閑老人のつぶやき 宗教について 5

     1 “Here I am.”

     2 キリスト者の生涯

     3 地の塩の神学

     4 無名・開放・無徴の場所

     5 メディア・キリスト論

     6 キリスト教後のキリスト教

     7 キリスト教はどこまで寛容か

     8 FIR・ACORN

     9 根本的作業仮説

    10 自己増殖する価値

T Here I am.

「モーセは妻の父、ミデヤンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、その群れを荒野の奥に導いて、神の山ホレブにきた。ときに主の使は、しばの中の炎のうちに彼に現れた。彼が見ると、しばは火に燃えているのに、そのしばはなくならなかった。モーセは言った、『行ってこの大きな見ものを見、なぜしばが燃えてしまわないかを知ろう』。主は彼がきて見定めようとするのを見、神はしばの中から彼を呼んで、『モーセよ、モーセよ』と言われた。彼は『ここにいます』と言った。神は言われた、『ここに近づいてはいけない。足からくつを脱ぎなさい。あなたが立っているその場所は聖なる地だからである』。また言われた、『わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』。モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した」(出エジプト3:1−6)。

「さて、ダマスコにアナニヤというひとりの弟子がいた。この人に主が幻の中に現れて、『アナニヤよ』とお呼びになった。彼は『主よ、わたしでございます』と答えた。そこで主が彼に言われた、『立って、『真すぐ』という名の路地に行き、ユダの家でサウロというタルソ人を尋ねなさい。彼はいま祈っている。彼はアナニヤという人がはいってきて、手を自分の上において再び見えるようにしてくれるのを、幻で見たのである』」(使徒行伝9:10−12)。

英語の聖書では、モーセが神の呼びかけに答えて「ここにいます」と言ったところは、Here I am. と書かれています。またアナニヤが「主よ、わたしでございます」と答えたところは、ある聖書では Yes, Lord. とありますが、別の聖書を見ると Here I am, Lord. と書かれています。要するに、Here I am. という表現は、教室で先生が出席を取るとき、生徒が Here と答えるように、ごくありふれた言い方です。しかし「私はここにいる」ということは、つねに他者の呼びかけに応答するときに成り立つのだと考えてみると、英語のこの言い方にはなかなか含蓄があると思わされます。つまりデカルトのあの有名な「われ思う、ゆえにわれあり」という言葉を、「われ答う、ゆえにわれあり」と言い換えたとき、初めて人に真の自覚が与えられるのだと考えてみます。するとそこには無視できない問題がひそんでいるということに気づかされるのではないでしょうか。

自己成立の根底に非自己の自己(我ならぬ我)、あるいは他者を見るということは、哲学的に論じると大変厄介なことになります。西田幾多郎の『私と汝』(『西田幾多郎哲学論集T』上田閑照編、岩波文庫、1987年)がその一例です。その中から今ここでの文脈に関連する箇所を引用すると次のように書かれています。

「私は私の表現の類推によって汝を知るという如き考の支持し難きはいうまでもなく、私は汝の表現に没入することによって汝を知るのでもない、いわゆる感情移入によって汝を知るのでもない。私は汝が私に応答することによって汝を知り、汝は私が汝に応答することによって私を知るのである。私の作用と汝の作用とが合一することによって私が汝を知り汝が私を知るのではなく、互に相対立し相応答することによって相知るのである。そこにはいつも作用と反動との如き関係がなければならぬ、いわゆる直覚と考えられるものとは全然異なった意味がなければならぬ。普通に直覚的に私が汝を知ると考えられる場合、かかる意味が明にせられていないと思う。私が汝の情緒に移入することによって、私が汝を知るのではなく、私という人格が汝という人格に直に応答することによって私が汝を知るのである。故に私は汝と同感することによって汝を知るよりも、むしろ汝と相争うことによって一層よく汝を知るということができる。而して斯く応答によって私が汝を知り汝が私を知ると考えられるとともに、汝の応答なくして私は私自身を知ることはできない、また私の応答なくして汝は汝自身を知ることはできないということができる」(p.318-319)。

互に応答する関係において私は初めて私を知ることができるということが、ここに明瞭に語られています。しかしどうしてそこに「神様」が出てきてしまうのでしょうか。それに答えるのは簡単ではありません。西田自身が、この論文で西洋の神と格闘しているという趣があります。あるいは神を自分の体系に何とか組入れよう、すなわち理解しようとしていると言うべきでしょう。ここでそれを取り上げると煩瑣になるので、ただ一個所だけ、今引用した文章のすぐあとの段落を書き写してみます。

「自覚において自己の中に絶対の他を見、他が自己の意味を有つという時、我々に対し絶対の他と考えられるものは自己自身を表現するものの意味を有たなければならない、かかる関係の底には人と人との関係がなければならない。而して人と人との関係ということは話し合うということでなければなければならない、互に応答するということでなければならない。私が他人の思想感情を知るといっても単に私と他人とが合一するということではない、私の意識と他人の意識とは絶対に他なるものでなければならない。私の意識は他人の意識となることはできないという意味においては、私は絶対に他人の意識を知ることはできない。絶対に対立するものの相互関係は互に反響し合う、即ち応答するということでなければならない。何処までも独立に自己自身を限定するものが、自己限定の尖端において相結合するのが応答ということである、そこにはいわゆる自他合一と正反対の意味がなければならない。いわゆる宇宙的感情という如きものにおいて人は大宇宙と合一すると考えられる。しかし単に我が宇宙と合一しこれに没入すると考えるならば、我というものはない。斯く考えれば単なる無意識と択ぶ所がない(万有神教の弱点は此にあるのである)。そこに大宇宙を一つの人格としてこれと話し合うという意味がなければならない。我々は無意識となることによって大宇宙と合一するのではなく、我々の人格的自己限定の尖端において宇宙的精神と面々相接するという意味でなければならぬ。芸術的直観の如きものにおいても、我に対するものは単なる物というものではなくして、自己自身を表現する意味を有ったものでなければならない。単なる質料と考えられるものも単なる質料ではない、既に何らかの意味において形相の意義を有ったものでなければならない。しかのみならず、彫刻家が一刀一刀と刻み行くに当って、彼に対するものは単なる質料という如きものではない。彼の主観的自己に対して立つものは客観的精神という如きものでなければならない。彼は一刀一刀と刻み込むことによってこれを見て行くのである。芸術的作品と考えられるものは、単に芸術家の主観的想像の写真ではない、彼は一刀一刀と客観的精神に話しかけて行くのである。斯くしてフィードレルの如く芸術的創造作用において働くことが見ることであり、見ることが働くことであると考えることができる。芸術的創造作用の底にも、人格と人格との応答という如き意味がなければならない。」

ここで西田が、「自覚において自己の中に他を見る」と言わないで、「自覚において自己の中に絶対の他を見」ると、なぜ「絶対」という言葉を使うのかが問われるべきでしょう。それだけ西田の自己意識が尖鋭であったとは言えるでしょう。しかし、絶対とは要するに当事者意識における現存(「いる」ということ)の絶対性と言うべきものであって、私は今ここに「かけがえのない」いのちを生きて「いる」ということにほかならないのではないでしょうか。「自己限定の尖端」とはまさにそのことを示すものなのではないでしょうか。その意味で「人格と人格との応答」は真剣勝負であると言いたいのでしょう。しかしそれを「絶対」と表現することによって、現実的応答関係の多様性が捨象され、哲学的思弁的空間がつくられることになります。西田が「論理的」と言うのはまさにそういうことなのでしょう。しかしそこには西田哲学の限界もまた見られると言うべきでしょう。「学としての哲学」に拘泥するからこその「論理展開」に西田哲学の鋭利さがあると同時に、それによってすべてを包み込もうとすることの限界が露呈してくると言われなくてはならないでしょう。しかしそこには現実と格闘しつつ体系を構築しようとするすさまじいまでの努力があります。また「大宇宙を一つの人格としてこれと話し合う」、「我々の人格的自己限定の尖端において宇宙的精神と面々相接する」という言い方には、西田的スタンスにおける神理解の一端が示されています。その意味で、我々の応答関係は、神への応答として集約されるのだということが言われているのでしょう。Here I am.が神への応答であるとき、我々は究極的な自覚に達するのだということでしょう。


U キリスト者の生涯

かねて私はキリスト者の生涯とは、恩恵(献身)、受難(回心)、召命(服従)の生を同時的、かつ重層的に生きることであると考えてきました。恩恵(恵み)における献身、受難における回心、召命における服従が同時的かつ重層的に生起するということが、すなわちキリスト者の生涯であり、そこにキリスト者の宗教的生があると考えてきました。それはキリスト教的に限定された宗教的生の理解にほかなりません。しかしそれを私たちが個々のいのち(ビオス、プシュケー)に死んで、普遍的生命(ゾーエー)に生きる方途であると考えれば、あながち荒唐無稽であると斥けることはできません。そこには一つの工夫があるのであって、キリストという象徴がいのちの理法として働いています。それが独占的排他的に主張されるところに、これまでのキリスト教の独善性、独断性があるのであって、その理法そのものに何の根拠もないということではありません。今、そのような観点から、パウロの「ローマ人への手紙」第6章を振り返ってみたいと思います。

「では、わたしたちは、なんと言おうか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきであろうか。断じてそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なお、その中に生きておれるだろうか。それとも、あなたはたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。だから、あなたがたの死ぬべきからだを罪の支配にゆだねて、その情欲に従わせることをせず、また、あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。なぜなら、あなたがたは律法の下にあるのではなく、恵みの下にあるので、罪に支配されることはないからである。

それでは、どうなのか。律法の下にではなく、恵みの下にあるからといって、わたしたちは罪を犯すべきであろうか。断じてそうではない。あなたがたは知らないのか。あなたがた自身が、だれかの僕になって服従するなら、あなたがたは自分の服従するその者の僕であって、死に至る罪の僕ともなり、あるいは、義にいたる従順の僕ともなるのである。しかし、神は感謝すべきかな。あなたがたは罪の僕であったが、伝えられた教の基準に心から服従して、罪から解放され、義の僕となった。わたしは人間的な言い方をするが、それは、あなたがたの肉の弱さのゆえである。あなたがたは、かつて自分の肢体を汚れと不法との僕としてささげて不法に陥ったように、今や自分の肢体を義の僕としてささげて、きよくならねばならない。あなたがたが罪の僕であった時は、義とは縁のない者であった。その時あなたがたは、どんな実を結んだのか。それは、今では恥とするようなものであった。それらのものの終局は、死である。しかし今や、あなたがたは罪から解放されて神に仕え、きよきに至る実を結んでいる。その終局は永遠のいのちである。罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。」(ローマ6:1−23)

