に手遅れとなってしまいます。だから主体的な選択や心理的努力は大切ですが、それは環境と相関的であるという点を看過することはできません。賀川には一方的な強調があるように見えます(「敏感期」参照)。

智識も芸術も道徳も決して撰択なくして生れるものではない。

△ 賀川が選択の要素を重視していることは、これまでの記述からも明らかです。どちら(which)を選ぶかによって、芸術のスタイルが決まり、左右の政治的方向性(ポリシー)も決まります。選択肢がいくつもあり、それを選ぶことができるところに、確かに人間の人間らしさを見出すことができます。社会的選択が画一的になるのは全体主義です。

私は環境の条件が人間性の組立に無力であるとはいはない。唯物資本主義の機械文明が、人間の性格を非常に変化せしめることを知ってゐる。

しかしその機械文化的環境が唯一の決定的条件であるとは考へない。否、それと反対に機械文明は心理的撰択作用によって発明され発見せられたものである。

また資本主義といへども、利益払戻しの心理的撰択性を採用すれば、協同組合社会を生み出すことが出来る。こゝに歴史の非決定性がある。

△ 利益払戻しは心理的選択性であると言われます。しかしそれは政治的選択性でもあります。多くの利益を得ている者が進んでその利益を払戻し、社会に還元するようになるのかと言えば、答えは必ずしも肯定的ではありません。剰余金は自社のために備えられるのであって、その金を失業者に手当てする会社は滅多にありません。賀川が心理的選択性と言うとき、権力闘争は視野に入っていません。社会民主主義は必ず資本家側の反撃にあうということを、賀川はどこまで見据えているのでしょうか。

四、歴史は生命の発展史である――原子物理学者ボアーは、物理学者が生命現象を物理的にのみ取扱ふことの危険性を指摘してゐる。

彼は生命が超唯物性なものであることを、われわれに指す。生命には自由がある。この自然界の変化に適応する自在力そのものゝうちに生命が伸び上るのである。

生命は物質の持ってゐるエネルギーを吸収する。しかし生命は単なる力だけではない。

△ 自然界には、物質、生命、意識という階層性(レベル)があって、生命を物理学的にだけ取扱っても、その実相に迫ることはできません。しかしそれは生命を神秘的な現象と考えるということではありません。人間の歴史は自然史の延長上にあります。

五、歴史は精神史である――私は歴史を傾向心理学であると考へてゐる。傾向がある方向に進化発展する。それがある場合においては宿命的にも考へられる場合がある。

ことに自由意志を放棄した場合、酒、梅毒、毒物によって生命そのものを損傷した場合、たしかに物理化学的支配のもとに因果の世界が廻転する傾向をもってゐる。

けれどもそれは病的現象であって、生命力を持つ精神の意識的発達であるとはいへない。資本主義的病理も、その唯物的傾向において、たしかに社会を奴隷化することを私は認める。しかしその資本主義を打破して生命と労働と人格の尊厳に歴史をひき返さんとする努力は、決して唯物的であるとはいへない。それは階級意識と、意識による団結の精神的発展にまつものである。

この精神史的発展は、世界精神の把握による合目的性の努力によって達成せられる。かく考へることによって、私は唯物史観の非科学性を思ふ。

△ 労働者の階級意識と、その意識による団結は、精神的発展(意識化)の帰結であって、それ自体は決して「物質的」ではないと言いたいのでしょう。奴隷化され、こき使われるだけの労働者が、その境遇を意識化し、自己の階級的解放を願うとしたら、いかなる運動が展開されるべきなのでしょうか。賀川はマルクス主義とは異なる路線を思い描いているようです。しかし労働運動の現実において、賀川の「穏健な」思想は、無視されるほかはありませんでした。賀川は、事実、労働運動から身を退くことになりました。その問題は、従って、「歴史は傾向心理学である」という命題の当否にかかっています。

第二節 歴史哲学より見たる連帯意識の誕生

歴史の覚醒 意識の目醒めのないところに歴史はない。人間の精神が環境に満足して眠って居る間、宗教は夢を見てゐる様な形に残される。その環境を破って、生命の中に天よりの衝動を感ずる時、新しい創造と進化発展が感ぜられる。この衝動が旧約聖書創世記を書く理由ともなり、また旧約聖書出エジプト記を記録する理由ともなった。

△ 以下、賀川は聖書から霊感(インスピレーション)を得ている人として語っています。聖書には確かに人にそのように思わせる面があり、賀川はここで自己の本領を発揮しています。いわばそのストーリーの住人(キリスト者)として語っています。

砂漠を越えて新しき殖民地を開拓せんとしたアブラハムに創造の神が黙示せられ、砂漠の真中に五つの井戸を掘らんとしたイサクにアブラハムの信じた創造の神がよく理解された。奴隷民族を解放して砂漠に新しい国家を建設せんとしたモーセに、アブラハム、イサクの信じた創造主が救ひの神であることもよく理解出来た。

かうして、何んにもない砂漠から新しいものを創って行かんとしたイスラエル民族に、創造の神が生活体験として啓示された。だがモーセの創った国は内紛の結果、分裂し、北王国は紀元前七百二十一年アッシリヤのサルゴン王のために滅亡させられた。そして南王朝は紀元前五百八十六年、ネブカドネザル王のために亡びてしまった。

△ 神と民族のストーリーを作り上げることが、歴史の覚醒として略記されています。

社会連帯意識とその歴史的発展 国が滅亡すると、反省がよく出来る。そして国家と云ふものは単なる物質の力ではなく、人格と人格との結合体であることがよく理解できた。そこにイスラエルの預言者達が、新しい社会組織の根本理念を民衆に説く必要があった。即ち、イスラエルは先づ第一に神に帰り、神のなやみに応え奉る必要があった。これを宗教的社会科学から云へば、宇宙連帯意識を持ち給ふ神は、イスラエルの亡びることを希望し給はない。そのために神は救ひの手を伸べてイスラエルを救はんとし給ふために、あらゆる手段を払ってゐられる事を国民が自覚する必要があった。

この神の連帯意識の努力は、民の罪を一身に引受けて、神に対しては謝罪し、人に対しては完全な贖罪を遂げる二重の役割を自覚する人間意識の出現を要望した。そしてこの自覚を歴史的に受取ることを自分の使命と感じたのが、ナザレの大工イエスであった。

△ キリスト教とは、聖書(旧新約聖書)をどのような「論理」(神話の論理)で読み込むかという問題です。この論理を「文法(聖書の文法)」と言ってもよいでしょう。賀川は、イエス自身がその論理の体現者(歴史的に自覚した人)であると見なしています。

歴史目的との自己目的の一致 ナザレの大工イエスの誕生は、この神より出発する人間再生の最も有難い恵の歴史を、人間の霊魂に彫付ける革命的な事件であった。イエスは、この衝動のために旧約聖書イザヤ書が指し示した、社会目的を自己目的と自覚し、自己を神の祭壇に祀ってしまった。もし歴史上に大きな悲劇があるとすれば、これ程大きな悲劇はかつてなかった。

△ 新約聖書の悲劇(ドラマ)を歴史的事実であるとする点で、賀川はキリスト教の伝統に属しています。しかし社会目的を自己目的と自覚すると言っている点に、その新境地が示されていると言うべきでしょう。

人類連帯責任をつき詰めて考へる時、人類の過去一切の罪悪に対して、責任を負い、他人の凡ての罪悪が自分の生存に関係があると自覚するほど、尊い人間の意識的目醒めはない。これは社会理想の最後の頂点を意味して居る。

△ キリスト教的な自意識、罪の自覚は、究極的には「人類の過去一切の罪悪に対して、責任を負い、他人の凡ての罪悪が自分の生存に関係があると自覚する」ということです。賀川はそれこそが「尊い人間の意識的目醒め」であるとしています。

イエスの様に自意識の目醒めが人類社会に生れ出るならば、創造主は、人類を今日まで保存して来た希望が達せられるとも云へる。それでイエスの尊い犠牲によって、歴史は宇宙精神と人間精神の一致点を見つけたのであった。西洋歴史はこのキリストの自覚から再出発した。このキリスト意識の歴史的発展と社会におけるこの愛の目醒めぬ間は、百の社会運動もなんの効果をも齎さない。倫理的に見て東洋歴史についても同じことが云へる。

△ 賀川がキリスト教に見出しているものは「宇宙精神と人間精神の一致点」です。それは愛の目醒めであるとも言われています。「愛の秩序の創発」と言うべきものが、この歴史に本当にあったのかどうか、そしてそれはあのイエスの出来事であったのかどうかということが問われています。賀川はそれこそが真の「歴史の覚醒」であるとしています。

第三節 マルクスか? ラスキンか?

日本の社会運動を口にするものは、マルクスのみあってラスキンあるを知らない。然し英国の労働党の代議士は、ラスキン大学を卒業して、始めて立候補すると云ふ習慣になってゐる。英国は民衆の信頼を受ける為めに、労働組合幹部をオクスフォードにあるラスキン労働大学に勉強せしめる。このラスキンとは如何なる人物であり、如何なる思想の持主であるか?

ラスキンは英国の文芸批評家として比類なき功績を残した文豪であった。で、文学者間には知られてゐるが、労働運動者の間にはあまり知られてゐない。だが、ラスキンの偉大な点は、その傾向批判にあったと云はねばならぬ。彼はマルクスと同時代に活動した思想家であり、マルクスと同様、社会主義的改造に熱心ではあったが、その世界観において雲泥の差があった。マルクスは唯物的であり、ラスキンは精神的であった。マルクスは唯物史観的であり、ラスキンは唯心的経済史観の立場を取った。ラスキンの名著に「近世画家」(モダン・ペインタース)五巻あり、「ヴェニスの石」三巻がある。ヴェニスの石は友人の助けをかりて、私は日本訳にして春秋社出版の世界大思想全集に入れておいた。

△ 賀川の言う「唯心的」、「唯物的」という語の用法は独自であって、世界の現象の仕方であると共に、社会形成のあり方に関わっていると思われます。物質の実在を否定するという意味ではなく、物資がその仔細な構造を現わすのは意識との関わりにおいてであって、知的感覚的(美的)訓練の有無やそのあり方によって、物質(世界)は様々に現象します。絵画であれば、印象派キュビスムフォービズムシュルレアリスムのように、種々の画風があり、物体の表現がそれによって異なってきます。しかしリアリスティックでない芸術は頽廃しているとするのが、いわゆる社会主義リアリズムの立場でしょう。

近世画家においてラスキンは自然の精神を捉へるのに、人間個性の再構成から説き、絵画の進化が個性の撰択性の発展的傾向のあることを秩序を正しく論述してゐる点、誠に教へられる所が多い。然し、唯心的経済史観の立場より考へて、ラスキンの「ヴェニスの石」の如き優秀なる論述は他に少ないと思ふ。マルクスは「文明は、その時代の唯物的生産の形式に従って主として決定せらる」と主張し、石臼の時代は封建時代、機械の時代は資本主義時代と考へるのである。

それに反してラスキンは、マルクスのヘーゲル左翼的唯物弁証法を用ゐず、寧ろ、心理的撰択法の発展をたどって、唯物的生産の形式の背後に精神的意識性の目醒めの形式によって文明文化が主として決することを論じ、愛の精神なくして唯物的生産の形式すら順調に行かないことを教へてゐるのである。彼はそれを伊太利のヴェニス市における約一千年間の建築史に照らして、これを見るのである。ヴェニスの建築は第一期ビザンチン期、第二期ゴシック期、第三期文芸復興前期、第四期文芸復興後期の四期に区別出来るとラスキンは考へる。そして、ビザンチン期は創作なく、ゴシック期において創作性が現れ、力学及び設計に対する忠実さと、労働に対する尊厳と、奉仕精神の美さに欧州無比の独創的宗教建築が誕生したことを我等に教へてくれるのである。

△ 賀川の言う「傾向心理学」は、ラスキンの影響も手伝っているようです。思潮という言葉がありますが、社会的意識の流れをすべて下部構造に還元して説明することには無理があるということでしょう。「心理的撰択法の発展」に従って、歴史の推移を説明することが可能であると考えるところに、ラスキンの言う「傾向批判」の意味があるのでしょう。しかし「意識の社会性」ということに関しては、ラスキンもこれを認めるでしょう。それは「言葉」が私自身のものであって、かつ、それを使う者たちに共通のものであるという事態に対応することであるように思われます。

ゴシック建築は十字軍の敗戦に戦死戦没した兄弟達の記念の為め始められたものであるだけに、その動機が純真であり、ゴマカシが無かったのである。然るにヴェニス港が成金になり、繁栄を極め、資本主義が勃興し始めた時になると、その建築は全く偽造的で、修理の全く不可能な退廃的な建築と成果てゝゐるのである。

△ 人間の世界は相対的であって、戦死戦没した兄弟たちへの哀悼は純真であるかも知れませんが、それは十字軍という西欧世界の身勝手な行動と裏腹にあるものでした。しかしそれがゴシック建築の価値を否定し去ることにはなりません。

これを科学的に分析し、歴史哲学的に検討して、ラスキンは建築の如き唯物的生産の形式においてすら、精神的背景無くして、永遠性のある文化は絶対に生れ得ないことを高調して居るのである。

△ 文化の永遠性は、永遠なるものに対する人間の希求に呼応して、いかなる形であれ、宗教的であるということができます。しかし宗教があるから人間に信仰が与えられるのではなく、信じるから宗教が生れて来るのだと言うべきでしょう。

かくして彼は連帯意識性を協同組合精神に生かし、近代的生産社会を神に捧げることにおいて初めて文化が正道に乗ることを主張するのである。私はラスキンの傾向批判が、マルクスの社会病理学以上に建設的であることを考へるものである。

△ 神に捧げるという言葉に意味が感じられないとしても、信頼や信用に基づく社会形成が根底になければ、人間の社会は常に疑心暗鬼の戦場と化してしまうと考えれば、ここで「正道」に乗ると言われていることの意味が理解されるでしょう。社会形成が自己目的化するとき、人間は「団体利己心」の罠にはまってしまいます。文化についても同様のことが言えます。人間には自己や自己の集団を乗り越える契機が与えられている筈です。常に開かれてあるということが、人間の望ましい状態です。

マルクスは資本主義病理の分析に於ては優秀である。然しその破壊後に来るものについては何等教へる所がない。我等はラスキンにおいて、建設的指示を与へられる。日本の労働運動、社会運動もラスキン精神に大いに学ぶ所がなければならぬ。

△ 唯物論者が、観念論的、理想主義的と嘲笑するものをすべて取り除いてしまったら、人間の社会には何が残るのでしょうか。「前衛」や革命的戦闘的労働者が実現する社会には何がもたらされるのでしょうか。二十世紀における社会主義の実験は、啓蒙された人間とその社会的生産力への過度の「信頼」によって裏切られたという側面があります。

第八章 人格社会主義の成立

第一節 社会保障法の人格的要素

新憲法の成立により、日本は国民全般に対して生活の保証をせねばならぬことになった。ここに社会保障法の完成が必要になり、社会保険の最終点である社会保障法(ソシアル・セキュリティー・ロー)が日本においても立案さるゝに至った。

△ 森戸辰男氏の尽力により憲法二五条(いわゆる生存権に関わる規定)が制定されるに至ったということは、今日に至るまで日本の社会のあり方に関わる問題として、根本的に問われ続けています。それは新自由主義的資本主義社会が切り捨ててきた側面を、憲法の規定という形で正面から浮かび上がらせます。念のため以下に記します。

第25条
@ すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
A 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

即ち、生理的災厄、社会経済的災厄に対して、国家が人民全般に対し生活保障を約束せねばならぬ為めに、社会保険の完璧を期するに至った。

日本ほど自然災厄の多い所は無く、日本ほど人口過剰な国家は地球上には無い。そして罹病率の高いこと、また死亡率の高い点からいっても日本は文明国の中で最高率を持ってゐる。この自然的、人為的災厄の比率の高いところで、社会保険を施行せんとするならば、余程の犠牲的精神を基盤とする人道主義的社会経済思想が興隆しなければ、折角の理想案も空文に終ってしまふであらう。

△ 賀川自身が憲法25条を理想案と見ています。

英国においてはビヴァレッヂ委員会が長年月の調査を基礎として社会保障法を議会において採択し、これを労働党内閣が実施するに至った。米国にも同様な法律が実施されてゐる。

然し、不幸にして日本においては、その実施に少なくも三百億円の経費がかゝり、政府の負担をその一割として三十億円を見ねばならず、その他の費用二百七十億の金を国民全般が負担するとして、少しく費用の負担が過ぎるに失せる傾向が無いでもない。勿論、必要とあればこれだけの経費も出さねばならぬが、問題はこれだけの費用を使用しないで、能率よく同一効果を収め得る方法が他に無いか、どうかの問題である。

実際、もし民衆が社会連帯意識を理解し、その基本精神を以って(一)利益払戻、(二)持分制限、(三)一人一票の採択権を顧慮し、協同組合的に各種社会保険を組織して行くならば、社会保険法の実施は実に容易であるといはなければならぬ。

△ 賀川の解決策の提示はあくまでも協同組合的です。「社会連帯意識」の対極にある言葉は「自己責任」でしょう。しかし民衆の社会連帯意識に基づく「自己責任」は協同組合的であると言えます。孤立させられた上での自己責任は過酷ですが、社会連帯意識に基づく自己責任は、民衆の共助の努力、助け合いを意味しています。

昭和の初、国民健康保険組合が組織せられ、その実施を見るに至ったが、今日はその多くが実施不可能に置かれ、法律あって、実行なき跛行状態を示している。

これはどうしてかうなったか? 一はその当時の内務当局が社会保険の内容を理解せず、自分の仕事争ひの為めに、協同組合的に成立することを妨害し、内務省直轄の小組合を多く組織せんとしたことに失敗の原因がある。その為めに特別の組織費を与へ、補助費は産業組合の代行したものよりかは二割も多く給与したが、結局、今日において、医療組合なり、保険組合直営の病院のあるところだけは休止せずに継続してゐるのである。一九四八年(昭和二十三年)より、議会決議により国民健康保険組合は、農村において強制的に実施される事になった。しかし実行してゐるものは割合に少ない。これは何故であるか?

そして内務省直轄の保険組合は全く休眠状態に陥って了った。私はその当時社会保険調査会の委員として、産業組合に代行すべきを説いたが、社会保険が協同組合的意識内容を基本とすべきものであることを知らない官憲は、遂にこの法案を毒殺して了ったのである。そして今日に至って、社会保険の最も必要なる時に休眠状態に置くことになった。

△ この間の経緯について私は詳らかではありません。今日、年金、健康保険、失業保険が社会全般に行き渡らず、その運用にも大きな問題があったことが表沙汰になっています。企業に社会保険を担保する財源がなければ、法律があってもその実施は困難になります。派遣労働が社会保険の適用を切り捨てさせたという現実もあります。また賀川は言及していませんが、生存権に直接に関わることとしては生活保護があります。これも地方自治体の財政との関わりで、遺漏なく実施することを困難にしています。

これを見ても、社会保障法も国家が簡単に考へて、官僚的に天降り式に取扱へば、必ず失敗するであらうことがわかる。身体が頭脳だけで出来てゐない如く、社会保険も系統機関の組織を持ち、その奉仕経済行為を基盤としなければ決して成功するものでない。生産、信用、購売(ママ)、販売、利用等の組合よりあがる利益を、「利益払戻」の原則に基づき、国家保険組織に寄付せしめて、初めて社会保障法の如き理想的法律が、実施せらるゝものである。

そしてこの利益を国家社会に払戻すといふ博愛精神の涵養は、連帯意識の滲透なくしては全く不可能である。社会保障法の立案さるるに当り、自ら顧みて我国に連帯意識の滲透を祈るものである。

△ 一企業の存続繁栄は他社との競合を前提とし、他社の倒産が自社を有利に導くという競争社会にあって、連帯意識の浸透は望むべくもありません。資本主義社会と社会保障という二つのものを同時に成り立たせるのは、至難のわざです。賀川が構想する協同組合的社会は、それ自体が理想論です。しかし賀川は連帯意識(博愛精神)の涵養と協同組合的社会の実現に、人格社会主義の本質を見ています。

第二節 人間経済と物的経済

マルクスは、唯物史観を説き、唯物弁証法を教へ、無神論的唯物論を唱導した。然し、彼の共産主義は、労働階級の団結と階級意識の目覚めなくして解決し得ないと云ふ結論に達した。

階級意識の教へる意識そのものは精神的なものであり、労働階級の団結は精神的意識の結晶を必要とする。唯物論より始まって精神的意識の必要を説き、意識の社会的発展を高調する所にマルキシズムの矛盾がある。

△ 賀川のこの指摘は、マイケル・ポラニーのマルクス主義批判に通じるものがあります(「動的‐客観的連結 dynamo-objective coupling」、「個人的知識 その4」参照)。唯物論的必然性が革命的情熱や使命感を掻き立てるというのは、確かに矛盾しています。しかし医師がいのちを救うという使命感のもとに、冷静な科学的施術を行なうということを考えれば、その二つは決して両立しないとは言い切れません。従ってそこには世界観の問題が関わっています。賀川は神を信じる者として発言しています。

キリストは「生命は糧(かて)にまさり、体は衣に勝るならずや」(マタイ六・二五)と云ひ、価値に差等を附けてゐる。

△ 差等は、通例、等差と表現されます。価値のランキングです。

我々が唯物論に反対する理由は、物質が生命及び精神以上に力があるやうにいふ所にある。

実際は、物質は生命及び精神のために存在するのであって、生命精神に従たるものである。主たるものを忘れて従たるものを先にする所に、唯物弁証法の誤謬がある。

社会生活において、我々は決して物質と呼ばれるものが不必要であるとは云はない。しかしその物質と呼ばれるものも、決してそれ自身に効用があるのでなく、力として生命及び精神に関係してこそ値打があるのである。

△ 唯物論がまるで精神的価値を否定する立場であるかのように受取られるのは、唯物論にとって不幸なことです。唯物論(materialism)が、字義通り、「ヒロ・モルフィズム」として再建され得るか否かに、その未来がかかっているとも言えます。

マルクスの資本主義病理学は、物質偏重の社会病理を解剖して最も真をうがつものである。然し、その病気を打破して、その後に来るものを創造せんとした場合、マルクスは何の暗示も与へてくれない。

新社会を造るものは決して物質でなく、それは生命であり、精神である。社会を造るものは人間であって、単なる物質ではない。社会を造るものは労働階級の団結であり、それは社会意識の発展そのものである。

その団結の真理と、意識発展の内容は、マルクスが、いかやうに弁証法で説明しようとしても、簡単な「正」「反」「合」の三段階だけでは説明出来ぬ。「正」「反」「合」で複雑なる自然界の変化も、人間意識の成長も、道徳的撰択作用も、社会法則の進化も、文化世界における発明発見の事実も絶対に説明する事は出来ない。マルクス唯物弁証法の無能は、この意識作用そのものゝ解剖が出来ないことに始まる。

△ マルクスの思想は特にソ連製の「官製マルクス主義」となって平板化され、思想統制の道具となることによって、一種のドグマのようになってしまったと言うことができます。従って、賀川が反応しているのは、マルクスの思想であると言うよりは、ドグマ化された公式唯物弁証法であると言うこともできるでしょう。

それに反して、マルクスが空想社会主義と罵ったロバート・オーエンの末流から起った協同組合の仲間からは、この意識目覚めによる利益払戻しの原理を会計学的に発展させ、持分を制限し、一人一票の裁決権を与へ、ユートピア社会主義とマルクスが罵ったにも拘はらず、今日、五億の民衆を引つける大きな意識運動として発展して来たではないか。

△ 労働運動、社会主義運動においてマルクス・レーニン主義が正統の地歩を占め、他の思想を「克服」したということが、進歩であり前進であると見なされ、その党派性を貫くことは労働者の解放にとって必須であるとされて来ました。賀川が固執する協同組合主義が唯一の解決策であるか否かは別として、マルクス主義的党派主義が社会主義運動の発展をかえって阻害してきたという側面があることを、看過すべきではないでしょう。

そして、その意識運動は、欧州におけるキリスト教倫理運動が、その背景になってゐるではないか。社会学の鼻祖、オーグスト・コントが云ふごとく「社会は精神の衣」である。

△ 実証主義者コントは、後年宗教に傾いて「人類教」を唱えたとはいえ、キリスト教の側に立つ人ではありませんでした。しかしヨーロッパの社会主義思想がキリスト教的倫理観から生れてきたということを否定することはできません。

意識的発展の上にのみ、新しき社会は成立する。この意識的発展の上に、各種勢力及び機構の発明が廻転し、社会組織の結合と速力の度を加へるこの意味においてのみ、唯物史観は或種の効用を持ってゐるのであって、意識そのものゝ説明にはならない。

△ マルクス主義は、人間の社会は全体としてどのように動き変化しているのか、という問いに関わっています。「社会変化」は、意識的契機を強調すれば「社会変革」になります。しかしそのとき物的条件を無視することはできません。社会変革を構想する上で何に着目するかによって、それぞれの立場が生れてくると言うべきでしょう。賀川は、あくまでも意識的発展に留意することによって、あるべき社会を実現すべきだと考えています。

この区別を忘れて、マルクス主義が社会問題の凡てを解決するごとく誤信するものは、真正なる社会組織の本質を未だ理解しないものである。真正なる社会は、キリストの如き宇宙精神を把握し、人類連帯意識を根底とする者のみによって達成し得るものである。

△ マルクス主義が社会問題のすべてを解決し得るものでないことは明らかです。しかしキリスト教が社会問題のすべてを解決し得るものでもありません。賀川にはキリスト教によって与えられた真正なる社会組織についてのヴィジョンがあるようです。その本質は、あのイエスのように宇宙精神を把握し、人類連帯意識に目覚めるということです。それがなければ、社会問題の真の解決はないということでしょう。しかしそれは達成可能な理想なのでしょうか。少なくとも既存のキリスト教を見る限りは、賀川のヴィジョンのはるか手前で低迷しているとしか言いようがありません。

この意味において、人格的自覚なき社会経済は人類を祝福しない。それと同時に、また、社会連帯意識を忘れて、愛に目覚めず、徒らに排他的独断をふり廻すパリサイ主義も、神の国を継ぐことは出来ない。

△ 現今のキリスト教は、あるいは、キリスト教は古来一貫して「排他的独断をふり廻すパリサイ主義」に陥っているのではないでしょうか。

われわれは、日本の重大危機に際し、人格的経済運動と唯物的経済主義との区別を判然とする必要がある。

△ 「人格的経済運動」なるものの可能性は、依然として、賀川の理想に留まっています。しかしよく考えて見れば、それは庶民の経済活動の中に現に見出されるものでもあります。物資を分け合い、助け合うという行動は、資本主義社会において社会の大勢を動かす原理にはなっていないように見えますが、それなくして人間の社会は決して「祝福」されないでしょう。賀川の言う「社会連帯意識」は、奪い合いによって破れた社会を保全し、補修する意識であると言えます。賀川はそこに「人格性」を見出しています。

第三節 意識経済と社会連帯意識

如何に唯物主義者が、凡ての経済を物的な問題であると主張しても、労働問題となり職業問題となって来れば、それが物的問題を離れて行為と階級意識を基礎にして処理されねばならぬことを考へるであらう。

△ 俗流唯物論者は人間の意識を顧みず、物質だけが現実的であると主張するでしょう。しかし今日、そのような唯物論者がいるのでしょうか。いるとしたらそれは資本家であると言うべきです。経済的損益だけが彼を動かしているからです。しかし、それに対抗する労働者が、同じ貨幣経済という土俵に乗って、賃金の上昇だけを問題にすれば、いつしか労働者も俗流唯物論者になってしまうことでしょう。だから俗流唯物論の根には資本主義社会があると言わなくてはなりません。

近代の経済生産は、凡て発明発見を基礎にしてゐる。発明発見は物的な経済行為ではあり得ない。否、どんな幼稚な経済行為においても、必ず影が人体に附きまとふごとく、意識の加ってゐない経済行為といふものは絶対にあり得ない。マルクスが、経済を自然法則的に処理せんとしたが、それは大きな誤謬であって、経済行為は唯物的記載科学では無い。否、それとは反対に規範科学的に取扱ふべきである。

△ 捕食し、営巣し、生殖行為を行って、子どもに給餌活動をするという点では、人間と動物との間に基本的な違いはありません。人間の経済活動が独自であるとすれば、畜産、農業、工業によって、自然に対して意識的な働きかけを行ない、あるいは交換活動としての売買行為、すなわち、商業を営んで、貨幣による商取引を行なうからです。発明発見、あるいはイノベーションによって、産業が大きく変貌してきたことは事実です。資本主義社会は、このイノベーションによって、絶えずその活路を見出してきたということができます。それにつれて知的生産に大きく比重が移ってきました。従って経済行為の意識的な側面を強調するだけでは、マルクスを批判したことにはなりません。マルクスが知的労働を否定しているわけでもありません。また「資本論」が、唯物的記載科学(記述科学)であるとも思われません。規範科学とは、経済行為には経済行為としての規範があるということなのでしょうか。だとすればマルクスこそ、その規範(資本の論理)を探究した人であると言えます。それとも、単にそれは、経済行為は道徳的規範に従うべきであるということなのでしょうか。

二宮尊徳は「食物は自然のまゝにしておけば腐るものなり。腐らぬやうにすることを経済といふ」と云ったことを二宮夜話に書いてゐる。腐らぬやうにすると云ふことは反自然的意識行為である。発見にはかうした意識的内容が秘められてゐる。然し幼稚な人類の意識生活においては自然に打克つ力無く、自然に服従せざるを得なかった。

然し、漸く意識の開拓が可能になると共に衣食住に余裕を生じ、都市文明が発達し、感覚経済が生れ、更に職業経済が誕生するに至った。

△ 人間に知能(意識的活動能力)があるということが、産業の発展をもたらしました。生産力の増大によって余剰が生じ、都市に人口が集中し、種々の職業が生れました。文明と言われるものは、確かに都市文明であり、都市の発展と無関係ではありません。権力は都城を構え、そこに種々の職業人が集まり、図書館や大学などがつくられ、芸術も花開きました。法制度が整備され、神殿や寺院が造営されました。

即ち、都市経済は人間経済であり、意識経済である。然し農業も今日に於ては科学を離れて成立しない。一方、人間意識が宇宙根本実在を探究し、人間の意識性のうちに宇宙の根本実在としての絶対意識の黙示の緒口を発見することによって、絶対者と人間との連絡が可能になる。そこに宇宙連帯意識に基づく宗教が成立する。道徳もまたそこに基礎を発見し、その意識宗教において道徳と経済の根本規範の標準が与へられる。宗教は一種の尺度である。かく考へる時、意識宗教と意識経済は完全に一致する。もし、宗教が経済と分離し「神」と「宝」とに兼ね仕ふること能はずといふ場合がありとすれば、それは「宝」が意識内容を持たない物的追求をなすからである。資本主義に反対して利益の払戻しを思ひ、資本の集積に反対して持分の制限を意図する協同組合経済が、協同体意識を根本とするならば、弱者と貧困者を愛せんとする十字架愛の意識なくして、真の経済行為は完成しない。

利益の払戻しは犠牲を要求する連帯意識性を根本とせずして、その遂行は不可能である。

△ 賀川は「あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない」(マタイ6:24)という問題は、意識宗教と意識経済との完全な一致において解決されるものと見なします。経済行為の根底に宗教を置き、宗教に基づいてこそ道徳と経済の根本規範が与えられると主張します。世界が挙げて修道院のようになるとき、問題は解決すると言っていることになります。あるいは十字架愛の実践が問題を解決すると言っています。それが賀川の根本的な立場です。犠牲を払わないで理想が実現したためしはないという一般的な意味に理解すれば、この言葉には、否定しがたい真理が含まれています。連帯意識性は犠牲を要求します。しかしそれは宗教以前の人生の哲理であると言うべきでしょう。

第四節 人格的社会主義経済の再認識

破壊はやはり破壊である。建設のプログラムの無い社会革命は、何の社会効果ももたらさない。ジョーヂ・ソレルがゼネストを以って社会意志の変形的表現であると言ふたが、勿論それに違ひはない事であっても、それによって建設的効果は無い。

△ 賀川はストライキが嫌いなようです。しかしそれは労働者の争議権の行使であって、一概にストライキを否定するのは資本家を喜ばせるだけのことでしょう。

協同組合経済が、建設的プログラムを持ってゐることは今更言ふまでもない。一九一七年の革命後、ソ連はマルクス理論だけでは何らの建設的プログラムの無いことを知り、遂に一九二一年四月から協同組合プログラムを採用したではないか?

△ コルホーズのことを言っているのでしょうか。

また一九四六年度のロシア革命記念日を前にして、ソ連は二十年の間、無利子、無担保の資金二十七億ルーブルを投資して、全国に協同組合をつくらしめてゐるではないか。一旦、解散を命じた協同組合を、何故、ソ連が全面的に再組織するのか? 日本のマルクス主義者もよく反省する必要がある。

△ ソ連のコルホーズや中国の人民公社がなぜうまく機能しなかったのか、よく考えてみる必要があります。もしかしたらそれは中央集権的計画経済と無関係ではなかったかも知れません。人民の自発性自主性を尊重しなければ、事はうまく運ばないでしょう。

協同組合は、マルクスが資本論に取扱ふ事を忘れた資本主義修正の最大機能である。それは搾取に反対して、利益の払戻しを――資本集積に反対して、持分の制限を、資本集中による社会政治的独占勢力を、分散的一人一票の人格経済に置き換へんとしてゐるのである。

△ 協同組合運動は、まさに修正主義であるからこそ、革命を優先するマルクス主義者がまともに考えて来なかった問題なのだと言えるでしょう。しかし革命後の展望として民主集中制計画経済とがあれば、すべてうまく行くのでしょうか。

利益払戻の論理と倫理は唯物弁証法でも、唯物論でも説明の出来ない主観的意識的内容を盛ってゐる。そこに、キリスト的博愛主義が根底となってゐる。マルクスが新キリスト運動を主張したロバート・オーエンを空想的社会主義と罵り、オーエンの協同組合運動を排撃したにかゝはらず、一八七一年のパリー共産政府も失敗し、一九一七〜二一年のボルセヴヰキー政府も修正を必要とし、遂に空想社会主義と罵倒した協同組合主義を全面的に採用しなければならなくなった理由は何処にあるか?

それは、空想と見える利益払戻の他愛倫理が、完全なる経済的社会再建に、大いなる機能を発揮し得る事を再認識し得ざるを得なくなった為ではないか。神の国は「三斗の粉の中に入れるパン種のごとし」(マタイ十三・三三)とキリストは言はれたが、協同組合理論はキリスト教社会主義倫理として始めは笑はれたが、三斗の粉の中のパン種としてふくれ上って来たのである。

△ 神の国は「生成子」であるという観点からすれば、協同組合理論は新しい社会を形成する上での「生成原理」であるということになります。少なくとも賀川には、そのようなヴィジョンが与えられていたのでしょう。当時はNPO(非営利組織)、NGO(非政府組織)という言葉はありませんでした。しかし今日ではそれらを含めて考えてよいことなのかも知れません。国家が社会を統制したり誘導したりすることに対して、民衆自身が自発的に社会形成力を発揮することこそ、社会連帯意識というものでしょう。

今日、五億の民衆が地球上において協同組合を組織してゐる。これだけでも、その偉力を認識せざるを得ないのである。しかし、例え表面上どれだけ組織がよく出来てゐても、その精神において、十字架愛組織が欠除するならば、協同組合は全く骨抜きに成ってしまふものである。こゝに、私が多年主張してきた意識経済の再認識が必要なのだ。十字架愛が徹底するほど、それは協同組合は共産主義者の混乱なくして、共産主義の共産主義の内容を完全に発揮し得るものである。今日に成って見れば、協同組合が発達させた会計法といふものは、共産主義を全く非科学的なものにしてしまった。

△ キリスト神話に基づく十字架愛という表現は、今日では、多くの人に直ぐ理解されるものではありません。しかし互に「重荷を負う」(マタイ11:28)ということが人間の生き方の基本であるということは否定できないでしょう。負担し合うということが連帯の意味であるとすれば、一緒に神輿(みこし)をかつぐ姿を思い描いてもよいでしょう。

会計学的に云ふと、共産主義は協同組合を通過せずして完成する事は出来ないことが判明して来た。共産主義が、生産コストをやかましく言ひ、分配量を詳細に言へば云ふ程、それは、協同組合会計学の内容に接近するものである。そして他愛意識の分量の増加に従って、協同組合は共産社会の線に平行して来る。

△ 十字架というシンボルがキリスト教の独占物であってはならないとすれば、共産主義もマルクス主義の独占物であってはならないでしょう。コミュニズムは、もう一度原義に従って理解されるべきです。粛清異端審問(修正主義批判)がコミュニズムの精神ではありません。真理は誰の所有物でもありません。だからすべての人のものです。なお、協同組合会計学とは非営利組織の会計学であると理解しても良いでしょう。

共産主義は、結局において、宇宙精神たる絶対者の愛を意識する者のみが到達し得る社会であって、外形的強迫や、暴力行使によっては永遠に到達するもので無い事を、われわれはよく認識する必要がある。愛の発芽なくして、理想社会は無い。唯物史観で愛を説明する事は出来ない。われらも一度、社会愛の発生史としての社会運動史を再検討する必要がある。

△ 人間は身内を愛します。身内への愛を越える宇宙的(普遍的)精神というものがあるとすれば、それは「社会愛」をもたらすでしょう。しかしそれは国家愛でも、民族愛でもない筈です。賀川がキリスト教から学んだものは「宇宙精神たる絶対者の愛」であって、それこそは「宇宙意識」であると考えていたのでしょう。

第五節 精神革命による社会革命

フランスは三回暴力革命を経験した。そしてその度毎に秩序が維持出来ないで、独裁官を呼び起した。第一回の時にはその独裁官が王ナポレオンとなり、第二回の時にルイ・ボナパルトが王位についた。そして、第三回目の共産党内閣(▽)は、三ヶ月しか続かなかった。

△ 共産党内閣というのは意味不明です。ブルム人民戦線内閣のことを言っているのでしょうか。

その間英国は一度も暴力革命を見ずして社会改造を続行してゐる。マルクスの「資本論」の第一巻の終り約百ページは、英国資本主義発達史で充されてゐるといって差支へない。マルクスの「資本論」は英国を模型として解剖したものである。それでマルクスの共産党宣言によれば、当然、イギリスに暴力革命が起る筈であった。然るに、英国に唯物史観の公式があてはまらず、英国には暴力革命が無くして今日まで通過してゐる。それは何故であろうか?

私はマルクスの理論に無理があることも一つだが、唯物史観的に歴史が決定的だと見ることも間違ってゐると思ふ。

△ 17世紀のイギリスのピューリタン革命は暴力革命の側面を持っていましたが、その後、資本主義が最も進んでいたイギリスで革命は起りませんでした。それが何を意味するかということについて、マルクス主義者が解答を求められているのは確かでしょう。資本主義から社会主義への移行の必然性とはどういうことであるかを、もう一度、丁寧に考えてみる必要がありそうです。

十八世紀の後半は、イギリスにおいてジョン・ウェスレーの宗教運動が盛んに行はれた。その結果、英国には上流階級の者にして、進んで社会主義的信条を実行するものが現れた。貧民窟への隣保運動は貴族階級の美しき模範となった。貴族もよろこんで労働階級解放運動に参加した。ウェスレーの弟子たちは労働組合を作り、農民組合をつくり、進んで労働党までをもつくり上げた。

△ ウェスレー兄弟のメソディスト運動が英国の革命を食い止めたという言い方が、時に保守的なキリスト者によってなされます。革命の「必然性」という観点からすれば、それは反動的な言辞以外の何ものでもないということになります。しかし賀川はウェスレーの宗教運動を高く評価していました。

英国の労働組合選出の代議士は多くオクスフオドのラスキン大学を卒業する事になってゐる。ラスキンは「近世画家」「ヴェニスの石」等の文芸批評の大家であり、十九世紀の三大預言者の一人とまでいはれた優れた指導者であった。このラスキンはマルクス流の唯物論には絶対反対で彼の書いたイタリー、ヴェニスの建築史は、宗教道徳なき時代の建築は粗悪なものであり、建築の善悪はその代の精神力と正比例する事を詳細に記述してゐる。カーライルは、この「ヴェニスの石」を読んで驚嘆したといふ。英国の労働運動者は、この精神的背景を持つ社会運動の指導者を中心として凡てを発展せんとし、英国下院の代議士は、必ずラスキン大学卒業生なる可しとの習慣まで持ってゐるのである、こゝに、英国社会運動の強みがある。

△ 社会運動なるものに一つの展望が与えられるためには、社会運動史を振り返って見る必要があります。そのとき特定の史観(唯物史観、キリスト教史観など)は考察の助けになりますが、反対にその史観によって視野が制限されるという問題があります。ここには賀川の精神史的観点の強調があります。

フランスは一七八九年の革命に数百万の人命を犠牲にして遂に王政を復帰したに止った。その時代の哲学は疑惑的であり、その時代の文学はヴォルテールの如く無神論的であった。教育はルソーのそれの如く宗教道徳を無視する素朴的自然派教育を欣んだ。而も、宗教生活に権威なく、たゞ形式のみが残骸をとゞめてゐた。かゝる時代に於て暴力革命は必然の結果であったと云ひ得よう。

内的革命を持たないものは、外的暴力革命を経験するのだ。日本が敗戦後、道義的に廃頽し、青年層は左翼に走るといふのも、精神革命に対する準備がないからである。社会変革は内的変革の方が深刻に、かつ広範囲に渡るものである。

日本においても完全かつ徹底せる社会革命をもたらさんとすれば、それは必然的に内的精神革命を先にしなければならぬ。唯物論者はこれをわらふかも知れない。然し歴史がそれを証明する。「人、新に生れずば神の国に入る能はず」とキリストがいったが、それは永遠の真理である。精神革命による神の国とその正義を求めよ。さらば他の凡てのものは、これに附加せられるであらう。

△ 私は「意識変革・社会変革」において、両者は鶏が先か、卵が先かという問題に似ていると書いたことがあります。内的精神革命が先であると言い切ることには、問題があると感じています。内的変革(回心)とはどういうことであるのか、よく吟味しなければ、それは最悪のリバイバリズム(新生運動)に堕する惧れがあります。賀川の神の国運動はリバイバリズムの手法(ビリー・グラハムなどが踏襲している手法、たとえば説教を聞き決心した者は聴衆の面前で前に進み出る)を留めています。

第六節 人格社会主義の成立

智識は智識を集め、技術は技術を生む。そして機械は機械を作る。その結果、動力は人間苦役の削減をはかり、富に依って富がかき集められる。だが、経済的福利の世界のみが、神聖なる世界を造ると思へば大きな間違ひをする。利のために集まる者は不利のために散って行く。利益利便のために浮び上る社会の繁栄は、繁栄を持ち来たすけれども、それは組織的永久の社会を生み出すことは出来ない。縁日の繁栄は、組織化されたものではない。唯物共産主義が経営するからと云って、欠損つゞきであれば、その事業は解散せざるを得ない。利益に人は集まるが、略奪した後の後の住宅の跡は、前よりあさましいものである。だから、物質のために集って来る人々は、真理のために集って来る人々とは、おほよそ性質が違ってゐる。

△ 賀川は、今日風に言えば、「持続可能な」社会(組織的永久の社会)とは何であるかと問うています。生理的欲求は一時的ですが、心理的欲求はさらに長続きします。物質的な欲望だけでこの社会が成立っているのでないことは明らかです。

利のために集るものを中心にして社会をつくれば、不利なる状態がつゞく時、後足で砂をぶっかけて行方をくらますであらう。だから、利をもって集まる者を中心にして、よき社会組織の出来た事はない。殉教を恐れず、苦難をいとはず、主義の為に忠実なる者のみが結束すれば、その時にこそ、神聖な社会は生れて来る。無防備の羊の群は、社会力を以って自らを防衛する。組織力が防衛力である。この結束力こそ、秩序を生み、社会進化を推し進める礎石となる。利にさとい人から見れば、愛と犠牲の精神は、隅の主石である。社会が出来上ってしまへば、愛と犠牲がその根本であることがよくわかるけれども、分業、分化にいそがしい時には、嘘も暴力も、時によると戦争も、方便として必要なものであると受け取られる。その一端(ママ)、肯定せられた不道徳が子を生み、孫を作り、社会を分裂せしめ、遂に一民族一国家を死滅に導く種子を播く。

△ 賀川には「殉教」という古典的な観念があります。我々は依然として、殉教を求める残酷な社会に生きていることは事実です。しかし主義主張のために殉ずるということは、余程慎重に考えて見る必要があります。何かの犠牲になることは結果であって、目的ではありません。十字架を崇めるキリスト教は殉教を自己目的化する危険性を持っています。神聖な社会がそこから生まれて来るという考え方は、それ自体、野蛮であると言うべきでしょう。愛と犠牲の精神は隅の主石(おやいし)であると言うとき、その「犠牲」は人のために苦労する(奉仕する)という以上の意味を持つべきではありません。殉教者の血の上に教会が建てられているという思想は廃棄されるべきです。特攻隊の死を美化するときにも、同じ野蛮な思想が紛れ込んで来ます。

愛は社会の結束力を強め、人格は人格を呼び集める。組織に依って組織は進化し、胚種はやがて大なる人間として伸びる。

△ しかし、賀川には神の国は「生成子」であるという明確な思想があります。

かうした社会進化の諸法則を冥想すれば、社会進化の方向が、どちらに向いてゐるかよくわかる。人格の無き処に社会なく、精神的創造性のない処に、エネルギー源としての物質の開拓は絶対にあり得ない。物質を精神的に管理し得る人類の社会的組織力のみが、新らしき文明文化を創造する力を持ってゐる。こゝに人格社会主義が成立する。

△ 社会は退化する傾向性と進化する傾向性との両面を持っていると言うべきでしょう。従って闘いや努力のないところに進化もないことは明らかです。そして賀川の種々の実践が人格社会主義を志向しているのだということは、疑う余地がありません。


第二篇 唯物共産主義哲学の批判

第一章 唯物論批判

第一節 物質は消滅する

――アインシュタインの相対性原理――

ラヂウムがフランスのキュリー夫人によって発見せられてから、物質といふものが絶対的存在ではなく、質量において、漸次変化して行くものだといふことが判明した。

マルクスが唯物的共産主義を唱道し始めた頃には、まだ物理学が幼稚であって、物体の質量は絶対的なものであり、不変的なものであると考へられてゐた。ところが、ポーランド生れのキュリー夫人がラヂウムを発見してからは、物質は消滅することがわかった。

△ 以下、第一章第九節まで賀川の自然科学の知識による唯物論批判が展開されています。詳しくは別著『宇宙の目的』(本書と同じ全集13所収)で論述されています。多忙な日々を送った賀川は、さらに詳しく『宇宙の目的』を書き著わしたかったようですが、それを果せずに終わりました。しかしそこには賀川の並々ならぬ自然科学への関心が窺われます。門外漢の私にはそれを内在的に批評する知識がありません。その内容は現代版「神の存在証明」とも言えるもので、キリスト教信仰と自然科学の知識とを両立させようとした点で、テイヤール・ド・シャルダンの『現象としての人間』などを想起させるものがあります。そのような試みは、アメリカのIDインテリジェント・デザイン)に見られるような、進化論を否定し、「創造科学」を提唱する反動的な試みと同種であると論難されても仕方がない面があります。しかし賀川もテイヤールも進化論の上に自分たちの世界観を形成しています。このような試みは信仰から来るものであって、自然科学の研究が必然的に信仰を要請するというものではありません。たとえば、分子生物学者モノーの『偶然と必然』のように、宇宙を不条理と受け止める世界観もあります。従って以下は賀川的な信仰告白であると見なしてもよいでしょう。

相対性の物質 それでフランスの物理学者ルボンは物質消滅論を書いた。ラヂウムの発見せられた一八九八年頃もフィッツゲラルド博士は、物質の持つ幅は速力によって運動の方向に縮まることを発見した。これをフィッツゲラルドの「物質収縮の法則」と云ふ。ちゃうど同じ頃、オランダのライデン大学教授ローレンツ博士は、電気の波長が速力の加はるととゝもに、変化し収縮することを発見した。即ち、速力が増せば増すほど、波の幅が縮小して行った。これはフィッツゲラルドの発見したことゝ同じことを意味してゐた。物理学ではこれを「波長転換の原則」といってゐる。

アインシュタインは一九〇五年スイスのチューリッヒ市発明特許局の技師をしてゐた時、収縮法則や転換法則を根本として、物質の相対性原理を世界に発表し、ニュートンのいふやうに光が直線的に旅行するものではなく、磁性の影響を受けると屈曲することを発表した。このアインシュタインの理論は、その後物理学の発達によって事実的に証明せられた。

水素電子の軌道 ところが、更に面白いことは一九〇七年イギリスの領地ニュージーランドで、移民の子として生れたサムエル・ラサフォードが、物質の構造は、太陽系と同じ組織を持ってゐることを発表した。この仮説は、デンマークのコッペンハーゲン大学教授、ニールス・ボア博士によって驚くべき確証を得るに至った。それは一九一三年であった。彼は分光器によって、水素軌道の研究をなし、ラサフォードの仮説を、数学的に証明することに成功した。だがまだボア博士の説明では充分理解の出来ない点もあった。

然るに一九二四年末波動力学の現はれるに及んで、物質研究は一大革命を見るに至った。ド・ブロイは、光が物質そのものになり得ることを理論物理学で説明せんとした。この革命的な波動力学説は、ドイツのハイゼンベルグによって新しい形に書きかへられた。即ち、量子力学がそれである。結局量子力学と云ふも、波動力学とも云ふも同一内容であるが。この波動力学説は、光が物質になることを証明した。そして今までの物理学は革命された。

力波の束が物質粒子に見える。

かうなって来ると、粒子と考へてゐるものが、実際は波そのものであることに気がつくのであった。物体が波であるとすれば、いつかは消えるものである。しかるに消える筈の力波が宇宙の法則によって永久的に保存せられるといふところに、物質不滅の原理が説かれるのであった。つまり、物質といふものは法則の与へる空間の中に、力を罐詰にしたやうなものであって、人間だけには粒子のやうに見えるけれども、それは力の波にしか過ぎない、と云ふことがわかって来た。

かく考へると、ラヂウムが消える理由も、物質の幅が収縮する理由も、アインシュタインの相対性原理もよく説明がつくのであった。では宇宙は相対性ばかりであって、絶対はないかと云ふに、さうばかりではない。力の波としての物質は相対的であっても、物質を司る法則は絶対なものであり、法則を宇宙に現はす根本理念は絶対であることがわかる。アインシュタインは、この宇宙の根本「理念」を、「神」と云ってゐる。全くそれにちがひない。

△ 科学的知識が進み、「造化の妙」に触れると、古来の神信仰が刺激されます。古代人の宇宙意識が新しい装いのもとに甦生します。創世記の天地創造の物語は、実によくできた神話であって、宇宙の主宰者たる「神」について語ります。しかし神話の神が、そのまま現代に甦り、その通りに信じられなくてはならないという理由はありません。賀川は自然科学と信仰と題する説教を好みましたが、ここにその一端が示されています。

第二節 物質にも目的がある

――物質は神の言葉である――

物質は、宇宙意志を実現するための道具にしか過ぎない。その道具を絶対的なものと考へ、その目的を忘れることは大きな誤である。

△ 物質が絶対的なのではなく、宇宙目的こそが絶対的であると言われていることになります。テイヤールは、宇宙は「オメガ点」を目指して進化していると信じていました。

物質は目的を持ってゐる。なぜそれが判るかと云へば、その方向性と、その撰択性によって知ることが出来る。

力波の指向性 物質は力の波である。波の打つのに方向がきまってゐる。決してデタラメに波は打たない。それが超短波になればなるほど指向性がきまってくる。それはB29が、指向性を持って雨雲の上から東京を爆撃するだけの目的性を持ってゐたのと同様に、決して偶然性で行動をしない。

原子を組立てゝゐる電子にも必ず一定の波長が約束せられてをり、電子が飛び出して光になった場合に、分光器に写る振動数と波長はきまった場所にしか出て来ない。

△ 電子の「行動」には、B29のように「ねらい」があるということでしょうか。

原子の撰択性 これから計算して、原子内の電子軌道のエネルギー水準に撰択性のあることに気のついたのはゾンマフェルト博士である。これを原子物理学における「撰択法則」と云ってゐる。

一体、撰択と云ふものは、必然的な、決定づけられた運命の世界には効用は無い。必ず、或る変化を客観的にか、主観的にか与へないと撰択する機会は与へられない。

客観的に変化するものが撰択するのなら、主体の方で撰択するのである。客観がぢっとしてゐるなら、主体で変化してかゝらねばならぬ。

△ 物質の働きに「選択性」があるとすれば、それは自らの「意志」であるとは考えられません。すると、その法則がなぜ置かれているのかが問われることになります。

偶然性の利用 宇宙において決定的な法則があるかと思へば、無秩序と見える偶然性が、その決定性の側にちゃんと控へてゐる。それで乱暴な唯物論者は、機械と云ふものまでが偶然の結果出来たのだと結論するものがある。多くの唯物論はさうした乱暴な結論を下して平気でゐる。ところが、一つの原子が出来上るのでも、決して偶然には出来上らない。撰択性が幾つも幾つも重なって始めて組立てられてゐるのである。それを思ふと、一つの原子は或る大きな目的を持った宇宙であると云ふことが出来る。

△ 宇宙の目的は原子のうちに看取されると言われています。

化学結合の原理と目的性 化学結合の原理を研究したパウリング博士はこの方面における世界的権威であるが、炭素の電子軌道の組立によって、正三角四面体に結合する事実を学問的に研究して、「……計算を進めると、化学的に非常に重要な驚嘆すべき結果が得られる」と書いてゐる(ポーリング著小泉正夫訳「化学結合論」九一頁参照)。これについては既にゾンマフェルトも注意してゐることであるが、量子化学(量子力学より再出発した新化学)が、炭素の軌道より測定して、原子的宇宙の驚嘆すべき撰択性にびっくりしてゐるのである。

これが原子価による結合の撰択性、膠質化学の撰択性、浸透作用による生物化学的撰択性、電気化学的細胞核に起る撰択性、細胞内におけるビタミン、ホルモン等の撰択性を考へると、生物化学的に見て、原子の持つ重大目的を無視することは出来ない。原子の一つ一つは、ピアノの鍵盤の如く、或る目的を持ってそこに集められてゐるとしか考へられない。

では、どんな目的を持ってゐるかと云へば――生命を創造する為に原子は存在するのだ――と私は考へてゐる。そして生命活動の方向は心霊の覚醒にあると考へられる。で、わたしは電池を考へるやうに、わたしは(ママ、重複)原子を考へてゐる。

物質は目的を実現する道具であり、言葉である。言葉は必要である。然しその言葉の持ってゐる意味が更に重要であると思ふ。物質は神の言葉である。神の言葉は九十二の原子と云ふ、アルファベットから出来てゐる。絶対なる神は、彼の法則と撰択性と目的をもって、自由に彼の云はんとすることを宇宙に展開して行く。我らは物質と云ふアルファベットの奥にひそむ神の精神に触れなければならぬ。

△ 私は、その昔、「初めに言(ことば)があった」(ヨハネ1:1)というヨハネ福音書の冒頭の言葉に、ある種の「インスピレーション」を受けたことがあります。しかし自然科学の研究を通して、その感覚(宇宙の根源的ロゴスというべきものへの感覚)を実証しようというところまで、徹底して考えることはしませんでした。賀川の「キリスト者」としての一途で大胆な姿勢がそこにあります。しかしそれは自然科学の問題ではなく、その領域を越える信仰(およびそれによって与えられるヴィジョン)の問題であることに注意すべきです。つまりそれは自然科学的実証を越える問題です。

第三節 物質組立の意匠

物質は、それ自身が一種の機械であり、組立てられたものである。で、唯物論者は、すぐ宇宙は機械的、盲目的なものであって決して合目的性のものでは無いと考へる。これは大きな誤解である。それと反対に機械的に組立てられてゐるから目的があると私は云ひたいのである。

或る目的は十日か二十日で実現しよう。然しある目当は千年、一万年は愚か、五億年、十億年の時間を見込まなければ成功しない。すぐ目的が実現しないものを、無目的な存在と考へることは出来ぬ。

長年月の持続を必要とする場合、エネルギーを長期にわたって罐詰にして、これを機械的に組立てる必要がある。これに成功してゐるのが、今日われらの前に物質として展開してゐる元素である。

元素はデモクリトスが考へたやうに分解できないものではない。それは陰陽の電子、中性子、中間子、陽子、微粒子等によって組立てられたものであり、電子そのものが量子といふ――今日までに発見された世界最微の力の単位、すなわち10のマイナス27乗エルグという「力粒子」によって組立てられてゐるものである。

これ等の組立ては偶然的では無く、全く行列式の公式に順じ、多くの場合整数論的配列をもってゐる。その組織たるや、全く驚嘆に価いするものがある。その一端は結晶体、液晶体の驚くべき比例的配列において窺ふことが出来る。

つまり盲目的と見える物質界は、決して無秩序ではなく、驚嘆すべき理法が、その背後に隠されてゐるのである。

安定性と物質 この背後に隠れてゐる理法は宇宙に安定性を与へることが一つの使命であり、第二には、安定性ばかりでは進歩しないから、宇宙が或程度、安定になると、その安定の基礎の上に、自由度を約束し、混乱と見えるものゝ中から、より新しき途を選び出す工夫をせねばならない。

エネルギー保存 天体運行の安定性、原子量の安定性の如きは、全くこの宇宙における生命実現のための持続性の必要から出たといはなければならぬ。

で、この方面のみを見たフランスの天文学者ラプラスの如きは、宇宙を全く機械的に見、機械的宇宙観のみが科学的宇宙観であるかの如く考へた。進化論の祖述者チャルス・ダアウヰンもこの機械的宇宙観に災いされた。

不安定性を利用する生命力 然し生命の世界、物的機械の世界とは正反対に、全く不安定なイオン活動そのものゝ上に先験的確率が置かれてゐる。

△ 先験的確率とは、全く偶然と見える事象の上に予め確率的法則が置かれているということを云いたいのではないかと思われます。

生命の世界はこの安定した物的世界と、不安定なるイオンの世界の両側に跨り、撰択力を以て生命の創造、保存、修繕の三大能力を発揮し得るように設計せられるのである。

△ 地球という偶然に出来た惑星の上に生命がいわば必然的に発生し、その生命が偶然と必然の組合せによって多様に進化してきたのは、そのように「設計」されているからだと言われます。そして生命には、生み(創造)、保ち(保存)、繕う(修繕)という三つの力が与えられていて、それぞれその活動を営んでいます。

而もその設計は、卵が鶏になるのを見てもわかる如く少しの無駄も無く、時間的に少しのロスも無く、驚くべき確かさを以って目的を実現して行くのである。もちろん折々の例外はあっても、その例外は理法によって理解の出来る例外である。

△ 例外は発生学の知識(理法)によって説明されます。

物質を貫く神の意匠 これを見ても、物質宇宙はマルクスやダアウヰンが考へたやうな、盲目的なものではなく、物質そのものゝ中に、生命および精神の理法の線に添った世界が実現出来るように仕組まれてゐるのであった。これを、私は物質に現れた神の意匠といいたい。西陣織は、盲目的に出現したものではない。巧妙な織手がその背後に存在する。宇宙は西陣織以上に霊妙な生ける織物である。どうしても、生ける織物師がなければ、こんな霊妙な織物が織れる道理はない。死んでゐるものならまだしも、生きてゐるものを死んだ機械や、でたらめな偶然が製作することはできない。

原子物理学の泰斗ボア博士も「生命」の原理だけは、物質で説明は出来ぬといふてゐることを、彼の口から私も聞いたことがある。

物質の機械性は安定性の必要で説明が出来る。しかし、生命の世界を説明するには機械性のもつ撰択性と、目的性によって説明しなければ全然理解はできない。生命の世界が物質を基礎にしてゐるとすれば、物質は眼球の如く意匠を秘めてゐると考へねばならぬ。

△ 眼球一つをとってみても、生物にそのような視覚の装置が与えられているということに感嘆するほかはありません。賀川は、宇宙の霊妙な働きの「製作者」としての神を想定しています。しかし神はどこにいるのでしょうか。なお、「神の意匠(デザイン)」という言い方は、まさにIDインテリジェント・デザイン)のことを想起させます。

第四節 遺伝因子は目的を持つ

――生理的唯物論は成立せぬ――

映画の銀幕にうつる美人が、実在の人物であるとかんがへるものがあれば、それはどうかしてゐる。物質といふものも、実は映画のスクリンに出てくる美人のやうなもので、それ自身、実在してゐるのではない。その背後に、真の実在者がゐることを我等は認めざるを得ないのである。

物質を貫く生命の世界は、一目みると、物質が在って生命が出来たやうにみえるけれども、よく調べると、生命の原理は物質の原理を貫いてゐることがわかる。すなはち物質が生命に成るのではなくて生命が物質に宿をかりてゐるのである。電流が電線に宿を借りてゐるのに等しい。そして、よく調べてみると、電気が電線の中を通るといふことは、電線に、電流の流れ得るやうな仕掛がしてあるからである。物質と生命の場合も同一であって、物質と見えるものは固形体ではなく、生命と同じ「力」そのものを罐詰にしたものであるのだ。で、罐のふたを明けて力を利用すれば、生命力に貢献するだけの資格があるのである。たゞ、その力は生命力のもつ方向性や目的性が欠けてゐるのである。

△ 物質の力、たとえば電力と比べて、生命の力は、方向性や目的性を持つと言われます。そして物質が生命になったのではないと言われるなら、その存在は説明のつかないものになります。しかし物質に基づいて、生命という新しい秩序が発現(創発)したと考えれば、その説明が十分にはできないとしても、それをいきなり神秘化する必要はないでしょう。生命は特別な現象ですが、それは存在のレベルの問題ではないでしょうか。

目的をもつ作用因子 生命には、方向と目的がきまってゐる。草であれば芽をふく。茎があってそれに葉がつき葉が繁り、花が咲き実が結ぶ順序があることになってゐる。その原因になる因子がこれまた固形体ではなく、方向と目的と約束と撰択と時間上における成長を通じ、凡ゆる変化の曲折を貫いて、一定のコースを取り得るやうな力を統制し得る作用因子であることに気がつく。

