街角で見た、聞いた、驚いた、あきれた出来事 T

(このエッセイは、話の展開がどう変わっていくか本人にもわかりません。 起承転結という言葉がありますが、

この場合は、「起承転転」というところでしょうか。

もちろん例によって”どこまで信用するかはあなたの良識の範囲で”どうぞ)


 

出だしは、まず"コインランドリーにて"

私は通勤に京浜急行を使っています。 勤務地が川崎ですので、朝は品川から快速特急に乗ります。

京急蒲田駅の線路わきのすぐそばに薄暗いコインランドリーがあることは知っていました。

私がいつも乗る車輌の横です。 ある朝、京急蒲田駅に到着し何気なく窓外を見ると、

その薄暗いコインランドリーの奥にいた若い男と目が合ってしまいました。

私はそちらのほうの趣味は無いので目をそらそうとしましたが、何か変です!

その若い男は、ひとりでコインランドリーに一つだけある丸イスに座って、私のほうを上目づかいで見ているのです。

パンツひとつで…・・

その若い男は、恐らくそのコインランドリーの店まで着てきた服やズボンをすべて洗濯しているようです。 (あるいは乾燥中)

せっかく洗濯するのだから汚れ物を残すのは最小限にしたかったのか、別の何かの理由でしかたなくそういう格好をしていたのか、

今となっては不明です。

コインランドリーは男ばかりが利用するものではありませんし、次の客が入ってきたら驚くでしょうね、

そういう格好の若い男がいたのでは。

朝から変なものを見たなぁ、と思っているうちに電車は走り始めました。

でも考えてみると、コインランドリーというのは、見知らぬ人と洗濯機を共用するわけですから、

最近多いと言われる潔癖症の人には、堪えられないでしょうね。


 

その後、つい最近の新聞の家庭欄への投書で次のような記事が出ていました。

最初の投書の内容→「全自動洗濯機は便利だ。下着もフキンも一緒に洗えて時間短縮になる。」(30代主婦)

反論→「下着や靴下とフキンを一緒に洗うなんて考えられない。」(50代の主婦)

中間論→「最初は一緒に洗うことはしなかったが、最近は一緒に洗ってもなんとも思わなくなった。」(40代の主婦)

極論→「紙おむつは高いので、昔ながらの布おむつを使用している。さすがにウンチがついている時はトイレで"粗すすぎ"をするが、

このおむつと主人の下着やシャツはいっしょに放りこんで洗っている。気にする必要なんか無いわよ。」(20代の主婦)

ところで、あなたの家ではどっち派?

私の家では、もうおむつをしているような小さい子はいませんので、あまり気にしませんが。

しかし、すでにその時期を経験してきているのかもしれません、私が知らないだけで…・・


 

話は変わりますが、「頭が良い」と思わせる話し方、というのがあるそうです。

(欧米人はこういう話し方が多いようです。文構成が違うのでそう感じるせいかもしれません。)

まず、最初に結論を言います。

次にその結論に至った理由を説明するわけですが、これにも「理由は3つあります」というふうに、

断定的に概要を最初に言うのだそうです。

そうして詳細の話をします。

こういう発言の仕方をされると、反論しにくいそうです。 慣れればそんなに難しくはないのです。

(そりゃ、そうです。新聞なんかの記事構成はこの通りになっています。 まず、大見出し、次に中見出し、

そして詳細記事になっていますよね。

見出しもなく、文章だけで最後まで読んで始めて内容が分かる新聞なんて買う人はいません。)

日本人の会議では、挨拶から始まり、一体何を言いたいのかわからないたとえ話や、本人にしか受けない冗談もどきをしゃべり、

失笑を買って、そのうちどういうふうにクロージングすればいいのか本人もわからなくなる、というのが多いのではないでしょうか。

結婚式の主賓の挨拶でもこのレベルの人は多いものです。 もちろん聞いている人は、そういう話では何にも理解できていません。

訓練方法としては、企画書等を作成する時、新聞等の記事構成に気を配れば、

そのうちに話をする時にもそういう構成が頭の中に浮かんできます。

今の若い人なら多少ショッキングな見出しを使ってみてはいかが。

東スポ(東京スポーツ)風はちょっとやりすぎだけど。


 

どんな話も大きく分けると必ず3つになります。

『好きか、嫌いか、何とも思わないか』

『右翼か、左翼か、中道か』

『行くか、戻るか、立ち止まるか』

要するに、あたかも断定するように発言するにはこの3つを網羅していれば、的を外すことはないわけです。

話し方がうまいと、聞き手にこの単純なことを気づかせずに自分の思う方向に誘導できるそうです。


 