このパウロの記述に私が「キリスト者の生涯」として定式化した恩恵(献身)・受難(回心)・召命(服従)の構造が示されています。それは古き人に死んで、新しき人に生きることを意味しています。しかしそれは「イエスの公生涯」(伝道者としての生涯)を、いわば鏡に映して反射させているようなもので、宗教的に逆倒した形であって、そこには何の実体もありません。キリストはその意味での象徴であって、それによって生かされている人間の心の働きにこそ注目すべきです。パウロが問題にしているように、キリストが事実として復活したか否かと問うことは(Tコリント15:12−19)、事柄の理解を妨げるだけのことです。精々それは永遠のいのちの確かさの主張と受け止めるべきものです。あるいはそこには死・復活についての特定の宗教的伝統が介在していると見るべきことであって、宗教的意義の核心がそこにあると考えるべきではないと思います。

しかし人間が「死に至る罪の僕」であるという現実がある限り、恩恵(献身)・受難(回心)・召命(服従)のキリスト者の生涯にはそれなりの意義があって、それは人間の生活を向上させる原動力となるものであることを認めるべきでしょう。そのような生き方を神の場の神学(エコセオロジー)として再定式化することこそ、今日私たちに求められていることのように思われます。「新しき人」がこの地上に生まれ出てくること、そこにこそ、人類の未来がかかっています。キリスト教は私たちのそのような希望の宗教的表現の一つであり、決してそれ以上でも、以下でもありません。


V 地の塩の神学

「あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか。もはや、なんの役にも立たず、ただ外に捨てられて、人々にふみつけられるだけである」(マタイ5:13)。

「塩はよいものである。しかし、もしその塩の味がぬけたら、何によってその味が取りもどされようか。あなたがた自身の内に塩を持ちなさい。そして、互に和らぎなさい」(マルコ9:50)。

福音書では塩の味に強調点が置かれており、その味はあなたがたから失われてはならないと記されています。しかし私は敢えて塩の形に着目してみました。岩塩のように塩は目に見える塊として存在しています。その塩が塩のままであったら、塩の役目を果たすことができません。塩は溶けて、食べ物に沁み込み、姿がなくならなければ、塩としての役割を果たすことができません。

塩は食べ物に味をつけ、またその腐食を防ぎます。その塩の役目を果たすためには、塩はある意味で塩でなくならなければなりません。それではその塩の役割とは実際にはどんなことを意味しうるでしょうか。マルコには「互に和らぎなさい」と書かれています。己を否定して他を生かす「他愛」の精神が塩の役割なのではないでしょうか。賀川豊彦はこの「他愛」の精神を言い換えて「社会連帯意識」と呼んでいます。この「塩味」がなければどんな社会改造が試みられても、それはいずれ瓦解します。賀川はこれを「贖罪愛」とも言っています。

教会は「岩塩」のようなものです。そこに大量の塩があっても、そのままでは何の役にも立ちません。塩は溶けて、形がなくならなければ、塩としての役割を果たすことがありません。どんなに大量の塩を誇ってもそれは無意味というものです。塩は食べ物の相関者であって、その匙加減によって、食べ物という「他者」を生かします。塩が頑強に自己主張すれば食べ物はかえって味を損ねてしまうでしょう。

マタイは「あなたがたは、地の塩である」と言います。地に溶け込んで消えてなくなり、そのことによってかえって地に味をつけ、腐食を防ぐ働きが「地の塩」と言われるのではないでしょうか。今日の社会から失われつつあるものはそのような塩味ではないでしょうか。塩が「俺が、俺が」と自己主張して、我を張っている間は、地は決して良くなることはないでしょう。それはあたかも溶解することを知らない塩のようなものです。

地の塩は、既に地に溶け込んで、その役目を果たしている塩の姿です。そのような意味での「地の塩の神学」こそ、今日なお求められている人の生き方と言うものでしょう。


W 無名・開放・無徴の場所

「あなたは施しをする場合、右の手のしていることを左の手に知らせるな。それは、あなたのする施しが隠れているためである。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう」(マタイ6:3−4)。

「あなたは祈る時、自分のへやにはいり、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう」(マタイ6:6)。

この世界のあらゆる物は人間が名づける前は、当然のことながら、無名です。また誰かがこれは自分が所有する土地だと言って徴(しるし)づけるまでは、世界は誰にも開放されていて、縄張で仕切られたりしてはいません。しかし、人間が世界に登場すると、名づけられたり、徴づけられたりして、世界は区分され、人間の秩序に従わせられます。

あなたの父は「隠れた所においでになる」と、イエスは言います。それは、人間の帰属は、本当は名づけられたり、徴づけられたりするところではなく、「隠れたところ」にあるのであって、そこにいのちの根源があるということではないでしょうか。

神の報い(恵み)は無償であって、損得勘定を越えています。損得勘定という人間の秩序を越えたところに、いのちの働きがあります。しかしこの、いわば当然のいのちの理法は、一旦できあがった人間の秩序から見れば、どこまでも隠されています。世の中には、広大な敷地に住む人もいれば、今夜寝るところもない人もいます。そのことがまるで当たり前のようになっているのが、世界の現実であるとすれば、神はその世界から隠れています。イエスにとって神はあくまでも隠れたところ、人間の秩序を越え出たところに居ますのであって、差別化された人間の世界を権威づけるために存在するのではありません。

しかし神の国(神の支配)を直ちに無名・開放・無徴の場所(an anonymous, open and unmarked place)であるとすることはできません。後者はイメージ以前の事柄です。それは、イメージがそこから生まれ出て来る元であって、「言詮不及」の場所であるとしか言えません。しかし、そこにはもはや父なる神のイメージも、アブラハムのイメージもなく、ただそれらを生み出す力が宿っています。従って「神の国」も既に方向づけられた特定のイメージの世界です。それを原初的神話的イメージと言ってよければ、イエスを突き動かしていたものは、大貫隆が言うように何かそのような「イメージ」であったと言うこともできるでしょう。しかしその根底にはいのちの働きがあります。

そこで、無(いのち)・イメージ・現実として、この世界を重層的に構造化してみるなら、イメージは無と現実との中間者であるということになります。つまり父のイメージも中間者であって、それを究極的とすることはできません。啓示された神もまたイメージの領域に留まるのであって、さらにその奥があるということになります。

万人が帰属するいのちの世界は「無」としか言いようのないものであって、イメージすることはできません。イメージがそこから出て来る元の働きであって、それは一切の思念を超えています。従って我々ができることは、自らのイメージの狭隘さを脱却して、さらにいのちの根源に立ち帰ろうと努力することだけでしょう。

旧来のキリスト教はあまりにも自己のイメージにとらわれ、あたかもそれが究極的であるかのように見なしてきたのではないでしょうか。古代以来の異端審問の強迫がトラウマとなって、キリスト者の心を縛ってきたと言うべきかも知れません。

「隠れた所においでになる」神(デウス・アブスコンディトゥス)は実定宗教の枠を超えています。それは諸宗教において無差別に働く神であり、かついのちの働きの根源にある何かです。祈りとはその神へと帰還する行為であり、またそれによって人が再び生かされ、根源的な力が与えられてくる行為であると言ってもよいでしょう。

現実には存在しない「無名・開放・無徴の場所」(出入り自由の空間)になお人びとが憧れるのは、そこにいのちの促しがあるためでしょう。苛酷な自由競争的市場経済が支配する現実にあって、なお人々が「社会連帯意識」をもつことができるとしたら、人々をそこへと促すいのちの働きがあるからです。


X メディア・キリスト論

キリスト(教会)は神のメディアであると考えてみます。その働きの一つは見えないものを見えるようにすることです。ただしキリスト(教会)が気に入らない人は、他の宗教的施設を考えても一向に構いません。その働きとしてかつて次のようなことを考えたことがあります。私はそれをメディア・キリスト論と名づけました。

1)キリストは鏡である

古来そのような瞑想法が実際に存在したようです。この鏡には罪人なるあなたの醜悪な姿が映し出されます。しかしそれから目を逸らさないで見つめていると、不思議なことに、罪人なるあなたの姿はいつの間にか聖なるキリストの像に変わっています。

2)キリストは眼鏡である

実際にそのような眼鏡が存在します。その眼鏡を掛けると、この世界はすべて逆立ちして見えます。しかし暫くそれを掛けていると、いつしか逆立ちした世界が正立して見えてきます。あるいは罪に染まったこの世界が、いつしかバラ色の神の国に見えてくると言ってもよいでしょう。

3)キリストはレンズである

このレンズの焦点はあなたの胸のうちに合わされています。神の光があなたの心に焦点を結んで、あなたの心はじりじりと焦げ始め、やがて燃え上がります。

4)キリストはプリズムである

神の光は無色です。しかしキリストなるプリズムを通すと光は七色に析出され、神の光は色彩に分かれます。無色の光が虹のように色彩に変わります。

5)キリストは受信機である

神は放送局であり、聖霊は電波です。そしてキリストはラジオやテレビのような受信機であると考えてみます。この受信機を通すと聞こえない声が聞こえるものとなり、見えない形が見えるものとなります。

これらはキリストという象徴の役割を説明するための便法です。その意味で、キリストは神のメディアです。キリストの体なる教会は、そのような形で、永く人々に「神の言」を語り続けてきたのではないでしょうか。


Y キリスト教後のキリスト教

2007年9月23日(日)〜24日(月)、水道橋の在日韓国YMCA会館で開かれた、日本クリスチャンアカデミー主催の「十字架の神学」セミナーに参加しました。この集会は西南学院大学の青野太潮さんを講師に迎えて行なわれたもので、久しぶりに聖書学者の言説に触れることができました。青野氏の主張についてはその時会場で入手した『「十字架の神学」の展開』(新教出版社、2006年)を目下読書中で、そのユニークな専門的議論を追っているところです。