△ 賀川はここで作用因子、すなわち遺伝子(遺伝因子)を問題にしています。遺伝子もまた構造を持ち、今日、その分子生物学的解明が進んでいます。

この作用因子が、小さい細胞の中の染色体に何千何万と入ってゐて、その一つ一つが映画の機械とフヰルムと光線の三つの作用を一つに兼ねたやうな働きをしてゐるのである。だから、固形体と見える物質に、真の価値があるのではなく、目的、法則、撰択、成長、変化、力を一つにまとめた物質とは考へられない「統制力」そのものによって、物質と見えるものが創り出されてゐると云ふことに気がつく。生命性は物以上のものである。

△ 「七つの要素」の根源に統制力そのものとしての「生命」があります。しかし、体性感覚、運動感覚、触覚、嗅覚、聴覚、視覚によって世界が世界として現象しており、人はその具体的な世界の実在性を疑いません。「固形体」と見える物質が人間の欲望を刺激し、人間の行動を誘います。世界は人間の世界として立ち現われます。それがすべて遺伝子のなせるわざであるということは、にわかには信じられないことです。

これは男女の性の区別を考へると尚よくわかる。下等動物のみならず、下等植物にすら驚くべき性の作用が現はれてゐる。

この「性」は、生命をより高等なものに進化させる目的をもって生命の世界に組立てられたものであることは、少し「性」の進化をくわしく研究したものにはわかることである。何故なら昆布や海草のやうなものですら「性」の成熟する時には、特別の目的を機関の現れて来ることを見ても、生命の保存が目的でないことがよくわかる。ことに雌雄に分けておいて、これを一つに和合するという仕掛は、偶然やでたらめで考へつく仕事ではない。

それは宇宙に秘められた叡智の世界の設計によったとしか考へられない。即ち生命の世界も生物の世界も全く、物質世界に先行する叡智の潜伏してゐることを我々に明示する。

△ 性は、単に生命の保存を目的とするものではなく、生をより高等なものに進化させるためであり、そこには叡智が先行しているのだと言われます。そして生命の進化それ自体が、物質世界に先行する叡智の潜伏を明示するではないかと、ここでも賀川は「神の意匠(デザイン)」を示唆しています。

細胞の持つ知恵 驚くのは細胞の分裂の際に示される染色体の加減乗除の込み入った算術が始められることである。細胞のやうな無意識の世界に、引き算もあれば、割り算も行はれ、加へ算もやられるかと思ふと、掛け算もちゃんと行はれてゐる。

この「ミトゲネシス」と呼ばれるものは、その際に指向性の超短波の光線すら出して、分裂した細胞が行くべき方向を闇の中においてはっきり教へてくれる。即ち無意識的細胞の物質活動は決して盲目的なものではなく、それとは反対に驚くべき確率性と撰択性を二十世紀の自然科学者以上にやってのけてゐるのである。

これを思ふ時、私は無神論的唯物論者が云ふやうな浅薄なる唯物論は成立しないと思ふ。

△ 思想史的に唯心論―唯物論、有神論―無神論、観念論―実在論の対立は錯綜していて、一方に浅薄なる唯物論があるとすれば、他方に浅薄なる有神論もあります。西田幾多郎は「万有在神論」を唱えましたが、賀川は万象に伏在している神の知恵を説くという意味で、西田に近いと言えるかも知れません。それが浅薄であるか深甚であるかは見る人によって異なります。しかし当時の唯物論が賀川には極めて浅薄なものに見えたのでしょう。

第五節 肉体は目的を持つ

――生理的唯物論は成立せず――

合目的性の世界 今日の唯物主義は、物質に全智全能の性質を附与して平気でゐる。即ち、一方においては、物質は偶然的、機械的、盲目的なものであるといひ乍ら、他面において「真理」といふものが、物質そのものであるかの如く云ふ。真理が何かといふと、わからぬと云ふ。

△ 根本的な真理であるとされるものに対して「不可知論的(agnostic)」であることは、大いにありうることです。「神の叡智」のたぐいに対する態度がそれです。しかし賀川は、ストレートに神の知恵を語るという点で、まさに「伝道師」であると言うべきでしょう。宇宙は合目的であるとされ、その理由は、直ちに神の知恵に求められます。

生理的唯物論においてはこの傾向が著しくなる。生理学の基礎となるべき細胞学、遺伝学、血液学、栄養学、神経学等において合目的性を無視して、到底生理学を説明することは出来ない。合目的性唯物論など云ふものは存在しない。現象の奥には合目的性意匠あると云ふことを許容するならば、「神」を物質の背後に肯定することになる。然るに細胞学においても、血液学においても、栄養学、神経学、遺伝学においても、撰択性と合目的性を否定して、それらの科学を説明せんとするならば非常な無理がある。

△ 有機体の働きを単に偶然の動きと捉えることはできません。しかしこの地上に生命が存在するということは、直ちに「神」の存在にはつながりません。なぜ合目的的な生命の働きが存在するのかを説明するために、生物学は神の存在に訴えたりはしません。細胞学、血液学、栄養学、神経学、遺伝学という諸科学の存在が神の存在を証明しているわけでもありません。それらによって、生物のからだは実によくできていると感嘆することはできても、科学が神の存在を直接に示すことはできません。また哲学的に合目的性唯物論なるものがあっても、必ずしもそれは「形容矛盾」に陥るとは限らないでしょう。

遺伝因子の合目的性 ダアウヰンなどは、生物の形態は偶然変異によると考へたが、TH・モルガンの猩々蝿の研究により、幾千、幾万、幾十万の遺伝因子が合目的性を以って、内的原因により組立てられて行くことが判明して来た(勿論外的作用があるにしても、一度それが因子に影響を持った上で決定することになるのである)。

△ 突然変異は進化の原因であると考えられてきましたが、それは遺伝子の働きであって、それによって生物の驚くべき多様性と環境への適応性が生じてきました。科学は今日までその現象を「神なしに」説明しようとしてきたと言えるでしょう。

殊に細胞核分裂に際して発生する「ミトゲン光線」なるものは、超短波の指向性の合目的性を自ら発揮し、凡ての生物の「型」の約束に従って、その目的性を完成することが、ロシアの学者ガルウッチによって発見せられてから、ダアウヰン等の簡単な判断は、大自然の不思議な合目的性宇宙をよく理解してゐないといふことが明確になって来たのである。

△ ダーウィンの唱えた進化論に精密な理解が欠けていたとしても、大筋で間違った判断がなされていたとは言えません。賀川は、進化は決して偶然の所産ではないということを強調したいのでしょう。「神の意匠」へのこだわりがあるからです。

「性」分化の合目的性 ダアウヰンも自然淘汰を「性」淘汰によって修正したが、「性」の合目的性を明確に理解しなかった。然し、ショペンハウエルの如き無意識哲学者でさへ、「性」が無意識的に与へられた宇宙間において一種の合目的性を肯定してゐるのである(同氏「意志と現識としての世界」参照)。

△ ショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』は、よく出来た哲学書であって、その思想がニーチェに影響を与えたことは有名ですが、意外なことに若き波多野精一も、それによって西洋哲学の理解を深めています(『西洋哲学史要』)。

血液の合目的性 血液の研究をした仏の大生理学者アレキシス・カレルは、血液の培養をしてびっくりしたのは、血球が分裂して循環系統を作ることであった。それでカレルは、血球に合目的性があると叫んでゐる(カレル著、桜井如一氏訳「人間」参照)。しかし、血液の合目的性はたゞそれだけではない。免疫性の問題に触れると合目的性を考へずして、絶対にこの問題を解決することは出来ない。

△ 『人間――この未知なるもの』の著者アレクシス・カレルは敬虔なカトリック教徒でした。彼は「ルルドの泉」による癒しの奇跡を信じていました。

神経及び消化機能の合目的性消化機能に就ても同じことが云へる。蛋白質に会へば蛋白を消化し、油に会へば油を消化し、澱粉に会へば澱粉を消化する驚くべき唾液、胃液、腸液及び消化器内に定住する酵素及び酵素菌の存在は、盲目的機械作用と断定するにはあまりにも巧妙である。

神経の組織に至っては、更にその不思議な合目的性の組織を無視することは出来ない。それは驚く可き機械性を具備している。

然し、それは合目的性を前提とした機械性であることを無視することはできない。人類の神経細胞は世界に知られた最大最長の単細胞で、或者は尺余にあまるものがある。この単細胞を組立て、ラヂオレーダー式に超短波を操って智性を発揮して行く組織の如き、単なる原子力の衆合体の業とは考へられない。そこには物質を綜合し利用し組立て修繕し活用する宇宙の創造主が無くして、この驚く可き操作は絶対に出来ないことを考へさせられるのである。

△ 人間の身体の精妙さ、自然の仕組みの巧妙さには、確かに驚くべきものがあります。それを解明する知性の働きにも驚かされます。賀川はそこから外挿法extrapolation)によって創造主の存在を想定します。しかしそれはどこまでも推定であって、宇宙の存在に対する根本的な疑問(why)に対する解答(創造主、神)には、宇宙そのものの、仕組みの巧妙さ、複雑さ以外に何の証拠も与えられていません。神とは、宇宙の存在理由(レゾン・デートル)であり、証明し得ない究極的な根拠のことであると言うべきです。それでは、賀川は、神についてどのように語っているでしょうか。その著書『神と歩む一日 日々の黙想』(キリスト新聞社、1949年)には、例えば、次のように書かれています。

九月廿五日 宇宙生命 私の神は、私の概念や、想像から、製造した神ではない。私の神は私の想像する前に、私をして生かしてくれる、この不思議な生命そのものである。私は、概念や想像を全く棄てることが出来る。然し生命を棄てることは出来ない。この直感の生命を、私は假(かり)に神と呼んで居る。

それは、宇宙の意志と呼んでも、宇宙の生命と呼んでもいゝ、その宇宙の生命は、法則と計劃(けいかく)を持って、自然を現し、凡ての生物を進化せしめ、その中に私の意識をも型造(かたちづ)くり、私の良心を、明確に私の生命の起點(きてん)として据ゑつけてくれた。そして私の場合には、良心を除いて生命を意識することは出来ず、良心と生命は同一體(どういつたい)のものとなって居る。

だから私は、遠い所のことは知らないけれども、宇宙生命の片隅が、良心として、排け口(はけぐち)を私の衷(うち)に現して居る以上、宇宙生命全?(ぜんたい)が、矢張り良心そのものである。と考へて差支へない。だから私は、良心のある宇宙生命を、人格神と考へるに少しも躊躇(ちゅうちょ)しないのである。(テモテ後書第一章三〜五節)》

なお引証されているテモテへの第一の手紙の箇所(1:3−5)は次の通りです。

3わたしがマケドニヤに向かって出発する際、頼んでおいたように、あなたはエペソにとどまっていて、ある人々に、違った教を説くことをせず、4作り話やはてしのない系図などに気をとられることもないように、命じなさい。そのようなことは信仰による神の務を果すものではなく、むしろ論議を引き起させるだけのものである。5わたしのこの命令は、清い心と正しい良心と偽りのない信仰とから出てくる愛を目標としている。」

第六節 正系発生の合目的性

――物質は力の束である――

正系発生 「にはとり」の卵が「ひな」になるまでのことを考へると、誰でも、それが偶然の結果であるとは考へないであらう。盲目的の組合せによって、卵の黄味が「にはとり」になるとすれば途中で色々出来損ひがある筈だが、世界中で毎年幾億かの卵をかへしてゐるが、卵は二十一日かかると、間違ひなく「ひな」になる。

△ 「正系発生」とは、「個体発生は系統発生を繰り返す」と言われるときの「系統発生」のことであろうと思われます。

私は胎生学の実験によって、卵を十二時間温めたもの、二十四時間温めたもの、三十六時間温めたものゝ三種類を、細かくミクロトーンで切って、数十日もかゝってくわしく研究したことがある。幾億の「ひな」の胎児は、みな同じ形を持って発生して来る。そこには時間的の過程にまちがひのない順序がある。

△ 発生の順序は確かに重要な問題で、人が歩くという行動にしても、寝返り、起き上り、這い這い、つかまり立ち、つかまり歩き、よちよち歩きという形で順序が決まっています。その順序を飛ばして、たとえば、起き上りからいきなりつかまり立ちに移行することは、成長の早さのしるしではなく、どこかに異常があることを示しています。

卵から三十六時間もたつと、虫のやうな形をした「ひな」の胎児は、血管を蝶々の翅のやうに体の両側につけて、黄味の養分を胎内に吸ひ取る。そして外部の養分を全部吸ひ込むと、身体の外側にある血管までもとかして、更にそれを身体の栄養に使用する。

その無駄のない驚くべき機構には、研究してゐる私も舌を巻いてしまった。最近、一九四七年春、フランスの学者ルコント・デュ・ヌイ博士が、「人類の運命」といふ名著に「生命における反偶然性」といふことを高調してゐるが、卵の研究をしてゐた私は、正系発生といふことをつくづく考へた。

△ 宇宙が偶然発生したものであるとすれば、その偶然の上に、生命という目的的必然的な機構が生じてきたということは、それ自体一つの奇跡であると言うほかはありません。そしてここに私という意識が存在することは、モノーが言うように、カミユ的な不条理であるということになります。しかし賀川は、フランスのコント・デュ・ヌイ博士に同じて、生命における反偶然性、合目的性を強調しています。

生物は機械以上のもの もし、生物の発生が機械的なものだけならば、外部についてゐた血管を全部溶解して、他の組織に組みたてることはできないはずだ。機械といふものは部分品を組立てゝ仕上げをすることはできるけれども、材料とまったくちがった性質のものを多くの、ちがった種類につくりかへ、しかも、自分一人で歩き出すやうなものにすることはできない。

組立てた自転車が自分一人で走り廻ったなどとはきいたことがない。しかるに「にはとり」の「ひな」は黄味から発生して骨格、筋肉、五臓六腑、神経、翹、足、五官、脳髄まで、完全に分化し、かつ発生し、終りには一人でノコノコ走り廻るやうになる。つまり自己目的をもった動物が不思議な機構を通して生れる。

「にはとり」になれば、目的性のあることがわかるが、途中までは学者のみんなが盲目的機械のやうに考へてゐる。

△ そもそも生命を操作するということは、「途中までは盲目的機械のように考える」ことによって可能になります。それによって今日の生命科学や医学の発展が可能になりました。しかしそのような操作的分析的な生命観によって、人間は旧来の有機的世界観を放棄し、世界の中の古典的な自己理解を逸脱しつつあると言えるかもしれません。体外受精や臓器移植など、今までにはなかった施術が可能になり、生命倫理の問題も発生してきました。しかし賀川の時代には問題はそこまで深まっていませんでした。

撰択の智慧による発生 だが、そこには単なる唯物論や、機械論や、偶然論で解けない問題がひそんでゐる。第一偶然だけならば、どうして機械が生れるか。第二、機械だけならば、どうして目的をもって走り廻る「ひよこ」になるか。物質だけならば、どうして生命が発生するか。物質が細胞となり、細胞が細胞核分裂光線をおこし、それが撰択性のはげしい方向目的を発生し、幾十万かの細胞を寄せて、焦点を定める眼球をつくったり、耳を組織したり、一々目的をもって組立てを行ふ。(一)設計から(二)時間の割りふり(三)エネルギーのふり分けの三種類の合目的性を、撰択的に決定して行くあたり、人智も及ばないやうな驚くべき智慧を働かせてゐるところを見ると、物質だけがすべてではなく、物質を通して働く合目的性の機構が物を云ってゐると云うことに気がつかねばならない。

私はその発生に機械的な進行がないとはいはない。機械的な部分が、合目的性によって組立てられてゐることを発見するものである。ただ、機械は自分で組立てないにもかゝはらず、この「ひな」は自ら組立て、自ら新陳代謝を行ひ、自ら修繕して行く。即ち、普通の機械力とちがふ、合目的性の生命力を持ってゐることである。この生命力は物質を道具として使用するけれども、物質そのものではない。物質はその生命を発生する目的をもって備へられた力の束であると、私は考へる。

△ なぜかこの地球上においては、水、大気、適度の太陽光線などの物質的条件が調い、海中に生命が発生し、やがて陸上に繁茂し、繁殖して来ました。その生物進化の多様性には、驚くべきものがあります。賀川は「合目的性の生命力」を強調します。物質は生命を発生させるために備えられた「力の束」であるということは、この地球を見ている限り、真実であると思われます。地球という偶然に成立ったはずの惑星に生命が発生したということは、不思議極まりないことで、賀川のように神を想定したくなるのもうなずけます。しかし神は「宇宙の意志」とも呼ばれています。

第七節 電気生理学の神秘

――物質に秘められた不思議――

偶然以上のもの 百年前、唯物共産主義者が考へたやうな世界観は、新しい電気科学の前に革命されねばならなくなった。百年前には、物質に関する研究が幼稚で、目的論的研究が全然出来なかった、それが電気学の進歩するにつれて、物質の内部に横はる電気作用が発見せられ、生理学まで形を変へてしまった。

△ マルクスが活躍したのは、百五十年以上も前のことで、それは明治維新以前のことであるということを、人はつい忘れてしまいがちです。唯物論が成立つとしても、各方面でもう一度考え直されなくてはならないことは確かなことでしょう。

電気には方向があり、超短波の指向性があり、合目的性の驚くべき組織が可能であることが理解されるやうになったために、百年前ダアウヰンが「種の起源」を書いた時などとは想像もつかない一大変化が、動物生理学の世界に採用されるやうになった。

△ 今日では、コンピュータ上で、ヴァーチャルな生物に進化を遂げさせることも可能になりました。また電磁波を利用して脳波などを研究することも普通に行なわれています。物質概念も以前のままではありません。

細胞は電池である 二十世紀の初めカルフォルニヤ大学のジャーク・ローエブ博士が、物理的生理学を発表した時には、世界の人は全く驚いてしまった。そして人間の生理生活が全部機械で説明出来るやうに考へた。ヘルムホルツが十九世紀の半頃、音響や視覚について機械学的発表をした時も、その影響をもって、ダアウヰンが種の進化論を主張したほどであった。

然し、テレヴィジョンが発見せられ、光電管の進歩となり、超短波の研究が可能となり、放射能の研究が進歩してから、生理学の内容が変って来た。機械的生理学を考へた時代は、機械の目的性を忘れて、それが盲目的に動くとのみ考へられた。盲目にうごくのは、偶然もさうであるから、そこで偶然と機械とが同一視せられ、偶然が機械を盲目的に生み出したものであって、そこには方向性もなければ目的性もなく、宇宙は全く盲目的なる生存競争のみが支配してゐると考へられた。

ところが、超短波による指向性の研究や放射能の不思議な合目的性の作用が認識されるやうになってから、俄かに電気生理学は機械の組立てのうちに目的を発見し、偶然と見える変化のうちに、天の与へた確かさが約束せられてゐること(先験的確率性)なることを発見するに至った。即ち、細胞のうちに貯へられてゐる蛋白質は、電気的に、酸性の「+」とアルカリ性の「−」の両極をもち、細胞の中核は、電気的に「+」であり、原形質は「−」であることが発見せられるに至った。

この方面に、大きな貢献をした学者は、米国医師会会長ジョーヂ・クライル博士である。彼は「生命の現象――その電気放射能的解釈」と云ふ書物に、くわしく彼の実験を発表してゐる。細胞膜は電気絶縁体である。神経細胞は脳髄から一本の電線で脊髄の中まで通り抜けてゐることを驚異の眼をもって考へてゐる。

△ 賀川がここで執拗に論じていることは、人生にはそもそも目的や方向性があるのかという問いに関わっているように思われます。その意味で、物質や生命の基底に降り立って、宇宙の目的を考察することに、彼は重大な関心を寄せています。

脳は放射能性目的を現す クライルの仮説は、更に脳髄の機構にまで立ち入ってゐる。彼は甲状腺のホルモンと、脳髄のもってゐる「ペルキンユ」、細胞内にある「ニッセル」球との間に、完全なる連絡のあることを発見した。

甲状腺ホルモンのもつ「沃土」が、窒素を血液と共に脳髄におくり、「ニッセル」球の中にある、鉄にとらはれてゐる酸素が放射能を出すときに、甲状腺ホルモン窒素を、指向的に射ち、そこに超短波をおこし、その超短波の指向性によって脳髄の中央にある「サルマス」を組織する、核なき細胞状に印刻せられたる腺や筋にぶつかり、デフォレストの発見した「トーキー」の原理によって記憶が再現するものと、彼は脳髄作用を説明した。

かくの如き電気生理学が発達するやうになってからは、古い時代の偶然論や機械論を中心とする唯物論的生理学は、脱却されねばならなくなった。合目的性の撰択力が、一つの生理細胞、一つの神経細胞を動かし、そこに神秘的なる人格をすら、組織し得る可能性が、宇宙にあることをかんがへると、合目的性を研究すればする程、神秘の世界がそこにかくれてゐることを教へられる。

△ 宇宙が人間の精神(神秘的な人格)までも組織するに至ったということ、そして宇宙それ自体の法則を解明し得るようになったということは、人間の深刻な罪状を勘案しても、確かに不思議と言えば不思議であって、賀川ならずとも「神秘の世界」を感じるでしょう。そして賀川はそこに「神の意匠」(合目的性)を見ています。

第八節 再生の生理の奇蹟

――機械の持たぬ三重調和――

「有機体の哲学」を書いたベルリン大学教授フォン・ドルユーシュ博士は、有機体と普通の機械の差を次の如く考へた。

(一)部分が破損した場合、他の部分がこれを修繕する事が出来、機械の場合においては、同じ機械の他の部分が、破損した部分の代行は出来ない。必ず、外部より補欠をもって来なければならない。

(二)有機体は、全体としてプランがあらかじめ定ってをり、そのプラン通りに、他の部分(例えば、血液の如き)が破損場所を修繕に行くと、完全に古い型を元に返すことが出来る。

それが、他からの働きかけがなくても有機体自体の内部的機構によって運営出来る。そんな事は物理的機械においては絶対に出来ない。

(三)有機体の血液の如きは、一部分が、全体に対する意匠を殆んど全部しまひ込んでいる。それで、血液は、眼も修繕すれば、耳、鼻、口、その他身体の殆んど凡ゆる所を完全に修繕して余すところがない。こんな事は、絶対に物理的機械においては出来ないことである。

即ち、物理的機械と生命のある有機体の差は全体と部分の関係における二重の結び方にある。

一、生命のある有機体においては、全体が完全に部分の中に目的をもち、その一部分が破損した場合旧に復する力をもってゐること。

二、有機体においては、局部が全体を、その中に秘め、一局部が全体を補修する力をもってゐること。

三、有機体の局部は、他の局部にたいして、全体の要求により何日(ママ、▽)でも補欠し得る可能性のあること。

△ 何日は「何回」の誤植であると思われます。

以上の如き有機体の示す三重の合目的性から出発して、ドルユーシュ博士は彼の有名なエンテレーキ説(内包目的論)を説いた。

二十世紀の初頭において、ドルユーシュ博士が主張した内包目的論は、フランスの生理学の泰斗アレキシス・カレル及びその高弟、ルコント・ドュ・ヌイ博士らによって承認され、生理学界に非常なセンセイションを巻き起した。

△ 賀川の「社会連帯意識性」の主張の根拠は、この有機体説(内包目的論)にあるようです。それは、パウロの「一つのからだ、多くの肢体(部分)」の主張に通じています(Tコリ12:12−31)。賀川は自説の根拠を自然の摂理(合目的性)の上に置いています。ここに、良かれ悪しかれ、賀川の思想の特質があります。

英国においても、進化論の創始者の一人であるワレス、動物生理学の権威ハルデン卿によって、合目的性の生理学が記述された。

そして、同じ傾向が英国の遺伝学の泰斗TH・モルガン博士によって、かの名著「再生」の中に記載されてゐる。

ドイツの大哲カントも、有機体の合目的性を、百五十年前に主張している。

また二千三百年前、ギリシヤの哲人アリストテレスも、有機体における合目的性を既に我々に教へてゐる(アリストテレス形而上学参照)。

然し、細胞学の証明する様な根本的研究は、アリストテレスの時代においても、又はカント時代においても、未だ充分完成してゐなかった。

然し、TH・モルガンにおいて、細胞学の研究は殆んど或程度の完成に達したと言ひ得る。

そして、モルガン博士の発見した再生の原理は、ドルユーシュ博士の主張する三重の合目的性を驚くべき程度にまで、掘り下げて行ったと言ひ得る。従って、細胞のもつ再生の原理を掘り下げて行けば、唯物論的盲目論は全然成立しない。

したがって、機械的盲目論も成立しない。それと反対に、有機体がもつ連帯責任性を通して三重の合目的性を発見する。

(一)超越的に外部より目的のあたへられた機械と見ゆる機構的合目的性。

(二)おどろくべき変化性をつらぬく内在的、撰択的、目的性=局部の全体にたいする再現性のごとき=時によると癌種のごとき「成長目的」をもってゐるものが、他との連絡を失ふために、その撰択的目的性を病的に発達さす場合もふくめて「偶然」をすら発生さすかのごとく見ゆるひろき間口をもつ合目的性すらが、伏在することをわれわれは発見する。

(三)更に、全体を代表して表現的に健全なる局部が、他の病的局部を再生する美しい犠牲的血球の死の如き形をもって、他の部分を救ふ驚くべき合目的性が有機体の中に秘められてゐることに、われわれは感激するものである。

キリストが血を指して、かの贖罪の愛を説いたこの秘密は、今日まで生命の奥義として、われわれに啓示せられたる絶対者の本質である。

△ 「超越的に外部より目的のあたへられた機械と見ゆる」と言っているところに賀川の神が顔を出しています。また「キリストが血を指して、かの贖罪の愛を説いたこの秘密」と言われているのは、聖餐の設定辞として知られるイエスの言葉(即ち「これは、多くの人のために流すわたしの契約の血である」マコ14:24)のことでしょう。この秘義を、犠牲的血球の死のうちに見るところに、自然の摂理との類比によって福音を理解しようとする、まさに賀川的な姿勢を見て取ることができます。

第九節 唯物論と生存競争

ダアウヰンとマルクス 十九世紀の中葉、世界で最初に進化論をいひだしたチャルス・ダアウヰンは、唯物論を基礎にして、かれの生存競争論をとり上げ、それによって進化を説明せんとした。それで、唯物共産主義を主張したカール・マルクスは、ダアウヰンの影響を多分に受けてゐる。二人とも進化を信じ、闘争をその道具と考へてゐる。そして二人とも唯物論を信じてゐる。しかし、ダアウヰンは生存競争のほかに「性」の要素が、非常に重要な進化の要素であることを、後になって発見した。実際において、物質をいくら偶然的に組合せても、決して進化の現象はおこらない。物質の背後に横はる生・力・成・化・撰・法・的の七要素がなくして、ぜったいに進化の形相は現はれない。盲目的機械的発展は退化にみちびく場合が多い。卵が雛になるのは、正系及び異系発生による。決して偶然ではない。

△ 先に正系発生とは系統発生のことであろうと書きました。ここに異系発生という言葉が出てきます。ちなみに広辞苑の「異系交配」のところには、「同一種類ではあるが、系統を異にする品種・変種などを交配すること。例えば、日本犬に外来品種を交配する類」と書かれています。また賀川の「七要素」はもともと彼の自然の研究から獲得された概念枠で、ここでは進化の現象にそれを適用しています。

空間的にのみ考へるなら、目的性と云ふものは発見出来ない。しかし、時間を計算に入れると、卵が雛になるやうな、進化の動きが地球の歴史に見受けられるのは、卵の場合におけると同様に、決して盲目的偶然、また盲目的機械だけで凡てが進化したとは考へられない。凡てが偶然ならば、どうして法則が生れたか。凡てが機械ならば、何故撰択性が生れたか。

△ 地球上に生命が発生し、進化を遂げてきたということを、単なる偶然と考えるには、この世界はあまりにもうまく出来すぎています。それだけは確かなことです。しかしそこから賀川のように「超越的に外から目的を与えられている」と考えるかどうかは、信仰に属する問題であって、もとより科学的判断を越える事柄です。

偶然と見える変化のうちに撰択があり、撰択を通して成長が約束せられ、その成長が何万回か繰返されてるうちに、或一定の時、突然変化をおこして、より高等な動物に進化することが起る。これを突然変化と云ってゐる。その機会は地球の歴史において、たった一回しか起ってゐない。即ち猿が人間に進化した機会は、たった一回しかない。それを再び繰返すことは出来ない。これを偶然と云ふことは出来ない。偶然ならば、それを繰返すことも可能である。然し幾十億年に、たった一回しかないと云ふことは、進化と云ふよりも創造と云ふ言葉を使う方が適当だと思はれる。確かに進化であるとしても、それは創造的進化である。

△ 「突然変異」は一回的な現象であり、しかもそこから不可逆的に進化が推進されます。それは「創造的進化」と呼ばれるにふさわしいと言われています。ベルクソンを参照しているのか否か不明ですが、同じ着想がそこにあります。

高等動物になるほど、機械的組立てが複雑になる。つまり、撰択性の組立が合目的性をもって、益々複雑化して行く。かうした機械的約束を、唯物論的にみてゐるものが多い。その撰択性の組立てを分析しなければ、偶然的に物質が集り寄って出来たかのごとく考へられる。然し前にも述べた如くエネルギーの持つ方向性、撰択的、指向性、先験的確率性、宇宙を貫く変化と成長に現はれる同一性と恒常性の普遍的絶対的なる約束をみる時に、我々は生存競争の裏にも、統計的約束のあることを発見するものである。

△ 「複雑化」はテイヤール・ド・シャルダンが強調した概念のひとつです。この日本に賀川のようなキリスト教思想家が、独自の思索を通して生れてきたということは、やはり注目に値するでしょう。時代がそのような思想家を生み出したということに違いはありませんが、賀川は自分の頭でそれを考えています。

統計学的に見たる生存競争 統計学的にみれば生存競争は絶滅競争ではない。百数十万種類の生物は、いくら生存競争があっても、決して絶滅競争をしてゐるのではない。ちゃんと種だけは残ってゐる。生活の空間格子とも云ふべきものがあって、或種類の種だけは残って行く。内部的には、胎盤の進化や性細胞の保護組織により、外部的には「性愛」「友愛」「社会愛」等の進化により、更にまた本能的に生存競争の調節支配が行はれ、生存競争が最小限度にまで抑圧される組織になってゐる。かく考へると、物質と見えるものは、目的をもって組立てられた力の塊りであると考へてよい。それは盲目的でもなければ、偶然の所産でもない。それは設計にかなった寸法と、機能とを持ってゐる。物質は宇宙の全部ではない。力の他に六要素がなければ、進化は起らない。唯物論だけで生物進化の説明は出来ない。ワレスが云ふごとく、唯心論的進化論を考へなければ、生存競争の秘密は解けない。

△ 「唯心論的進化論」という表現が適切であるか否かは疑問です。しかし生物は生態系の中に置かれていて、生存競争は決して絶滅競争ではないということは確かに言えることです。生態系に見られるその調和を「設計にかなった寸法と、機能」という言い方で表現することに、私としては違和感を覚えます。賀川は単刀直入に神の意匠を示唆しますが、人類絶滅戦争を起しかねない人間の所業を前にして、端的に「性愛」「友愛」「社会愛」の進化を説く賀川の主張は、少し楽観的過ぎるのではないかとも思われます。しかしそこに賀川の「宇宙愛」のヴィジョンがあるのでしょう。


第二章 唯物弁証法批判

第一節 唯物弁証法の非科学性

迷信としての唯物論 終戦後、日本における青年の間に再び唯物論が盛んになり、唯物弁証法及び唯物史観が一つの宗教的信仰となってしまった。唯物論の誤謬は、物と云ふ客観的な存在を絶対的なものとするところにある。

然るに日本の青年達のうちには、人間の感覚にふれるものでなければ存在と考へることが出来ないと云ふ一つの迷信がある。過去と云ふものも未来と云ふものも感覚的には存在するものではない。然し「現在」は、なくなってしまった過去の可能性が生んでくれたものである。

この点から云へば現在も一つの現象であって、或る事件にしかすぎない。決して永続性のあるものではない。

であるから、物質と云ふものは絶対的な存在ではなく、むしろ存在するものは力であり、変化であり、成長であり、撰択であり、法則であり、目的であり、生命である。だが、この一つ一つを取り出しても、それは決して物質的なものではない。即ち物質と云ふものは心の世界に現はれて来るある現象であり、事件である。これ等の事件や現象を永久的な存在と考へたのが、マルクス時代の誤謬であった。

△ 加藤周一が指摘しているように日本人には「現在」しかなくて、刹那的に生きる傾向があります。しかしそれは「唯物弁証法」の問題ではありません。感性を重視する唯物論とそれとは直接にはつながらず、むしろ日本的唯物論と言うべきものです。今日の青年の問題は、唯物論を含めて、何か特定の信条を「信じる」傾向が薄れているように見えるということでしょう。賀川は存在するものは「七つの要素」であって、物質ではないという注目すべき主張を行なっています。また、物質とは「心の世界に現はれて来るある現象であり、事件である」という著しい発言をしています。それが「唯心的」と言われることの意味なのでしょう。

唯物弁証法の欠点 だが、マルクスはヘーゲル哲学を唯物弁証法として取扱ったところに更に大きな誤謬があった。ヘーゲルは、絶対唯心論を主張するために無理な注文をした。即ち現象即本体の汎神論的錯覚におち入ってしまった。

ヘーゲルは、かうして部分と全体とを混同し、有限のうちに無限を、相対のうちに絶対を弁証法的に発見すると主張した。

しかし、現象即実体、有限即無限、相対即絶対と主張することは、部分即全体といふにひとしい。ヘーゲル哲学にもマルクス主義にもこの無理がある。

△ ヘーゲルの哲学をこのように「総括」することが適切であるかどうかは、問題となるところでしょう。ヘーゲルの絶対精神の主張を絶対唯心論であり、汎神論的錯覚であるとすることにも、疑義が生じるでしょう。しかし賀川はヘーゲルの「包括的」弁証法的思惟に疑問を投げかけていると見ることもできます。カントのような現象と物自体との区別を廃棄することから、包括的理念の自己展開が可能になったからです。そして、その思想を批判的に克服したとされるマルクス主義にも、同様の問題があるとしています。

なるほど、法理学的に考へると、有機体のうちに現はれた現象は、絶対的理念の現はれであると考へることも出来よう。然し、その為に有限が即無限であると云ふやうな極端な汎神論を主張すれば、罪悪もなければ、良心の必要もなくなってしまふ。ヘーゲルの誤謬は全く無限と有限、絶対と相対の撰択性を無視したところにある。

△ 平たく言えば、神と人との区別ということが、賀川にとっては、重大な意味を持っていました。それを敢て撰択性と表現するのは、主体の態度決定に関わっているからなのだと思われます。その区別がなければ、罪悪も良心もその鮮明さを失います。

ヘーゲルの誤謬をマルクスがまた繰返した。ヘーゲルはその時代の法律に絶対的なる宇宙精神の体現を見ると主張したが、この具体的なる体現を唯物的なものとしたところに、マルクスの唯物弁証法があった。

すなはち、マルクスにおいては個体が集って作る社会は客観的具体的、すなはち唯物的社会であるとなし、この唯物的環境は個人の性格を決定すると考へた。こゝにマルクスの無理がある。第一、社会環境がかならず唯物的だと考へるところに誤謬がある。智的環境も人格的環境も唯物的とは考へられない。

△ 有機体にとって環境は決定的に重要な意味を持ちます。しかし人間にとっての環境は単に物的であるとは言えません。水、空気、住居、衣服、食物だけが人間を生かしているのではありません。知的精神的環境も非常に重要です。しかしマルクスは「人はパンのみによって生きるにあらず」(マタイ4:4)ということを否定したのでしょうか。貧民窟に住むことを通して、賀川もまた物的環境の重要性に気づいたはずです。しかし、ここでの賀川は、人間の精神性を強調するあまり、もう一方の真理を見過ごしています。すなわち社会的環境が個人の性格を決定するという側面があるのを否定しています。

人間と云ふものは空間的幅をもってゐると同時に、時間的には智的流転性を持ってゐる。

その人格的流転性は傾向性をもち、撰択性を持ち、生長性、生命性を持ち、目的性を持ってゐる。これらの五種の世界は物的な約束ではしばることは出来ない。それを無理に物的なる約束をもってしばるとするならば、法則や、撰択性や、目的性、生命性を唯物的なものと考へねばならない。

△ 生命には生命の法則があって、それを物理的現象としてのみ扱うことはできないことは確かです。特に人間は知性を与えられているために、歴史的時間の中に住んでいます。人間は精神的にも成長すべき存在です。人間の精神をすべて物的環境によって決定論的に説明することはできないでしょう。

時間上に延び上る幅の無い世界を物的と云ふことは出来ない。近代文明は教育を中心とする意識的開発の世界と云ふべきであるが、十数年間費して大学教育を与へる場合に、その間に費した莫大な経済力と云ふものは、唯物経済学と云ふことが出来るであらうか。注意の強化、記憶力、判断力、注意力、推理力等を呼び醒すために、各種の精力が使はれるが、物質を表徴として道具に使ふが、決してそれを根本とはしない。唯物弁証法はこの物的表徴を絶対的と見るところに誤謬がある。

△ 物的表徴を過大視する傾向はアメリカ的資本主義の特徴であって、それを唯物弁証法と同一視するところに、賀川のマルクス主義に対する「偏見」があります。

我々は、原子物理学者ボアがいう如く、生命の法則を物理化学の法則のみによって説明せんとする、マルクスの過失を避けねばならない。宇宙の根本実在は矢張り物的でなく、現象の奥に横はる「理念」的なものであり、意識的な実在である。我々はあくまで唯物論と唯物弁証法の非科学性を指摘したい。

△ 唯物論的であれば科学的であり、観念論的であれば非科学的であるというのは、一種の固定観念であると言うことはできます。しかしその逆も真であると言えます。要するに科学的であるということは、イデオロギーの問題ではありません。

第二節 資本主義の偶像崇拝

――マルクス唯物弁証法の精神分析――

マルクス資本論の第一巻に黄金崇拝が偶像主義であると云ふ事を書いてゐる。この偶像主義といふ事が、唯物弁証法をマルクスに説かしめる最大の理由になったと私は考へる。従ってマルクスの唯物弁証法は簡単な唯物論とは違ふ。それは屈折をもってゐる。真理が、ある具体的なる空間のわくにあてはめられてゐる事を彼は信ぜんとするものである。だから彼は真理そのものを否定するわけではない。しかし経済行為において偶像崇拝が空間に表現をもつ偶像に帰依する如く、近代資本主義が黄金崇拝といふ偶像主義になってゐる事を彼は指摘している。

△ マルクスの唯物論は資本主義的唯物論を批判するための唯物論であるという二重性を持つことを、賀川は正しく見ています。その限りで「屈折した」唯物論であると言われています。金銭を盲目的に崇拝するという意味でのフェティシズム(偶像崇拝)を克服するには、先ずそのカラクリを批判的に分析する必要があります。資本論はその目的のために書かれたと言えます。賀川は「真理が、ある具体的なる空間のわくにあてはめられてゐる事を彼は信ぜんとするものである」と言いますが、それ以外に、普遍的な真理なるものが一体どこにあるでしょうか。賀川が信じている「神」以外にはないでしょう。

経済病理学としての唯物弁証法 この病理学的精神分析はマルクス資本論において正しい見解であらうと私は考へる。キリストも「汝の宝のある所に心もある」と云ってゐる。さらばといって、この病理学的傾向をそのまゝ世界の労働階級が継承する事は間違ってゐる。この資本主義的唯物主義は根本的誤謬なるが故に、我々は断然これを排撃し、生命の胎動に経済の本筋を奪還すべきはずである。

△ 資本主義的唯物主義を唯物論的に克服するという戦略に対して、賀川は、終始疑問を投げかけます。そのとき唯物論の道徳的質が問われていると言えます。社会主義的道徳というものを考えるとすれば、それはいかなるものであるべきでしょうか。

「汝の宝のある所に汝の心もあり」と云ったキリストは、他の場合に「人はパンのみにて生くるものにあらず」といひ「人もし全世界を得るとも、その生命を失はば何の益あらんや」とも云ってゐる。

経済の論理はマルクスが云ふ様な唯物論的に説明さるべきものではない。労働といふものは生命の躍動そのものであって、本質的に唯物的のものとは違ふ。唯物的資本主義が唯物弁証法によって説明出来るからと云って、その渦中に労働運動を投げ込む事は間違ってゐる。

△ 賀川は労働運動に関わった経験を持ちます。しかし彼が説くところはアナーキストやマルクス主義者によって直ぐに排斥されます。資本と労働との対決という文脈からすれば、彼の主張は絵空事に響いたことでしょう。

生命活動としての経済運動はマルクスの云う様に、自然法によって経済行為を測定すべきものではない。マルクスが経済学を自然科学的に取扱はんとする所に、彼の根本的誤謬がある。私はさきに「主観経済の原理」を著して、経済学が人間行為の学問であって、マルクスの考へるごとき、物質を取扱ふ自然科学の如く取扱ふべきものではない事を主張した。

△ 自然法とは自然法則のことです。しかしマルクスの資本論は当時のイギリス経済学の成果に基づく「経済学批判」であって、経済現象を自然科学的に分析したものではありません。賀川のここでのマルクス批判は短絡していると言わざるを得ません。

労働運動を唯物弁証法より解放せよ 労働は物質ではない。それは生命の活動そのものである。生命を物質であるといふならば、それ切りであるが、これにはすべての新時代の物理学者が反対するであらう。そしてマルクス自身も唯物弁証法といふものを、かくの如き意味においては信じないであらう。やはり偶像と知りつゝ、虚偽の世界に溺れてゐる意味における唯物弁証法を、我々に説いてゐるものと考へてよい。

△ ここでは、賀川はマルクスを正しく捉えています。ただし「虚偽の世界に溺れてゐる意味における(唯物主義を批判する)唯物弁証法」と補う必要があります。

生命は物質を利用する。それで物質が生命そのものになるのだと考へる人も多い。マルクスは、かうした意味における弁証法論者であると考へてよい。

△ 生命と物資との間には質的相違があるということを認めないマルクス主義者がいるとは思えません。また彼らが労働は人間という物質の、他の物質に対する働きかけであると考えているとも思えません。そして賀川といえども、物質以前に生命があったと主張するわけではないでしょう。するとどこに両者の違いがあるのでしょうか。

だが、既に唯物論批判の時において説明した如く、物質と生命とは本質的に相違してゐる。指を五本寄せたから手になるのではない。五本の指の間の連絡と統一が手になるのである。鉄がすぐ自動車になるのではない。鉄に智慧が加って自動車になるのである。統一と連絡の智慧が手をつくるのであって、物質を材料として知慧が生命を生んでゐるのである。この宇宙を貫く智慧を抜かしてしまふならば、ストーブと印刷機とは同じ鉄の重さで売り払はれるに等しい。唯物弁証法の論理的錯覚はかゝる偶像主義的資本主義の誤謬を、労働の世界にまで延長せんとした所にある。我々はこの唯物論の偶像主義より労働運動を解放せねばならない。

△ 資本主義的生産力の発展は必然的に社会主義的な生産関係への移行を生み出すというマルクス主義的歴史観は、同時に、それはプロレタリアの革命的実践によって可能になると主張されてきました。この理論と実践が「唯物論の偶像主義」であると言われています。マルクス主義者に言わせれば、賀川は実に反動的な思想の持主であるということになるでしょう。この理論と実践との「動的‐客観的連結(dynamo-objective coupling)」に問題の核心があります(「個人的知識 その4」参照)。しかし同時にそれは、賀川のように「宇宙を貫く智慧」を普遍主義的に主張することが、具体的な文脈でどのように機能するかを問うことでもあります。まさに理想主義の政治的意味が問われることになります。

第三節 唯物弁証法は病理学だ

――病理学は治療ではない――

空間軸より時間軸への転換 機械文明の発展と共に、多数の労働階級が機械に隷属する状態に置かれてゐる事は事実である。また彼の受け取る賃金が紙幣といふ物的表象をとってゐることも事実である。否、人間そのものゝ生活が物的条件の下に囲まれてゐる事も事実である。客観性と現実性だけをのみ取り上げ、時間的心理発展の過程を抜かしてしまふならば、確かに唯物弁証法は一切の真理であると考へられるであらう。

しかし、アインシュタインがユークリッド幾何学を新幾何学によって置きかへ、空間の軸を時間の軸の上に押し流して見る事によって、物的表現をとるものが相対的な存在であって、ある特殊な撰択性の加へられたものである事に気がついた如く、マルクスの唯物弁証法も資本主義的偶像崇拝を弁証してゐるにしか過ぎないと私は思ふ。

△ 仮に物象は仮象であるとすれば(色即是空!)、社会的客観的現実に立ち向かう我々の姿勢そのものが問われることになるでしょう。宗教や自然科学など、人間の精神的活動と社会運動との接点に関わることとして、賀川は、アインシュタインが物質そのものを空間軸から時間軸への転換において見たように、時間的心理発展の過程を看過してはならないと主張します。すなわち、物的条件の変革と「意識化」とは切り離すことができないものであると述べていることになります。

価値論理と過程論理の混同 労力の世界は力の世界であって物の世界ではない。殊に労力には生命、変化、成長、撰択、秩序、目的の六要素が加ってゐる。これ等の六要素は唯物的に説明する事が出来ない。それで私はマルクスが、労働問題に唯物弁証法をてき用せんとする事の誤謬を思ふ。

△ 資本は労働力(労力)を搾取するという現実があります。その現実の変革が問われています。そのとき「七つの要素」を提示することにどんな意味があるでしょうか。賀川は労働力などの「七つの要素」が唯物的ではないと主張することによって、何を言いたいのでしょうか。まさにそのことが逆に問われることになるでしょう。

弁証法はヘーゲルの唯心的弁証法にしても、或は印度哲学に於ける龍樹(ナガル・アルジュナ、ママ)の弁証法にしても、或ひはマルクスの弁証法にしても各々特徴はあるけれども、真理一般を説明するには無理がある。マルクス弁証法は、彼が大学時代非常に感化を受けたヘーゲル弁証法から来てゐる。ヘーゲルは印度哲学の弁証法からヒントを得たのであらうが、彼の生成の論理には非常な無理がある。それは価値の論理としては一つの方法である事は確かである。即ち数学に於いて、−(マイナス)の−(マイナス)は+(プラス)であるといふ論理学を計算において用ひてゐるが、価値の判断において確かに−の−は+になってゐる。すべてを疑って疑ひつくすならば、自己判断の正確さをすら疑はねばならぬ。その結果はその疑う事すら疑はしい事になる。宇宙万物はすべて迷ひであると決定した場合、宇宙に入ってゐる自己の判断そのものも迷ひであるとしなければならない。すると自己が宇宙を迷ひであると判断した事も迷ひである。

△ すべてが疑わしいのであれば、その疑わしいとする判断も疑わしいことになります。だから疑わしさの疑わしさ(−の−)が「確かさ(+)」として与えられなければ、判断は成り立たないことになります。「疑うこと」はアウグスティヌスやデカルトが問題にしたことですが、それは「ウソつきのクレタ島人」として知られる、論理的パラドックスの問題でもあります。賀川は弁証法の根幹に、上ような否定と肯定の掛け算を見ています。

結局何ものも解決してゐない。かゝる弁証法の研究は、印度における小乗仏教を大乗仏教に引き直す力をもってゐた。そしてこの正、反、合の弁証法をヘーゲルは客観、主観、絶対の唯心的弁証法として取り上げた。

マルクスは、ヘーゲルの客観より主観へ、主観より絶対への流転的生成の哲学を、更に絶対より、も一度客観への流転を継続せしめ、客観的物質の世界に絶対的真理が全部埋没してゐるものとして取り上げた。

△ 真理と虚偽の価値判断と主観・客観・絶対の過程論理は区別されるべきものでしょう。賀川は両者の「混同」こそ弁証法の問題点であるとしています。

道徳性を無視する宿命的弁証法 この客観的唯物弁証法は、資本主義の経済心理を説明するに非常に役立った。しかし私はこの種の弁証法そのものが社会心理を説明する力とはならないと考へるものである。私からいはせるならば、ヘーゲル弁証法ほど危険な偶像主義的傾向を生むものはないと思ふ。

△ 神を神として認めず、神を「絶対精神」として、論理的展開のうちに還元してしまうところに、賀川は「偶像主義的傾向を生む」危険を見ているのでしょう。

私にとってはヘーゲル弁証法は生命の世界を全く無視し、人間の心理的撰択性を抜き去って、人間がもつ合目的性への努力を一片の論理で片づけんとする最も危険な詭弁であるとさへ考へられる。太平洋戦争中、日本の法理学者がヘーゲル弁証法に従って筧神道を教へたのは、ヘーゲル哲学の罪だと私は思ってゐる。そして、戦後また同じ誤謬を唯物弁証法において繰返へす誤りを戒めたいと思ふ。

△ 筧神道と唯物弁証法を同列に論じることにはかなりの飛躍があるのではないかと思います。しかし人を論理的必然性という名の「宿命的弁証法」に縛り上げてしまうところに、弁証法の魅力と危険とがあるとは言えるでしょう。そしてその展開には人間の一切の努力を捨象してしまうという論理主義的な罠があります。

第四節 交換世界の弁証法

――マルクスは半分の真理――

唯物弁証法の裏側 唯物弁証法を説くものは云ふであろう。我々は唯物的環境に縛られ、機械に縛られ、資本に縛られ、賃金に縛られてゐる。故に我々は唯物弁証法をとるのである。即ち唯物弁証法論者は経済の進化は全部唯物弁証法によって説明出来ると考へてゐる。私はそれが根本的誤謬である事を考へるものである。

経済は物質の発展ではない。生命に必要なる物は、物質といふエネルギーの変化したものだけではない。生命の経済は労力経済、技術経済、感覚経済、智能経済、芸術経済、人格経済、意識経済、「趣味」経済として心理的に、道徳的に、社会的に発展し、約束経済、信用経済として各種政策経済と発展する。唯物弁証法を説いたカール・マルクスが政策経済に乗り出す時には、階級意識を説き、団結の必要を説いた。「意識」と云ひ、「団結」といふものが物質と同一質のものであるならば話は簡単である。併しいくら巧妙な唯物弁証法をもってしても、「意識」と「団結」を唯物弁証法で説明する事は出来ない。

△ 人間は生物の一種であり、進化した動物です。人間には、他の動物同様に「団結」の行動があり、また競争があります。他の動物種と著しく異なるところは、「意識」の働きがあり、言語を使う知能が与えられていることです。しかし同一種同士で殺し合いを行なうことは、人間の最も悪質な性向です。経済がどのように発展し、社会現象に多様性が生れてきても、人間の基本的性向が根本的に変化したわけではありません。戦争や闘争や殺人事件などが起り、毎日、それらが新聞紙面に掲載されます。この現実を少しでも良い方向に変えようとするとき、そこには唯物論者のアプローチがあり、人格主義者のアプローチがあり、そしてその他のアプローチがあります。賀川は宗教者としてマルクスとは別の道を探ろうとしています。「意識」と「団結」に普遍的な意義を見出すことによって、人間の進化がさらに推進されることに期待をかけていると言えるでしょう。

交換面への唯物的投影 経済といふものは物質のための物質の活動ではないのである。それはあくまでも生命と労働と人格のために作用せらるゝ価値運動であって、如何なる時代においても、またどんな生理的な単純な社会においても、人間心理を抜かして経済行為は絶対にあり得ない。

△ 賀川がマルクスの「唯物弁証法」をどこまで正確に把握していたのかが問われます。マルクスは決して「人間心理を抜かして」経済行為を考えていたわけではないからです。またマルクスも経済は生命活動の一つであると考えていたに違いありません。しかしその観点を掘り下げて見ると、そこから新しい発想が生れてくるかも知れません。

勿論交換価値の世界においては交換と称する一平面の上に労力も、生長力も、能率も社会法制も、文化目的も全部投影せられて、いくら働けばいくらの金が儲かる。この種を植えると、これだけ利益がある。この発明をするとこれだけの特許権が貰える。この法律を通過さすと、すぐ利権が発生する。この文化目的が当れば……フイルム会社がうんと儲かる等々、全部を唯物的交換価値に換算する。マルクス唯物弁証法はかゝる交換価値への平面にすべての心理作用及び人間の努力を、そして生命そのものを投影せしめた所に病理学的真理が発生する。だが唯物弁証法的病理学は一種の皮膚病理である。それは凡てを一平面に換算する所に起って来る。

△ 賀川の言う「マルクスの病理学」とは、疎外論とか物象化論と言われる議論の平面で資本主義社会のカラクリを暴き出そうとした、マルクスの論法に関わっているようです。社会の病状は「皮膚病理」として外側に現われ出ています。貨幣という交換価値の尺度にすべてを還元してしまうところに、資本主義社会の病理があります。資本主義社会とは、まるで、触るものは何でも金になればよいという願いがかなって、かえって困ってしまう王様のようなものです。それではその根本的治療はいかにして可能となるのでしょうか。賀川はマルクス病理学の真理性を認めつつ、その治療法に疑義を呈します。

唯物世界への反抗 すべての労働問題及び社会問題は、この皮膚疾病の病理学を根本的に治癒せんとする所にある。即ち、偶像崇拝的になってゐる唯物主義から解放せられて、生命と労働と人格を完全に無産階級に奪還せんとする所に、真の社会主義運動が目醒めてゐるのである。それは唯物主義に反抗し、人格の尊敬を説き、生命の尊ぶべきことを教へる所に始まる。

△ 社会主義運動が目覚めるところでは、「唯物主義に反抗し、人格の尊敬を説き、生命の尊ぶべきことを教へる」ことが始まると言われています。それについてはマルクス主義も変らないはずです。しかしマルクス主義は「唯物論」の立場に立ちます。

唯物弁証法は自然科学的決定論から出発する為に、偶発的盲目的暴力による独裁主義的陰謀による他社会改造の工夫はないと考へる。併しこれは大きい矛盾であって、人間が自然科学的存在物ならば、永遠に合目的性の撰択性によって獲り得る自由の世界へは入れないはずである。

△ 歴史の法則というものがあるとすれば、それは人間や人間の社会についての科学的で実証的な研究を踏まえて考察されるべきものでしょう。しかしそこに「自然科学的決定論」を持ち込むことができるかどうかということは、難しい問題です。人間の社会には抑圧、搾取、貧困がつきまとっています。それ自体暴力的な機構が社会を動かしています。その暴力的現実に対して、民衆の側の対抗暴力が「革命」として対置されます。暴動は偶発的に起るものですが、同時にそれを引起す必然性があります。賀川の眼には革命勢力の民主集中制の主張が「独裁主義的陰謀」と映っています。しかしそれは権力者の側の独裁主義的陰謀の対立物であるということを見逃しています。革命は目的論的に設定されているのであって、社会的現実の変革を志向しています。しかし20世紀の社会主義的実験が壮大な失敗に終った現在、実現可能な「社会主義」とは何であるかがもう一度問われています。それは当然、人間とはいかなる存在であるかという問いを含んでいます。

マルクスの矛盾 自由世界の創造は撰択と目的との内部的発生に俟つ他に方法はないといふのが事実である。人間に心理性がなければ、いくら外部的に工作しても社会進化の一切の努力は無効である。

△ 人間に内発的欲求がなければ、外側の条件をいくら整えても、それだけで社会の進歩は達成されないということは本当のことです。しかしそれは外部的条件の整備は一切無効であるということを意味するものではありません。科学的研究の進歩と研究のための体制づくりとは車の両輪であって、科学者の内発的努力だけに頼っていては科学の進歩は望めないでしょう。賀川は一方を強調し過ぎているように見えます。

従って社会意識の目醒めなくして、単なる唯物弁証法的努力は何の解決をも与へるものではない。交換経済による説明を資本主義経済に適用する点マルクスは正しい。その病理学に依て主体的に発展せんとする労働、人格、社会愛の意識的発展を階級意識だけにもって行かんとする心細い態度では、到底全人類を解放することは出来ない。マルクスは経済における生命性と心理性と人格的意識性を無視する結果、かゝる矛盾に陥ってしまった。

△ 資本主義が全世界を覆う社会的現実である限り、プロレタリアの階級意識性は普遍性を持つと言えます。しかし「階級意識」なるものを杓子定規に規定することは出来ないでしょう。資本と労働の対決という文脈が世界のすべての問題の根底にあるとする主張には、ある程度の留保がつけられなくてはならないでしょう。仮に人間の意識をブルジョア意識とプチブル意識とプロレタリア意識に分類し、すべての人間がプロレタリア意識に服することが求められると主張されるならば、どれだけの人間が喜んでその規定に従うでしょうか。プロレタリア意識が未来の人間の普遍的意識を先取りしているとする主張には、無理があったと言うべきでしょう。プロレタリア意識の唯物論的主張には、どこかカルヴィン主義の裏返しのような、宗教的な響きがあります。

第五節 生命は唯物弁証法では解けない

何故ヘーゲル弁証法並びにマルクス弁証法を全面的に応用した場合無理であるか。私は論理的弁証法が、数学的方程式の様な形で価値論理における行為の形式を無理に説明してゆく事に対して何の反対をするものでもない。しかし唯物弁証法及び唯心的弁証法を、生成の哲学として生命の原理にあてはめんとする、その非論理性に対して反対するものである。

△ 行為の形式として、テーゼがあり、アンチテーゼがあり、そしてジンテーゼがあるという発展のプロセスがあることを認めるとしても、それを生命の原理にあてはめることは非論理的であると言われています。

第一、弁証法は生命の原理を説明しない。ヘーゲルもマルクスも変化が宇宙の実体である事を考へる。私は変化が宇宙にある事は信ずる。しかしそれは相対の世界においてであって、絶対の世界において、法則及び目的の世界においては変化は根本的な本質でないと考へる。否私は生成の他に撰択性もあれば、生長もあり、秩序もあれば、合目的性もあり、物的力で説明出来ない生命の世界が厳存し、その生命の世界の内側に撰択性と目的性をもって発展する弁証法によって、絶対に説明できない精神の世界のある事を信ずるものである。

△ 生命は物質ではなく、そこには「合目的性、生命・変化・力、成長・選択・法則」という要素があるという持論が述べられ、その世界を弁証法で理解することは不可能であると言われます。そして賀川は宇宙に生命を発生させる絶対者の「精神」を説いています。それは宇宙のベクトルのようなもので、この世界をある方向に向かわせているものがあるという、賀川の「感覚」に根ざしているのでしょう。

生活過程に横はる七要素 仮りに絶対や、主観的なる心理作用を、客観の世界に移入するとしても、さきに私が述べた生、力、化、成、撰、法、的の七種の約束なくして絶対に生成の過程は取り得ない。仮りに主観的なる心理作用が客観の機械として組立てられるにしても、(一)そこには客観への目的の設定があり、(二)それに向っての撰択の作用が行はれ、(三)力を発揮して、労働にいそしみ、或ひは機械を用い、動力を借りて、(四)環境の変化を顧慮に入れつゝ各種の材料を蒐集し、(五)その材料を順序よく組立てゝ行かねばならない、(六)それには自然科学的法則は勿論の事、心理的、社会的法則を守って行動せなばならぬ、(七)従ってその基底となるべき生命性を無視しては、機械といふ物体を製造する事は不可能である。

△ 五は、この場合、成長を意味しています。七においては、機械を用いる人間の生活が示唆されています。芸術家が作品をつくる場合、芸術家の自己は作品に外化されますが、同時にそれは作品によって自己がつくられることである、という「弁証法」には一理あります。しかしその論理をすべてに適用することに賀川は疑義を呈しています。

過程の論理 かくの如く唯物弁証法は至極かんたんに物質が精神を支配するかの如く考へ、また精神がかんたんに物質化するやうに考へるけれども、そんなにかんたんに生成の論理が撰択性の論理を離れて運営されてゐるわけではない。マルクス唯物弁証法、及びヘーゲル弁証法の根本的誤謬は撰択の世界を無視する事にある。撰択の世界は価値の世界であって、それは複雑な心理作用を伴ってゐる。

△ 芸術家と作品の例で示した弁証法を賀川はかなり浅薄に理解しています。しかし選択という価値の論理(真理か虚偽か、善か悪か、美か醜か、など)を度外視してしまうのが、弁証法という生成の論理であるという指摘には考えさせるものがあります。

この誤謬は、マルクス主義者が唯物的暴力革命に用ひる情熱的努力においてすら現はれてゐる。一八四八年のフランスにおける二月革命を見ても、或は一八七一年のフランスの六月革命を見ても、唯物弁証法による革命運動は人間の人格を無視し、物理的暴力を用ひさへすれば、一朝にして革命は成功すると考へた。

生命の世界はそんな簡単なものではない。それで革命に失敗すると何も残ってゐない。

△ 革命が起るのは抑圧的な体制があるからです。そこには動と反動の弁証法的な力学が働きます。それは世界の現実です。しかし革命は問題を根本的に解決するものではないということも真実でしょう。生命の世界、人間の生活世界は複雑であって、この世界はただ頭で考えた様に簡単には運びません。なお「六発革命」とは、パリ・コミューンに関わることを指すのでしょう。

世界といふものは生命をもつ人間が組織するものであって、物質の結晶体とは違ふ。従って人格と人格の結合体が社会である。それを貫く法律は実は一つの約束であって、人間の道徳性そのもの以上の力をもってゐるものではない。その道徳性や意識性を、合目的性や撰択性を抜きにして、簡単な唯物弁証法だけで片づける事が根本的に間違ってゐる。労働運動などはそんな簡単な唯物弁証法などで片づけられるものではない。それは人間意識の発展と共に推移するものであって、兄弟愛、社会愛の意識的開明の程度に従って変化するものである。

△ 一方には「階級闘争」の現実があります。そしてもう一方に、賀川のように、「愛」と「社会連帯意識性」に基づく、人格と人格の結合体(アソシエーション)を主張する人がいます。それがあたかも二者択一の問題であるかのように現象するところに、人間社会の問題があります。ほかならぬマルクス自身がその「止揚」を目指したのですが、現実には人間の社会は依然として、この分裂によって引き裂かれています。

第六節 宗教は唯物弁証法の結果ではない

宗教は搾取ではない 唯物弁証法において、マルクスは宗教も経済的利得関係から発生したと説明する。即ち、宗教は阿片であって、労働階級を搾取する為に案出されたトリックであると考へる。従って労働階級を欺瞞する権力階級や資本家階級が案出したる唯物弁証法による偶像が宗教の本体であると考へる。

果して宗教がかくの如き労働階級搾取の工夫であらうか?

