人間の身体の仕組みは複雑です。私たちは意識しなくても、呼吸をすること、食事から栄養を吸収することをしています。特に、健康な状態の時には、ほとんど無意識におこなっています。どこかに痛みやしびれが出たりすると、事態は一変するかもしれません。例えば、思うように動けなくなったり、熱が出たり、ハアハアと呼吸が浅くなったりする状態に陥ったときです。その時初めて、普段何の問題もなく、行っていたことを意識することも多いと思います。
この連載では、いわゆる整形外科疾患を取り上げます。人間の身体を骨や筋肉、靭帯、関節、脊髄、神経などの運動器官に焦点を絞り、人間の身体の仕組みを考えてみたいと思います。
今回は、手首、手の指に起こる病気「腱鞘炎」を取り上げてみましょう。まず、手首、手の指は、どのような仕組みになっているのか簡潔に説明します。人間の手、指は、物を掴み、五本指を開き、一本一本動かすことができます。ご自身の手を眺めて下さい。指一本一本には、皮膚に刻まれた横方向の皺があります。その皮膚を一皮めくると関節があります。関節は、骨と骨が連結されている場所になります。一つ一つの関節を動かしているのは、筋肉の動きによるものです。その筋肉が、骨に固定されているところを「腱」といいます。腱がスムースに安定して動かせるように、腱の通り道がトンネル状に作られている部分を「腱鞘」といいます。「腱鞘炎」とは、「腱」と腱の鞘になる「腱鞘」で、痛みが起きている状態のことを表しています。
指を動かす筋肉は、それぞれ肘の関節や腕の骨から始まり、指先に向かって決まった道を通り、細く、強い「腱」になって指先に付いています。決まった通り道に固定し、支えている役目は「腱鞘」がしています。「腱」や「腱鞘」はたくさんありますが、痛みを起こす部位は、構造上負担のかかる部位に決まっています。親指が約75%と最も頻度が高く、中、薬、小指の順に痛みます。
「腱」や「腱鞘」に負担をかけることにより発症するため、筆を持つ作家、楽器の演奏をする音楽家、パソコンのキーボードを叩く方に多いといわれています。日常の炊事、洗濯、掃除をすることでも使いすぎになり発症することもあります。手、手の指を使いすぎることによりおこる状態のため、どんな方にも起こりえる病気なのです。 |
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「腱鞘炎」の治療は、どのような方法があるのでしょうか。一つに、患部を固定するという方法です。筋肉の動きを抑え、「腱」や「腱鞘」にかかる負担を軽減します。例えば、装具やテーピングを用い、安静にするように処置します。使いすぎにより起きた炎症を鎮めるためには、「腱」や「腱鞘」を休ませることが、重要です。休ませることにより炎症は鎮まり、「腱」や「腱鞘」が回復します。でも、回復が間に合わず、手首、手の指を使い始めれば、炎症は続き、痛みも続きます。だからといって、手首、手の指を使わないで生活することは、大変不便なことです。
薬により、炎症を鎮める方法もあります。ステロイド剤に局所麻酔を混ぜたものを、炎症している部位に、注射する方法です。ステロイド剤は、効果が早く出ます。人によっては、一度の注射で二度と痛みを感じなくなります。仕事が忙しく、時間もないため早く効果を期待したい方には良い方法かもしれません。ステロイド剤には、副作用、効果の出方、効果の期間も個人差が大きいことが指摘されています。
「腱」の支えになっている「腱鞘」を、切り開く手術です。「腱」の通り道になっている「腱鞘」が開かれることで、「腱」の動きが良くなります。手術も短時間で終わり、効果も早く顕著に現れます。先程説明させていただいたように、手の指を動かす仕組みは、精密にできています。そして、指を動かす筋肉や腱に、命令を送る神経や、栄養を送る血管も、細かく配置されています。その全てを傷つけず、手術を完遂し、症状を取り除くことは難しいといわれています。開かれた「腱鞘」の部位を通る「腱」は支えを失い、周囲に痛みが出現する可能性もあります。
手首、手の指に起きている炎症をでるだけ早く鎮めて、回復を助ける治療が一番だと考えられます。
「腱鞘炎」も、鍼とお灸で治療ができます。炎症が起き、痛みを出している部位に、直接鍼をします。指先に響くような感覚、電気の走るような感覚がでるように鍼をします。それが、「腱鞘」に鍼先が届いた合図になります。次に、お灸をします。もぐさを、親指の頭くらいに丸めて、鍼の頭の上に乗せ、火をつけるお灸です。暖かく感じる程度のお灸を、数回します。鍼とお灸を組み合わせることにより、より早く炎症を鎮め、回復を助けることが出来ます。この方法は、連続して治療することで、より早く効果が出ます。頑固な「腱鞘炎」になればなるほど、定期的に治療するのではなく、短期間で毎日治療されることをお薦めします。お悩みの方は、是非ご相談ください。
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