夜のアーケード街が閉まった後、小さな角行灯を点けて「占い」をやっている人がいます。

あの仕事は簡単なんだそうです。

おしゃべりしないこと。

答えは客が教えてくれる。(相談しているうちに、客が希望する答えを自ら喋る)

客がしゃべった話をオウム返ししていれば、客は「この占いはよく当たる」と判断してくれるそうです。

占いや身の上相談に来る人は、「必ず自分の答えを持っていて、それに賛成してほしい、もしくは同調者を求めてきている」わけです。

そういう人たちに何を言ってあげれば喜ぶかは簡単なことです。

喜ばせればいいのであって、責任を取る必要はないのですから、なんともまぁ、ひどい商売ではありませんか?。


 

その昔、『昨日、刑務所から出てきたばかりで生活に困っているから、

と言ってパンツのゴムかなんかを法外な価格で売りつける』訪問営業(別名を"押売り"と言う)をしていた人たちがいましたが、

いまでも『お子様の教育に、とか何とかいって"英会話の本"や"百科事典"を数十万円で売りつける』詐欺まがいの輩がいます。

そうそう『土台の不具合は言わずに、数十万円の化粧品をローンで売りつける』会社もあるようです。

こういう人たちには、売った後の責任とかがあるはずもなく、そういう意味では夜の街頭にいる占い師と似ているかも知れません。

でも夜の街頭にいる占い師は、翌日もそこにいると言う点は、"押売り"連中とは大きく違うかもしれませんね。


 

私のような企業相手の営業職では、何よりも責任がつきまといます。

(個人相手の営業の方が何の責任もないという意味ではありませんので誤解のなきよう。押売りや街頭の占い師に比べてという意。)

正当なクレームならいいのですが、単なる個人的不満というのもあります。

TVや映画では『最後には正義は勝つ』が、現実の社会では『何が正義なのか、正しいのか、この定義そのものがあいまい』です。

クレームというのは、もともとが泥臭くて、人間臭い出来事なのです。

たとえ、会社や個人に落ち度がなかったとしても、"お客様に花を持たせる"のがクレーム処理の、

ひいてはビジネスの鉄則でもあります。


 

ところで、男女間の人生相談、いわゆる「身の上相談」は、本当のところは「身の相談」なんだそうですよ。

性格があわないとか、いろいろというけれど「そんなもん、最初から同じ性格の人なんかいないのわかっているじゃん。」

離れてしまうと未練が残る、→小柳ル○子をみるとよくわかります。

何に対して未練が残っているのかは、わかりませんが・・・・・


 

本屋さんのコーナーには必ず「ビジネス関連本」が並んでいます。

いかに売り込むか、         営業職向けの本。

上司や部下との関係で悩む、   解決本。

管理職になったら読む、       説教本。

私もいろいろ買いました。 どれを取っても、具体的な解決策は何一つ書いてありません。

それぞれの著者が実践して来た話もウソではないと思うけど、一般人にはとてもマネはできない。

そしてどの本にも共通しているのは、「心理面」からの抽象的な答です。

ですから、いろいろなビジネス本を手当たり次第に買うより(実際、この手の本は1冊1000円以上はします。)

『立派な心理学の本』を1冊買ってじっくり研究するほうがよほど経済的です。

私がそれに気がついたのは、最近であり、しかも相当出費した後ですから、さらに『立派な心理学の本』を購入する余裕がなくなってしまった…・・

生え際も後退した瀬戸際族だし、いまさら…・・

いやいや、人生死ぬまで勉強。今からでも遅くない?


 

中年以降になると、同じ話を同じ人にすることがよく(しょっちゅう?)あります。

本人は全く気がつかない訳で、でも相手の顔色でそのことに多少気がついて来た私は、最近は最初にお断りを言うようにしています。

『以前話したかもしれないけど…・・』で始めるのですが、先日家でこのように切り出したところ、

『うん、聞いたわよ。』で本論に入る前に軽く切り捨てられた事があります。う〜ん、恐るべし中年女。


 

街でよく見る光景に、『どこにでも座り込んでいる若者』がいます。 ジベタリアンというのだそうで。

電車の中(ドア付近に多い)や、駅及び歩道橋の階段、自動販売機の前…・・

私から見るとこれは、小学校の先生が悪いのです。

昔は小学校に限らず、『朝礼』といえば、起立&整列が基本で、長い、長い校長の話が続きます。

そうして、途中で貧血で倒れる子が必ずいました。 (食糧事情が悪く栄養失調もあったかも)