イエスの十字架の死に「贖罪死」を見る旧来のキリスト教教義に対して、パウロにとって十字架は弱さ、愚かさの極致であって、パウロが贖罪に言及するときには、「イエスの死」という言葉が使われているという青野氏の主張は、私の中でまだはっきりした像を結んではいません。しかしイエスの「生」と、死と生についてのパウロの逆説的福音理解にある種の連続性を見ようとする氏の立場には興味を覚えます。

平常底(commonplace)において聖書を読み直し、理解し直すという作業は、本当は聖書学という専門的学問に接続していて、厳密な学的論証を経なければならないということを思い知らされます。しかしその立論が保守派の反撥を買うのは、その議論によって教会という「牙城」が崩れ、その独一性が脅かされるからです。贖罪論というユダヤ教から継承した正統的福音理解が、今日依然として力を揮っているという現状にあって、ほかならぬパウロのうちに、イエスの「十字架の血」によって人間の罪が贖われるという思想は存在しないのだと主張することは、大変勇気のいることです。しかしそのような青野氏の主張には、今日必要とされる「教会を開く」契機が含まれています。

青野氏は滝沢克己の思想のうちに自己の立論を裏づけるものを見いだしています。それは私にとって新鮮な驚きを起させるもので、青野氏の聖書学的論証がどのようにして滝沢の思想と結びつくのかを見定めることも、私のもう一つの宿題です。田川建三の「滝沢原点論批判」を再批判する氏の論文を読みましたが、まだ釈然としません。

私は「滝沢神人学」を「神の場における神人の不可侵の同一性=不可逆の二重性・不可分の両義性・不可同の相補性」と再定式化したのですが、それが青野氏の理解する死と生の「逆説的同一性」と同じことであるとするなら、そこに滝沢と青野氏を結びつける接点があると言えるかも知れません。

今回のセミナーに参加して、私は「キリスト教後のキリスト教」とはすなわち脱贖罪論的キリスト教のことではないかと考えることができるようになりました。多くのキリスト者はまだその思想に取り付かれています。しかし、青野氏の言う「十字架につけられ給ひしままなるキリスト」に逆説的福音理解の鍵が秘められているとするなら、たしかにそれは「教会を開く」一歩としての重要な意義を持っています。

私はかねて「キリスト教後のキリスト教」をPCC(ECC)=NCCROCMMCと定式化してきました。その意味はPCC(Post-Christian Christianity)、キリスト教後のキリスト教とは、ECCEx-Christian Christianity)、脱キリスト教的キリスト教のことであって、それはNCCNon-Christian Christianity)、非キリスト教的キリスト教であり、ROCRadically Open Christianity)、徹底的に開かれたキリスト教であり、またMMCMarginal and Margin-less Christianity)、周縁の、かつ周縁なき、キリスト教のことであるということにほかなりません。キリスト教はキリスト教でないものになることによってキリスト教たりうるという逆説は、「形式論理」的には理解不能です。それは私の「地の塩の神学」が意味することでもあります。今回のセミナーに参加して、教会の中にそのような動きがたとえ「胎動」としてであっても始まっているのだということを、改めて感じ取ることができたように思われます。それは一参加者の「教会の解体」という「過激」な言葉によって表現されていたことでもあるでしょう。


Z キリスト教はどこまで寛容か

2007年3月10日、牛込聖公会聖バルナバ教会において、日本クリスチャンアカデミー主催の「キリスト教はどこまで寛容か――キリスト教を再定義する試み――」と題する話し合い(ターグング)が、佐藤研(みがく)氏を講師として開かれました。私はその集会に参加せず、またその時の佐藤氏の講演を掲載した『福音と世界』誌(新教出版社)を手にすることなく、今日まで来ましたが、先頃アカデミーの関係者T氏のおはからいで、その講演の原稿を読むことができました。一読して大いに共感させられることの多い内容でした。そこでこの講演の概要を略述し、それに対する私の感想を書いてみることにしました。これもまた私の勉強のためです。

1)キリスト教の「不寛容」性とアイデンティティ危機

氏は先ず「寛容」が可変的関係論的な概念であることを指摘し、キリスト教の「不寛容性」を示すために、プロテスタントの神学者カール・バルトとカトリックの神学者カール・ラーナーの説を取り上げます。K・ラーナーについて言えば、彼は「無名のキリスト教者」ということを言い、非信仰者たちは本質的に「無名のキリスト教者(anonymous Christian)」であるに過ぎないと言い切ります。異教は従って、その実、「無名のキリスト教(anonymous Christianity)」であることになります。これについては私も、かつて、仏教徒がキリスト者やイスラム教徒などを「無名の仏教徒」であるという言い分も、同様に成り立つのではないかと考えたことがあるので、氏が全く同じことを言っているのに接して、心強く感じました。氏は、バルトやラーナーのそのような言い方に、「一神教」であるキリスト教の「寛容」さの限界を見ています。

次に氏はキリスト教の「慣習形式」化に言及し、また宗教的複数主義(religious pluralism、「宗教的多元主義」の氏による訳し直し)も主張されるようになった現状に、キリスト教界のアイデンティティ危機を見ます。またキリスト教における「直接体験」の枯渇にも触れています。このような認識のもとに、氏は思い切った「キリスト教」の再定義をしたいと前置きします。なお、氏はつぎのような言葉で、率直にキリスト教の現状認識を示しています。「したがって、キリスト者ならほとんど誰でも、「将来のキリスト教」とはどうなるのか、不安の只中にあるでしょう。果たして次に何が来るのか。新たな「キリスト教的アナーキー」が拡散するのか。また他宗教とはどう付き合うのか。中庸的「寛容主義」でしのいでいくのか、あるいは新たな「混交主義」がはびこるのか。それとも何らかの仕方で、異次元が開けるほどの可能性があるのか」。

2)キリスト教をどう把え直すか

そこから本論に入りますが、初めにキリスト教の二大信条(Symbolum)である「ニカイヤ・コンスタンチノポリス信条」と「カルケドン信条」を取り上げ、「問題は、しかし、こうした信条が今も本当にキリスト教徒の内的確信になっているか、ということです。このままの言葉では、もはや現代人にはほとんど通用しないのが現状でしょう」と言います。そして「読んでも決してぴったりと心に響かない。これではキリスト教の体勢は、この後も一層「化石」化して、慣習博物館の中で存続するしかなくなります。それとも、初めて根本的に革命されて生命を吹きかえすのか――今事態はその瀬戸際にいるといって過言ではないでしょう」とつけ加えます。

そこでキリスト教を再定義するということになります。「そのための重大な一方法論として、ナザレのイエスに遡源するという道を避けることが出来ないと思われます」と言い、聖書学の必要性について論じ、また新約学の「現代の研究者ならほぼ全員一致していること」として、それは「イエスを人間として見る」ことだと言います。

そのように前置きして、氏はイエスの「寛容さ」として、「善きサマリア人の譬話」および福音書のイエスのその他の言葉について論じます。「善きサマリア人」については、「つまりこの譬話でイエスは、意識的に宗教的対立を忘却した次元を指示し、そこにおける最も驚嘆すべき姿を提示しているのです。「寛容」か否かという問題意識すら、吹き飛んでいる。出会った人間の苦悩への、我を忘れた共感と即座の行動のみが光っています」と注釈しています。イエスのこの「寛容」な視座を見て取ることのできる言葉として、有名な「天の父は、悪人たちの上にも善人たちの上にも彼の太陽を上らせ、義なる者たちの上にも不義なる者たちの上にも雨を降らせて下さる」(マタイ5:45並行)を引き、これは、「自分を「善人」とみて、他に悪人を見いだす見方にイエスがなじんでいないことを示唆します」と言います。そして福音書の他の二つの記事(マルコ9:38−40、ルカ9:51−55)を引用し、「これら二つの箇所は、文面としてはイエス以後の創作である可能性がありますが、イエスの決して自己絶対化しない側面を彷彿とさせて興味深いものです。つまり彼には、いわば「自己インフレーション」(自己の価値の過大評価)にともなう教条主義がないのです。どこか、見ているものが異なるのです」と面白い言い方をし、「それはなぜか」と問いかけます。ここから氏の大胆で、かつ「踏み込んだ」イエス理解が示されます。

a.イエスの「罪」意識

初めに氏は極めて重大なことを指摘します。このようなことをはっきりと言い切った人がほかにあるかどうか、私は寡聞にして知りません。氏は言います、「先ほどのカルケドン信条には、イエス・キリストは「罪を犯さなかったが、あらゆる点において我々と同じである」というヘブライ書四15の引用がありました。しかしこれはおかしなことです。「罪」を除いたら、どの点で私たちと同じになるのでしょう。結局イエスは、実質的に「神」のままなのです。イエスをこうして原理的に「罪」から隔絶しようとしてきた点に、これまでのキリスト教のイエス把握の最大の欠陥があると思うのです。(改行)私は逆に、イエスには人並み以上に鋭敏な「罪」意識があったと思っています。もっとも。「罪」といえば、当時のユダヤ教ではトーラー(律法)に逆らうというテクニカルな意味合いがあるので、そういう次元の意識はイエスのものではありません。しかし広義の「罪」、あるいは他を利用して己の益を計る「悪」の淵源が自分にあるという意識、そしてそのための「負い目」の意識は、イエスには極めて強いものがあったと思うのです」。

この観点から、マタイ7:3−5並行、マタイ5;21−22、マタイ5:27−28のイエスの言葉を取り上げ、注釈を加えます。この最後の言葉、例の「姦淫するな」(氏はこれを「あなたは結婚を破ることはないであろう」と訳しています)という戒めに対する、イエスの徹底的解釈(あるいは命法)に関しては、次のように言います、「一体イエスは、どこからこのような知見を得たのか。普通には、彼は全知全能の神の子だから、そうしたことも解るのだ、ととります。あるいはイエスほどの人は、他人を観察すれば解ると。しかしこれでは思考停止ではないでしょうか。思うに、こうしたゆゆしき知見は、自己の内を覗くことによってしか得られないものです。イエスも、どこかの人妻に図らずも心惹かれたのでしょう。その苦しい情念を鋭く告発する自分のもう一方の声があったに違いないのです」。

