666の獣の宗教画
神から啓示を受けるヨハネ

治療の水の真相(2)―――『666』と『777』―――
          

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『666』と『777』


 先ず、
『777』の数字で思い浮かぶのは、『666』の数字です。これは誰もが連想するところだと想うのですが、聖書のヨハネ黙示禄の中にある666である獣の数字、一般的には悪魔の数字等とも想われているようですが、その意味するところは簡単に云えばアンチ・キリストのことであり、ミロク(キリスト)の経綸に逆らうもののことなのです。
深く云えば、アンチ・キリストのエネルギーのことであり物質性のフォースのことです。これは人間の獣性(動物性)を意味しております。
 神道的に云えば、体主霊従のことであり、我よしの利己主義と簡単に考えてもいいでしょう。
只、「666」の6がこれから説明するバイシス星団の6光線と関係があるかも知れないと云うことで、バイシス星団の6光線は他との競争に基づく個やグループの成長を促すものですから、これと関係があるかも知れません。 人間の動物性つまり弱肉強食性は、このバイシスの6光線の特質の中でいかんなく発揮されてゆくわけでありまして、現在までの、人類の物質文明を成長へと押し上げて来たのは、正にこのバイシス星団から放射されている六光線と人間の動物性がうまく作用しあって、人間の能力として発揮されて来た為だと考えられます。

 六という数字は、本来
『神と人とが開く』という意味がありまして、しかも七の一歩手前であります。この六が三つ並ぶというのは、物質文明を創造発達させる為の霊・力・体、つまり造化の三神の働きと推察することが出来ます。それは、霊文明が開花する前の物質文明の発達のことなのかも知れません。加えて、この六光線を基にした創造主、大神の働きによって、現在までのような物質文明は発達して来たのですが、この666には人類の獣性(動物性)を利用し、物質主義に基づく現代文明をここまで発達させてきた大神のご意志をも感じ取ることが出来るのではないでしょうか。
 666が獣の数字と呼ばれるのには、非常に意味のあることで、人類の物質主義も利己主義も他との権益争い等々も、すべてこの人間の獣性が原因になっているわけです。この人間の獣性は物質性のフォースに基づいているものでありまして、これが人類を破滅へと導いているすべての原因でもあるのです。
 物質性のフォースというのは、神がこの宇宙の物質の側面を支えるための働きと簡単に解釈することも出来るのですが、人間というのはこの宇宙の中において独特な存在でありまして、物質の側面と霊なる側面が融合して一個の人間というものが存在しているのです。
この中で霊性の方向に向かうのが人間の進化なのですが、物質性のフォースというのはこれとは逆の方向に向かっていくのが進化なのです。
 これを逆進化の流れともいうのですが、より粗い波動を求めて下降してゆくのです。人間は霊性へと向かう上昇の弧にあり、これとは逆に物質性のフォースというのはより物質性の側面の方向へ向かう下降の弧の流れなのです。
このような中にあり、人間は上昇へと向かうエネルギーと下降へと向かうエネルギーの、両方の影響力に晒されているわけでありまして、このため常に葛藤しているわけです。