最近は、こうした子供の面倒を見ることを嫌がる教師が増えてきて、

『座らせておけば倒れない』というとんでもない発想の下で指導が行われているようです。

どこにでも座り込んでいる若者は、『小学校で教えられたとおりにやっている』だけなんです。

もちろん、いつまでもそんなことをしている若者の頭の程度にも問題はありますが。


 

凶悪な少年事件が目立ちます。

もっと、いくつまでが少年か、が話題になってよいと思います。

どこの国でも義務教育というのがあります。

『ここまで教育すれば、一般社会で生活できる』ことを目的にしています。

ですから、健全な人ならば、中学校を卒業すれば、知識、常識ともに不足はないのです。

事実そういう人たちはたくさんいます。

義務教育で勉強が足りなかった人たちは、そのまま一般社会に出すわけに行きませんから、

さらに高校や大学に行って不足している学力、常識を親のお金を使って補うのです。

繰り返して言えば、義務教育の終わる15歳で一般社会に適応できるはずですから、16歳以上は成人扱いにしてよいし、

そうしないと健全な人たちに失礼である、と思うのです。

その昔は『15歳で元服』でした。 忠臣蔵の大石内蔵助の長男、大石主税も元服してすぐ『討ち入り』し、

立派に大人の仕事をし、さらに見事に責任を取りました。

16歳以上には、大人と同じ権利と責任が与えられるべきです。

昔の人にできて今の人になぜ出来ない、

単純な疑問です。


 

情けない教師は、最近急に増えたわけでもなく昔からいました。

その代わりをしたのが、比較的近い昔で言えばTVの時代劇だと思うのです。

今では、時代劇は「暴れん坊将軍」「水戸黄門」「破れ傘刀舟」くらいです。

時代劇は、徹底した『勧善懲悪』の世界です。

中年のお父さんが熱中し、その横でおじいちゃんがすっかり涙腺のゆるくなった白内障の目から感激の涙を流しながら

時代劇の世界に浸りきっているその姿が、少年のこころに悪い影響を与えるはずがありません。

そう思いませんか。

それに引き比べ、最近のTVでは、いじめの原点ともいえる『若手コメディアンへのいびり』や『パラパラ踊り』、

歌番組も『誰だこれ、この歌何だ、俺知らねぇ!』というものばかり。


 

この辺まで来ると、『風が吹けば桶屋が儲かる』的になってきて、筆が止まらなくなりました。

このエッセイの始めは『コインランドリー』だったのですが…・・

狙った通り、支離滅裂になり始めました。 乞うご期待。


 

数年前になりますが、道路に面して置いてある自動販売機で、

ある出来事を目撃して『こういう事実を知っている人は少ないだろうな』と思いました。

一匹の首輪をつけた犬が飼主も連れずに散歩していました。

その犬は自動販売機の前で立ち止まり、ちょっと上を見上げました。

私は、その犬が『缶コーヒーのBOSS』でも買うのかな、そうしたら面白いな、と馬鹿げたことを考えていました。

その犬はやおら、片足を持ち上げて自動販売機の商品取り出し口に向けて"放尿"したのです!!

犬にしてみれば、ただの縄張りを示す"マーキング"だったかもしれません。(そうすると毎日?)

しかし、飼主を連れていない(?)ところを見ると、食事内容等の待遇に不満があって飛び出して来たのかもしれません。

はたして、飼主を含む世間に対する仕返しだったのか。

自動販売機の商品取り出し口というのは、人間がしゃがんで取り出す、犬にとってはちょうどよい位置にあります。

恐らく、各社の自動販売機の設計者もここまでは考えていなかったに違いありません。

なるほど、取り出し口には透明のアクリルカバーが取り付けられています。

しかし、あれは第一に『庫内の冷気が逃げないよう』、第二に『単純なゴミ除け』が目的です。

皮肉なことに、その(犬のオシッコのついた)アクリルカバーに触れずに商品をとり出すことは出来ない構造なのです!!