ここから有名な「姦淫の女」の物語(ヨハネ八3−11a)の最終部分のイエスの言葉も次のように解釈されます。「問題はここの「私もあなたを断罪しない」とイエスが言うときの「私も」です。これは、「私もあれらの者たちと同類である。だからあなたを断罪しない、する資格がない」、という意味ではないでしょうか。このエピソードの深刻さは、そのようにして初めて十全に開示されます」。これもまた実に「踏み込んだ」解釈と言うべきです。しかしイエスが人の罪を赦す発言を行なったのが事実であるとするなら、そこには何かそれ以上のもの(イエスが自己を「神」と同一視する自覚の問題)が関与していると考えることも可能ではないでしょうか。私はそこにイエスの処刑の根本的な理由―?神罪―を見ています。そこに「神秘家」イエスの実相があるのではないでしょうか。しかしそのことはイエスにはそもそも罪意識がなかったという意味ではありません。いわばイエスは自己の罪を越える地平に立ち得たという仮説を立てることも可能ではないでしょうか。

氏は「主の祈り」の一節についても同様の論旨を展開します。「また、私たちの〔もろもろの〕負債をお赦し下さい、私たちに負債ある者たちを、私たちも赦しましたように」(マタイ6:12並行)について、次のように述べます。「普通はこの「私たち」に中にイエス自身を加えません。イエスが弟子たちに教えた祈りだから、「私たち」は弟子たちの共同体を意味するのだ、と言います。私はしかし、これがイエスの祈りであればあるほど、この「私たち」はイエス自身を含むとしか考えられません。イエス自身が「神」に「負債」の赦しを祈らずにはいなかったのです。そこまで「悪」の淵源をのぞいた人物としてイエスを再評価できるのではないでしょうか。そして、この自己知見こそが、「信仰」内容や民俗宗教的価値基準から自由に、「寛容」に、人間の実相を見るようにイエスを導いたと考えるのです」。ここでもまたイエスが「私」ではなく、「私たち」という地平に立ち得たのはどうしてなのかと問うことができるでしょう。それはイエスが「罪の連帯意識」を徹底的に自覚していたということなのではないでしょうか。

ここで氏は、イエスにおけるもう一つの「負い目」に言及します。それは「社会の最低層の人々への負い目です。イエスは、私の見るところでは、社会の最下層の出ではありません。前提にされるトーラーの知識および言語修辞能力からしても、社会からあぶれた層の出身とは思われませんし、また「大工」と言われている木材等加工業者は、それなりの特殊職です。しかし、「大工」としてガリラヤ全土を巡ったであろうイエスは、ガリラヤの社会の実情をつぶさに見知ったはずです。それは、「大工」としての彼にある種の負い目意識を与えたのではないか、と私は想定します。それを後の福音書伝承は、彼が「腸/はらわたのちぎれる想いに駆られた」(マルコ一40、ルカ一〇33など)と表現しています。居ても立ってもいられない情動です」。これは氏の「社会学的想像力」の所産というべきものであって、あくまでも「想定」に過ぎません。しかし教会という「信仰共同体」がこのような議論を抑圧してきた現実からすれば、氏はきわめてまっとうな常識を働かせているに過ぎないのだと言うこともできます。

このような知見に基づいて、氏はイエスの次の有名な言葉を解釈します。「「乞食たち(あなたがた貧しい人たち…口語訳)は幸いだ、神の王国はあなたたちのものだ」(ルカ6:20b並行)。イエス自身が「乞食たち」の一員なら、「神の王国は我々のものだ」と言ったに違いないのです。「アーメン、私はあなたたちに言う、徴税人と売春婦たちの方が、あなたたちより先に神の王国に入る」(マタイ21:31b)。ここには、彼が社会の最下層部分に投げ込まれている者たちへの共感、その彼らから彼自身がいかに多くを学んだ(かという)事実、そしてそうした現実をそのままにしている現状への激しい憤りが潜んでいると思われます」。イエスの言動をイエスの社会的位相に位置づけて理解しようとする、あるいはイエスの言動からその社会的位相を推定するという作業は、事柄を正確に理解しようとする者にとっては不可避の試みでしょう。しかし従来のキリスト教はそのような歴史的文脈から飛翔して、「神の子」イエスについての「普遍的語り」を遂行してきました。「神学」がそのような言説(言葉のインフレーション)を可能にしてきました。

b.自分の「悪」を止揚するリアリティの覚醒

このような議論を踏まえて、氏はイエスの「公活動」の開始に説き及びます。「公活動」とは、伝統的には「公生涯」と言われてきたことの言い換えでしょう。

「イエスは自分の「悪」あるいは「罪」の問題意識を、当時の神殿体制の中の「贖罪」装置では解決出来なかったと思われます。そもそも彼が言っているような、極端に鋭敏な罪責問題は、当時のトーラー(神殿体制はこれに基づいています)では「罪」に該当しないのです。他方、彼が見ている社会の外輪部分にひしめく人々は、トーラーを守ろうにも守りえず、また守らなかった「罪」を神殿に行って告白し、献げ物を供えて罪の赦しを祭司から聞こうにも、エルサレムに上る余裕も資力もなかったことでしょう。要するに、彼が見ている「悪」の根源を解決できるものが当時のトーラー―神殿体制にはなかっただけでなく、周辺で苦しむ人々の助けになるものも、当時の神殿システムにはなかったのです。そしてまさにそのただ中に、突如バプテスマのヨハネという人物が現れたのです」。

氏は、イエス自身が自分の「悪」あるいは「罪」の問題の解決に迫られていたという前提に立って、その先の議論を進めます。

「ヨハネは自らを神殿体制の外に置き、「罪の赦しに至る回心のバプテスマ」(マルコ一4)を宣べ伝えたとあります。イエスにとっては電撃的な報知だったのではないでしょうか。イエスは、このヨハネのところにこそ解決があるのでは、という予感を持って、彼の許へ赴いたのでしょう。それも、自分がこれまで大黒柱として支えてきた家族を棄てて行ったものと思われます。その決断の強烈さがうかがわれると共に、この行動が逆に、家族に対する新たな負い目を生んだであろうことも想像に難くありません(その痕跡がマルコ三31−34にあると思われます)」。

ここでも、イエスが家族を棄てたのはバプテスマのヨハネの運動に参加した時である、という踏み込んだ仮説が立てられます。これもまた私が考え及んだことがなかったことで、なるほどと思わされます。

「このヨハネのもとでイエスはバプテスマを受け、そのもとに留まり、ヨハネの言葉とヴィジョンとを学んだと思われます。そうしているうちに、突然ヨハネが逮捕され、処刑されます。この時のイエスのショックがどれほどであったか、私たちは知りません。しかしこれを機に、彼はおそらく飛躍したものと思われます。もちろん、「飛躍」したなどとはどこにも書いていないのですが、このあとのイエスの行動形態を見ると、余りにもヨハネのそれとは異なるので、ここに飛躍があったと判断せずにはおれないのです(逆に、もしイエスが初めから、私たちの知っているような公活動を展開することができたのであれば、そもそもヨハネの許へなぜ行く必要があったのか、理解ができないのです)。つまり、ヨハネのもとへ行ったときのイエスは、敏感で思い詰めてはいたものの、普通の壮年者でした。その彼は、ヨハネの死をおそらく契機に、強烈な体験をしたものと想像されます。要するにイエスは、かつての「罪」も「悪」もことごとく止揚するリアリティに遭遇したのでしょう。それは、ヨハネのバプテスマ活動自体を反古にしてしまうほどの透徹した自明性を持っていたのではないかと思うのです。そうした体験がなければ、これ以降の彼のあの活動は生じ得ないように思うのです」。

ここで指摘されている「罪」も「悪」もことごとく止揚するリアリティ、ヨハネのバプテスマ活動自体を反古にしてしまうほどの透徹した自明性ということについて、それがどのようなものであるかを、この段階で氏はそれ以上の説明をしてはいません。いわばそれはイエスの「覚醒体験」というべきもので、私もイエスの身に何かそのようなことが起ったのであろうと考えることに同意します。しかし、それがおそらくヨハネの死を契機として起ったのであろうとするところに、私のような素人には考えつかなかった聖書学者の卓見があります。氏は次の言葉に、「そうした事態のストレートなマニフェスト」を見て取っています。「アーメン、私はお前たちに言う、人の子らには、すべての罪も、〔神を〕冒涜するもろもろの冒涜も赦されるだろう」(マルコ三8)。また次のように付言します、「この体験が、他方ヨハネ譲りの預言者的パトスに火を付け、彼の公活動を惹起したと思われるのです。「さて、ヨハネが〔獄に〕引き渡された後、イエスはガリラヤにやって来た」(マルコ一15)」。

c.非キリスト論的な宣教内容

このイエスの公活動の特徴について、次のように氏は自分の見解をつけ加えます。

「その際のイエスの活動の特徴として、ここでは一点だけ述べておきます。彼はやがて到来する、人間が人間を抑圧することのない、また人間が悪の力に支配されることのない世界を自らの言動で先取り的に描出していったのですが、その時の彼には、己をキリストであるとして宣べ伝えよ、という文句が全くありません。つまりイエスは、自分を「キリスト論的」に特別視するということは全くないのです。これが後代のキリスト教との最大の差でしょう。彼が弟子たちに託した宣教の指示に次のようなものがあります。「そしてその中で病弱の者たちを治せ、そして彼らに言え、『神の王国はあなたたちに近づいた』と」(ルカ一〇9並行)。これは要するに、彼自身が宣べていることがらそのものと何ら差がありません。彼は、自分を「キリスト」であると宣教して廻ったのではなく、やがて到来する(と彼が見た)事態を知らせるべく奔走して廻ったのです」。

ここに書かれていることは、「古典的」には、イエスの「メシア意識」の有無に関わる議論でしょう。私としては、イエスの「神の王国」の到来を告げ知らせる宣教活動に、「人の子」表象がどのように関わっていたのかということが気になります。仮にイエスにとって「人の子」は、自己でありながら自己ではない超越的主体として表象されていたのだとすれば、それは「類的自己」(超個の個)とでも呼ぶべきものであって、そこに宣教活動の「起因」、またはイエスの「覚醒体験」の根幹があるということもできるのではないかと思います。つまり、のちのキリスト論に接続するような「覚の構造」がイエスに全くなかったのかということが問題になるでしょう。そこには「罪」を意識する主体とそれを乗り越えた主体との錯綜した関係を、どのように把えるのかという問題も介在しているように思われます。しかし氏は、イエスには自分を「キリスト論的」に特別視するということが全くなかったと主張することによって、一つのイエス像を突き出しています。そしてそれは一面では正しい主張であり、イエスは人と何ら変わることのない一人の人間であったということを認めるのに吝かであってはならないでしょう。イエス自身がそのような「低み」に生きた人であるということは、福音書を読む限り、否定すべくもありません。

