お灸のイメージはどのようなものでしょうか。
私がはじめて治療を受ける前のイメージは「熱い」でし た。 明治・大正の時代は“お灸をすえる”ことは一般的でしたから治療するという感覚だと思いますが、昭和に入ってからは悪いことをするとされることになってきたように思います。平成の時代はそんなイメージもなくお灸ってなに?というかんじでしょうか。
お灸という言葉すら知らない感触を受けることが日常多々あります。

 お灸に関する歴史は実は鍼よりも古く、古代の人間はみな身体に灸をすえることで病 気に対応していたようです。
お灸って熱くないの?
お灸って本当に病気に効くの?
お灸ってどんなときにするの?
そんな疑問をお持ちのあなた、そしてそんな疑問すらお持ちでないあなたにお灸のすばらしさと不思議さを伝えたいと思います。

このコー ナーは世界でただひとつ、「お灸の世界」がのぞけるところです。

■1お灸って何?

■2.艾(もぐさ)の作り方
■3.日本の艾工場
■4.なぜ線香で火をつけるの?
■5.日本の線香工場
■6.お灸って熱くないの?
■7.お灸と鍼はどう使い分けるの?
■8.お灸ってどんなときにするの?
■9.お灸に効く病気は?

1.お灸って何?

 お灸とは“艾(もぐさ)”にお線香で火をつけることをいいます。
艾は蓬(よも ぎ)の葉っぱから作られます。
古代からよもぎの葉っぱがなぜ使われたのかよくわ かっていませんが、よもぎに変わるものはありません。どうやら人間は最初からこの 地球上に存在する最高の物・人類にとって最も相性の良いものの存在を嗅覚で知って いたようです。

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2.艾(もぐさ)の作り方
艾の作り方ですが、実際に見てみると気の遠くなるような作業をして作っています。(図1)
蓬の葉っぱの裏についている繊毛のみが上質の艾として利用されている事実からして大変なことです。(図2) 
(図1)
(図2)

艾には何種類もの製品の質があるのですが、最高級の物は蓬の葉っぱ全重量 のたった3パーセントしか製品になりません。270kgにして900gです。工場には米俵のように270kgの蓬の葉が積み上げられていましたが(図3)、この量 からたった900グラムしかできないと聞くと誰もが驚くのではないかと思います。
(図3)

製造作業は手作業の部分が多く、職場の環境も細かな粉塵と強い臭いで息がしずらく、艾を作っている人に深く敬意を表したい気持ちになります。 その製造過程は、
 1. 艾を乾燥させます。乾燥にムラができないように集荷した蓬の葉をほぐします。
    270kgの束はすごい量です。
(図4)
 2. ほぐした蓬の葉を7kg位づつ籠に分けて乾燥室にいれ、 80℃から90℃の
    熱で 4〜5時間乾燥させます。 (上質の艾は乾燥している最も寒い1〜2月に
    作りますが それでも中は暑い
(図5)
 3. 乾燥した葉を取り出し、機械にかけて細かくします。
(図6)
 4. 長どおしにかけてほこりを落とします。
(図7) 
(図4)
(図5)
(図6)
(図7)

 5. 少しづつ手で石臼にいれすりつぶしてさらに粉砕します。(図8)
    (石臼の重さは約300kg
(図9)、昔は水車の力で回していたそうです。
    いまはモーターを使用しています)
    ちなみに手で細かくひねるような艾(点灸用)を 作る時は、
    石臼に3回入れて細か〜くします。おおざっぱに使用する艾(温灸用)は
    石臼に2回しか入れません。
 6. もう一度長どおしにかけてほこりをとります。
(図10) 
(図8)
(図9)
(図10)

 7. とうみにかけてさらにほこりを取り除きます。(図11)
    (竹でできたとうみは身長の2倍もある大きな物で、長い時間をかけ、
    ゆっくりゆっくりほこりを取り除きます)
(図12)
 8. 最終的に人間の眼で混ざり物が無いか確認します。
(図13) 
(図11)
(図12)
(図13)

以上がおおよその作業内容です。文字で読んだだけでは想像もつかないと 思いますが、 とにかく大変な細かい作業です。
この艾に使う蓬は日本でも中国でもいたるところで取れますが、 上質の艾は中国の蓬では作れません。
(図14) そのため中国では艾を細かくひねりお灸する技術がありませんし、 お灸でいろんな病気を治療することは発達しませんでした。 はり・きゅうといっても灸の技術は日本独自・日本のみといっても 過言ではありません。細かな艾を作りだした古人の技術が医療技術を 発展させたのです。
では、どこの蓬が一番いいのかといいますと、 新潟県の名立町付近です。寒いうえに、海からの風が強く大きく育たない、 湿気が少ないという気候風土が幸いしているようです。
(図15)

(図14)
(図15)


