私鉄時刻表への招待 第1回

東武鉄道

 東武鉄道での時刻表は、1979年に東武日光線50周年を記念して東武新聞社から発行された「東武時刻表」が最初でした。
 また、東武東上線では、1989年から単独で「東武東上線時刻表」を発売しています。

 以下に、東武時刻表の発行履歴、ならびに時刻表の特徴などを示します。 (下線部分をクリックすると、時刻表の表紙をみることが出来ます)


1.1979〜1980年「東武時刻表」、東武鉄道監修・東武新聞社編集発行(創刊号〜第3号) B5判


号数 発行年月日 内容など
創刊号(*1) 1979-6 東武日光線開通50周年記念
第2号 1979-11-8 1979-10-31伊勢崎線ダイヤ改正、1979-11-8東上線ダイヤ改正
第3号 1980-8-5 1980-8-5伊勢崎線・日光線ダイヤ改正

*1
創刊号提供:宮野 和夫さん

 1979年〜1980年にかけて立て続けに3号まで発行された東武鉄道監修・東武新聞社発行の時刻表です。創刊号は比較的おとなしめの作りであり、紙面からはどこが発行したのか、また何時発行されたのかの判別はつきません(上記表での発行年月は「時刻表おもしろ大百科(旅と鉄道'82冬の号)」を参考としています)。
 第2号には映画評論家清水晶氏の時刻表に関するエッセイが載っており、東武時刻表と近鉄時刻表との比較をしておりました(ちなみに1979年当時私鉄で時刻表を発売していたのは東武と近鉄の2社のみでした。西鉄も時刻表を出していましたが、どちらかというとバス中心でした。)。第3号ではこの部分が車両紹介になっています。
 時刻表の特徴としては、不定期列車である臨時快速「たびじ」が、さらに創刊号には臨時夜行列車である「奥日光」までが掲載されていたことが挙げられます。一般に私鉄時刻表は年1回程度の発行であるため、不定期・臨時列車は殆ど載せていませんが、この頃の東武時刻表には不定期列車はほぼ掲載されていました。ただし、運転日は駅などに行かなければ分からないという欠点もありました。

懐かしの種別・・・「通勤快速」

「快速」と「準急」の合いの子のような停車駅で、朝夕に浅草〜伊勢崎間と浅草〜東武日光・東武宇都宮間各1往復ずつ運転されていました。

停車駅

伊勢崎線
浅草〜北千住間各駅・春日部・杉戸(現:東武動物公園)・久喜・加須・羽生・館林・足利市・太田〜伊勢崎間各駅

日光線・宇都宮線
浅草〜北千住間各駅・春日部・杉戸(現:東武動物公園)・幸手・新古河・藤岡・新大平下・栃木・新栃木〜東武日光・東武宇都宮間各駅

 伊勢崎通快は一足早く準急に格下げされ(1982年の時刻表には存在しない)、日光・宇都宮通快が長らく残っていましたが、1986年12月のダイヤ改正で準急に格下げされました。現在の東武日光・東武宇都宮行き準急がその名残です。

懐かしの名称・・・東上線特急「みつみね」「ながとろ」「たまよど」「むさしの」「さだみね」

運転区間

みつみね・・池袋〜三峰口
ながとろ・・池袋〜上長瀞
たまよど・・池袋〜寄居
さだみね・・池袋〜小川町
むさしの・・池袋〜森林公園

 東上線では、現在でも料金不要の特急は走っていますが、つい最近まで特急に名称がついていました。創刊号の時点(1979年4月2日現在のダイヤ)では秩父鉄道直通の「みつみね」が毎日運転、秩父鉄道直通の「ながとろ」及び線内運転の「さだみね」「むさしの」が休日に運転されていました。1979年11月8日改正で平日の秩父鉄道乗り入れが廃止され平日運転は「さだみね」、休日運転は秩父鉄道直通の「みつみね」「ながとろ」、線内運転の「たまよど」「むさしの」という形になりました。1983年には「たまよど」が廃止され、「みつみね」「ながとろ」は輸送力増強のため小川町で車両交換するようになりました。その後、「みつみね」「ながとろ」の車両交換がなくなり、池袋から6両で運転されるようになりましたが、1992年3月一杯で秩父鉄道乗り入れが廃止され、その後特急には名称がなくなりました。