3)イエスの「不寛容」さ

主題の「寛容」に関わる事柄として、ここからイエスの「不寛容」さが取り上げられます。それはイエスの「公活動」の一面を照らし出します。その不寛容さは、福音書に明らかなように、神殿体制の虚偽トーラー墨守主義に対するイエスの「激烈」な批判として示されます。ここで氏がつけ加えている二点(以下のa、b)は特に重要と思われます。

a.政治的激烈さ

「また彼の怒りは、神殿体制以外の抑圧機構への批判とも化します。領主ヘロデ・アンティパスに宣戦布告をするに際し、彼は「行って、あの狐に言え」(ルカ一三30)と言います。ここには、穏やかで智慧深いイエスというイメージとは随分違い、激烈な人物がいます。また、次のような言葉も注目に値します――

「あなたたちが知っている通り、異邦人たちの支配者と思われている者どもは、彼らを暴圧で支配し、彼らの大いなる者どもは、彼らに圧制を加えている……」(マルコ10:43)。

この背後にあるのは、ローマ皇帝たちおよびその支配イデオロギーへの批判です。イエスは政治的では全くなかった、と多くの研究者たちは語ってきましたが、それはその方が解釈する者たちにとって都合が良いので、そのようにイエスを決めつけてきただけではなかったか、もう一度反省する必要があります」。

「生政治的」という言葉が使われるように、そもそも、人間の生(生活)と政治とを切り離すことはできません。政治は、国政(内政)や国際政治(外交)として展開すると同時に、微細な人間関係や日常の経済活動にも働いている「権力」の問題です。人間関係のあり方(支配―被支配、協力―競争、贈与―収奪、利得―損失など)に「権力」が介在しており、それは宗教の世界にも見出されます。イエスのメッセージは「心」の世界にだけ関わるという理解の仕方は、それ自体が極めて政治的な結果をもたらします。また教会内にも、歴然として、「教会政治」の諸形態があります。

b.浄・不浄規定からの脱却

「外から人間の中に入って来て彼を穢すことのできるものは何もない。むしろその人間から出て行くもろもろのものが、その人間を穢すのだ」(マルコ7:15)。

これについて氏は次のように述べます、「この言葉がイエスのものであれば、ここにはトーラーの浄・不浄規定(レビ一一〜一五)そのものをすら乗り越えていくエネルギーが潜んでいます」。イエスがレビ的な浄・不浄規定を乗り越えてしまっているように見えるということと、イエスがなぜ差別なく人と接しえたのかということとは、深く関連している事柄のように思われます。

c.反面教師的側面

イエスの「不寛容」さには「影」の部分があるという氏の以下の指摘は、私には考え及ばなかったことです。

「私はあなたがたに言う、人々の前で私を告白する者は誰でも、〈かの人の子〉もまた神の御使いたちの前でその人について告白するであろう。しかし、人々の面前で私を否む者誰でも、〈かの人の子〉もまた神の御使いたちの面前でその人をまったく否むだろう」(ルカ12:8−9並行、〔再構成〕)。

氏は言います、「このあれかこれかの二者択一の文句は、多くの研究者がイエスのものではないと判断するものです。しかし私にはそのように断ずることは困難だと思われます。特にこの句は、イエスの逮捕が迫る緊張した状況の中で、弟子たちに語られた言葉であるとすれば十分に理解できます。またこれ以外にも、このような「あれかこれか」的な言葉が多くイエスに帰されています。

「私と共にいない者は私に敵対する者だ。また、私と共に集めない者は散らす者だ」(ルカ11:23並行)。

この句はもしかするとイエスのものではないかも知れません。しかし、この中に、イエス的な非寛容的な二者択一の精神が息づいていることも事実です。つまり、こうした「あれかこれか」の発想すべてに、イエスはまったく関係がなかったとは言えない点が重要なのです。後のキリスト教はこの二者択一を迫るイエスの言葉を拡大再生産し、イエスに従わない者への断罪の傾向を強めていくのです。つまり、キリスト教の傲慢さの濫觴は、もしかしたらやはりイエス自身にあるかも知れないのです。彼の心のベクトルの陰影が、後代、彼を理想化する弟子たちとその弟子たちを不幸にも覆って行ったものとも見えるのです」。

「人の子」が「あれかこれか」の命法を発するということに、イエスの宣教の核心があると言えるかも知れません。「人の子」はいわば「超自我」として人の上に君臨するとも言えます。それはイエスであって、同時にイエスを超えた存在です。イエスの宣教への衝迫は、何かそのようなものを前提しなければ理解できないのではないでしょうか。その決断への迫りが「キリスト論的」に増幅されるとき、のちのキリスト教的伝道のスタイルが生まれて来ると言うことができるでしょう。

4)「不寛容」の結果を身に受ける死

こうしてイエスの「公活動」は死の局面を迎えます。

「このように「寛容」さと「不寛容」さをラディカルに背中合わせに持ったイエスは、最後にどうなったでしょうか。その鍵を握る場面がいわゆるゲツセマネのそれ(マルコ一四32−42)だと思います。ここでイエスは、断末魔の心的苦悩を通ったとされています。一体何がイエスを襲ったのか。まず考えられるのは死のヌミノーゼ的な恐れです。確かにイエスは、公の登場の時点で自分の死は覚悟していたでしょう。しかし覚悟していたからといって、最後まで従容としていられるかと言えば、それは保証の限りでないのが人間です。イエスですら、それまで徹底はしていなかったということでしょう。そしてもう一つ。彼の持つ、とりわけ神殿体制等への預言者的怒りです。怒りはどんなに「聖なる」ものであっても、怒りである限り、どこかに暗黒の情念を潜ませています。それは清算を要求し、普通は相手を滅ぼすというベクトルになるはずです。しかしイエスの非凡なところは、その清算を自分を殺させることで貫徹する方向に逆転回させたことでしょう」。

自分を殺させることによって自らの怒りの清算を「逆転回」させたというところに、氏のきわめて独自な解釈があります。通例の革命家であれば、チェ・ゲバラのように、戦いの中で壮絶な死を遂げたということになるのでしょうが、司直の手に渡され、裁かれ、処刑されたイエスの姿に、氏はイエスの「飛躍」を見ます。

「すなわち、ゲツセマネでイエスは、もう一度飛躍したに違いないのです。ゲツセマネ以降のイエスは、それまでのイエスではない。吉本隆明氏に『最後の親鸞』という本がありますが、ここには「最後のイエス」が垣間見える気がするのです。次のヘブライ書の言葉も、おそらくゲツセマネ伝承と同じ根源の伝承に基づいている発言ではないかと思われます。「彼は肉なる人として生きた日々、自分を死から救うことのできる者に向かって、力ある叫びと涙をもって願いと嘆願を献げ、畏敬のゆえに聞き入れられた……」(ヘブライ5:7)。「事は決した。時は来た。……立て、行こう」(マルコ14:41−42)。

「叫びと涙」の果てに飛躍した後のイエスは、もう「禍いなるかな」などと叫びません。裁判の不当性を激しく論難もしませんし、大祭司の机をひっくり返したりもしません。ほぼ全き沈黙を貫いたようです。しかし実は、この沈黙ほど怖ろしい批判はないのです」。

「死に勝利する」ということは、イエスのこのような死への立ち向かい方を言うのだと、氏は言いたいかのようです。それが「飛躍」と言われるのでしょう。

「ゲツセマネの後、ゴルゴダにて息絶えるまでの半日弱が、イエスにとっての最後にして最大のドラマでした。ゴルゴダは、その不寛容な怒りの情念を清算して果てた場所だったのです。

「イエスは、大声を放って息絶えた」(マルコ15:37)。

これは一見敗北に見えます。しかしこれによって、イエスの「不寛容」さは、もっとも「寛容」に貫徹されたとも言えるのです。後代の福音書記者マルコの言葉によると、その死の瞬間、「神殿の幕が真っ二つに裂けた」(マルコ15:38)といいます。見るべき目を持ってみれば、この時、神殿体制の息の根が止められたと言っているのでしょう」。

福音書の記事に即して、「人間イエス」の公活動の顛末を語ろうとすれば、イエスの「十字架の死」は、「これによって、イエスの「不寛容」さは、もっとも「寛容」に貫徹された」と言うほかはないものとして、氏の目に映ずるということでしょう。これまた聖書の内側に「踏み込んだ」解釈(内在的超越とでも言うべきもの)であって、通常の歴史学的、あるいは文献学的解釈の枠を越え出ていると言うべきではないでしょうか。そういうところに私は、大貫、青野、佐藤氏がそれぞれ違ったことを語りつつ、なお互いに共通している傾向を感じます。三人ともきっと信心深い青年期を過ごしたのでしょう。

5)考察

ここからはキリスト教についての「神学的考察(セオロジカル・リフレクション)」ならぬ「非神学的考察」がなされます。

5.1 「キリスト教の再定義」

「こうしたイエスの側面を十全に取り入れて事柄を考えた場合、今までのキリスト教の教義信条的な枠組では、イエスの人間的な生々しさとその意味合いを十分に汲み取れないことが分かります。伝統的定義では、キリスト教とは「イエスをキリストと認め、その人格と教えとを中心とする宗教」(『広辞苑』参照)と言われます。その基本は、「イエスをキリストと認める」ところに成立するのですが、これは私たちの世界には意味の消滅したお題目になってしまっています。キリストとは「メシア」(油塗られた者)というヘブライ語に由来する古語であるために、私たちの語感からはズレてしまっているのです。また、イエスの「人格と教えを中心とする」と言っても、そのイエス自身が「神の子」云々として初めから神聖体であったわけでは実はなく、彼自身が変貌し、飛躍し続けたという観点から見直すべきであり、そしてその際、イエスの強さと弱さ、限界と深さとをどのように受け止め、そこから勇気を汲み取るかだと思います。そこで、たとえば試みに、次のようにキリスト教を再定義したいと思うのです。キリスト教とは、

