No2.
☆親とワタシのボロウン日記:とある男性に助けられる編☆
〜1999年11月3日執筆〜

 ボロウンとは。ウチが以前乗ってた車、クラウンのロイヤルサルーンの愛称だ。
『クラウンだけどもう10年以上乗っててボロボロだから。ぼろいクラウンという意味である。

 大学3年のある日(1999年5月)、サークルの試合を横浜市内のとあるグランドでやることになった。私は何を思ったのか、ボロウンでドライブがてら横浜に行くコトを思いついた。初めての遠距離ドライブである。グランドに行く前にある友人がバイトしているマックに行こうと試みたが見事迷い断念。そのままグランドに向かう。この頃、ボロウンにビミョウな不調をカンジた。アクセルを踏んでもなかなかスピードがあがらないのだ。踏みなおせばそれなりにスピードが出たので、あまり気にしてはいなかった。しかしコレがのちの大惨事をまねくとは、夢にも思わなかった。

 試合は13時から15時。散々迷ったので(地図を持っていくのを忘れた為)ついたのは14時を過ぎていた(爆)試合が終わった後サークルのメンバーはどっかでご飯をたべるらしいが、女子マネ4人(ワタシ、マユミ<地元のコ、マリ、ジン)は横浜のそごうへ向かう。

 そごうをブラブラ。マユミは「横浜ってめったに来ないからすっごくウレシ〜!」とはしゃいでくれる。喜んでくれてたので連れてきた甲斐がある。よかったよかった。そろそろ夕方になり、マリもジンも他に用事があるから、と解散。ワタシとマユミは家路に。

 横浜からはとりあえず国道1号線に乗って都内に向かい、都内で6号線に乗れば家の近くまで来れる。道筋はだいたい覚えてる。楽勝だ。

 二時間近くたっただろうか。6号線の、江戸川の手前まできた。もうここまで来ればあと数分で家だ、という所まで来た。

 もうすでにあたりは暗く、時間的にも7時くらいになってただろうか。まわりの車はけっこうなスピードを出している。私も周りに合わせてそれなりのスピードを出していた。

ところが。

 、、、、、、、、、、?????????

 突然、アクセルを踏んでも車がなんの反応も示さなくなった。ブレーキも利かない。「なんで!どうして!!」と叫びながらアクセルを何回も踏んだが、一向に加速する気配はない。前の車との距離はどんどん離れていく。そして背後には後続車がずらーーっと並んでいる。ワタシはあせった。がしかし、ボロウンには無情にもそのまま減速し、国道のまっただなかで止まってしまったのである。止まってしまったものはしょうがない、もう一度、、とエンジンをかけて見たが、「キュルキュルキュル、、、、」というヘンな音が響くだけ、エンジンがかかる様子はない。

 さて困った。国道のど真ん中、しかも夜の結構混む時間に車が動かなくなってしまったのだ。とりあえずハザードをつけて後続車にボロウンの不調を知らせた。後ろの車は隣の車線に移って走っていく。中にはボロウンに哀れみの視線を送る人もいる。しかしこの際、そんな哀れみの視線なんかどうでもいい。

とにかく、家を目前にしてとまってしまったこのボロウンをどうすればいいのか。

マユミを家に送らないと行けないのに、、、

親になんて言えばいいのだろう、、、

やっぱ怒られるかなぁ、、、

JAFを呼んだほうがいいかなぁ、、、

でもウチの車はJAFにはいってないはず、、、

あぁああ、どうしよう!!!

 もしや、という思いを込めてボロウンのエンジンを数回かけてみたが、やはりだめだ。ボロウンはうんともすんとも言わない。ワタシとマユミは車の中で途方にくれた。免許をとって半年たったが、こんなアクシデントは初めてだ。いや、滅多に起こることではない。ましてマユミは免許すらないのだから、こういう車のアクシデントが起こったとしても、どうすればいいのか知る由もない。叫びたいくらいの心境だったが、ワタシが混乱するとマユミに余計な不安を与えるので、平静を装った。電話がなった。恐る恐る出ると、偶然ゼミの連絡網の電話だった。平静を装うとしてはいたが、やはり混乱してたのだろう。自分が何をしゃべっているのかまったくわからない。(後に電話をくれた友人によると、あの時ワタシは何をしゃべっていたのかさっぱりだったそうだ。)

そのとき。

「ドンドンドン!」

 と、車の窓をたたく音がした。ワタシは振り向いた。そこには外人の男性(以下:A氏)が立っていた。怒られるのかと思ってぞっとしたが、とにかく現状を伝えようと窓をあけた。そしてボロウンが止まってしまったこと、エンジンをかけ直してもどうにもならないことを話した。すると、