 進化というのはこのような中で、上昇の弧の流れに沿うことでありまして、霊性を開発してゆくことにほかならないのです。霊性の開発イコール人間の進化なのです。人間は自身の物質性を霊化してゆくことが天命でありまして、これを霊化しきってしまいますと、物質性の法則から自由になることが出来るのです。
今の人類と云うのは、物質性の法則の中にとらわれているわけでありまして、心身ともに物質性の中に縛られてしまっている状態なのです。
 いわゆる本来性の自己の智慧や力が、物資性の法則の中で限定されてしまっているわけです。ですから霊性を完全に開発した人間は、このような限定がなくなるわけでありまして、今までは精神が物質の中に閉じ込められていたのですが、悟りますと精神が物質を自由に出来るようになるのです。そのような人にとっては物質は心のままに自由にすることが出来るのです。
 これは宗教的には解脱をするとか証覚を得るとか云われる状態でありまして、真の信仰というのは、内在している自己の力を表に出すことにほかならないのです。このように人間にとって自己の霊性を開発してゆくことが生きている目的の一つなのであります。そしてもう一つ五井先生が教えてくださっているように、人間の使命にはこの世の中そのものを霊化してゆくことがその天命としてあるのです。
 大本の出口王仁三郎聖師が教えてくださっておりますが、
『人間の使命は天壌無窮の地上天国を創ることにあり』と。正にこれこそ人間の重要な天命に他ならず、誰も彼もに内在している神性の特質そのものなのです。簡単に云えば世界平和の為に働くことが人間の天命であるわけです。
 その為には人類の霊性を開発してゆくことであり、世界を霊化してゆくことなのです。
人類は本来このような上昇の弧に沿った生き方をしなければならないのですが、現在までの人類は物質性のフォースの影響を強く受けており、その獣性(動物性)をいかんなく発揮してしまっております。
その獣性から発しているのが、物質主義や利己主義であり、体主霊従の我よしのやり方です。
今の人類は正に、この動物性の法則の中に支配されてしまっております。
 この動物性の法則の極度に集中された形を、大師(覚者)は将軍の法則とも呼ばれておりますが、つまり悪い意味での全体主義です。このような将軍の法則が出現する三つの形態があります。それが政治と経済と宗教またはオカルトです。政治にはファシズムとして、経済には商業至上主義として、そして宗教には迷信教や邪教またはカルトとして現われます。またはオカルト的なグループや働きとしても現われます。この将軍の法則が軍事力という形で世界を支配しようとも、あるいはそれが商業至上主義と云う形で世界を巧妙に支配していこうとも(現在の世界は政治的な全体主義は消えつつありますが、その代わり突出してきているのが経済的な全体主義です。それは事実上アメリカ主導で進められているグローバリゼーションのことにほかなりません)、または宗教あるいはオカルト的なグループや働きとして世界を支配していこうとも、人類は只一人とも、この将軍の法則から抜け出て生活することはできないのです。そのためにあるゆる不幸がおこります。
 この将軍の法則は、最も分かり易く云えば、力の有るものが弱者からあらゆる意味での搾取をする法則であるといえるでしょう。したがって、この将軍の法則が世界を支配している以上、弱肉強食の搾取される社会構造はなくならないものと思えます。