3.日本の艾工場

 お灸は中国秦の時代に、湖北省から出土した木簡(竹に書いた文章)に記述があることから約2200年前には存在していた治療法と考えられます。日本には朝鮮半島を経て伝承したと考えられています。
 欽明天皇の23年(562年)に高麗から呉の国の知聡が帰化した時にもたらした医書・『明堂経』の中に鍼灸のことが記載されており歴史上それが原点と考えられます。いまから1400〜1500年前の事です。
 その当時は自家用に各戸毎に製造していたようです。
大量に生産するようになったのは江戸時代からで伊吹山で主に作られていました。(写真右:柏原宿(滋賀県山東町柏原)でのモグサ店の様子を描いた浮世絵)
 1636年(寛永13年)、岐阜県の春日で記録文書が残っています。
 その後長野県、滋賀県、富山県をはじめ各地で量産されるようになり明治6〜7年頃には15府県で製造されお灸は国民の民間療法として浸透していきました。その後明治・大正・昭和の時代になり西洋医学の導入・戦後の国民生活の欧米化とともにもぐさの需要が減少、もぐさ工場も閉鎖に追い込まれるようになりました。
 終戦間近は火薬の導火線がわりに使用されたもぐさですが、その頃はよもぎ生産、採取の関係上製造はほぼ新潟県に限られてきていました。30ヶ所あまりの工場が上越地方に集中していましたが現在は(平成13年)3工場しか上質のもぐさを作っていません。他に滋賀県に1工場あるのみとなりました。下級のもぐさは中国でも製作しているので輸入できますが、上質のもぐさは日本でしか製造出来ない非常に貴重なものです。日本人特有な繊細さと手先の器用さ、頭脳、勤勉さ、日本の気候、風土がかみ合った最高の技術です。小さくもぐさをひねる事ができるのも、この製法があればこそで日本の技術が世界一と言えるのも先人のおかげです。現在は、名立町の佐藤竹右衛門商店の「佐藤もぐさ」が日本の70〜80%を占めています。この貴重な製法を後世に伝え、灸治療が無くならないよう、日本の鍼灸師、国民が支えていかなければならないと思っています。
 誰か無形文化財に指定するように推薦してくれませんか。

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4.なぜ線香で火をつけるの?

 もぐさに火をつけるのは何でもかまいませんが、現代の学校教育では線香を使用しているので、日本や中国をはじめ世界中の東洋医学者が違和感なく、行っている事と思います。
 線香そのものが日本に伝来してきたのはわずか150年程前です。大阪・堺のお坊さんが線香を使用してお灸したのが最初といわれています。当時のお医者さんはお坊さんが多かった(学問をしていたのは武士とお坊さんぐらいの時代のため)ですからお香から線香を使用するようになったときにそのことを思いついたとしても不思議はありません。
 ではその昔はどのようにして艾に火をつけていたと思いますか?答えは、火箸です。今のように小さく捻った艾に火をつけて行うようになったのは線香の存在がとても大きいと私は考えています。だって火箸じゃあ小さな艾に火をつけるのが難しいですもんね。

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5.日本の線香工場


  お灸に火をつける際に使用するお線香は、一般家庭で使用する線香と同じように産生されています。生産上違うところといえば、

(1)
燃えにくい材質である。
(2)
家庭用の線香より太い。
(3)
香料が入っていない。
 というところでしょうか。鍼灸師の希望に応じ、灰が殆ど落ちない材質を開発し製品化しようとした職人さんがいましたが、完成品は温度が高すぎてちょっと触れだけでも大焼けどしそうなので実用化に踏み切らなかったというものもあります。(実際に触ってみましたが、ほんとに声も出ないぐらい熱かったです。ああ、これじゃあほんとに危ないわ!というのが実感)線香にもいろいろな種類のものがいろいろ苦労されて作られているんです。
 さて、お線香は日本のどこで作られているかご存知ですか?75%が兵庫県の淡路島で残りの25%が大阪の堺市です。日本中どこにでもあるお線香が淡路島に集中しているのにびっくりしませんか?その理由を少しご紹介しましょう。


香木
 昔、わが国には臭いのする木、「香木」がありませんでした。日本書紀によると香木が東南アジアから流れ着いたのが日本にもたらされた最初のようです。その地が淡路島の津名町近辺だそうです。当時、淡路島は漁業以外に産業があまりなく生活は大変です。島の周りは潮の流れが厳しく他との交流も大変だったようです。そんな時に、線香作りという産業ができ、町をあげて線香作りに取り組むようになったようです。
 当時(江戸時代)はお坊さんの多い堺が、線香の主要な取引先で、堺でもお線香を作ってました。しかし、大阪商人は作るより注文した方がよいという方向に少しずつ傾き注文先を淡路島の工場へと求めていきました。その事により、需要と供給が合致し、この地域の線香作りが隆盛を極めていったようです。淡路島の中でもこの津名町に特に線香工場が集中しており、工場の数が約二十五件(2001年3月現在)、町民の三分の一がその仕事に従事してます。まさに線香の町といっても過言でないと思います。その中でわれわれが使用するお灸専門の線香を作っている工場は三件です。
 それでは皆さん、線香ってどんな風に作っているかご存知ですか?簡単にいうと原料をお湯で混ぜ合わせ、トコロテンのようにニューと出して干して出来上がりです。イメージつかめました?
 そんな説明では納得できない方のためにこのあと細かく説明いたします。興味のある人だけこのあとお付き合いください。