△ この段落は「宗教の発生は唯物弁証法によって説明できるものではない」と言われているのだと、理解すべきでしょう。しかし宗教の社会的機能を問題にするとき、そこには人々の社会的現実の意識を鈍らせ、捻じ曲げる効果があるという側面があるのを否定することはできないでしょう。権力者が宗教のその社会的効用を歓迎し、利用するということは、確かにあることのように思われます。

トーテミズムの心理 野蛮人の間に原始的自由があったことは神話の世界を覗けばすぐ分る。彼等は小さき集団を種族として結んでゐたろう。しかし始めから搾取階級としての宗教組織があったとは考へられない。日本の如く原始家族が母長制度であった地域においては、天から声を聞く巫女が最大の権利をもってゐて、腕力も武力ももってゐなかった。それは全く心理的存在であって、物質的存在ではなかった。だから唯物弁証法によって宗教を説明せんとするには非常な無理がある。

△ 賀川はここで、自分が信じているキリスト教をいきなり持ち出すのではなく、原始的宗教を論じることから始めていることに注意すべきでしょう。賀川にとってキリスト教は他の宗教から隔絶した「唯一絶対の宗教」ではなかったことを意味しています。

これは世界全体の原始宗教を調査するとすぐ分る。例へて見れば活物宗教(トーテミズム)の如き、物体を崇拝するのであっても物そのものを崇拝するのではない。物の奥にひそむ霊力を崇拝してゐるのである。これは近代の偶像崇拝とは逆になってゐる。偶像崇拝においては人間の精神が偶像にのり移ってゐるかのやうに考へて主観が客観に投影してゐる。然るに原始的トーテミズムにおいては客観そのものを透して人間の人間の心理作用に通ずる霊力が呼びかけるのである。つまり原始民族にとっては偶像教徒が考へるやうな客観的実体といふものはなく、物そのものが死んでゐる物質ではなく、みんな生き生きしてる人間と同じ活物であったのだ。木も石も、山も川も一つとして不思議でないものはなかった。これは我々のやうな機械文明に住んでゐる鈍い感覚の人間には全然分らない事であって、原始的な敏感な感覚で察知する自然界に死んでゐるといふものはなく、みんな生き生きしてゐるのだ。それで彼等はトーテミズムの崇拝に陥ってしまったのだ。

△ 賀川はアニミズム(活物宗教、生気論、有霊観)とトーテミズム(特定のトーテムの崇拝を中心に結合した社会組織)とを同一に論じています。ここで賀川が原始人の感覚に同情的であることに注意すべきでしょう。それは自分自身が「霊力」に対してある特別な感覚を持っていたためではないかと思われます。なおトーテミズムは人間の社会を考察しようとするとき、基本的な視点を提供すると思われるもので、「帰属・所有・支配」という人間のあり方はここに淵源するのではないかとさえ考えられます。今でも、国旗、社旗、国名、社名、ロゴマーク、等々、種々のトーテムが幅を利かせています。しかしそれらが、変更可能な単なるシンボルであると考えられるところに今日の特徴があります。ただし、今でも、トーテミズム的に国家や教団などへの帰属を説く人々もいます。

この驚くべき原始民族の感覚を無視してはトーテミズムは理解出来ない。即ち彼等にとって物質とみえるものゝ奥に、現代的な唯物論者が偶然的であり、機械的であり、盲目的であるとしてゐる物質そのものに目的性と撰択性と生命性すら感じたのであった。これを我々は笑ってはならない。原始民族にとって物質は一つの表象であったのである。我々が敏感な感覚を捨ててから、却って人間の形に似せて偶像を刻み出したのである。であるから原始民族がはじめから経済利得を目的としてのみ宗教を編み出したと考へることは非常な誤謬である。

△ ここでもトーテミズムの名でアニミズムが論じられています。原始宗教の奥にひそむ感覚を賀川は肯定的に見ているのであって、そこに宗教の起源があるとしています。神の啓示からキリスト教を説き起こす「神学的」な姿勢を持つ人から見れば、このような賀川の論法は許し難いことに違いありません(「神学はいらない その1」参照)。

むしろそれとは反対に、自然界における人間ではどうにもならない超人間的な、そして超自然的な不思議な力と生命のある事を客観の世界から感じ取った事が宗教の出発と考へてよい。この心理性を離れて宗教はあり得ない。

△ 賀川が庶民の中に入り込み、その宗教的社会的実践がきわめて庶民的であったのは、アニミズムを迷信として排除しない宗教観が根底にあったためでしょう。

奴隷解放とキリスト愛 キリスト教兄弟愛史の発達を見ても、十字架宗教の発達は利得が目的でない事は明かである。それは被圧迫階級であった奴隷の間で信ぜられ、奴隷解放の役割を果した事は、新約聖書黙示録を見ればよく分る。また旧約聖書の出埃及記もイスラエル宗教が奴隷解放の運動を宗教によって完成したものである事がよく分る。だからマルクスの云ふやうに宗教は搾取階級の道具であるといふ事は聖書の宗教とは違ふ。

△ 賀川が考える「聖書の宗教」の本質は、それが奴隷の解放、被抑圧者の解放の運動であるということにあります。それに反する事実が歴史の上で多々あるとしても、あくまでも賀川はそこにキリスト教のメッセージの中心を見るということでしょう。十字架宗教、贖罪愛の宗教によって、この世界の変革が可能であると、賀川は考えていたのでしょう。確かにそれは「唯物論的な」アプローチではありません。

第七節 美は唯物弁証法の問題外

唯物現象の奥にあるもの アブラハム・リンコルンが奴隷解放をキリストの精神によって断行した。これを無理に唯物弁証法から説明して、米国北部の工業資本家が南部の農業資本家と資本主義的に対立し、経済的の利害の相違から解放運動が起ったやうにいふものもある。しかしリンコルンの伝記を読むならば、経済的利益を基礎に置いて奴隷解放に参加したと考へることは絶対に間違ってゐる。彼の奴隷解放運動は全く宗教的動機から出発したのであって、彼は奴隷解放の前夜、ゲテイスグルクの教会堂で、一晩中祈り通したことが歴史に残ってゐる。唯物弁証法によって精神運動のすべてを説明することは絶対にできない相談である。それを無理にすればチャールス・ダーウヰンが生存競争だけで、進化論を説明したのと同様の困難に逢着するであらう。

△ ここにはリンカーンの例が出てきます。それは歴史をどのように見、そして記述するかの問題です。歴史的現実は複合的であって、確かに宗教的動機が働いていたでしょうが、単にそれだけで南北戦争を説明することにも「無理」があります。賀川は精神運動を強調し過ぎていると見ることも可能です。これはルターの宗教改革の運動を理解するときなどにも起って来る問題です。

食物競争と性競争 ダーウヰンは最初食物競争のみをもって進化論を説明出来ると思った。その困難はマルクスが生命活動を無視して唯物論的弁証法だけで人間活動を縛らんとする時に起って来る。性の本能は心理的表現と見る。それでダーウヰンは「人類の由来」を書いた時、「種の起源」の中で書いた生存競争説を修正して、性の撰択による人類進化をも加へた。性の撰択の原理は食物競争とは違ふ。そこには合目的性の恋愛闘争が絡んで来る。

△ 動物界の様子を見ても、性の選択には「適者生存」のための合目的的な原理が働いているように見えます。賀川は性の本能に心理的精神的企図が働いていると考えているのでしょう。誰か(もちろん、神)がそのようにしているからであると考えているのでしょう。賀川の「精神運動」は結局その神に帰着します。

恋愛を唯物論だけで説明せんとすることは絶対に出来ない。昭和四年頃日本に流行した唯物弁証法ばりのプロレタリア文学の失敗は、全く面白いものが少かった。面白いものがあるとするならば、プロレタリアの心理性を十分書き取って呉れた生命の記録そのものであって、唯物弁証法のイデオロギーで書かれたものは精神病理学の価値はあっても、人間進化の記録としては貧弱なものである。

△ 土田杏村もプロレタリア文学に対して、「マルクス主義の理論をむき出しにし、作品はその上着になっているだけという生硬なものが多く、また同時に、作者自身の人間性の深みからほとばしる気品を感じさせる作品は至って少ないと感じて」いました。(「土田杏村と自由大学運動」参照)。なお全集の「月報」を見ると、当然のことながら、賀川にも恋愛体験があったようです。

すべての感情を唯物弁証法によって説明せんとする事は絶対に不可能である。それを無理に弁証法的論理にあてはめる所にプロレタリア文学の破産があった。そして恐らくロシアにおける文学的窒息時代は唯物弁証法の抑圧から来てゐるものと考へてよい。

△ すべての現象を唯物弁証法の公式にあてはめて理解しようとするところに、スコラ的マルクス主義が生れてきます。なお、ここで、賀川が反発している唯物弁証法について、かつてはいかなる説明が施されていたのかを知るために、岩波小辞典「哲学」(栗田賢三・古在由重編、岩波書店、1958年)から、「弁証法」、「弁証法的唯物論」、および「史的唯物論」の項目を、それぞれ順に書き写して見たいと思います。引用文中の(*)はその語の説明が当辞典のうちに記載されていることを示しています。

弁証法 [ dialectic, dialectique, Dialektik] T.語義.ギリシア語 dialektikè technè から出た語で, 本来は対話・問答の技術を意味した.エレアのゼノン(*)は問答技術の祖とされているが, とくにソクラテス(*)がその達人であった(→問答法).彼の弟子プラトン(*)は議論の対象となる事柄の多様な場合を一つの定義に綜合したり, いろいろな種類に分割したりして, その事柄の本質すなわちイデア(*)に到達する方法を弁証法とよんだ.アリストテレス(*)は多くの人の同意をえられる命題を前提とする推理を弁証的とよび, 真なる命題から出発する学問的論証と区別した.中世では弁証法はほぼ論理学(*)と同意味に用いられた.このほか古代から微細な巧妙な無用の区別だてをする論議を非難の意味で弁証的いう場合があったが, カント(*)はそれを継承して錯覚的な空しい推論を弁証的と名づけ, 弁証法を〈仮象の論理〉だとした.そして純粋理性が経験の範囲をこえてその諸原理を形而上学的問題に適用する場合に生ずる錯誤(先験的仮象)の批判を彼の先験的論理学(*)の第2部の〈先験的弁証論〉の課題とした.ヘーゲル(*)はカントがそこで指摘した理性のおちいる自己矛盾に積極的な意味を認め, 一般に有限なものは自己自身のなかで自己と矛盾し, それによって自己を止揚(*)し, 反対物に移行することを主張した.これが彼の弁証法であり, これを〈現実の世界の一切の運動, 一切の生命, 一切の活動の原理〉と見なした.彼の体系はこの立場から自然・歴史・精神の全世界が不断の運動・変化・発展のうちにあることを示し, それら運動・発展の内的な連関を明らかにすることを試みたが, それはイデー(*)の自己発展という観念論的, 神秘的な形で展開された.U.唯物弁証法.マルクス(*), エンゲルス(*)はヘーゲル弁証法が全面的で内容豊かな深い発展学説であることを認め, その観念論的外被をすてて, 唯物論の立場からその〈合理的核心〉を救いだし, 弁証法を〈自然, 人間社会, および思考の一般的な運動法則と発展法則についての科学〉として確立した.この科学としての弁証法はもちろん唯物論の立場では, 現実の世界の弁証法的な運動・発展法則の意識における反映である.従って弁証法という言葉はこの両義に用いられる。このマルクス主義の唯物弁証法は科学の進歩、社会や階級闘争の発展によって確証されるとともに, また発展しつつあるが, その萌芽は, エンゲルスによれば, 古代ではギリシアの初期哲学者(とくにヘラクレイトス(*)など)やアリストテレス, 近世ではデカルト(*), スピノザ(*), ディドロ(*)などにも見いだされる.弁証法は, 形而上学的思考方法(*)のように, 世界をできあがった固定的事物の複合と見ず, 諸過程の複合としてとらえる。しかも, 世界のなかでたえず生成し消滅し, 発展(*)する一切の事物はそれぞれ周囲の事物と連関し, 相互に影響しあっているが、事物発展の根本原因は事物の内部にあり, 他の事物との連関や相互の影響は事物発展の第二次的原因(条件)にすぎぬもの(外部の力で動かされる機械的運動でも, 事物の内部原因を通じて起る)と考える。そして, それが発展の内部的原因と認めるのは, 一切の事物の発展過程のうちに, しかも各過程の始めから終りまで存在するところの, 相互に矛盾(*)し, 排除しあう対立的な諸側面の闘争である.これが弁証法のもっとも基本的な法則である(→対立物の統一と闘争).相互に矛盾する諸側面は相互に依存しあって統一をなしているが、それらの闘争が最高点に達すると, 統一がやぶれて事物は自己の対立物に転化し, 新たな事物の過程が生じ, これに内在する矛盾の闘争が始まる.対立物の統一は条件的, 相対的, 一時的で, それらの闘争は無条件的, 絶対的で, 運動・発展は永久に続く.これが発展の弁証法的な見方であり, これによって自己運動(*), 量の質への転化(*), 飛躍(*), 古いものの消滅と新しいものの発生(→古いものと新しいものとの闘争), 直線的でなくらせん状に行われる発展(→否定の否定)などが理解される.事物をかような発展過程としてとらえるためには, なお上記のほかに多くの法則を必要とするが, それらが弁証法のカテゴリー(*)である.それらを正確に規定してゆくことが弁証法的論理学の今日の重要な課題である.→自然の弁証法, 偶然, 必然性, 可能性, 現実性, 形式・内容, 交互作用, 相互浸透, 進化, 革命, 歴史的なものと論理的なもの.〔参〕ヘーゲル, 小論理学(松村訳); マルクス, 資本論; エンゲルス, 反デューリング論 , フォイエルバハ論; , 自然の弁証法(田辺訳); レーニン, 哲学ノート(松村訳); スターリン, 弁証法的唯物論と史的唯物論; 毛沢東, 実践論・矛盾論

△ 今から見れば、唯物弁証法とは「闘争の形而上学」のための「闘争の論理学」と言うべきものです。それは資本主義社会を打倒するための「労働者の世界観」として提示されましたが、革命後それがドグマ化されて、労働者や科学者や芸術家に対して、むしろ抑圧的に機能したということは皮肉な結果と言うべきです。しかしそれらの主張は個々に全く無意味であるということにはなりません。そのような見方もありうるということであれば、大いに参照されるべきでしょう。いかなる思想も排他的独占的に主張され、ほかの思想や立場が抑圧されるとき、そこから、その主張とは反対の結果が生じてきます。

弁証法的唯物論 [ dialektischer Materialismus] マルクス主義(*)の哲学学説.マルクス(*)およびエンゲルス(*)によって創始されたところの、共産主義の世界観.この学説がマルクスによって最初に形成されたのは19世紀の40年代中期であり, その直接の足場となったのはフォイエルバハ(*)およびヘーゲル(*)であった.フォイエルバハの唯物論は18世紀のフランス唯物論(*)をうけついで宗教および神学と闘いながら, 観念論のもっとも完成した形態としてのヘーゲル哲学を批判して、唯物論の見地を明らかにした.しかしその唯物論はまだ機械的(力学的)であっって, 当時の自然科学の成果(とくにエネルギー転化の法則, 細胞説, 生物進化論)を考慮せず, 自然についての連関や発展の見地を欠いていた.従ってそれは人間の考察にあたっても永遠不変の〈人間的本質〉に終始し, 人間の社会的な連関や歴史的な発展をみずに観念論におちこんでいた.ヘーゲルの弁証法はカント(*)以後のドイツ観念論をうけつぎ, 事物(自然と歴史)の連関および発展の法則を包括的に叙述しようとした最初の試みであったが, あくまで概念またはイデー(*)の弁証法であって, 現実の世界の過程はこの世界創造以前の絶対者(イデー)の模写となっている.〈ヘーゲルにとっては, 彼がイデーの名のもとに独立の主体にまでもかえている思考過程が, 現実的なものの造物主である…….私にとってはその反対に, 観念的なものは, 人間の頭脳におきかえられ翻訳された物質的なものにほかならない〉(マルクス).こうしてマルクス, エンゲルスは, フォイエルバハの唯物論の形而上学的(非弁証法的)な性格とヘーゲルの弁証法の観念論的な形態とを根本的に批判して, 唯物論の最高形態としての弁証法的唯物論を樹立した.これによれば, 世界の本質はみずから運動し発展する物質である.意識(思考)はその一つの発展段階としての特定の有機的物質(脳髄)の所産であって, 認識とは人間の実践(*)を介しての物質の多少とも忠実な模写(→反映論)の過程にほかならない.世界はこの認識活動をも含めて相互に連関する諸過程の統一であり, 矛盾をはらみ質的な飛躍を含んで低次なものから高次なものへすすむ無限な発展過程である(→弁証法).弁証法的唯物論は人間社会に適用されて史的唯物論(*)として展開され、単に世界を解釈するだけではなく変革する哲学として労働者階級の精神的な武器となっている.〔参〕レーニン, 唯物論と経験批判論 アレクサンドロフ, 弁証法的唯物論(古在・森訳); なお弁証法の項参照.

△ 弁証法的唯物論が「最高形態としての」唯物論として信奉されてきたのは事実です。しかしそれが「科学的世界観」であると言われるとき、それがどこまで科学的であるかが問われるでしょう。そもそも唯物論は、宗教的神学的な世界観に対して、無神論の代名詞として、この世界の現実以外のものには依拠しない理論であるという性格を持っています。そして世界は物質から構成されており、人間の実践を介して次第に解明されてくる対象であると見なされています。弁証法的と言われるのは、それが単に機械論的唯物論ではなく、人間と世界との相互連関のダイナミズムを取り入れているからです。「イデーの名のもとに独立の主体(神)にまで」なった絶対精神を立てないということが、唯物論の唯物論たるゆえんです。しかし神を立てないからと言って、それが科学的であるとは言い切れません。唯物論とは、結局のところ形而上学的立場であって、それは有神論の対立物であるというイデオロギー的性格を持っています。世界の現実により柔軟に対処するためには、「批判的弁証法的〈実在論〉」として、マルクスの精神を継承することも、一つの方法ではないかと思われます。そのときには「物質の(多少とも忠実な)模写」という反映論的な認識論を批判的に吟味することが求められてくるでしょう。

史的唯物論 [ historischer Materialismus] マルクス主義(*)の歴史観であり, 人間社会の歴史に適用された弁証法的唯物論(*)である.〈唯物史観〉(独 materialistische Geschichtsauffassung)ともいう.マルクス主義以前の歴史観は一般に歴史の推進力を運命, 摂理, 英雄, 天才あるいはまた個人の利己心, 超個人的な絶対精神などにもとめる観念論的歴史観(*)であるか, 気候, 風土などにもとめる地理的唯物論(*)の立場かであった.しかし観念論的歴史観は不可知的な力や個人の気まぐれの支配をみとめることによって科学的な歴史認識を放棄せざるをえないし, また地理的唯物論は一定の自然的環境のもとでも生じる人間社会の変転を説明することができない.すでに王制復古時代のフランスの歴史家たち(ティエリ A. Thierry, ミニェ F. A. Mignet, ギゾー F. Guizot, ティエール A. Thiers)は, 政争や革命や戦争の基礎に所有関係をめぐる諸階級の利害の闘争がひそむことを分析していたが, しかしこの闘争も結局は人間の支配欲に帰せられた.史的唯物論は, 階級が出現して以来の人類の歴史を所有関係にもとづく階級闘争(*)の歴史としてとらえるばかりでなく, さらにこの所有関係を生産力(*)と生産関係(*)とに解剖して, その根底に物質的生活の生産(*)があることを明らかにする(→土台と上部構造).この見地によれば, 物質的生活の生産様式(*)こそ社会的, 政治的および精神的な生活過程一般の基本条件であり(〈人々の意識が彼らの存在を規定するのではなく, 反対に彼らの社会的存在が彼らの意識を規定する〉マルクス), ここにはじめて人間社会の全過程の客観的な基本構造と発展法則との科学的認識が可能となる.人類が今日までたどってきた生産様式の五つの基本的な型は原始共同体, 奴隷制, 封建制, 資本主義, 社会主義であり, 現在の世界史は全体として資本主義体制から社会主義体制への移行過程にあることになる.史的唯物論は歴史を科学的に説明するだけではなく、これにもとづいて歴史を変革するための理論的な武器である.〔参〕マルクス・エンゲルス, ドイツ・イデオロギー マルクス, 経済学批判, 序文; エンゲルス, 反デューリング論 , フォイエルバハ論; レーニン, カール・マルクス; , 〈人民の友〉とはなにか(邦訳全集, 1巻); , ナロードニキ主義の経済学的内容(同前); プレハーノフ, 史的一元論(川内訳); F. Mehring, Uber historischen Materialismus スターリン, 弁証法的唯物論と史的唯物論; コンスタンチーノフ, 史的唯物論, 2版 1954(ソ研訳).

△ 史的唯物論は歴史認識のための「仮説」です。資本主義から社会主義への展望を切り拓くという意味で、今日までそれは大きな役割を果たしてきました。しかし科学的認識は同時に党派的な認識であるという階級闘争史観が、その理論を染め上げていました。その仮説を受け入れるものは、前衛党の指導に従い、資本家階級の打倒のために闘うべきものとされました。しかしその実践からいかなる社会体制が生れてきたでしょうか。労働者を解放するはずの党が、労働者の抑圧機関と化したのではないでしょうか。社会変革の実践が科学的認識の名のもとで正当化され、資本家階級を打倒することは歴史的な必然であるとされましたが、それがもたらす結果については余りにも楽観的であり、社会主義国にも存在する人間悪、社会悪に対して余りにも無防備(無頓着)であったと言わなくてはならないでしょう。社会的な環境、社会的な関係が変れば、人間の意識はそれだけで望ましい状態になるという前提が、そもそも非常に荒削りだったと言うべきです。

▽ 以下、賀川の本文に戻ります。

美は弁証法以上のもの 芸術を唯物弁証法で説明せんとする事程乱暴な企てはない。美の進展はカントも我々に注意してゐる如く、合目的性の判断によるものであって、整調せられたる感覚にのみ約束せらるゝものである。色彩の美、メロディーの快感、曲線の美、それ等は凡て整頓せられたる世界にのみ約束せられてゐる。物質をただ単に偶然的、機械的、盲目的とのみ考へる十九世紀的唯物論の世界に美の出現は大きな叛逆者であった。シュレーゲルの如き美の本質から出発して神の存在を説いた哲学者もあった。

△ カントの美学は『判断力批判』によって知ることができます。カントはそこで構想力(想像力)を論じています。美的感覚的であるという人間の特性は、享楽的な傾向を助長するという意味で、禁欲主義的に抑制されてきましたが、同時に訓練され洗練された感覚によって、多くの芸術作品を生み出してもきました。賀川はピューリタニズムを肯定する割には禁欲的ではなく、美的感覚を肯定しているように見えます。しかし美を合目的性の判断に求めるということについては、異論のあるところでしょう。

それで混屯としてゐる客観的世界を整理して、そこに人間の美的本能に即応せしめんとするあらゆる芸術運動は、物質の彼岸に横はる心理性及び理法の世界に関係をもつものであることを考へねばならぬ。音楽の鑑賞は人間の記憶を離れて絶対に不可能である。即ち、既に消えてしまった二時間前、三時間前の音響と、今現に鳴りつゝある音とを聯想によって繋ぐ所に美の成立がある。この美の心理的成立を唯物弁証法によって説明する事は絶対に不可能である。美は偶然的でもなく機械的でもまた盲目的でもあり得ない。美は宇宙を貫く合目的性への撰択作用によって成立するものであって、単純なる唯物弁証法による機械的操作で成立はしない。

△ 唯物弁証法と機械的操作とを同列に論じる点で、賀川の唯物弁証法理解は一方的で、そこに偏見があることは明らかです。しかし美の世界を唯物弁証法によって説明することは、それ自体とても困難な課題です。無理に公式に当て嵌めればおかしなことになります。「宇宙を貫く合目的性への撰択作用」に美の成立があるという賀川の理解にも飛躍がありますが、同時に「世界の本質はみずから運動し発展する物質である」という観点から美の成立を解明することにも、かなりの無理が伴うでしょう。

第八節 存在と物質とは異る

混迷する唯物弁証法 戦闘的唯物弁証法と称するものは、真理を仮装する実用主義的真理論でもある。その第一の謬は、物質と客観の混同、(二)法則と物質の混同、(三)存在を現象世界に置かんとする努力、(四)物質と物質機能の混同、(五)心理的作用と脳物質との混同、(六)存在性と物質性の混同、そしてしまひには、物質が感覚を持ち得るとまでしてしまふことである。

△ マルクスの「観念的なものは、人間の頭脳におきかえられ、翻訳された物質的なものにほかならない」という命題は、まさに「戦闘的唯物弁証法」のテーゼであると言えます。また「意識(思考)は、その一つの発展段階としての特定の有機的物質(脳髄)の所産であって、 認識とは人間の実践を介しての物質の多少とも忠実な模写(→反映論)の過程にほかならない」という記述にも、同様の世界観が示されています。賀川はそこに「七つの混同」を見ます。しかし「物質」還元主義的に世界を見るということは、マルクス主義の占有物ではなく、それは現代医学の前提にもなっているように見えます。脳外科の手術や薬物の心理作用に与える効果を見れば、物質と意識の働きの間に密接な連関があることは明らかです。従って今日では賀川が固執する「真理論」の方が、逆にその根拠を問われています。物質と異なる「存在」とは一体何でしょうか。

客観性のものだけが存在し、存在するものはみな物質だと早合点するならば「法則」性も、撰択性も、目的性も、成長性も、変化性も、生命性までもが唯物的なものと判定されなければならない。

△ 賀川の立論の根拠はここでもまた「合目的性、生命・変化・力、成長・選択・法則」の七つの要素であり、それは「唯物的」ではないということにあります。

第一、存在するものは必ず、物質的である必要は少しもない。昨年「存在」したものは「今」無いではないか? しかし、眼にみえぬものとして存在の姿はないが、あったに違いない。

△ マルクス主義者にも歴史はあります。恐竜は存在したし、旧石器人もいたし、過去の出来事は記録や痕跡として確認されます。プラトンはアカデメイアを彷徨していたに違いありません。そして過去には、現在の人間が知らない無数の出来事があったことでしょう。それを否定する者は誰もいません。しかし「時間」とは何でしょうか。賀川が言いたいのは、過去はそのままの形で物質として現存するのではなく、記憶や記録や遺物や残骸などとして存在し、それは推理や想像力によって初めて再現できるものである。しかし過去がそのような形で、あるいは何らかの別の形で、存在したこと自体を疑うことはできないということなのでしょう。その「存在」はもはや現在の出来事のように感覚で確かめられる完全な姿では現われない。しかし過去の存在は精神によって確信されており、また程度の差はあっても、手掛かりさえあればある確かさをもって再現できるものであると言いたいのでしょう。その意味では、歴史は人間にしかありません。

「未来性」といふもの、「過去性」といふもの、現存せぬものも「有」るのは、有るのである。だから物的でなければ、存在せぬなどいふ理屈は通らない。法則性といふものは決して物的存在ではあり得ない。「距離の自乗に反比例する」といふ引力の法則は意識の上において構成されたものであって、それは絶対に「物」ではない。それは、意識的組立てを経ずして概念とはなり得ない。法則は概念上の存在であるのだ。

△ 過去や未来の「存在」と同様、科学の法則も「物質」ではないだろう、と賀川は言います。その「概念上の存在」を、物的ではないからと言って、否定することはできません。しかしマルクスならば、「観念的なものは, 人間の頭脳におきかえられ翻訳された物質的なものにほかならない」と言うでしょう。問題はその懸隔のうちにあります。

波動力学に於ける撰択性 波動力学説がフランスのドブロイ博士により提唱せられ、エネルギーの波が「物質」として人間の感覚に写映して見えるといふことを、今日の物理学者は何人も疑はなくなった。即ち、素朴的唯物論を信ずる人は、波動力学を研究する人には殆ど無い筈である。それでも、今なほ物質一元論で、宇宙万有を説明せんとする量子力学者がゐるとすれば、彼は「物質」と「真理」を混同するものである。

△ 問題は「物質」の定義にかかっているようにも見えます。マルクスの時代には確かに今日の物質概念はなかったでしょう。しかしそれによって唯物論は覆されるのでしょうか。逆に言えば、波動力学説が神(絶対者)の存在を証明するわけでもありません。

経験的存在論は必ず唯物論的存在論である必要は無い。それを混同するところに、弁証法的唯物論者の矛盾がある。

△ 賀川は「経験的存在論」を肯定しているように見えます。しかしそれが必ず唯物論的でなければならないという理屈はどこにもない筈だと言います。

存在は機構性を持つ 経験的唯物論者は、「存在」は必ず客観的なものであり、絶対的なものであり、単一なものであると早合点する。そして、物質は盲目的なもの、機械的なもの、偶然的なものと考へる。そして、凡ての真理は脳髄の分泌物であるかの如く考へる。

△ 脳髄がなければ真理は分泌されません。それは確かなことです。しかし賀川は真理が脳髄から独立に存在すると言いたいかのようです。ここに哲学の分岐点があります。私が賀川を〈広い意味での〉現象学派に位置づけるのはそのためです。

然し、波動力学の教へる如く、原子の凡ては波動性の「力波」である。然し、力波だけでは無い。それが「撰択性」によって「束」にまとめられなければならぬ性質を取ってゐる。そこにはゾンマフェルドが我等に注意し、ポーリングがその名著「化学結合論」に於て四面体的な炭素軌道を、量子力学的に証明するにあたり、その撰択性による先験的確率の驚嘆すべきことを我らに指摘する(ポーリング 小泉正夫訳「化学結合論」九一頁参照)。

私が不思議でたまらないのは存在論者、殊に弁証法的存在論者が、物的世界及び心的世界を貫く、この撰択律を全く無視することにある。有機物に至っては、更に一層化合の複雑な方向撰択のあることを認めなければならぬ。方向性の撰択と云ふことは、唯物論では説明のつかぬ世界に我らを導き、弁証法だけでは到底手の届かぬ合目的性の世に我らを誘導するのである。つまり「存在」そのものは合目的性に構成されたものであって、力、化、成、法、選の諸要素をまとめて存在を与へられてゐるのだ。これ等の諸要素が、客観にも主観にも与へられてゐるから認識も可能であるのだ。

従って、私は「宇宙像」を認識の対象とする物理学においては、「力」の存在を撰択的に捕へてゐることを知る必要があると思ふ。やはり、唯物弁証法はどうしても成立しない。

△ 賀川が強調するのは、物理化学的現象における「方向性の選択」であり、存在の「合目的性」です。そして「生命」を除くと六つの要素が「客観にも主観にも与えられているから認識も可能である」と言います。いわば予定調和的に認識が成立すると言っています。この「宇宙像」が賀川の信仰に適合するものとして提示されます。そして弁証法論者が、物的および心的世界を貫く、「この選択律を全く無視する」ことは理解出来ないと言います。それは「人が生きるのは何のためであるか」という問いに対して、どのように答えるかの問題でもあります。つまり賀川は人生には目的があると言っています。それは唯物弁証法が説くような「闘争の哲学」とは異なる、「宇宙の目的」に適う、人間の生き方を示唆しています。そしてそれは生き方の「選択」に関わる問題でもあります。


第九節 撰択性論理学の出発

客観性と主観性との区別も撰択的に与へられるものである。それは決して弁証法的に与へられるものでない事を私は既に述べた。客観性といふものは自己意識の確率性を基礎にしたものであって、自己意識の実存性は、デカルトが我々に注意する如く絶対的なものである。それだからと云って、すぐ自己意識を神といふのではない。或人はこの絶対的実存を絶対無限者と混同してしまふ。絶対なるものは自己意識において、実在の形で直観されるが、自己意識はまた存在する事において、意識的に有限であるといふ事をも直観する。

△ 近代という時代は、思想史的には、デカルトの自己意識から始まったという面があります。賀川は有限なる自己の自覚が、同時に「絶対的」なものであると言うことによって、絶対無限者と接続する自己を暗示しています。なお主観性が「撰択的」であるというのは、自覚が「他(ほか)ならぬ我」として意識に与えられるということを意味するからなのでしょう。賀川はその「撰択」に根源的事態を見ています。

七つのトンネル この有限であるといふことの直観は差別的な撰択的直観である。この撰択性の中に有限ならしめてゐるものゝ本質を直観する、そこに限度と限界が与へられ、自意識以外のものが自意識以外に区別的に対立してゐる事を撰択的に認める。この対立をつなぐものもあることを撰択的に認める。即ち、力、変化、成長、撰択、法則、生命、目的、この七要素は客観の世界においても、自意識といふ主観の世界においても共通してゐるといふことを認めざるを得ない。この共通性のない所においては絶対の認識は不可能である。

△ 賀川の「絶対」は主客の共通性を成り立たせているものであって、それこそが七つの要素であり、それなしには絶対の認識は不可能であると言われています。

認識といふのは、共通性があるからとりつく島があるのであって、客観の世界が主観の自意識に内容を形づくって行くのは共通点があるからである。この共通点を唯物弁証法論者は客観的現象である物質にもって行かんとする。

△ ここに唯物論とは異なる賀川の認識論的な「構え」が提示されます。宇宙に合目的性、生命・変化・力、成長・選択・法則が置かれているからこそ、「客観の世界が主観の自意識に内容を形づくって行く」ことが可能になるのだと主張されます。

私はそんな簡単な存在物はないと思ふ。客観的現象としての物質は、力が理法によって捕へられ、撰択的に空間的変化性と時間的生成の過程の上に方向づけられてゐるものである事を認めざるを得ない。その方向づけられた力を心といふコダックに写した場合、それは物質として見えるだけの事である。それは弁証法的に取扱はれるべきものではなく、撰択的に取扱はれるべきものである。況んや、簡単に、客観で非ざれば主観であり、主観は絶対に必ず変転する様な三つの場合しか考へないヘーゲル弁証法を戦闘的に置きかへた唯物弁証法といふものは、余りにも無理な考へ方である。

△ 賀川は唯物弁証法を批判するために物理学的世界像を提示します。そのとき、現象は「撰択的に取扱われるべきである」とはどういうことでしょうか。「力が、撰択的に空間的変化性と時間的生成の過程の上に方向づけられてゐる」ということが認識の基礎であると言いたいのでしょう。ヘーゲルの主観的精神、客観的精神、絶対的精神というような思弁では、そのような微細な真理は把握されないということは、少なくとも物理学的な認識に関する限り、その通りであろうと思われます。なお先に利用した『岩波小辞典哲学』では客観的精神、絶対的精神は、それぞれ以下のように説明されています。

客観的精神 [ objektiver Geist] ヘーゲル(*)の用語.彼の精神哲学は, 主観的, 客観的, 絶対的精神(*)に分れる.主観的精神が観念論的に把握された個人心理学の問題であるとすれば, 客観的精神は, 観念論的に把握された社会関係である.法, 道徳, 人倫態の三大項目のもとに, 所有権からはじまって国家まで取扱われている.そこには彼における市民階級のイデオロギーが反映してをり, 国家と社会との区別もみられるが, 同時にまた当時のプロイセン国家の神格化, 王制の擁護が強く主張されている.

絶対的精神 [ absoluter Geist] ヘーゲル(*)哲学においては, イデー(*)は外化して自然となり, 人間において主観的精神として出発し, その最後の段階で主観と客観とが同一であるという認識に達する.このイデーの自己認識に達した精神が絶対的精神である.それは自然が人間において自己認識に達することの逆立ちした表現である.

▽ 以下、賀川の論述に戻ります。

相対に内在する絶対 客観性の世界に絶対的な要素があるからこそ唯物的弁証法が唱へられる可能性がある。また主観的のものゝ中にも撰択的に考へて先験的確率の形において絶対的の姿が現はれてゐる。「自分が生きてゐる」といふ事はこれは疑へない先験的確率性をもったものであって、それは主観的な云ひ分であるけれども絶対的な要素を含んでゐる。であるから主観といふものは必ず迷蒙であって、客観的なものだけが絶対的なものだといふ事は云ひ過ぎである。認識論においてカントが自意識から出発して客観の確然性を承認したのは客観が直観の世界と距離があるからである。この距離を西田幾多郎氏は絶対矛盾として取上げてゐる。しかし私はこの絶対矛盾として対立する大きな溝に、先にのべた七つのトンネルのある事を認めざるを得ない。この七つのトンネルを通して絶対が客観と主観にのぞきこんでゐるのである。そこで主観的な自意識を構成する七要素も物的世界の構成要素である事を私は認めざるを得ない。

△ 賀川は随所で西田幾多郎に好意的に言及します。しかし賀川にとっては、七つの要素こそが、トンネルとして絶対者(神)がのぞきこむ通路になっています。主観の側にも、客観の側にも、この通路が敷かれています。西田は「万有在神論panentheism)」と言いましたが、賀川は「相対に内在する絶対」として宇宙を捉えています。

理念の世界 法則一つをとり上げて見てもそれは絶対普遍の性質をもってゐる。その絶対普遍の性質をもった法則は物質であり得ない。それは自意識によって取上げられたものであるから「理念」的なものである。この理念的なものは先にのべた化、成、力の三要素を貫く撰択的なる法則性そのものである。宇宙の力をある方向に基礎づけてゐるものである事をも認めざるを得ない。この方向性、或ひは傾向性が意識される所に精神性が宇宙に認められるのである。我々はそれを絶対無限の神と云ってゐる。その絶対無限の神を有限の世界において捕へるものを「心」と云ってゐる。そしてこの心に写る力の方向づけられてゐるものを我々は物と云ってゐるのである。かく考へると、私は弁証法的唯物論によらず、新しき撰択性論理学をもって、新しい科学は出発せねばならぬと思ふ。

△ 法則は物質ではなく、理念的なものであり、「(宇宙の力をある方向に基礎づけてゐる)この方向性、或ひは傾向性が意識される所に精神性が宇宙に認められるのである。我々はそれを絶対無限の神と云ってゐる」と言われています。賀川の「撰択性論理学」とは単に二値論理とか多値論理とかのレベルの問題ではなく、力をある方向に導くという意味での選択が、この宇宙に働いていることを認めるということのようです。

第十節 心は唯物弁証法では解けない

撰択性の世界 撰択性をもった世界は、物的世界においては進化の方向を自然淘汰として顕現してゐる。

この自然界における撰択性は原子の軌道においてさへ、驚くべき整数性をもって現はされてゐる。光が形成する陰電子陽電子も整数的確率をもって、素粒子を形成する。その素粒子とは、新物理学が教へる如く、結局整数性をもつ波である。かゝる撰択性は液体においては液結晶体として現れ、液体といふものがこの液晶体の一種であることは最も困難なるヘリウム液化によって明白となって来た。

固体が結晶体性質をもち、その結晶体が整数的対比をもつ事も驚くべき事実である。化合の原理も素朴的に考へて、メンデレーフ周期律のしめす如く「八」の整数性によって整理されてゐる。

地球化学が進歩すると共にヘンダーソン、ベルナドスキー、ゴールドシュミット等によって、地球上の環境が生命を生み出すのに最も適当なる自然環境を、先験的確率をもって組立てゝゐる事を発見するに至った。

そして高等なる動物が進化発展する為には、微生動物及び下等動物が無機物と平行して、触媒作用をもってゐた事まで明瞭になった。

かくの如き合目的性自然科学が発達すると共に、天文学までが地球の存在を合目的性的に説明するヘンリー・ノリス・ラッセルのやうなすぐれた天文学者を生み出した。彼等は天体の機械的運行を否定するものではない。しかし機械的運行を通して地球の安定性を保証する為の合目的性を考へてゐる(ノリス・ラッセル著「太陽系の起源」参照)。

△ 賀川の撰択性、方向性、合目的性は自然科学的「宇宙像」に基づいています。しかし今日の自然科学者がこの立論にどのように反応するかは、また別の問題であると言うべきでしょう。賀川は自然の背後に神を見ています。

合目的性生物界 ダーウィン(ママ)以後、英国に於ける最も大なる生物学者であるハルデン卿は、ダーウィンとは正反対に生物の存在をすべて合目的性をもって説明した。フランスのアレキシス・カレル、又その弟子ル・コント・デュ・ヌイも亦合目的性の生理学を説く。そして最近発達した電気生理学は、超短波の指向性の立場より脳髄の機構を教へてゐる(東北大学教授本川弘一博士著「脳波」二三九頁参照)。

物質と物質の機構を混同してはならない。組立てられた機構はそれを組織する部分とはちがふ。水は酸素と水素とから成ってゐるが、その性質は水素と酸素と全く似てもつかないものである。水素と酸素と炭素の三者が組織する炭水化物は、位置の方向性がちがっただけで、撰択的に全然ちがったものである。かゝる撰択性を考へないで、宇宙の真相を判断することは出来ない。唯物弁証法が説く如く、量は質を形成しない。

△ 「量から質への転化」と言うだけで、自然の仕組み(機構)をすべて説明することはできないという指摘は、確かにその通りでしょう。水と炭水化物とは、化合の仕方として「撰択的に全然ちがったものである」という言い方に、宇宙の生成における「撰択性」を強調する賀川の思想が現われています。

撰択性機構としての心 生物の進化は生命の本能による無意識的撰択から、心理的撰択と称する意識的自己目的の創造に至るまで、撰択性による目的決定の進化のあとをたどってゐる。下等動物より高等動物に至るまで目的の世界を自ら決定して生命の面白さに酔うてゐる傾きがある。生命は外延的にその目的性を拾ひ、意識性は内包的に目的を創造する。目的を内包的に創造する可能性の組立ては、物理的、化学的、生理的、心理的幾千万の撰択の綜合であると云ってもよい。この撰択可能の統一性を我々は「心」と云ってゐる。

△ 生命は「目的の世界を自ら決定して」、その面白さに自ら酔っているというのは面白い言い方です。まるでそれを面白がる誰かがいるような言い方です。そして目的を内包的に創造する可能性の組立ては、「幾千万の選択の綜合」であり、「この撰択可能の統一性」を我々は「心」と言っているというところに、賀川が意識をどのように見ているかが示されています。意識は複雑性の統一の極致であるということになります。

だから心は唯物弁証法が云ふやうな簡単なものではない。宇宙におけるあらゆる撰択性をそこに綜合して来たものである。この撰択性の綜合的統一性はくりかへして云ふまでもなく、物質的原子に還元すべき性質のものでは全然ない。身体が食物でない如く、心は物質的原子ではない。目的撰択可能性を綜合的に統一した統一性そのものである。光に理法が加った瞬間に、新しき存在としての原子が現はれる如く、目的撰択の理法が加った力の結集体を「心」とよぶならば、心はもはや物そのものではない。むしろ、撰択性そのものであると云ってよいであらう。唯物弁証法で撰択性を如何に説くか、私はそれを知りたい。

△ 賀川は「あれか、これか」(キェルケゴール)の撰択ではなく、心は「目的撰択可能性を綜合的に統一した統一性そのものである」と言います。しかしだからと言って、人間が立てる目的が善であるとは限りません。戦争や犯罪などを入念に計画するのも人間であり、「原子」爆弾を使うのも人間の目的選択の一つです。人間の心は確かに偉大ですが、その考えるところがすべて望ましいわけではありません。弁証法的唯物論者は撰択性を「階級意識性」の問題として把握しようとするでしょう。すべてを階級意識で割切るには問題があるとしても、意識を環境から切り離されたものとして、それだけを取り出して論じても限界があるでしょう。ともあれ、人間の心は複雑「怪奇」です。

第十一節 絶対者は唯物弁証法で理解出来ない

機械的合目的性と意識 幾万、幾億、可能性を撰択的にまとめた機構を、私は心と呼んでゐる。その組立ては物質そのものではない。勿論それは機械的性質をもってゐる。機械的性質を持たなければ、組立もできなければ持続性もない。

しかし、機械的組立があればこそ、合目的の雄大なる活動が出来るのである。唯物論者は機械性をすぐ盲目的と考へる。そこに大きな間違ひがある。目的のない機械など一つもない。脳髄は大きな目的をもって組立てられたものである。それは確かに物質と見える驚くべき細胞組織をもって組立てられてゐる。

しかし細胞だけ見れば、猿の細胞と人間の細胞とは等しい。目的性の実現の内包的組立てそのものに、「意識性」といふ過去、現在、未来をつらぬく非物質的存在が現はれてゐるのである。法則を非物質的と考へるならば、この意識にあらはれた記憶は勿論非物質的なものである。

△ 情報の伝達手段は物質的機械的であるかもしれません。しかし情報そのものは物質的でしょうか。賀川の主張をそのような問いかけとして受け止めてもよいでしょう。宇宙には法則があるということを知るのは人間の意識です。その法則や意識もまた物質的であると主張するのは、余程の「唯物論者」であると言うべきでしょう。

熱波超短波とは違ふ。超短波は指向性をもつ。ましてや物質と考へられる組立性をもってゐても、指向性をあらはす場合において、熱波が超短波と異る如く、物質と記憶は似てもつかぬものである。記憶は、今、無いものを再現し得る不思議な可能性をもってゐるものであって、物質の如く形をもつものではない。それは撰択的合目的性に属するものであって、成、力、化、撰、法、的、生の七要素を綜合的に組立てなければ、全く不可能なる存在である。それは力の上に基礎をもってゐるけれども物的力波とだけは考へることは出来ない。

△ ベルクソンに『物質と記憶』と題する著作があります。賀川はここで詳細に「記憶」を論じてはいませんが、それが総合的な働きであることに注目しています。そして記憶は単に物質的ではなくても、ある種の力波に関わるものであるとしているように見えます。その着眼はさすがと言うべきものです。記憶を、情報の、神経回路上での滞留(保存)と考えることも可能だからです。それは「力波」の働きです。

相対的撰択性を貫く絶対目的性 この心なる意識性を可能ならしむる宇宙の根底に横はる撰択的合目的性の理念が存在しなければ、客観に顕現する物的撰択性、即ち自然淘汰なるものも、また主観にあらはれた心理的撰択性も、現象として現はれて来る事は絶対にあり得ない。力を物質として現はす理念的法則は、絶対普遍であり、それは客観と主観とを律する内在的絶対他者である。

△ 生存競争における自然淘汰と記憶における「自然淘汰」とを比較してみると、記憶にも強弱があって、弱い記憶は忘却の淵に沈んでゆきます。その撰択的合目的性なるものは、賀川にとって理念的なものであり、それは「客観と主観とを律する内在的絶対他者である」とされます。宇宙には「力を物質として現はす理念的法則」があるという信念が、賀川を動かしています。そこに賀川の「信仰」があります。

しかし絶対的なるものは法則だけではない。有限の世界を律する各種の恒数もまた相対に現はれた絶対的なものである。これ等の恒数、撰択性を通したる先験的確率性を以て絶対無限者を我々に啓示してゐる。この撰択性は生命の出現によって、目的創造の意識性の存在にまで発展してゐる。即ち、無意識的なる力は生命の世界において、意識的なる生命にまで貢献する段取りになってゐる。力は、はじめから方向性といふものを持ち、方向性の組立てによって、新しき撰択の世界を形成する可能性をもたされてゐた。つまり力一つを考へただけでも、そこに化、成、撰、法、的の五種の要素を考へずには、力そのものすら考へる事が出来ないのである。そしてこれ等の五つの要素は物的存在ではなく客観、主観を貫く絶対的存在が、撰択的に組立てられた意識の世界において、心の出現となり、心の出現の可能性をもつ合目的性の絶対存在者は、宇宙を創造した絶対無限の神である事を直観し、また自然の世界からも我々は絶対者の啓示をうけるのである。

△ 「自然の世界からも我々は絶対者の啓示をうける」と言っているところに、賀川の神信仰があります。それは「聖書主義的」なプロテスタント信仰から見れば、あるいは邪道であると見なされるかも知れません。またこのような「論証」がどのような意味を持つのかということについて、多くの疑問が提出されるでしょう。たとえば、戦争に明け暮れ、帝国の興亡によって彩られる人類史は、神によって創造された筈の世界でいかなる意味を持っているのでしょうか。原子力という「力」の発見とその利用は、到底自然と共存できない代物だと思われるのですが、それは宇宙史にいかなる時代を画するものなのでしょうか。劣化ウラン弾が使用され、戦争のあとも多くの疾患をもたらしていることについて、神の啓示を受けた人間は、神にどのような申し開きをするのでしょうか。

良心に示現する絶対神 だが、人類はその生命の世界において最もよく過去、現在、未来をつらぬく撰択的目的性の指導力である絶対的意識が、神として人格的存在である人間を指導してゐることに気がつくのである。それは弁証法をまたない刻々の撰択的判断の瞬間に、最も厳粛なる良心の無上命令として天の声を聞くのである。「幸福なるかな、心の清き者、その人は神を見ん」とキリストは云ってゐるが、撰択的可能の綜合的統一として与へられた心の世界に、現象的物質をつらぬいて宇宙を指導する無限の方へ進展すべき傾向の道程が指示されるのである。その傾向の把握は物質が開くのではない。それは心において絶対者が目的として、また法則として自らを示現するのである。

△ 賀川にとって神は、直接的に、良心に「示現(じげん)」されます。それは絶対者が、目的として、また法則として、「自ら」を示現することであると言われます。聖書の神と、宇宙の神とは、良心において一つになります。賀川はそのような形で自己の神への信仰を表明します。そこに賀川自身の「撰択的可能の綜合的統一として与へられた心」の在り処があります。それが大変スケールの大きい信仰告白であることは確かです。


第三章 唯物史観批判

第一節 意識無視の社会史

意識無視の社会史 近代の歴史哲学の中で、マルクス唯物史観ほど問題を引起したものは稀である。それは唯物論を歴史的発展にまで織込まんとする最も大胆な計画であり、階級闘争をすべて唯物的に説明せんとする試みであった。

「物質生活の生産方法は、社会的、政治的、及び精神的なる生活過程を主として決定する」、

これはマルクスの「経済学批判」の序文の一節である。

マルクスは唯物的経済生産が、一般的に云はれて社会生活全部を決定すると考へた。それで彼は、(一)人類意識の無能、(二)唯物的所有権に対する革命衝動、(三)意識の唯物的説明、(四)社会変革の唯物的生産力発展による説明、(五)有産階級と無産階級の闘争を、社会史的最後闘争とする見解等の五方式に区分して、唯物史観の説明を試みんとした。河上肇氏の如きはこれをマルクスの唯物史観の五公式と云ってゐる。なるほど資本主義的機械文明は部分的に唯物史観で説明が出来るかの如くに見える。然し、これが凡てであり、これが最も科学的であると考へるならば、それこそ最も非科学的であると私は断言するものである。

私はエンゲルスの如きが、唯物史観に基く共産主義を科学的社会主義と呼称することに反対するものである。「暴力」ほど非科学的なものはない。それを科学的社会主義の内容に取り入れなければ、社会革命が成功しないやうなことであれば、知性を中心として発展する科学といひ得ようか? 「暴力が必然的である故に科学的である」といふならば、私は更に、その歴史観は唯物史観ではなく精神病理学であるといひたい。マルクスも資本論第一巻に於て拝金主義を一種の偶像崇拝だと説いてゐるが、唯物史観もこの「偶像崇拝史観」であると私は見るものである。

△ 「知性を中心として発展する科学」がどのように進歩しようと、邪悪な現実は少しも改まりません。暴力が必然的であるのは、社会体制の現実があまりにも暴力的であって、それに対する抵抗や変革の行為も暴力的にならざるを得ないということを意味しています。それが「階級闘争」ということであって、闘争は科学の問題ではなく、人間社会の政治的ダイナミズムの問題です。一方の暴力を看過して、他方の暴力を糾弾するならば、それは現状に甘んじよという説教でしかなくなります。しかし暴力革命が必ずしも望ましい体制を約束しているわけではありません。マルクスもまた自分が構想するユートピアに酔っていたのではないでしょうか。今にしてそう思わされます。

唯物史観の誤謬 私はマルクスの唯物史観に対して十二個の社会科学的誤謬を指摘したい。(一)社会科学的基本方式に誤謬がある―社会はマルクスが考へる如き唯物的結合では無く心理性を持つ人間の結合である。(二)マルクスの意識無視の方式では歴史が成立しない。(三)意識の唯物的説明。(四)マルクスは生命と物質を混同してゐる。(五)マルクスは社会結合の心理的連帯性が個人心理の意識性に関係のあることを忘れてゐる。(六)マルクスが所有権の発展を唯物的発展とみるところに誤謬がある。(七)マルクスが生産行程を唯物的とのみ理解するところに誤謬がある。技術史と発明史工場経営史を唯物的のみでは説明できない。(八)運輸交通及び通信の心理的要素を無視して世界経済の発展は無い。(九)分配観念の心理的発展を無視して搾取制度の歴史はかけない。(十)変革の心理的勢力を無視しては革命史は書けない。(十一)有産、無産の線が社会闘争史の最後の段階では無い。自由と愛への闘争は更に新しい段階を作る。(十二)マルクスの階級意識の高調は意識発展を歴史の変換要素と考へる結果、彼の唯物史観がそこで崩れてゐる。細かく指摘して行けば、まだ沢山あるけれども私は此処で省略する。

△ 賀川が実際にこの観点を歴史に適用し、人類史を書き上げていたら、さぞかし面白いものができていたでしょう。唯物史観は一つの仮説であって、「科学的必然性」の名のもとに他の史観を排撃する権限を持ってはいません。そこには種々の議論があるべきであって、「歴史科学」を党派性の下に押さえ込むことは、知性を抑圧するだけのことです。しかしキリスト教の「救済史観」も同様であって、賀川もまた、大枠ではその支配下に置かれているように見えます。賀川が優れているのは、歴史的現実の中に入り込んで、そこに自らが信じる「方向性」を見出そうとしていることでしょう。すなわちマルクスと同じ次元に自らを置いて議論しようとしています。神学の「聖域」からご託宣を述べようとしているのではありません。そういう「牧師」はあまりいません。

恋愛史は唯物史観で説明できぬ 何故、マルクス共産主義が、無理矢理に社会主義運動を唯物弁証法の如き偏狭なドグマに追ひ込む必要が有ったか? それを心理的に説明する必要がある。それは一八四八年代の資本家がヘーゲル精神主義に酔ひ、飢えたる労働階級を虐待した、その反動であったのだ。つまり一種の「反抗心理」が働いたのだ。坊主が憎ければ袈裟まで憎いといふ心理から唯物史観を編み出したのである。然し歴史がそんな簡単な唯物生産様式だけで説明出来るなたば、歴史は経済史だけでよいのであって面倒臭い科学史、哲学史、宗教史、芸術史、倫理思想史、道徳史、恋愛史、兄弟愛史などを書き綴る必要はない。ダァウヰンが(ママ)が「種の起原」を生存競争だけで説明せんとして、後から雌雄淘汰に気がつき自説を修正した如く、パンだけで歴史を説明せんとする所にマルクスの無理がある。人間には恋愛もあれば、親子の愛もある。凡てを唯物的「搾取」だけで説明せんとする所に唯物共産主義の無理がある。実は搾取そのものが心理的なものでもあるのだ。

△ 「一八四八年代の資本家」というのは妙な言い方です。マルクスが活躍した1840年代ということでしょうか。資本家たちがヘーゲル精神主義に酔ったというよりも、当時はキリスト教の勢力がきわめて優勢であり、教会が資本主義体制を擁護する側に立って、労働者の意識を眠らせていたという現実があったのではないか、と考えてみる必要があります。マルクス主義には、キリスト教を唯物論的に「反転」させたという側面があって、だからこそキリスト教圏で破壊的な影響力を持ったのではないでしょうか。マルクス主義はキリスト教批判から始まった思想運動であるということを忘れるべきではないでしょう。それはヘーゲル左派的宗教批判の唯物論的展開として「完成」しました。

第二節 意識の経済心理的発展

――マルクスの唯物史観は歴史を説明せず――

「生」より性への飛躍 「植物の性の進化」の著者シカゴ大学教授コルター博士は「性」は「生」とも異る。たゞ生きて行く為めならば「性」は無用である。より良き生活を創作せんが為めに「性」の進化があると書いている。「より良き生活」は今存在しない理念的なものである。それをしも唯物的だと云ふことはあたらない。「生」そのものが「物」質と違ふことは原子物理学者ボアも認めてゐる。「生」の持続だけならばその器械的組立の為めに、唯物的と見える衣食住の作業だけで、一生を終り得ることがありかも知れぬ。だが、「生」が「性」慾を通して、更に「より良き」世界に延び上らんとするならば、物質以上の心理的生命世界に伸び上らねばならぬ。

△ 賀川はダーウィンが進化における「性」の役割に気づいたことに何度も言及します。そこに注意を向けるのは、性が「より良き生活」に結びついているからです。それは生物の世界における普遍的な原理であり、性の本能と生活の向上とは密接に結びついています。心理的生命世界は性欲から伸び上がってきたのだとすら言います。普通、それは「唯物的」説明だと言わないでしょうか。しかし賀川はそこに理念を見ています。

経済心理の心理経済的発展 人間社会においては生理経済の営能より更に感覚本能を満足せしむる本能的感覚経済に進み、映画、眼鏡、写真、色彩等による視覚経済、ラジオ、レコード蓄音機、トーキー等による聴覚経済、香水、タバコ等による臭覚経済、砂糖、調味料による味覚経済、デニール、セルプレン、細番手等による触覚経済、スポーツの為めの運動経済、色慾の満足を与ふる色慾経済等が出現する。これ等は必ずしも日用必需品のみとは限らない。

△ デニールは「絹・人絹・ナイロンなどの長繊維の糸の太さを表わす単位」、番手(ばんて)も糸の太さを表わす単位。セルプレンはこちらを参照。要するに、細い繊維の織物がもたらす感触のことを言っているのでしょう。

だが、これ等を通して第三の階段に発展する。即ち、意識経済とも云ふ可きものである。即ち注意力のための電鈴、シグナル、広告等の注意経済、連想力のために発達するボタン、記念碑、勲章、模様、記章、看板、門札等の連想経済、記憶のために発達する書籍、簿記、印刷術等の記憶経済、判断のために発達する判事、弁護士、計理士、公証人、弁理士、指紋術、印刷業による判断経済、推理のために進歩する投機的各種取引所、知識探求の為めの新聞及び研究所等による知識経済、学習のために発達する学校経済、感情の為めに発達する芸術経済、互助友愛の為めに発達する各種社会保障経済、並びに社会事業経済、意志訓練の為めには修養経済、神聖なる宗教本能の為めには莫大なる投資を要求する宗教経済等が発展する。この第三段階に発展してくると、最早や唯物経済と云ふよりか、心理経済の形式を帯び、マルクス的唯物経済で説明の出来ない職業選択の意識作用が、主要なる経済要素となる。職業経済は唯物経済ではない。

△ 人間の欲求には生理的欲求、感覚的欲求、意識的欲求と、「欲求の階層性」があります。それらの欲求に応じて、種々の職業が生まれてきます。特に賀川は「心理経済」の段階に達した職業経済に注目し、その現象は唯物的に説明できないと言います。社会的生産力が増大すれば、直接第一次産品の生産に携わる人口が相対的に減少し、人間の種々の欲求に応える職業が生まれてきます。特に現代では19世紀の工場労働者が置かれた状況とは、かなり違った経済的状況があることは確かです。しかし資本主義的生産様式という点で、何かが根本的に変ったのでしょうか。種々のサービスもまた「商品」化され、売買されるという意味では、資本主義の問題がかえって深刻化したという面があります。

職業的意識経済発達の意義 個人的職業的意識経済が、社会心理的に開展せしめられると、選挙心理(▽)を捕へるための宣伝、刺戟、記憶、連想、判断、推理等の個人意識経済が一度に且つ集中的に実行に移される。これは一例であるが、生産のためではなくそれとは全く正反対の戦争経済に至ってはこれまた唯物主義では判断できない。消費的心理作用が働く戦争を唯物主義だけで説明するのは無理である。ホメロスの書いたトロイ戦争は、色慾を中心として発展してゐる。十六世紀の宗教戦争、七世紀より三世紀に亙るマホメット教戦争(十字軍をふくめて)も決して唯物戦争とはいへない。それは感情的宗教戦争である。人類闘争は「性」と「種」の問題が「物」に先んじる。近代のナチス及び共産主義的戦争は「主義」戦争ともいふべきものであって、イデオロギーを基礎とする非唯物的心理戦争が唯物経済に先行するものである。

△ 「選挙心理」というのはいかにも唐突な感じです。あるいは「撰択心理」のことなのかも知れません。資本主義社会にはそれ特有の戦争の原因があると思われます。たとえば市場や資源の確保のための「侵略」や植民地主義の問題があります。アメリカは軍需産業を成り立たせるために戦争を必要とするといった指摘もなされます。しかし戦争の原因は種々あるとしても、その前に「人間は同類を殺傷する動物である」という一般的な命題が成り立たなければ、戦争も起りません。戦争は人類の限界状況と言うべきもので、今では「核武装」という、生き残りのための「抑止力」が、同時に人類絶滅の危機を孕むという生存のパラドクスに陥っています。それは「狂気の沙汰」と言うべきものです。

マルクス方法論の根本的誤謬 人間に取って最も面白いものは人間である。マルクスはこの一事を忘れてゐる。機械的生産力が増加すればするほど、人間経済の方向は人間意識の開発に向いてゐるのである。唯物的生産はその方便であり、過程である。恋人からの手紙は物質であっても、その意味は物質では無い。近代生産が唯物的なものであっても、それが目的では無い。結局するところ、人類意識の開発の方へ向いてゐるのである。近代経済の指向性を把握し得なかった所に、マルクス唯物史観の方法論において最大の誤謬がある。

△ 人間に関することで、私と無関係なものは何一つないと言ったのは、たしかマルクスではなかったかと思います。その人間の社会にどのようにアプローチするかという点で、賀川は「唯物史観」に反対し続けます。しかし近代的生産が人類意識の開発に向っていると言っても、この間アメリカで起った「金融資本主義」の現実を手放しで肯定できるものではありません。賀川がマルクス方法論の誤謬を断言するのは、キリスト教あるいは宗教は誤謬であるというマルクス主義者の論難が、背後に控えているからでしょう。そのために賀川は、人間の精神を強調して、そこから歴史的現実を見ようとします。

第三節 社会は精神の衣である

――マルクスの意識無視論の矛盾――

マルクスは「社会」といふものと、人類の意志を絶縁させるが如き奇妙な唯物史観を我等に提唱する。

「人類はその生活の社会的生産において、一定の必然なる、彼らの意志によりどうともならぬ関係にはまりこむものである」とマルクスは絶望的に書いてゐる。社会関係は、人間の意志から独立したものであろうか? 私はマルクスが「社会」と人間個人の意識を全然別個に考へる所に、彼の社会学に無理があると思ふ(それでは彼の階級意識論さへ成立せぬではないか!)。

△ 現に抑圧され、差別されている人間は「一定の必然なる、彼らの意志によりどうともならぬ関係にはまりこむ」のではないでしょうか。マルクスは、だからその境遇に甘んじよと言っているわけではないでしょう。しかし個人がどのように「意識」しようと、その関係が消えてなくなるわけではありません。問題はその先にあります。

社会の成立には時間的関係と、空間関係と、社会性そのものゝ心理性の三者が伏在する。時間的発展は歴史を形成する。それは「性」を通して発展する。「性」にはダーウヰンが彼の自然淘汰説を修正した如き合目的撰択性の心理が組み込まれてゐる。「性」を通過せずして社会は誕生しない。「赤ん坊」を産み且つ成育せしむることは唯物的には絶望に近い。恋愛と親子の愛情無しで、絶対に病児や、不具児童の養育が出来るものではない。「おむつ」の世話、面倒臭い赤ん坊の尻拭き……唯物的に考へてこんないやなことが出来るものではない。

△ 唯物論者はまるで赤ん坊の世話をしたがらないかのような言い草です。賀川にとって唯物論者とは生命の働きをも無視して、すべてを物質に還元して事済ませる人間と見えているのでしょう。しかしマルクスが「人類はその生活の社会的生産において」と言うとき、当然ながら、そこに赤ん坊の世話が入らないというわけではありません。

昆虫社会に於ける犠牲愛 昆虫社会を見ると、そこにも生命の犠牲がある。三代虫は子供に母胎を食物として与へ「カマキリ」や「クモ」の或者(タルランチュラ)は生殖後において雄は雌にその肉体を与へて卵に変化せしめる。これらの生物には「死」をば無視した愛情が、本能として種族保存に役立ってゐるのである。生物界においては搾取本能だけが、所有権を制定してゐるのではない。蟻には胃袋が二つあって、自己の胃よりか、他人の為の胃袋(咀嚢)の方が大きい。この嚢を活用して人口百万からのテキサス農業蟻が一つの巣に住んでゐる。下等な蟻のばあいですら、個人は社会組織の一員である。

△ 生物の世界では個体の生命よりも「種の保存」が優先されるということがあります。しかしその原理を直接人間の社会に適用すれば、人権が蹂躙されることになります。賀川は犠牲愛を生命の世界に見ますが、その「解釈」には保留が施されるべきでしょう。

その本能を通して、全体が祝福を受けてゐる。どんな職蟻にでも花粉に花蜜をまぜて与へると女王に変態するのである。生理的社会の極端な構造を持つ昆虫の社会において既に然りである。人間の社会が個人と全く独立して存在するなどゝ云ふことは独断の甚だしいものである。十九世紀初め、「社会学」なるものを始めて創始したフランスのアウグスト・コントの如き実証主義者ですら、「社会は精神の衣である」と定義を与へた。無政府共産主義者のプルドンや、クロパトキンは、コントの定義に基いて無神論的立場を取ったが、互助愛意識の心理的覚醒を社会進化の本質と考へた。その心理的本質性をあまりに過信する結果、彼らは中央集権的強権を無用なりと考へたのであった。マルクスには、この社会心理の動物学的基礎を極端に欠いてゐる。その結果レーニンの如き、無産者に名をかりて反社会専制主義を主張する者までがその後継者に現るゝに至ったのである。

△ 「生産力―生産関係」の仮説が、経済的視野に限定されていて、そこから社会変革を構想するとき、人間社会の「動物学的基礎」が見落とされてしまうということは、確かにあったことではないかと思われます。人間のなす有意味な行動はすべからく「ソーシャル・グループワーク」であり、それは「動物学的基礎」を持っているはずです。そこから人間の社会を考え直すとき、望ましい規範が見出されてくるかも知れません。しかし、それは、唯物論とか観念論とかの、イデオロギー的対立以前の問題です。そもそもマルクス自身は人間と動物との連続性と非連続性について考えた人であって、西洋的なヒューマニストであったとしても、単純に人間中心的な世界観に陥っていたとは言えません。

協同組合社会は個人意識に基く 生命世界は合目的の世界である。それは無意識的にか、意識的にか、撰択的に組立てられてゐる。その組立てが機械的要素を持ってゐるから、一目見ると唯物的に見える。それには、物理的に、化学的に或種の必然的条件が具備して始めて生命活動を始め得ることに成ってゐる。で、生命をも物理、化学的存在とするならば、それは大きな間違ひである。化学と物理の世界に撰択性の差がある如く(原子価の撰択性の如き)生理と化学に撰択的指向性の差があり、生理と心理とには更に撰択上の幅に差がある。人間の意志はこれ等の撰択性の凡てを綜合した大幅の領域を保証されている。

△ ここでは物理化学的、生理的、心理的という三つのレベルで「撰択的指向性」の差があるということが指摘されています。人間の意志は綜合的な指向性であり、大幅な領域が保証されていると言われています。私には唯物論者がこの見解に反対するとは思えません。世界の現象はすべて物理化学的であると主張するのが唯物論であるとは考えられないからです。しかし賀川が「存在の階層性」の見方を持っていることは重要です。

マルクスの時代は電動機やテレビジョンや原子力が発達してゐなかったから、十九世紀の機械的集積と圧迫に、機械文明が個人の意志と全く分離して抑圧した存在であると考へたものであらう。病的社会の社会病理にはかゝることが云ひ得る。然し小型の電動機を自由に家庭に取付け得る時代のスイス国の如き協同組合的生産は、マルクスの云ふが如き、悲観論のみが社会の実相ではないのだ。

△ マルクスは悲観論者ではありません。近代の機械文明とその生産力の可能性を疑っていたのではありません。その「資本主義的所有形態」こそが問題でした。機械の協同組合的所有が「全面的」に可能であれば、マルクスはそれを支持したに違いありません。

第四節 唯物史観は歴史の諸法則を証明せず

――唯物史観が歴史の全部ではない――

社会史合目的性 哲人カントは実践理性批判において人間生活に四種の目的のあることを指摘した。論理的合目的性、判断的合目的性、そして有機的合目的性がそれである。

△ 手許に『実践理性批判』が見当たらないので、「四種の目的」のうち、ここに掲げられていないもう一つの目的が何であるか、確認することができません。しかしここで注意すべきは「カントも目的論を説明原理とすることには反対したが、生物の有機体に見られる合目的性は機械的に説明できぬことを認め、それを〈あたかも合目的的に組織されているかのように〉考察することは可能だとして、機械的説明を規制する原理、それの発見的原理として合目的性を認めた」(後出)と指摘されていることです。近代以降の思想家のうち、臆面もなく目的論を「説明原理とする」人は、ヘーゲルを例外として、メジャーな思想家には見当たらないと言うべきでしょう。その点で、賀川は中世に逆戻りしようとしているのか、それとも現代の科学的知見が再びそれを裏づけているのかの、どちらかでしょう。ここで唯物論の観点から編纂されている『岩波小辞典哲学』から「合目的性」、「目的論」、「目的」の項目を参考までに引用します。それは、賀川の特異性(思想の古典的性格)を、逆の立場から浮き上がらせるためです。

合目的性 [原語(独、英、仏)略] 目的に適合していること.人間的事象のみでなく, 自然事象にも用いられる語.1)何らかの事象が目的を目指していること, 手段が目的に適合していること.2)部分が全体に, 全体の諸部分が相互に適合していること.――人間と衣服との関係のように目的と手段が外的な関係である場合は外的合目的性といわれ, 生物体や工芸品のように全体が目的, 諸部分が手段の意味をもつものは内的合目的性といわれる.かような合目的性は, 人間的事象においても, 必ずしも計画的な意識的目的活動を前提とするものではなく, 合目的といわれるあらゆる事象に擬人的な意識的計画性(例えば神の)を想定することは誤りである.合目的性の概念は, 意識的目的活動の場合以外では, この事態がいかにして生じたかの説明の原理とはなりえない.機械論的に説明できない場合は, 物質のより高次の運動形態によって明らかにされなければならず, これは広い意味での因果律を否定するものではない.→判断力.