 これがヨハネ黙示禄の伝える一節に有る、
『「獣」の像に息を吹き込み、その「獣」の像が、物を云うことさえ出来るようにし、また「獣」の像を拝まない人々を皆、殺させた。そして小さい者も、大きな者も、富める者も、貧しき者も、自由人にも奴隷にも、すべての人々の右手、または額に刻印を押させ、この刻印の無いものは皆、物を売ることも買うことも出来ないようにした。この刻印はその「獣」の名、またはその名の数字のことである。ここで、思慮あるものはその「獣」の数字の謎を解くがよい。その数字とは人間をさすものであり、その数字は「666」である』
獣の像というのは形態のことで、全体主義における三つの形態に代表されるものと思われます。息を吹き込みというのはこの形態に生命を与えるということで、物を言うことさえ出来るようにしというのは、これは新約聖書ですから聖書におけるコトバの意味を探らなければなりません。
聖書においてコトバというのは神そのもののことでありまして、そしてこのコトバによらないで成ったものは、万物のうちに一つもないと教えております。これはこの獣の形態に神と同じような権威が与えられたことを意味しているのではないかと考えられまして、そして獣の像を拝まない人々を皆殺させたというのは、この獣の形態を崇拝しない又は従わない人たちの運命のことではないかと思います。
またもう一つの意味として、獣の像に息を吹き込みとか、物を云う事さえできるようにし、そして拝まない人々を、というのはそれぞれ経済(息を吹き込み)と政治(物を言う事さえ)と宗教(拝まない人々を)を現わしているのかも知れません。
それから、すべての人々の右手または額に刻印を押させというのは、この刻印というのは洗脳や隷属のことではないかと想われまして、右手というのは物質性のフォースのことも現わしますので、これは唯物論や物質主義で人間の行動を縛り、支配している状態のことではないかと考えられます。額というのは勿論、人間の意思であり思想のことではないかと考えられまして、要するに洗脳や思想統制のことでしょう。つまり悪い意味での全体主義の三つの在り方が、すべての人々の思想または行動を支配してきているという、これは世界における現在進行形としての姿なのであります。
 最後の部分の、その数字とは人間をさすものであり、その数字は「666」であるというのは、
『六というのは神と人とが開くという意味』ですから、新しい黄金時代が開くための土台ともいえる文明を作り上げている姿とも取れまして、その中心となってきたものが政治であり経済であり宗教なのではないでしょうか。そしてそれはいずれも人間自身を通して成され現わされるものなのです。つまり三つの六の姿であり「666」であります。これは聖者サーカーが説くところのプラウトの社会循環の法則とも当てはまります。
 この「666」には、日本の神道的にみれば三つの六ということで、「三六」(ミロク)とも読めば読むことが出来るのです。ここには何か深い意味が込められているもののようでありまして、日本の神道ではミロクとは簡単に云えばミロクの大神のことで救世主神のことです。(これは仏教とは意味が多少違います)
政治と経済と宗教を通して世界の文明が発展をつづける中で、人類は多くの争いを繰り広げそして血をながしてまいりました。
まさにその姿は獣そのものに例えられまして、三つの六とは獣の歴史そのものではなかったではないでしょうか。しかしこれも大神のご計画の一部でありまして、善も善ならず悪も悪ならずであります。すべてはプロセスでありまして、神に対する悪魔というのは、実際には存在するものではなくて、一時的に現われているように見えているだけであり、人類の進化とともに消えていってしまうものなのです。
つまり神は人類の自由意思のもとその動物性をたくみにあやつり現代までの科学文明を発達させてきました。しかしそれだけではやがて行き詰まり、カルマの法則のままに人類は滅びてしまうことでありましょう。そのため人類の背後でありその陰には、ミロクの大神つまり人類を守護し導く為の神々の働きが隠されていたのです。この守護の神霊たちの導きと人類の運命の軌道修正が為されていなければ世界はその自由意思のままにとうに滅び去っていたことでありましょう。一般的な見方からいえば「666」というのは悪魔の数字と見られているのですが、繰り返しになりますが、本来、神に対する悪魔というのは存在しないわけでありまして、それは人類が霊性を現わしきるまでの動物性の発露であります。神は人類に自由意志を御与えになっておりますので、そのような動物性を神が間接的に利用されて、三つの代表される姿をとおして文明を発達させてきたのです。つまりそれが「666」なわけなのです。しかしその法則的な働きだけでは、まさに獣の名であり数字でありまして人類の文明は滅びてしまいます。そこでこの「666」には日本的にしかこれは読み解けないのですが、ミロクという意味が隠されており、陰から人類の運命を守護し軌道修正して来た大神の深い御心が読み取れるのであります。これはヨハネ黙示禄の「666」の意味の中で、最も深い部分であり意味なのではないかと考えられます。これはインドのヒンズー教でもその原理を知ることが出来ます。
つまり表現のし方はよくないのですが「六六六」と「三六」とは裏と表とも云えるのであります。