製造過程は
@  原料であるタブの粉と粘り気を出す糊粉、かさを増すための粉、染料(通常はこれに香料)等を良く練り合わせる。

タブの粉

かさを増すための粉
染料(通常はこれに香料)
混ぜ合わせている様子



A  機械に原材料を入れ、巣金と呼ばれる穴からところてん状に押し出し、盆板と呼ばれる板に受ける。


ところてん状に押し出す


盆板

B  盆板からはみ出している線香の端を切りそろえる。同時に不揃いの部分を切りそろえる。(写真3)

写真3
C  盆板を縦に重ねて乾燥させる。自然乾燥を1日、強制乾燥を2日置く。(昔は何日も自然乾燥させていたそうです。手間のかかる作業です。)


自然乾燥(1日)



強制乾燥

D  熟成させて包装し、出荷する。

熟成

梱包と出荷作業

以上が大まかな製造過程ですが、各工場の線香の違いは@の原料の作り方のあるようです。どこの店でも味が違うようにわずかな分量、温度の違いででき不出来があるようです。特別に原料を作るところを見せていただきましたが、まさに職人芸です。しかし、職場の環境はお世辞にもいいとはいえません。そのため、どこの工場も跡継ぎに困っているようです。殆ど手作業に近いお線香作り。お灸をすえるときもお線香を手にすると思わず手を合わせたくなる気持ちになります。
お線香1本にたくさんの人々の気持ちがこもっています。
 
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6.お灸って熱くないの?

 艾に火をつけた熱は500度以上です。だいたい、たばこの熱と同じように考えてもらっていいと思います。でも、こんな事を書くと、昨今「歩きたばこ」による子供の怪我が相次いでおりますのでさぞかし熱くて怖いイメージを持つかもしれませんね。「熱い」という感覚は温度が100度まで、つまりお湯に手をつけたり飲んだりした時の感覚です。100度を超えると痛みに替わります。ですから、お灸をしている事を知らされないでいると「痛い!」という言葉になります。まるで針を刺されたような感覚になるんです。
 でも実際は皆さんが想像するような苦痛は殆どありません。当院でお灸の治療を受けた方は勿論お分かりの事と思います。
 なぜだと思いますか?
 お灸をするときは、からだの調子が悪いときです。そんなときは皮膚感覚が悪くなっていますので、あまり熱さも、痛みも感じません。むしろお灸の治療は、熱や痛みを感じてもらうように据えるといってもいいでしょう。感覚があるということは皮膚が正常に働いている事を意味します。つまり身体の機能が正常に働いている=内臓の働きがよくなった・快方に向かいだしたという事に繋がるからです。
でも、身体の調子がいいときや必要のないツボにお灸をするとそりゃあ熱いですよ。なにせ500度ですからね。お灸についての知識がある方は、浅草のお灸や弘法様のお灸など頭のてっぺんに大きなお灸を据えて我慢している姿や大きなお灸のあと(灸痕)があるお爺ちゃんお婆ちゃんの背中を思い出す事と思います。当院にいらっしゃる方で、熱そ〜なイメージがあって怖いという殿方やお灸の跡が残るのでイヤという若い女性がいますが、そんな思いがあるのだろうと考えいつも以下のような説明をしています。
「最近の研究で、身体は44度の熱で生体反応が起きる事がわかりました。アトピー性皮膚炎など皮膚疾患のある方は38度で身体に変化が起こります。昔のように熱さを我慢したりする必要はありません。お灸の跡を残さない程度の熱で効果を得られる事が解ったんですよ」と。

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7.お灸と鍼はどう使い分けるの?


 きゅうとはりは昔から夫婦のように同じ扱いを受けてきました。患者さんを治療する時ある時は灸を用い、ある時は鍼を用います。この2つの医術は切っても切れない関係です。日本では、『はり師』と『きゅう師』は別々の国家資格ですが、国家試験では専門科目以外は同じ扱いです。ここでも夫婦のような扱いになっています。もっともどちらかの専門科目に合格しないと、全ての教科を受験しなおさなければいけませんが・・・。

 では、お灸と鍼はどうやって使い分けていると思いますか?

 お灸はの流れを良くし、鍼はの乱れを調整する医術として発生したと古来より考えられています。東洋医学の専門家はの言葉の背景にある意味がわかりますからこの説明が一番簡潔なのですが、それ以外の方には良くわからないと思いますので、私なりの簡単な言葉での解釈を付け加えます。

 

 ヒトは体の調子が崩れてきたとき元に戻りたいという現象として「症状」が表れます。この時はまだ体力があります。鍼治療で大丈夫です。

 身体を休めずに同じ生活を続けると体内で熱を作る力が衰え冷えを受けやすい状態になります。灸治療が必要です。

 体力のある病気の人に対しては鍼治療単独で緩解しますが、体力を消耗し身体が冷えを感じている人や、長期間患っている病気の人は、灸治療が必要だという事です。体調が少しくずれた患者からガン患者まで鍼灸治療が幅広く適応なのはこんな理由からです。


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