目的論 [ teleology] 事物の生成変化や秩序を目的(*)の見地から説明しようとする考え方をいう.人間の行動にかかわる問題は当然に目的論的見方をしなければならぬ場合が多いが, 目的論的な世界観はこれをあらゆる事象に適用するものである.鼠は猫に喰われるためにあるというような考え方は論外として, 世界, 自然が一つの目的に支配されているという考え方は近世初頭まで支配していた.すでにプラトン(*)にも世界の事象はイデア(*)を目的として目指すという考え方があるが, この世界観を体系的に展開した最初の人はアリストテレス(*)である.彼は世界を質料(*)が形相(*)を実現して段階的過程と見なし, 形相を質料の目的因(→原因)と考えた.これには事物に固有な運動形態, 自己発展として合理的に理解される面もあるが, 形相は終局的には質料から分離され, 純粋形相としての神が自らは動かずして他を動かすところの終局的な目的因とされた.目的論はエピクロス(*)などが機械的唯物論(*)の立場から反対したが, ストア派(*)においても見出され, さらに中世のスコラ学(*)ではアリストテレスを継承するとともに, 世界の秩序を創造者としての神の知恵によって説明する考え方が支配した.近世になってデカルト(*), スピノザ(*), F・ベーコン(*), 18世紀のフランス唯物論(*)は目的論を排斥したが, もっぱら機械論(*)の立場からの批判であったから, 特殊な事物の内的な, 必然的な, 発展の合則性を明らかにすることができなかった.カント(*)も目的論を説明原理とすることには反対したが, 生物の有機体(*)に見られる合目的性は機械的に説明できぬことを認め, それを〈あたかも合目的的に組織されているかのように〉考察することは可能だとして, 機械的説明を規制する原理, それの発見的原理(*)として合目的性を認めた.ヘーゲル(*)は目的論のもとに, 観念論の立場から事物の発展の内在的原因, 内的な法則性を認めた.弁証法的唯物論(*)は外的原因を条件、内的原因を根拠と考え, それぞれの事物(運動形態)の特有の発展法則を認め, 目的論の誤りを批判すると同時に, 目的論のうちに提出されていた目的因の問題に真の解決方向を与えようとする.→合目的性、判断力.

目的 [ end, purpose, fin, Zweck] 人間が実現したいと思い, そのために行動の目標として設定するもの.従ってそれは, 少くとも主観的には, 実現可能と考えられているもの.目的は現実のうちに実現されるのであるから, その実現の方法は, 現実の法則に従わなければならず, 手段(英 means, moyen, Mittel)をも含めてその実現の全条件と達成される目的との関係は, 因果関係に従う.ところで, 目的は最初主観のうちに観念としてあるから, 実現の過程においてのみ客観的存在と交渉できるように見えるが, 目的は実際には, 人間生活そのものが含んでいる問題や要求に根ざしており, 単に観念的なものではなく, 目的の発見は人間の生活関係そのものの客観的認識の上になされうるのである.さらにまた主観的, 相対的な目的に対して客観的, 絶対的な目的自体を想定する考え方もあるが, これは目的と手段とをきりはなすものである.手段が目的によって決定されるばかりでなく, 逆にまた手段の考慮によって目的が決定される面もあるから, 手段と目的は相互的に規定するものと考えなければならない.

▽ ここから賀川の論述に戻ります。

もし、マルクスが歴史を唯物生産の形式にのみによって決定せらるゝと説くならば、歴史には勿論合目的性なるものは無く、ただ機械的廻転あるのみとなる。然らばそれを変革せんとする暴力革命も、階級意識も、合目的性の運動では無く、盲目的運動にしか過ぎないことになる。果してさうであらうか? 労動組合に果して目的が無いか? そして機械そのものに目的は無いか? 目的の無い機械は一つだって無い。機械は目的を以って発明されたのであり、搾取なき社会に於ては労力を節約し、人々を幸福に導くものである。

△ マルクス主義者は目的を否定せず、賀川のように絶対的目的を説き、目的論的に世界を説明することに反対するでしょう。それは上に引用した『岩波小辞典哲学』の解説によって明らかです。賀川は唯物論の現実的契機を見落しています。

機械は呪はるべきでない。呪ふべきは利己主義的搾取制度である。マルクスが機械生産の威力を恐れて、機械的生産社会と、人間個人が社会の前に全く無力と考へたことは、甚しい誤解である。

△ マルクスは機械的生産の威力を恐れたのではなく、搾取的な社会制度を批判しました。賀川には、マルクスに対する「甚だしい誤解」があります。

歴史の諸法則 歴史の合目的性を発揮する為めに七種の要素が必要であった。(1)生命の安全性(保健と平和)、(2)エネルギー増大とその蓄積(労力、機械力、動力、社会勢力)、(3)社会変化の能力(交通、運輸、通信、市場の開拓、言語の発達、社交性の進歩、自然環境の克服、社会環境への適合又は指導)、(4)社会成長の可能(社会意識の覚醒、教育、産業能率の進歩、経済利益、利子、利便の増大等)、(5)社会撰択進歩(性撰択の自由、職業撰択の自由、人格的自由の発展)、(6)法的秩序の発展(社会秩序の確立、社会企画、社会統制の進歩、社会組織の複合的目的化――組合の自由、自治体の自由、社会秩序の世界的進展)、(7)人生目的実現の可能(宇宙観、社会観、人生観の開拓――即ち宗教の意識的発達、芸術、科学、道徳の意識的覚醒)の七要素が歴史の方向を決定するものである。

△ 賀川は上の七要素が資本主義社会の中で制約され、方向づけられていることには言及しません。現体制がそのまま進歩していくと信じているのでしょうか。

人間活動と経済生産 経済生産がエネルギーの増大とその蓄積によって、文化、文明を促進せしめる重大なる役割を演ずることは勿論である。だがマルクスが云ふ如くその唯一の衝動力であると云ふことには無理がある。経済的生産とは云へない性慾衝動、保育活動、教育活動、意識開発の宗教運動並びに各種の「主義」活動が、反転して経済活動を活発ならしめてゐるといひ得ると思ふ。太平洋戦争の間百二十%の生産力を持ってゐた北海道の出炭量が、今日ほとんど同一の条件で八五%以下に低下したといふ事に、何かの心理的理由は無いであらうか?

物的経済力は、政治的支配慾に発展し、政治的支配力が軍事的征服慾に発展した過去の独裁者の心理的発展は何を物語るか?

△ 人間の文明は戦争によって発展してきたという側面があります。歴史にはファシズムがあり、また独裁的支配が見られます。人間は指導者の扇動に熱狂し、集団で破壊的衝動に身をまかせることがあります。歴史の推移を合理的根拠に基づいて説明するだけでは、そこから抜け落ちてしまうものがあります。賀川が言いたいのは、だから戦時体制の経済的生産力、鬼畜米英の愛国心に駆られた生産活動を賞賛するということではなく、歴史には経済的生産力だけで説明できない要素があるということでしょう。

経済史における社会心理的開展 社会の進化はマルクスがいふが如き唯物的生産によってのみ決定するものではない。マルクスの唯物史観によれば、ロシアや、支那に共産主義が発達することは不可能であって、アメリカやイギリスのみに共産主義が成立すべき筈である。然るに、唯物的生産の尤も(ママ)盛んな英国や米国に反共運動が盛んなのは何故であるか? 而も労働党を首相とする英国が何故唯物共産主義に反対するか?

△ これは既に繰り返し指摘されてきた論点であって、資本主義から社会主義への移行の必然性ということは、一つの歴史的「法則」として観念すべきものであるのか否かが疑問に付されています。ソ連邦の崩壊や、中国の現状を見れば、この疑念はさらに深まります。今なおマルクス・レーニン主義を強硬に主張する人たちがいますが、その主張が説得力を持つためには、この疑問に対する詳細な解答を求められることになるでしょう。

利益払戻を社会経済に組入れ、搾取なき社会経済を組織すれば、唯物的機械生産は無産者の圧迫組織とならぬ。このことはレーニンも一九二一年四月初めて気付き、彼の「暴力国家論」を一部訂正したことは、ロシア共産主義史を知るものがまづ記憶する所であらう。経済は分配消費が目的で唯物生産だけで凡ては決定すると考へたマルクスには全く無理がある。

△ レーニンは勿論、共産主義国家が暴力的であると主張したのではなく、資本主義国家の暴力性、強盗性を指弾しました。それは現代のアメリカの行状を見れば明らかであって、それについては誰しも反論できないでしょう。問題は、賀川が「利益払戻を社会経済に組入れ、搾取なき社会経済を組織すれば、唯物的機械生産は無産者の圧迫組織とならぬ」と、いとも簡単に言ってのける体制を、誰がどのように実現するかにかかっています。格差が拡大する一方の資本主義社会で、それはいかにして可能になるのでしょうか。

第五節 経済目的の非物質性

――マルクスは目的と過程を取違へてゐる――

経済目的と生産過程 人間は眠むれば無意識に陥り、醒むれば活動が始まる。然し眠ってゐては歴史は書けない。だが生きてゐることにおいて、寝てゐる時も醒めてゐる場合も少しも変ってゐはしない。ただ人間活動において異ってゐるのだ。食物は物質であっても人間はそれを心理的に摂取してゐる。鉄鎖は物質であっても、これを打切る力は心理的なものである。賃金は唯物的なものであってもストライキは心理的に決行される。間違へてはならない。肉体、団体、国体、政体と「体」をつけて考へるから、社会は必ず唯物的でなければならぬと思ふことの行過ぎである。意識なくして社会結合は無いのだ。

△ 眠ったり、気を失ったりしているとき、意識はありません。動物にも意識はあるのだと思われますが、人間は意識していることや、気づいていることを言葉で表現することができます。マイケル・ポラニーの言う「分節知」(articulate knowledge)は言葉がなくては与えられないでしょう。「社会結合」は動物的な基礎を持ちますが、分業が進み、知識が発達した人間の社会では、意識が高度化され、それなしにいかなる社会生活も成立しないということは確かなことです。人間は心理的意識的な動物です。

インフレの心理と唯物史観 紙幣は、通貨であっても、インフレ時代においては紙屑にも値しない。それは生産されたものである。然し紙幣が生産されるほどその効用は低下する。唯物的生産の形式が歴史を決定しないことを紙幣の生産だけで証明するのは無理である。然し、目的が人生目的の意識開発にならぬものならば、どれだけスピードをもって生産されやうと、真に社会経済的価値を持つものといふことは出来ない。機械をいくら製造しようと、悪い機械の売行はわるく、その注文はすぐ取消され、その事業はすぐ破産する。社会主義経済もこれを無視できぬ。凡ての労力が神聖なのでは無い。目的の神聖なものに使用する労力が神聖なのである。すべての唯物的生産が歴史を決定するものでは無い。却って無用なる軍需品の生産の如きものは文明を破壊する。ロシアが一九一七年の革命後軍需生産のみに力を入れてゐる為めに、今なほ日用必需品に困難を感じてゐるのはこれを証明する。

△ この段落は未整理であって、何を言いたいのかはっきりしません。多分、経済活動は目的的であって、何でも作ればよいというものではないと言いたいのではないかと思われます。紙幣の製造は、経済活動と密接に関わるものですが、紙幣の価値はその紙質や印刷の技術にあるわけではなく、市場に出回るその量と利率が交換価値の指標とされるところにあります。インフレデフレは多分に心理的な傾向に左右されますが、そこには生産物の売れ行きの問題がからんでいます。インフレの時には物価が高騰し、デフレの時代には価格が下落します。そのメカニズムは、目的の神聖さとは関係がありません。軍需生産で儲ける者がいるから、今日でもそれは盛んに行われています。平和を目的とする社会では、軍事産業はあってはならないはずのものですが、依然として、それは世界中の経済活動の大きな部分を占めています。そして日用必需品に事欠く生活をしている人たちが、なおも世界の人口の多数を占めています。所得格差、貧富の差は世界の現実です。

生産効果と生産過程の区別 トマス・エヂソンが「宗教と科学とが一致しなければ、文明は呪はれる」と遺書のやうなことを書き残したことを、私は今も忘れることが出来ない。愛なき唯物生産は無効である。愛の衝動を持って聾唖者を救はんと試みたグラハム・ベルの電話の発明は、人類を祝福した。破壊的原子爆弾は人類の呪である。葡萄糖を機械的に澱粉から製造しても、もしそれが、酵素菌を作用して製作したもに較べて劣ってゐるとすれば、それは捨てられてしまふ。唯物的生産の形式が経済史上を必ずしも飾るのでは無い。その生産の効果が「価値」を持つのだ。価値は心理的なものである。「目的」を忘れて「過程」だけを八釜敷く云ふマルクスの唯物史観には「過程」上の誤謬がある。「物」は人生に取って一つの手段であって、真正の目的では無い。キリストも云ふ「生命は糧にまさり、体は衣に勝るならずや」と。

△ 目的と過程とを切り離すことはできません。過程とは、人間にとって、目的と手段の系列であると言うことができます。問題は、手段が誰かによって所有されるものであるという点にあります。手段が所有されることによって、目的が実現します。手段を持たない者は、手段を持つ者の手段の一部として、その目的実現のために使用されます。使用人にも生活上の目的がありますが、それは雇用主の目的に従属させられます。過程を無視する賀川の議論は、目的を観念的に捉えることにならないでしょうか。

社会目的と個人目的の合致 日本の多くの紡績女工は二重の目的を持って工場に這入る。一つは結婚資金を稼ぐためである。も一つは余暇時間を利用して高等教育を受けるためである。それで、善い工場ほど善き教育機関を持ってゐる。私は紡績会社の資本主義制度を弁護するためにかく書くのではない。私は日本が一日も早く目醒めて凡ての紡績を協同組合生産工場にすればよいと思ってゐる。然し、たとひ社会主義工場にしてもマルクスが信ずる如く社会機構と個人生活が全く別のものであり、その生産作業は個人の合目的性を満足させないとすれば共産主義は永遠に成立しないことになる。否、社会目的と個人目的とが合致して行く所に、恋愛の苦労も、生産の労苦も共に忍び得る喜びがあるのである。マルクスの如く凡ての生産は搾取的にのみ成立すると考へる間は、機械工場の勤労生活は呪ひの生涯となる。だが、協同組合工場による愛と自由の組合社会主義ではスウェーデンやスヰスにおいて見る如く、大衆はその日の労働を喜び、工場は宮殿の如く輝いてゐるのである。マルクスは精神的動機を持つ協同組合の生産作業を自ら経験したことがないから、大きな誤謬に陥ったのである。

△ かつての「女工哀史」は日本の工業化の一側面です。賀川は女工の「二重の目的」を指摘します。その個人的目的は紡績会社の目的とは異なります。その齟齬に資本主義社会の問題があります。しかし賀川はそこで立ち止まらず、いきなり協同組合工場を取り上げます。そこへの移行(過程)を問題にはしていません。そうなればよいと言っているだけの話です。「日本が一日も早く目醒めて」とあるのは、何も主張したことにはなりません。またマルクスが(資本主義社会の制約のもとでは)「社会機構と個人生活が全く別のもの」であると言っていることを、たとえ社会主義社会になっても、それは変らないかのように考えていると見なしています。マルクスが「社会目的と個人目的の合致」を追求した人であるということは無視されます。賀川にはおそらく「目的が現在する」という感覚があり、マルクス主義者が未来に望む理想の状態が、(覚醒次第で)今直ぐにも実現すると考えられているのでしょう。相対に絶対が内在するという思想がそこにあります。個人の生き方の問題としては、この観点は重要です。同じ悲惨な境遇にあっても、なお積極的に生きようとする力が、そこから導き出されてくるからです。ある状態が到来するまで個人は決して解放されないと考えるならば、現在の状態はただマイナスの評価を受けるだけで、未来は闘い取るべきものとなります。ここに大変微妙な問題があります。


第六節 技術は唯物的でない

器械と知識の開展 唯物史観では、器械によって文明の形式が異なり、挽臼の時代は封建時代であり、蒸気機関の時代は資本主義の時代であると主張する。深く考へ無い人はすぐこれに感心するであらう。然し、も少し突込んで研究すればこんな器械位の差で文化、文明が甚しい意識の差をうみ出さぬことを発見するであらう。メノナイトは昔から四世紀以上も精神主義的共産主義者であるけれども、器械は石臼でも、蒸気機関でも撰ばない。或メノナイトの分派では、マルクスの反対を主張し、進んだ機械を使用すると、共産主義が崩れるから出来るだけ便利で無い方が善いと考へてゐるものもあった。

△ マルクス主義は近代的な思想であって、科学的機械的生産力の発展が新しい社会関係を要請し、その上で初めて社会主義的社会が築かれると考えられているのは明らかです。しかしそのような文明の発展史観を単純に肯定できないところに、今日の我々の置かれている状況があります。低炭素社会という目標は明らかに工業化への反省を伴っています。経済成長と低炭素社会という相容れない目標が今日の時代を特徴づけています。賀川は、アーミッシュなどの宗教的共産主義を一つのモデルとして提示しますが、そこに根本的な解決があると見なし得るか否かは、また別の問題であると言うべきでしょう。

石臼が必ず封建主義を産むならば、なぜメノナイトが石臼を持ってゐて、封建制に反対するキリスト教共産制度を奉じ得るのか? 蒸汽機関や、電気的機械文明が、必ず資本主義的で無ければならぬなら、唯物共産主義になる為めにはこれらの機械を凡て破壊しなければならないでは無いか? 民主的社会主義はブルジョア革命であり、唯物独裁主義だけが共産主義であり得るなら、その時代の機械にはどんな機械を使用するのか? 社会主義はヂーゼル式内燃機関で、共産主義は電動機か? そんな形式的表象で、文明の階段がつけられ得るものでは無い。

△ 賀川は共産主義をカリカチュア化しており、かなり低次元の共産主義批判を試みています。また革命の過程で「唯物独裁主義」(民主集中制)という政治形態が必要とされるという、政治のリアリズムにも目を向けることはありません。しかし生産力の発展が新しい生産関係を生み出すという「仮説」に根本的な疑問を抱いており、代わって人間の意識に強調点を置こうとしています。

機械は知識の結晶品 機械は文明の知識の結晶である。それが大切なものであることに違ひはない。然し、骨組だけで能率の上るものでは無い。筋肉もいれば、神経も必要である。キリストは云ふ、外なるものは人を穢さず、内なるもの人を穢すと、機械に罪は無い。文明、文化の変化はその慾望の内容にある。私利私慾に浸ってゐるものが機械を所有するから資本主義になるのであって、協同組合が所有し、社会が機械を所有すれば、機械は実に有難いものである。

△ 生産手段の社会的所有ということに関して、賀川はマルクス主義に対立しているのではありません。問題はその実現の方法にあります。

少数の資本家が機械を所有すれば、その社会が無産化することは必然である。だから無産者が機械を所有すれば、社会主義化することもありうることである。だが、機械を所有したからすぐ幸福な生産社会が出現するとは限らない。無産者が怠惰で、無智で、不道徳で、無秩序で、独裁主義を喜ぶならば、共産社会が出現しても、生産は減り、闘争と不道徳の結果犯罪は増加し、役得は階級化し、共産社会は自由の無き一種の奴隷社会と何等撰ぶ無き珍風景を演出するであらう。

△ 賀川がここで指摘していることは「共産主義者」の不興を買うでしょう。しかし社会主義諸国家が辿った道を考えれば、あながちそれが反共的な虚言であると断定することはできません。だからと言って資本主義社会の現状が美化されてよいものでもありません。問題は、いずれにしても人間はそれほど立派な存在ではないということにあります。冷戦時代のプロパガンダは、歴史の審判を受けて、どちらか一方が正しいというイデオロギーそのものを無効化してしまいました。そして世界は依然として「国家=資本複合体」とも言うべき、国家が資本と私有財産を擁護し、格差を助長してでも「経済成長」を促進する体制とその政策によって動かされています。

道徳実践が第一 共産主義が完全に社会福祉を保証するには、意識的道徳性の条件が必要である。即ち勤勉で、他愛的で、純潔で、無慾で、権力に冷淡で、向学心に燃え、社会秩序を重じ、暴力に訴へず、常に発明に熱心で、他人の自由を極度に尊重すると云ったやうな人格の結合体で無ければ、共産主義社会などと云ふものは決して出現するもので無い、それを瞬間的武力抗争や、階級的暴力行使によってどんなに道徳を無視してもよいと考へるのでは、生産者自身が、消費者階級である立場から考へても、階級的自己分裂を生じ統一社会を作ることは出来ない。意識運動が先づ必要なのは全くこのためである。

△ 賀川が考える「人格」はきわめて理想主義的です。万人がそのような「人格」である社会は百年河清を俟っても実現しないのではないかとさえ思われます。しかし社会成立の道徳的条件を無視して、単に制度を整えるだけでは、社会は決してよくならないのも事実であると言うべきでしょう。だから、どうしても制度を支える意識が問われることになります。そこに人間社会の矛盾が露呈しています。「戦争国家」アメリカが自由と人権を主張するなどという、甚だしい矛盾も生じてきます。

社会連帯意識、即ちキリストの云ふ「愛」の運動が社会組織の根幹をなすといふのはこのためである。その愛を無視して、機械だけが文明の形式を決定するといふのはあたらない。それは文明の骨組みではあり得るが、血肉ではあり得ない。愛の無い所に真の共産主義は発生しない。唯物史観だけで、決して愛を中核とする歴史を発展することは出来ない。機械文明は知的精神の発展であり、その展開に、協同意識が伴い得なかった所に現代文明の悲劇が生れてゐるのである。

△ 人間がその社会組織を支える意識は、現実的には、帰属の意識であり、所有の意識であり、支配の意識です。それを越える広汎な社会連帯意識を持つことは、人間の傾向性に逆らっています。賀川の言うキリストの「愛」とは、帰属・所有・支配を超える連帯意識のことで、そこに「贖罪愛」を見ているのでしょう。しかしキリストの教会といえども、現実には「帰属・所有・支配」(「同その2」)の現存在を脱却してはいません。特定の教会に属し、その信仰告白を受け入れなければ、「キリスト」の愛を理解できないとされているところでは、社会連帯意識性は教会の中に閉じ込められることになります。従って賀川の主張は通例の教会の教説を越え出ているところがあります。その思想はだから「社会的福音」の系譜に属すると言ってもよいでしょう。

第七節 発明は精神の産物

技術史は精神史である 技術史を唯物史観的に説明しようと色々唯物弁証論者が無理をする。だが、いくら無理をしても、発明と発見の歴史を、環境と唯物論で証明出来るものではない。技術史は精神史である。技術史を如何にして唯物的に証明せんとするか? 古代エジプトの第十一王朝時代にシナイ半島の宗教的記念碑に二十四のアルハベットが始めて形象文字によって書かれた。それを小アジアのフェニキヤ人の天才が更に改良して、今日のローマ字アルハベットを創作したのであった。しかしフェニキヤ人は、そのアルハベットがエヂプト人「テウト」Taautの発明だと永遠に覚えていたのであった(オルムステッド著「シリア・パレスタイン史」二四二頁参照、)。

△ 上に引用された本はA.T. Olmstead, History of Palestine and Syria to the Macedonian conquestのことではないかと思われます。文字の発明は人類の精神史において画期的なことでした。それによって知識の蓄積と時空を越える伝達が可能になりました。記憶は記録によって補われることになりました。賀川はそのような発明、発見に「意識化」の極を見出しています。技術史は精神史であるということになります。技術の発達と知性の発達は相関しているという意味では、まさにその通りでしょう。しかしそれは必ずしも道徳の発達を伴いません。

唯物史観から言えば、地中海の商業的発達がアルハベットを産み出したと言いたい所である。なるほど、その流布は地中海領域であった。しかし何故フェニキヤ人だけが、航海力を持っていたのか! 或人は「レバノンの香柏が船の建築材料を提供したのだ」といふ。たしかにそれも理由の一つである。だが船だけでは航海はできない。フェニキヤはエヂプトの属国であった。それで、エヂプト人はレバノンの香柏を用ゐていくらでも船舶の建造が出来た筈だ。またフェニキヤに限らない。クプロ島、ロード島、クレテ島には建築材料は沢山あったのに、何故造船術が進歩しなかったか? フェニキヤ人が航海に優れてゐたのは北極星を航海に利用することを覚えたからであった。北極星の発見! たった、それだけ! この簡単なことによって夜中でも自由に航海することを発見したのがフェニキヤ人の発展した理由であったのだ。

△ 造船技術と航海術とは直接には結びつきません。北極星の発見と造船技術とをつなぐ論法には飛躍があります。しかし北極星によって自分の方位を見定めるという技術の開発は、文字の発明同様に、画期的な出来事であったことは確かでしょう。それは羅針盤へとつながり、ジャイロコンパスを経て、今日の航空技術の基礎ともなっています。

数学の発明は天才の産物 三角術の発明、代数、幾何の発明が、特定の社会活動の背景を持ってゐたことを私は否定するものではない。唯物史観論者は、この社会活動をすぐ唯物史観と受取る所に無理がある。だが、これ等の学問はみな天才の発明と、その時代の教育組織無くして今日我々に譲渡されたものでは無い。タレスが三角術を発明し、ユークリッドが幾何学を発明したればこそ今日に残ってゐるのである。たゞ唯物的環境が悟性に訴へて数学が出来たのではない。菓子をみて唾液を出すやうに、科学が生れたものでは勿論無い。

△ 発明、発見にはマイケル・ポラニーの言う「創発の暗黙知」が働いています。天才的頭脳は、自然の隠れた秩序を洞察し、それを表現します。それは単に悟性の働きであると言って済まされない、人間の精神の微妙で、全体的な活動です。単なる条件反射(菓子を見て唾液を出す)では片づけられない複雑な機構を備えています。しかしそれは唯物論では解明できないと言い切るとき、人間の精神が神秘化されてしまうことにも警戒すべきでしょう。意識は、環境から遊離して働いているわけではありません。学問には学問を育成する環境があるのであって、賀川の言う「教育組織」もその環境の一つです。

学問は富を超越する 社会活動の遺伝無くして一つの技術だって永続するものでは無い。それには社会教育と産業による社会活動が必要である。この社会活動はその種族とその社会の生命力であって、唯物論ではとけない。スエズ運河もパナマ運河もフランスの宗教的情熱を持ってゐた土木技師リセップによって開さくが試みられ、そして成功した。何故トルコ人や、エヂプト人が成功しなかったか? 支那のリヒトホヘン地帯は石炭の宝庫である。何故支那人がこれを掘ることに成功しないか? 「物」が事業を決定するので無く「人間」が――否彼の精神がこれを決定するのだ。

△ 西洋の「開発的侵略的」精神が近代という時代を作り上げたと言っても過言ではありません。それは単に肯定的に理解されるべきものではなく、なぜそうだったのか、近代の科学的精神の根底に何があったのか、今日ではそれを冷静に吟味すべきときに来ています。賀川も西洋の植民地主義(開発的侵略主義)を手放しで肯定するわけではないでしょう。技術史は唯物論的に説明できないと言うだけでは、問題は解決しません。

近世発明の歴史は決して唯物史観では説明出来ぬ。発明教育、社会教育、技術教育が進歩していない所に技術の進歩はない。教育をただ唯物的に説明することは出来ない。ペスタロッチやフレーベルは富有階級の間から産れた教育運動者では無い。フランス革命時代にペスタロッチは飢民の孤児を救はんための人道主義を根底として世界で始めて普通教育に手をつけた。エヂソンの発明は貧乏のドン底で生れた。発見は富有階級のみが所有するとは限らない。フォードの自動車は貧乏人長屋で発明せられた。マルコニイを除く外、電気の発明家の殆んど凡ては貧乏の中に発明を完成してゐる。学問と技術は貧乏でも好きなものが多い。技術の進歩は富を産むが、富が技術を産むとはいへない。世界一の金持印度のハイデラバット王は、最も非科学的世界に住んでゐたではないか。

△ 時代の制約とは言え、賀川はここでは「近代主義者」として物を言っています。技術の進歩が富を生むことを楽観的に肯定しています。技術が人間を幸福にするということを疑ってはいません。そしてその根底にある近代的科学的「精神」を賛美しています。今日の我々の生活はその延長上にあります。しかし我々は、技術の利便性に浴しながら、他方では戦争と格差と環境破壊、そして市場と資源の争奪という近代社会の裏側にあるものに、さらに深刻な形で直面せざるを得なくなっています。人間の社会は、ただ一直線に幸福に向かっているわけではないことを思い知らされています。

第八節 技術道徳なくして産業なし

技術道徳の低下と日本の危機 設備も変らず組織も相変らず人員も余り変らないのに、技術が恐しくおち、商品価値がなくなってゐるのが、敗戦後の日本における精密工業の状態である。そのために日本の工業は全く危機にひんしてゐる。その一例をセレン整流機についていふことができる。日本の通信機械になくてならぬものは、セレン整流機である。栃木県日光にある古川精銅所などでセレンを精製してゐたが、昭和二十年頃まではその技術が必ずしも西洋諸国に劣ってはゐなかった。しかるに敗戦後三年を経て今日になると問題にならぬ位技術がおち、とても通信機械に使用できない材料になってしまった。

セレンは原子番号三十四番目の原子であり、原子価は第六族に属し、酸素と同じく陰性二価おいて常に活動してゐるものである。この半金属性の原子は交流電気を直流になほす力をもってゐる。だが、酸素、硫黄、銅、銀、鉛、テルル、鉄、酸化珪素等といつも結合してゐるために、不純物が多く、これを化学的に精製する技術が、道徳的訓練をさへ必要とした。敗戦前には、古川の日光精銅所などにおいても、九十九・九パーセントまでセレンを精製して、ほとんど純粋にちかいものをつくり得たのである。

ところが、終戦後唯物思想が盛んになるとともに、日本の技術は低下し、現今ではよいもので九十八パーセント、悪いもので九十五パーセントの純度をもつものが市場に現はれだした。これではとてもセレンの結晶体をつくり、交流電波を正流になほすことは不可能になってしまった。ことに、その不純物に銅、銀、鉛、テルルの四種類が混入してゐると、通信事務に非常にさしつかへが来る。いはんやこれを海外に輸出することなどは思ひもよらぬことである。

△ 敗戦によって、日本人が道徳的支柱と言うべきものを失ってしまったということは、よく指摘されることです。GHQの統治下ということもあり、多くの日本人がキリスト教に改宗しました。賀川はその流れを推進する人の一人でした。しかし、キリスト教の人口は、相変らず1パーセントに留まっていて、減少の傾向すら見えます。ところが工業技術だけは飛躍的に発展したと言えるでしょう。それは「技術道徳」の向上によるものでしょうか。戦後の唯物的傾向と言われるものの奥底に、日本人のどんな欲求が働いていたのでしょうか。宗教や道徳は別として、「欧米並の暮らし」ということが理想(あこがれ)として与えられていたと言うことができます。欠損を埋め合わせるものとしての欧米というモデルが、強く意識されてきたと言えます。しかし今や西洋の「魔力」も失われて、日本がいかなる意味でひとり立ちできるかが再び問われています。

唯物思想と技術の低下 では、このやうな製品を今市場に出してゐる工場が、戦前に比べ設備や組織や人員に変化があったかといふに、それは少しも変化してゐない。それで技術家の間においての結論は、日本において技術道徳がおちてしまったためにかくなったとされている。手間をはぶき注意力をおこたり近視眼的にごまかさうとするところに技術の低下がある。

これは、乾電池に必要なる炭素棒についても同じことがいへる。米国あたりの乾電池は炭素がよいために、二年間位つかへる。日本のものになると、わづか三ヵ月位でだめになる。そこに日本技術の米国品に劣る理由がある。同じ材料を使ひ、同じ法則を応用しても、唯物的ならざる人間智能の差が、道徳的条件による精製の上に差を生じるのである。

△ 敗戦後の失意と疲弊は深く、工業製品の品質の上にも影を落したということでしょう。しかし日本の産業面での立ち直りは道徳的条件の向上によるものでしょうか。今は過去のものになりつつある年功序列や、終身雇用などの日本的制度、そして全社的な品質管理の努力(QC運動)は、「技術道徳」の問題だったのでしょうか。それが道徳の問題であったとすれば、いかなる性質の道徳だったのでしょうか。

技術道徳とスイスの精密工業 これはスヰスの時計についても同じことがいへる。スヰスでは空気時計といふものを製造し空気の変動によって、永久にまかない時計を製造してゐる。私も日本敗戦後重工業が禁止せられたのち、軽工業に移行しなければならぬことを知って、時計学校を計画してみたが、時計といふものはただ唯物的に材料を揃えただけで出来るものでない。スヰスの技術者が数百年もかゝって、努力してきた精密工業の「勘」(心理学的直観)が世界無比の技術的の集積となり、ここに世界一の時計工業が発達しなのである。これを唯物的にのみ考へて、機械と材料がそろへば、凡ての製品がすぐにできるやうな考へをもつものがあれば、それこそ工業運営を全く知らないものといはねばならぬ。

△ ここでも賀川の記述に反して、日本の企業の技術力の高さということを考えます。それは必ずしもスイスに見劣りするものではないでしょう。特に中小企業の技術力の高さは注目に値します。今日では大企業からの注文が激減し、日本の中小企業を退職した技術者が中国や韓国に高い給料で採用されるという事態が生じているようです。中小企業の高い技術力を支えた「勘」は何に由来するのでしょうか。

これは工場経営の技術、輸送の手順、事務管理、通信発送の上においても、みないへることであって、経済が唯物的にとり扱へるものならば、「主義」経済は発生しない筈である。経済が価値運動であるといふことは産業心理が経済運動の主軸をなしてゐるといふことである。これを理解せずして歴史を物理学的に説明せんとすることは暴挙であるといってよい。

△ 資産(asset)が物質的であるとは限りません。しかし今日生じていることは、労働力のコストの安い地域に産業が流れるという傾向です。グローバリゼーションが進行して、資本の移動が生じています。日本に蓄積された技術がもはや国内では買われないという危機が生れています。賀川は「主義」経済を説きますが、グローバリズムという「主義」は、一地域に資産や技術が蓄積されるという従来の常識を覆すものです。そして日本では産業の空洞化が起り、新しい「経済運動」が起る気配すら感じられません。しかし企業が富んで、国民が飢えるという事態は、資本主義の究極の姿なのかも知れません。

第九節 所有権の社会心理性

実存と表象の差 唯物史観を論ずるものが、社会といふものを決定的に考へ、唯物的にしばられたる一の実例として所有権をもちだすものがあるが、それは大きな誤謬である。所有権の「権」は、社会心理的存在であって、決して物質的なものではない。唯物論者の弁証法的誤謬は、実在と現状的表象とを混同するところにある。公証役場で作成する証書は、物的表象であって、実在物そのものではない。同様に、所有権といふ権利は、物質的なものではなく、社会心理的生命活動の一平面において、社会権力が認定した活動の一定領域を意味するものである。

△ 所有権、既得権という「権」は、確かに国家という社会権力が認定した活動の一定の領域を表わすものです。それは決して物的に固定したものではありません。しかしそれは唯物論者といえども認めるところでしょう。唯物論者がそこで間違っているとは考えられません。なぜなら所有が物的階級的に固定したものではないからこそ、土地や生産手段の社会的所有ということも主張されうるからです。しかし所有は心理の問題であると共に、制度の問題であるということを、賀川はどう考えているのでしょうか。

物質に反映する生命価値 従って、物質に価値があるのではなく、社会生命が物質に作用し反応をおこして、社会心理的にその生命活動の領域を約束したものを普通所有権といってゐるのである。日光、空気等には所有権を主張するものがない。川や湖水の水、また天から降る雨に対しては、それが物質的なものであっても、我々は所有権を主張することはできない。しかし沙漠を耕作するために地方より汲み上げられた水に対しては所有権の主張がなされる。シベリヤ草原において、土人は土地の所有権を主張しない。しかし人間がそこに定住し、その土地に対して、人間の生活活動を反映し、労働力をつぎ込み、土地が人間的になって来ると共に、所有権の問題が起る。

この物質の人間性、即ち土地の心理化の程度によって、所有権に濃淡が発生する。

△ 人間にも動物同様に縄張り(活動範囲、テリトリー)があります。シベリヤ原住民にも縄張りがあるに違いありません。しかし土地を区画して、どこからどこまでが誰の所有という意味での所有権を主張しないだけのことです。土地が封建主義的に所有されれば、それは領主のものとなり、資本主義的に所有されれば、それはその土地を購入した地主のものとなります。問題は制度としての所有にあるのですが、賀川はその問題を「唯物的」と受け止めているのでしょうか。ひとえに所有の心理面を強調しています。

所有権心理の進化 子供らの間に行はれてゐる所有権の心理的発達をみても、よくこれが理解できる。ビール瓶のかけら、捨てられた茶碗の破片、梢より落ちたいてふの葉っぱ等大人にとって全然無価値なものでも、遊戯にしようとする子供にとっては、所有権の争奪がおこり、喧嘩の種となる。

この場合、大人にとって無価値なものが、子供にとっては価値が発生する為めに、所有権が主張せられるのである。たしかにそれは客観的物体の争奪であるから、唯物論者からいふならば、ビール瓶のかけらが子供の心理を決定したといはなければならないところであらう。だが、次の瞬間に、遊戯の種目が変れば、そのビール瓶はなげすてられてしまふ。

これによっても解る通り、ビール瓶のかけらが児童の心理を決定したのではなく、児童の心理がたまたま遊戯の種目を、おはじき、石けり等に決定したために、ビール瓶のかけらに価値が発生したのである。

△ 児童がガラクタに興味を抱くのは、遊戯との関連だけではありません。ガラクタは、それ自体の魅力を持っているからこそ、それを集めることに興味を覚えます。その収集の性癖は、時に、人間が何かを持ち、その種類のものを集めることにこだわるということの原初的な形態です。大人になっても、様々なコレクターがいます。しかし子どもの興味点は、そのときの関心や成長に従って、簡単に移行してしまうということも事実です。

権力の進化と所有権 所有権にも流行心理が働き権力の進化が心理的に成長するものである。つまり所有権といふものは、物価が決定するものでなくなくして人間が決定するものである。その人間が社会心理的に成長すれば、所有権の内容は変化すると。社会心理の変化を計算に入れない唯物史観的な所有権の主張は、今なほ地球の周囲を太陽が回転してゐるといふに等しい。

△ 土地や生産手段の所有、あるいは奴隷の所有ということを、賀川はどう考えているのでしょうか。そのときの流行現象は消費活動として確かに存在しますが、その社会心理がすべてを決定しているわけではないでしょう。封建制的所有と資本制的所有の違いは単に社会心理の問題なのでしょうか。武士の禄高はいかなる社会心理がもたらしたものなのでしょうか。また派遣労働者の賃金はいかなる社会心理的現象なのでしょうか。ここでも、制度を視野に入れないで、単に社会心理的な説明を施すことは困難でしょう。

レーニンは共産主義を主張してをきながら、農民に向って小規模の私有地を認めた。それは、何に原因してゐるのであらうか? 共産主義を徹底的に断行するつもりならば、私有財産を全部否定すべきではないか? しかし、土地といふものは、大工が使用する道具と等しいものであって、人格の反映がなければ絶対に生産量をますものではない。土地を国有にしたから生産が増すと思ふことは大きな間違ひである。所有権といふものは、人間の意識活動を離れて論ずることは絶対にできない。結局所有権は社会心理の反映にしかすぎないのである。

△ 土地を国有にしたからといって、すべての問題が解決するわけでないことは、今日の中国を見てもわかります。しかし賀川は、だから私有財産制度は擁護されるべきであると言っているのでしょうか。人間は自分のものだと思えばこそ張り切って仕事をするという面があります。そして成功する者もいれば、失敗するものも出てきます。制度という関係の惰性態が人を生かすのではなく、自分を成功者として立てたい(「立身出世」したい)という動機が、人を奮い立たせます。しかし賀川はそれだけのことを言いたいのでしょうか。おそらく人間には制度以前の問題があるということを言いたいのでしょう。

第十節 生理経済より意識的経済心理への発展

物理化学的条件の支配即ち歴史 人間は土地の上に住んでゐる。それで土地の物理化学的条件が、人間の生活を規定してゐることを認めなければならない。それと同時に、土地から生産せられた物品が、人間の生活を限定づけることも考へねばならぬ。この方面のみを重大視して、唯物史観ができ上ってゐる。しかし、かうした物質的条件が人間社会を支配するのは、生理的機能の範囲に止まる。人間が心理的発明と発見をなしとげ得る時代になると、逆に、人間がその土地を改良するやうになる。

△ 賀川はここでも架空の「唯物史観」に敵対しています。唯物論者は人間の発明と発見の働きを一切無視するような言い方をしています。土地の改良は唯物論者の視野に入って来ないかのような言い方をしています。しかし当時の唯物論的な主張が賀川にそのような偏見と誤解とを与えたということは、十分にありうることです。革命が一切に先行するのならば、すべての改良主義的行為は無意味なものになります。それはまるでキリスト教の終末論のようなもので、すべての体制内的行為が糾弾されることになります。

ここに砂地がある。その砂地に小屋が建ってゐる。砂地の非生産的なことを知ってゐるものなら、そこは住めない筈である。ところが、人間がその砂地を改良することを、心理的に考案し、石灰を運び、木炭を入れ、堆肥をまき、それにミミズを飼育して、土地を改良すれば、砂地が良田に変はる。かうした方法をとらなくても、松を植え、その間にアカシヤを混植し、アゾトバクテリヤが豆科植物の根に群生することを学び得たものは、砂地を改良することも出来る。

△ 人間の知恵(科学的知識)が人間の生活を改良するということは、疑いの余地がありません。それはキリスト教信仰の問題でも、弁証法的唯物論の問題でもありません。無理に何かのイデオロギーに結びつける必要はありません。しかし事柄が資本制的生産様式に結びつくと、たとえば「生物資源」は先進諸国の製薬会社によって研究され、そこで開発された薬品は商品として売られます。そしてその資源を提供している開発途上国の生活は、依然として貧困と病苦の状態に据え置かれます。人間の知恵を賛美するだけでその問題は解決しません。しかし賀川の強調点はあくまでも意識の開発にあります。

かく考へると、物理化学的条件は生命活動の生理的方面に大きな影響があるけれども、人間が個人的に、また社会的に成長して、環境を変化するやうになれば、その心理的成長の水準に従って、ちがった意味の物理化学的条件が随伴して来る。絶対に物理的要素がとり去られるといふことは考へられない。しかし、人間心理が成長すると共に、物理化学的条件が人間の心理法則によって、使役され支配されるやうになる。砂漠の風を利用して、地下数千尺の地下水を表面に汲み上げ、そこをオアシスにしてゐる米国ユタ州のモルモン教徒の成功を見ても、私は宗教的信念と科学技術が一致した場合、沙漠が芦茅の茂るところとなると預言したイザヤの言葉を信ぜざるを得ない。

△ 賀川は意識の開発(発明・発見)に宗教的信念が伴うことによって、望ましい社会が実現すると考えます。それを妨げる社会的制度的要因の変革や除去を優先させて考えてはいません。それはアプローチの違いと言うべきことなのでしょうか。

沙漠が美田に変る 運河によってサハラ沙漠にアカシヤの森ができ、スエズ運河の両側は昔沙漠であったものを今はアカシヤの森にしてゐる。米国においてコロラド河の水をアリゾナの沙漠に導き、近いうちに三百万町歩の美田ができることになってゐる。これを見ても、物理化学条件のみが人間を支配するのでないことがわかる。成長した人間においては、社会心理的法則が人間の物質的環境を、ある一種の条件のもとに自由にするものである。

△ 人間には人間の環境があります。物理的、生理的、心理的条件によって、その環境が変えられていきます。物理化学的条件だけが人間の環境を決定するのではないということは、言うまでもないことです。

社会的自由発生史即ち歴史 この社会心理的客観の諸条件を、唯物史観の名のもとに生理的条件と一緒に混同してゐることは分析不足から来る誤謬である。

△ 賀川の言うことを繰り返すと、唯物史観は社会心理的客観の諸条件を、生理的条件と一緒に混同しているということになります。しかし生理的条件が満たされないのであれば、人間は生きていくことができません。その生理的限界ぎりぎりのところに立たされている人間にとって、社会心理的客観の諸条件と言われても、それは何を意味するでしょうか。一方では膨大な知識の集積があり、他方では生存ラインすれすれで、文字も読まず生きている人たちがいます。それは分析不足の問題ではなく、現実の問題です。

石炭を燃料とする時代は、採掘権が問題になった。しかしイタリーの天才フェルミが発明したやうな原子の中性子を利用して半永久的原子炉(アトミックパイル)を創造し得る時代が来た今日においては、まもなくもう石炭を燃料にしないで化学薬品として工業的に処理した方がよくなるであらう。さうなれば物質的客観的条件より、人間的意識条件が生産形式の主たるものになり、私が多年主張して来た社会心理学的意識経済学が根本にならざるを得なくなる。企画経済の発展は唯物史観を逸脱する精神史となる。

△ ここでも賀川は原子力利用についての楽観的な見通しを語っています。しかし原子炉の廃棄物一つ満足に処理できない現段階で、いたずらに原子力の利用を奨励することは、甚だ危険です。また石油から得られるプラステック製品は大変便利であっても、環境破壊の一因になっています。P.ドラッカーが言うように、「知識経済」が経済の主流になるであろうということも一面の真理ですが、今は、それは貧富の差を拡大するものであっても、社会の矛盾を根本的に解決するものではありません。「唯物史観を逸脱する精神史」とは、ほかならぬマルクスが夢見たことでもあると思われますが、そのユートピアは残念ながら、依然として人間の手が届かないところにあります。

この社会心理的意識の目醒めの程度に従って「主義」経済の内容が異なり、所有権のあり方が心理的に変革せられ、互助友愛の意識的結合による所有権の共有が、生産意慾の上進と平行してはじめて、理想に近い社会ができる。それでもまだ性の純潔、平和思想、奉仕的観念、天に対する敬虔がなければ住みよい世界を経済的につくることは出来ない。結局、経済活動史は生命、労働、人格の発展史であって、物質による物質活動では無い。

△ 経済は物質的条件に支配されており、「国家=資本複合体」が依然として市場と資源の争奪戦を演じています。生命、労働、人格の発展は、その制約下に置かれています。人間が単線的に成長し、社会が一直線に発展して行くのであれば、それに越したことはありません。賀川にはどこかそのような「楽観史観」を感じさせるものがあります。換言すれば、否定的契機の欠如を感じさせるものがあります。

経済は物質を利用し、表象とする。然し、物質の為めの物質運動では無い。それに堕落した時は病的経済である。唯物資本主義は病的経済である。社会主義は、社会心理活動により、人格を物的重圧より解放せんが為めに現はれたものである。それを忘れて、再び唯物主義に堕落することは許されない。真の社会主義運動は人格的社会の創造でなければならぬ。

△ 人類の歴史は人格の「物的重圧からの解放」を目指して進んできたと見ることも可能です。そのためには社会の物的条件の変革が求められていると言えます。そして資本主義経済が病んでいるとすれば、その処方箋は社会の物的条件の批判的解明となるでしょう。その批判を単に「唯物主義への堕落」と片づけることはできません。賀川には宗教批判の契機が欠けているために、マルクス主義との不幸な対決に終始しています。しかし従来のマルクス主義に、賀川の反論を引き起こすような浅薄な議論や臆断があったのではないか、と疑ってみることも必要でしょう。そこで次に、賀川の「人格的社会」の中身が問われることになります。そこからなお何かを学び得るか否かが問われることになります。


第三編 人格社会主義の運営

第一章 人格社会主義の政治的運営

第一節 社会連帯意識による運営

1 階級闘争の反省

社会主義は、もはや一部少数の人々に依る思想運動ではない。紀元七世紀に、アラビアの沙漠から、地中海の沿岸に拡まったマホメット教のやうに、現代社会における一大勢力である事を疑ふ事は出来ない。

△ イスラム教は社会主義の一大勢力であるという意味なのでしょうか。

然し、社会主義の歴史を見ても解る如く、ロバート・オーエンや、サン・シモンによって始められた人道主義的社会主義運動は、マルクス、エンゲルスの唯物共産主義の出現と共に、階級闘争に加速度を加へ、ロシヤ革命に依ってその頂点に達した。今日では、ヨーロッパ諸国は階級闘争に対する反省期に入ってゐる。

しかし、機械文明による都市集中と、科学文明による職業経済の発達が、急激に人類の社会化を促進せしめる結果、社会の生れる処、どうしても社会主義が生れる事は必然である。更に教育の普及、文化の普遍化と交流によって、民主主義的傾向は顕著になり、アメリカの様な資本主義国家でも、ニューディール政策の如き、社会主義政策を採用せざるを得ない状態になってゐる。

△ 冷戦崩壊後の世界的傾向として、資本主義的成長戦略の実践が旧社会主義圏を含めて顕著になり、中国やインドのような人口大国の経済成長に期待が集っているということがあります。社会民主主義はヨーロッパ諸国において地歩を占めていますが、経済成長路線の補完物のような存在になっています。ことに日本では北朝鮮による拉致問題のように、社会主義のマイナスのイメージが強調され、賀川の時代とは明らかに時代の空気が違ってきています。この時代に社会主義を再考することは、従って、理念的要請の意味が強いと言わなくてはならないでしょう。人々は明らかに社会主義を望んでいるのではなく、相も変らず、景気が良くなる(経済が成長する)ことに期待を寄せています。

2 組織力に依る社会連帯意識に実現

社会の発生する所に、社会主義が生れるものであるから、社会の生れてゐない所に社会主義を運営する事は出来ない。それを無理矢理に権力を以って、社会主義を断行せんとする所に暴力革命が生れる。ある人は云ふかもしれない。暴力革命は資本主義文明の必然の結果であると。それならば何故、米国や英国に共産主義的暴力革命が起らないで、ロシヤや支那の如き農民の多い地方に暴力革命が起るのか。暴力革命は、資本主義の発達に結果するものもあるだらうけれども、土地の欲しい時に農民が革命手段に訴える事もあり得る。中国共産党の成功の如きは、明らかにそれである。

△ 地主―小作制度が良いものであると言うことはできません。日本でもGHQによる農地改革が断行され、農地法が制定されなければ、小作農の地位はどうなっていたか、予断を許さないものがあります。ここで賀川が「社会の生れてゐない所に」と言うときの社会とは、現実にはいかなる社会のことを言っているのでしょうか。いわゆる近代社会のことを言っているのでしょうか。ロシヤや中国などの例を持ち出すまでもなく、日本の近代化も跛行していました。そしてその改革が戦勝国の強権によって遂行されたところに、戦後の日本社会の問題があります。婦人参政権や男女同権も、旧来の日本の指導者が望んでいたことではありませんでした。あてがい扶持の民主主義は付け焼刃であって、古い思想が今でも各所で力を揮っています。天皇制は残存する古い思想の最たるものでしょう。そしてそれは今でも国家・社会の恰好の統治手段になっています。

政治活動に二方面がある。秩序を暴力に依って保たんとするものと、組織力そのものを以って暴力に代へんとする二種である。蛋白質の如き、繊弱なものでも結晶させれば、鋼鉄より強い力を発揮する。即ちカゼインに依る自動車のミッド・ギアーの如きはそれである。人口僅か三百五十万しかないフィンランドが、一九一九年独立後、小さい共和国を作り、協同組合を組織し、一九三九年ロシヤの侵入を受け、一億七千万を有する大国を対手に五年間も敗北しなかったと云ふ事は、歴史的に珍しい事である。これは全く、協同組合に依る経済力と、国民の間に拡まってゐる道徳的訓練――主としてマルチン・ルーテルの感化に依る――にその基礎があったと考へざるを得ない。即ち、組織力があれば人口五十倍にも及ぶ大国に五年間攻められても、独立を維持し得ることが、フィンランドの場合によってもよくわかる。

△ 秩序を暴力によって保つということは国家の常態です。警察と軍隊のない国家はありません。軍隊は外国との戦争のためにだけあるのではなく、治安維持のためにも存在するのだということは、疑う余地がありません。組織力そのものを以て暴力に代えることは、人間の社会の強力な一面ですが、それは暴力を併せ持っています。暴力を完全に克服した社会は、残念ながら存在しません。北欧諸国はマルチン・ルターの宗教改革によって多大の影響を受け、その精神的感化のもとにあったのは事実です。賀川はここでも宗教が社会形成の重要なファクターであることを強調しています。そこに暴力克服の鍵を見出そうとしています。しかし北欧において協同組合がどこまで一般的な勢力であったかということについて、私には確認することができません。

同じ事がデンマークの場合についても云へる。欧州諸国はマーシャル援助法案による五十三億ドルの金を皆借りた。借りないのは、デンマークだけであった。何故デンマークだけが、こんなに力強い経済力を持ってゐるか? それは全く協同組合の発達の結果であると考へねばならない。第二次世界戦争前デンマークは、農家一戸当り十一町歩の土地を持ってゐたに対して、戦争中、都市集中が行はれ、十四町歩の土地が、農家に割当てられたと云ふ事であった。北海道はデンマークの面積の二倍あって、乳牛が六万頭しか飼育されてゐないのに、(一九四九年)デンマークには、三百万頭も飼育されてゐる事は、不思議な位である。それは、農村協同組合の農業技術進化の結果であった。

△ 生産力を持った協同組合の拡充が社会を豊かにするということが、いわば北欧モデルとして賀川の頭に思い描かれています。しかしデンマークの農村協同組合の実情についても、私には確証がありません。

これを見てもわかる通り、暴力の組織化を以って国家を経営せんとするレーニン主義の流血革命は、国家運営において決してうまく行くものでない。その反対に人格的組合組織を基盤とする組合国家の形態は、小共和国においては非常にうまく行ってゐる。大国家においてもこの小組合国家の連邦的組織体で出発すれば、恐らくマルクス・レーニン主義の暴力国家より、はるかに能率のよい国家が出来ると思ふ。

△ 国家には程度の差はあっても「暴力の組織化」であるという側面があります。ソ連や中国などの社会主義国家だけが暴力的なのではなく、資本主義諸国家も暴力によってその秩序が保たれています。かつて、いかなる国の核爆弾の開発(保有)にも反対するのか、資本主義国家のそれにだけ反対するのかという、今となってはおかしな議論が闘わされていた時期(冷戦期)があります。社会主義国家の核武装は「対抗暴力」であるという認識が働いていたためです。賀川にはいわゆる「反共的」感覚があるのは明らかです。しかし歴史の経緯を辿れば、秘密警察粛清を必要とする体制はきわめて暴力的であったということを否定することはできません。理念と現実とのギャップの大きさに、人間という存在の救いがたさが現われていると言うべきでしょう。賀川は解決策として小組合国家の連邦組織体という国家像を提示します。協同組合主義に基づく地方自治、地域主権の連邦国家と言うべきもので、活路はそこにあると主張しています。