自動販売機は便利なようですが、原理は『自重落下式』であり、

取り出し口を『上に設置』するには、商品収納量を極端に減らすか、取り出し口まで商品を持ち上げる仕組が必要です。

自動販売機の製造会社に説明しても、『すぐ対策をとります』という会社はないのではないか、と思われます。

それ以降、私は屋外にある自動販売機をあまり利用しなくなりました。

いやはや、 なんとも『罪つくりな犬』がいたものです。


 

ここからちょっとの間は、『私は上品だ』と思っていらっしゃる方は読まないほうがよいですよ。『R18指定

お下劣な、それでいて将来の日本がどうなるか”憂い”のこもったエッセイです。

最近、少子化が言われています。

原因は、『レンタルビデオ屋さん』にあるのだそうです。

こういうところだけ規制緩和が進んでいて、中学生から『Hなビデオ』を借りることができます。

そうして、私は見たことがありませんが、近ごろのものは『最後の場面では例外無く”顔面シャワー”』なんだそうで。

13歳くらいからそういうビデオをずっと見ていると、イザ結婚しても『奥さん相手にそういうことをする』。

そうすりゃ、あんた、子供なんか出来るはずがない!!!!

やはり将来の日本を担う少年には、『赤桐鈴乃助』とか『少年ジェット』とかを見てほしい。


 

はいっ、上品なあなた、ここからはまた正常に戻りますよ。

正常に戻ると宣言した途端、筆が止まってしまった!

また近いうちに追記します。


2000/09/01追記

先日、大分に出張しました。

大分市内の府内町にときどき寄る『お好み焼き屋』さんがあるのですが、いつも『焼きうどん』を注文します。

今回、テーブルの上にプラスチック製のペンケースが置いてあり、その中に『小さな手鏡』が入れてあることに気がつきました。

確か、以前までは置いてありませんでした。

なぜ置いてあるのかはすぐ気がつきました。

『お好み焼きでは、青のりをかけたりします。→食べた後、歯に青のりがついたままだと”おバカさん”に見えます。』

そうなんです。そのチェック用の手鏡なんですね。

女性ならともかく、男性は手鏡なんか持って歩きませんからね。

その店の人たちの心遣いに感心しました。


新聞に出ていました。

電車の中で、ドア付近に座り込んでいた高校生のグループ。

それをシルバーシートに座って見ていた80歳過ぎのおばぁちゃん。

「ボク達、そんなにつらいんならこっちにおいで。おばぁちゃんが代わってあげるから。」

そうしたら、その高校生たちは、驚いてすぐに立ち上がったそうです。

大声で叱る事だけが「躾」ではないんですね。


 

2000/11/01追記

今朝の地下鉄の電車の中で。

60歳すぎの女性2人の会話です。

A女「この前、停留所でバスを待っていたら、風邪を引いているらしい咳をしている若い人がいたの。しばらくしてバスが来て、二人とも座れたんだ

けど、発車間際にお年寄りの5人連れが大声で飛び乗ってきたのよ。」

B女「それで」

A女「乗ってくるなり、若い人のほうを見て”近ごろの若い奴は、席を譲らない”なんて大きな声で言うの。そしたら、風邪を引いている若い人が

席を譲ったのよ。それを見ていた廻りの人たちも、残りの4人が座れるよう席を譲ったの。」

B女「ふ〜ん」

A女「お年寄り5人連れは、当たり前のように座って、観光帰りのようでカメラなんか下げていてね。私、思わず言っちゃったわよ、そのお年寄り

たちに!」

B女「なんて?」

A女「遊びにいく元気があるんなら、座りたがるんじゃないって。そしたら、ずっと降りるまで睨んでいたわ、私の事を。」

B女「あんたもよく言ったわねぇ。」

A女「あの若い人、本当につらそうだったのよ。」

B女「そうね、自分のことじゃないから言えるのよね。」

これを読んで、何をどう感じたかは、皆さんの感性・・・・・です。


2000/12/09追記

今週の朝の通勤電車の中で。

私は通勤時間が片道2時間ほどかかります。

電車の乗り換えも3回。

いつも乗る電車の先頭車輌で座っていました。

今の季節ですから、シートは暖房で気持ちがいい。

ウトウトしていたら、変な臭いがするのです。

どうも、すぐ前に立っているオジサンが、『屁をこいた』ようです。

臭いのなんのって、「音のしないのは臭い」という伝説通り。

いったいこのオジサン、何を食ったのか!! それとも胃腸でも悪いのではないか?

しかし、平気な顔をして立っている。

なるほど、「すみません、今、放屁してしまいました。」なんて電車の中では言えまい。

電車の中での携帯電話より、はるかに閉口しました。

朝から、とんだ『異臭騒ぎ』で。


 

MENU