「イエスにおいて人間の本質と可能性を知り、イエスの生死に学ぶ宗教」

である、と。ここには「キリスト」という言葉が出てきません。もしどうしても「キリスト」という言葉を入れずに済まないというのであれば、「人間の本質と可能性」を「メシア」(およびそのギリシャ語形の「キリスト」)という符牒で表しても構わないでしょうから、そのような形で注釈的に入れればよいでしょう。問題は、どのような名称をイエスに付けるかではなく、イエスにおいて、人間の本来の深みとその展開の可能性をどのように学ぶかだと思います。「寛容」「不寛容」を軸に、この点をもう一度まとめてみましょう」。

キリスト教の「再定義」の試みとは、私に言わせれば、キリスト教の「再改革(リ・リフォーメーション)」の試みのことです。森有正風に「経験」が「言葉」を定義すると言ってよければ、今日の人々の「経験」が、もはやこれまでのキリスト教の「定義」によっては汲み取れなくなっている以上、それを「再定義」しようとする欲求が生じて来るのは避けられないことです。それを無理やり旧来の定義に押し込めようとしても、人々の欲求不満は高まるばかりでしょう。キリスト教が「KY(空気が読めない)」を決め込んでも、それはどこかの誰かさんのように自壊するだけのことです。

5.2 「非寛容」なまでに自己の悪の根源を見るイエス

「これまで、この点を私は強調してきました。このような自己の観察は、新約学の伝承史研究の術後を使えば、イエスの「知恵(文学)的」(sapiential)な深みと名付けることができます。イエスが知恵者ないし知恵の教師の伝統に立っているというのは、最近のイエス研究の一つのコンセンサスですが、それを何よりも自己観察のラディカルさというところで確認したいと思います。また、ここからすれば、「イエスの無罪性」という一般キリスト教的教義は、空想的な神話でしかなくなります。カルケドン信条のナイーブさはもはや維持されません。イエスが私たちと同じだというなら、それは「罪」性においてこそ同じでなければなりません。その鋭い罪性の自覚において、イエスは私たちにとってprimus inter pares(同等の者のうちの筆頭の者)と理解されるべきでしょう。この点では、「言が肉となった」というヨハネ福音書(一14)の言葉は、文字通りに貫徹される必要があります。ヨハネ福音書のイエスは、まだ中途半端でしか「肉となって」おりません。そして、この様に見てくれば、「愚禿」と自称した親鸞聖人とイエスとの比較も意味を持ってくるでしょう。私たちと同じであるからこそ私たちを癒せる、という人間学的大原則に立って、イエスの救済者としての意味を再考すべきなのです。キリスト論は大きく書き換えられねばなりません」。

私はキリスト論が知恵文学と関わりがあるであろうという漠たる認識を持っていましたが、ここではイエス自身が知恵の教師であったという、それとは次元の異なる、ラディカルな認識が示されます。しかし氏は福音書の伝記的な枠組を大筋において堅持するという意味で、バートン・マックなどの言う、犬儒派的な放浪の教師というイエスのイメージに比べて、なお「穏健」な立場を貫いています。そこに「荒井学派」の堅実性があると言うことができるでしょう。たとえば、イエスの十字架の死は疑いのない史実として前提されています。そこに旧来のキリスト教と「聖書学」との接点があります。しかし「十字架」は、現象学的に「還元」されてこそ意味をなす事柄であって、その史実性に関しては、決して断言できるような性質のものではないのではないかと思います。

5.3 「寛容」に他者を受容するイエス

「イエスにとっては、今、この場において、人間がいかに「観念」や「損得」を捨てて現実に出会うかが大事なことでした。そこからすれば、「教義・教理」は第二義的な意味しか持ち得ません。「信仰義認」などというものすらありません。たしかに福音書の中には、「あなたの信頼があなたを救ったのだ」(マルコ五34など)という言葉をイエスは何度も口にしています。しかしこれは、イエスに対して全幅の信頼を寄せてくる障碍者にイエス自身が感動して口にしている言葉ととるべきで、信仰義認論とは関係ありません(ですから、「あなたの信仰があなたを救った」と訳すべきではないのです)。「教理」や「信仰告白」ではなく、社会的人間的凄惨さの直面とそれを超えるヴィジョンが問題です。あるいは、どのようにしてイエスの生と死とに肉薄するか、です。イエスに対して「信仰告白」をしても、それは――イエスの視座からすれば――第二義的な意味しか持たないことを改めて私たちは熟考すべきだと思います。また、さらに私は、イエス自身が変貌し、また変貌させられてきたことを指摘しました。全知全能にして永遠に不変のイエスというイメージは、キリスト教徒の宗教的ファンタジーが作った映像です。イエスにはむしろ、自己が変化させられていくオープンな学びがあったと知るべきでしょう。「寛容」さの極限は、自己が変貌することをも大きく容認するところにあるのです」。

私は「教理」に基づいて聖書の字句を解釈するカルヴィニスト右派の説教を何度も聞いたことがあります。その論法は極めて戦闘的で、普通の感覚の持主であれば、反発を感じるしかないようなものでした。それに比べれば、氏の説くところは「一服の清涼剤」と言うべきものです。寛容であるとは、対話を通して、あるいは現実に直面することによって、自分が変わる可能性を認めるところにあるという氏の指摘は、今日の世界にあって極めて大切な教訓です。それをイエス自身のうちに見出すところに氏の徹底した姿勢があります。ドグマに固執する姿勢には寛容さは微塵もありません。

5.4 「非寛容」に他者の偽善を批判するイエス

「こうしたイエスの「寛容」さは、しかし、多数の者の悲惨な現実を己の利害のために維持しようとする権力志向に対する激しい批判のパトスと表裏一体です。これは知恵の伝統から来るよりは、預言者の伝統の迸りです。こちらの点からすれば、彼は日本の日蓮上人とも比較できます。イエスには明らかにこの二面が双方あって、それらが渾然と醗酵過程にある感がするのです。

大事なことは、彼がこの後者のパトスを、怒りの対象を攻撃的に殲滅しつくすことで清算しようとしたのではなく、このパトスの攻撃性を自らの身に受け止めて清算していったことです。あの批判の行き着く先が、己の命を擲って「不寛容」の帰結を受容していくことだった点は、イエスの最も秀逸な点です。歴史上のキリスト教やキリスト教国家が、「キリスト」への信仰告白にこだわり、この点のまねびに徹して来れなかったとすれば、それはもっとも重要なところでイエスを裏切り続けてきたということなのです」。

ここでゲツセマネのイエスの祈りについての氏の解釈が再論されます。自己の死によって自己矛盾を清算するということは、結局、人間の現実の生には何の解決も与えられないという結論に導くものではないでしょうか。それは無(否定)の極致というべきものです。それがなぜ最も秀逸な点であると言われるのでしょうか。そこに氏の「宗教哲学」の核心があると言うべきでしょう。いわば「無信仰の信仰」(関根正雄)がそこにあるのではないでしょうか。それをイエス自身の事柄として語るところに氏の徹底した姿勢があります。否定神学の極致とでも言うべき立場がそこにあります。

5.5 「信仰」型宗教よりも「覚知」型宗教へ

a.「覚知」

「イエスがこのように飛躍していったということは、彼自身が重要なそれぞれの局面において、ある圧倒的な原リアリティとでも言うべきものを体験的に「覚知」していったということです。したがって、このイエスに学ぶということは、単に彼を「信ずる」という次元に留まるのではなく、彼が覚知したものを私たちも同じように覚知するという課題を鮮明にするのです。イエスは、自己の悪を圧倒的に止揚するリアリティを覚知したと言いましたが、私たちも、その原リアリティを自ら「追覚知」し、「追体験」し、寒暖自知的に納得する必要性があるということです。それは「信仰」するだけでは、実は不十分なのです」。

イエスに「罪」意識があったと踏み込んだ解釈を行なうことは、同時に、イエスにはそれぞれの局面で飛躍(成長)があったと見なすことを意味します。そこには彼がその時々に「覚知」した「原リアリティ」があった筈であるというのが、著者の人間イエスに対する徹底した視座を構成しています。旧来の「信仰」はその目をくらませてしまいます。

「またイエスのあり方からは、このリアリティが覚知されたとき、その言語表現には徹底した自由があるべきだということも演繹されるでしょう。このリアリティは所詮言語表現不可能なものです。ということは、別の言い方をすれば、どのようにでも言語表現可能だということでもあります。だからこそ、この点の「寛容」さの素地ができるのです。イエス自身、これを「神」「父」「王」「神の王国」「かの人の子」などの概念で多様に表現しました。さらに言えば、譬話では概念的な表現すらなされていない場合が多くあります。善きサマリア人の譬では、概念で実体的に定義なぞされていません(このサマリア教徒は「神」のメタファーではありません)。再三言いますが、「神」とか「キリスト」とかいう概念ではなく、活きたリアリティなのです。それを全霊的に覚知することなのです」。

概念が先行する思想が問題なのではなく、ある表現を生み出すリアリティがあって、それはもともと言葉では表現できないものであり、言い換えれば、どのようにでも表現できる筈のものであるというところに、「リアリティの覚知」という、氏の基本的な着眼があると言えます。それは「教理的な信仰」の対極にあるものです。

「そして最後に、イエスに学ぶというのであれば、この原リアリティに動かされる生き方・死に方がどの様にして可能か、イエスに倣って問う作業が不断に生じることになります。イエス自身は、今述べたように、このリアリティを時には「神の王国」という言葉でも表しましたが、それは人間が相互に差別・抑圧・排除することのない世界を指し示しています。それを目指してどのようにアクティブな非暴力を生き抜くか、それこそイエスに学び従うことの意義でしょう。その意味では、それを追求するのには、いわゆる「キリスト教徒」である必要すらないと言えるのです。あるいは逆に、「仏教徒」であっても何教徒であっても、この点において、言葉の十分な意味においてイエスの弟子かつ同志になりうるということです。ヒンズー教徒マハトマ・ガンジーは、イエスの見事な信奉者に外なりません」。