3 委任請負政治(コミッション・マネイジメント)

日本においては想像もつかない事であるが、米国においては、都市行政の請負会社がある。これは、官僚による非能率的財政政策を、能率経済に置き換え、所謂コミッション・マネイジメント(委任)政策がとられてゐるのである。勿論この委任を受ける会社が、誠実を欠き、能率が悪ければ、かゝる委任政治は発達しないであらうが、能率を好むアメリカ人には、政治機構にまで請負制度が採用せられてゐる。権力と暴力を持たなければ政治が出来ないと云ふ事はない実例として、私はこの委任請負行政の一例を上げたが、皆が助け合ひ、喜んで社会を作らうと云ふ気になれば、行政の能率が例へ請負ひ制度であっても、充分効果を収め得ると思ふ。共産主義の官僚が、税金を百万ドル取る代りに、同じ内容の市政を十万ドルで上げ得る都市行政請負会社がある場合、市民は一体、どちらを撰べばよいであろうか? 私は必ずしも共産主義でなくともよいとおもふ。予算をとって、市庁に一任するのも一つの請負制度であると云へば云へる。政治が経済的に能率を発揮しなければならない時代においては、暴力の組織化、即ち国家と云ふ考へは、社会機構そのものゝ説明には不充分である。

△ ここで言われる請負制度は、更に進むと民営化(privatizationということになります。アメリカでは、今日、戦争をするにも請負企業があり、退役軍人などがこれに関わっています。現在では日本でも民営化を称揚する傾向があります。しかし、それは社会の一層の資本主義化をもたらすもので、手放しで肯定できるものではありません。新自由主義とも言われまれますが、その流れは格差を助長するものとして批判されています。国鉄や郵政の民営化が現実には何をもたらしたか、地方行政の民営化が派遣労働を呼び込んでいるという現実をどのように捉えるべきか、「能率」の裏側に何があるのかということを考えないで、行政請負制度→民営化を単純に賞賛することはできません。

社会は生存競争の必然的形態であると云ふ観念を持って臨んだならば、暴力組織即ち国家になる。階級闘争そのものが、社会史の発展機能であると考へるならば、マルクス・レーニン主義の暴力国家論が成立する。

△ 国家は権力という名の暴力を独占する機関であり、暴力の組織化であるという側面があるのを否定することはできません。それは現実であって、イデオロギーの問題ではありません。従って階級闘争権力闘争です。しかしその点については、共産主義「国家」も例外ではなく、労働者に対して抑圧的に機能したということは、皮肉な結果であると言うべきでしょう。国家という権力機構を必要としない社会の形成が問われるところですが、人類は未だにその段階には達していません。南米には権力を志向しない、注目すべき政治運動(サパティスタ)があるようですが、私にはそれについての詳しい知識がありません。賀川の社会認識には宗教的理想主義から来る「甘さ」があります。

然し、社会進化の本質は、階級闘争だけで説明は出来ない。少くも、生理社会即ち親子関係、夫婦関係、親族関係は階級闘争的の社会ではない。また技術の発展に伴う互助組合の出現は階級闘争以外のものである。少くも中世紀(ママ)におけるゴシック建築を受持った各種ギルドは、階級的意味において聖堂建築に寄与したのではなく、自由意志を以って、しかも無料でその奉仕を申込んでゐる処に、近代的階級闘争とは全然違った経済的動機が伏在してゐたのである。

△ 社会の進歩をすべて階級闘争で説明することはできないということは、その通りです。人間は年がら年中階級闘争に明け暮れているのでもありません。しかし歴史の節目ということを考えてみると、誰が支配階級であるかということについて、明らかに変化が見られます。今は封建領主が力を揮っているのでもなく、教会の司教が政治を動かしているのでもありません。大企業の経営者が多額の報酬を受け、大きな顔をしています。

更に宗教的結社組織は、決して階級闘争で説明は出来ない。

かう云ったからと云って、私はインド(ママ)の様に民族闘争のはげしい国において、階級制度のきびしい組織があることを決して否定するものではない。然し、たとへ印度の様な国においても、階級闘争意識だけが歴史を作ってゐるものではない。印度における仏教、マホメット教、キリスト教の歴史は、この階級を打破する歴史であった。二十世紀におけるカンヂーの歴史は、やはり、階級打破の闘争史であったと云ひ得る。面白い事には、印度における階級打破の歴史は、いつも精神運動史として発展してゐる事である。恐らく、マルクス、レーニン主義によって、暴力的に階級打破を叫んでも、それは無効に終るだろう。階級感情などと云ふものは、征服、被征服に依って決定せられるものではなく、精神的理解に依って、始めて除き得るものである。フィンランドには、蒙古人種と白色人種の間に何らの階級制度はない。ハンガリーにおいてもまた同様である。フィンランドでもハンガリーでも蒙古人種の人口は今なほ数百万人を越えてゐるにもかゝはらず、キリスト教の感化に依って、人種的偏見がなくなってゐるのは驚くべきことである。これらの宗教的背景が階級制度の打破に大なる力を持ってゐたことは、中世紀の歴史を見ればよくわかる。ローマ時代に奴隷制度が行はれてゐたヨーロッパ諸国に、キリスト教が流布すると共に奴隷制度がなくなってしまった。私はこの精神運動に依る奴隷の解放と云ふ事に、よくよく注意せねばならぬと思ふ。

△ 資本主義社会における資本家と労働者の階級対立の問題が、ここではいつしかインドのカースト制の問題や、フィンランドやハンガリーにおける東洋人と白人の人種の問題に切り換わっています。人間の社会における階級と階層という問題は、民族問題や、偏見に基づく社会階層の問題と複雑にからみ合っていることは確かですが、それによって論点がずれてしまうという面もあります。賀川はここでも暴力によって階級制度は打破されないということを強調し、宗教の精神的影響力を説きます。

階級制度は、闘争によって、かつて解放せられたことはない。それは何時でも、人間の内側から盛上る精神革命によってのみ、打破されて来たのであった。人種的に劣等であると考へられるアジア人種の間に、発明と発見が、白色人種に劣らない程度になされるならば、皮膚の色は問題ではなくなるであらう。それを征服、被征服の階級闘争に訴へようとした処で、そんな事で問題は片附くものではない。

△ 明治維新によって士農工商の階級制度が撤廃されました。しかしそこには何の暴力も伴わなかったと言うことはできません。暴力は避けるべきですが、人間の歴史には戦争と暴力は付き物であって、単に精神的契機だけを強調することはできません。賀川が立脚している、あの宗教改革ですら、苛烈な戦闘と殺戮を伴いました。

4 意識進化に依る解放

ゼームス・ワットは職工であった。電燈を発明したトーマス・エジソンは小学校さへ卒業してゐない。電動機を発明したファラデーは製本職工であった。紡績機械を発明したカートライトは散髪屋である。飛行機を発明したライトは自転車屋の小僧であった。アングロサクソンの労働階級が、大学教育をあまり受けてゐなくとも、発明発見の才能を持ってゐるために尊敬を受けるのである。この発明発見の能力の中に、労働階級の自己解放の能力がひそんでいる。決して労働階級で流血革命を起すから、その偉力に恐れて資本家階級が降参をするのであると云ふ様な考へでは、新しい社会を造る事は出来ない。

△ 労働階級の解放は制度的な問題であって、発明発見の才を発揮するか否かの問題ではありません。個人の発明発見の才と、労働者が資本家によって搾取されるという現実とは直接にはつながりません。ここにも論点のすり替えがあります。なおカートライトは牧師であって、散髪屋ではありません。

新しき社会は、総べて唯物的に組立てゝ行けばよいと云ふ様な浅薄な考へで押し進めるならば、戦争に勝った民族が、永久に他の民族を支配し得るはずである。

△ ここで賀川は、民族の独立は、精神的な問題であると言っているように思われます。日本がアメリカとの戦争に負け、未だにその「属国」(半植民地)の地位に甘んじているのは、日本人に独立の精神が欠けているためでしょう。米軍基地の存在は日本が未だに占領されていることの象徴です。それが日本人の鬱屈した精神状況を形成しています。そしてそれは単に物理的な暴力に屈しているというだけのことでないのは確かです。アメリカの占領を完全に終らせるのは、日本人の自覚と決意にかかっています。

支那を見てもわかる通り、秦・元・清等の野蛮人は、権力武力で漢民族を征服しても、数世紀を経るとすぐ漢民族そのものゝ文化に吸収せられてゐるではないか。労働階級が、武力闘争に依って、他の階級を征服し、それに依って、新しき政治を独裁的に確立し得ると思ふ事は、政治の本質に触れてゐるものと云ふ事は出来ない。

△ ここでも民族間の征服―被征服の問題と、社会主義運動におけるプロレタリア独裁の問題とが同列に論じられています。しかし労働者の解放は単に支配―被支配の関係を逆転させるだけのことではないという指摘には一理あります。労働者階級が権力を掌握すれば、問題はすべて解決するというほど、この社会は単純にはできていないと言わなくてはならないでしょう。仮に革命が起っても、その中から労働者を再び抑圧する権力が生れてくるからです。問題は、労働における支配―被支配の関係を終らせるにはどうしたらよいか、ということにかかっています。資本という私益と、労働者個人の生活という私益とが結合し、その体制が国家によって擁護されるという国家=資本複合体においては、労働者同士の社会連帯意識は育たず、公益も私企業の利益のための「公共事業」の対象とされます。そして経済成長だけが問題を解決するとされます。しかも私企業の利益を優先する結果、同一労働同一賃金という原則すら無視され、派遣労働者の存在が、職業選択の自由という名目で正当化されます。それでは、一体どこに問題の解決を見出すべきなのでしょうか。労働者は尊敬を勝ち取るため発明発見に精を出せということなのでしょうか。

社会を造ると云ふ事は、征服すると云ふ事ではない。社会は征服や圧迫に依っては出来ない。一九四九年六月東京都の都電ストライキ、或ひは国鉄のストライキが、たとへ成功したにしても、日本の社会改造には何ら新らしい効果を持ち来らし得なかったであらう。東京都民の反感を買ひ、都民の交通を妨害して一部の階級が凱歌を上げたところで、そんな事を社会主義と云ふのではない。子供の遊戯ならいざ知らず、神聖なる社会を組織せんとするならば、総べての人々の自覚に基づく結束が必要である。社会全体に対する連帯意識を忘れ、自己の属する階級だけの利益を量らんとする事は社会主義ではない。

△ これが川崎造船所の労働争議に関わった人の言葉なのでしょうか。労働者の争議権、あるいは罷業権を単純に否定することは、反動的な言説であって、労働者は公益のために何事も忍従し、自己の不利益に甘んずべきであると言っていることになります。あるいは、その要求が全体の利益に関わっている場合には、労働者は雇用者の命令に服すべきものであって、たとえそれが公共の利益に反しても、雇用者の意思こそが優先されるべきであると主張することにほかなりません。賀川は何でも建設的であることが良く、破壊的であることは何事も許容されないと考えているのではないかと思われます。現在の秩序は何事によらず墨守されるべきであると考える者には、大変都合の良い思想です。

日本の社会は敗戦後、弱者を捨てゝ置かんとする様な感情を喜ばない。正々堂々と社会に訴へるならば、ストライキをしなくとも、労働階級の要求は通る。

△ 何を根拠にこのようなことが言えるのでしょうか。賀川は既に成功者としての自分の地位に甘んじていて、そこからものを言っているのではないかと言いたくなります。

5 組合国家の方へ

第一次世界戦争の時敗北したオーストリアは、一九一八年三月、五千万の人口が七百万に減退し、その半分の三百五十万人は一つの都会ウヰーン市に住んだ。国土は七分の一に減少し、最も悲惨なる破滅を経験した。翌年には、ベラ・クンによる共産党の革命が起り、国が滅亡に瀕した。それを救ったのはウヰーン大学の倫理学教授ザイベル博士の組合国家案であった。ザイベル教授は、職業を七つに分類し、その代表者を以って職能代表議会をつくり、これを参議院に組織し、地区代表代議士を集めて衆議院を作った。職能代表を参議院にまとめれば、労働組合に依るストライキもなければ、物議を起す騒動もなかった。それでヒットラーがオーストリアをドイツに併合するまでは、この敗戦国のオーストリアは、優れた国家組織を持ってゐた。第二次世界戦争に破れた(ママ)オーストリアは、今はソ連の占領下にあるが、一九四七年の総選挙において、共産党は議会に小数しか送り得ず、完全に失敗した。これを見ても明瞭な如く、職能代表を以って参議院を組織し、ストライキやサボタージュのない様にすれば、敗戦国においても完全に政治の運営が出来るはずである。

△ 戦争によって「破壊」されたオーストリアは、だからこそ、新しい国家の政治形態を「建設」することが可能であったということでしょう。ストライキやサボタージュという「破壊的」行動を必要としない体制がつくられるというところに眼目があるのであって、初めから労働者の罷業権を否定するということとは別の問題です。なおザイベル教授についてはこちらの論文に記述があります。

日本において、新憲法を制定したにかゝはらず、今なほガタガタしてゐるのは、オーストリアの如き進んだ政治機構を持たないからである。私が先に述べた如く、一民族、一社会の職業は七つに分類し得る。(一)生命に関係あるもの、衣食住の生産者、栄養師、医師、薬剤師、看護婦、保健婦、産婆、衛生婦等、(二)エネルギーに関係あるもの、労働者、機械技師、動力関係技師等、(三)運輸交通通信に関係ある技術者、市場取引に関係あるもの、商業者、(四)銀行、金融業者、信用組合、倉庫業、質屋、(五)教育関係者、技術指導者、職業紹介所員、能率技師、(六)司法、立法、行政、官公署職員、従業員、社会保険従業員、一般組合従業員、(七)各種文化事業、従業員、新聞社従業員、書籍出版業、各種芸術従事者、その他自由業、宗教家。これらの職業の従事員を人口比例にして、職能代表を選び、参議院に属せしめ、職域にあるものが進んで政治に関与し得る様にすれば、民衆の声は充分に聞ける。

その代表者は、各職業組合或ひは職業別協会の代表者をこれに当ればよい。

△ 職業区分(セグメンテーション)は職業選択、就職活動の出発点にあるものでもあります。賀川のここでの区分は、(一)生命、(二)エネルギー、力、(三)変化、移動、(四)選択、交換、(五)成長、(六)法則、法律、(七)文化目的という「七つの要素」に対応していると思われます。しかしかなり恣意的であることを免れません。いずれにしても各種業界の代表者が参議院を構成するという「オーストリア・モデル」は、国会を地域代表者(衆議院)と職業代表者(参議院)の二重の代表者から構成されるとする点で、興味深いものがあります。民意は地域代表に限定されるべきものではないからです。

6 社会道徳としての政治

ギルド・ソーシアリズムの考へでは、生産者議会と消費者議会を区分し、一般筋肉労働者を生産者と考へ、智的勤労階級を消費者と考へる傾向があった。またフランスのサンヂカリストの傾向では、筋肉労働者だけに全権を与へ、消費者を無視する傾向がある。けれども社会進化の方向から云へば教育家や研究所員、さては芸術家や道徳的訓練の指導者、また宗教的意識運動をしてゐるものを政治より除外して特殊扱ひにする事は社会的損害である。それで私はオーストリアで実行して相当の成績を収めた組合国家の形式が、これからの社会主義国家にとって実現性のあるものと考へてゐる。新しき西ドイツ共和国は此形式を取った。

△ 投票数の相対的多寡によって議員が選出される仕組みが、仮に地域的な限定を受けるだけではなく、職域的な限定も受けるとするなら、選出母体について新しい考えが生れてくるでしょう。日本の選挙制度でも、実質的には職域の代表者が選出されますが、結果的にそうなるだけであって、当初から意図されたものではありません。その形を組合国家の形式と呼べるか否かはともかくとして、一考に値するでしょう。

機械文明が進歩すれば、所謂筋肉労働者と云ふものは、一種の心理的勤労者に取って換はる傾向を持つから、衣食住の生産、一般機械動力の製造業者のみを生産者と考へ、交換、分配、消費に関する方面の勤労者は、発言権が無いと云った様な考へ方をしては生産方面においても需要者を失ふ事になる。需要者を失へば、いくら生産しても無駄である。消費の為に生産するのであるから人生を全体として考へ得る様な政治運営をしなければならない。勿論、資本主義時代の如く金融業者が生産者を支配したり、商業主義者が特権を与へられたり、僧侶階級が威張ったり、法律家だけが議会の何割かを占める様な奇妙な現象を呈する事はよくない。然し社会活動には生成の呼吸があり、波動があるから、流行思想も大きな影響を持つ。現今の時代は、機械文明に刺戟せられた生産時代であるから、宇宙観の把握に熱心な学者や研究所員は、消費者として疎外される時代である。先にも述べた通り、この馬鹿にせられる宇宙観の研究者から新しい発明発見が生れて来るのであるから、これらの人にも、政治的に発言権を与へる様にしなければ、文明の進歩は止ってしまふ。

△ 論旨が弛緩している印象を受けます。19世紀の資本主義時代とは違って、今日の、複雑に入り組んだ社会では、益々社会を全体的に把握する必要性が増しており、生産活動だけを優先させたり、一部の職業階層だけが特権を享受したりすることはできないということでしょう。またいわゆる「知的生産」の重要性が増しつつある今日、基礎科学の分野を軽視して、機械的生産だけに力を入れる政策も間違っているということなのでしょう。しかしモノづくりが幅を利かす時代は未だ続いており、相変わらず、自動車や電子機器やカメラなどの生産に国力増進の期待が寄せられています。

第二節 階級闘争の進化

1 闘争心理と唯物史観の矛盾

マルクスの唯物史観によれば、物質的生産の形式が、文明の様式を決定すると云う。手臼の時代は封建時代であり、蒸汽機関の時代は資本主義の時代であると云ふ。それに反して、階級闘争は何時の時代を通じても行はれ、共産主義の時代になって始めて止むと主張する。然し、唯物史観から云へば、共産主義の時代は唯物的生産の形式に依って、決定せられねばならないのである。恐らく動力や機械力が、空気や水の如く豊富になれば共産主義の時代が来ると云ひ得るかもしれない。

△ 賀川はここでは所有の形式(所有の制度)を度外視しています。利潤と資本の蓄積が決定的に重要な社会では、生産手段は資本家によって私有されます。単に生産力の発展によってのみ共産主義の時代が到来すると言われているわけではありません。

しかし、唯物的生産形式の中に、労力の組織形態が組み入れられるならば、階級闘争は永久になくなる時が無いだらう。何故ならば、如何なる時代が来ても、生理力に差等があり技術に差等が出来、技術道徳に差等を生じるから、技術の巧いものが監督の位置につき、信用の出来る人物が、上役に坐る事になる。すると技術の出来ないものが嫉妬を起し、こゝに新らしい階級闘争が始まる。

△ 階級闘争は資本主義社会の主要矛盾であると認識されていることに対して、賀川は、いわば「昇進争い」を対置しています。それはどこの社会にもあるではないかと主張しています。人間は競争的・協力的な存在であって、誰でも人より高い地位にいたがります。いつも他人と協調的であるわけではありません。しかしそれは階級闘争とは言われないでしょう。問題は、共産主義国家に於ても「権力」が存在し、社会の構成員を支配することが正当化されるところにあります。そこから「スターリニズム」が発生します。階級闘争が克服されたはずの社会で、別の敵対関係が生じてしまうところに、根本的な問題があると言うべきでしょう。聖書には「あなたがたの知っているとおり、異邦人の支配者たちはその民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっている。あなたがたの間ではそうであってはならない。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、僕とならねばならない」(マタイ20:25b−27)と書かれています。そこには人間性に逆らう道徳の問題が介在していると言うべきことのように思われます。

だから、唯物的生産の形式が如何に変らうと、寛容の精神の生れない間、階級闘争はいつまでも続くだらう。現に日本の国などでも、国有鉄道の経営者に対して、労働組合が階級闘争的なストライキを決行してゐるのではないか? 国家のものであるから、労働組合のものでもあるが、労働組織の関係上かうした妙なことになるのである。しかも、その問題が、労働時間を十分間延長するかしないかに関係し、政府は就動一週間四十八時間を要求し、労働組合は、一週間四十五時間を主張してゐる。

△ 仮に共産主義国家はそもそも労働者のために建てられたものであるから、労働組合の存在は必要ないとされ、当局の指導に従うことだけが求められたら、労働者の権利は保障されるでしょうか。労使交渉は、その組織が国有であるか、私企業であるかにかかわらずなされるべきものであって、別に「妙な」ことではありません。賀川は寛容の精神を説きます。しかし労働時間は労使双方の「寛容」によって決められるべきものなのでしょうか。それがあれば「階級闘争」はなくなるのでしょうか。

かうした事情を考へてみると、共産主義の時代になっても、階級闘争は続くものと考へなければならぬ。かう考へると、唯物史観だけでは階級闘争は説明できない。何故ならば、階級闘争は、多分に心理的慾求から生れるものであり、唯物史観は唯物的生産の形式を決定する方面に重点を置いてゐるからである。

△ 資本制的生産様式という制度面を無視して階級闘争を論じても、ほとんど意味をなしません。労働力がコストの一部である以上、低賃金長時間の労働が資本に利潤をもたらします。そこに資本と労働の矛盾と対立が生じてきます。それは単に心理的な問題ではありません。互に寛容になれば解決できるという問題ではありません。ここでの賀川は牧師の月並みな説教のレベルを越え出てはいません。

2 闘争の社会的進化

古代における階級闘争は、独裁制度を誘致した。即ち、古代ローマの共和国は、スピリアンの革命、グラッカス兄弟の革命、スパルタカスの革命スラの革命、マリヤスの革命と回を重ねる度に悪化し、遂にジュリアス・シーザーの独裁制度を生むに至った。

暴力を第一とする階級闘争と、技術的進歩を基礎とする唯物史観の間には、エネルギーの撰択に全然一致しない違った基準がある。そこに階級闘争史との技術発達史との差が出て来る。私は、技術発達史を中心とする唯物史観に依って、階級闘争史を唯物弁証法的に説明する人のある事も知ってゐる。その人達は階級闘争の内容を技術史に依って見て行かんとするのである。即ち古代の階級闘争は、奴隷制度への反抗であり、中世紀の階級闘争は農奴の反抗であり、近代における機械文明への反抗は階級闘争である。階級闘争は賃金奴隷の反抗であると説明する。

△ 技術史に取り組んだマルクス主義者とは、たとえば服部之総などを指すのでしょう。技術の発達は生産力の増加をもたらします。農業、牧畜業、漁業、工業、商業とあらゆる産業で技術の発展があり、生産力が増大してきました。しかし国家社会を統治する形態はその技術の進歩とどのような関係にあるのでしょうか。支配形態、あるいは統治形態は、政治的権力がどのようにして生まれ、そしてそれがどのように正当化されるかという問題に関わっています。そして階級闘争とは、その権力の所在をめぐる争いです。それは必ずしも技術史と相関的であるわけではないでしょう。しかし資本が権力の源泉である現今の国家(国家=資本複合体)においては、労働者の資本家との対立は、資本を支え強めようとする国家権力との争いにまで深化します。それが「革命」という言葉が意味することでしょう。そして革命後の社会を展望する上で、技術の進歩はきわめて重要な意味を持つでしょう。革命が貧困の共有と圧政の強化とを意味するのであれば、誰もそれに賛成したりはしません。そしてまさにそこに問題の本質があります。

だが社会連帯意識性が生れない間は、賃金制度が無くなっても、新らしい階級闘争を主張する者が生れるであらう。近代の勤労階級の特徴は従属性、生活不安、不信用等にあるから、経営者に対する反抗は、階級闘争の名を以って呼ばれる可能性がある。

△ 労働者の従属性、生活不安、(体制に対する)不信用などは、社会連帯意識がなければ、革命後の社会に於てもなくなりはしないということでしょう。社会の制度的変革は、それだけで意識の変革をもたらしはしないと言っていることになります。

階級闘争は民族闘争と同様に、歴史上の現実である。然し暴力のみに依って階級闘争に勝利を得たと云ふ記録は発見出来ない。古代ローマの革命史を読んで見ても、中世紀の農民革命の歴史を読んでも、近代における各国の革命史を読んで見ても、暴力のみが階級を解放したと云う事は絶対に云へない事である。

△ 賀川といえども、人間の歴史には暴力、動乱、戦争がつきものであり、腕力がものを言うということを認めざるを得ません。しかし人間にはいわば腕力と弁舌と信心があり、単純に腕力だけが歴史を動かしてきたのではないと言うことはできます。またアメリカが、今日その戦力で世界を制覇しようとしても、国力が経済的に衰退すれば、その世界戦略に陰りが見えてきます。しかしその攻撃力は依然として発言権の裏づけとなっており、下手には逆らえないという恐怖を他国に与え続けています。今日のアメリカは、この世界では依然として「腕力」がものを言うのだ(力は正義である)ということを証拠立てています。それは(世界の)民意に逆らう(帝国の)権力というものを象徴しています。

意識の成長が民衆化し、暴力の背後にある真理が、民衆の支持を得て始めて、暴動の誤謬を犯したにかゝはらず、民衆はそれを許し、民衆の支持を受ける様になるのである。奴隷制度の解放も、農奴制度の撤廃も、賃金奴隷の解放も、暴力革命を起せば、それで片附くと思ふ様な考へは間違ってゐる。

△ ここでいきなり民衆という言葉が出てきます。しかも暴動の当事者でもある筈の民衆が、暴動の過誤を許し、その背後にある真理を支持するものとして語られます。暴動は、あくまでもあってはならないもので、真理は粛々と実現して行くべきものだと考えられているのでしょう。そして民衆は無辜の民として思念されているように見えます。残念乍らそれは歴史の真実ではないと言うべきでしょう。一部の不逞の輩が暴動を起すのではなく、暴動は民衆的レベルに拡大したとき成功するものだからです。仮に社会変革には、意識化・社会化・現実化の三つの契機があるとした場合、「暴動」は現実化の過程で、ある意味では不可避的に生じてきます。その主張が社会化(社会的に共有され構造化)されなくては、社会変革は持続的なものとはなりません。しかし体制側の強力で執拗な統制を排除して、それを実現するという「現実化」のプロセスがなければ、変革は絵に描いた餅になります。賀川は上の意識化のプロセスだけを強調していると言えなくもありません。

3 奴隷制度解放の三大要素

奴隷制度を解放した三つの大きな要素がある。(一)宗教意識の発達、(二)機械文明の進歩、(三)教育制度の普及。この三種の要素が時間的に継続して、現代文化を創造した結果、近代の民主主義が発達して来たのである。

△ 賀川もまた近代人として「文明の進歩」という観念に疑問を抱いてはいません。その文明の進歩をもたらした三つの要素として、彼は宗教意識、科学意識、教育意識の発達を挙げます。するとアメリカや南アフリカにおける黒人の地位の向上は、その三つの発達に負っているということになるでしょう。

ルーテル、カルビン、ツウィングリ等の宗教革命が無かったならば、恐らく我々が今日味ってゐるやうな、個性の自由と云ふものは無かったであらう。個性の自由が無ければ、機械文明のなかったであらう。自然科学に依る機械文明の進歩がなかったならば、生活の余裕が一般化せず、子弟に普通教育を施す事は出来なかったであらう。機械力、動力、運輸力の発達が、一般社会人に生活の余裕を生じ、その子弟等に普通教育を施すことが出来る様になって来たのである。かくて大臣と労働者の間に余り離れた知識的の差を発見しない様になった。これが社会民主主義の一般化した根本理由である。従って社会民主主義発達の背後には宗教意識、科学意識、並びに教育意識の発達があった事を見のがしてはならない。それを只単に、唯物史観だけで説明せんとする事は無理である。恐らく、宗教的自由が禁止せられ、科学の進歩が止り、教育が阻止せられるならば、階級闘争をいくら繰返しても、労働階級の解放は絶対に望まれぬであらう。暴力革命には統制が要る。統制は独裁を生む。独裁は独裁を生む。独裁は新らしき奴隷制度を生む。古代ローマの独裁者が小アジアに遠征を繰返して、一日に数万人の奴隷を、ローマ共和国の名を以って、捕獲した歴史が今日残ってゐる。この同じ独裁制度をナポレオンや、レーニン、ヒットラー、ムッソリーニ東条、スターリンが近代に復活したのである。

△ 賀川はここでは宗教改革(reformation)を宗教革命(revolution)と呼んでいます。それは単なる精神的な運動ではなく、実際に戦闘を伴うものでした。ツヴィングリの如きはその戦いで戦死しています。賀川が時に言及するアナパプテストは、プロテスタントとカトリックの双方から激しく迫害されています。宗教改革の意義は教皇制を否定し、また聖遺物崇拝のような迷信的信仰を廃棄したことにあるでしょう。しかし宗教改革者たちは「キリストのみ=聖書のみ・信仰のみ・恩恵のみ」というプロテスタント原理を強調した結果、「個性の自由」を促すと共に、世界にきわめて硬直した信仰をもたらすことにもなりました。ルターに始まるその原理は、今日では、ほかならぬ「宗教意識、科学意識、教育意識の発達」によって、大きく揺らいでいます。賀川自身が既に神学的「教条主義」には立っていません。そしてここで彼が「宗教的自由が禁止せられ、科学の進歩が止り、教育が阻止せられるならば、階級闘争をいくら繰返しても、労働階級の解放は絶対に望まれぬ」と言っていることは重要です。単に「暴力革命」が労働者を解放するのでないのは明らかであって、単なる暴力が社会の進歩を保証するものではないからです。

階級闘争は、社会連帯意識性の発達しない所に蝕むものである。これを喜ぶ人々がゐる。それはあたかも、勝負事を喜ぶ様に。人間心理の病的嗜好に投じるものがある。だが、先にも述べた如く、階級闘争そのものが、階級を解放するのではない。社会連帯意識性の発達が階級を解放するのである。

△ 賀川には、現に暴力によって人民を抑圧し、弾圧する支配者が存在するという現実を「スルー」する傾きがあります。一方の暴力を看過して、それに抗う者の暴力を糾弾すれば、一体誰の味方をしているのかということになります。その上社会連帯意識性は闘争の中で培われるという面があります。それは上から降ってくるものではありません。賀川は宗教こそが社会連帯意識性を涵養すると言いたいのでしょうが、宗教にはそれを信じない者を排除するという悪い面もあります。また被抑圧者の病的心理をあげつらうのであれば、抑圧者の誇大妄想的心理にも目を向けるべきでしょう。そうでなければ、ヒットラーや、ムッソリーニ、東条、スターリンを持ち出す意味がありません。支配者と被支配者双方の心理が底でつながっているからこそ、ファシズム全体主義が生れてきます。

その理由は簡単である。階級を思う間は、階級は残る。階級制度を撤廃するものは普遍的社会連帯意識性の他はないからである。暴力で圧へつけても、社会心理による内部の組立を根本的に改変しなければ、違った階級制度が生れて来る。

△ 差別を思わなければ、差別はなくなるのでしょうか。逆に差別を「思わない」から、差別がいつまでも存続するという面があります。階級を思わなければ階級がなくなるのではなく、階級をなくそうとすれば、それを意識化し、その意識を普遍性へと高める闘いが求められます。初めから普遍的社会連帯意識性が与えられているのではありません。

ダーウヰンの自然淘汰説が流行した時には、生存競争だけで、生物の種が自由に変化した様に思った。然しよく研究して見ると、遺伝因子に対して、内質的に変化を与へてゐないものは、次の世代に旧型に復帰する。

暴力革命に依る階級闘争は、このダーウヰニズムを社会理論に持ち込んで来ただけのことである。社会的遺伝因子の鍵を握るものは、人間の人格そのものである。人間の人格が教育と、科学と、宗教の内質的変化に依って、社会連帯意識性に目醒めて来たからこそ、今日の如き、産業民主主義の時代が可能になったのである。それを忘れて、暴力革命に依る階級闘争のみが、無産階級を開放(ママ)し得ると考へるものがあれば、それは根本的に誤ってゐる。

△ ダーウィンの自然淘汰説を社会理論に適用することを一番喜んだのは、社会的強者、あるいは時の支配者であって、労働者階級ではないでしょう。しかしマルクスとダーウィンとの関連を否定することは出来ません(Wiki社会進化論参照)。賀川はまた産業民主主義の時代が可能になったと言いますが、今から見れば、それは楽観的な見通しだったと言えるでしょう。ドラッカーが言うように年金基金が資本のかなりの部分を占めるようになったにしても、それによって資本主義の性格が変わったわけではありません。今日、暴力革命の可能性は益々遠ざかっています。しかしそれは必ずしも希望のしるしではありません。賀川は人間の人格そのものに希望を托しています。「教育と、科学と、宗教の内質的変化に依って、社会連帯意識性に目醒めて来た」人格が、「社会的遺伝因子」の鍵を握っていると主張されます。そのこと自体に反対すべき理由はありません。しかし、今日の教育政策、科学政策、宗教政策は「国家=資本複合体」の増強に資するためのもので、社会連帯意識性はむしろ狭隘な国家主義に収斂する傾向にあります。戦後の一時期、そのような希望を持つことが可能であったとしても、それは今日の社会的現実ではありません。賀川の言うことは、物知りの牧師の単なる説教ではないのかという疑問も湧いてきます。この先さらに具体的な提言がなされますが、その疑問に逆らって忍耐強くその言い分に耳を傾けたいと思います。今日の閉塞状況を打破するためには、原理的な問題に拘って、そこで足踏みすることが求められているように思われるからです。


第二章 人格社会主義の経済的運営

第一節 土地問題対策

1 土地の人間化

アダム・スミスの時代から今日に至るまで、土地と資本と労働が、生産経済上の三つの要素であり、社会主義経済においては、土地の国有が重大政策の一つになってゐる。

然し、土地にも四種類ある。(一)自然土地、(二)産業土地、(三)市街土地、(四)心理土地に区分出来る。自然土地を国有にしても、経済運営には何の役にも立たない。ソ連が一九一七年の革命に経験したやうに、農家の立ってゐる処を僅かばかりでも、私有財産として認めてゐるのは、何のためであるか?

△ 土地はすべて自然土地です。資源が埋蔵されているなど、経済運営に役に立つ土地もあれば、人間を寄せつけない荒涼たる砂漠もあります。心理土地とは景観とか史蹟とか、故郷などのことを言っているのでしょうか。

農業土地などでも私有財産を認めた方が、はるかに能率が良い。小作人の土地は収穫において少なくとも自作農にくらべて二割以上劣ってゐる。それは、耕作地を取り上げられる恐れがあるために、肥料を少なくやり、よく耕さないからである。又たとへ、土地を国有にしても、借地権を認めるならば、私有財産を認めたと同じ事になる。

△ 人間にとってownership(持主=所有者であること;所有権)はきわめて重要な問題です。中でも土地所有は定住する人間にとって本源的であると言えます。土地が国有であるはずの中国などでも借地権は認められており、確かにそれは私有財産と同じ意味を持ってきます。

協同組合農場が、個人耕作より理論的に優れてゐる事は誰でも知ってゐる。しかし組合員が他人を頼り、それだけ勤労意慾を割引きさすならば、個人耕作よりはるかに能率が悪い。

これを見ても解る通り、耕作地と云えども、農民の人格を離れて土地そのものに生産力があるものではない。二宮尊徳先生が、「田を耕さんとすれば、先づ心を耕せ」と云はれた事は道理である。

△ 土地の生産力は、それを導き出す人間の能力に関わっていることは明らかです。自然農法や有機農法も、それを可能にする知識を前提にしなければ成り立ちません。また勤勉であることは、農民が生きるための必須の条件です。ここでも賀川は土地という「唯物的」条件だけが農業を可能にするのではないと言いたいのでしょう。

市街土地においても同じ事が云へる。巨額の金をかけて、設計しても、全く役に立たぬ場合もある。それは国家の官吏が設計を誤った場合、道路も港湾も使用に耐へないものが出来ることがある。市街地の繁栄には、地理的原因もあらうけれども、それを超越した心理的原因をもたづねる事が出来る。昔刑務所であった東京数寄屋橋が、歓楽地となれば、銀座をしのぐ繁華街となってゐる。

△ 人間の心理的傾向を無視して立案された都市計画は、一見合理的であっても、人々の活動を促さず、失敗することがあります。数寄屋橋が繁華街となったのは、計画的なものではなく、そこに心理的要因、または別の原因があるとされているのでしょう。

だが、金銭に値積もれない土地は故郷とか祖国とか云ふ言葉で表はされる土地である。ある種の人々は、その土地を守る為に生命をすら捨てる。それは産業的に価値のないものでも、心理的に価値をもってゐる為に、一種の偶像になってしまったのである。

△ 人間は傾向として自分が生まれ育った土地に深い愛着を持ちます。それは土地だけの問題ではなく、言葉や人情や文化にも関わっています。しかし移民の例に見られるように、故郷を捨て、新しい土地に住み着くことも人間のもう一つの側面です。故郷や祖国は偶像と言うよりも、人間のルーツ、帰属とアイデンティティに関わる問題です。しかしそれが国家主義的民族主義的に主張されれば、一種の偶像になります。

土地が流動資本となる為には、不動産取引所を通過して、何時でも買って呉れる組織が必要である。従って、売買を禁止せられた土地、国有になった土地などを、いくら手に入れても、資本とみなす事は出来ない。それだけ土地改良に入れ込む資金に困るわけである。

土地国有の主張は簡単である。しかし、経済運営の実際に当って、私有財産制度の資本主義的兼併も恐しいが、土地国営と称する無内容な主張を、経済的効果を無視して主張する事も遠慮せねばならないと思ふ。

社会意識の発達に従って、土地は社会化すべきものである。国有にして放棄して置くよりも、私有財産を認めて耕作してもらった方が国家の為になる。それが将来、国家に必要な場合は、相当な価格を支払って国有にすればよいのである。

△ 土地は、家屋、機械、特許権などと同様、固定資産です。しかしそれを売却することができるからこそ資産となります。賀川は、土地の国営という社会主義的な主張は無内容である、と言います。そして私有財産制度を認めています。その上で土地の「社会化」ということを言います。国有ではない土地の社会化とは何を意味するのでしょうか。それは共有地(入会地)のようなことを指しているのでしょうか。

市街地に就いても同じ事が云へる。すべての市街地の所有権を国家の所有に移した所で、経済の能率が少しも上るわけではない。百貨店の立ってゐる所を立ち退かせ、それを住宅にしたところで、もしそのために、市民の買ふ日用必需品が、高くなれば、市民の不幸は言葉に言ひ表し難いものがある。社会主義政治と云ふものは、何でもかでも杓子定規に、国有にすればよいのではない。社会の能率を多く増すことが社会主義なのである。デパートと消費組合が競争して、デパートの方が、よいものを安く市民に配布し得るならば、残念ながらその消費組合はつぶれる。資本主義と競争して、負けない様になるのを組合運動と云ふのである。権力や法律の保護で、損してまで協同組合運動を持続すべきものでない。

△ 資本主義社会における消費者協同組合運動の存在理由は、資本主義と競争して、よいものを安く売ることにあると言われています。それが不可能であれば存在しなくてもよいということになります。国家や法律の保護も期待すべきではないと言われます。しかし、少なくとも、その存在自体は法律によって認可される必要があります。そうでなければ、それは小売業と競合する、非合法のあるべきでない存在として、取り締まりの対象となります。賀川はそこまで主張しているわけではないでしょう。

2 社会主義の能率問題

社会主義と云ふものが、あらゆる資本主義、無政府主義より以上に能率のよいものでなければ、慌てゝ法律を作って、これをこしらへ上げた所で、すぐつぶれてしまう。

△ 賀川は「能率」という言葉で、「正確かつ迅速」という意味の機械的能率と、生産力の増進のことを言っているのでしょうか。また、社会主義は、無政府主義はともかく、資本主義と比べて能率のよいものであるということは、結果としては富の増大のことを言っているのでしょうか。すると、豊かな社会をつくらなければ社会主義はつぶれる、と言っていることになります。歴史の上では、その通りのことが起ったと言えます。

だが、人格的に結合した協同組合を中心として築き上げて行けば、英国の消費組合の歴史を見ても解る如く、決して資本主義の取引に比較して負けるものではない。私達は、社会主義の方が、必然的に資本主義より便利であり、利益であるから、社会主義を実行すべしといふのであって、唯物暴力主義的共産主義者が主張する様に、是が非でも、あらゆる産業を国営にすればよいと云ふのではない。それでは経済運営は花火線香(ママ)の様なものになってしまふ。

かゝる社会主義経済の運営をしようと思へば、組合社会主義の階段を踏んで、前進的に(ママ)進化して行くほか道はない。

△ 賀川の考える社会主義は「組合社会主義」です。それは「人格的に結合した協同組合を中心として築き上げて」行くべきものです。いわば「下からの社会主義運動」であって、それは協同組合運動を通して漸進的に実現して行くべきものであると考えられています。そして人格的結合(アソシエーション)が社会の核となると見なされています。

土地問題に就いても同じ事が云へる。個人の私有地を認める一方、協同組合作業を奨励し、その労働能率が、個人的にばらばらでやるよりか、はるかに能率があがると云ふ事を、農民一般によく諒解せしめた上で、土地利用協同組合を作り、その上に各種協同組合をのせ、農村工業にまで導いて行けばよいのである。

かゝる心理的訓練を通過しなければ、農村問題の改良は、決してうまく行くものではない。

もし仮りに、農業協同組合の理事者の一人が、組合の金をごま化した場合、その組合はすぐつぶれてしまふ。協同組合運営は、人格と技術が中心であるから、連帯意識性の徹底と技術に関する完全に近い訓練がなければ、村の土地問題を完全に解決する事が出来ない。自然の災厄と戦い、日本の如く狭い地域で、過剰人口を養ふ為には、農産加工、農村工業を、村の協同組合が、考へなければならないのであるから、百科全書の知識をもってしても恐らく失敗する事があるだらう。それを皆が赦し合う気持がなければ、村の土地問題を解決する事は出来ない。

△ 「土地利用協同組合」は伝統的にはやはり「入会権」のようなものでしょう。農民が連帯して「協同組合作業」を行うところに、賀川は農村発展の基礎を見ています。

3 日本の農地革命

敗戦後の日本は、大化の革新以後、二度目の農業革命を断行した。即ち地主の土地を取り上げて、これを小作人に与へてしまった。

△ GHQ農地改革について「与えてしまった」と言ってしまうところに、賀川の発言の不用意さがあります。取り様によっては、すべからざることをしてしまったと言っているように聞こえるからです。しかしその言葉には「断行(敢行)した」という意味もあるでしょう。先に、中国の漢民族以外のものを「野蛮人」と表現していますが、そこにも同じ不用意さがあります。当事者(旧小作人や漢族以外のもの)がそれを読めば不快に感じるであろうことを平気で言います。その点、賀川は古い感覚の持ち主です。

だが日本の農業土地は、細分せられ、どうしても、土地利用組合を作って、協同耕作に移す必要がある。徳川時代には、水害等にそなへて、十一ヶ国十三藩に地割制度と云ふものがあった。これは一種の農業協同組合であり、災害地救済組合でもあった。彼らは、平常は私有財産制度に依って耕作したけれども、水害に会うと、たちまち社会主義的になり、労働を共にし、村全体の地割を始め、互助友愛の精神を以って村民自らの力で、土地の回復に努力した。この優れたる協同組合を明治十七年に政府は解散を命じたのである。しかし又明治三十三年、産業組合法の施行と共に、彼らは土地利用組合を組織し、徳川時代の美風を再興した。かくの如き訓練が、農民の間に出来て始めて農村における社会主義運営が可能になる。

△ 徳川時代の地割制度、また明治になって再興されたという土地利用組合が何であったかということについて、私は何も知りません。賀川はそこに社会主義の萌芽を見ています。災害という緊急時に発揮される「互助友愛の精神」が、平時に備えとして機能し、組織化されるならば、そこから別個の展望が開かれてくると言えるでしょう。しかし防災防犯の名目でなされる地域住民の組織化が、国防目的に変質する可能性を考えると、互助友愛の精神なるものを手放しで肯定することはできません。互助友愛の精神は狭量な愛国精神や身内意識に変質してしまう危険性と常に裏腹の関係にあります。賀川の言う「普遍的社会連帯意識性」なるものは、どこにも担保されていないと言うべきでしょう。しかし細分化された土地の有効利用に関しては、賀川の言う「土地利用協同組合」も一つの解決方法であることに違いはありません。今日、休耕田や耕作放棄地が拡大していることについて、地主が所有権だけを主張していたら、何の解決にもなりません。

農村の機械化に就いても同じ事が云へる。岡山県や徳島県に行はれてゐる電力に依る機械操作は、稲田における労働日数を約四分の一に節約させた。今まで三十六日の労働日数が、僅か九日間に節約する事が出来た。かうした施設は、指導者が献身的にやらねければ出来ない。私は、やはり社会主義運動は人格運動であると思ってゐる。

△ 何が社会主義であるかということについて、この段落ではほとんど何も語られていません。しかし機械による地域の農作業の改善のために、指導者が発意し、献身的に働くということに、人格運動としての社会主義運動のモデルがあるとされます。土地や工場などを国有化すれば、社会主義が実現するというものではないということでしょう。

第二節 資本金融問題対策

1 社会能力の組織と金融

金があれば何でも出来る。だから金が慾しい。さうは云ふものゝ、何んでも出来る様な社会組織を作らなければ、金を持ってゐても何も出来ない。金で何んでも出来る様な購買力を与へる事を富と云ふならば、富の内容は社会的能力を意味してゐる。

△ 資本主義社会には、金さえあれば、昔の王侯貴族もかなわないような生活をすることのできる「社会的能力」が備わっています。

社会的能力は、私がすでに述べた様に、生、力、化、成、撰、法、的の七要素を備へなければ、充分発揮する事が出来ない。それには科学的発明発見の創造性が組織化されなければ、富の内容を豊富にする事は出来ない。であるから、二十世紀の今日においては富の内容が益々心理的要素を増し、機械力、動力、運輸力の創造性と保存性が、各種生物科学的な発明発見と平行して文化の内容を形成する事が富の内容になって来た。

△ 賀川は今日の「生物科学的な発明発見」が進展した社会の有り様を予測しています。分子生物学的な科学や、またロボット工学の発展などには目を見張らせるものがあります。富の内容はこのように知識産業的な方向に向かっています。そして「生、力、化、成、撰、法、的の七要素」が複雑に入り組んだ社会が形成されてきます。

それで、資本の内容も昔と違って、流動性を帯びて来た。昔ならば不動産が財産の主目であったものが、今日では国債、市債、会社の株券、さては発明の特許権が、財産の主目と数へられる様になって来た。これらを資本と考へるならば、社会資本は、金銀財宝に加へるに、人間の社会能力全部を計算に入れなければならなくなって来た。だから社会の組織力そのものが、やはり一種の資本であるとも云ひ得るのである。信用組合による金融の如きは、全く組織力そのものが資本化してゐるとも云ひ得る位である。この社会的組織力が、高次元に昇れば昇る程、資本の内容は人間主権の人格的心理作用を資本とする様になる事は、私が繰り返し、旧著「主観経済の原理」や、この書において述べた通りである。

△ 資本主義自体がいわば「人間化」の方向へと変様しつつあるという見通しが語られています。しかし残念ながら事態はそうなってはいません。ここで「人間主権の人格的心理作用を資本とする」とは、知能(知的開発)が富を生むということに過ぎないのであって、その結果、社会全体が人格化・人間化されるということにはなっていません。

例へば、優良なる児童であれば、毎年幾万円かゝらうと、彼の発明的力倆を発揮さす為に幾くらでも資本を入れてくる人が居る様なものである。

△ 優秀な頭脳が莫大な富をもたらすとすれば、いくら投資しても惜しくはありません。しかしそれは私益を増大させるためであって、かつ他の企業との競争に勝ち抜くためでもあります。開発(発明発見)と競争とは資本主義的に「兼併」します。

2 金融の社会経済心理

私は長年にわたって、社会心理学的に金融を研究する必要があると主張して来た。マルクス主義や資本主義は共に、唯物論の立場に立って金融を論じてゐるが、私はそれだけでは足りないと考へる。社会的に見て、生命、力、変化、成長、撰択、法則、目的の七原則が凡てに働いてゐる。この七原則がなければ社会組織も、一国一民族の文化文明も維持して行く事は出来ない。

△ 金利や、為替、株価の値動きを見ると、そこには多分に心理的要素が働いているのではないかと、誰しもが感じます。信・不信の問題も介在しているように見えます。賀川はそれを真正面から論じようとしています。しかし持論の七原則を社会現象に適用することについては、まだそれが効果的に展開されているとは思われません。賀川自身がまだ色々と手探りしている状態にあるのではないでしょうか。

元来、金融の最も簡単なものは、消費階級と生産階級が同一社会にあって同一形態をとるものである。それが少し複雑化して、生産者が消費者より少数となり、両者の関係が分離して来ると、金融の必要が起って来る。その場合、別にむづかしい組織は要らず、貝殻などを仲介として行はれる。が、だんだん生産者と消費者との関係が複雑になるにつれ銀行が出来て来る。そして遂には銀行だけでは充分運転出来ないので、銀行のほかに貸売、質屋、信用組合、頼母子講、倉庫業、月賦払保険会社などが生れて来る。それに更に時間的な投影がはじまり、物品を全然取り扱はない三年後、五年後、七年後の取引をするやうになり、現物取引より先物取引へ移る。それがますます投機的要素をまして、株式取引がおこり、為替取引生ずる。ここまでくると、先に述べた七つの原則が大きく働き、種々な関係が組立てられて、複雑な組織が生じてくる。従って七原則の関係がうまくゆかぬと、先づ取引などに必要な信用が欠けるので、金融が円滑にゆかなくなってくる。

△ 消費階級と生産階級が同一の社会とは、互酬的な「原始共産制」の社会を意味するでしょう。そこでは未だジェンダー以外の目立った分業もなく、貨幣の必要もありません。しかし漁民と農民との間の物々交換のような距離を置いた交換が発生して来ると、取引に貨幣が使用され、市場が成立する可能性が生じます。貨幣の発生は経済人類学的な問題であり、かつまた使用価値と交換価値の分離という取引上の「差異」の問題でもあります。しかし賀川にはそのような経済史的に周到な目配りはありません。原始共産制から一挙に現代資本主義の様態へと飛躍しています。

交通、通信、運輸などの市場が安定しなければならない。洪水、地震、冷害、旱害、暴風、火山爆発など、諸種の天災に対する対策が講じられなければ、信用がなくなる。また各種の増殖運動を盛んに実行し、能率経済がよく行はれなければ、信用がなくなって金融がうまく行かない。また社会の法律の守られる必要があり、文化目的がはっきり把握され、道徳的秩序や宗教的習慣が維持される必要がある。すなわち経済は生命、力、変化、成長、撰択、法則、目的のカテゴリーによって組立てられてゐるから、それがうまく行かないと信用が崩れる。信用が安定した時、約束手形が順調にまはることになる。約束手形の変形が紙幣である。故に金融経済は、社会心理学的に考へる必要があると云はなければならない。

△ ここでは何の「信用がなくなる」のかが特定されていません。経済活動の根底に信用があると言われています。そして紙幣は約束手形の変形であって、信認されなければ用をなさないと指摘されています。あるいは紙幣と軍票を分ける本質的な違いはないと言ってもよいでしょう。軍票を銀行に預けて利子をかせぐことができないとすれば、それは当局によって紙幣とされていないからです。既存の銀行紙幣に加えて「政府紙幣」を発行せよという説があります。その場合利子はどうなるのでしょうか。いずれにしても社会生活の根底には信用があり、災害対策、増産運動、文化活動などが、七つのカテゴリーによって規定され、また逆にそれを実現していくところに、信用が築かれると言われます。賀川が金融経済は社会心理学的に考えるべきであると言う理由がそこにあります。なお、ここで柄谷行人の近著『世界史の構造』(2010年、岩波書店)の次の言葉を引用するのも無駄ではないでしょう。『マルクスは商品交換という基礎的な交換様式から始めて、複雑な資本主義的経済システムの総体を解明しようとした。貨幣と信用によって織りなされた資本制経済システムは、物質的下部構造であるどころか、信用によって存在する宗教的世界のようなものである。それはたんに「資本主義的な生産様式」などといって説明できるようなものではない』(p.27)。この書は、賀川の主張の正当性を一面で裏づけると共に、交換様式という観点から「世界史の構造」を解明しようとした点で、より客観的で俯瞰的な議論を展開しています。賀川の主張を柄谷的に再吟味することは、今後の課題として、生産的な意味を持つことになると思われます。またそれは、賀川のマルクスに対する一方的な論難から自由になるためにも、必要なことであると思われます。

3 重税より国を救ふ道

税金の悪循環 国民収入の大半が税金に支払はれる苦しい財政時代が今日の日本である。奈良県のある村では、税金を差引かれる小学校教員の二月分の給料が僅か三三〇円であったと私に訴へて来た教師があった。こんな高い税金を支払はずに国家を再建する工夫はないのか。ある! 断然ある。それは人格的組合社会主義の組織である。何んでもかでも集権社会主義による国営でなければ、社会主義でないと思ふから、税金が高くなる。それを鉄道の復旧、学校の造営、電信、電話をはじめとして、電力資源の開発、港湾の修築、すべてを協同組合と国家が協同経営でやるやうにすれば、税金を高くとらなくてもよいのである。

△ 今は民営化、あるいは「第三セクター」の波が押し寄せてきていて、鉄道、電信電話、郵便事業、電力供給、港湾や道路の建設(公共事業)に「民間活力」を導入しようとする傾向があり、「国営」という考えは評判を落しています。私は「国家=資本複合体」という仮説を立てて、新自由主義の施策はその露骨な現われであると考えています。しかしその流れから取り残されるものは「国民の生活」です。柄谷行人の言い方を借りれば、資本―ネーション(国民)―ステート(国家)は「ボロメオの環」であって、近代国家において三者は切り離せないものとして存在します。賀川は「国民の生活」を協同組合化することによって、人格的組合社会主義の実現が可能であると言います。いわば、公共事業を協同組合によって運営し、国家がそれに協力すればよいと主張します。資本との競合において協同組合は国家の保護を期待すべきではないと言っていたはずですが、広義の公共事業に関しては別であるということなのでしょうか。

鉄道の貨車を仮に五千台復旧するとしよう。鉄道現業員の給料さへ払へない時には、五千台をつくるのに税金で賄ふより他に道はない。これが国営社会主義の財政である。

協同組合でやる時には、地方管区の協同組合の要求に応じて貨車を提供せしめればよいのである。村々の農業協同組合がトラックをもってゐるやうに、農業協同組合の連合会が村々に割当てゝ、貨車を製造せしめ、それを鉄道に委託すればよい。但し農業協同組合連合会が百台提供してゐるならば、毎日百台の貨車はその県下において、農業協同組合の需要に応じて運転するといふ約束を鉄道の方で与へる。同じ事を漁業協同組合、鉱山協同組合、商工業協同組合、都市消費組合等が必要に応じて、国有鉄道に貨車を提供すればよい。これは米国のブルマン寝台車提供会社が、米国の各系統の鉄道会社と契約をして、車を提出してゐるのと同じ形式をとることになる。もし、なほ面倒くさければ各種協同組合が貨車の使用について各々契約を個々別々にしてもかまはない。これは電話、電信、無線についても同じことが云へる。電力の開発についても、なほ更のことである。全部を国家の金でしないで、需要者に出資させ、国家が管理してもよいし、その反対に国有のものを、組合が管理してもよい。経済的に必ず損をする必要はないのである。税金といふものは、徴収するのに頗る沢山な費用を要する。そして厭な思ひをして、民衆は、とられてしまったやうな気持になる。

△ 国家は税の強制的な徴収―再分配の機関であって、資本と国民(ネーション、想像の共同体)から区別される自律的な組織です(柄谷)。しかし社会形成原理として資本が優勢である社会では、国家は資本の活動を促進するという目的を与えられます。しかし国民の生活にもある程度手を差し伸べなければ、国家は税の徴収の名目を失います。国民が税を取り立てられるにもかかわらず、その生活の浮沈(生活の格差、貧困)は自己責任であると言われるならば、彼らは自衛のための組織を必要とすることになるでしょう。その組織を中間社会と呼べば、協同組合もその一つです。問題は協同組合が資本と競合するという点にあります。国家が仮に国民の生活防衛の組織を抑圧するならば、国家はそれこそ国家=資本複合体として、国民に敵対する存在になります。賀川は、この矛盾を正視しているようには見えません。国家は資本の言い分に従うという側面を無視しています。資本主義は利潤を上げるために、兵器の生産、輸出をも渇望する社会であり、市場や資源の獲得のためには極めて侵略的で暴力的な手段を行使することも厭いません。アメリカという国家(国家=資本複合体)の存在は、典型的にその現実を表わしています。

意識経済による国民の解放は、もし生産資金の為に税金を多くとり立てる必要があるならば、協同組合を通して金を集め、その事業を国家が管理するならば、みんな喜んで出資するに違ひない。例へば、今さし迫った日本の農地開発の問題がある。これを税金で開発しようと思へば、何千億の金があっても十分には出来ないだらう。その中に浪費もある。しかし都会の職域消費組合及び地域消費組合に向って、開墾した土地の生産品は少くも約五割だけ必ず君等に配給するからと云へば、百八十万町歩の開墾費の如き容易に集ると思ふ。その方が闇買ひに行くよりずっと安全である。それを税金で賄はうとするから、無理が出来、全官公従業員組合までが、ゼネストの挙に出るのである。私が意識経済学を説くのは全くかゝる意識の機能化を考へるためである。必要なものに必要な資金を出させ、必要なだけ分配してやると云へば、厭々税金でとり立て、厭々食糧提供させるやうな強力や暴力を用ひなくとも、みんなよい気持ですらすらと行くのである。政治の科学的基礎は、社会心理による社会の進化にある。個人からすぐに一足とびに国家まで飛ばうとするから暴力沙汰や無理が出てくる。個人がまづ組合にまとまり、組合が国家としてまとまって行けば、大きな税金を払はずに済むし、高い公債の利息を払ふ心配もない。集権的社会主義や独裁的共産主義の無理はかうした所にある。

△ 今から思えば、敗戦後も「国体」を護持した日本の国家の有りようについて、賀川は余りにも無警戒であったと言うべきでしょう。日本の革命が成功せず、日本が集権的社会主義や独裁的共産主義に陥らなかったことは、ある意味で幸いであった、と言うべきかも知れません。しかし賀川が構想するような下からの社会主義もまた戦後の日本の進路とは無縁でした。「組合が国家としてまとまる」どころか、今日再び上からの国家主義が日本を覆おうとしています。「意識の機能化」は実現の緒にすらついていません。

4 インフレはかくせば止る

信用は物質ではない 生活が安定すれば、犯罪は減る。犯罪が減れば経済の様式は変って来る。巡査も裁判官も看守も生産方面に廻れる。日本では犯罪が多い為に昭和二十三年約六十億円を法務省が使ってゐる。人を信用しない所に金融は起らない。信用といふものは物質ではない。昭和二十三年度以後インフレが激しい為に、真面目な金融をしてくれるものは殆んどなかった。かうなってくると闇屋に金融する高利貸が一番稼ぐ。だがその結果社会は決して幸福ではない。

△ 社会生活の根底には信用がある、そして、信用は物質ではないと指摘されています。その点について人間の精神は太古以来少しも変っていないと言うことができます。仮に、検察や裁判所の裁定が信用できず、政治家やマスコミが国民をだますことに専念しているとしたら、社会はどうなってしまうでしょうか。社会の崩壊は民衆の間から始まるというよりも、指導者や権力者の信用失墜から始まると言うべきでしょう。敗戦直後の社会にもそのような根本的な不信感があったと思われます。

金は社会能力の表徴 金といふものは社会能力の表徴であって、金だけが価値あるものではない。真に協同体社会が出来上れば、伝票一つで金融はつく。融通自在といふものが金に与へられた性質のやうに考へてゐるけれども、社会自体が融通自在性をもってゐなければ金だけもってゐても何の役にも立たない。百姓が遊びたい時にはいつも都会に出て来る。それは都会の方が感覚的に心理的に人間能力の融通自在性を与へてくれるからである。

△ 貨幣は国家によって鋳造され製造されます。それは国家全体の経済力、あるいは社会能力の「表徴」であるという面が確かにあります。ドルや円が通用するのは、アメリカや日本の経済力を反映しているからであって、その能力が失われればその交換価値は著しく減少してしまうことでしょう。金をいくら払ってもろくなものは買えないということが、実際に生じてきます。金だけが一人歩きしているのではありません。

だから真に社会能力の組織化が完備するならば、今日のやうなばかげたインフレなんか起さずに済むのである。紙幣だけ印刷するからインフレになるのである。

△ インフレデフレが生じてくるのは、貨幣のもつ購買力と商品の生産力とのバランスが崩れるからであると言えます。売れなければ安くなるし、売れて品物が不足すれば高くなります。販売数の多寡によって価格が変動し、また価格の高低によって販売数が変動します。その投機的な値動きに資本主義社会の特質があります。しかし市場の価格や物流の変動を統制し、社会能力を「組織化」するということは、そんなに簡単なことではありません。いわゆる「計画経済」がうまく運ぶ保証はどこにもありません。

みんなが働く気になり、みんなが助け合ふ意識をもち、親兄弟のやうな気持になれば、インフレはすぐ止ってしまふ。はっきり云へば、真の社会性のない所にインフレは起るのである。協同社会を完全に組立てゝ行く所にインフレなどあるはずがない。組織がないからインフレが起るのである。組織のない所に労力の浪費があり、市場の空景気があり、インフレは加速度をもって進む。

△ 賀川は原始社会にはあったであろう「連帯性」、「協同性」を現代世界で甦らせようとしていると言えるかも知れません。柄谷行人がつとに指摘するように、キリスト教などの世界宗教の真髄は、人間の連帯性の回復を訴えることにあります。

愛ある所にインフレなし これを食ひとめるのは法律の力ではない。互助愛組織の意識運動だけである。親兄弟は互助的に愛をもって互ひに奉仕する。親兄弟の様な意識が社会に生れるとするならインフレは止るはずだ。生産消費組合の発達する所にインフレはない。資本主義競争社会だけにインフレは起る。つまり社会のない所にインフレと称する発熱が起るのである。生産消費組合を作り、組織化せられた労力、動力、機械力を組織的に社会勢力として分配して行けば、インフレなんか完全に統制出来る。

△ 資本主義経済がなぜインフレになったりデフレになったり、はたまた恐慌を来したりするのか、賀川に言わせれば、それは「社会」がないからだということになります。投機=投資は欲望に発するものであるか、または競争に勝ち抜くという動機に促されています。それによって絶えざる技術革新や新商品の開発も遂行されることになります。そのような社会のあり方そのものに、賀川は疑問を呈しているということになるでしょう。

