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僕は君に永遠の愛を誓った。 君を残して先に逝く僕を許して欲しい。 でもたった一人残された君が淋しくないように、彼を残そう。 雨の日の博物館の建物は、いつもよりも重厚に見えた。 普段はとても海の生き物のように見えない、ドルフィンの飾りも、今日は雨に濡れて魚のように見える。 僕は入り口の前で、そっと中を覗き込んでみた。 そこは先日と同じように静まり返っていた。誰一人、お客の姿は見えない。 今日はチケットがないから中に入るなら、チケットは買わないといけない。 そう思って躊躇していると、たった一人だけ受付に居た人物に声をかけられた。 「そこだと雨にぬれるから、中に入りなよ」 「あの、でも今日はチケットを持ってなくて、その入るかまだ決めてなくて・・・」 僕が言うと、その黒ずくめの服を着た人は微笑んだ。 「いいよ、俺が入れてあげるから、中に入りなよ」 僕は言われるがまま、回転ポールを押して、建物の中に入った。 薄暗い館内で、その人は僕にタオルを差し出した。 「濡れているね」 「すみません」 僕はその人の親切を素直に受け取った。 受付の人はどうやら先日と同じ人だと思った。黒い髪に黒い服、そして緑の目。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 そういえばあの日、アーケードで僕にチケットをくれた人も、黒ずくめではなかっただろうか? そう思いながら、僕はこの人を見上げた。 「良かったら紅茶でも飲むかい?冷えたんじゃないかな、ご馳走するよ」 僕は彼に言われるがまま、お茶をご馳走になる事にした。 人形盗難のさぐりも入れたかったし、丁度良いと思った。 彼が案内してくれたのは、館内にある休憩所だった。 ホールのような場所で、椅子もテーブルもたくさんあるのに、人の姿が見えない。 「人、いないんですね・・・」 「本当は休館日なんだよ」 その言葉に僕は不思議な思いで彼を見上げた。 「なら、貴方はどうしてここに居るんですか?」 すると彼は微笑む。 「休館日でも、俺には仕事があるからだよ」 それはそうなのかもしれない。僕は簡単に納得した。 彼は僕の為に、自動販売機で紙カップの紅茶を買ってくれた。 貸し切りの休憩室で、彼は言う。 「俺はイチタニって言うんだ」 「・・・僕は羽音です」 「よろしく羽音君」 言ってイチタニさんは微笑んだ。その笑顔に、なんだか僕は少しドキリとした。 なんとなく雰囲気が、ツムギに似ているように感じたせいかもしれない。 とても静かな空間だった。 ただ広い場所に二人だけでいると、世界から取り残されたような気がする。 僕はその静けさにいたたまれなくなって、口を開く。 「あの、最近この博物館って、何か変化はありました・・・?」 「変化?」 僕はカップ越しに見上げるように、イチタニさんを見る。 「その・・・何か盗まれた・・・とか・・・」 「それは人形が居なくなった事を言っているの?」 僕は動揺してしまった。カップの紅茶が、僕の反応のせいで零れそうにグルグル回る。 「あ・・・・・・・・」 言葉にならない僕に、イチタニさんは微笑んで、優雅にテーブルの上で手を組む。 「心配しなくて良いよ。あの人形は特別なんだよ」 「特別?」 僕は紅茶をテーブルに置いて、イチタニさんをじっと見つめる。 「あの人形は特別でね、ある人物の魂にしか反応しない。あの人形は盗まれたわけでも 攫われたわけでもなく、ただ本来の持ち主に付いていったってだけだよ」 「持ち主に、付いていった?」 僕の言葉にイチタニさんは頷く。 「昔昔、それはもう何百年も昔にね、奇跡の人形師がいたんだ。彼は本当に天才だった。 みんなが彼を褒め称えた。彼は栄誉ある賞も、莫大なお金も手に入れた。 けれど彼は病に罹ってしまったんだ。それは不治の病でね、人形師は長く生きられない事を悟った。 彼はそれは悲しんだ。でもそれは自分を哀れんでの事ではなかった。 彼には恋人が居たんだよ。