新約聖書に記述されたイエス像の核心に迫り、そのイエスに従う者となるところに、現代における「イミタチオ・クリスチ」とも言うべき、キリスト教徒の生き方・死に方があると言われています。それはキリスト教徒である必要すらない人間の基本的な課題であって、その範例はマハトマ・ガンジーのうちに見出されるとも言われます。「この原リアリティに動かされる生き方・死に方がどの様にして可能か、イエスに倣って問う作業が不断に生じる」という氏の基本的な立場に、私は「イエスに従う者たち(followers of Jesus)」としての「キリスト教徒」の「再定義」を見ます。

b.「禅那」の道

「このリアリティを覚知するにはどうするか。伝統的には「神に祈る」という答がありました。福音書には、イエスがしばしば、孤独のうちに長い祈りをしている姿が描かれます――

「彼は朝早く、まだ暗いうちに起き上がって出て行き、人なき荒涼とした処で祈っていた」(マルコ1:35)。

このイエスの祈りは、どういう祈りだったのでしょう。「人なき涼とした処で」何時間も「祈る」には、言葉で神に祈るだけではないと思います。言葉で祈るとしたら、短時間に終わるでしょう。すると後は、それを何度も繰り返すか、あるいは再びああでもない、こうでもないと頭を使うことになります。しかし、頭を使い出したら――それはそれで重要な機能ではあっても――原リアリティの覚知の道ではありません」。

プロテスタントには「自由祈祷」の習慣があります。祈祷文などを用いないで、神に自由に語りかけることですが、教会などの礼拝の場で、まるで神に向かって演説でもしているような「祈り」に接することがあります。プロテスタントにも、沈黙の祈りというものはあります(黙祷)。しかし、クウェーカーなどの例外はあっても、その方法が開発されまた奨励されてきたようには思われません。「神」が対象化されていて、その前で祈ることが、キリスト者の特権的な行為であるとされているからでしょう。

「つまり私は、「禅那」の道を積極的に受容推進することの重要性を申し上げたいのです。「禅那」とは――これを短くすれば「禅」ですが――元来サンスクリット語のジャーナ(原語表記略)の音訳です。つまり、瞑想、それも非対象的瞑想のことです。自分の外部の何らかの対象物を瞑想するのではなく、自分の中の形象のないものに深く没入し、三昧(サマディ、原語表記略)に入る瞑想です(現在の日本では、「三昧」という言葉はまったく俗化した誤解形態でしか使われていません)。こうすることで、知的な自我体が解体していき、全存在感性が原リアリティの磁場に入るのです。キリスト教はもう長らくこの瞑想行を忘れてきました。とくにプロテスタントはそれが甚だしい。いわば、大脳皮質のみ肥大化し、脳幹感覚が枯渇しているようなものです。この点では、新しく定義された「キリスト教」は、覚知型の宗教とりわけ禅仏教から多大なものを学ぶことが出来ます。キリスト教が「寛容」になり、腰を低くして禅仏教から学びうる宝財がここにあります。というよりも、この作業は、実はヨーロッパでは三〇〜四〇年前に既にもう始まっていることなのです。日本では、まだほとんど始まっていないだけなのです」。

禅仏教から学ぶということでは、日本でもプロテスタントでは戦前の禅者牧師吉田清太郎、カトリックでは戦後の門脇佳吉司祭などの例があります。しかしキリスト教には選民的な特権意識がなお根強くあって、多くのキリスト者は「腰を低くする」必要を殆んど感じてはいません。その傲慢さは度し難いほどです。なお「実はヨーロッパでは三〇〜四〇年前に既にもう始まっている」というのは、ヨーロッパの修道院での禅道場の建設の運動などのことを言っているのではないかと思われます。

「ですから、キリスト教の礼拝も、もっとも「禅那」の資質を深く取り入れなければなりません。深々とした「沈黙」の要素が必要なのです。場合によっては、「説教」なぞほとんど要らない――要らないというと語弊があるなら、今の何分の一かに削ぎ落とせばいい。そして、意識というものの宗教的な深層次元に体験として降り立つのです。この必要性は、キリスト教の世界を超えて、特に「ケータイ」文化に完全に乗っ取られた現代日本では、人間の精神的バランスを獲得する意味で、一般的健康の面ですら必須だと思います」。

ヨガ、気功、各種の瞑想法などが一部に流行しているのは、確かに人々の健康増進の意識の然らしめるところで、遠く大正時代には「静坐」が流行ったことがあります。このような一般的バランス感覚からしても、徒に「大脳皮質」ばかりを酷使するプロテスタント・キリスト教のあり方には大きな限界があると言うべきでしょう。

5.6 〈共鳴共同体〉の広がりへ

「私は、こうして新しく定義されたキリスト教を、カトリック、正教、プロテスタントにならぶ第四の派にしようなどという妄想を描いているのではありません。再定義されたキリスト教は、そうした縦割りの派閥ではなく、カトリック、正教、プロテスタントのどの場でも、いわば「横割り」に成立しうるものです。この、既存教会を横断的に繋がる人々の靭帯は、俗に言う「異端」や他宗派、それに他宗教などの異者的存在とも全くオープンに共鳴し合える、いうなれば〈共鳴共同体〉を形成して行くことでしょう。「共鳴」だけで不十分だと思わないで下さい。額面上は異なったままでありつつも、同質のリアリティが響きあっていると理解し合える方が、むしろ、比較にならないほど深い次元の絆を形成するのです。真に「寛容」な共同体は、共鳴共同体に相違ないのです」。

共鳴という言葉で、氏は、主として精神的な共鳴共振のことを考えているのではないかと思われます。しかしシナジー(synergy)という言葉が示唆するように、物質的な次元をも含めた協同/協力というというところまで、共鳴が具体化されることも視野に入れるべきではないでしょうか。なお、私は自ら「元キリスト者」を名乗ることによって、既成教会から距離を置こうとしてきましたが、それは孤立を意味するだけであって、ほかの人たちと共鳴し合うということがありません。だから既成教会から排除されない限り、「再定義」された意味での「キリスト者」が、横断的に共鳴共同体を形成して行くという氏の戦略の方が優れています。ともあれ、「イエスに従う者たち」は、いわば広義キリスト者(Christians at large)であって、その存在はこれからも教会の内外に広がって行くでしょう。

6)結論「キリスト教はどこまで寛容か」

6.1 核心事には非妥協的に、かつそれゆえに最後まで寛容に

「結論を出す段になりました。私は、真のキリスト教は、人間が抑圧なく、一つに響き合えるという核心事(Sache)の実現のためにはあくまで非妥協的に、かつそれゆえにそれ以外の一切では徹底的に寛容になりうると思います。ここでは、非妥協性――「不寛容」というよりもこの言葉の方が良いように思います――と寛容性とが相即します。そしてこれが、歴史のイエスの生死から学べる道の核心だと思うのです」。

ここに述べられている結論が原理的に正しいものではあっても、その実行は極めて困難であるということを、私は知っているつもりです。それは「突き詰めた」、場合によっては、「思い詰めた」立場であって、いざそれを実行する段になると、さまざまな困難が立ちはだかってきます。いわばそれは「憲法第九条」のようなものであって、既存の「合理性」によっては到達不可能と判断されるほかはない「理念」ないし「目標」であると言えます。それを自ら実践しようとする者は、イエスのように「磔刑」を覚悟しなければならないという程のものでしょう。しかし人間の解放はその一事(Sache)に掛かっているということもまた真実であると言わなくてはならないでしょう。

6.2 キリスト教の最終目標

「そして、もう一つ付加しておきますが、そうしたキリスト教の人間的な最終目標は何か、といいますと、「真の普通の人間になること」であると敢えて言語化したいと思います。キリスト教徒には、どこか自分たちが何か特別のことをしている、特別に偉いことをしている、という観念がありがちだからです。俗な次元で言えば、神様を信じたからには、何かいいことがないと困る、少なくとも自分が偉くなったような気になりたい、という隠れた想いです。しかしこれは妄想です。本当は、イエスのことなぞ考えずに、最後のイエスのようになれるのが最もいいのです。逆説的に響きますが、キリスト教の最後の一歩は、キリスト教をも忘れることではないでしょうか。それこそ真の、普通の人間の成就でしょう。イエスを意識的に祭り上げ、その祭り上げたイエスの側に自分を特別に置こうとすることこそ、実はイエスをひそかに裏切り続けることなのです。これまでのキリスト教は、この「罪」に余りにも染まりすぎていたように思うのです」。

西田幾多郎の言葉を借りて、平常底(commonplace)に生きるということは、いわば平凡であることの非凡さと言うべきものであって、人間はどうしても思い上がったり、舞い上がったりしてしまいがちです。最後のイエスのようになれるなどというのは決して「普通の」ことではありません。しかしそこに「真の普通」さがあると氏は言いたいのでしょう。このように直截にものを言う聖書学者が現われたというのは、日本のキリスト教界にとって一つの「事件」ではないでしょうか。「閑老人のつぶやき」とは迫力が違います。この時の集会の空気には氏の講演に「共鳴」する人たちの熱気があったと聞きました。私としては「共鳴共同体」の広がりに期待すること大なるものがあります。

注記) この講演録は近刊の佐藤研著『禅キリスト教の誕生』(岩波書店、2007年10月)に収録されています。なおこの本では、ヨーロッパにおける「禅キリスト教の誕生」とでも言うべき、新しい宗教運動が紹介されています。


[ FIRACORN

私のメール・アドレスは長たらしいのですが、それはアドレスの中にfir_acornという文字が入っているからです。その「略語」に私は自分自身の課題を見出しています。

firは「もみの木」、acornは「どんぐり」のことです。しかしfirというのはFree Institute of Religionsの略語で、宗教を自由に研究する所(自由宗教研究所)という程の意味です。そんなものがどこかに存在するということではなく、目下は私の書斎の営みに過ぎません。またacornAssociational Church of ReNunciation and ReNovationのことで、既成教会との縁を切って(renunciation)、教会をassociational churchとして刷新する(renovation)という意味になります。これもどこにも存在しない理念に留まっています。つまりどちらも架空の存在で、単に私の理想はそこにあるということを意味しています。