「ココはあぶないから邪魔にならないところに車を移動させよう。」

あぁ、なんていい人なんでしょう♪

 しかし、どうやって移動するのか?ウチの車はうんともすんとも言わないのだ。一瞬、このままどこかに連れられて、へんなクスリ飲まされて外国に売り飛ばされたら、、、と、バカのことも考えていたが、この人の目はいい人の目をしてると思ったので彼を信じた。

「ワタシが自分の車でアナタの車を押すから、アナタはハンドルを握ってなさい。そしてあの地点に差し掛かったら(と左前方を指しながら)ハンドルをゆっくり左に切ってくださいね。」

 ワタシにそんな器用なことができるか不安だったが、この際怖いだなんて言ってる場合ではない。それに、ワタシのボロウンが世間の皆様にメイワクをかけてるのだ。とにかくジャマにならないようにしなければならない。運のいいことに、10m先がちょうど一般道と合流する場所で、道幅がかなり広い。そこまでたどりつけばなんとかなるだろう。そしてどうにかその地点までたどりついた。

 国道のあんなど真ん中で止まってしまったワタシを、無視するどころかこんなところまで運んでくれたのだ。普通なら無視して通りすぎるだろうに。とてもありがたい。さぁあとはワタシとマユミで、JAFを呼ぶなり手段を、、、と考えていた。するとA氏は、

「車の調子見るからボンネットあけてくれる?」

と言ってくださった。あぁ、なんていい人なのだろう。

 しかし、A氏にも原因不明らしい。エンジンオイルをみてくれたり、その他いろいろみてくれてたが、さっぱりとのこと。はぁぁ、やっぱりJAFを呼ぶべきだ。番号はどこに問い合わせればいいのかなぁ、、、と思考をめぐらしていると、

「ワタシの友人に車の修理やってるヤツがいるからそいつを呼ぼう」

 と、その友人をこの場に呼んでくれた。まるで仏のような人だ。なんていい人なのだ。感謝してもしきれない。こんなワタシのためになんでわざわざここまでしてくれるのだろうか。また、A氏の友人にも感謝感激だ。A氏も赤の他人なのに、A氏の友人なんて、それこそワタシとはなんのつながりもない。

 A氏の友人が来るまで3人でいろいろお話をした。A氏は、自分の出身地や、日本での生活の大変さを語ってくれた。A氏には申し訳ないのだが、A氏の名前や出身地とかは、頭がパニックしてたせいで全然覚えていない。ただ強烈に残っているのが、A氏の「どこの国でも黒人に対する態度が冷たい」という言葉だ。ワタシは、最初に「外国に売り飛ばされたら、、」と考えた自分がはずかしくなってきた。自分自身差別されることで民族意識が芽生えたようなモンだから、差別されることのせつなさ、憤り、差別してはいけないというコトを知ってるつもりではあったが、自分の心のどこかに、黒人さんに対する差別意識があったのだろう。黒人=怖い、と考えてしまった自分がイヤになった。あきれた。

 A氏の友人がやってきていろいろ見てくれたが結局どうすることもできない、ということだった。結果的にはJAFを呼ぶことになったが、A氏とその友人には、ありがとうを何回言ってもたりないくらいだ。こんなワタシのために時間をさいてたすけてくれ、またA氏のおかげでワタシのまちがった認識に気づくことができたのだ。

 ワタシとマユミはA氏とその友人の車が見えなくなるまでずっと手を振った。

 さぁ、JAFを呼ぶぞ。と、その前に親に電話して、状況を説明した。もしや、とJAFの番号を聞いてみたが、「知ってるわけないじゃない」の一言。娘が国道の真っ只中でとんでもないことになってるのだから、JAFの番号を104か何かで調べてくれてもいいのにそれはないじゃん、、、。助かる希望のうち、「親」の路線は途絶えた。

 JAFの番号は、どうすればわかるかな。マユミに聞いてももちろん知らないそうだ。当たり前だ(笑)

 マユミがピザ−ラの友達の佐藤君に電話して聞いてくれた。佐藤君はもとみー(ピザーラの友達)の家にいるらしい。なんとそこにはいな君(おなじくピザーラの友達)もいた。いな君ともとみーは、車のことにすっごく詳しい人たちなのでJAFの番号くらい知ってるだろうと、とにかく一安心だった。JAFの番号を聞くついでに今までのことの経緯を説明すると、

「面白そうだから様子みに行こうか?」

ここにも天使のような人が存在した♪

というわけで、「親とワタシのボロウン日記:いな君レッカーしてもらう編」に続く。

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