以上はヨハネ黙示禄にある「666」の一つの意味ではないかと想いますが、正しこれも大きな意味合いから云って、水も漏らさぬ大神の御経綸のその一部分にほかならないでありましょう。
 






「777」の意味するもの

 一方「777」の方ですが、7というのは完成を意味しておりまして、西洋などではラッキー7と云って幸運を現す縁起のいい数字として知られていますが、本来霊的にも宇宙子科学的にも7には完成の意味があります。非常に重要な数字なのです。
これは「666」の獣性が綺麗に浄められ、完成することを示していると想われるのですが、それでは「666」の獣性が何によって浄められるかなのですが、それは水によってなのです。
 神道ではこの働きを、瑞(みず)の御霊の働きと呼んでおりまして、神の救済の愛の働きの側面を現しております。
これは神智学で教えるところの、第3ロゴスの働き、キリスト教で教える父と子と聖霊の聖霊の働き、ヒンズー教で教えるところのシバ神の働き、これは日本の神道では神スサノオノ大神の働きと教えております。
 その神スサノオノ大神の働きを、瑞の御霊の働きと教えております。つまり神の救済の面の働きであり、救世主神のことなのです。
これはサイババ大聖のみ教えなのですが、ヒンズー教においてはシバ神の働きについて、
『シバ神は動物的性質を無力に、無害にします。実際、シバ神はそれらを粉々に打ち砕き、皮をむいてしまうのです。それによって動物の性質はもはや発動しません』
と教えておりまして、これが水に象徴される瑞の御霊の働きのことなのです。
 人類の物質性を、その身に代え綺麗に払い浄め、世界を霊化してゆき、人類に霊性を顕現せしめてゆく働きがあるのです。
ここにマイトレーヤがアクエリアス星団のエネルギーを、この水源に込められた意味合いがあるものと考えられます。
アクエリアスというのはご存知のように宝瓶宮、つまり水瓶座のことです。それは当然ですが、水に象徴される星団のことです
この星団は7光線のエネルギーを放射しており、この7光線の特質を有する文明文化へと、この地球は今生まれ変りつつあります。
この七光線は、今まで約2,500年の間この惑星を支配してきた個的な成長のエネルギーに代わって、その主体となりつつあります。
その七光線の特質は、融合、統合、一体化、多様性の中での統一等のエネルギーです。
 この星団のエネルギーが今主体になりつつあるため、世界は融合の方向へと向かっているのです。
これは現在の世界を見廻してみても、実感できることではないかと想います。未だに世界の主体となっている、既得権益に基づいた権力者を中心とする旧勢力、新しく台頭してきているアタック等のNG0に代表されるより民主的で包括的な、世界全体の幸福を考える新しい勢力。この二つの勢力が世界の舞台で対立をしているわけですが、対立をしながら天体の運行とともに、今、正に入れ替わろうとしているわけです。
 人間と宇宙とは密接に関わりあっているわけなのですが、人類の運命はこの天体の運行、宇宙の波動の変化とともにその意識を変えていかなければ滅びてしまうわけです。それは例えてゆえば、季節の移り変わりとともに、人間の生活のスタイルを変えてゆくのとおなじことなのです。季節の移り変わりというのは、人間の方ではどうしようもありません。これは人間の方で合わせてゆくよりいたし方がないことなのです。
 これについて五井先生は、今の時代は六劫から七劫へと移行している時代であり、七劫の時代になって完成の時代を迎えると教えてくださっておりました。この劫というのは、仏教的な表現ですが、この六劫から七劫というのは、六光線から七光線の宇宙の波動の変化のことだったのです。
 この宇宙と人間の関係、星と世界の運命の移り変わりについては、五井先生は詳細に教えてくださっておりますが、それについては又の機会に譲ることに致しましょう。




瑞の御霊と神霊の物質化現象

 今まで見てきましたように、この七光線の働きによって、人類は多様性の中で融合し一体化して完成してゆくのであり、ここにおいて七の意味が果たされるわけです。この瑞の御霊は、アクエリアス星団の七光線の特質にそって、人類の救済を成してゆくことになるわけですが、ある意味で新しい時代は瑞の御霊の時代といえるでしょう。
 新しい時代の世界教師であられるキリスト・マイトレーヤはもちろん瑞の御霊であるわけで、今後約2,500年の間この惑星の中心に留まられ、人類をお導きくださるわけです。ですから、私たちがこの期間何度転生して来ても、瑞の御霊であるマイトレーヤを世界の中心にみることになるわけです。
 又、マイトレーヤと共に公に出現される大師方(覚者)も瑞の御霊でありますし、世界の政治を執るようになるこれから現われてくる霊覚者達も瑞の御霊が多いのではないかと想います。これが神智学で教えるところのハイラーキー(霊王国/神々)の外的顕現のことなのであり、ハイラーキーとは瑞の御霊の集団なのです。
 人類は姿、形は見えなくてもそのような偉大な大師方の霊導を常に受けてきたのであり、今も受けつづけているのです。その霊導により今私たちが教授しているような文明文化が存在しているのです。人類は独力で発展してきたように想っているかも知れませんが、本当は社会を進化させるどのようなアイデアも、彼等ハイラーキーの偉大な大師方の見えない霊導によるものなのです。
 今、その偉大な方達が世界に公に現われようとしているわけですが、五井先生はこれを神霊の物質化あるいは神霊の肉体化現象と教えておりまして、それはまさに大師方の公への出現のことに他ならないのです。
 