つまり私の営みは、「もみの木研究所」における宗教の自由な研究であり、「どんぐり教会」の一員としてその実践に携わるという、架空の課題の上に成り立っています。

宗教の自由研究の中身はと言えば、目下のところは、このホームページに掲載されているような研究活動で、その不十分さは当人が一番よく知っています。いわば非専門家の戯言のようなものです。Acornの方は、一時「家庭集会」を持っていたこともありますが、その実践にはなかなか難しい面があります。だから、他の人たちとその理念を共有するところまで行っていません。associational churchの意味は、一個の自発的結社(ボランタリー・アソシエーション)としての「入退会自由」な教会という程の意味です。その中身はと言えば、「教会はどうなるのか」で書いたように、私は主な内容として聖書講話・宗教座談・愛餐親睦を考えて来ました。それは佐藤研氏の言う「共鳴共同体」の一表現であると言うこともできます。いわば、それは「教会の中の小さな教会」として、つつましやかに存在すべきものです。それが別個の教派になるということでは決してありません。思えば若いときから私はそのようなことを考えて来たのですが、そのことについては殆んど何もして来なかった自分の怠慢を恥じています。

というわけで、FIRACORNは私の心の中にだけ存在しています。しかしそのような考えが「ユートピア」として、つまり「どこにもない場所」として、今までの私の探求を導いてきたのだと言うことができます。(トピアというのは、場所(トポス)のことで、ユーは否定の接頭辞です。つまりユートピアは「どこにもない」ということを意味しています。鈴木亨はそれを「無の場所」と言い換えていたのではなかったかと思います。)

しかし佐藤研氏の論文を読んで、キリスト教の「再定義」の必要性を論じ、「共鳴共同体」を提唱する聖書学者が存在しているということを知り、私がFIRACORNとして考えて来たことは、その方向性において間違ってはいなかったのだという心証を得ることができました。それが社会変革につながるという大それた結果に直ぐには結びつかないとしても、これまでキリスト教に関わって来た者の一つの総括として、FIRACORNは私の心に一つの照明を投げかけています。

「どんぐりの背比べ」ではありませんが、みな押しなべて平等で、心に感じていることを、互に自由に話し合う集会が持たれるならば、それは何ほどかの「解放」を伴うことになるでしょう。既成教会がせめてそのような場所であってほしいと私は願っています。信徒を教理で縛りつけて、「狭窄衣」を着込んだような堅物を生産することが教会の目的であってはならないでしょう。既成教会がそのようなものとして私に感じられる限りは、私のFIRACORNの理想は、これからも意味を持ち続けることになるでしょう。


\ 根本的作業仮説

青野太潮氏の『「十字架の神学」の展開』(新教出版社)を読んでいて、滝沢克己の思想について私が考えてきたことを、もう一度整理する必要を感じました。

私は滝沢のあの定式を「神の場における神人の不可侵の同一性=不可逆の二重性・不可分の両義性・不可同の相補性」と言い換えたのですが、それは「普遍的キリスト論」であると見なしてきました。そもそもキリスト教は「イエスの宗教」の理論化であるという側面を持っていますが、それを徹底的に普遍化したところに滝沢の思想があると考えてきました。その理論的順序からすれば、「神人の第一義の接触」は太古からの普遍的真理であって、イエスはその真理を歴史的具体的に体現した人(神人の第二義の接触)であるということになります。

しかし歴史的順序からすれば「イエスの宗教」にこそ神人の第一義の接触を認めるべきであって、その後に成立した「キリスト論」の方こそ、第二義の接触とすべきではないのでしょうか。つまり「キリスト論」はイエスの「覚の構造」のキリスト論的理論化であって、そこに普遍的意義があるとしても、それは「理論」として「作業仮説」に留まるものではないでしょうか。滝沢神人学は「根本的作業仮説」であって、それはあくまでも聖書解釈という場において、その真理性が検証されるべきものなのではないでしょうか。

滝沢の思想の特徴は、その「仮説」を万人に妥当すべき真理であるとした点にあります。つまり(教会における)聖書解釈という場を離れて、それは「万人のこととしての宗教」の真理であると主張した点にあります。だからこそ「普遍的キリスト論」であると言われなくてはならないのですが、そうなるとそれは、「根本的作業仮説」として、たとえば仏教的な「覚の構造」にも適用されるか否かが問われることになります。

私はかつて滝沢はロゴスの人であったと言ったことがありますが、それは「仮説」がその境域を越えて「普遍的真理」であると主張されることを意味しています。それは、取りも直さず、キリスト論の形而上学化であると言うべきことなのではないでしょうか。

私は滝沢神人学の「根本的作業仮説」としての意義を認めます。だから聖書解釈においてもそれが有効性を持つということを否定しません。しかしあたかも伝家の宝刀のように、それが最後に引き抜かれて何でも解明できる「原理」となってしまうことには抵抗を感じます。あくまでもそれは仮説であって、事実に即して、その真理性がその都度検証されるべき事柄なのではないでしょうか。私たちは真理が断定的に主張されることに魅力を覚えます。しかしそれはもう一つの普遍的な宗教が生れてしまうことを意味してはならないでしょう。滝沢の思想が教会の教条主義を脱却せしめる契機となったことを評価しますが、私としては、キリスト論の理論的順序からではなく、イエスの宗教の歴史的順序に即してキリスト教を再考することに意義を見出しています。

キリスト論は、イエスの宗教の普遍的理論化であって、その適用の範囲を拡大する役割を持っています。しかし理論には理論の限界があります。「普遍的キリスト論」といえども、その適用の範囲には限界があって、それによってすべてが解明されてしまうわけのものではないでしょう。滝沢神人学がこの私にとって何を意味しうるのか、それを「根本的作業仮説」として受け止め直し、今後もその意義を考えて行きたいと思います。


] 自己増殖する価値

「また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。すなわち、それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて、旅に出た。五タラントを渡されたものは、すぐに行って、それで商売をして、ほかに五タラントをもうけた。二タラントの者も同様にして、ほかに二タラントをもうけた。しかし、一タラントを渡された者は、行って地を掘り、主人の金を隠しておいた。だいぶ時がたってから、これらの僕の主人が帰ってきて、彼らと計算をしはじめた。すると五タラントを渡された者が進み出て、ほかの五タラントをさし出して言った、『ご主人様、あなたはわたしに五タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに五タラントをもうけました』。主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。二タラントの者も進み出て言った、『ご主人様、あなたはわたしに二タラントをお預けになりましたが、ごらんのとおり、ほかに二タラントをもうけました』。主人は彼に言った、『良い忠実な僕よ、よくやった。あなたはわずかなものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ』。一タラントを渡された者も進み出て言った、『ご主人様、わたしはあなたが、まかない所から刈り、散らさない所から集める酷な人であることを承知していました。そこで恐ろしさのあまり、行って、あなたのタラントを地の中に隠しておきました。ごらんください。ここにあなたのお金がございます』。すると、主人は彼に答えて言った、『悪い怠惰な僕よ、あなたはわたしが、まかない所から刈り、散らさない所から集めることを知っているのか。それなら、わたしの金を銀行に預けておくべきであった。そうしたら、わたしは帰ってきて、利子と一緒にわたしの金を返してもらえたであろうに。さあ、そのタラントをこの者から取りあげて、十タラントを持っている者にやりなさい。おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼は、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう』」(マタイ25:14−30)。

資本とは「自己増殖する価値」であると言われます。競争的市場経済にあっては、増殖しない資本は倒産する憂き目に合います。その世界では、増えもしなければ減りもしないということは、すなわち減ることを意味しています。そして競争に負けて元も子もなくしてしまうことを意味しています。資本の「自己増殖」は至上命題であって、増やすことだけが生き残る道となります。この譬え話のタラントは貨幣の単位で、周知の通り、タレント(才能)の元となった言葉です。人間の才能も、同様に死蔵しているだけでは何の意味もありません。「学習のサイクル」、「敏感期」、「フロー体験」で触れたような形で、その能力や才能が伸ばされて行かなくては、人間は人間として独り立ちして行くことができません。そこに人間の成長があります。人間には成長への欲求が備わっています。しかしフランスの哲学者アランが指摘したように、学校の生徒の中に「自発的地獄落ち」としか言いようがない者が存在します。勉強することを頑なに拒む生徒がいます。しかし自分に備わった欲求が素直に表現されないということには、それなりの理由があると思われます。競争的環境それ自体が自分の才能を伸ばすことへのためらいとなっている場合もあるでしょう。強制的な学習環境というものも人間を素直にさせない理由の一つでしょう。聖書の譬え話に出てくる「酷な主人」のように、世の支配者が人民の「能力・学力」を伸ばしたがるのは、結局はその能力を「搾取」したいためであるからでしょう。そうすると「自発的地獄落ち」も反抗の手段であるということになります。労働者のサボタージュのように、「悪い怠惰な僕」であることが反抗の手段であるということは、十分にありうることです。

このように考えると、この譬え話で何が主張されているのか、よく吟味する必要が生れてくるでしょう。自分の欲求に従って与えられた能力を「倍増」させて行くことが、人間の生き方というものであると理解するのが素直な読み方というものでしょう。確かにそれは「いのちの理法」であると考えることができます。しかしそれだけで問題は解決しないでしょう。この世の中には実際「まかない所から刈り、散らさない所から集める」酷な主人が存在しているからです。「悪い怠惰な僕」にも「三分の理」があります。

人間の生き方が「正のスパイラル」を描くのか、それとも「負のスパイラル」を描くのかということは、大きく環境に依存しています。もし「天国」が人間の協調的協力的な関係を示唆しているのであれば、「天国」とは人間の能力が素直に伸ばされ、素直に評価される世界のことであるということになります。しかし他を押しのけて自分が勝たなければならない世界では、能力の発揮は自分が「勝ち組」に入るためであって、その場合には、「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。この役に立たない僕を外の暗い所に追い出すがよい。彼は、そこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう」ということになります。すなわち「負け組」には悲惨な生活が待ち受けています。そして是が非でも「勝ち組」に留まりたいという動機から、不正や偽装を行ってでも利潤を上げなければならないという圧力も生れてきます。まさかイエスはそれこそが「天国」であると言ったわけではないでしょう。人間の生の現実は一筋縄では解明できません。この譬え話の解釈にあたっても、単純には割り切れない側面があると言うべきではないでしょうか。

「自己増殖する価値」の世界がそのまま「天国」なのではありません。自己増殖する価値それ自体が恐慌をおびき寄せ、自然と他人を搾取し、環境を破壊し、自らの命運を破滅へと導くのだとしたら、我々は、一タラントの「自発的地獄落ち」の者にも注目する必要があるのではないでしょうか。


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