ただ一人の愛する少年が。人形師は一人残される少年を哀れんだ。 その少年の事だけを考えた。そしてある日決意したんだ。自分が死んだ後に少年が悲しまないように、 その少年の為だけに人形を作ろうとね。それがあのラブドールだよ。 ラブドールはただ一人の少年にだけ、反応する」 僕はまるで御伽噺を聞くように、その話を聞いていた。 窓の外はまだ暗い雨。窓ガラスにはたくさんの雨粒がついている。 「恋人に先立たれた少年は嘆き悲しんだ。けれどね、恋人の死後に、恋人の作った人形が現れ 少年を救ったんだよ。少年は人形に夢中になった。見た目も性格も人形師である恋人にそっくりだったからね。 それに一度失くした愛を再び手に入れたんだ。だから少年はかつての恋人と同じように、いや、 それ以上に人形を愛した」 僕は飲みかけのカップの紅茶の事も忘れて、イチタニさんの話に聞き入っていた。 「けれど幸せは永遠には続かない。少年の方が今度は死んでしまった。当然だよね、人間だから。 だから二人は死に別れる前に、約束を交わしたんだよ。少年は生まれかわって来るから、再び愛し合おうと。 人形はメンテナンスさえすれば、永遠に生き続ける。だから人形も永遠に待ち、愛し続ける事を誓った。 そしてその約束通りに、人形と人間は何度もの生まれ代わりを繰り返し、出会いを繰り返し 永遠に愛し合っているんだよ」 僕はとっさに言葉が出てこなかった。素敵な物語ですね、そう言えばいいのだろうか? でももしも、それが物語ではなく真実ならば・・・。 「僕はその少年なんでしょうか?」 僕は緊張しながら聞いた。するとイチタニさんは微笑んだ。 「ラブドールが反応したり、ハート仕掛けの螺旋を廻せるのは、その少年だけなんだ。 君があの人形の螺旋を廻せたのなら、君は間違いなく少年の生まれ変わりだよ」 その言葉は僕の胸に深く染みこんだ。 もしも僕がその少年なら、あの日、この場所でツムギを見た時の離れがたい気持ちに納得がいく。 何故、こんなにもツムギが好きで好きで仕方がないのかも。 「僕はツムギを返さなくても良いんでしょうか?」 聞くとイチタニさんは、組んだ手の上に顎を乗せて微笑む。 「ラブドールはずっと、永遠にその少年のものだよ」 僕の胸がその言葉で軽くなる。 「ただ人形師によるメンテナンスは必要だからね、定期的に人形は自分でここに来るだろうね」 僕は瞬きをする。 「ここに人形師が居るんですか?」 イチタニさんは頷く。 「この博物館は、そもそも天才人形師が作ったものなんだ。その莫大な資産を使ってね。 そして人形は少年との死別を繰り返す度に、ここで少年が生まれ変わるのを待っている。 もう何年も何百年もそうやってすごしている。だからここに人形師なんか当たり前のように居るんだよ」 僕はその言葉に嬉しくなった。 僕とツムギは永遠に一緒にいられる。この博物館自体、僕達のために存在している。 僕は今すぐ、家に帰ってツムギに抱きつきたいと思った。 永遠に僕が生まれ変わる事を、待ってくれているツムギ。 それはなんて愛しい存在だろう? 僕は前よりも更にツムギを好きだと感じる。 「あの、話してくれてありがとうございました。すごく嬉しいです。あ、それに紅茶もご馳走様です」 僕はそう言うと椅子から立ち上がった。 居ても立ってもいられない。早く早くツムギに会いたい。 「今日は本当にありがとうございました!」 僕はそう言うと、イチタニさんに深くお辞儀をして振り向いた。 僕は雨のやんだ町を、走るように家へと、ツムギの元へと向かった。 家についたらキスをして、たくさん抱き合おう。 たくさん好きだと言おう。 ずっと長い時間を待ち続けてくれた彼に、永遠の愛を、何度でも誓おう・・・・・・・・・・・・・・。 薄暗い博物館で、イチタニはラブドールが立っていた台を見つめていた。 カタリと音がする。 振り向くとツムギが立っていた。 「やあ、こんな時間に珍しいじゃないか?」 ツムギは腕を組みながら、柱に寄りかかる。 「今回はずいぶんと美化した話にしたらしいね」 その言葉にイチタニは苦笑する。 