その偉大な大師方の中で、「大師の中の大使、大師と天使達の指導者」と称えられている最も偉大なる存在、それがキリスト・マイトレーヤなのです。これが釈尊が3千年前に予言された最後の救世主マイトレーヤ仏のことでありまして、いわゆる大救世主のことなのです。
 「666」がアンチ・キリストのエネルギーのことであり、将軍の法則(弱肉強食の法則)であるのに対して、「777」は生命の法則(宇宙法則/霊法則)のことでありキリストの再臨を指し示しているのです。
 「666」の時代には、物質性のフォースに妨げられ公に活動することが出来なかった大師方、つまり「三六」は、常に人類の背後であり影から世界の運命を導き守護してきたわけでありましたが、これから新しい時代を迎え、「777」であるアクエリアスの時代には人類の中へと公に入ってくることになるわけであります。
これは瑞の御霊のエネルギーと力が、あまねく世界を覆い尽くすことを象徴するものであるといえるでしょう。
それは新しい時代を持ち来たらすための、七光線を主体にした宇宙神(創造主)の、霊文明創造の働きに他ならないのです。
このようなことから、マイトレーヤは世界に奇跡の泉を777ヶ所創られているものと考えられます。





メキシコに何故最初に出来たか?


 マイトレーヤが最初に奇跡の泉を充電されたのは、メキシコのトラコテですが、この地を最初に選ばれたのには何か意味があるのでしょうか。
マイトレーヤがトラコテの水源に、宇宙エネルギーを充電されたのは、今から十年以上前(1980年代の終頃)だと想いますが、この頃メキシコ市では車から排出される排気ガスがメキシコ市の上空を覆ってしまい、その大気汚染が大変大きな問題になっておりました。(この大気汚染の問題が現在どうなっているかはしりません。)
 どうしてそれが奇跡の水と関係があるかなのですが、五井先生のみ教えでは人間が過去世から発している悪業想念波動が、やはり世界全体を覆っておりまして、これを祓い浄めないと世界は平和にならないと説いておりました。
メキシコを覆っている排気ガスによる大気汚染の状況はまさにこれと酷似しておりまして、、五井先生が教えている人類が過去世から発しつづけている悪業想念波動に覆われ尽くしている世界の状況とよくにております、これが個人にとっても、世界にとってもあらゆる運命の不調和の原因となってしまっているのです。
 ノルデナウ・トラコテ・ナダータから涌き出ている奇跡の水は、人々の病を癒しつづけておりますが、世界平和の祈りも世界の病を癒しつづけております。世界に起こるそれが個人であれ、人類社会であれ、すべての不調和は病気として例えることができまして、世界平和の祈りはこの世界の難病を癒してゆく最高の特効薬であり妙薬といえるのです。
 一方は、人類の現実の病気を治し、一方は人類の運命の病気を修正し治してゆく、同じような働きの姿をみることができるわけです。
このような理由から、マイトレーヤが最初に奇跡の水を現した場所からは、やはり五井先生即ち世界平和の祈りの働きを暗示するような意味合いが読み取れるわけです。因みに、五井先生が開かれた平和の祈りの殿堂である聖ヶ丘には、御霊水と呼ばれる病気を治す水源がありました。五井先生の信徒さんたちは、この御霊水をよくペットボトル等に入れて持ちかえっていたものでした。何しろ無料でしたから。
 ですから五井先生の信徒さんたちにとっては、病気治しの水というのは非常に親しみのある響きがあるのです。
聖ヶ丘の御霊水については、五井先生がその井戸を守護していた竜神に権現様の霊位を御与えになってから始まったものですが、こういうことは大聖でなければできません。このように五井先生とマイトレーヤが現す奇跡には共通点がある場合が多いのですが、ドイツのノルデナウの水にしても、発見される時には白光の中に光の十字架が現われる霊現象が現われたそうです。
 だいたい七という数字自体が、五井先生のみ教えにおいては非常に重要な位置を占めておりまして、それは五井先生のお弟子さん、つまり信徒さんたちなら皆知っております。これは奇跡の水の秘密を解き明かすのは、五井先生の道つまり宇宙子科学しかないことをマイトレーヤが教えているのかも知れません。そしてまた世界完全平和への鍵が第二の科学にあることを。何故なら宇宙子波動生命物理学の基本原理は「777」であるともいえるからです。