完全なる協同組合のある所にインフレなし だからインフレ防止法は協同組合を徹底的に造ればよいのである。英国にインフレのないのは、僅か人口の半分だけを組織化してゐる為である。金持のアメリカにインフレがあるのは協同組合が完備してゐないからである。この組織運動が解らぬ所に日本のインフレの悲しさがある。これでもまだ農村が組織化されてゐたためにインフレが支那に比べて少いのである。支那は全く滅茶苦茶である。故に日本においても七系統組織をつくればすぐ止る。その為には我儘を捨てゝ愛を協同体社会に実現しようとしなければならないのである。愛は口先では駄目である。組織化されねばならない。愛を協同組合に生かせばインフレはすぐ止る。

△ 「七系統組織」とあるのは、例の七つの要素を具備している社会組織という意味なのでしょうか。協同組合とは組織化された愛であるというのは、いかにも賀川らしい言い方です。まさに「社会愛」と言うべきものが、そこにあります。インフレが止るというのは、それだけ、競争的投機的要素がなくなり、社会的に支え合い協力する仕組みができているからということなのでしょう。賀川に言わせれば、競合するライバル企業が倒産するのを喜ぶような社会は、社会ではないということなのでしょう。

5 労働銀行の急務

一年十二割の利子 敗戦後、インフレの進行によって日給とり、及ぶ(ママ)サラリーマン階級の困り方は言語に絶する。昭和二十三年三月初旬、東京では雨が続いた。すると私たちが細民街で経営してゐる質庫信用組合では質を置くものが急激にふえた。四日間に約百万円も取り付けした。こんな事は二十数年間、質庫信用組合をやってゐて、今度はじめての経験であった。

△ 最初の行は、「インフレの進行によって日給となり、(その影響が)及ぶサラリーマン階級の困り方は…」とでもすべきところでしょう。脱落があります。

世間の質屋は利子を一年間に十二割を取る。つまり一ヶ月に一割づゝ取る。千円借りるなら一年間に千二百円利子を払はなければならない。そして一ヶ月取りに来なければ、すぐ質に流してしまふ。私達の経営してゐるものは何年たっても本人が顔を見せぬ間決して流さない。それであまり広告しないけれども、細民街に信用がある。

最近もインフレに困ってしまったサラリーマンや日給生活者は、雨が降り続いて配給がその期間にあると忽ち生活に窮してしまう。それで我々の経営してゐる「東京中ノ郷質庫信用組合」に駆けつけて来る。

△ 庶民が必要とし、しかも多額の利子を払わないで済む金融機関を、庶民の間に、庶民自身の手で作ることができれば、生活はそれだけ楽になります。しかし儲けが殆んどないそのような仕事を進んで手掛ける人は、賀川たちのような篤志家を除いては存在しません。問題の本質はまさにそこにあると言うべきでしょう。

細民は乞食ではない 実を云へば物価が暴騰するインフレの時に、金を人に貸す馬鹿はない。しかし質を預け入れる者はよくよくに困ってゐるのである。何故なら質物の方が一ヶ月の中に数倍の値上りする場合がある。それをも考へず、質に入れようといふのは余程困るからである。戦争中は金廻りがよかったので、質倉はがら空きになってしまった。それが戦後、また質を置くものが急増した。世相の変化を私は思ふ。

全国に公益質屋が五百余ヶ所あるけれども、みんな僅かしか金を貸してくれない。こんな事ではとても貧民を救ふ事は出来ない。さればと云って政府に金はない。ではどうすればこれ等の細民を救ひ得るか。

それは協同組合銀行によるほか道はない。割合に余裕のある人々が一万円づゝ、一千人、銀行に預金するつもりで出資してくれさへすれば、一地方における問題は解決する。細民は乞食ではない。天気がよければ食ふだけの収入はある。質で借るだけの金融があればいゝのである。私達の組織は東京都内に一つしかない質庫信用組合である。支店は三ヶ所しかない。だが到る所にこの必要があらう。サラリーマンの居る所、全国にこの必要がある。また明治四十年、昭和四年頃の世相がそのまゝ帰って来たのである。

△ 賀川は革命によって労働者が解放されれば、人々が日々の暮らしに困るようなことはなくなると説いてはいません。現実に人々が出資し合い、助け合うか否かが問題であると言います。いたるところに「協同組合銀行」をつくるべきであると主張します。なお「欧州協同組合銀行協会(EACB)について」というレポートがあります。

自らを組織せよ もしかうした細民救済の消極的金融組織より積極的防貧労働者銀行をつくるとすれば、労働者自らがもう少し目ざめて、自己の賃金は絶対に普通銀行に預け入れないやうにする必要がある。自らを信じない以上、資本主義はどうしても発達する。そこに人格が信用そのものであると云ふ事が云へるのである。労働者は信用できないから金を預けられないでは困る。

△ 人格は信用そのものであると言うところに賀川の「人格観」が現われています。人間の判断の根底には「信念」があるということを否定することはできません(「判断論」参照)。自らを信じなければ、自らを組織することはできません。

労働者の積立てた各種社会保険の金も、労働者銀行に収容すべきだと思ふ。労働者銀行を組織して、その金をもって食糧を増産し、家を建て、紡績工場を建設するやうになれば、インフレはすぐに止るのである。労働階級がこの生産消費組合の企業的組織に目をさまし、労働銀行を造らない間、日本を救ふ事は出来ない。今日の急務は労働銀行の組織である。日本の労働組合は賃金値上げのストばかり考へて、経済の根本問題にふれない。金融力を自らの手に握りさへすれば、資本主義を倒すことが出来るのである。資本は金融力そのものではないか。もし労働階級自らが力弱ければ、人道主義的経営者が自ら進んで労働階級の為に労働者銀行を組織して奉仕することも一つのよき方法である。インフレで悩む人々を救ふために、全国民すべてがこの問題について目ざめる必要がある。

△ 賀川は「国家=資本複合体」を下から掘り崩すような提言をしています。もし世界の労働者がこれを実践すれば、金融資本家は青ざめ、大企業の経営者は憤怒するでしょう。たとえわずかでも、自分の金は自分のものであると言うなら、労働者は賃金を普通の銀行に預けるべきではなく、自分たちの銀行を持つべきであるという提案は「革命的」であるとさえ言えます。それこそは「経済の根本問題」であると指摘されています。

6 生命保険の協同組合化へ

赤字公債の解消 税金によらず、国債を募集する場合でも、利息を払ふのは国民である。そしてその利息は結局国民全体の負担となり、しまひには重税と化してしまふ。そしてその税金は一般大衆からとりたてゝ少数の資本家に支払はれる。これは生命保険についても同じ事が言へる。国民一般は社会経済については誠に暗い。殊に、生命保険事業の如き統計学的基礎をもったものに対しては、専門家の他に殆んど知識をもってゐない。所がこの生命保険経済といふものが馬鹿にならぬものである。現在日本にある銀行すべての預金高を集めても僅か二十二の生命保険会社がもつ契約高の数倍しか当らないであらう。資本主義のトリックはこんな所に仕掛けられてある。私が意識経済学といふ事を主張するのは、かうした未来の、先の先まで統計学的に意識して親切に民衆を世話する所に社会連帯意識性の経済学の必要性が湧いて来るからである。

△ 赤字公債の発行と重税化ということは今日の日本にもそのまま当て嵌ります。そして生命保険の積立額が莫大なものとなり、結局それが国債や株の保有を通じて、国家の財政や資本の増強に貢献するという仕組にも違いはないでしょう。賀川は、それは資本主義のトリックであると言います。そして資本主義の既定の現実を前提とした経済学ではなく、統計学的に先の先を見越した社会連帯意識性の経済学の必要性を説きます。

人格経済の成立 しかし生命保険の如きは相互の契約によって、成立するものであって、全く意識的人格の発展が経済面にすぐ現はれて来る。今日の生命保険の経営方針は資本集中の最も極端なものである。これを国に移管したからといって、直ちに親切な保険協同組合ができるわけでもない。

私はむしろ国家保険の領域と協同組合保険の領域を区別する必要があると思ふ。労働者保険や漁民保険の如き国家的意味をもったものは国営でやるべきである。しかし一定の限度を越えた保険料、即ち社会性よりか個人の福祉を基礎にしたものは組合でまとまって行くべきものだと思ふ。そしてその保険金は組合員の一般厚生福利施設に利用せられ、死亡率及び罹病率を減退せしめるために使用すべきものだと思ふ。

この生命保険積立金を衣食住の協同組合生産事業に使用を許してくれるならば、実に大きな鉱脈を掘り当てたのと同じことである。日本の生活経済は忽ち復興することが出来る。

△ 生命保険、健康保険、年金などの積立金は、誰の意思によってどのように利用されるのかという問題があります。今日の健康保険や年金の問題に見られるように、行政によるずさんな管理と無計画な使用は、保険金の支払者の意思とは無関係に、大きな損失を呼び込むことにもなります。「自らを組織化する」ことの重大性がそこにあります。

生命保険積立金をもって食糧資源を開発し、被服資料を製造し、火山灰をもって不燃焼の簡易住宅を増設し、電力資源を開発すれば、ストライキもサボタージュも必要でなくなる。独裁主意義的共産主義の唯物主義的偶像礼拝は、目先のことばかりを考へて破壊的に終る。ゼネ・ストを計画するエネルギーを生命保険の民主化に使えばストライキをせずに済むのである。私は意識経済の開発の必要性をかゝる所に発見する。西洋諸国では既にこれを実行してゐる。

△ 賀川が引き合いに出す西洋諸国の実情とはどういうものであるか、私はつまびらかではありません。しかし革命に向けるエネルギーを互助友愛の経済の実現に切り替えて行くべきであるという賀川の提言は、いわゆる社会民主主義的な政策の根本にあるものを指し示しています。しかし革命を経ずにそのような仕組を作り出していくことは可能でしょうか。問題の焦点はそこにあります。意識化・社会化・現実化のプロセスにおいて、意識化された事柄をいかに現実のものにしていくかの問題です。

利息のいらぬ巨大資本 生命保険の金は毎年一定額支払はれるから、十分それを当てにして予算を組む事が出来る。これを国家予算による税金とり立ての方法によれば重税となり、赤字公債によればその利息を金融資本家に喰はれてしまふ。これを協同組合が国家と協力して経営すれば、窓口だけで勧誘員も要らない。危険率も少い。組合が決議すれば利息も払はずに済む。赤字公債を発行する必要もない。今日のやうなベラボウな医療費を払はずにすむ。今日の日本政治は組合がすべきものを国家がやってゐるのが多い。あまり従業員が大きくなると、人格的の統一が欠け、すべてはだれ気味になり、悪の勢力の方が強くなる。社会は物質の塊とはちがふ。それは精神の結合体である。それを唯物的暴力主義でかき廻す場合にはすぐ金融の運転を中止される。一九四八年三月下旬に起った日本の悲しむべき多くのストを考へても、この誤謬が指摘出来る。つまり日本の大衆は、まだ経済活動が本質的に意識的なものであり互助愛を基礎にせねばならぬ事につひて目ざめてゐない。未だに十九世紀式な目先ばかりの唯物論に迷ってゐるから、資本主義まがひの唯物共産主義の泥田に入って少しも進歩しないのだ。混沌より混沌の闇に迷ひ続けてゐるのである。

△ 対立物の相互浸透という「弁証法」を用いれば、資本主義の中に唯物共産主義という対立物が内在し、唯物共産主義の中に資本主義という対立物が内在しています。だから、問題は、両者を止揚するとはどういうことであるかをよくよく考えることにあるでしょう。柄谷行人の言い方を借りれば、太古の人類にはあったであろう共同寄託(pooling)と、次の発展段階としての互酬(贈与と返礼)という、原初的経済システムを、勿論そのままの形ではなく、いかに現代の経済生活に取り戻していくかという問題です。賀川は互助愛という言葉で、その実現を訴えていると言ってもよいでしょう。社会連帯意識性の経済学とは、すなわち社会民主主義の経済学であり、その根本は互助友愛(社会愛)の精神にあります。それを理想主義と言って笑って済ませることは簡単です。しかし再び「国家愛」が強調されつつある今日、単に「唯物論的」に問題にアプローチするだけでは、大衆の心を捉えることはできないでしょう。人間のポジティブな「交換」の行為とは、すなわち愛であり、単に物質的な「交通」を意味するものではありません。逆に言えば、人間の経済的行為のうちには高度に意識的な活動が含まれています。それをそれとして意識することは、社会変革の第一歩であると言わなくてはならないでしょう。


第三節 労働問題対策

1 労力価値と社会価値

労働によって発生する富の凡ては、労働者に帰属すべきものであると、労力価値の絶対性を主張せんとするものは、自論を固守する。

然し、人生において労力価値が価値の全部で無いことを我等は謙遜に知っておく必要がある。

△ 賀川はここで再びマルクス主義の「労働価値説」についての反論を試みます。先にはこれを「労働全酬権」と呼んでいました。

或る団体が家庭用の製粉機を或る商人に注文して作らせた。然るに、その商人は注文に応じて或る工場と約束して、製粉機を製作した。ところが出来上りは頗る悪かった。需要者はその製品の受取りを拒絶して来た。然し工場は労働者の賃金を支払ふ必要があると言って、猛烈に支払ひを要求した。然しその製品は売れない。その団体も、団体の注文に応じた商人も、その商人から注文を受けた工場も困却してしまった。

この場合、労力は一種の浪費に終ったのである。それで、労力価値が正当なる取扱ひを受けるのには各種の条件を具備せねばならぬ。第一、その労力が、真理に忠実であったかどうかといふことである。第二、その労力で人生に必要なる生産に従事したかどうかといふことである。第三、その労力が、人類の福祉に貢献したかどうかといふことである。

△ 労働価値が正当に取扱われる条件として、もっと実際的に議論してもよさそうなものですが、賀川の言い方は多分に理想主義的です。一は製品の品質の問題、二は需要の問題、三は効用の問題です。ここで持ち出された例では製品の品質が問われています。

之を要するに、真理と、善と、美に貢献出来ない労力は、その価値を疑はれても仕方がないのである。労力は人間の生命と直接連絡してゐるから、神聖なる可き筈のものである。然しその労力が、真理より離れ、善のコースを歩まず、美の道程を歪曲する種類のものでありとすれば、それは地震や、暴風と何の選ぶところは無いのである。

△ 労働の価値は、人生の真善美の価値と結びついたものでなければならないと言われています。少し無理してこれを品質、需要、効用の問題として考えれば、品質=製品の基準への合致、すなわち真理、需要に対する適切なる製品の提供、すなわち善、製品の効用による生活の改善、あるいは快適なる生活の実現、すなわち美ということになります。このように価値実現的でない労働は、地震や暴風と何ら変るところがないと言うのはいかにも極端ですが、労働であれば何でも尊いとは言えないということは真実です。

即ち、凡ての労力が尊重されるためには、その労働組織が真、善、美の道徳的、宗教的境界線を脱出しないように注意する必要がある。一九四六年七月号の米国発行のリーダス・ダイジェスト(ママ)誌は、ソ聯においてキリスト教会が一九一七年まで、四万六千四百七十個あったものが、一九四六年では僅かに四千二百二十五個に減少したことを注意し、ソ聯においては労力が尊重せられても、道徳的危機が来てゐることを指摘している。

△ ここでの賀川は反共宣伝に乗せられて、教会の数が多ければよいと言っているように思われます。しかし教会の数が多い「米国」がどこまで「道徳的」なのでしょうか。今日のアメリカでは、いわゆる原理主義的な教会が力を揮っていて、先のブッシュ政権を支持する勢力の一つとなり、結果としてイラク戦争を推進したことを忘れることはできません。また革命当時、ロシヤ正教会がいかなる社会的役割を果たしていたかということについて、何の反省も加えないで、ソ連における教会の数の減少を論じてもあまり意味はありません。教会の数の減少が道徳的危機であると言えるためには、もっときめの細かい議論が必要になるでしょう。賀川にはこういう荒っぽいところがあります。

労力もまた道徳律を守らねばならないものである。労働階級は崇拝せられる可きものであり、社会の中軸なる可きものである。然しそれは道徳の高挙に貢献するところあっての話であって、道徳を無視し、人生を破壊してもなほ且つ労力は尊重せらる可きものでは無い。戦争の為めの生産や労力は決して、建設的ではあり得ない。それは破壊の為めの労力である。宇宙目的を意識する宗教的真理を離脱する労力が、逆効果を齎すことのあるのは、全くかゝる理由による。私は労働者を崇拝する。然しそれと同時に、労働階級が、神と宇宙を彼らの意識内容として、生産に従事して欲しいと思ってゐる。マルクスは「宗教は阿片だ」といひ、ロシアでは宗教破壊の運動が持続されてゐる。然し、私に取って、宗教は宇宙目的の把握であり、その宇宙目的を尺度として、日常生活の標準を決定せんとする人間行為である。宗教の凡てが阿片ではあり得ない。

△ 人間は自己の存在理由について明確な認識を持っていません。直立二足歩行し、世界を遠望すると共に、宇宙から切り離された意識を持つ人間は、何かを信じなければ生きていけない弱さを持っています。宗教は神話的に人間の存在理由を提示して、宇宙における人間の使命と役割についての教訓を与えます。宗教を脱却したと宣言する人々も、何かを拠り所として生きて行かざるを得ません。しかしそれが究極的な解答であるとする保証はどこにもありません。賀川は自らの信仰を表明しているに過ぎないのであって、宇宙目的なるものが、万人に共通の真理として明確に示されることはあり得ないでしょう。宗教が阿片であると言われるのは、特定の信条を頑なに信じ込んでしまうところから来るもので、その意味では唯物論も立派に「反宗教的宗教」になり得ます。

その、宗教感情の歴史的発展において、色々な誤謬も有った。阿片的な要素もあった。然し、それは我等人間の誤謬から来ることであって、宇宙根本実在者に責任は無い。我等は宇宙根本の実在者から出発すべきである。然るとき宗教は阿片ではあり得ないのである。否、それは労力価値そのものを裏書きする唯一の尺度でもあり得るものである。

△ 宇宙の根本実在者なるものも一つの仮説に過ぎません。それは賀川の信仰が要請し、仮託しているものです。しかし、それは賀川の宇宙感情に根差し、それが賀川の根本的な感覚をなしていると言えるでしょう。それを天と呼ぶか、神と呼ぶか、知られざるものと呼ぶかは各人の自由です。そしてキリスト教だけがその感覚を独占しているわけではありません。その原初的な感覚を失えば、人間は労働価値についての判断をも狂わせることになるであろうと言われています。

2 労働意慾の問題

労働問題は、結局の処いやいや働くか、面白く働くかの問題に帰着する。碁や将棋を指すものは、夜が明けても止めるとは云はない。好きであるからである。労働も好んでやるなら、八時間労働を十時間に延ばされても、いやだとは云はないであらう。トーマス・エジソンは、電燈の発明をする時二週間も労働を続けて寝なかったと云ふ。面白ければ、休息することすら、いやがるものである。

△ 人間には、働かされている、勉強させられていると思うから、それが面白くなくなるということがあります。自ら好んでやる仕事ならつらくてもそれに耐えることができます。賀川はそこに労働問題の本質があると言います。

機械文明の出現と共に、分業組織が取入れられ、流れ作業が採用せられ、能率経済が人間の心理作用を機械的に利用する様になった結果、肉体的に疲労する事は少ないが、心理的に非常な緊張をせざるを得なくなった。それが面白くて緊張するなら能率も上るけれども、いやいや労働するのでは、一分でも早く切りあげて遊びに行きたい気になる。

△ 「フォーディズム」の出現は工場の生産工程を劇的に変革し、ベルトコンベアという流れ作業のシステムがつくられるようになり、また作業工程における人間の行動が細かく分析され、生産活動の能率が上る様に、その行動が秒刻みで管理されるようになりました。それ以来、工場労働は「歯車の一部」となってしまいました。

では遊びに行くと云ふのは、どう云ふ心理であるか? それは自分の目的に合致した生理的或ひは心理的動作を遊戯と云ふのである。ベース・ボールにしても、フット・ボールにしても、それらは遊戯であっても、肉体労働としてはとても激しいものである。あれだけ工場で労働すれば能率はうんとあがる。しかるに、工場労働は面白くなくて、運動場の遊戯の面白いのは何故であらうか。そこには、只一つの差がある。スポーツには(ママ)自己目的の線に沿ふものであり、工場の労働は食ふ為のいやいや働くと云ふ合目的性否定の作業だからである。

従って、共産主義の時代が来ようと、自治工場の時代が来ようと、工場の作業を遊戯の如く組立て行く方法をとらなければ、労働能率は上るものではない。

昔から、奴隷の労働は自由労働の三分の一しか能率が上らないとされてゐる。

△ 「正確かつ迅速」(「「なにぬねの」のストラテジー」参照)という意味での能率を上げるには、一層の機械化・ロボット化を押し進めるしかありません。能率という点では、人間は機械にかないません。資本主義社会における問題は、そのようにして製造した商品が、はたして売れるかどうかという点にあります。しかし理想を述べれば、人間にとって労働と遊戯が一つであるような状態こそ望ましいと言えます。今、それは才能に恵まれた一部の人間に与えられた特権でしかありません。人類全体がその状態に近づくということは、まだ遠い先のことでしょう。まさにマルクスが遠望したように、あるべき共産主義の時代には、人類全体が、「労働と遊戯の一致」という状態に達するでしょう。モンテッソーリがつとに指摘しているように、子どもにとって遊びは遊びではありません。遊びは、成長に不可欠な労働です。その意味での労働こそが人間にとって本源的であると言うべきですが、成長するにつれて、人間は労働のその本源性を失ってしまいます。だから「労働と遊戯の分裂」に人間社会の限界が見られなくてはならないでしょう。

それで能率経済学者は、いよいよ心理学的にまた生理学的に工夫をこらして立案するけれども、結局するところ、労働能率を上げる為には、七つの点に注意する他方法はない。(一)労働者の個性の目的に合致する事、(二)その作業を、自治的に出来るだけやらす事、(三)自分に適する事を最も面白くやらせる事、(四)仕事の成績がぐんぐん上って結果が目に見える様にしてやること、(五)作業に変化があり、あまり単調でない事、(六)機械力、動力、運輸力を最大限度に利用して、労働者の生理的心理的疲労感を最小限度に低下せしめる様にする事、(七)最も健康的な(ママ)衛生上に注意を払ふ事。

△ ここに列記されていることは、もはや「能率」の問題ではありません。むしろ、やりがいのある労働とは何であるかについての賀川の見解と言うべきものです。しかもそれは例の「七つの要素」を下敷きにしていると思われます。(一)個性的目的への合致(目的)、(二)自治的運営(法則)、(三)仕事への自分の適性(選択)、(四)成績の向上(成長)、(五)作業の変化(変化)、(六)機械力、動力、運輸力(力)、(七)衛生上の注意(生命)ということになるでしょう。ただし(二)の自治管理(法則)には少し飛躍があります。しかも利潤を極大化するのが資本の「法則」であるとしたら、労働者の自治管理にも限界があります。賃金などの決定は自治的運営の外にあるとされるほかはありません。

工場美化運動 スウェーデンに行って驚いた事は、協同組合工場の美観であった。それは、労働階級の労働意慾をそそるためにフランス・パリーのベルサイユ宮殿に真似た煉瓦工場を作ってをり、工場か宮殿か一寸理解に苦しむ様な食品工場を私は見た。床板は寄せ木細工であり、製粉工場でも粉が何処にも見られない様に驚く程清潔であった。こんな美しい工場であれば、自分の家にあるよりも面白いので、自然工場の方に足が向くであらう。

△ 協同組合工場が「自治管理」であるとすれば、それは資本と労働との対立がないからです。ベルサイユ宮殿に似せた煉瓦づくりの工場がつくられたのは、「労働階級の労働意欲をそそるため」というよりは、「自分たち」の労働環境を好ましいものにしたいという意欲の現われでしょう。しかも協同組合にそれだけの力があることを示しています。

私はニュージランドにおいても、同じ様な意味において美化された食品工場を見た。それは、サー・トリビイキングの製酪の工場であった。こゝでは色彩に注意を払ひ、総べての機械類を深緑色と黄金色の二色で飾ってあった。

だが、幾ら工場設備を美化しても、賃金が安ければ職工は集って来ず、例へまた賃金が高くても、労働条件が悪ければ、職工は働いてくれない。一九二七年頃、蒋介石が始めて支那を統一せんとした頃、上海の日本人経営の紡績会社はストライキ続きでこまった。しかるに只一つ、鐘ヶ淵紡績だけは、支那人の職工の間にストライキがなかった。賃金と云へば、むしろ鐘紡の方が他の工場にくらべて安かった。只一つ、鐘紡の特徴は社宅を与へ、食糧を供給し、労働者に生活の安定があった。それでストライキが無かったのである。日本における模範工場を見ても、生活の安定のある工場程うまく行ってゐる。

△ 今日また、中国にある日本の工場でストライキが起っています。日本の工場が海外に進出する主な理由の一つは、労働力コストが安いためです。製品を安く押え、国際競争に勝つためには、工場を発展途上国に移し、地代、税金、労働力の安い土地で生産し、製品を日本やその他の国に輸出するという手段が取られます。そのような傾向は日本の産業の空洞化を招くだけでなく、進出した先の経済が発展すれば賃金の上昇をもたらし、労働力コストは安いままに止まってはいないという問題も起ってきます。労働力はコストの主要部分をなしていますが、労働者は生活しなければならず、いつまでも安い賃金に甘んじているわけではありません。しかも資本主義的生産は労働者の様々な欲望を刺激して、より豊かな生活の実現を促します。そして労働者の世代の交代があり、教育を受けた労働者が増大し、意識の上でも急激に変化して来るでしょう。発展途上国がいつまでも低コストの状態に止まっているという保証はどこにもありません。

生産自治管理と労働組合 しかし、生活が安定しても、社会思想が険悪になって来れば、決して生活の安定位で労働階級が満足しなくなる。経営者が資本家ならば、資本家が倒れるまで争闘をいどみ、労働階級独裁の時代を造りたいと気声(ママ)をあげる。

この感情が爆発すると暴動になる。

△ 生活が安定していて、社会思想が険悪になるということがあるのでしょうか。労働者は、その場合、何に不満を持つのでしょうか。

労働者が、国家に代っても、労働争議はなくなりはしない。即ち、国家資本主義(▽)の時代が来ても、先に述べた様な生活の安定と労働の合目的性が自主的になり自治的になるまでは、仲々闘争精神を抑へ様とはしない。何故ならば、闘争そのもが、ベース・ボールやフット・ボールの如く、合目的性の、有機的本能に合致してゐるからである。

△ 労働者が国家権力を掌握して「国家社会主義」の時代になっても、ということなのでしょう。社会主義諸国家において「自主管理」が十分に実現していなかったということが、体制崩壊の一つの要因であったことには違いないでしょう。しかしここで闘争本能を持ち出して来るのはいささか唐突です。束縛された人間の自由への欲求が「闘争」を促すとは言えるでしょうが、階級闘争とスポーツの闘争心とを同列に論じることは、問題の本質を見誤らせることになりかねません。歴史的条件とゲームのルールとの間には大きな開きがあります。しかし人間の闘争は所詮ゲームと変らないと言いたいのでしょうか。

こんな時には、もう少し大きなゲーム・スピリットに方に人心を転換し得るならば、その争議は終ってしまふ。民族闘争が、階級闘争を抑へる力をもってゐるのは、全くこの目的性の問題から、撰択的に労働争議を控へるからである。此処には、始めて社会連帯意識性が階級分裂を抑へて、労働意慾の上に登場して来る。何時もこの社会連帯意識性が、勤労者一般に働くならば、労働意慾もわき、機械作業も合目的性に一致する事を自覚し、能率も上って来るものである。それで、精神修養を必要とすることが、社会教育的に考へられる理由である。

△ 世の指導者が「愛国心」を強調するのは、「社会連帯意識性が階級分裂を抑へて、労働意慾の上に登場して来る」からでしょう。しかし賀川は民族闘争を手放しで肯定しているのでしょうか。戦争のときに湧き上がる国民の連帯意識が至上のものであれば、平和思想はひとたまりもなく潰え去るほかはありません。そのとき精神修養は教育勅語軍人勅諭の復唱のようなものになるでしょう。それが賀川の主張なのでしょうか。おそらく賀川は民族闘争を越える、さらに大きな「ゲーム・スピリット」を考えているのでしょう。なおここに書かれていることについては「ソーシャル・グループワーク」を参照して下さい。野球などのゲームの根底には社会連帯意識性(チームワーク)があります。

残る問題は労働階級の生産自治管理の問題である。資本と労働が相対立してゐる間能率は上らない。また搾取的意味を持つ利益配分工場の形態にしても、労働能率は上るものではない。

△ 生産自治管理が成り立つためには、資本と労働の対立があってはなりません。賀川はその問題に気づいていますが、ここではそれ以上の言及がありません。なお搾取的意味を持つ利益配分工場とは何であるか、私には不明です。

日本における下請工場の特徴 労働技術に対して、特別な技術的訓練を与へ、各々好む仕事を自ら進んで扱ふ様にしてやらなければ、労働能率は決して上らない。日本における重工業株式会社の社長が、かつて、私にこんな事を云った事がある。三万人、五万人と一ヶ所に集って、作業してゐる間は、かへって能率は上らず、八百人、千人と、小さくまとまって疎開すると、かへって能率が上るやうになった。「工場経営と云ふものはやはり人間が中心にならなければならないものだねぇ」と。この人間中心の労働能率の問題が、日本工業の一大特徴となってゐる事に我々は注意せねばならぬ。東京の本所深川は勿論の事、大阪の木津、安治川方面などでも、小さい家庭工場に電動力が廻り、立派な機械が二、三台運転してゐる。これらの工場は多く附近にある大工場の下請工場になってゐて、大きな機械の部分品を家庭に持って来て、請負ひで作業してゐるのである。

△ 大工場をいくつかに分散すれば、コミュニケーションや人間関係の面で改善が見られ、生産性も高まるということは大いに考えられることです。大企業の「分社化」についてもいくつかの利点が指摘されています。しかしそのことと下請けの零細企業、家内工業とを比較するのは、少し見当外れではないかと思われます。

余りに単純な分業を、家庭的な情味を加へて、好きな時には働き、いやな時には休み、妻にも手伝はせ、子供にも掃除させると云ふ面白い形式をとってゐるのである。

電力時代の特徴が、日本工業をかうした形に発達させたと考へてよい。しかるに、頭のない政治家が、この家庭工業を破壊し、近代作業の最も悲しい軍隊的の組織に代るに、自主自営の家事工業の形において、日本の機械工業の形式を発明した事を考へないで、この自主自営の形態を破壊し、軍隊的大産業主義に還元しようと努力したのが、戦時中の奇妙なる工場統制であった。

△ 日本の中小企業、零細企業の存在は、日本の社会を研究する上で一つの重要なテーマです。中には世界に貢献する優れた技術力を持つ中小企業が存在し、時々注目を集めます。賀川は「自主自営」という点に着目し、これを高く評価します。しかし不況の波をまともに被るのはいつもこの中小企業であって、多くの企業が倒産の憂き目に会います。

だが私は、日本産業の特徴として、この家庭工場の特徴をいかし、これを協同組合的に盛り立て、そこに新らしき土地設計も、住宅組合の経営も、新らしい構想を以って望み、人格的社会主義の行くべき方向が、自ら、この方面にある事を考へて、単調なる人間の機械化を防止すべきであると思ふ。一九四九年五月、幸ひにして中小工業協同組合法が議会を通過した。もしこの線に沿って、この協同組合法が、我国の工業生産の特徴を活かし得るならば、それほど幸福な事はないと思ふ。更に、もし我国の電力事情が農村に向っても、豊富に電力を流し得るようになれば、工場の都市集中を排除して、田園と工場と仕事場を一致させることが出来れば、日本にとってこれ程幸ひな事はないと思ふ。

△ 中小企業の協同組合化ということは、今日でも重要なテーマであることに変わりありません。大企業との縦のつながりだけでなく、中小企業相互の横のつながりに着目すれば、そこになお大きな可能性が秘められていると思われます。これを中小企業のネットワーク化と言っても良いでしょう。金子郁容氏がつとに指摘するように、インターネットの発達によって、その可能性はさらに高まっています。

3 失業者救済と失業保険

或人は日本の失業者が四百五十万人に達すると見込んでゐる。然し日本内地に仕事が無い訳ではない。空襲で消失した百十九の都市の再建、食糧打開の開墾事業、水力電気の施設、道路の修繕、繊維製品を急激に生産すれば五百万人位は容易に消化できる。たゞ、その道筋に困難を感じるのである。仕事が有っても食糧がない。働く場所があっても、道具がない。食糧は有っても運ぶ車がない。機械はあっても材料がない。材料があっても動力がない。次から次に起る欠乏に、自ら失業者が起ってくる。その凹凸を救ふためにどうしても互助組織がゐる。それが失業保険法である。

昔、キリストはエルサレムの失業者を見て、彼らに就いて生活保障の面白い譬喩を新約聖書に残してゐる(マタイ二〇章)。葡萄園に出働する労働者の報酬が一デナリの約束であった。ところがその主人は早朝出かけたものにも、午後遅く出掛けたものにも同様の報償しか与へなかった。それで早出のものが不服をいった。それに対して主人は「この後に来る者に均しく与ふるはわが意なり」と答へたとキリストは話してゐる。

目的は生活権と、労働権と、人権を支持するための失業者救済に有ったのだ。その根本精神を理解しないところに誤解があった。

△ イエスの譬えの目的は「生活権と労働権と人権を支持するための失業者救済に有った」とするところに、賀川の真骨頂があります。しかしこの譬喩は、万人平等の思想の過激な表明であったと理解することも可能です。労働時間の多少にかかわらず、一定の報酬しか与えられないということは常識に反しており、仮にその通り実行するとすれば、社会秩序は保たれません。しかし神の前での人間の平等を説くためには、そのようにラディカルな譬喩を必要としたでしょう。話の基準、レベルが違っています。そして人間の覚醒はそのような過剰な教訓(行き過ぎた表現)によってしか与えられないでしょう。

キリストは、大工であったので、失業の苦しみをよく知っていた。それでこんなたとへが出て来たのであらう。最後に来る失業者にも、生活費を保証するためには、朝早く出働するものが少々犠牲にならなければならぬ。

△ イエスに失業者救済の意図があったというのは賀川の「読み込み」です。しかし人間の価値は、財産や収入の多寡や、社会的地位や、目に見える仕事量によらないということが、イエスの説いたことであったとすれば、あながち間違いとは言い切れません。

社会連帯責任の意識なくして生活保障も失業救済も出来るものでない。主人だけが苦労するのでは保険にはならない。だから、社会愛意識が具体化する世界でなければ、失業保険も、生活保障法も絶対に成功する望みはない。

△ 今日再び生活保護、失業保険の制度がフル稼働の状態にあります。社会のセーフティ・ネットが十分に機能せず、路上生活者やネットカフェ居住者が増大しています。社会連帯責任の意識どころか、自己責任論が横行する始末です。社会の崩壊すら指摘されています。日本の社会はどうしたら立ち直ることができるのでしょうか。

宇宙全体が神によって繋ながってゐるといふ気持になって初めて、凡てのものが扶け合ひが出来るのである。この連帯意識は、宗教意識そのものである。

△ 私は前に「つながりが人を生かす」という文章を書きました。賀川にとってこの連帯意識は、宗教意識そのものであると言われています。それを如実に生きようとした点で、賀川はやはり傑出していると言うべきでしょう。

マルクスさへ団結権と、階級意識を唯物史観に附加してゐるではないか――マルクスに取って団結の社会心理と、意識の階級性が唯物的と考へたほど、意識性が解放運動に必要だと考へたのだ。

△ マルクスが、資本主義社会においてプロレタリアの解放は普遍的意義を持つと考えたことは、決して間違いではありません。問題は、革命はいかにして達成されるのかという、その見通しにあったでしょう。

この意識性の覚醒無くして勤労者の解放は有り得ない。つまり宇宙連帯意識性なくて、真の解放はないのだ。宇宙連帯意識性無き解放は局部的解放を約束はしても、全面的全人解放では有り得ない。この宇宙連帯意識性を宗教的に受けとった場合、それを神と云ふ事になる。神による解放はアブラハム・リンコルンの如く黒人奴隷を永遠に解放する。失業者の解放においても同様である。永遠の解放は愛による解放である。

△ 解放は全面的全人的でなければならないということは、その通りです。賀川は普遍的宇宙的連帯意識性を宗教的に受け取った場合、それが神であると言います。神という極限概念に照らせば、人間の解放は常に局部的であって、一時的なものに止まります。しかしその場合には、革命は永久革命であって、人類全体が解放されるのははるか遠い先の話になるでしょう。人間を絶えず変革へと動かすものが神であり、その宇宙的連帯意識こそが革命の真の動力であるということになります。

故に贖罪愛が社会意識に根強く刻み附けられない時代には、失業保険も、社会生活保障も、養老年金も全く空文に等しい。愛のみが、社会を救済し、解放する。暴力は保険の如き組織力を持たない。愛は計量し、計画し、統制し、防貧的投資をする。失業保険の如きは、この兄弟愛的意識の現れであるのだ。「最後に来るもの」にも生活を保証するといふその愛に、世界の失業保険法は乗っかってゐるのだ。

△ 失業保険や、生活保護や、養老年金という制度を支えるものは、他人のために自分を何ほどか犠牲にするという意味での「贖罪愛」であり、それなくしては成り立たないものであると言われています。それに対して暴力は、たとえそれが社会変革のためであっても、殺人と破壊とを伴います。しかし圧政に苦しむ人民は、暴力に訴える以外に社会を変える手段を持たなかったということも否定できません。残念ながら、暴力は人間の歴史の負の側面をなしています。一方的に暴力を否定できるほど、人間は善くつくられてはいません。現に権力(暴力)に対する恐怖が今の体制を支えているのではないでしょうか。権力は、冤罪で人を死刑に処しても恬として恥じないふてぶてしさを持っています。

日本は失業保険法を持ってゐる。然し、キリストの如き社会愛、兄弟愛の発露無くして、資本主義社会にまかせておけば、決して失業者救済も、海外引揚の同胞の救済もできない。

△ 「資本主義社会にまかせて」おくだけでは、「失業者救済も、海外引揚の同胞の救済もできない」と、賀川はその限りで事態を正しく認識しています。資本主義社会にまかせておけば、すべては自己責任で片づけられてしまうでしょう。資本主義社会において連帯とは、資本の提携以外のものではありません。

4 労働組合と性格

世界における労働組合の歴史を、ひもといてすぐ感じることは、組織力を以って、社会に責任を持たんとする人道的精神に燃えてゐるものと、然らざるものとの差である。組織力は大きな勢力であるから、ソ連の様に労働階級の独裁を主張するものは、必ず反動を招く。米国に於けるIWWの如き、フランスのサンジカリストの運動の如き、レーニンやスターリンと多少行き方を異にしてゐたけれども、階級利己心の強かった点においては、同様であった。資本主義的利己心も悪いけれども、階級的利己心も、社会全体に及ぼす影響は頗る大である。官僚軍閥が持ってゐた同じ誤りを繰返すだけのことである。

△ 労働運動は「資本主義的利己心」に敵対します。そのとき種々の立場があり得ます。賀川の目にはそれが「階級的利己心」と映じていました。資本主義的社会を「打倒」するという目標は、自分たちだけが良ければいいという「階級的利己心」に発するのでしょうか。しかし「一国社会主義」の歴史的経緯は、それもまた個人崇拝や「官僚軍閥」の跳梁を許したという点で、「集団的利己心」を超克することはできなかったと言うべきでしょう。社会主義運動は「国家」という存在の前で躓いてしまいました。

日本には戦後労働組合の組織が自由になった結果、今では、六百七十万人もの労働組合員が出来たことは誠に幸福な事である。然しこの際、労働組合が自重しあくまでも人格主義に立ち、自らの尊厳を失はないと同時に、他人の人格をも重んじ、楽しい社会を作って行く様にしなければならない。団結の意力を欠いて、切捨御免の様な態度に出るならば、かへって反動を招く事になる。

△ 左翼運動の問題点は党派性の強調と、他党派に対する敵対心にあります。それは闘争の論理であり、自派内の団結は強固になりますが、他の立場に立つ者を切り捨てるという冷酷さを伴います。それに対して「人格主義(精神主義)」を説く者は、往々にして権力に迎合し、事実として権力と闘わないという結果に終わります。賀川は自分の宇宙連帯意識なる普遍的立場が、現実の場面でどのように機能するかということについて、深刻な反省を欠いているのではないかと疑うことも可能です。高みからの説教なら誰にでもできます。しかしそれを実現する方途を問われることになるでしょう。

工場の経営者も、一種の技術家であるから一々これを敵視しないで、一人の勤労者として尊敬する雅量を持たねばならない。開放工場(オープンショップ)、締付工場(クローズドショップ)の問題も、経営者に対する連帯意識性をもってなされるならば、生産能率は上るけれども、敵対精神で労働組合を運営するならば、労働能率は下り、工場は閉鎖せねばならない運命に立ち至るであらう。敗戦後日本の工場は、からうじて立上らんとしたが、九原則の恐慌に、大阪方面では、すでに一九四九年五月末までに、三割五分近く工場閉鎖の止む無きに至ったと云ふ事である。経営が立ち行かなくなれば、労働組合も解散する外に仕方がない。いくら生産管理を断行して見ても、労働意慾の無い団体であれば、経営はどんなにしても持たないであらう。フランスのレクルールは、利益配分工場の原則において、経営者に支払ふ利率を約一割五分まで見てゐる。日本の労働組合も、産業利益に関する配分率を研究し、資本に対する利率を銀行利子の程度に止めるべきか、あるひはそれより以上、何パーセント多く与へてよいか、大体において平素より研究して置く必要があると思ふ。

△ いささか雑然とした陳述が並んでいます。しかし賀川が一貫して問題にしていることは労働意欲と労働能率の問題です。資本主義、社会主義の体制の問題を問わず、生産性の向上がなければ、社会は成り立たないと考えているのでしょう。しかし他方では産業利益に関する「配分率」を問題にしています。

これは、国営産業についても同じ事が云へる。マルクスやレーニンの様に、唯物的にのみ考へては、一つの工場の経営も絶対にやれない。労働組合の解放が、産業の国営化にあるとするならば、国営工場においては、ストライキはしないと云ふ様な態度を、労働組合の自発的道徳運動として持たなければ、社会主義の時代は絶対に来ない。

△ ここでも賀川のスト嫌いが顔を出しています。しかし労働争議には当然のこととして争点があります。何をなぜ争っているのかという文脈を無視して、一概に公務員のストを禁じることは、たとえそれが「自発的道徳運動」であっても、労働者の権利を阻害します。公務員は上司の命令に黙って従えというのは、今日、東京都の学校行政にも見られる強力な傾向ですが、その管理主義的な教育行政が教育を良くするとは考えられないことです。鉄道や郵便労働者のストは国民の生活に多大の「迷惑」を及ぼします。しかしそれとても労働者の言い分を無視して一方的に否定することはできません。

国営時代になればなる程、大きなストライキが起るのでは、国民の迷惑は益々つのるばかりであるから、国営を解体して、また個人企業に換元(ママ)せられる恐れがある。ローマ帝国が滅びて封建時代が出現したのと同じ結果になるかも知れない。労働組合とても、人格主義的に訓練されなければ、社会主義の時代は絶対に来ない。

△ 賀川はある意味で「民営化」の力学を洞察しています。強い「官公労」が総評を支え、それがまた社会党を支えるというかつての体制は、今日大きく様変わりしてしまいました。主要な労働組合は「連合」の参加にあり、「労使協調」路線が主流をなしているように見えます。ストライキがまれになったこの社会を賀川は歓迎するのでしょうか。


第四節 生活問題対策

1 保険と死亡率

ドイツにおける死亡率は、第一次世界大戦の戦前に千分の十一であった。戦時中は千分の二十七に増加したが、戦後一年でまた千分の十一に下ってしまった。ドイツは生命尊重の立場より組織された健康保険組合が発達してゐたので、それが出来たのである。日本においてはどうかといふと、私が調査したところによると、東京都杉並区で昭和二十一年(一九四六年)には千分の三十一、昭和二十二年(一九四七年)も恐らく三十位だらうといふことであった。戦後二年にして余り回復してゐないのだ。また昭和十七年度において日本一般の死亡率は十五・五であった。それが昭和二十一年(一九四六年)七月より二十二年(一九四七年)六月迄の厚生省の研究では十八・三になってゐる。それでみると農村は非常にいゝにかゝはらず、被戦災地の都会はかなり悪いのである。幸ひに一九四八年度においては、進駐軍の厚意により食糧が出廻ったため、千分の十二に激減した。それに反して出産率三三・八を示し、九年前にくらべて千分の五増加してゐる。日本の人口は一九四八年遂に八千万を突破した。

△ 敗戦直後の日本の疲弊は統計の数字に現われています。また戦地からの復員によって団塊の世代がこのときに生れて来ています。

死亡率に罹病率をかけ、更に罹病日数をかけると、一日どれほど病人がゐるかがわかる。昭和十二年頃日本の死亡率は千分の十六・六だったし、ペテンコッフェルの罹病率は十四だ。この二つをかけたものに病人の平均罹病日数(例へば十五)をかければよい。寒い土地で保健婦のゐない所は、乳児死亡率が多い。そんな地方は、凡て能率が悪い。それでどうしても日本の罹病率と死亡率とを下げなければならない。一九四七年十月のリーダース・ダイゼスト(ママ)によると、南米エクワドルの乳児率は、非常に少いらしい。が日本の福井県などは千分の二百位で、東北地方は更に悪い。いくら働いても、健康状態が悪く、子供がよく死んで、薬代をたくさん使っては、貯蓄はどうしても出来ない。ドイツのやうに千分の十一位にはなりたいものである。幸ひ日本では一九四八年は千分の十二に減った。私は二十年ほど前から、全国に三千六百の無医村があるのを注意して、協同組合病院を同志と共に各地につくり、組合社会事業を始めた。だが、一方今日では産児調節及び受胎調整問題も国家の大問題となった。

△ 社会政策的な課題を「組合社会事業」として実践するところに、賀川の思想の特質があると言えます。民衆の連帯的自助努力がなければ、いくら国家の社会政策が先行しても効果的ではないでしょう。ここに通常の「社会主義」とは異なる思想があります。なお、産児制限あるいは人工中絶が、戦後日本の大問題であったということは、今日からすれば皮肉な現象というほかはありません。

生命の経済は、食糧問題、衣服問題、住宅問題の三つが大切である。食糧問題でも、カロリーだけをやかましくいふが、ヴィタミンA, B1, B2, C, Dの五つをとらねばならない。カルシウム、燐、Dが欠乏すると肺や腸の出血がおこり、皮下出血を来たし、胃潰瘍がおこる。カルシウムは乳に含まれてをる。魚粉からも充分とることが出来る。私は多年の間、山羊を飼ふことを宣伝して来たが、日本の死亡率を減少せしめたいためであったのだ。

雪の深い地方では、衣服の問題が死亡に深い関係を持ってゐる。南部地方より東北にかけて、六十五万戸ばかりは万年床である。青森県では千人中百九十人の幼児が戦前死んでゐた。ニューヨークでは、貧民窟でも僅かに千分の七である。日本もドイツや米国のやうに、かうした方面に努力をしたいものである。この為め是非栄養食供給組合を作らねばならぬ。

日本においては住宅も余りに、非能率的である。火災が多く、惜げもなく、焼いている。戦前毎年約二万五千件だった。そしてその三分の二が農家の藁屋根が燃えるのであった。で、何か不燃焼性の塗料を発明して藁屋根にぬるやうにすれば、火災の損害をずっと減ずることが出来る。従って貯蓄もふえる訳である。熊蜂の巣はどれだけ火をつけても燃えない。熊蜂のやってをることが出来ないで困ってゐる。日本人はどうかしてゐる。

△ 生活の基本である衣食住に心を配るところは、賀川の普通の思想家と異なる点です。なお不燃性の塗料に言及するあたり、さすがと言うべきでしょう。

大体我々は燃料についての知識がとぼしすぎる。アイスランドは北方に在るので非常に寒いが、多数ある温泉を上手に利用して、暖房に使ってゐる。日本には火山が多く、世界中に六百しかないうち、日本には百七十もあるのだから、それを利用し、七千もある温泉を利用すればよいと思ふ。朝鮮のオンドルや満州シベリヤのペチカなど、仲ゝ経済的に出来てゐるから、もっと研究する必要があらう。

△ 日本ではまだ地熱や温泉熱がエネルギー源として十分に利用されていないということは言えるでしょう。

殊に日本は湿度が高いから特別に注意を払はなければならない。その上日本海に流れてゐる暖流が津軽海峡や宗谷海峡を通って太平洋に出、それが北海道をめぐり北より南へ流れるやうになって来た。そのため東北地方や関東地方の雨量がだんだん多くなって来て、旭川などは六十年間に雨量がほとんど二倍になったさうである。それでこれからは床板をよほど高くし、屋根裏に寝床をつくる必要があると思ふ。採光をよく考へれば、日本家屋の屋根裏は立派に使へて現在の北ヨーロッパ諸国の家よりずっとよい。少し科学的に工夫すれば暖い家に住むことは何でもなく出来る。それを日本人は住宅を科学的に建てないから、台湾からカラフトまで全部同じやうな家に住んでゐた。余りに考へが足りなさすぎるといふ外はない。南は南で、北は北で、各其地の状況に適応した工夫をして、ローカルカラーを出すといゝ。さうすれば趣味がたっぷり現れた上、死亡率がだんだん減少して来るであらう。

△ 日本ではどこでも家づくり、街づくりが画一的であると言うことができるかも知れません。その土地の気候風土に合わせた家づくり街づくりは、それこそ「地方主権」の思想が確立することによって可能になるでしょう。

2 衛生施設と労働能率

次に労働能力について考へて見たい。労働能力を最も低下せしめるものは病気である。マラリヤ、黴毒、肺病、トラホーム、皮膚病(疥癬)などによって働けなくなるものが多い。アメリカでは、徹底的に病気を除くために闘争する。例へば、パナマ運河をつくった時マラリア(ママ)が流行して、千人中二十七人が死んだ。有名なガスラル総督は、非常にこれを心配して各家庭に金網をはらせた。そのため死亡者が千人中十一名に下ってしまった。でパナマ運河の工事が無事に成功した。黴毒の恐しさは、貧民窟に住んでみると、しみじみ感じられる。長野市の善光寺の附近に重罪犯人を収容してゐる大きな刑務所があったが、そこで聞いたところによると、戦前囚人の八十五パーセントは黴毒にかゝってゐたさうである。十八歳迄の不良少年中六十パーセントは既に女を知ってゐた。黴毒のため精神がゆるんでは、発明や発見が出来ぬどころか、精密な工業にも従事出来なくなり、労働能率は全く低下してしまふ。それで黴毒を絶滅する運動をしなければ駄目である。

△ 賀川は梅毒を黴毒(ばいどく)と表記しています。

日本において労働運動が悪化するのも、一つは黴毒のためである。黴毒のため大脳の一部が犯されると、博愛心の活動がとめられ、小脳ばかりで働くやうになる。さうすると、自分のことばかり考へ、博愛、秩序、奉仕などの公徳が行はれなくなり、団体利己心に陥ってしまふのである。ニィチェ思想なども、ニィチェが脳黴毒だったので、黴毒哲学になったのだ。

△ 労働運動の当事者がこの部分を読めば激怒するでしょう。しかし「革命」という目標が運動を激化させるという側面について、今となってはよく反省して見なくてはならないと思います。なおニーチェが梅毒であったという事実によって、その思想を全否定するのは、キリスト教正統派の常套手段です。神を否定するなどという大それたことは、所詮、梅毒患者のような輩のすることであるというわけです。

トラホームもヴァイラスといふこまかい毒素が風呂でよくうつるらしい。公設浴場では決して手拭をつけてはならない。そして別の湯で顔を洗ふやうにする必要がある。西洋では家の入口には手洗があるが、日本でも入口に手洗をつくるとよい。トラホームを絶滅することが、労働能力増進には大切であることを忘れてはならない。

△ 賀川は神戸の貧民窟に住み着いて以来、トラホームにかかり、生涯それに悩まされたようです。戦前、アメリカ政府の招きで渡米したときには、その重い疾患のために入国を許可されず、当局の特別の措置で入国できたというエピソードの持ち主です。そのとき、賀川は、協同組合運動について各地で講演をしました。例の大恐慌のあとの話です。この講演旅行は、米国共産党と賀川の母教会の米国南長老派の激しい反対運動を受けました。左右両翼から攻撃されたというのは、実に賀川らしいところです。

発疹チブスもシラミから伝染するのであるが、長く風呂にはいらなかったり、貸ブトンを借りるとシラミがうつる。労働者達に何とかしてシラミなしの着物をきせて、気持よく労働をさせたいものである。酒と女と無駄使ひをやめて、労働能力をあげたい。

△ 賀川が労働能力や能率を強調するのは、敗戦直後という日本の状況を反映しているのでしょう。それにしても労働者が酒と女と博打で憂さ晴らしをするという世界共通の現象は、社会全体の生活と道徳意識(あるいは目的意識)の向上によって、その克服が可能になるでしょう。今日のアメリカでは富裕階層にもアルコール中毒(アルコール依存症)が見られます。

3 享楽と生活

経済生活は今まで述べた生理経済だけでなく感覚経済がある。食衣住の生理経済から耳、鼻、目、口、手、色慾など感覚の満足を求める経済に移る。我々の経済生活は、感覚的な経済のために、随分支配されてゐる。たとへば、昭和二十二年十一月問題になってゐた一ヶ月千八百円ベースでも、煙草ピースを当時五十円だった一個毎日買へば、一ヶ月千五百円になってしまふ。酒を一升ものむと千八百円ではとても足らない。酒や煙草をのまぬ私共は、相当本が買へる。年一万八千円の本をよむのは仲々のことである。戦争中に禁酒、純潔運動が姿を消してしまったけれども、どうしてもそれを盛んに起す必要がある。生活を上へ向けてゆかなければ、下向経済となり、文化国家の建設はたうてい出来るものでない。

△ 衣食住にも感覚経済の側面があり、単なる必需品以上の意味を持っています。お洒落や美食、豪邸といったたぐいです。従って感覚経済と生理経済とを厳密に区別することはできません。それが人間というものです。賀川はピューリタンの流れに属しますが、禁酒、禁煙、純潔運動の根底にあるはずの「これみな神の栄光のため」という倫理を前面に打ち出してはいません。もっと実際的であると言えるでしょう。「文化国家の建設」と言う辺りに、賀川のその特徴がよく出ています。

日本において米は六千五百五十万石しかとれぬとしても、麦が二千三百万石とれるから、両方を合すると八千八百五十万石となり、一人一日二合五勺の配給には困らぬ筈である。それが、酒、菓子などに使ふのと、家畜に食はすので足らなくなる。東北六県でつくるドブロクに費す米は、青森県全体の人々を一年間食はすのに充分な量であることを聞かされて驚いた。ドブロク亡国論を唱える必要があらう。

△ 米が配給され、ヤミ米が出回っていた当時と比べ、今日の日本が異なるのは、食糧を外国から大量に輸入していることです。食糧自給率が指摘されることはあっても、外国との交易関係(FTAなど)が優先させられています。

麦にイーストを入れると糞が三分の二は減少する。酵素をもっと用ゐて生活内容を変へ、ドイツ人のやうに鰯や鯡(▽)のたべ方に工夫を加へれば、肥料に今ほど金をいれる必要がなくなると思ふ。日本の台所は改良しなければならない。燃料の用ひ方も最も原始的で、満州窯のやうに熱を失はない工夫をすることがどうしても必要である。

△ 鯡は「にしん」のことでしょう。この部分は説明不足で、よくわかりません。パン食の奨励や、魚粉を肥料にすること、燃料の効率的使用の提案がなされているのでしょう。賀川に「生活の改善」という視点があるのは重要です。

トウモロコシ粉は、モフィン(▽)といって良い食べ物なのだが、日本では料理法の研究が足りないから下痢ばかり起してゐる。米国の南部でも、ドイツでもモフィンを食べて、立派な生活を営んでゐる。

△ モフィンはマフィン(muffin)のことではないかと思われます。

農林省では、主食と副食とを分けて説明するが、そればかりなく、カロリーとヴィタミンの計算をして、何でも食ふやうに指導しなければならない。満州では、日本で嫌ふヒエに大豆を一割入れ、センベイに焼いて立派なホットケーキ、クラッカァにして食べてゐる。支那人は食料科学については、日本人よりずっと進んだ頭をもってゐる。

△ 主食(米飯)と副食(おかず)という考えはかなり日本的(米食文化的)なもので、合理的な根拠もあると思われますが、もちろんそれにこだわる必要はありません。

また日本は山国だから山を利用せねばならぬ。私が多年主張してゐるやうに山に栗、クルミ、シイ、トチ、カヤ、キイチゴ、樫などの木を植ゑて、蛋白や脂肪澱粉をとり、ドングリなどを豚に食はして豚を飼ひ、笹を山羊にくはし、また木の下草をも山羊に与へて山羊の乳をのむ工夫をしなければならない。また山に木が生へると谷川の水流は豊富になり、そのゆるい斜面の水流を利用してサーヂタンクをつくれば、立派な水力電気がどこでも出来るから、日本の村々は完全に電化出来ると思ふ。加藤金次郎氏が富山県の庄川地方で、サーヂタンクによる水力電気に成功した。山は木を刈りだすだけでなく、燃料、食糧、木材、生産物の資源地としなければならない。

△ 輸入飼料に依存する今日の畜産などを考えれば、ここに書かれていることは原始的で、非現実的に見えます。建築資材も、外国から木材が大量に輸入され、日本の森林の多くはコストがかかるという理由で放置され、管理の手が入っていません。先日のNHKの報道によれば、かなりの面積の山林が外国の投資家に売却されるところまで来ています。しかし仮に日本の山野のどこかで「自給自足」している人々のことを考えるならば、ここにある賀川の提言は生きて来るでしょう。資本主義は人間の古来の暮らしを根こそぎ破壊するという側面があり、また環境に悪影響を及ぼします。ドングリを豚の餌にすることが非現実的だとしても、自然に根差した人間の暮らしを取り戻す意味からすれば、森林は生産物の資源地として尊重されるべきものです。しかしそれだけでなく、水源であり酸素の供給源でもあるものとして環境の大元をなしています。放置され、外国に売却されてよいものではありません。日本の社会は根本から狂い始めています。

私はかうした根本的国土計画をたつるべきだと、数十年間主張して来た。けれども少数の専門家が認めてくれただけで、一般は一向に注意してくれない。山の斜面の利用を実行すれば、日本は雨量が非常に多いのだから、電力は豊かになり富はすぐふえるにちがひない。

△ 根本的国土計画は電力開発に止まらないでしょう。土地利用についての根本的計画がなく、ただ地主や資本家の恣意に任されているなら、日本の国土や環境は守られません。その根本的な見通しがなければ「国家」も立ち行きません。ただし電力に関して言うなら、原子力発電を推進し、その技術を外国にまで輸出しようとする今日の「国策」は根本的に見直されなくてはならないでしょう。原子力は安全ではありません。

米国南カロライナ大学のハーティ教授は、松の木でも、十年目から松脂をとり、二十年たって刈りとる。そして一エーカーに四本づゝ残すと、また自然に発生して来るといふ研究を発表してゐる。松の木は日本の山のどこにもあるのだから、松ヤニ、燃料、パルプがいくらでもとれる訳である。それをやればよいのに、情けないかな、それを実行する知恵がない。

△ 知恵がないからやらないというだけでなく、儲からないからやらないということでもあるのではないでしょうか。コスト計算が先行する社会では、人間の知恵は後回しになるでしょう。利潤を挙げない事業は無に等しいものとなります。

4 色慾の経済

感覚経済のうち色慾経済は日本で仲々盛んだ。一九四六年一月十四日にマッカァサァ司令部で、公娼を廃止したが、結局私娼に変っただけである。しかも、昔はごく謙遜であったが、今はとても威張ってゐる。先日も矯風会の人々が吉原へ慰問に行ったところ、非常に威張って、失礼な態度をとったさうである。東京東部の貧民街は、最近ずっと東へのび、西新井一帯に二十二万人も住んでゐる。私娼もそれに従って移動し、莫大な数にふえて来た。この色慾に使ふ金を制限すれば、貯蓄はふえるであらう。大正十二年頃、遊興費に二十億円ほど使ってゐた。当時の国費全体が十四億円だったから、放蕩費だけで日本がもう一つまかなはれた。現在もさうであらう。この方面のことを考へねばならない。

△ 日本の社会に警鐘を鳴らすという意味で、矯風会の果した役割には大きなものがあります。しかし一方に暮らしの立たない貧しい人々がおり、その中から「身を売る」人々も出てきます。そして他方に遊興に金を使う者たちがいるという社会の現実は、単に人々の道徳心に訴えてもなかなか改まらないでしょう。宗教が一つの道徳的勢力として存在するということの意味が改めて問われるところです。道徳の源泉に宗教があるとしても、宗教心と道徳心だけでは問題が解決しないからです。その溝に根深い問題がひそんでいます。すなわち、それは金で分断される社会の成り立ちそのものに関わっています。

またスポーツも馬鹿にならない感覚経済である。米国では十年ほど前に、百億ドルもスポーツのため使ってゐた。健全なスポーツはまだいゝけれども、不健全なものにおびただしい浪費をしてゐる。今日最もひどいのはダンスである。北陸のある都市では、共産党の本部がダンスホールになってゐて、毎晩ダンスをしてゐる。公会堂も殆ど毎夜ダンスで、私の講演も公会堂はダンスのために使へず、やむなく高等学校の講堂でやった。一九四六年(昭和二十一年)には医科大学の学生も、講義が終ると、すぐ机をかたづけ、教室で看護婦たちと盛んにダンスをやってゐるといふ有様であった。戦争に勝ったアメリカ兵が踊るのはよいとして、負けた日本人が何故踊るのであらうか? それは亡国ダンスである。かうした傾向では、経済不安がますます濃厚になって来るより外に道がないであらう。

△ 賀川はダンス(社交ダンス)が嫌いだったようです。退廃的であると感じていたのでしょうか。しかし戦時体制から解放された若い人たちの感覚からすれば、ダンスに興ずることは、その喜びの表現だったでしょう。