「・・・・いろいろ学んだのさ」 暫く静寂が二人を包んだ。 「悲しい話をして、雪葉・・・いや今は羽音だな、羽音を悲しませる事はないさ」 ツムギは目を細めてイチタニを見つめる。 「君は人間にしては珍しい特性を持っているね。さすが天才といわれていただけの事はあるよ。 普通、ただの人間は記憶を繋いで生まれ変わったりしないのにね・・・・」 「天才人形師は、その他の分野でだって天才なのさ」 言うとイチタニは歩き出した。そのままツムギの横を通りすぎようとする。 「さっきも羽音を抱いたよ」 「・・・・・・・・・・・・」 ほんの微かに、イチタニの顔が険しいものになる。 「羽音は渡さないよ。彼は僕のものだ。そういう風に僕は作られ、長い時間を生きてきた。 僕は羽音よりも遥かに長い時間を、一人で彼が生まれ変わるのを待っていた。 この想いはイチヤになんか負けない思いだ」 「その名前も懐かしいな・・・・天才人形師と呼ばれていたころの物だ。はは、天才か・・・」 イチタニは拳を握り絞めて言う。 「天才なんて呼ばれたくせに、こんな悲惨な結末を辿るなんてな・・・」 言った後で、イチタニは振り向いた。 「でも、俺もまだ羽音を諦めないよ。俺だって羽音を愛している」 心変わりだと言って、なじった時代もあった。 裏切り者だとツムギを責めた時代もあった。 力ずくで無理やり奪い返そうとした時代もあった。 けれどどの時代も、愛する少年はツムギが好きだと泣いた。 愛する少年のために、今回は二人を廻り合わせた。 街角でチケットを持って・・・・。 イチタニはツムギを残し、淋しいほどに静かな廊下を一人進む。 「ねえ、羽音」 イチタニは廊下の窓から、雨の上がった澄んだ夜空を見上げながら呟く。 「君は俺の話をちゃんと聞いていた?君の恋人は人形師の方だったんだよ。 人形はあくまでも身代わりだったんだ。それなのに君は俺の死の後でツムギの方に 心奪われてしまった。俺以上に・・・・・・・」 何度生まれ変わっても、何度出会っても、少年はいつも自分ではなく人形の方を選んだ。 「ねぇ羽音、生まれ変わるのが自分だけだと思ってる?俺だって何度も生まれ変わっているんだよ」 イチタニは窓枠にもたれて、更に居ない羽音に話しかける。 「永遠の愛を君にあげるつもりだった。君を悲しませないつもりだった。 けれど俺は、永遠の三角関係を作ってしまったんだね」 何度生まれ変わっても、もう恋人は自分を選ばない。 そう思っても、いつかは、そう思わずにいられない。 他の人を思うことが出来ない。 ただ一人しか愛せない。 「俺の心の螺旋だって、君にしか反応しないんだよ」 博物館パンフレット、備考より。 ラブドール。 ハート仕掛けの螺旋で、特定の人間にだけ反応する人形。 今はその切ないまでの純愛から、製造を禁止されている。 2007.10.21 RIYO 好きな女性シンガーソングライター(コシ ミハルさん)の曲の中で 「おしゃべりラヴドール攫われてきた。ハート仕掛けの螺旋を巻いたら貴方に愛を語る」 という詞がありまして、その歌をイメージとして書いたのがこのお話です。 歌の方は女の人形のようで、詞の内容とこの話はまったく違うのですが、でも大好きな曲です。 この方の詞と曲と声はすっごく創作意欲をかき立てられます。 バンドは文学だと常々語っている私ですが、この方の音楽はそのまんま文学です。耽美です。 もうCD絶版なのかな?この方はシャンソン、ジャズ、クラシックとオリジナルを歌ってますが オリジナル曲が一番良いです。 ラブドールは出来たら、シリーズ化してオムニバスで話が書けたら良いなって思います。 他にも人形にまつわる話しが書きたいなと。 永遠の三角関係の話は、イチヤとツムギどちらの方がより切ないでしょう? 生まれ変わる恋人を永遠に待ち続けるツムギか。 何度生まれ変わっても、恋人を自分の元に戻せないイチヤ。 永遠の3Pでも良いのですが、切なくまとめてみました。 感想など頂けると嬉しいです。 |
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