メキシコの空を覆っている大気汚染を浄化するように、人類を覆っている闇黒業想念波動を払い浄めなければならないのです。その為にこそ必要なのが瑞の御霊の働きなのです。その瑞の御霊の働きを人類世界に浸透させてゆく必要があるわけで、その為あらゆる聖者方が様々な教えを説きひろめておられるわけです。
 特に五井先生のみ教えは、瑞の御霊の働きの中心的な教えであるように想われまして、それは守護の神霊の教え、守護霊・守護神と人間との関係を明確に説く教えなのです。この守護の神霊の救済の力によってのみ人類は救われてゆくわけですが、この個人を護っている守護の神霊はもとより、あらゆるレベルでの守護神と諸神善霊が結集して働いているのが救世の大光明と呼ばれている大霊団なのです。
 白光のみ教えにおいては、この救世の大光明霊団を五井先生とお呼びしているわけですが、人類がこの守護の神霊と通ずることを例えて云うならば、今まで重い荷物を背負って長い階段を登っていたのを、エスカレーターやエレベーターに乗りかえるようなものです。
五井先生のみ教えとは光のエレベーターに乗り換える一種のステーションのようなものなのです。
 人類が守護の神霊と通じ合わなければ、これからの世界は滅びの道を歩んでしまいます。それは守護の神霊が肉体人間が背負っているその重荷を肩代わりしてくれるからで、この働きはその肉体人間が守護の神霊の存在を知っていようがいまいが、はたまた信仰生活に入っていようがいまいが、その活動が行なわれているわけで、どのような人間であろうとも、守護の神霊はその被守護体を全力で常に護りに護っているわけです。肉体人間には自分の運命の一秒先のこともわからないわけなのですが、魂の親様とも云える守護霊には先々のことはすべて分かりまして、その被守護体に振り掛かってくる業波動と云うものを、代わりにその身に受けて護っているわけなのです。
そうしなければ肉体人間はそのまま滅んでしまうからです。肉体人間が守護の神霊に感謝の念を向けるということは、守護の神霊の護りを助けることになりその活動がしやすくなるのです。感謝とはその対象と同化してゆく心なのです。
 肉体人間が守護の神霊に感謝の祈りを捧げると云うことは、守護の神霊と同化してゆくことになるのです。つまり守護の神霊と一体化してゆくことになるわけです。これが人類が神と一体化してゆくための易行道であり、一つの確実な方法なのです。
 やがては、この守護霊守護神の教えが平和の祈りと共に世界にひろまってゆくことになることでしょう。ここにおいて五井先生の御教えが世界宗教へと発展してゆくことになるわけです。





五井先生と五聖者合体の話


 今後一番中心になって働かれる大聖であるマイトレーヤは、世界平和の祈りに働く救世の大光明の中心者のお一人ですが、五井先生とは霊的に一緒に働かれております。ですから白光の会員さん達などは五井先生御在世中は、五井先生を通してマイトレーヤに出会っていたわけですから、非常に神縁の深い神霊であるわけです。
 マイトレーヤは五井先生と霊的に合体をして働かれていましたが、マイトレーヤが五井先生に合体をされた頃には他にも四人の大聖がやはり五井先生に合体をされてこられまして、これを五聖者合体とよんでおりました。この五井先生の五聖者合体の話は白光の古い会員さんたちなどは知っている方もかなりあるでしょう。本来この合体された大聖方は神界の方から、五井先生の背後から働きかけていたわけで、五井先生の空になった体をかりて働きかけてきていたわけです。それがさらにもっと深い意味で合体をされたわけです。
 ですから、白光の信徒さんたちは五井先生の肉体に会っていながら、この五聖者つまり合体をされた順から云いますと、イエス・金星の長老・マイトレーヤ・釈尊・老子とこのような大聖に実際に出会っていたのと同じだったわけです。
この五聖者を簡単に説明しますと、イエスはやはり金星からこられた聖者で、五井先生とは金星では兄弟に例えられる関係であったようです。その次に合体をされた金星の長老というのはあくまでも仮の名前でありまして、この方は金星から地球を守護する為にこられている宇宙天使いわゆる宇宙人方の最高指揮官で一番偉い方です。

