2003年9月12日(金)〜14(日)
W.F.A.S.世界鍼灸学会オスロ大会
東洋医学の学理研究 第3報
〜東洋医学の基本思想を易の論理にもとめて〜
日本国 東京 清野鍼灸整骨院 院長 清野充典
【緒言】
はじめに、昨今の東洋医学領域特に鍼、灸および湯液に関する学問体系及び研究は、東洋思想(中国思想)に基づいていないうえに、東洋医学の中でも特に鍼灸医術の原理論と臨床実践が乖離している点がさらに東洋医学の発展を妨げていると考える。また、東洋医学と東洋医療、特に鍼灸技術が直結した鍼灸医学が歴史上欠落していると考えており、その構築の必要性を強く認識している。
演者は東洋医学の理論と実践が一致した共通の言語を構築し認識のずれを解消するためには、漢字文化の教典である「易」の論理の検討が必須であると位置づけている。以下、現在行っている共通言語の構築作業の理論的根拠を述べる。
【方法】
易は、卦(卦名)を伏儀が、彖(彖辞=卦辞)を文王が、爻(爻辞)を周公が、十翼(彖伝2篇・象伝2篇・文言伝・繋辞伝2篇・説卦伝・序卦伝・雑卦伝)を孔子が著し完成したという説が有力だが、完全な形で残っているものは無く、今日、王弼の注釈本を元にした『十三経注疏』が底本と考えられている。易が太極から両儀・四象・八卦に派生するまでの思想とその文字を検討し、その背景にある身体の見方・病態把握について検討してみた。
【結果】
東洋医学は、易の思想の根本である「陰陽論」を医学に当てはめ、「気」の集まりという「生命体」を理解するために、陰陽という二方向から身体を観察し、病態把握する論理を確立した学問と考える。本文中を細かく見ていくと、『易経』の繋辞伝に「易に太極あり、これ両儀を生ず。両儀四象を生じ、四象八卦を生ず。」とある。これを医学に置き換えると、「太極」はヒト、「両儀」は身体を陰陽で見ようという思想、と理解できる。「両儀四象を生じ」とは、老陰、老陽、小陰、小陽のことである。老陰は陰中の陰、老陽は陽中の陽、小陰は陽中の陰、小陽は陰中の陽を意味する。東洋医学では、陰陽論に基づき虚・実、寒・熱等という相反する言葉を用い身体を理解しようとしているが、易では「虚」は「陰」、「実」は「陽」という意味で用いられている。東洋医学として理解しやすい文字に置き換えてみると、「四象」は陰虚・陽実・陰実・陽虚といえる。「四象八卦を生ず」とは、「八卦」乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤をさす。易の八卦は具体的に東洋医学に応用できる思想である。陰陽・三才・五行・八綱等の思想に基づく東洋医学の分類法は、八卦の思想が元になっている。東洋思想に基づく東洋医学の基本思想といえる。
【考察】
「太極」「両儀」「四象」「八卦」の思想を元に黄帝内経『素問』を検討すると、「五行の色体表」の基本思想となっていることがわかる。気の凝集体であるヒト(太極)は、男・女に象(かたど)られ(両儀)、陰虚・陽実・陰実・陽虚(四象)を繰り返しながら、健康と病気の間を往来(八卦)していると考えられる。
【結語】
易の思想は身体の見方・病態把握に応用する事が可能である。医学に置き換えると、健康体から病体に移行し死を迎えるまでの間(命・運命=生から死へ運ばれる命)、陰虚・陽実・陰実・陽虚という「象」(気のかたどり)のかたちを身体がなして生命を維持している、と考えられる。「象」の思想は、現代医学に基づく病名診断法を東洋医学に応用することが可能である。また、東洋医学と鍼灸医療・鍼灸手技の一致した鍼灸医学体系の構築が可能であると考える。易の論理は、鍼灸医学・医療の発展に必要不可欠である。
キーワード;易、太極、両儀、四象、八卦