かく考へてくると、都会と農村との間には全くちがった経済が行はれてゐることがわかる。都会は主に感覚経済で、変態になりやすく、真の健全な経済ではない。

△ 都会は農村に比べて、奢侈的享楽的な刺戟に富んでいるということは確かです。そこに営まれる経済は必ずしも健全なものではありません。賀川は質実な農村の生活に人間の望ましい暮らし方を見ていたのでしょう。しかしそれは刺戟に乏しく、若い人たちを魅了するものではありません。消費を刺激する資本主義社会は、なおのこと人々を享楽に誘います。ただしそれは実質的な意味での「富 wealth」の生産に結びつきません。豊かさとは何かということが、高度成長期を経て、再び貧富の格差に見舞われるこの日本で、今また問われています。しかも日本はグローバリゼーションの波に否応なく巻き込まれ、円高のため工場が海外に移転し、若者は仕事を見つけるのに四苦八苦しています。

5 スヰーデンとロシヤ

この点について参考になるのはスヰーデン(ママ)である。スヰーデンは昔のヨーロッパで最も強い国で、たくさんの国を占領してゐたが、終りには負けてしまった。何度かそれを繰り返したが、初め勝ってもあとで負けるから、少し勝ったのを機会に、一八一四年戦争を止めることにした。憲法では戦争をしてもよいことになり、軍隊も置けるやうになってゐる。が、軍隊がない。いや、あるにはあるけれども皇帝づきの軍楽隊だけである。そして学問と宗教とに力を注いだ。宗教はキリスト教のルーテル教会が非常に盛んで道義が誠に高い。義務教育は六・三・三制で十八歳まで勉強しなければならない。そして協同組合によって生活を安定してゐるから、社会が非常にうまく動いてゐる。そのため犯罪者がほとんどなくなった。宗教心があり、教育が高く、生活に困らないから犯罪に出る必要がないのである。スヰーデンは節酒国で、酒を飲む者は政府に届けてのむが、それも月ニリットルの範囲である。即ち月に一升一合以上のむと前科一犯になる。その酒のみをも含めて月九十名しか犯罪者がない。一年僅か千百人であるので警察署の監房で充分収容できるから刑務所が不用になった。それで元の刑務所は皆美術館に改造して用ひられてゐる。日本も早くさうなりたいものである。だが日本には低能児約二百四十万、精神病患者四十八万人もゐる。で、優生運動が徹底しなければ日本の犯罪は減らない。

△ 最後の二行はきわめて差別的です。知能と犯罪とは相関的ではないでしょう。ここで優生運動を持ち出すのは不穏当です。そしてそれはナチスの運動に見られたように危険な側面を併せ持っています。なお、牧師として当然のことながら、賀川はここでも宗教心の必要なことを説いています。そして協同組合の効用に触れています。その実情を知らない私としては、ヨーロッパにおける協同組合運動について調べる必要を感じます。また宗教についても、西欧社会の世俗化の流れの中で、今はどうなっているのかということに関心があります。これまでキリスト教について種々論じてきたように、キリスト教はそのままでは、もはや立ち行かなくなっているのではないかと考えるからです。

犯罪率は共産党のロシヤで非常に悪い。宗教を軽んじて、三十年前四万六千もあった教会を僅か十一分の一の四千二百に減じてしまった。その結果、リーダス・ダイジェスト(ママ)の発表によると、ロシヤには千四百万人の強制労働囚人があるといふことである。驚くべきことである。日本は最近悪化したため十万人位の囚人があることになった。ロシヤは日本の人口の約二倍だから、二十万人ほどのがあってもいゝのだが、日本の七十倍ほど悪いことになる。人口十二人に一人の囚人があるわけだ。

△ 反共宣伝のために用いられる千四百万人という数字にどこまで信憑性があるか疑ってみる必要があります。仮にそれが事実だとしても、その中に政治犯がどのくらい含まれているのかを考慮に入れる必要があるでしょう。そして何よりも「教会の数が減れば犯罪が増える」という賀川の前提そのものを吟味する必要があります。また逆に、唯物論的科学教育によって宗教の必要がなくなるというソ連の宗教政策についても、結局、それが功を奏さなかった以上、そこにいかなる問題があったかを反省しなくてはならないでしょう。少なくとも、人間の心には、良くも悪くも合理的に割り切れないものがあると言うことはできます。また何事も、強制される真理は真理でなくなるという面があります。個人的に確認されず、承認もされない「真理」は、人に盲従を強いるだけです。

スヰーデンは宗教を重んじ、学問と組合運動と冒険心とに力を入れて、国民の活動力を養成した。ノーベル賞金を毎年百万ドル支出してゐる。遊興費に使ふ金を、学問、冒険、精神運動に使へば、能率はずっと上向いて来る。犯罪者の少いことが、文化の高い標準であるから、スヰーデンは現代の文化国家として、理想に近いといへるであろう。一九五〇年から病人は無料で入院し、食費も無料な上、一日三クロネー半の小使(ママ)まで貰へることになる。大学に入学すれば、食費をも含めた全費用の半分は支給される。六十七歳以上の老人は、全部年金を貰って結構に生活が出来るやうになってゐる。誠に美しい国である。

△ 賀川の文化国家の理想は、一つには北欧のスウェーデンに示されているということがわかります。北欧型福祉国家の存在は、そこにいくつかの問題が指摘されるとしても、今も一つの指標であることに変りはありません。

それを経済はたゞ物質だといって、今の日本の様に感覚にばかりおぼれ、ダンスを専門にやり、黴毒にかゝり、ストライキばかりしてをっては、決して能率は上らない。

△ 賀川にとって戦後日本の世相はまことに「非能率」でした。

ドイツは一九一八年から一九二四年まで、ひどいインフレが六年間もつゞいて、困り抜いた。余り可哀想なので、米国が一億ドルを貸したが、その一億ドルを二十五億ドルにまはして、貿易をやり、一年にしてさしものインフレを克服した。日本は米国が二億ドル貸してくれたが、一九四八年末までに九億七千万ドルの輸入超過になってゐる。これではインフレが止まらぬのではないかと心配されてゐる。

△ 現在の日本はデフレに見舞われています。いわゆる「先進国」の中で、ひとり円高に苦しんでいます。輸出と国際競争に目が向いて、内需の振興はおろそかになっています。多くの企業が拠点を海外に移し、失業率が増大しています。しかし国は法人税をさらに安くし、消費税を上げて財政の健全化をはかろうとしています。

で、今後はどうしても新しい意味の国家経済を考へて、国家の文化能力を増進するやうに努力しなければならない。余りに感覚的に走り、個人的な不節制に陥るならば、社会経済は破れ、大きな不安が訪れるであらう。現在多くの人々が賭博に耽り、快楽を追求してゐる一方、集団強盗が横行してゐるのは、既に警戒すべき時に至ってゐることを示すものである。

△ 現在の日本で警戒すべき数字は、自殺者が毎年三万人を下らないということにあるでしょう。私が賀川のこの本に忍耐強くつきあっているのは、国民の生活防衛の手段として協同組合があるのではないかと考えるからです。国家が大企業の存続と国際競争力の強化とにかまけて、労働者・国民の生活をないがしろにしているなら、人々は会社で働くこと以外に、ほかの生活の手段を講じなくてはならないでしょう。それは人々の社会連帯意識によって可能になることであって、その点で賀川は間違っていません。

6 生活の意識経済

意識経済の世界に徹底すれば、経済活動をずっと強化することが出来る。たとへば一九四七年九月十六日に関東をおそった大洪水にしろ、不注意の結果であるといへないこともない。栗橋の所の堤防を一米高くしてをけば、あのやうなひどい被害をのがれることが出来たのである。それを不注意にも捨てゝおいたためにあの天災にあったのだ。であるから、不注意から来る天災損害は、実に大きいのである。またあの場合、一万人の青年団を出動することが出来たら、あとから起った被害百五十億円をのがれ得たといはれてゐる。それが統制の上でなければ動かぬやうになってゐたので、皆がバラバラな動きをしたために受けなくてもよい損害を受けた。で、意志の訓練が必要である。今後は、民衆の訓練に細心の努力を払はなければならない。赤十字社直属の青少年がすぐ動員して、災害の防止にあたるやうにする必要がある。

△ 防災あるいは防犯のための地域の住民の訓練、その組織づくりということは、今日でも行われています。阪神淡路の大震災などが人々の意識を喚起したという面があります。しかし有事(戦時)法制下では、防災防犯のための訓練、あるいは組織づくりは、同時に国防の訓練、組織づくりに切り替る可能性を持っています。そこでは赤十字社ではなく、警察、学校、地域住民が一体の連絡組織が目指されることになります。東京都のように、自衛隊がその訓練に加わるということも起ってきます。意志の訓練、民衆の訓練がなされなくてはならないと言われていますが、それがどこを向いてなされるのか、「細心の」注意を払う必要があるでしょう。「安全・安心」の中味が問われることになります。

日本は天災地変が余りにも多い。颱風、地震、洪水、津波、冷害、旱魃、虫害、火山の爆発、火災が毎年国民を苦しめる。しかし天災は人災から来るともいはれてゐて、少し注意をすれば、防衛出来ないものでもない。颱風なども、大体コースがはっきり定ってゐる。それを予知してゐて、対策を講じなければならない。六月中は支那海へ流れ、七月は日本海へ走り、八月は四国の上空へゆき、九月は大阪地方を通り抜け、十月は太平洋の方へ折れてしまふ。名古屋あたりは今迄余り颱風が襲はなかった。それで鶏舎が倒れぬので養鶏が発達したのである。で家屋の建築も、風を考慮に入れてなされなければならない(これにも例外はある)。

洪水でも戦前は一年一億五千万円位の損害があった。平常から研究してゐないで、油断をしてゐると、人災が天災に変って来てひどい目に会ふのである。津波でも、野中兼山先生が土佐湾百里の浜に防潮林をつくったのに、それを不注意できってしまった所が、いつもやられている。注意してをれば、津波の害を防ぐことも可能なのである。地震も、満月、太陽、火星、木星、金星、土星、水星が一直線にならぶ時などが一ばん危い。で、惑星暦をもって、いつも注意してゐれば、引力の関係で大体は解って来る。

ハワイで火山の研究をしたジャガァー博士は、火山の爆発はやはり満月の時一ばん危いといってゐる。地球の熱が三百年に一度地表に上って来るのだといふ説もある。また地球は早い速度で西から東へ廻転運動をしてゐるので、地表も、大洋の水も、づれてゐる。世界の大きな河は、大てい西から東へ流れてゐる。さうした色々の関係を考へると、大体災害は予知することが出来るといへる。

日本の家屋も、船のやうな形につくってをけば、地震が起っても余り困らないであらう。火災に対しても工夫する必要がある。私はこゝまで意識的な努力を払ってこそ、真の生活の科学化が実現されると考へるのである。

△ 賀川はここで気象学だけでなく、地球物理学と言うべきものを想定して論じています。天災人災に対する広い意味での「危機管理」あるいは「リスク・マネジメント」がなされなければ、災害によって蒙る損害(経済的損失)はそれだけ大きなものとなります。生活の科学化ということは、生活の意識化であって、災害に対する科学的な意味での注意を怠らないことが、人間の生活をより安全なものにします。なお家屋を「船のような形にする」というのは、今日でいう免震構造のことでしょう。家屋が揺れることによって、地震の衝撃を吸収するという技法は、今日、より一般的なものとなりつつあります。


第五節 産業問題対策

1 食糧政策

人体の修理が、パンと食物によって出来る如く、人類の道徳的破損と、神より離れたこの悲哀は、死をさへ厭はない愛によってのみ回復できる。兎に角キリストは食生活をすら、彼の宗教意識の内容の一部として取入れた。

キリストは、パンと葡萄酒を用ひて、彼の贖罪愛の内容を説明した。生命は物質では無い。然し、生命は物質を貫いて発現する。キリストの贖罪愛は、生理的死だけではない。しかしその生理的死をのみ通して、真の社会連帯責任の再生的贖罪愛が顕現せられる。

食生活は、宗教生活の外側にある、世俗的なものであると考へる間は、絶対者の生命は、有限の凡てを包括しない。茶碗にも、箸にも、茶釜にも、膳にも神と伴なることの至楽の法悦が味はれるのでなければ、真の宗教生活にはならない。

キリストは「日用の糧を日毎に与へ給へ」と凡てのものに祈ることを教へ、食卓を前にして罪人の救を説き、食卓を囲んで彼の宗教の最も深い真理を開明せられた。人間生活の最も本能的な部分を、最も意識的に浄化する時代が来るまで、人間の宗教意識はその真実性を発揮するものではない。

宗教とは全生命の全的意識の開明が、無限絶対者のそれの如くになると云ふことであるから、物質的機械生活に最も近い食生活を最も宗教的に、かつ意識的に高め得るまで、宗教の力量は制限せられる。

△ ここに賀川の宗教意識が前面に顔を出しています。贖罪愛の実践は食生活をも通底して、「全生命の全的意識の開明」にまで進むべきものであるとされています。百科全書的な知識の探究は、賀川にとって、いわば必然的な行程であったのでしょう。

生化学の進化 最近、生物化学の進歩と共に、繊維(セルローズ)を糖化する各種の方法が発見せられた。イルプクス・ラクタスと云ふ「カビ」を利用すれば、木屑は二十四時間もかゝらないでこれを糖化し得る。生命資源を繊維に求めて、食糧に困ってゐる人類が、その意識範囲を白蟻や馬尾蜂の生活内容に拡大して、彼等の生活様式を自由自在に活用し得るならば、人類から飢餓は逃げ去るであらう。我等はその時代にまで我等の意識的内容を拡大せねばならぬ。その時、科学は必然的に、宗教意識の内容として参加してくるであらう。

△ 我々が意識範囲を昆虫の生活内容にまで拡大し、その生化学的な営みを利用するならば、人類から飢餓がなくなり、科学は必然的に「宗教意識の内容」として参加してくるであろうと言われています。賀川にとって宗教と科学は対立するものでなく、人間の生活の両翼をなすもの、我々の意識的生活において遂には一つになるべきものでした。

アメリカでは高周波の電力を利用して、一瞬間に凡ての調理を完了する工夫が考案せられてゐる。即ち、最近のクリスチャン・サイエンス・モニターの発表によれば、二千七百五十万サイクルの高周波を利用すれば、パンでも一瞬間焼いてしまへるとのことである。

△ 薪を燃やす、ガスを使う、電熱を利用するという調理法に加えて、今日では冷凍食品を電子レンジで解凍する方法が一般化しています。

かうなれば、自然のまゝに内捨てられて来た本能的食生活が、合目的性の意識を持たなければ営み得ないことになる。そこに神の生活に精進する気持で食生活を感謝する日が来るであらう(最近イースト菌の蛋白質を利用する生化学の進歩にも希望がつなげる)。

△ 食生活が合目的化され意識化されれば、人間の宗教意識は高まると言われていますが、事態は必ずしもそのようには進んでいません。調理が簡便になっただけのことで、それによって感謝の気持が一層強まるということにはなっていません。

ヴヰタミンADを発見した米国ジョン・ホプキンス大学教授マカラム博士は、母乳が乳児の吸ひつく一瞬間に肉体から乳に変化する神秘を「栄養新説」に書いてゐる。母体を形成する原子一つ一つに我等の眼に見えぬ歯車がついてゐて、或時には二つの他原子と化合してゐるものが、次の瞬間にはその一つを放し、また他の場合ではその反対をしてゐるのである。この酵素作用による化合の神秘を通して乳は瞬間的に乳房内において製造せられるのである。この神秘凡てが我等に合理的に説明されるやうになり、その理法を我等の意識的内容となし得る日、これが食生活の発明となり、その日に食生活は完全に宗教意識の内容として発展してくるのだ。然し我々に取って、部分的な本能生活と云へども、決して宗教的内容を持たぬわけではない。本能をも意識によって統制するところに、神による宗教生活がある。神による日用生活の聖化はそれを意味する。

△ キリスト教では、聖化sanctification)は聖霊の働きであるとされてきました。それは意識の変容を意味するでしょう。しかし賀川は「本能をも意識によって統制するところに」聖化を見ています。意識化の進展が同時に聖化であるとされています。

2 立体農業国家

山岳農家の必要性 日本は山が広くて耕地がせまい。耕地は総面積に比して僅か一割五分しかない。戦争前には六百二十万町歩あったものが、戦争中に四十万町歩減って今は五百八十万町歩しかない。山岳地帯千九百万町歩、原野五百万町歩、沼沢百八十万町歩、この面積を合せると、耕地の四倍近くになる。だから私が多年唱導してゐる立体農業によらなければ、日本の食糧問題は解決する事が出来ない。

△ 土地の有効利用を考えれば、土地の条件に見合った多様な農業が開発されるべきなのは明らかです。しかし問題は、賀川がおそらく予想していなかったことですが、外国から食糧を大量に輸入するようになり、農業経営もまた国際的な需給関係の中に置かれているという点にあります。日本の国内で「自給自足」する農業は成り立たなくなっています。そこに今日の農政の難しさがあります。

今まで米麦を主食と考へてゐたことが、第一まちがってゐるのである。蛋白、澱粉、脂肪、ビターミン(ママ)、ホルモン、鉱物質(無機塩類)の六種類を摂取するにあたって、何も一年生植物だけを相手にする必要はない。

△ 栄養のバランスさえ整っていれば、米飯、パン、麺類などの「主食」にこだわる必要はないでしょう。しかし食生活は文化の一部であって、食事は合理的に摂取すれば済むという問題ではありません。ただし地球規模の食糧危機を考えるなら、話は違ってきます。食生活で一部の人間が贅沢できる時代は早晩終りを告げるかも知れないのです。

蛋白質、澱粉、脂肪 蛋白質はクルミ、ペカンヒッコリー、豆科植物(アカシヤ、萩等)、メキスト科、蝗豆(ローカスト)類、サイカチ類、アルガローバー、無花果、朝鮮松等の如きものから採ることが出来る。桑類も蛋白質が迚ても多い。私は太平洋戦争中毎日桑の葉を食ってゐた。蚕が生きてゐられるのだから人間が生きてをれぬ理由がない。桑の実もビターミンと蛋白質が非常に多い。

澱粉は栗、椎、クヌギ、アベマキ、樫類等の殻斗科を中心とし渋ぬきをして食ふ事が出来る。脂肪類は椿、カヤ、クッシュナッツ、南洋においてはココナット等から採ることが出来る。ビターミン類は生苺、茶、コーヒー等より、ホルモン類は植物の新芽より、また無機塩類は各種の葉、茎、根等よりとることが出来る。かく考へると一年生植物だけに人類が頼る必要はない。

更にまた、雑草を利用して酪農、養蜂、養鶏、アヒル、ガテウを飼育することが出来る。ニワトリ類に人間の主食を与へる必要はない。ドングリ類を粉末にして与へさえすれば、決して死にはしない。また雑草の間に生活してゐる昆虫を食してもニワトリは生きてゐてくれる。

△ 農業経営や食習慣のことを考えず、栄養源の問題として捉えるなら、賀川の言う通りでしょう。食糧難のとき人間が生きていく方法としてみれば、人間が「偏食」を脱して、摂取できるすべての動植物から栄養を取らなくてはならないのは明らかです。

洪水旱魃を救ふ道 樹木作物を中心にせよと私が敢へて主張する理由は、樹木作物は多年生植物であって、洪水にもつよく、暴風にもつよく、肥料も余り要らなければ、害虫にも比較的強いからである。米麦の手当に使ふだけの労力と注意を樹木作物に使へば、収穫も多く危険率も少い。

これらの樹木作物は燃料、センイ、木材をも供給してくれる。衣食住の全部をまかなふものは樹木作物である。しかも立体的にのびあがるから収穫量は一年生植物の数倍ある。

樹木を茂らすと、洪水、旱魃は調整され、自然は美化せられる。そのために各種の生物が共棲出来、地上が楽園と化す。これが新約聖書黙示録の狙ひどころであらう。樹木作物研究が進歩すれば、魚類も増し、日本の人口など今の倍になっても決して困難はしないだらう。松の木でさへその実は蛋白資源と脂をとることが出来るし、幹からテラヒン油を採取出来る。樹木作物によって、都市及び農村の化学工業は驚くほど進歩し得る。日本は是非、この際立体農業の方に向って農業政策を改めてゆく必要がある。社会政策は此処から出発せねばならぬ。

△ 賀川の主張は従来の農政の常識を逸脱しています。資本主義社会にあって「立体農業」を実現するのは至難のわざです。しかし森林は海洋の母であると言われるように、そこにエコロジカルな視点を加味すれば、さらに説得力が増すでしょう。我々は「平地農業」に慣らされて、森林の価値を見失っているのは確かです。賀川の主張は、しかし、原始人の生活を今日風に取り戻せと言っているようなもので、その実現には困難が伴うでしょう。山岳農業(および林業)は、この日本で、儲からないという理由で放置されていると言うべきです。すなわち利潤という視野からは肝腎なものが抜け落ちてしまいます。

3 有畜農業の徹底

北京郊外周口店において発見せられた、人類最古の人間「シナントロプス・ペキンサス(ママ)」の生活様式を研究してみると、創世記に出てゐるものとほゞ同様の生活であったことがわかる。彼らは第四紀層(クオタナリー)の黎明期に生息してゐた人類であったが、みな堅果を主食としてゐたことがよくわかる。これらの人々の生活様式が、石灰岩に封じられて数十万年間保存せられてゐたことは奇跡的であったともいへる。

原始人類が堅果を主食としてゐたにかゝはらず、或時代を経て禾本科植物の栽培法を覚え、蛇の如く平面へ執着する農業に傾いたことも人類文化史上記憶すべきことである。

△ 禾本科(かほんか)植物、すなわち稲・麦を主食とするようになったということは、確かに農業の形を大きく変えるものでした。

聖書地帯は沙漠地域に近く、絶えず飢饉にさひなまれた。その沙漠の周辺に於て農業を経営することは人類に取って至難事中の至難であったに違ひない。

従って雑草を中心とする有畜農業に中心を置かざるを得なかったことは勿論である。パレスチナの農業の如き、石灰岩の破片を取除くことの出来ない畑地においては、瘠土と戦ひつゝ春と秋に辛うじて降る前の雨と後の雨とを楽しみに結実を待たねばならないのであった。

それも往々旱魃の為に駄目になった。聖書に旱魃の記事の多いのは、その為であった。然し素朴的な遊牧民に農業改良の出来る道理は無かった。けれども聖書農業が我らに参考になるのには全く、この悪条件と戦った記録を探すところにある。

△ イスラエルの祖先の半遊牧民的とも言える生活は、直ぐには日本人の生活の参考にはならないでしょう。しかしその過酷な自然条件との戦いの中からも、賀川は教訓を見出して行こうとします。聖書に「何」を見出そうとするかはその人の自由です。

モーゼは契約のはこを「アカシア」で作ってゐる。沙漠にはアカシアの外生えてゐなかったのであらう。そして、今日でも砂丘を防止する唯一の方法は「アカシア」を植えることにある。スエズ運河の両側にはそれが植ってゐる。カインが神の前に評判が悪く、有畜農者のアベルが嘉納せられた理由も、これらの条件から来る土地の利用に関係がある。日本の山岳地帯の雑草を凡て食糧化する方法は、アベルの方式即ち有畜農業の方法しか無い。

日本の過剰人口を如何にして耕地の狭い国土に収容するかといふ課題を受けて、私は聖書農業を参考として日本農業再建を思ふものである。その第一は、エデンの花園の回復である。即ち樹木作物を基底(と)する農業をすることにより、日本国土の八割五分を占むる山岳地帯が全部食糧資源地帯と変化すると同時に、土壌の水蝕を防止し得ると思ふ。

第二、有畜農業により日本全体の野草、雑草を乳製品と化し酪農経営を起しうる。第三、樹木作物及び野草の蜜を採集し養蜂事業を起し得る。第四、畜類の獣毛皮を加工し繊維及び皮革工業を起し得る。これ等の凡てを日本の山岳部において実行するならば、全人口を充分養ひ得てなほ余裕綽々たるものがあるであらう。

△ ここで聖書農業なるものを持ち出すことにどれだけ意味があるかは疑問です。しかし山岳地帯が放置されていて、山林が外国の投資家に売られるという今日の事態を考えると、山林の保全と有効利用ということが、大きな課題であることは明らかです。それは日本の農政の根本に関わることで、山林所有者の恣意に委ねることはできません。

4 漁業株式革命の必要

遅れた漁法 漁業において日本は世界一だと自負してゐる。そして新漁業組合法も施行せられた。しかし機械利用の漁業はとても米国に及ばない。それにも拘らず、漁業技術者も、政府当局も、いまだに目ざめず、漁夫十人もあればできる仕事を八十人もかゝってやってゐる。米国カルフォルニア州サンピドロには日本人の漁夫が四千人から居た。

彼等の使用してゐた「きんちゃく網」はウェンチ式になってゐて、十人もあれば日本の漁夫八十人の仕事をやってのける。千葉県立漁民修練道場園部久氏の実験によっても、在来の漁法に比較して数十倍の利益がある。その漁業を採用しようとしない所に、日本漁法の因襲性脱皮の必要がある。昭和二十三年春、千葉県勝浦の実験船が津軽海峡で数日間に百数十トンの漁獲を得、そのためにプロペラを廻すシリンダまで修理する必要が出来た程であった。

最近親潮の関係でもあるか、寒流が北からのび、太陽黒点の増大の時は千葉県九十九里浜は鰯の漁獲がない。鰹も、鯖も海岸より遠く離れて廻遊するやうになった。それで日本漁法をアメリカ式に乗りかへる必要がある。それが出来さへすれば、魚価も下り国民の蛋白資源は安価に入荷出来る。かくすれば漁民の失業問題が起るといふ人もあるが、それは絶対にまちがった見解である。水産物の加工をすればいくらでも人手が必要である。漁法ほど遅れてゐるものはない。農業が遅れてゐる如くに、漁法は遅れてしまった。漁法革命の必要がある。

△ 今では漁法の遅れを嘆く必要はないでしょう。それよりも日本人の魚の獲り過ぎや、食べ過ぎが心配されなくてはならないところまで来ています。世界中の海で獲れた魚を、輸入してまで食する贅沢な食生活がいつまで続くのでしょうか。

海に畑を造れ 伊予三崎半島あたりの海岸線には、想像以上に耕地の少い村々が多い。しかしこれ等の村々を救ふ唯一の方法は海面利用にある。即ち立体的に海面を利用し、竹のいかだにコールタールを塗った下垂式「カキ」の養殖をやればよいのである。一坪当り畑一反の収入を得る事は容易である。

多少深い海岸でも筏を二階式に造り、錨で止めるやうにし、海上を利用する事が出来る。日本の人口が急激に増加したのであるから、海岸線の利用を考案すれば、生産事業によって相当の効果を上げ得る。問題は定置漁業権にある。これを一部少数の特権階級に与へないで村全体の住民に解放する必要がある。瀬戸内海は浅い海底を「イタボガキ」の養殖に用ひ、港湾は各種雑魚の養殖に、また海藻の栽培に利用する事によって無理な開墾事業より少い費用をもって多くの食料資源を確保して得る(ママ)。

△ 最後の「得る」は「ゐる」のことでしょう。なお定置網漁業権が一部の階級によって占められているという漁村の現実について、私にはその後の経緯を含めて詳らかではありません。しかし今日では養殖が盛んに行われ、マグロの完全養殖まで可能になっています。それについての賀川の見通しには確かなものがあります。

太平洋を故郷とせよ 工業の発達と共に硫酸、硝酸、燐酸類が多量に河川、沼沢、沿岸等に流出し、川魚は減り、淡水魚は激減し、沿岸漁業も不可能になった。人絹工業が盛んになると共にその附近の漁業は非常な打撃を受ける。これは商工省の方針と農林省の指導の間に喰ひちがひがあるからである。

も少し一元的に酸類及び繊維を河や海に流さないやうな国土計画を立て、水素イオンの濃度を一定に保つやうな工夫をしなければ、天恵を冒?することになるだらう。戦前はどんな不景気でも沿岸漁業は三億円を下らない収入があった。今日の相場にすれば数百億円に値するであらう。それが余りに人造肥料を悪用し、河や堀の水素イオンの濃度を激変せしめる事によって川魚は住めなくなってしまった。殊に染料工場の悪水の如きは厳重に取締るべきである。

△ この本の執筆時点(昭和24年、1949年、賀川61歳)で、環境汚染、いわゆる公害について言及する賀川には先見の明があります。

日本における生物学の進歩は実に表面的であって、綜合的な発達を遂げてゐない。日本を救はんと思ふ者は漁民を保護し、ノールウェーが大西洋にその故郷を発見した如く、日本も太平洋を故郷と考へる必要がある。即ち、太平洋に鯨を飼ひ、鰹、まぐろを放牧し、いわしを育雛するやうな気持で、海洋日本を創造すべきである。

△ 今日、エコロジカルな視野からの「生政治学」、「生経済学」なる学問があってもよいでしょう。それは生物学固有の課題であると言うよりも、もっと「綜合的」なものでなくてはならないでしょう。地球温暖化による環境の変化は地球、および海洋の生態系に激甚な影響を与えています。地球上で人間だけが生き延びれば良いという思想はそもそも成り立ちません。なおこれについては「エコロジーの七つの原理」を参照して下さい。

5 住宅政策

四百万軒の不足 戦災で焼けた家は二百四十万軒であるといはれてゐる。七百五十万人が海外から引きあげて来、まだ七十七万人引きあげてくる。この外自然増加を入れて合計二千万人近くの人間をいれる住宅が日本に不足してゐる。今日本には約千四百万世帯がゐるが、住宅は約四百万戸たりないであらう。恐ら日本の木材全部をきっても、この人達の為めに木造建築はできないと思ふ。

昭和九年ごろ坪五十円位で建築出来たものが、今では二万円以上かけなければ建築できないといふ有様では、とても全部の人を満足さすやうな住宅を供給することは出来ない。

△ 統計的数字によって必要性を判断することは政策あるいは意思決定の基礎にあるものです。しかし不足から充足への移行には実現の条件があって、必要性がいつも満たされるとは限りません。そのとき人々は政治の貧困を嘆きます。

火山灰の家 古代ローマでは火山灰を使用して家を造った。印度ではラタライト土を利用して立派な家をつくってゐる。幸ひ日本には百七十の火山があり、大きな火山帯が日本の中央を二列になって走ってゐるのだから、火山灰はどこにでも見つかる筈である。古代ローマのまねをして、火山灰の家をつくればよいのである。

最近アメリカでは屋根を火山灰で固めたものでふき、壁を火山灰の板でつくり、柱を火山灰のコンクリート柱で作ってある立派な家ができたさうである。この方法をとれば、立派な木材造り建築の四割六分を毎年焼失せしめるやうな無駄なことをしなくともよい。

火山灰で家をつくりさへすれば不燃焼でもあり、地震の時には軽いから怪我も少いわけである。私はコンクリートで家をつくればよいと思ふけれどもその価格の三分の一位で建築できるといはれてゐる火山灰が、一ばん日本に向くと思はれる。木骨コンクリートにする場合には、木を不燃焼にして、その外側に火山灰の板をはりつけてゆけばよいのである。

火山地帯における軽石を見ても、非常に軽いアルミニウムがたくさんはいってゐるから、少し工夫をすれば面白い板をつくるこも出来れば、煉瓦をつくることも出来るであらう。北海道苫小牧市郊外はすでに火山灰で家を建てゝゐる。幸ひ日本は火山灰に恵まれてゐるのであるから、これを利用しなければ損である。

△ 火山灰、あるいは軽石のような溶岩を建築資材として利用するということは、今日の日本でも一般化しているとは思われません。何かそこにその利用を妨げる要因があるのでしょうか。いずれにしても賀川の着想には奇抜なところがあります。

耐震耐火の家 農家の火災が非常に多い。これはかや屋根の関係である。このかや屋根を不燃焼にすることが日本の急務である。米国には高圧を加へて木屑を不燃焼の柱にする発明が出来てゐるといふ。唐辛子の種は燃えにくいもので焔が出ない。黄蜂の巣は不燃焼である。恐らくある化学的不燃性を利用したものであらうと私は思ってゐる。黄蜂が不燃焼の家をつくるのに、人間がつくれないといふのは恥しい。早く農家を不燃焼にしたい。日本は地震国である。波にもまれる舟は大きく揺れても破損しない。地震地帯の日本の家は、舟の構造をもって設計するならば、地震の時にも破損しないだらう。これ位の考へは新築する場合に、計算に入れてもよいと思ふ。

△ 不燃性の材質をつくることは、今日大きく進展していると思われます。唐辛子の種や黄蜂の巣に着目するあたり、賀川には独創性があると言うべきでしょう。また地震に強い家をつくることに関しては、家が揺れても壊れないという技術が高層建築に応用されていますが、先日テレビで大林組の技術者が紹介されていました。その人の発明は建物の一部に地震の衝撃を吸収する装置を取り付け、建物全体を揺れないようにするというもので、まさに画期的です。それは既に実用化され、実績を挙げています。その人は今、地震とは反対方向の揺れを建築物に与えることによって、立てた鉛筆も倒れないという装置を開発中で、現にその実験に成功しています。それこそ免震構造と言うべきでしょう。その人の研究は阪神淡路大震災のあと漸く注目されるようになったということです。

茶室は徳川時代数奇をこらして造ってあるが、耐震耐火の研究は出来てゐない。美の上に耐震耐火を加ふべきである。米国のガラス製造は非常に進歩して破壊できないものが出来てゐる。日本でも米国に負けないだけのガラスを製造し、これにより日本の窮乏を救ふ必要がある。生産消費組合をつくれば、住宅建築もガラスの製造も容易にできる筈である。私は東京の復興に建築協同組合をつくったが、営利を目的とする悪請負師の慣習を打破しなければ、よき建築ができないことを発見した。こゝにもキリスト精神の注入がなければ、新しい一軒の家さへ建たぬことを発見したのである。

△ 民衆の必要を満たすために民衆自身が「生産消費組合」をつくるべきであるというのが、賀川の一貫した主張です。「キリスト精神の注入がなければ」、それは不可能であると言われるときの、その「キリスト精神」に賀川が見ていたものは、社会連帯意識であり、また贖罪愛であったのでしょう。国家の政策や営利目的の企業活動が民衆を救うのでなく、民衆自身の自己組織化が民衆を救うのであると言われているのでしょう。そのキリストとは、実のところ、国家・資本・国民(想像の共同体)を超える原理であって、普遍的宇宙的なものでなくてはならないでしょう。キリストと呼びたくなければ、それは仏の慈悲であってもよいのです。人間を根源的に結びつける何かあるもののことです。

6 自然力電源開発の急務

日本の水力電気はまだ八割位開発が残ってゐる。スウェーデン(ママ)には瀑布局といふものがあって、殆んどの瀑布を水力電気化してゐる。すべての瀑布を水力電気化する勇気を持てば、日本の電力問題は容易に解決する。

しかし水力電気を全部国有にして見たり、あるひは国営にしようとすれば、非常な無理が出来る。地理的に区切られたものは、地理的に利用すべきである。それで国営とすべきものでも、細胞組織が必要である。だから、出資は組合にさせ、国家が経営してもよいし、国家の所有するものを、地方の組合に委託経営させてもよい。日本のやうに労働争議が好きな国では、国家と組合が半々に出資して、国有組合経営でもよい。

△ 電気、ガスのように公共性の高いエネルギー源の生産、蓄蔵、供給に当っては、国家もしくはそれに準ずる機関がこれを管理するのが順当と思われます。賀川はここで電気の供給能力が及ぶ範囲には限界があることから、その地域性を指摘し、企業ではなく組合が経営に関わることを提案します。しかし組合には出資者(組合員)と非出資者(非組合員)の別があり、大口の出資者と小口の出資者の別があります。つまりそこで使用料金の差が生じてくる可能性があります。組合がどこまで公共性を担保し得るのかという問題が生じて来るでしょう。しかも住民は他方では税金を払っています。

日本の様に石炭の少ない所で雨の多い所では、水力電気を大いに開発する必要がある。英国の如く、大きな山のない所でもテームス河にサージタンクを作り、相当の出力を得てゐる。幸ひ日本には本州を貫く数条の山脈があり、谷も多く、水力電気の開発には、もって来いの場所が頗る多い。これを国営でやらうとすれば、とても一時に開発は出来ない。むしろ一万二千の村々、千五百の町、二百二十の市に、市町村営、あるひは組合営の電力を奨励し、それに国家が出資して統制を保つ様にするか、場合によっては、協同組合と国家が協同出資して水力電気を経営してもよい。

工藤広規氏の研究によれば(東洋経済新報連載)、流水を利用して二千万キロ・ダムを造れば、一億キロは日本の雨量によって充分希望をつなぎうると言ふことである。

△ 環境政策の上から言っても、今日、火力発電と原子力発電を極力抑制し、水力発電、風力発電、太陽光発電など、様々な発電装置を考え、自家発電および地域の小規模の発電を充実させて、資源の浪費と環境への悪影響を避けるべきときに来ています。協同組合の組織がどこまでその進展に貢献しうるかは別として、電力開発と地域産業の振興は密接に結びついています。大企業中心の考え方ではなく、地域の活性化こそ今日の日本が直面している大問題であり、エネルギー政策の転換はその基盤にあるものでしょう。

風力電気 風力電気も日本には有望である。日本には御前崎附近と、瀬戸内海塩飽島の附近に、全国で最も風の強い所が二箇所ある。いづれも、雨の少い冬の間、一秒十米近くの風が吹いてゐる。それだけの風が吹かなくとも、北海道函館附近には一秒六米近い「大西風」が吹く。

日本には山が多いから、標高の関係で大きな山の附近には、必ず風が吹いてゐる。これらを利用して、組合有の風力電気を起せばよい。シリヤの沙漠では、風力電気を起してゐる。米国の中部地方、ニューイングランド地方でも風力電気が非常に進歩してゐる。日本においても風力電気を開発するならば、恐らく数百万キロワット時の電力が冬期利用できるであらう。

△ この時点での風力発電への着目も賀川の先見の明を示しています。

またサーヂタンク(ママ)を利用して九州有明湾の如き潮の干満が十八尺にも及ぶ所では、満潮時に大きな築港の中に水をたゝへ、その水を区分して水力発電気に使用すれば、サージタンク(ママ)と同じ方法により、相当電力を地方的に起す事が出来る。

△ 今日では波の力を利用した発電も実用化されつつあるようです。

また、日本には活火山が百七十もあるのであるから、これを利用して火山熱利用の電源をも開発し得る。更に日本には七千以上の温泉がある。この温泉熱を利用すれば驚くべき電源を開発することも出来る。

△ 地熱、温泉熱の発電への利用ということは、今日どのくらい普及しているのでしょうか。他の方法で比較的安価に電気を利用することができれば、そこまでやる必要はないということなのかも知れません。

だが、これらの電源は、国家が税金を取って開発するにはひまもかゝるし重税にもなる。受益者が地方的な場合が多いから、国有組合経営にすれば早く電力開発が出来る。そして出資は国家と組合が半分づゝとしてもよい。また地方公共団体が国家と半々に出資してもよい。

△ 賀川には「国家組合経営」という考え方へのこだわりがあるようです。しかし国家や地方自治体は、協同組合の振興や、それとの協力にどこまで熱心になるでしょうか。税金の取れない協同組合ではなく、法人税を支払う企業の振興こそが国家や地方自治体の望むところではないでしょうか。「公共性」を実現するために税金を必要とするということに、国家が抱える問題があります。税金は私益に対してかけられるものだからです。そうなると、多額の納税者の発言権が増すことになります。

統制のためには、国家の発言権を大にすると共に、資金を集めるためにはどうしても地方受益者に出資させる必要がある。資本主義では、国家の宝物を、私有せしめる恐れがある。組合経営であれば、持分の制限があり産業民主主義を徹底することができる。

△ 大電力会社が大規模ダムによる水力発電のほか、火力発電と原子力発電に力を入れてきたことを考えると、賀川のこの構想は「理想の空論」に終っています。民営化の圧力のもとでは、公正をめざす国家の発言力は偏りを持つことにもなります。「国家の宝物を私有せしめる」とはまさに民営化のことです。

今日、最も必要な事は、日本の農村工業と農業の機械化である。その二つの動力を得る為に至急に自然動力を利用して、日本の電力を豊富にする必要がある。

△ 賀川には地域に大企業を誘致するという発想はないでしょう。地域に根差した産業の振興が望まれているのでしょう。しかしその構想からは経済大国は生れて来ません。国民の生活を成り立たせることが第一であるとすれば、貿易に重点を置いた経済成長は視野には入って来ません。地域経済が疲弊している今日、日本が「貿易立国」であるということの意味を、もう一度問い直す必要があるでしょう。外国に生産拠点を置き、輸出入を行う大企業だけが繁栄する今日の姿は、国民不在の現実を示しています。

7 農村工業

スヰスの農村工業に学ぶ 敗戦の結果、重工業を奪はれた日本は軽工業で立つ外に道はない。さしづめ日本はスヰスのまねをしなければならない。スヰスは人口の半分しか食糧を自給することが出来ない。しかし一、精密工業(時計) 二、電気具製作 三、化学工業 四、生物工業 五、せんい工業等 山国でもできるやうな軽工業を、農村地区において高度に進歩させてゐる。日本もその経済方針を学ぶ必要がある。

スヰスの農村においては、百人位の小工場を設け、水力電気を利用してうらやましい位のよき文化国家をつくってゐる。

△ 敗戦国日本の現実からすれば、スイスは「うらやましい」文化国家に見えたに違いありません。しかしスイスは中立国の立場を利用して金融の世界でも大きな地歩を占めていることに、賀川は言及していません。

農村工業の将来 米国の自動車王ヘンリー・フォードは、一九三一年の不景気に鑑み、自動車の如き工業においてすら、これを農村工業化することを主張した。即ち、彼は満州大豆を米国に輸入し、これを植ゑさせ、肥料の要らない農業を考案し(満州大豆は根に空中窒素固定菌を持ってゐる)、大豆の油は化学工業に利用し、その蛋白質は結晶させて歯車に製造して自動車のミッドギアーに使用した。またその大豆の蛋白質をもって車体すら製造することまで考へた。不景気になれば、その大豆を食品として生活を楽しむ。かくすれば不景気になっても絶対に困らぬ。日本においても、このフォードの工業政策はたゞちに農村工業に応用することが出来る。

△ 1931年の大不況のときフォードが考案したことに、賀川は農村工業化のヒントを見出しています。今日、大豆の蛋白質から自動車のミッドギアーをつくろうなどと考える人は誰もいないでしょう。しかし高齢化が進行し限界集落が方々に生れている今日の農村地域を活性化するには、従来と全く異なる発想が求められていることは確かです。

労働不安から生ずる国家の損害は恢復できない傷を与へる。その点商工業は労働不安の程度が割合に少ない(▽)。日本の如き人口過剰な国において、大都会に人口を集中すれば、肺病は激増し犯罪はふえ、エロ文化は昂進し、かくて日本は希望しない運命をたどるかも知れない。東京や大阪の如き脳充血性大都会文明をつくらないで、スヰスの如き小都会を理想とし、発明と発見を文化の基礎となし得る健全なる文化的平和国家を創造すべきである。

△ 「商工業は労働不安の程度が割合に少ない」の文意は不明です。おそらく脱落か誤植があるでしょう。今日再び「労働不安」(雇用不安)が日本を覆っているとき、大都市への人口の集中ということを根本から考え直す必要があります。都市住民と農漁村住民との協同組合的な連携ということも、一つの解決策であるかも知れません。都市と農漁村とのパイプづくりを、既存の市場だけにまかせておくことはできないでしょう。派遣労働者が企業にとって好不況時の調整池であるような社会のあり方は見直されるべきです。

黙示録の理想社会 相互扶助論を書いたクロポトキンのいふ如く、田園と仕事場と小工場とが一つになるやうな田園都市が人類の理想である。その場合、一地方における農村設計を、ある仕上げ工場を持つ小都会を中心に設計すればよい。即ち、風は日本においては大体西南から東北へ吹くから、重工業は都市の東部に集る傾向がある。それで西側には、どうしても軽工業が集って来る。これは農村の設計をする場合においても、積出しに便利な地点を中心に、農村工業地区を設計し、エネルギーに損がないやう立案すべきである。つまり自動車の流れ作業を国家全体の軽工業生産の場合においても計算に入れなければならない。かくすれば都会に大工場を集中する必要は少しもない。

△ 風向きと重工業、軽工業が集中する場所との間に関係があるという指摘は、私には、よく理解できません。しかし日本全体を見据えた国土計画によって都会への大工場の集中を避けられるというのは、その通りでしょう。

太平洋戦争中農村に疎開工場がたくさん出来た。それを活用してゐるものは誠に少ない。これは国家として大損害である。もし、日本全体の工場を流れ作業的に考へて、運輸機関を完全に利用しうるならば、これらの疎開工場は農業の工業化に非常に役立つであらうと私は思ふ。

△ 「農業の工業化」とはどういうことであるか、もうひとつはっきりしません。しかし農村の近くに工場を持つということが、都市への人口集中を避ける方法であると考えられているのでしょう。人口過疎地が方々に生じて来るのは、多様な産業に基づく国土計画と地方の発展方策が、そもそも存在しないということの証左でしょう。

戦後の混乱に、救国的工業政策の計画性少く、また大都会中心の悪魔文明を生むことは悲しいことである。新約聖書黙示録二十二章の教へる最高度の文化は、田園都市である。住宅だけの田園都市ではなく、農業と工業が完全に調和し得る煤煙なき電気文明は、日本における農村工業を完成して、はじめて平和国家を築きえるであらう。

△ 賀川の考える「田園都市」は農業と工業との近接的調和にあります。それは煤煙なき電気文明によって可能になります。言い換えれば自然と調和し得る工業が考えられているのでしょう。なおここで黙示録を持ち出すのはどこまで適切であるのか疑問です。ちなみにヨハネの黙示録二十二章(最終章)の初めには次のように書かれています。

『御使いはまた、水晶のように輝いているいのちの水の川をわたしに見せてくれた。この川は、神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れている。川の両側にはいのちの木があって、十二種の実を結び、その実は毎月みのり、その木の葉は諸国民をいやす。のろわるべきものは、もはや何ひとつない。神と小羊との御座は都の中にあり、その僕たちは彼を礼拝し、御顔を仰ぎ見るのである。彼らの額には、御名がしるされている。夜は、もはやない。あかりも太陽の光も、いらない。主なる神が彼らを照し、そして、彼らは世々限りなく支配する』(22:1−5)。


第六節 協同組合の革命的使命

1 暴力革命の失敗

一九一七年三月に起ったロシヤの革命は、十一月七日に至って成功した。そして革命には消費組合が不必要であるといふので、凡ての組合を解散してしまった。ところが政治不安と経済不安のため、物資が全く出なくなり、営養失調のために五百万人も死んでしまった。それでさすがのレーニンも驚いて、その失敗を認め新経済政策を発表し、消費組合を再出発せしめた。

社会は決して死物でなく、生きてゐるものであるから、真の革命は暴力をもって社会のあたまを取りかへるだけで成功するものではない。それは人間が脳髄と神経と手足だけで生きてゐず、皮膚の下にかくれてはゐるが、色々な内臓器官が働いてゐるのに等しい。で、社会でも権力のみならず、種々な組合が必要である。今、諸種の組合と内臓器官とを比較してみると、そこに非常に面白い連絡のあることがわかる。

△ 賀川は種々の社会組織を「組合」と見なします。そこに「組合社会主義者」の面目が示されています。しかしそれは現実の社会ではありません。

胃腸は消費組合である。

心臓は循環を司るので信用組合である。

肺臓は酸素と炭酸ガスの交換をなす販売購買組合である。

肝臓は利用組合。

腎臓は共済組合。

筋肉は勿論労働組合である。

脊柱はからだをしっかりさせる国民保健組合である。

胃は食物を受けとるが、それを搾取せずにその利益を払戻して各内臓へ養分として送る。胃でも心臓でも余り搾取すれば胃拡張や弁膜症を起してしまふのである。

△ 上の比喩にあまりこだわる必要はありません。要は、社会は生きていて、それぞれの組織が密接に連絡している身体のようなものであるというところにあります。その全体を「上から」頭で考えられただけの計画に従わせて変えようとすれば無理が生じてきます。しかしそれは多かれ少なかれ後進資本主義国が辿った道でもありました。

終戦後、ロシヤへつれてゆかれて帰還したといふ青年から、ソヴィエット・ロシヤの現状を聞いて興味深く思った。S君は満州の建国大学の学生であったから、ロシヤ語がよく出来たのを幸ひ、ロシヤでは山の中や農耕地や工場などへ志願して働き、ロシヤを充分研究したのであった。彼の報告によると、ロシヤの現状は全く独裁主義の世界で、大衆は圧迫と窮乏のドン底につき落されてしまってゐるさうである。ロシヤの経済学者さへその失敗をみとめ、資本主義経済とほとんどちがはない学説を発表してゐる。共産主義の基礎をなすマルクスの資本論は、資本主義社会の欠陥を示す社会病理論としては立派なものである。けれども社会治療論としては全くなってゐないものであって、建設的社会の改造に対しては何等の内容を持ってゐない。私は長年の間、社会は単なる革命によって決してよくならないと主張して来た。

△ マイケル・ポラニーがつとに指摘しているように、市場経済には複雑な社会的動向に対する調整能力が、良かれ悪しかれ備わっています。その全体の働きを計画経済によってカバーすることは不可能です。しかし今となってみれば、ソ連や中国の革命的政策の遂行は、国家の近代化と資本蓄積のためであったという皮肉な見方が可能です。他方では資本主義国家も、国家の介入をまたなければその経済体制を保つことはできません。単になりゆきにまかせて(レッセ・フェール、レッセ・パッセ)市場経済が成り立っているわけではありません。そこに国家=資本複合体の現実があります。

身体でも、頭だけをとりかへれば、それで立派なからだが出来る訳ではない。社会も暴力革命によって、法律だけを変更し、全部の経済活動を国営にすればよくなると思ふのは余りに浅薄である。社会を殺すのならば、それでよいが、生かすためならば、どうしても心臓、胃、肺臓、腎臓、筋肉、脊柱等にあたる色々な組合を、健全に発達させる必要がある。このことは先にも述べたロシヤ革命の歴史を見ても明かに知らせられることである。

△ 全体を統制し計画することが社会主義であるとするなら、そこから一党支配や、党の指導者による専制、官僚・警察・軍隊の肥大化などが生じてきます。そして個人の自由が抑圧されます。労働者を解放する筈の体制が労働者を隷属させます。社会主義諸国の失敗は今や明らかです。しかし賀川はここで、私企業の営利活動は一切存在しないという前提については、社会主義者と同じ考えを持っているのではないかと思われます。色々な組合について語られはしても、資本主義社会にあっては利潤を上げることが組織存続の大前提である(逆に、赤字が続けば倒産する)という現実には触れていないからです。

2 協同組合の威力

マルクス資本論を社会病理学として真理を示してゐるといったが、資本主義経済が搾取、資本集積、資本集中、生産過剰、戦争、不景気、恐慌、闘争、革命へ赴くといふ理論は正しい。然し、それは人間は慾の深いもので、搾取して自分の懐を肥す以外には何をもなし得ないといふ人間論に成立してゐる。けれども利益があってもそれを搾取することなく、利益を払ひもどす組織が生れた。即ちそれは協同組合の組織で、利益を払ひもどすから搾取がない。持分の制限をするから資本の集積が起らない。また一人一票の裁決権であるから資本集中が出来ない。マルクス理論の搾取、資本集積、資本集中が生れないから、あと七つの現象は起らず、革命の必然は解消されるのである。

△ 一方には、権益確保のためには戦争をも辞さないという人間の現実があります。他方には、協同組合に具現されている(と賀川が考える)友愛の精神があります。その両義性が人間なのであって、人間をどちらか一方で割切ることはできません。歴史には、闘争もあれば友愛もあります。問題は、どのような制度と、それを支える精神が、人間に平和と安全をもたらすかにあるでしょう。

マルクスは人間が搾取しないといふやうなことはあり得ないと考へた。然し、それはキリスト教的他愛の精神からは可能である。神は凡てのものを無料で与へ給ふから、我々も感謝して人に与へるのだといふ宗教的理念から実践できる。オーウェンやジョン・ミッチェルがそれを主張してゐたが、マルクスはそれをユートピア社会主義で夢を追うものだと罵倒した。レーニンもそれにならひ、利益払戻しなどの協同組合は単なる空想でしかないと考へて、排撃してしまったのだ。左翼の人々は、今も協同組合理論は空想でしかないと非難する。

△ マルクスが本当に「人間が搾取しないといふやうなことはあり得ない」と考えていたのなら、革命を考えることもなかったでしょう。資本主義制度に変えて、いかなる体制が労働者を解放するのかという点に関して、見解の相違があったと言うべきでしょう。革命のみが、労働者の権力奪取のみが、次の時代を切り拓くという思想が、科学的社会主義の名のもとに力を揮いました。その「dynamo-objective coupling」(マイケル・ポラニー)の機制に、マルクス主義の問題がありました。その「革命先行論」が見落とし、切り捨ててしまうものの中に、重要な問題があるのだと言うことができるでしょう。それは人間社会における共同寄託(pooling)と互酬(贈与と返礼)の原初性という問題であり(柄谷行人)、賀川が「宗教的理念」と言っているものの内実がそこにあります。なおジョン・ミッチェルとは19世紀アイルランドの愛国的指導者のことであろうと思われます。

けれどもキリストの精神に立つロッチデールの兄弟達は天才的会計の能力を有するイギリスの国民性を活かして搾取なき組織ロッチデール消費組合を立派に完成した。これは社会学的な革命的大発見であり、マルクスの資本論の欠けてゐる社会治療法の完成であって、暴力革命を何度くりかへしても実現出来ない新社会の建設を可能ならしめたのである。レーニンが一九二一年に再び協同組合組織を再編成せしめたことは、それをはっきり示すものである。協同組合の三原則こそは、真の革命による社会改造を完成する唯一の道なのである。

△ 今日、非営利組織は営利組織を補完するものと観念されています。その分肢に社会の根本的な問題が潜んでいます。片方では利潤を追求し、他方で非営利の連帯組織の必要が生じてくるところに、今日の社会が抱える問題があります。その社会を根底から変革してゆくために、いかなる実践が求められているのでしょうか。賀川は「社会改造を完成する唯一の道」として、繰り返し協同組合組織を提示します。なおここで「キリストの精神」を理解するために「分け合うことの奇跡」を参照して下さい。

3 三原則の革命的意義

人体の内臓機関の相互間において行はれてゐる利益払戻し、集積の解消、集中の廃止を実行し、不景気や恐慌や革命を起さぬやうにするには、どうすればよいのか? それをロッチデールの人々が実行したのは、一八四四年のクリスマスシーズンのことであった。マンチェスターに近いロッチデールの紡績職工で争議の犠牲になった二十八名はクリスマスが来るといふのに食物にさへ困った。それで十円(一ポンド)宛の払込みをして消費組合を作った。彼等は後に有名になった三原則を考へ出したが、それが今日の民主主義的時代にもちゃうどあてはまる立派なものなのである。利益払戻しは経済的民主主義、持分の制限は社会的民主主義、一人一票の裁決権は政治的民主主義である。それまでのロバート・オーウェンは生産協同組合だけを作ってゐたが、利益払戻しを生産者間だけに実行しても、社会的な効果は余りなかった。それをロッチデールの兄弟達が、消費組合に応用したので初めて充分な効果が貧しい人々の間に現れて来た。消費組合が組織されることによって消費者の需要の量が計算できるので、需要と供給との一致が初めて見られるに至った。消費組合が生産すれば、生産的消費者となるので、無駄な生産がはぶけ生産過剰に陥る危険がなくなるのである。単なる職工の一群であった彼等が困り抜いたあげくとはいへ、実際的な必要からこんな立派な理論を発見したのは、えらいといはねばならない。彼等がロッチデール・パイオニア(先駆者)と称讃される所以である。

△ 資本主義的生産の特徴はその投機性にあります。需要を当て込んで生産し、売れれば儲かるが、売れなければ損をする仕組になっています。協同組合理論は需要と供給の間に資本を介在させないで、生活者である労働者が、自ら生産し消費する組織をつくることを可能にしました。モノとカネがダブついたり不足したりするのは、資本主義社会の私有制と投機性に由来します。その不合理を取除くために上から経済を統制する方法もありますが、それは自由を束縛します。しかし人々が「三原則」を受け入れるのは連帯意識によるのであって、誰かからの強制によってなされるものではありません。なお協同組合の原則については、ここを参照して下さい。

それが協同組合として発達し今日では全世界において約五億の人々が参加し、世界平和の基礎となった。最近世界聯邦政府の樹立が力づよく叫ばれるやうになって来た。第二次世界戦争の結果生れた国際連合にロシヤとアメリカとの対立が起り、大国拒否権のため行きづまったので、更に一歩を進めて、世界国家を建設しようとする運動が、アメリカの大学生の間に生れ、イギリス始めヨーロッパ、アメリカの十七ヶ国が賛成して、世界連邦運動として大きなものとなるに至った。アメリカにおいては既に十六の州の議会の決議でこれに参加することを決定してゐるし、イギリスにおいても世界の独立国六十五のうち過半数が賛成するに至れば、憲法を改正して加入することを決定してゐるといはれてゐる。一九四八年秋にはルクセンブルグで会議を開いたが、一九五〇年には世界聯邦政府樹立へ邁進する手筈になってゐる。

ところがその世界聯邦の基礎をなすものは、協同組合の互助友愛の組織である。そして加入の各国はその自主、自営、自立を認められるけれど、主権の或る点を制限して聯邦政府に譲り、軍隊も全然聯邦政府に直属した国際的なものとし、完全な平和世界を実現しようとしてゐるのである。で、その実現のためにはどうしても協同組合の大きな組織が、その聯邦の経済的大黒柱とならなければならない。即ち協同組合の強化なくして、世界の平和は実現されないのである。

△ 賀川が熱心に力を入れた世界連邦運動は、協同組合という経済的な基礎を持たなくては、その実現が不可能であると言われています。賀川は「国家=資本複合体」という国家の強固なあり様については、直接には言及しません。しかし資本主義によって立つ諸国家が進んで世界連邦を形成するようになると考えていないことは明らかです。国家はまるで拡大し膨張する「自我」意識のようなものであって、他我=他国家に対する自己主張をやめることはありません。世界連邦が国際的な互助友愛の組織であるからには、その世界組織を下から支えるものが協同組合の地道な実践であると考えられているのでしょう。その際、今日の国連におけるNGOの役割を併せて考えるべきことのように思われます。

4 利益払戻の方法

然らば利益払戻の方法はどうすればよいかといふに、私は次の三つがあると思ふ。

第一は組合員の個人個人に返へす、第二は組合運動の教育なり設備なり基金なりにして返へす、第三は社会(国家、国際連合を含めて)に返へすことである。ロッチデールでは個人に返へしてゐたが、実際やってみると帳簿の整理が仲々面倒である。日本では色々の関係で十八種の帳簿が必要で、一々監督官庁の検査を受けねばならぬため専任の人が要るし、計算がとてもうるさいのである。それで東京ではキューポン式にして十円券、二十円券を渡してをき、一期毎にまとめて一割なり二割なり払戻してみた時もあった。

また普通の時には個人個人に払戻さず、組合員のうちで長い病気にかゝった人のある場合に見舞金を送るとか、死んだ人への香奠を出すとか、生命保険の保険金を支払らうとかの方法がある。イギリスでは人口の五割五分が加入してゐるので、個人的には帳簿をつけず利益金は生命保険に掛金として支払ってゐる。本所江東消費組合では一万五千人の組合員に対して出資金や購買高の計算が余り複雑なので、儲けによって生命保険をかけたが大いに喜ばれた。

しかし百万円の儲けがあっても、これを一万人に分配すれば、僅かに百円になってしまって、百円では何のたしにもならないといふことになってしまふ。が、その百万円を団体である組合に寄附して貰ひ種々な生産施設、救済施設、教育施設、育英施設、利用施設、厚生施設に投ずれば、組合の活動を益々活溌ならしめ、組合員各自を利することが多い。例へば、その金でパン焼かまどを作り、パン工場を始めるとか、住宅組合へまはして住宅を建てるとか、或は紡績工場をつくって、衣服の問題を解決するとかに使ふのも一方法である。

殊に協同組合の発達は、組合員の意識の向上によらなければならないから、組合意識開発の教育運動や啓蒙運動に金を使ふ必要が多い。これにはどうしても儲けを廻さねばならない。協同組合に加入しながら、個人の利益しか考へないやうでは、いつまで経っても組合の活動は進展しない。江東消費組合では、自分達のことを考へる組合員の要求に動かされて熱海に温泉利用組合をつくったり、真鶴の海水浴のためにサンマーハウスをつくったりした。が、私はそれにも反対して、それを売って千葉県の土地を二百四十町歩買って、農場をつくった。それがどれだけ組合員の利益になったか知れない。

金さへ廻はれば、紡績会社、製紙会社、印刷会社を協同組合で経営したい。住宅組合も是非つくらねばならず、協同組合の従業員諸君はその住宅組合の家に当然住まなくてはならない。余り高くない家を建て、僅かづゝ払って行けば自分のものになるやうにしたい。かうして各方面の活動を充実してゆけば、共産主義よりも大きなことが協同組合の組織を通して実現することが出来るのである。オーストリヤの建築組合はとてもうまくやってゐる。

ずっと以前大阪の共益社賀川服を売出したが、上下二円七十五銭で売ることが出来た。夢のやうな話であるが、それでも当時賀川服の利益で二百四十の消費組合を組織した。

第三の払戻しを社会的に実行するのは国家と提携して行ふので、組合国家の組織をとるのである。オーストリヤでは組合と国家とがタイアップして、組合の利益を国家に返へし益々大きな設備を国家と共同でつくり、国民の利用に備へた。そして第一次世界大戦後最もみじめな敗戦につき落されたオーストリヤを、非常に早く立派な国家に再建させたのである。

△ ここには実践者賀川ならではの記述があります。資本の利益を優先し、保護する社会から、利益を払戻し、人々の生活の向上を優先する社会への転換は、協同組合の三原則を実践することによって可能になると言われています。そのとき、国家は富国強兵とは別の道をたどることを求められるでしょう。しかし民衆のそのような自助努力を抑圧すれば、重税による財政再建あるいは現代版富国強兵という過酷な道をとるほかはなくなるでしょう。