2.1982年〜1993年:「東武時刻表」

2-1.創刊号・第2号→東武鉄道監修・東武トラベル編集発行・弘済出版社編集協力 B5判

号数 発行年月日 内容など
創刊号 1982-12-1  
第2号 1983-9-26 日光・鬼怒川線特急増発、東上・野田線輸送力増強

 1982年12月から発行元を東武トラベルに移し、再び創刊号としています。弘済出版社が編集協力となり、時刻表の体裁が当時発行されていた「大時刻表」に似た雰囲気になりました(ただし、時間の省略はしていません)。東武トラベル時代は赤い表紙が目をひき、「TOBU RAILWAY'S TIMETABLE」と英語で大きく書かれておりました。内容的には東武新聞社発行の頃とあまり変わりがありませんが、沿線ガイドは格段に向上し、カラーで70ページ程度になりました。なお、「たびじ」や不定期特急の掲載は続いています。創刊号ではDRCと東上線9000系が表紙を飾っていますが、9000系がイラストなのはご愛嬌(表紙参照)。

2-2.第3号〜第12号→東武鉄道株式会社鉄道事業本部営業部旅客サービス課編集発行・弘済出版社編集協力 B5判

号数 発行年月日 内容など
第3号 1984-12-15 野田線輸送力増強
第4号 1985-12-1 この頃通勤車の塗色変更
第5号 1986-12-1 会津鬼怒川線開通、杉戸高野台・南栗橋両駅開業
第6号 1988-1-1 りょうもう号増発、和光市〜志木間複々線完成、東上線・有楽町線相互直通運転開始
第7号 1988-10-19 竹ノ塚〜草加間複々線完成・快速急行「しもつけ」登場、快速急行「おじか」会津鬼怒川線直通
第8号 1989-12-1 時刻表に車両数表示登場
第9号 1991-1-1 スペーシア登場、業平橋駅改良、会津線会津田島まで直通
第10号 1991-12-9 終電車延長(伊勢崎・東上線)、特急が全てスペーシアに、急行「きりふり」・「ゆのさと」・「南会津」・「しもつけ」登場、新型「りょうもう」登場
第11号 1993-1-1 特急の所要時分短縮
第12号 1994-1-1 東上線スピードアップ、ふじみ野駅開業

 第3号から東武鉄道が編集・発行するようになりました。体裁的には東武トラベル時代と変わりませんが、停車駅案内図は駅や車両などに掲示されているものと似たようなタイプになりました。また、不定期快速「たびじ」は非掲載になりました。94年1月発行の第12号を最後に東武全線全駅を掲載した時刻表の発行はありません。

懐かしの種別・・・「快速急行」

 快速急行は日光・鬼怒川線系統の特急を補完していました。東武日光行きは「だいや」、鬼怒川方面行きは「おじか」、東武宇都宮行きは「しもつけ」という名称が付いていました。停車駅は今の日光線系統の急行と同じ、車両は快速用の6000(後期は6050)系で、指定料金をとっていました。「りょうもう」に使われていた車両が改造され日光線系統に投入されたため、「急行」に格上げされました。一時期「尾瀬夜行」などの夜行臨時で存在しましたが、現在は夜行も急行に格上げされ、快速急行の姿を見ることは出来なくなりました。

時刻表おもしろ表示・・・「運転日は駅係員にお尋ね下さい」

 日光線系統は不定期列車が多く、時刻表にも特急や快速「たびじ」などが掲載されていましたが、いつ運転されているかは時刻表発行時点で決まっていないため、上のような注意書きが書かれていました。


3.1995年〜2003年:「東武線時刻表」・「東武本線時刻表」(本線系のみ、東上線・越生線は非掲載)、東武鉄道株式会社鉄道事業本部営業部旅客サービス課編集発行・弘済出版社(現:交通新聞社(2003年号より))編集協力 ポケット版

発行年月日 内容など
1995-2  
1996-8-12 7月23日北千住駅改良工事進捗に伴う時刻改正
1997-3-14 草加〜越谷間複々線完成、北千住駅改良工事完成、下り特急・急行北千住停車
1999-3-1 3月16日伊勢崎・日光線系統ダイヤ改正。急行「りょうもう」の特急格上げ及び伊勢崎行きの新設、日光線特急の春日部停車、特急・急行料金の改定など。
1999-11-1 11月25日野田線ダイヤ改正。岩槻〜東岩槻間・鎌ヶ谷〜馬込沢間複線化、新鎌ヶ谷駅開業、ダイヤを「平日」・「土休日」の2本立て化など。
2001-3-19 3月28日越谷〜北越谷間複々線完成に伴うダイヤ改正。越谷止まりの列車の北越谷延長や日光線特急の停車駅変更など。土休日ページがピンク色に、本文2色刷化(特急・急行赤文字)及び掲載方法の変更が行われた。
2003-3-19 3月19日曳舟〜押上間開業並びに営団半蔵門線相互直通運転開始に伴うダイヤ改正。半蔵門線直通の区間準急・通勤準急の登場や、夜間特急の増発、特急・急行料金の値下げなど。今号より「東武本線時刻表」に改称。カラーページは「特急・急行のごあんない」に。本文では半蔵門線(東急田園都市線)始発・終着の時刻掲載。車両数の表示は今号から廃止された。