 宇宙人の話といいますと、現在でも様々な情報が飛び交っておりまして、どれが本当の情報かも判然としないありさまですが、その中でもかなり古くなりますが、アダムスキーが円盤に乗った話や金星人との交流記として与えている情報等は本物であります。
これなども、アダムスキーの話が世間で話題になった頃に、五井先生にあるお弟子さんがアダムスキーの本の情報が本物かどうかお尋ねしたところ
『本当だよ。でも嘘も書いてあるよ』と教えてくださったそうです。そういうようにアダムスキーとかが交流していた宇宙人方の一番偉い方が金星の長老と呼ばれているお方です。アダムスキーの著書等は宇宙人について学ぶには非常に優れておりましてお薦めなのですが、他にも五井先生の高弟の方達がやはり実際に宇宙人と交流をしておりまして、その体験記も出版されておりますので興味のある方は一読してみるとよいのではないでしょうか。
 1990年頃よりイギリスを中心に多発しているミステリーサークルは、これらの宇宙人が為している活動であるのですが、現在ますますその多様性を見せながら世界中の人達の注目を集めております。
 次に合体されたマイトレーヤは現在この惑星の世界大師の役職にある大聖で、今後一番中心になって働かれるお方です。五井先生とはその波動がよく似ておりまして『私と波動がよく似ていて、慈愛の現われで全く一つのようなものだ』と教えてくださっておりました。
その次に合体してきたのがお釈迦様です。お釈迦様と五井先生は過去世において師と弟子の関係でありまして、五井先生は釈尊のあの偉大なる弟子、アーナンダの生まれ変りです。アーナンダは釈尊に特別に目を掛けられていたお弟子さんと云ってよく、釈尊の教えを後世に残すのに非常に重要な役目を果たされたかたです。これについても五井先生の過去世の自伝とも云える【アナン物語】という本が出ておりますすので一読お薦め致します。

 最後に合体をされてきたのが老子です。老子についてはこの五聖者の中でも一番霊位の高い方で、五井先生も老子にだけは歯が立たないとご法話でおっしゃっておられました。そして老子というのはヨガの方で有名なあの大聖ババジのことであるとも教えてくださっております。
ババジについてはヨガの修行をされている方で知らない者はいないと云っていいくらい有名で偉い方です。そのババジが五井先生と一つになって働いておられたわけですから、これは本当はものすごいことなのです。
 特にババジの教えを【老子講義】として与えられていたのは特筆すべきことでありまして、五井先生の信徒さん達は大変な恩恵を受けつづけているわけであります。普通ババジは一般レベルの人達には教えは説かないのです。ババジが教えを説かれるのは聖者方に対してでありまして、秘教の情報によれば第4段階以上のイニシエートでなければ指導をしてもらえないわけですから、第2段階前後の五井先生のお弟子さん達がその教えにまみえることが出来るのは本当に五井先生との神縁により得られる栄誉とも云うべきものです。
【老子講義】を読めばすぐ感じることなのですが、その波動の強さ、それはババジのものなのです。そのように常に恩恵を受けているわけなのです。またババジは世界平和の祈りに働く救世の大光明の中心者のお一人ですから、平和の祈りを祈れば世界にババジのエネルギーを振りまいていることになり、知らないうちに大変なお仕事をさせてもらっていることになるわけです。