暴力的革命は日本を救ふものではなく、むしろ協同組合の組織こそ日本を救ふ唯一の道である。で、我々は日本協同組合同盟を組織し、一年間に二千数百の組合をつくることに成功した。この困難な経済的状態下において、協同組合運動をつらぬいてゆくことは、誠にむづかしく、幹部の人々は一方ならぬ苦労を背負ふことである。然し日本を救ふため、世界を救ふために、唯一の道である協同組合発達を期して我々は奮闘せねばならぬ。利益払戻しの運動こそ協同組合の持つ無血革命の最尖端を行くものであると云はねばならぬ。だが、精神革命なくして利益払戻の真理を民衆に徹底せしむることは出来ない。意識開発の無い所に利益払戻の経済革命は起らない。産業革命としての協同組合は教育革命及び精神革命が先行しなければ成功はおぼつかない。私が精神革命の必要を叫ぶのもこゝにその理由がある。

△ 賀川は革命を否定しているのではなく、その内実を指し示していると言うべきことのように思われます。資本主義社会では、税金を支払うこと以外に利益払戻の義務はありません。しかし協同組合は、そもそもの仕組として利益の払戻しを行います。そこに賀川が考える革命の内実があります。そしてそれは民衆の意識変革がなければ実現することではありません。賀川は日本と世界を救う唯一の道として協同組合運動の発展に期待をかけています。また協同組合運動は新しい産業革命であると見なされています。


第三章 人格社会主義の文化的運営

第一節 教育革命

近代における社会的民主主義または産業的民主主義は、「我」の自覚、即ち個性の宗教革命に依る目覚めと、機械文明の進歩と、教育革命とに依って著しく進歩した。

教育革命が、一七八九年、フランスの大革命と同じ時代に行はれた。スイスのペスタロッチに依って、普通教育運動が興り、共産党宣言の出た一八四八年には幼稚園の教育が、フレーベルに依って初められた事も、意義の深いものがある。

ペスタロッチの思想を受けた、ポウル・ナトルプが、教育社会主義を主張し、総べての民主主義は、意識的自覚の上に基礎を持ってゐるから、普通教育の徹底のほかに真の民主主義は無いと主張してゐることによっても、如何に教育革命が近代民主主義の運動に、貢献したかゞわかる。

△ 資本主義の発達と普通教育の実施との間には密接な関係があります。科学技術の発達は産業の様相を変え、学校教育は国民の義務とさえなりました。そして資本家は学校教育が労働者の資質の向上に多大の貢献をすることを見出しました。しかし学校教育は、同時に「小国民」の育成であり、国家有為の人材の育成に資すべきものと見なされ、愛国心の注入が学校教育の中核に位置づけられることにもなりました。普通教育と普通選挙とは、国民教育と国民主権(という名の体制への参画)という傘をかぶせられることによって、初めて公認されるものとなったと言えるでしょう。近代の教育および政治は、広い意味でいわば「動員」のための教育、そして「動員」のための政治であるという側面を持っています。従って、教育の資本主義的、国家主義的な側面を看過し、単にそれを理想主義的に理解するだけでは問題を見誤る危険性を持っています。しかし教育は諸刃の剣です。その同じ教育によって批判的革新的な思想の持ち主も生れて来るからです。

流血革命は一時的である。それを突変趨異と考へるならば、教育的社会進化の方法は、正系発生による社会進化の方法であり、また精神的に社会遺伝因子を保存する方法である。

△ 流血革命は突然変異のようなものであるというのは面白い言い方です。それに対して賀川は教育による社会進化に「無血革命」の可能性を見ています。しかし教育という社会的遺伝子の保存方法が社会を変える力を持つためには、単に量的に教育が普及するというだけでは十分ではありません。日本の学校教育の現状がそれを物語っています。

婦人や子供が、民主的取扱ひを受け得る様になったのは、全く教育革命のお蔭であると云ってもよい。一八三〇年代、ジョン・スチュアート・ミルが、「婦人解放論」を書いた時には、いまだ英国に高等教育を受ける女性は少なかった。勿論子供などに幼稚園と云ふものはなかった。教育の革命に依って、世界の人類の半数を占める女性が解放せられ、更に人口の過半数を占める子供が、人間としての尊厳を認められ、普通教育は勿論のこと高等教育まで受け得るやうな道の開らかれたことは、人格的社会主義運動にとって一大礎石を据えたことと云はねばなるまい。階級闘争によるよりも、教育革命に依る人類の解放が、階級制度の破壊にどれだけ役立ったか知れない。

△ 大局的に見れば、教育が人類を解放すると言えるでしょう。しかし教育の絶大な効果を知る権力は、教育の主導権を手放そうとはしません。教育は国家と資本に役立つときには奨励され、パウロ・フレイレの言う「銀行型教育」(被抑圧者の教育学参照)が施されます。しかし民衆の解放のための教育は、決して普及しているとは言えません。賀川は自然科学の研究や教育の実践はあくまでも中立的であると考えているように見えます。今から見れば、賀川は戦後民主主義という幻想のうちに身を置いていたと言えるでしょう。

今日の技術文明は、最も進歩したる科学的訓練の上に乗っかってゐる。マルクスやレーニンがいくら主張しようとも、たゞ単に唯物的な物品の取扱ひだけでは、高度の自然科学の発達はあり得ない。それは永年にわたる技術的探究の結果、精神的訓練を経て始めて到達し得る意識開発の結果である。支那事変の時、日本には石油の学者が僅か二十七人しかなく、米国には七千人居ると新聞が報道した事があった。米国の技術文明の進歩は、全く技術者の大量的教育に負ふ所が多い。機械文明は、人間が最初機械を作り、二次的には機械が機械を作る様になる。然しマルクスが考へる様に、機械が人間を作る様な時代は絶対に来ない。機械と共に生活する事に依って、その機械を進化せしめ、人間の手足の如くに、本能的にこれを使用する技術を学び取る事が出来る。アメリカにおける高度の機械文明は、機械が人間の本能の一部になってゐる事である。これが、生物化学の進化によって医学、衛生学が進歩し、米国における死亡率が減退し、長寿者がふえた事は全く驚くべきものがある。

△ 唯物的に物品の取扱いにこだわるから唯物論者なのではありません。その意味では、資本主義社会の方が物品(商品)への執着を持っていると言うべきでしょう。マルクスは本当に機械が人間を作ると言ったかどうかは別として、機械的環境が本能の一部になって、人間が機械と共棲する時代が来たということはできます。視覚、聴覚、手や足の運動など、人間の感覚や運動は、機械の助けによって飛躍的にその能力を拡大してきました。遂にはコンピュータの出現によって、人間の判断や思考の能力まで機械が補うようになりました。また生物化学の進歩は遺伝子の操作のレベルにまで達しています。しかし科学技術の進歩は世界に平和をもたらしたでしょうか。アメリカはイラク戦争では劣化ウラン弾を使い、アフガニスタンでは無人爆撃機を使用しています。人間は機械なしに生活できないところまで来ていますが、機械によって人間性が向上したわけではありません。

たゞ、おくれてゐるのは心理学と社会科学である。もしも我々が、科学フィルムを高度に進歩させ、胎生学、比較解剖学、地質学、岩石学、原子物理学、天文学の各方面に、宇宙の生成及び動物個体の生成を、視覚に訴えて教育し得る時代がくれば、今日の教育に革命的な速力を加へ得ると思ふ。

△ 最初の行では心理学と社会科学の遅れが指摘されますが、次の行からは科学教育への視覚教材の利用とその効果が強調されます。賀川の頭の中にその二つが同時併行的に存在しているのでしょう。そこに賀川の思考法の複眼的とも言うべき特徴があります。

幼児時代の感覚の敏感なる時代に自然観察を指導すれば、子供らは、小学校に行く前に、植物、昆虫、小鳥、小動物に関する生成の神秘を、最も愉快に観察し得て、恐らく一生の中で最も幸福な時期を送り得ることであらう。フランスの学者ファーブルが彼の名著「昆虫記」に記載してゐる様なものを全部子供らに見せる事が出来る。それがやがて、将来の世界を創造する上に一大支柱となることは疑う事は出来ない。私は、人格的社会主義運動における社会経済運動においても、教育なくして真の解放は無いと思ってゐる。社会革命も教育革命にその原動力を持つ。利益払戻の原理を教へなければ、経済革命は決してやって来ない。

△ 賀川は、マリア・モンテッソーリ同様の、「敏感期」の考えを持っていたと言うべきでしょう。「子どもは大人の親である」と言われるように、どういう子ども時代を過ごしたかということによって、その人がどういう大人になるかが決まってしまいます。幼児教育は世界平和の土台づくりであると、モンテッソーリも考えていました。

西洋諸国の協同組合大学では、協同組合の理論は勿論の事、商品学、市場学、簿記会計に至るまで、徹底して教へてゐる。この教育運動なくして、協同組合運動の発展もなく、世界における人格的社会主義運動も絶対に発達しないと思ってゐる。これは英国におけるラスキン労働大学及び英国労働組合運動に就いても同じ事が云へると私は思ふ。

△ 大学を含めて学校が「教育組合」によって運営されるようになれば、学校教育は国家の管理から独立することができるようになります。しかし公立学校は国家(文部科学省)や地方教育委員会によって管理されるのが当然であるとする思想が、根強くはびこっています。管理主義的愛国主義的教育の障害物となり得る日教組などは、文部省との協調路線に転換したあとでも、右翼などによって眼の敵にされています。そのような環境のもとでは、「平和教育」自体が危険思想と見なされることになります。

世界における教育運動は、ソクラテス、プラトン、アリストテレスの時代から近代にいたるまで、決して唯物的な動機によって進歩したものではない。紀元十二世紀における、フランスのベルナードの修道院教育にしても、美しいサンタクロースの神話を生んだ中世紀(ママ)の人道主義者グロート、有名なる「キリストの模範」の著者トーマス・ア・ケンピス及び、万国公法の創始者の一人エラスムス等が属してゐた。協同生活の兄弟団のごとき人々の教育事業を見てみると、近代の教育制度を生むまでは多くの犠牲の血が払はれてゐることがわかる。

協同生活の兄弟団は、貧しき子供らの為に無料で授業をした修道者の団体であった。その美しい献身が、サンタクロースとして今日クリスマスの神話に残ってゐるのである。このサンタクロースの精神こそ、人格社会主義の権化であると云はねばならない。

△ 賀川は修道生活の積極的意義を見逃していません。日本で言えば比叡山延暦寺が多くの優れた僧を輩出したことを想起すべきでしょう。世俗を脱して宗教的な共同生活を営むことは、精神的かつ知的な開発だけではなく、福祉の増進を伴うものでした。また賀川はサンタクロースに「無償の贈与」という古来の宗教的観念の象徴を見出しています。人格社会主義の根底にあるものは、この古来の宗教的感覚(神の恵み)であるということなのでしょう。しかしその感覚は特定の宗教の占有物ではありません。サンタクロースが宗教の違いを越えて世界中に拡がった理由はそこにあります。

第二節 人格社会主義の科学対策

1 搾取の科学

科学的社会主義と、マルクスは彼の経済学説をさう呼んだ。そして、唯物論と唯物弁証法と唯物史観が最も科学的であると考へた。私は資本主義の解剖については、彼の経済分析が妥当性を持ってゐた事を肯定する。それは先にも述べたとほり、搾取と云ふものを中心として発展せしめた資本の集積、資本の集中に関する発展過程については分析的に成功してゐると思ふ。しかし、搾取といひ価値と云ふ真理的(ママ)な言葉を使用してゐながら、それが全部唯物的に説明出来たと云ふ所に科学的ならざる所があると思ふ。利己的搾取制度を発展させれば、たしかに集積も集中も起って来る。しかし、それでは先にも述べた如く利益払戻しの経済学を説明する事は出来ない。そこにマルクス・レーニン経済学の非経済学の非科学性がある。マルクス人間学はマキャベリーが考へたと同じく、人間は生れつき利己的な動物である。武力、暴力を用ひる他に社会に新秩序を与へ得ずと言って、始めから社会性をみとめてゐないのである。この非他愛的な、したがって非社会的な動物を、如何にして社会的に組織するか。その科学的社会学の基礎は、マルクス経済学においては露程もみとめられない。

△ マルクスの経済分析は妥当性を持つと言いながら、賀川が、資本論の中身にどこまで踏み込んでマルクスを論じているのか甚だ疑問です。またマルクスが世界の労働者階級の「団結」の必要性を説いたことに対しても、何の顧慮も払っていません。

マルクスには搾取経済学はあるけれども、団結社会学と云ふものは、全く説明されてゐない。くりかへして云ふ。マルクスが人間を商品として取あつかふ関係上、唯物経済学はあるけれども、科学的社会学はない。この意味においてマルクスの科学的社会主義に根本的疑義を持ってゐる。団結の原則は、連帯意識性による他愛心に求むべきである。マルクスはその社会学を自己主義的、功利主義に求めんとしてゐる。そこにソクラテス、プラトーン、アリストテレス等が古代ギリシャのエピキュロス学派を批評したと同じ古い議論がくりかへされなければならない。

△ 資本主義社会は労働力商品をつくり出し、またそれを必要とします。マルクスはその事実を指摘した人であって、マルクスが人間を商品として取扱っているのではありません。賀川は何か見当はずれのマルクス批判を展開しています。

マルクスが心は物質の分泌物であるとし、総ての思想は、唯物的経済上の利益関係を反映したものにしか過ぎないと考へ、さらに、この唯物弁証法的思想を限定して、唯物的生産の形式が文明文化を主として決定すると主張する唯物史観なるものを産み出した。これらの学説の誤謬を私は第二篇に於て指摘したから、こゝにはくりかへさない。

△ 柄谷行人が『世界史の構造』において主張するように、歴史においては生産様式ではなく、交換様式が決定的に重要な意味を持つという意味では、マルクス主義者の今日までの主張は再考されるべきでしょう。しかし事柄が唯物論批判の問題であるなら、そこには簡単に片づけられない問題があります。人間存在というものを、遺伝と環境と努力という三つの観点から捉えるなら、人間の主観的な努力、すなわち心の働きだけを強調することには無理があります。唯心論か唯物論かという二者択一の問題の捉え方それ自体を疑ってみる必要があります。唯物論を批判すればそれで済むという問題ではありません。

2 進化と他愛精神

マルクスの唯物共産主義は、人間の他愛的精神にもとづく社会組織をユートピヤとしてのゝしる悪いくせを持ってゐる。従って彼は、チャールス・ダーウィンの機械的、偶然的、唯物的自然淘汰を絶対真理として、階級闘争説に組み入れた。こゝにも彼の誤謬がある。性の淘汰、ミズンネフロスの進化、ゾナレデアーターの発達、胎盤の進化、乳腺の進化等の研究を盲目的生存競争ならざる宇宙の底に秘められたる保護と、他愛的精神の進化をみとめざるを得ない。ヘンリー・ドラモンド(多分、次の人物のこと)の母性進化の研究、クロパトキンの相互扶助論、ベルリン大学教授アルファーデスの動物社会学、ホイラーの昆虫社会学、エルトンの動物生態学、コルターの性の進化等の研究を見てもわかる如く、マルクスが非科学的と考へた動物の他愛的精神が、無意識的本能をつらぬき、意識的相互扶助にまでのびあがってゐるのに、私はむしろ科学性を考へるものである。

高等動物になる程大脳皮質が発達し、博愛精神が増加してゆく事を、神経学者は吾々に注意してくれる。だから博愛的になることは非科学的であると云ふ理屈にはならない。

△ 人間の歴史的現実を見るならば、残念ながら、人間は博愛精神へと益々進化していると言うことはできません。生物の種の保存への努力には目を見張らせるものがありますが、この地上に人間が登場して、世界は益々良い方向に進んでいると言うことはできません。人間は環境に対して益々破壊的にふるまっているとさえ言えます。戦争は続き兵器の開発はやまず、弱い者たちが叩きつぶされ陵辱されています。人間という高等動物の存在自体が、今や地球の癌、生態系のあからさまな破壊者となりつつあります。(なおヘンリー・ドラモンドとは、次の人物のことと思われます。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Henry_Drummond_(1851%E2%80%931897)

3 撰択の科学

「心」と「物」とは同一のものであると、唯物論者は云ひたがる。さう云ふ人は、ブリキ缶と高速印刷機械が同一の物であると云ふのに等しい。なるほど、両方共鉄で出来てゐるから等しいと云ふのにも理屈はあるが、然し、撰択の程度と種類が違ふ。エネルギーの上に加へられたるわずかばかりの撰択によって、物質は力の塊りとして空間をしめる様になった。動態エネルギーが位置エネルギーにおきかえられたものが物質である。その位置エネルギーの塊を更に撰択に撰択を重ね、幾千個の部分品を、幾千の撰択的過程をもって統一体に造りあげる合目的性を持って、部分品を組立てた物が高速度印刷機である。物と心との差は、撰択と目的の差である。物質とても撰択によって出来上ってゐる。しかし心の出現は、高速度印刷機のやうな簡単な撰択性によったものではなく、幾百万、幾千万の撰択性の集積及び集中の結集体が心になってゐるのであって、この驚くべき高次元の撰択性を考へないで、物質と心とを、混同するのでは困る。この点マルクスは非常に非科学的であると思ふ。マルクスは経済学を自然科学的に取扱はんとした。こゝにも非科学的な誤謬があった。

△ 『資本論』は経済学を自然科学的に取扱おうとした書であると言われたら、どれだけの人がそれに賛成するでしょうか。それはイギリスの古典派経済学を下敷きにした経済学批判の書であって、自然科学的なアプローチが特に採用されているわけではありません。そこに論点のすり替えがあります。賀川はとにかく「唯物論」を批判したいのでしょう。そして心の精妙さを力説したいのだと思われます。

マルクスの時代は心理学と云ふものが進歩してゐなかった。私は経済学を経済心理学の立場から取扱ふのが一番安全であると思ってゐる。歴史は傾向心理学として扱ふべきものであり、社会学は、群団心理学として取扱ふべきものであると思ってゐる。この傾向分析と群団現象と(を)未来の方へ延長しただけではまだ不足である。どうしても批判科学的倫理性が哲学的要素と一緒に加へられなければ、計画経済にはならない。歴史経済学は、傾向的心理学であり、社会経済学派は群団心理経済学派であると私は考へてゐる。然し計画経済は批判経済であり、また同時に倫理的経済学であるとも云へよう。この歴史的、心理的、哲学的の三つの総合なくして、唯物的にのみ科学を取扱はんとする科学主義には私は絶対に賛成しない。

△ ここだけ読んでも賀川が何を言いたいのかはっきりしません。しかし経済現象が人間の欲求と無関係な単なる物量や金銭の流れでないことは確かです。従ってそれを学際的、総合的に把握しなくてはならないとは言えるでしょう。その意味ではマルクスは広い視野から経済学に取り組んでおり、賀川が目くじら立てて対決すべき人であるとは思えません。ただしサルトルがマルクス主義を現代における唯一の世界観であるとしながら、『弁証法的理性批判』において人間集団の多様な展開について考察する必要性を感じたように、賀川も「群団心理経済学」という学問について、ある種の構想を与えられていたのだと思われます。それをマルクスの思想に内在して展開しなかったところに、賀川の限界があったと言うべきでしょう。賀川は、結局、マルクスを外側から眺めているに過ぎません。

4 合目的性論理と自然科学

盲目的唯物経済主義は、スポーツが持つ様な合目的性を始めより否定するから、主義として学問をすると云ふことは許されない。唯物主義的労働者が労働意欲を欠く如く、宇宙は盲目的であると断定するならば、科学する意慾を失ってしまふだらう。トーマス・エヂソンが死ぬ前に、科学と宗教との調和の必要をさけんだのも、全く合目的性の科学的探究を現代人に与へたかった為だらう。目的のない機械は一つもない。宇宙が機械だとすれば、宇宙に目的があるはずだ。目的をさがす科学は宝さがしの様に面白い。それを始めから、宇宙に目的はないと、独断的に判定を下すマルクスの科学的対度(ママ)は、科学する対度を冷却させてしまふ。

△ 今日、自然科学は工学的様相を帯びていて、国家の目的(国策)や資本の目的(利潤)の達成のために貢献すべきものとされています。しかし賀川は「宇宙の目的」を探究する必要を説きます。そしてその観点から、マルクス主義経済学は物質それ自体の盲目性(非目的性)に立脚する点で、「主義としての学問」ではないという一見奇妙な主張を展開しています。人格主義こそが唯一、真に「合目的的」であると言いたいのでしょう。

発明のない所に進歩はない。科学的社会主義の名を借りて、唯物弁証法のみが自然科学であり、その他のものは総て偽科学であると断定を下す狂信的論理学は、科学そのものゝ発達を阻止するものである。吾々はあくまでも独断的妄信主義より、自然科学及び社会科学を解放して真の科学的社会主義を樹立せねばならない。

△ ソ連邦においてドグマ化された「唯物弁証法」には甚だ問題があったということは、今や明らかです。しかし賀川のように「宇宙の目的」を設定する科学こそが真に科学的であると言うならば、それもまた独断的です。科学と主義とは切り離して考えるべきものであって、「宇宙の目的」は信仰の範疇に属しています。

経済学が、傾向心理学と社会心理学の上に発展し更に哲学的基礎を持つとすれば、人格社会主義の内容こそ、最も科学的社会主義であると云ふ事が出来るのである。

△ 賀川は自分の学問(主張)をイデオロギー的、あるいは「主義的」対立の領域に持ち込んでいます。しかし社会科学には種々の立場があり得るのであって、唯物弁証法のみが真の社会科学的立場を保証するというかつてのテーゼは、今日では最早成り立ちません。経済学は心理学でもあるという賀川の主張にも一理あります。

第三節 人格社会主義の芸術対策

世界の芸術史に、唯物論と唯物弁証法が基礎になった大文学、或ひは、偉大なる芸術のあった事を私は聞いた事が無い。一八四八年代の狂風怒涛時代の、ドイツ文学に、優れた傑作が、唯物論的に書かれたと云ふことを私は聞いてゐない。一八七一年代の第一インターナショナルの文学についても同じことが云へる。一九一七年以後のロシヤ文学に、トルストイやドストエフスキーの様な、偉大な作家が出現したと云ふ事も私は聞いてゐない。

△ 文学は物語能力や想像力に根差しています。その意味で科学よりは神話に「親和的」であると言えます。賀川自身が小説を書きましたが、主義や主張が前面に出ているためでしょうか、その作品は文壇から無視されました。社会主義圏に偉大な文学が生れなかったとすれば、それは思想統制、あるいは当局による作品の検閲が強すぎたためであると言うこともできます。芸術は精神の自由を要求します。

自然主義文学は、決して唯物論や唯物弁証法の枠に入った文学ではない。それは自己反省の文学であり、本能と理想が、苦悩する精神的深刻さを持ってゐる。そこに告白文学の偉大さがある。

△ 日本では自然主義文学は私小説へと矮小化されてしまったと言われています。理想が稀薄であったためかも知れません。

もし総べてが物質的偶然であるとするならば、文学や芸術の生れ出る必要はない。ギリシャ文学やギリシャ芸術の偉大さは、霊と肉、神々と人間との闘争を、描き出したところに、我々に深く教へるものがあるのである。解放文学も、真実と自由への戦ひを描く所に長所が発見せられるのであって、理想はなにも無い人間が、たゞ喰はんが為に地獄で苦しんでゐるとだけの報告文学に終るならば、それは新聞記事よりも劣ってゐる。

△ マルクス主義者は物質的偶然ではなく、物質的必然を説きます。唯物論に対する賀川の予断と偏見がそこにあります。しかしそのために解放の思想が、革命後、統制の思想に切り替ってしまったのは、社会主義の悲劇であると言うべきです。社会主義リアリズムが芸術として成功しなかったとすれば、「物質的偶然」の思想のためではなく、むしろ物質的必然性への過度の信頼にあったと言うべきでしょう。

世界の芸術史の一般から見ても、精神の苦闘史のない所に、偉大な芸術の生れたためしがない。ギリシャの三大悲劇作者、アスキラス、ソフォクロス、ユリピデスが、今日なほ我々の心霊をゆり動かす理由は、地上の人間が天上の神々に向って解放を要求し、宿命的鉄鎖に対する反逆を描いてゐるからである。共産主義の文学が、同じ反逆文学であっても、物質が物質に対する反逆位では後代に残す何物もない。盲者が、光を見たいと云ふ要求にこそ、深刻なる芸術が誕生するのである。汝の運命に甘んぜよと、唯物史観的決定論を芸術に組込んで見ても、それは芸術にならない。江戸文学の西鶴には、未だ諸行無常の仏教哲学がその背後に残ってゐた。肉体文学を、唯物主義の文学として、これこそ新らしき解放文学だと呼ぶならば、井原西鶴は泣くであらう。

△ ドラマは葛藤(ストラグル)であるという原則はテレビドラマにも貫かれています。キリスト教やマルクス主義のドグマに忠実な文学が面白くないのは、赤裸々な人間の真実が描かれたり、奇想天外な物語が展開されたりするというよりは、そこに「教化」の企図が隠されているからでしょう。反逆の文学の面白さは真実とされているものの仮面を暴き出すからです。賀川はここでも共産主義は人間を物質と同一視するという一貫した予断に基づいて、そこからは深刻な文学は生れないとしています。

偉大な理想のない処に、偉大な芸術は生れない。ホーマーが読まれて、ヘシオッドがかへりみられない理由もこゝにある。モーパッサンが流行と共に捨てられて、ビクター・ユーゴーが永久性の本質をもってゐるのも全くこゝにある。

△ 理想が高ければ偉大な文学が生れると言われています。しかし問題はその理想の高さを下支えする民衆のエートスにあるでしょう。精神的基盤(共鳴盤)がないところに高い理想は生れてきません。それは芸術家個人の資質だけの問題ではありません。

社会主義の文学だからと云って、総べての文学が、ゾラ張りでなければならないと云う事はない。むしろ私は、ドフトエスキー(ママ)の「罪と罰」の主人公ラスコオールスニコフ(ママ)の如き人格にこそ、社会主義的性格の新らしき型を発見すべきだと思ふ。

△ ラスコーリニコフが無神的虚無的人生観の極北に精神の曙光を見出したように、賀川は唯物論的社会主義の明日への希望をそこに托しているということなのでしょうか。

芸術は、物質の奥に法則を探がし、やがて印度のリッグダヴェダ(ママ)を生み、現実の奥に表徴を求めて、ベルギーの文豪メーテルリンクの「青い鳥」が生れ、ダンテ・アウゲリーの「神曲」として、万代不易の大文学となった。物的宿命の奥に、変転自在の世界を探がしては、ホーマーの「オディセイ(ママ)」「ユリシス」が生れ、印度の宗教劇詩「マハバラーター」や「ラマヤナ」が二千数百年間、印度数億の民衆の口に呪文として繰返へされるのである。

物的色相の世界を離れて、神の真実に生きんとして聖書文学も生れて来れば、マホメット教の「コーラン」も書かれた。物的虚栄の巷よりのがれて良心の狭き門に入らんとしたのがジョン・バンヤンの「天路歴程」であった。

△ 宗教的芸術的に表現される人類の精神的伝統をご破算にして、全く新しく科学的社会主義なるものが生れて来るなどとは考えないということでしょう。それにしても、ここに表現されている賀川の思想は「キリスト教原理主義」から程遠いものがあります。むしろそれは日本人の「常識」に近いものがあるとさえ言えます。

理想のない所に、詩は生れず、神のない所に真の芸術は誕生しない。愛は戯曲の母であり、自由は創作の火である。愛と自由をうばへば、その日に芸術の総べては消滅する。文明の総べてを、唯物弁証法唯物史観によって片附け、愛と自由が唯物弁証法の生んだ私生児であるとするならば、歴史は総べて化学方程式で書けば足りるであらう。この迷妄をぶち破るために、新しき文学が生まれねばならない。ソクラテスが唯物論者のデモクリトス学派を論破した様に、我らは新しき時代のプラトン対話篇を書く必要がある。

人格社会主義の創成は、永遠の創造を意味する。この意味において、人格社会主義の時代にこそ真の芸術が生れ、永久の文学が誕生するであらう。

△ 歴史的科学的探究の公理と化した「唯物弁証法」なるものに、人類の未来を切り開く真理が秘められているなどということを、今でも頑なに信じている人はスターリニストであるに違いありません。しかし多分に精神主義的な賀川の人格社会主義が、それに代わる唯一の思想であるとするには、今日の世界は余りにも剣呑であり、人間への信頼を裏切る出来事に溢れています。人間の歴史はおそらく「主義」なるものによって変革されるほど単純なものではないのでしょう。だがしかし「愛と自由」はそれぞれの人生の課題として伏在しており、それぞれの人の苦闘の中で開花することを待っています。


第四節 人格社会主義の道徳対策

支那には、古い時代から、社会主義思想があった。商子の書いたものを見ても、墨子の「兼愛説」をしらべても、人格社会主義の種子は、すでに漢時代前に孕まれてゐる。

イスラエル民族の預言者達の思想を見れば、彼らも明らかに、人格的社会主義の方向に向ってゐた事がわかる。預言者アモスは農民の解放を叫び、預言者エレミヤは勤労階級の為に、王者に向って、賃金の支払ひを要求してゐる。レビ記、申命記を読むと、生命の尊重、労働の尊厳がをしえられ、奴隷に対しても、一定の時期にこれを解放すべきことを教へてゐる。預言者エレミヤは、ヨベルの年に、奴隷解放をなすべきことを王ヨシアに進言し、王は一旦その言葉を聞いたが、資産階級がこれに反対し、一旦解放した奴隷をまた捕へて使役したことが、ヨスフスの「ユダヤ古代史」に書いてある。ユダヤ民族の建国物語が、エジプトよりの宗教的奴隷解放ではじまってゐるのであるから、預言者エレミア(ママ)が、奴隷解放を叫んだとて、不思議ではない。しかし、アブラハム・リンコルンの奴隷解放に先んずること二千四百五十年前に、宗教的立場から、人格社会主義の政策を取り、神の正義は奴隷解放に組しないものを罰したまふことを、国民の前に宣言する、その勇敢なる態度には、全く驚嘆にあたひするものがある。

ユダヤ民族が、再び国土を失ひ、バビロンに捕虜になってからは、更に社会連帯意識性が強まり、その倫理生活は、必然的に社会主義的傾向を帯びた。今日、預言者イザヤの残した文学として、伝はってゐるものゝ中には、この驚くべき連帯意識性の自覚が示されてゐる。西洋の批評家によって、第二イザヤと云はれてゐる部分は、最も近代的な連帯責任の意識を持つものが、弱者の為に、贖罪愛の実践をなすべき事を教へてゐる。これが、やがてイエス・キリストの精神生活に反映したことは歴史上の事実である。

△ 中国の社会主義思想の芽生えを論じた賀川は、一転してユダヤ・キリスト教の伝統に目を向けます。歴史は人格社会主義の実現に向って進んでいるというヴィジョンがあって、それを解き明かそうとしているのでしょう。

初代キリスト教会が、始めから消費的共産主義の生活を行ひ、使徒ポーロが、ヨーロッパから、アジアの飢民を救ふたまえに、国際社会事業を開始したことを、彼の書簡に詳しく記載されてゐる(▽)。それで、キリスト教は、その出発から無産者間の互助愛運動として始まった。エジプトのアレキサンドリヤ市に住んでゐた、五万人ばかりのクリスチャンが、殆んど、同数の貧民を救済してゐたことが、ユーセピアス(ママ)の信仰史に書いてある。

△ パウロがエルサレムの教団に義捐金を送ったことを指しているのでしょうか。なお、原始キリスト教団の「消費的共産主義の生活」がどこまで一般的で、かつ持続的なものであったかについては、疑問が付されています(使徒行伝4:32−35参照)。

星は移り時は変っても、キリスト教会の歴史には、社会愛の記録が不思議に多い。それを強いて、時代的に区分するならば、第一期消費的社会愛時代、紀元一世紀―四世紀、この時代は局所的に精神主義的共産生活を送った。第二期生産的社会愛時代、紀元五世紀―十一世紀、この時代は、ベネディクトの修道僧を中心にして、ヨーロッパの農村指導にあたり、各種の生産事業に尽した。第三期、教育的社会愛時代、紀元十二世紀―十三世紀、この時代の特徴は、ベルナード修道院を中心にして、ヨーロッパが始めて教育事業に目醒めた時であった。第四期、下座奉仕社会愛時代、紀元十四世紀、十五世紀、中世紀の最暗黒時代にも、アッシシイ・フランシス(ママ)の下座奉仕が、やうやく徹底し、覆面看護婦のごときが現はれ、貧家の病人を無料で何日間も世話する人々が現はれたり、団体を組んで他の村まで行って橋や道を造る、下座奉仕の運動が、キリスト教会で行はれた。第五期人道主義的社会愛時代、紀元十六世紀―十八世紀、宗教改革の結果、新約聖書が盛んに読まれ、キリストの山上の垂訓を、日常生活に実行せんとする人道主義者の団体が各地に出現した。ライン河の上流では、ヤコブ・フッテル、ライン河の下流においては、シモン・メノール(ママ)の如き、戦争を否定し、私有財産を禁じ、キリスト教社会主義の実践を、今日に至るまで、四百年間継続してゐる運動が始まった。エラスムスも、同じ様な傾向を取って、人道主義を主張するに至った。万国公法が、こゝに生れるに至った。第六期キリスト教社会主義時代、十九世紀以降、サン・シモンロバート・オウエンの空想的社会主義者に刺戟せられて、機械文明に適用したるキリスト教社会主義運動がうまれ、一方において、セント・ジョージズ・ギルドを作り、新らしき理想を、大地に生かさんとするものもあり、また他方においては、消費協同組合運動にこれを生かさんとしたマウリス、ルッドロー、チャーチ等もあった。この運動が、カトリック教会に波及し、カトリック労働組合が生れ、カトリックの社会主義同盟が誕生するに至った。

△ 私も西洋のキリスト教史をいくつかの時代に区分することを試みました(六区分のキリスト教史目標管理的経営と教会の六つの変換モデル参照)。賀川はここで「社会愛」の実践という観点から、西洋キリスト教史を六つに区分しています。それを繰り返すと、第一期(紀元一世紀―四世紀)消費的社会愛時代、第二期(紀元五世紀―十一世紀)生産的社会愛時代、第三期(紀元十二世紀―十三世紀)教育的社会愛時代、第四期(紀元十四世紀、十五世紀)下座奉仕社会愛時代、第五期(紀元十六世紀―十八世紀)人道主義的社会愛時代、そして第六期(十九世紀以降)はキリスト教社会主義時代となります。最後の第六期は社会主義的社会愛時代としても良いでしょう。キリスト教の教派の違いを賀川が無視していること、そして異端的とされた中世の民衆運動をも視野に入れていることに注意すべきです。賀川が正統主義的な教会論の狭く限定された視野から自由であったことを示しています。社会愛の実践こそが賀川の主要な関心事でした。このような観点からすれば、人格社会主義こそ社会愛の究極の達成を意味することになります。私は社会愛の実践ということに「地の塩の神学」を見ています。それは一種の「否定神学」であって、何にせよ自分の思想を誇示することとは無縁の筈の立場です。

機械文明が出現するに至って大都市が形成せられ、貧民窟が生れ、社会問題がやうやく日用生活に重大なる影響を持つ様になった。不良少年は激増し、ギャングの勢力が政治にまで影響を持つ様になった。資本主義の罪悪は彼らと共に露骨となり、唯物共産主義者は、道徳の総てが物的生産の形式によって、主として決定せられると称する様にまでなった。しかし、先にものべたとほり、道徳の発達は、かならずしも物的環境の原因のみによって起るものではない。性慾問題、権力問題、人間相互の社交問題等は、直接物的環境につながってはゐない。殺人、姦通、虚偽の問題は、モーゼの十誡においても古くより罪悪とせられてゐる。これらの生命の毀損、性慾の紊乱、社会真実性の欠損は、原始社会における連帯意識の発芽であって、人類が成長する為には、この方向を取らなければならない基礎行為であった。

△ 最後の行には脱落があります。「これらの生命の毀損、性慾の紊乱、社会真実性の欠損の禁止は」とすべきでしょう。そして賀川がそれを「原始社会における連帯意識の発芽」であるとしていることは、きわめて重要です。キリスト教では、普通ならそれは神の啓示とされ、絶対的なものとされてきたことだからです。また道徳を「社会連帯意識」の問題であるとするところに賀川らしいものの見方があります。

盗むな、貪ぼるな、といふ十誡の二つのいましめも、財産に関する社会的な連帯責任から生れた事がらである。台湾の生藩の間においても十誡の教へる対人対物のおきては、厳守されてゐる。たゞ、その社会視野が狭い為に、その道徳率(ママ)は部落をこえることが出来ない。部落以外の者はただちに殺してもよいことになってゐる。社会連帯意識性が拡大せられると共に、道徳の範囲も広く深くなって行く。

△ 人間の「社会連帯意識性」が自分の帰属する集団内に限定されているということは、台湾に昔から住んでいる人々にだけ見られることではなく、人間一般に見られる性向です。道徳律は自分の帰属する集団内にだけ通用するものであって、他を顧みないということが、人間の道徳問題の根底に横たわる事柄です。戦争は人間のその姿を露わにします。外の者は殺してもよいと考えるのは何も「生藩」に限られたことではありません。

支那における小作問題は、日本における小作問題と内容が異ってゐる。支那においては唐の時代に井田の法が行はれ、農村によって異るけれども、耕地の何割かは、公田、祖田、学田として、共同経営地として、私有財産以外のものとして村有になってゐる。ところが、その世話人が、何時とはなしにその管理権を主張して、小作する者より年貢を取り、それを自己の物として納めてゐた。支那における小作問題は、多くこの公有地の小作人の管理者に対する反対運動より起ってゐる。

おそらく、かうした問題は協同組合組織が出来ても、その当事者が連帯意識性に目覚めなければ、繰りかへし繰りかへし引起される問題であらうと思はれる。いくら制度を社会主義化しても意識的に目覚めない間は、制度の下をくゞりぬけて、営利主義的搾取が新しい形で返ってくる。

△ 人間は自分の得になることであれば精を出します。自分が犠牲にされ人様に使われていると思えば、不満が鬱積します。特に多くの人が不公平な処遇を受けているとすれば、そこに社会問題が発生してきます。賀川は公平な制度を支えるための連帯意識性を強調します。そしてそれはあくまでも宗教に解決を求める賀川の一貫した主張です。

だから社会主義を発達せしむる場合に、いくら唯物弁証法や唯物史観をふりかざしても、精神的に生れ変る力が内部よりわかないかぎり、それは結局封建制度と何らえらぶところがなくなってしまふ。唯物共産主義の名にかくれて奴隷制度を再興するならば、それ程人類にとってかなしむべき事はない。世界における社会主義憲法で最もすぐれてゐるものはメキシコ憲法であると云はれてゐる。しかし、最も社会立法の実行せられてゐない所もメキシコであると聞いてゐる。スヰスでは時々刑務所に白旗が掲げられるさうである。それは刑務所に囚人が一人もいない時にせらるゝのださうである。スヰスの社会立法が、他の西洋諸国にくらべてすぐれてゐるとは聞かない。しかし、スヰスは昔から、宗教改革の源泉地であり、カルビン、ツイニングリー(ママ)、フッテル等を生み出した所である。また近代においては偉大なる教育家ペスタロッチや、世界的大科学者アインスタイン(ママ)の出た所である。かうした宗教道徳的感化や人格的影響が、スヰスの産業生活の上に絶大の影響を与へ、刑務所の上に白旗をかゝげるやうなうらやましい状態を生むのである。

△ 賀川は人間の精神の内発的進歩に問題の核心があると言います。社会主義の発達は、従って制度や法律によって保証されるものではないと指摘されます。この「精神的に生れ変る力」はキリスト教では「回心(conversion)」と言われてきました。ピューリタン革命のとき、教育は必ずしも回心を生み出すものではないという指摘がなされました。では、宗教的回心とは精神のいかなる変化を指しているのでしょうか。仏教では回心は「えしん」と発音されます。広辞苑には「邪心を改めて仏の正道に帰依すること」という説明があります。それが何を意味するのかを改めて検討する必要がありそうです。これを非宗教的に理解しようとすれば、柄谷行人の以下の陳述が役立つと思われます。引用が少し長くなりますが、それは賀川が無造作に「宗教」と呼んでいることの核心に関わる事柄として重要です。なお原注は*で、引用者の注は▽で示すことにします。

『宗教的な社会主義が優勢であった一八四〇年代に、プルードンは社会主義をまったく新たな観点から考えた。彼は「科学的社会主義」を唱えた最初の人物である。それは社会主義を、宗教的な愛や倫理ではなく、「経済学」にもとづかせるものであった。彼は、労働力商品にもとづく資本主義経済を、国家による再分配を通した平等化によってではなく、労働者の互酬的な交換関係を作ることによって揚棄しようとした。普遍宗教はまだ存在しない交換様式D(▽)を開示した、と私は述べた。しかし、プルードンは、交換様式Dを産業資本主義の中に実現する可能性を、もはや宗教にではなく、文字通り交換様式の実現、すなわち「経済学」に見出したのである。

△ 柄谷は交換様式A「互酬(贈与と返礼)」、交換様式B「略取と再分配(支配と保護)」、交換様式C「商品交換(貨幣と商品)」、交換様式DX」という基本的図式を提示します。その簡単な説明は以下の通りです。『交換様式A(互酬)を例にとろう。部族的な社会では、これが支配的な交換様式である。ここでは、富や権力を独占することができない。国家社会、すなわち、階級社会が始まると、この契機は従属的になる。そこでは交換様式Bが支配的となる。さらに、交換様式Cも発展する。交換様式Cが支配的となるのが、資本制社会である。だが、その過程で、交換様式Aは抑圧されるが、消滅することはない。むしろ、それは、フロイトの言葉でいえば「抑圧されたものの回帰」として回復される。それが交換様式Dである。交換様式Dは、交換様式Aの高次元での回復である』(『世界史の構造p. 13-14)。この図式に従えば、普遍宗教とはすなわち「抑圧されたものの回帰」、あるいは「交換様式Aの高次元での回復」の一形態であるということになります。

プルードン以後、社会主義者は宗教を否定するようになった。そのため、十九世紀末には、社会主義と宗教とのつながりは消滅してしまった。「科学的社会主義」を唱えたエンゲルスとその弟子カウツキーが、あらためて、社会主義と宗教的運動とのつながりを回復しようとしたほどに(*)。しかし、社会主義と普遍宗教の関係は複雑である。交換様式Dは最初に、普遍宗教というかたちであらわれる。それゆえ、社会主義にとって普遍宗教は欠くべからざる基盤である。だが、宗教というかたちをとるかぎり、それは教会=国家的なシステムに回収されてしまわざるをえない。過去においても、現在においても、宗教はそのようになっている。したがって、宗教を否定しなければ、社会主義は実現されない。けれども、宗教を否定することによって、そもそも宗教としてしか開示されなかった「倫理」を失うことになってはならない。

* カウツキーの『キリスト教の起原』や『中世の共産主義』(邦訳はいずれも法政大学出版局)は、社会主義運動の起原をキリスト教運動に見出す仕事である。

△ 「宗教を否定しなければ、社会主義は実現されない。けれども、宗教を否定することによって、そもそも宗教としてしか開示されなかった「倫理」を失うことになってはならない」というのは、なかなか込み入った論法です。しかしそこに問題の困難さが示唆されていると理解すべきでしょう。宗教には罪性の摘発があり、その否定性の契機を踏まえてのみ、道徳的社会を実現することが可能になります。しかし宗教が宗教である限り、特定宗教への帰属という形で、人間が逆に宗教に支配されるようになります。権力者は宗教のその側面を利用して、人民の統治に宗教を利用することになります。

私の考えでは、プルードンに先立って、宗教を批判しつつ、なお且つ宗教の倫理的核心すなわち交換様式Dを救出する課題を追究した思想家がいる。カントである。彼は、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」という格率を普遍的な道徳法則であると考えた。それが実現された状態が「目的の国」である。カントはつぎのようにいう。《目的の国では、いっさいのものは価格をもつか、さもなければ尊厳をもつか、二つのうちのいずれかである。価格をもつものは、何かほかの等価物で置き換えられ得るが、これに反しあらゆる価格を超えているもの、すなわち価(あたい)のないもの、従ってまた等価物を絶対に許さないものは尊厳を具有する(*)》。

* カント『道徳形而上学原論』篠田英雄訳、岩波文庫、一一六頁。「目的の国」という場合、カントは「国」をつぎのように理解している。《私は国というものを、それぞれ相異なる理性的存在者が、共通の法則によって体系的に結合された存在と解する》(同前書、一一三頁)。

△ 価格をもつか、あるいは尊厳をもつかということは、存在者を置き換え可能な所有の相において、手段となしうるものとみなすか、それとも取替えの利かないそれ自体の相、存在の相において、目的とみなすかということでしょう。カントがその格率(maxim)において「同時に」と言っているのは、「目的の国」では、存在者はその二重性において我々に立ち現れるということを意味します。俗にお金には換えられないと言われるのは、そのもの自体の価値(目的的価値)を意味しています。そのことにカントはいわば存在の尊厳(dignity)を見ているとも言えるでしょう。

他者を「目的として扱う」とは、他者を自由な存在として扱うということであり、それは他者の尊厳、すなわち、代替しえない単独性を認めることである。自分が自由な存在であることが、他者を手段にしてしまうことであってはならない。すなわち、カントが普遍的な道徳法則として見出したのは、まさに自由の相互性(互酬性)なのである。それこそ交換様式Dである。これが普遍宗教によって開示されたことは確かである。しかし、現実には、教会は交換様式Bのためのシステムと化している。そこで、カントがとったのは、一方で、宗教を徹底的に否定するとともに、他方で、そこにある道徳性を救出することであった。

△ 柄谷がカントに見ているものは、普遍宗教における自由の相互性(自由の互酬性)という交換様式Dの「救出」です。それがカントの道徳論であったということになります。それは「国教会」を脱して「自由教会」をつくるということ以上の、徹底的な宗教批判であると共に、宗教的に開示された道徳性をそれとして明らかにすることでもありました。カントにとってそれは根本的に「理性的」であることを意味していました。

一方で、カントは、教会あるいは国家・共同体の支配装置と化した宗教を否定した。《ツングース族のシャーマンから、教会や国家を同時に治めるヨーロッパの高位聖職者にいたるまで、……その原理に隔たりがあるわけではない(*)》。他方で、カントは、宗教を、それが普遍的な道徳法則を開示するかぎりにおいて肯定した。彼の考えでは、道徳法則は宗教によって開示されたとはいえ、本来“内なる”ものである。つまり、道徳法則は理性の中にある。しかし、それはもともと“内なる”ものではない。われわれの考えでは、それは“外なる”交換様式Dなのである。交換様式Dは、普遍宗教を通して開示されたがゆえに宗教に由来するようにみえるが、実際には、交換様式BCによって抑圧された交換様式Aの高次元での回復にほかならない。そうであるかぎりで、宗教も普遍宗教たりえたのである。

* カント「たんなる理性の限界内の宗教」北岡武司訳、『カント全集』第一〇巻、岩波書店、二三六頁。

△ 交換様式Aの高次元での回復ということは、原始的な生活において存在したであろう人間の共同性を、国家と資本の支配をくぐり抜けて、現代の生活において甦らせるということを意味しています。従って、それは単に“内なる”理性の呼び声ではなく、“外なる”交換様式Aの促しであるということになります。

では、なぜ自由の相互性が「内なる義務」としてあらわれるのか。たとえば、フロイトは、カントがいう義務は「父」に由来する超自我にすぎないと述べた。そして、超自我は内面化された社会の規範である、と。しかし、自由の相互性という義務は、そのようなものではありえない。といっても、フロイトの理論を斥ける必要はない。自由の相互性がなぜ内なる「義務」として執拗に迫ってくるのかを合理的に説明するためには、フロイトが「抑圧されたものの回帰」と呼んだ見方が必要なのである。要するに、カントがいう「内なる義務」は、抑圧された交換様式Aが意識において強迫的に回帰してくることから生じるのである。

△ 柄谷は哲学者カントの理性や心理学者フロイトの解釈を自分の図式に当て嵌めようとしています。いわばそれらを歴史的に「文脈化」しようとしています。

カントがいう道徳法則は、通常、たんに主観的な道徳の問題として見られている。しかし、これが社会的関係にかかわることは明白である。たとえば、資本主義経済における資本―賃労働の関係は、資本家が労働者をたんなる手段(労働力商品)として扱うことによって成り立っている。そうであるかぎり、人間の「尊厳」は失われざるをえない。ゆえに、カントがいう道徳法則は、賃労働そのもの、資本制的生産関係そのものの揚棄を含意するのである。

カントがそのようなことを考えた背景には、当時のドイツ、特に、カントがいた都市ケーニヒスベルクにおいて、それまで職人的な労働者あるいは単純商品生産者が中心であったところに、商人資本による資本主義的生産が始まりかけていたという状況がある。そこで、カントは、商人資本の支配を斥けた小生産者たちの協同組合(アソシエーション)を考えた。それゆえ、新カント派哲学者ヘルマン・コーヘンは、カントを「ドイツ最初の真正社会主義者」と呼んだのである』(『世界史の構造p.344-347)。

△ こうして柄谷は、交換様式Dの具体的な形態としての「アソシエーション」を示唆しています。それについては多分後述することがあるでしょう。柄谷からの引用はここまでとし、ここからまた賀川の論述に戻ります。

唯物共産主義者は好んで物的環境が道徳を製造したと称する。しかし、私が先にのべた如く、濠洲とニュージーランドとの比較をすればよくわかるとほり、経済的に富裕な国土である濠洲において、かへって犯罪が多く、経済的に貧しいニュージーランドにおいて犯罪が少い事をみると物的環境のみが道徳を製造したといふ唯物弁証法的考へはあやまってゐると云はねばならぬ。

△ 道徳は、賀川が言う通り、社会連帯意識性に関わっています。そして上に見たように、道徳は宗教によって開示されました。道徳を離れて、「自然状態」の人間が進んで望ましい社会をつくり出すことはないでしょう。そこを見過ごした点で、反宗教的な社会主義運動には落し穴がありました。しかし賀川のように手放しで宗教を肯定することに対しても、我々は警戒を怠ってはならないでしょう。

印度においては千四百万人に近き大衆が土地も家もなく、その日の労働で辛じて生活してゐる泥棒階級と云ふのがある。これらの泥棒階級は、唯物弁証法から云ふならば、当然総ての人口が全部泥棒になっても然るべきはずである。ところが、彼等の間にも新約聖書を読み、泥棒をしてもよいと云ふ社会的常識を放棄して、印度聖公会の大監督になったアザライヤ氏の如き人物もあれば、印度労働党の首領におされた人物もゐる。また勤勉に労働した結果、孤児院の院長に推薦せられ、若い時には盗人であったものが、悔改めて慈善家になった人もゐる。これらの人々と私は印度で親しく会ったが、私は唯物共産主義が、絶対の真理でないことを知ったのであった。

△ 印度聖公会(アングリカン・チャーチ、イギリス国教会)、印度労働党、また、孤児院などの慈善事業が存在するということは、インドの社会的環境の変化を物語っています。不可触賎民と言われてきた人たちにとって、それは新しい社会的目標と機会が与えられたことを意味しています。環境は物質的であると限定してかかる必要はどこにもありません。唯物論者は、何が何でもすべて物質に還元して事済ませるという、賀川の臆断がここにも顔を出しています。私は唯物論者ではありません。むしろ根本的な事柄についてはカント的な意味で「不可知論者」であると思っています。しかし、賀川の執拗な唯物論批判には正直のところうんざりさせられます。始めから終わりまで、それを目の敵にしています。きっと唯物論の反宗教的性格が気に入らないのでしょう。その裏返しとして賀川には宗教を批判的に吟味するという姿勢が見られません。

さればと云って私は、物的環境が人格的に影響がないとは云はない。それは大いにある。だから、物的環境をも変革し、社会革命をも断行せねばならぬと思ふ。しかしその社会革命はあくまで道徳的であり、また合法的でなければならぬことを主張する。すなはち、真正な社会運動は、道徳運動を離れては決して存在しないことを主張する。

△ 柄谷が指摘したように道徳法則は社会的関係に関わっています。その限りで、賀川の主張の正当性を認めるべきでしょう。しかし世に言う道徳運動がとかく現行秩序の維持に傾いて、「社会革命」を抑制する働きを持ちがちであるという点を見逃すことはできません。また道徳を社会関係から切り離し、それだけを特化し、またその徳目を数えたて、児童の頭に注入する道徳教育が奨励されるのは、決して好ましいことではありません。教育勅語などはその典型であって、それは小国民の育成に寄与しました。

利益払戻しの倫理 社会病理と社会治癒とを混同する者が多いのは何故であらうか?

マルクスは流血革命は必然的に起るものとして、それが資本主義制度の病的必然性の結果であるとしてゐる。その病的必然性を社会治癒に使用しようといふことは無理な話である。

△ 賀川は社会病理が資本主義制度にあるだけでなく、それを支える国家(政治的権力)にもあるのだということを、どこまで認識しているのでしょうか。暴力は確かに社会病理です。しかし現行の体制が「暴動」を惹起するとき、その暴動に加担する者だけを責めるのは、結局体制側の不正を容認することになります。

資本主義が搾取制度であり、その搾取制の必然的結果として、資本の集積と、資本の集中が行はれ、必然的に生産過剰と不景気と失業が当然起るとすれば、流血革命を避ける道は搾取制の破壊では無いか!

搾取制の破壊は単に流血革命によって齎し得るか。私は否といふ。人心革まり、利益払戻しの他愛的倫理が一般化し、経済化し、社会化しなければ、搾取制度は形を換え、色々な姿を取って現れてくる。労働組合の内部においても「役得」として、官僚においては一種の賄賂、或は優先権、或は機密費として現れる。

△ 「他愛的倫理が一般化し、経済化し、社会化しなければ、搾取制度は形を換え、色々な姿を取って現れてくる」というのは、その通りです。

故に宇宙根本理念、すなはち宗教的根本道徳に立脚せずして、単なる経済理念だけで利益払戻しの新精神を生むことは困難である。マルクスは、この問題をたゞ唯物史観的に片づけんとしたが、それはあまりにも近視眼的である。彼は唯物史観的に取扱った「共産党宣言」を、無産者階級意識と称する「意識」問題にむすびつけたではないか?

△ 賀川は政治的経済的情勢の問題を、唯物論か「意識問題」かという哲学論議の問題にすり替えています。いわばカテゴリー・ミステークを犯しています。人間には意識があるといくら強調したとろで何も主張したことにはなりません。賀川は自分が持ち込む対立の不毛性に気づいていません。そこに問題があるのではありません。何をどう意識しているかが問題なのであって、それは哲学の問題ではなく、現実の問題です。

新しき物理学は「生命」が、「力」とも「物」とも各別個の真理である事を指示してゐる。物で心の説明は出来ない。「意識」は物では無いのだ。

それを、物だけ獲得すれば心が出来ると思ふ事が大きな誤謬なのだ。個人的利己心が資本主義を生むと共に、団体利己心も株式会社的資本主義を生む。それで階級意識だけで、利益払戻しの根本理念は生れない。

△ 賀川は心が改まれば社会が変ると言いたいのでしょう。しかし人間という「生物」は種々の複雑な条件のもとで行動し、成長(あるいは退化)する存在であって、一概に意識の変革を持ち出しても、実際には多くの困難に直面することになります。

利益を社会公共の為に凡てを払戻すといふ理念は、連帯意識性においてのみ完成し得るものである。この意識なくして、共産主義の完成は絶対に不可能である。

△ 柄谷行人の言う「交換様式D」は理念的要請に止まっています。それが歴史上萌芽の形で存在するにしても、人類の「連帯意識性」は十分な発達を見ていません。これまでの共産主義が、賀川が言う通り、倫理問題を観念論として斥けてきたことには大きな欠陥があったと言えるでしょう。そして賀川が連帯意識性の実現を協同組合のうちに見出そうとした点については、社会主義の流れから言っても決して的外れではありません。そのことについては賀川の言い分に正当性があります。

古来数百年間に亙り共産生活を実施してゐるものはキリスト教の修道院か、或はキリスト教団の一派メノナイトの教会生活に限られてゐるではないか!

△ 「共産生活」、「共同生活」が実際には宗教的にしか実現して来なかったということに、現実を拒否して、宗教的象徴という「理念」にすがらざるを得ない人間の問題があります。しかし「だから宗教は必要だ」ということになるのでしょうか。

唯物共産主義者がユダヤの国で実行せんとした一九二〇年以後の実施運動は、僅かに寄付金を受けてゐた期間に留まったでは無いか! 勤労の多寡によって、収入を計算せんとする時には、共産主義は絶対に実現出来ない。現今の労働組合のごとく賃金率をあまりにも八釜敷く言ふ間、それは共産主義の理想に遠い。

△ 共産主義社会でも監督業務と現場業務との間には賃金の差があり得ます。能率を一切意に介しないで、労働時間に応じて平等に賃金が支払われることにも異論が生じて来るでしょう。賀川は宗教があればその問題は解決すると言いたいのでしょうが、修道院でも、実際には堕落があり、対立があるという人間の現実は、そう簡単には改まりそうにもありません。賀川はそこを飛び越して議論しているのではないでしょうか。

能力あるもの、発明出来るものが悦んで自己の能力、発明力を他人に提供すると云ふ連帯意識の外に、真の共産への途は無く、利益払戻しの社会的方途を開くことは出来ない。この連帯意識真理が全民衆に徹底する日に、マルクスやレーニンが理想とした世界がくるであらう。それまで、革命が百万回繰返されても、真実の意味における共産世界は来ないであらう。経済が階級意識を必要とすると、マルクスが指摘したことは、マルクスとしては、自己の唯物史観の欠点を自ら摘発したものである。この意識性が利益払戻しを本能化したる連帯意識の社会においてのみ、社会治癒の世界を発見せねばならぬ。かくいへばとて、私はたゞ抽象論をしてゐるのでは無い。私は協同組合を連帯意識の上に築いた時、そこに始めて共産主義のいふ理想社会が実現するといふのである。

△ マルクスは人間には意識がないと主張したわけでもなく、単純に意識は物質の反映であると言ったわけでもありません。またマルクスは、のちのマルクス主義者とは違って、協同組合を高く評価した人であるということにも、賀川は目を向けようとしません。その上、自分の主張が人間本性にどれだけ無理を強いるものであるか、それがどれだけ実現性を持つものであるかについても、意に介していないように見えます。要するに、理想論を述べているに過ぎないのであって、それは賀川の現実の実践から乖離しているとさえ言えます。唯物共産主義に対して宗教的理想主義を唱えるという不毛な対立を持ち込んでも、問題は少しも前進しないでしょう。それは冷戦時代の思想であるとも言えます。

改めていふ、唯物的暴力革命によっては絶対に理想社会が来ないといふ事を。たゞキリストのいふ神の国と、その正義を求むる者のみに理想社会は来るのである。

△ カントはおそらく神の国を「目的の国」と言い換えたのでしょう。それで問題が解決するわけではありません。しかしそこに、人類の「見果てぬ夢」が提示されていると言うことはできそうです。共同寄託と互酬の世界(交換様式D)は「かつてあり、やがて来るべきもの」として、今も我々の眼前に突き出されています。その理想を抱懐し、共有するということは、最早イデオロギーの問題ではなく、一人一人の人間の生き方の問題として投げ返されていると言うべきでしょう。


第五節 人格社会主義の宗教対策

宇宙目的を実現する為に、宇宙に伏在するすべてのエネルギーをかりて、あらゆる努力をはらう事を、私は宗教意識の活動であると考へてゐる。

宇宙目的は物質のかなたにかくれ、何十億年の後か、何兆年後に実現せられるか、私に見当がつかない。それで私に、三重の信仰が要る。(一)見える物質のおくに見えない目的がある事を信ずる信仰、(ニ)何十億年かの後に現はれてくるかもしれない時間的差のある目に見えない物を信ずる信仰、(三)宇宙目的を実現するために私以上のみえざる力が私をその方に突き上げてくれる信仰である。力は物質とは違ふ。磁力を見た人もないし、引力にふれた人間もゐない。しかし、力はたしかにある。この不思議な力が物質のおくにかくれてゐることは、原始民族も信じたのであった。

△ 賀川の信仰は通常のキリスト教の教義を踏み越えています。それは宇宙の法則に立脚する「唯物的」信仰と言い換えてもいいくらいです。しかし賀川は唯物論を狭く限定して考えているために、自分は唯物論と対立していると思い込んでいます。ただし唯物論者は宇宙の目的などとは決して言わないでしょう。それはたしかに「信仰」の領域に属しています。自分は無意味にこの世界に存在しているのではないという「信念」、自分はある深く広大な目的に生かされているという「信念」と言ってもよいでしょう。しかし唯物論者であっても、そのような信念なしで生きている人はおそらくまれではないかと思われます。人間は信念なしには生きていけない存在だからです。

だから、唯物的現象の他は総てを否定しようとする感覚主義的実存主義だけでは、科学は絶対に成立しない。公理と理念の世界は、法則に対する信仰を持って始まる。物質のおくに、生命のある事を信じた原始民族はアニミズム教を信じた。物質のおくに、融通自在の神通力を信ずる者は、道教ブラマ教(ママ)を生むに至った。宇宙に撰択の原理のあることを信ずる者は、ユダヤ教マホメット教の如く、選民宗教の思想を生むに至った。物質の奥に、不滅の法則を信ずるものは大乗仏教である。宇宙に目的のある事を信じ、神の御栄のために、災悪までが意味を持ってゐる事を信じたのがキリストであった。

△ 賀川はこと唯物論に関しては「敵対的」ですが、宗教に関してはきわめて「大らか」です。別の言い方をすれば「しまり」がありません。何らかの信念に基づいて、想像力に駆り立てられる人間の精神世界に対して、賀川は肯定的に対処しています。日本的という言い方が許されるなら、きわめて日本的な精神の持主であったと言えます。しかしここに神道が出て来ないのは、どうしたわけでしょうか。

宗教感情は人間の先天的素質であり、人間は素直になればなる程、自分の生存が自分みづからの力でなく、自己の能力がおのれの発明によったものでないことを先天的にみとめてゐる。どうしても自己以上な力が自己を生み出したのであると云ふ直感が、自然わいてくる。それが自然宗教の簡単な形であり、その結果自然宗教が出現したのである。

人間活動が社会的になると共に、その社会現象も、個人の能力以上のものであると云ふ認識が出来ると共に、社会宗教がうまれた。また人間能力が天から授けられたものであると云ふ信仰から、心理宗教が誕生した。

△ 賀川はここで一先ず宗教を