 1995年号からは、東上・越生線と分離されました。さらに、不定期の特急・急行も非掲載となりました(季節運転の特急・急行は掲載)。ポケット版になり、日頃から持ち歩く分には便利になった反面、沿線ガイドが全くなくなってしまいました。さらに、営業案内も省かれてしまいました。昔の「東武時刻表」と比べて貧弱になってしまった感があります。96年号で一旦営業案内が復活しますが、97年号では再び省かれ、99年号からはまた復活しています。また、99年号では時刻表本文構成も一部変更がありました。
2001年号から本文構成が大きく代わり、停車駅案内が現在の車内に掲示されているものに近くなり、本文での特急・急行が弘済出版社お得意の赤色表記(2色刷)となり、INDEX1での収録区間が浅草〜東武動物公園間から浅草〜新栃木間に拡大されるなどしています。
2003年号では全列車に掲載されていた車両数表示を取り止め、増解結や分割・併合を行う列車に対してのみ注釈が付けられるようになりました(「南栗橋で後4両増結」など)。

お詫び
 東武線時刻表1996年版については、今まで発行されていないものと認識しておりましたが、古本屋にて存在を確認及び購入してまいりましたので、ここに表紙写真を掲載するとともに今まで誤認しておりましたことをお詫びして訂正いたします。


4.2004年〜:「東武時刻表」(本線系のみ、東上線・越生線は非掲載)、東武鉄道株式会社鉄道事業本部営業部開発宣伝課編集発行・交通新聞社編集協力 A5変形版

号数発行年月日内容など
第18号 2004-10-19 野田線東岩槻〜春日部間及び新鎌ヶ谷〜鎌ヶ谷間複線化完成に伴うダイヤ改正。スピードアップにより所要時間短縮

2004年号から名称が「東武時刻表」に戻りました。また、この号を通巻18号としています(「第18号の謎」参照)。しかしながら、東上線の時刻は掲載されていません。本のサイズがA5変形版と大きくなり、本文の文字サイズも大きくなっています。
本文では伊勢崎線・日光線のページでは相互直通している東京メトロ日比谷線・半蔵門線及び東急田園都市線の主要駅時刻が掲載されています。先代「東武時刻表」では相互直通の始発終着時刻の他に日比谷線上野・有楽町線池袋・飯田橋・有楽町の時刻が掲載されましたが、今回はそれを上回る詳しさです。野田線ページでは春日部において特急・急行列車への接続の状況が一目で分かるようになりました。カラーページには見開き2ページで「お得なクーポン案内」として各種きっぷが紹介されています。空の旅おでかけキップやTOKYO探索きっぷは今号で初めて紹介されたものと思います。
2006年にはJR東日本と新宿〜東武日光・鬼怒川温泉間で直通特急の運行が開始されることから、池袋での東上線沿線乗客の獲得も期待されますので、この「東武時刻表」も1994年発行の第12号以来の全線全駅掲載としての発行も期待できます。

時刻表あれこれ・・・第18号の謎

さて、2004年号は「第18号」ということになりました。私自身も手にとって最終ページを見たときにはびっくらこきました(^_^;)。ここで、1994年の第12号発行以降、「東武線時刻表」及び「東武本線時刻表」は7冊発行されています。これを純粋に足せば2004号は「第20号」になるはずです。が、「第18号」となっているわけです。ということで、私なりの推理をしてみたいと思います。
まず、1999年に注目してみたいと思いますが、この年は春に伊勢崎・日光線、秋に野田線と2つのダイヤ改正があり、都合2冊発行されています。ということでこの年は一時期近鉄が年2回発行していた時の様に2冊で1号ということにします。これで1号削減出来ます。
あともう1号ですが、ここでは96年号を95年号の修正版という形で考えたいと思います。この96年号は伊勢崎線北千住駅の工事が進捗したことに伴う改正ということで、97年の本改正前の一部時刻の変更程度と考えると95・96年号で1号分と出来るかなと思います。
これで2004年号が「第18号」になるわけですが、あくまで私の推測ですので実際はどうなのかは分かりません。皆さんはどう考えますか?


 また、東上線では、単独に「東武東上線時刻表」を発行しています。1998年版・1999年版・2002年版については「1998年発行の私鉄時刻表」・「1999年発行の私鉄時刻表」・「2002年発行の私鉄時刻表」をご覧下さい。

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参考文献:「東武時刻表」・「東武線時刻表」・「東武本線時刻表」各号、旅と鉄道'82冬の号(通巻42号) 「時刻表の旅」(鉄道ジャーナル社)

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