ババジについて詳しく御知りになりたい方は、ーーーパラマハンサ・ヨガナンダ著『あるヨギの自叙伝』ーーーを参照してください。
今まで簡単に五聖者合体と五人の大聖方の説明をして来ましたが、この五聖者合体は特別な出来事と云ってよく、五井先生というのは本来神々の集合所でありまして、これを五井先生はよく冗談まじりに
『神々の五井マンションだよ』等とご法話で教えてくださっておりました。
これはあに五井先生だけではありませんで、高い悟りを得た人間というものはそういうものなのです。
 五井先生の働きと云うのは
『夜明観音』の働きといわれていまして、この夜明の夜の字にはケモノ辺がついている特別な字がもちいられているのですが、それは獣の夜が明けるという意味で、人類の獣性つまり動物性がきれいに浄化されることを云うのです。五井先生の御著書から引用すれば『けものへんに夜とかくのは、この世は今、けもののような夜だというわけです。みんなが自分の為だけに、自分が食べる生活をする為に、自分の国を守るために・・・・・・・ただそれだけでもって、お互いに噛み合っている獣のような夜だと云うのです。その夜を暁に変えようとして、夜明にしようとして現われている観音様なのです。その観音様がここにうつって働いているわけなのです。それが別名五井先生というのね。』
 これが五井先生のお役目なのであります。正に「666」の獣の時代を終わらせる役目と云ってよいでしょう。また五井先生というのは五井の大神のことでありまして、これは聖者賢者の涌き出てくるところを云うのでありますが、神道においてはア・オ・ウ・エ・イの五神が働いている姿であり、その五神の中心の周りを大勢の神々が取り巻いて働いているわけであります。これは大神が法則と救済の働きに自らを分けられたその救済の面の働きのことでありまして、それを日本の神道ではカンスサノオノ大神と申し上げまして、キリスト教では父と子と聖霊の聖霊の働きのことであり、ヒンズー教においてはシバ神の働きのことを云っているわけなのであります。それを白光の御教えにおいては五井の大神と申し上げるのであります。
 このように世界平和の祈りに働く光明力は大光明でありまて、その光明波動の中であらゆる聖者賢者、そして神々が働かれているわけなのであります。その中でもマイトレーヤが世界に放射しているエネルギーは、今の地球の進化の為に準備されてきたものであり、非常に独特でありまして強力なものです。それは基本的に幾つかに分けることができます。
 先ずはキリスト意識のエネルギー、これは神の愛のエネルギーです。人間は誰もがこのキリスト意識をその潜在意識のそこに蔵しているわけでありまして、これを開発してゆくのが人間に与えられている天命であるのです。人類が愛の想念行為へと動いている時それはマイトレーヤが放射しているキリスト意識のエネルギーに反応しているともいえるのです。
 さらには
『平和または平衡の霊』『統合の大聖』と呼ばれる偉大なる宇宙の霊存在がマイトレーヤをオーバーシャドウまたは霊的提携をされておられその偉大な力とエネルギーをマイトレーヤを通して人類に放射しておられます。(この情報はアリスベイリーを通したハイラーキーの大師、マスター・ジュアルクールより人類に与えられているものです)
最初の『平和または平衡の霊』は、とてつもない宇宙的力を持つ霊存在であり現在マイトレーヤをオーバーシャドウされておられます。
この方の力と働きは作用と反作用の法則を使う平衡のエネルギーと云われています。それは世界におこる様々なレベルの争乱や精神的な不調和等々、つまりあらゆるタイプの混乱、不調和と云うものを全く反対の極みへと変換していってしまうのです。
その変換の度合いは紛争や混乱、不調和等の大きさに全く比例した分だけの平和と安定と、調和等を世界にもたらします。
つまり世界にどのような紛争や混乱が起ころうとも、マイトレーヤを回路としたこの「平和または平衡の霊」の作用と反作用のエネルギーのもと世界は平和と調和へと変換されてしまうのです。
 人類はこの霊存在が世界平和にとって欠くべからざる存在であることをいずれ認識するようになるだろうといわれていまして、この霊存在の働きがあるがゆえに、世界平和は定められた運命であるともいえるのです。
 次に『統合の大聖』でありますが、参考文献から抜粋してみましょう。
『キリストが直面なされている途方もない仕事故に、統合の大聖はキリストを防御されるだろう。この「沈黙のアバター」によってキリストは擁護されるであろう。(象徴的に言えば)「この方はキリストを見守られ、その御手はキリストの下に置かれ、そのハートはキリストと一致和合される」であろう。
 この霊存在は神の意志の相に密接に繋がっており、キリスト御自身がこの最高の霊的意志の線にそって成し遂げられた成果の故に、この方の協力が可能となったのである。
彼は大自然の統合(合成)の法則のもとで働かれ、一体化、統一、融合を創り出す。彼の役割は(キリストのエネルギーと和合して)人類の中に霊的意志を、善をなさんとする意志を生じさせることである。』

以上簡単でありますが、統合の大聖は現在の人類がまだ知らない神の相のエネルギーをも携えてこられているとも云われていまして、なんにしても途方もないお方です。またこのお方は将来創造されることになる世界連邦政府の創造に非常に重要な影響力を持たれているのではないかと考えられます。
 『平和または平衡の霊』そして『統合の大聖』のお二方とも、あまりにも高位のお方であるために肉体を持つことは勿論、ある一定の階層より下の界には降りてくることが出来ません。そのような途方もない霊的存在がマイトレーヤをオーバーシャドウまたは霊的提携を成されておりマイトレーヤを通して働かれているのです。
 このようにマイトレーヤが放射しているエネルギーは非常に独特でありまして他に類例をみないといっても過言ではないものですが、そのような偉大な働きをしているマイトレーヤは世界平和の祈りの中心者の御一人でもあるのです。
私たちが平和の祈りをする時、光の柱が立ち救世の大光明が輝きわたるのですが、その中にマイトレーヤのこの働きが放射されているわけであります。世界平和の祈りとは大救世主自らが陣頭に起って成されている祈りであるからであります。













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