| 薔薇の名前 | |||||||||
| ー王様と奴隷の恋の話ー | |||||||||
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田原和也は走っていた。 舗装されていない土の上をがむしゃらに。緑の草をかき分け、涙を堪え、必死に。 そして和也は気付かぬうちに学校の敷地を抜けてしまっていた。 道の前方に緑の生垣の隙間を見つけると、和也はその中に飛び込んだ。 「あ・・・・」 和也はその場所に驚いた。 自分がどこに来たのか一瞬判らなかったのだ。さっきまでただの山道を走っていると思っていた。 けれど生垣をすり抜けると、そこには外国のような光景が広がっていた。 刈り込まれた芝生とその脇の通路。そして通路に沿って咲く腰位までの高さの花。 赤、黄色、ピンク、紫と色とりどりの薔薇の花が咲いていた。 きちんと管理されている事はその庭を見れば一目瞭然だった。 木々はちゃんと刈り込まれ、美しく花を咲かせている。 その整然とした庭の作りが英国庭園なのかイタリア庭園なのか、和也には判らなかった。 ただここが外国かと思うような、立派な薔薇園だという事だけがわかる。 和也は自分が逃げていた事も忘れて、その庭に見惚れた。 そしてゆっくりと薔薇を眺めながら歩きだした。 つる薔薇のアーチがあり、その中を見上げながら和也は歩く。 甘い香りがする。そう思いながらアーチを抜ける。 するとそこに洋風の東屋が見えた。白い塗装の、絵本の中から出てきたような建物。 くりぬかれた丸い窓から、薔薇の花が見える。 和也はゆっくりとその東屋の中に入っていく。 そして真ん中に置かれた白いベンチに近付いた。その時だった。 「君は?」 聞こえた声に和也は振り向いた。 「あ・・・」 その人物を見て声が詰まった。 驚いて後ずさり和也はベンチに躓いた。そしてそのままベンチに座り込む格好となる。 「大丈夫?」 和也はその言葉に眉を顰めた。 「その格好・・・もしかしてケンカでもしてたの?それとも誰かに追いかけられてたの?」 自分の服が破れている事に和也は気付いた。 「・・・・・・」 「血も出てるね。痛い?大丈夫?」 その言葉に和也は何も答えなかった。ただ黙って探るようにその少年を見つめていた。 少年は絵本の中から現れた王子様のような容姿をしていた。 白い肌に長い手足。長めの薄茶色の髪に整った顔。まるで夢のように美しい少年だった。 けれど少年の服装は幻想的なものではなく、一般的な学生服だった。 白いシャツにグレーのズボン。多くの学校が指定している学校制服と区別がつかない格好だ。 そしてその制服は、和也の今着ている制服にとても似ていた。 少年は制服のズボンの中からハンカチを取り出した。 「ちょっと待っててくれる?」 そう言うと少年は、小走りで薔薇園の隅に向かう。 そこにあった水道の蛇口を捻ると、少年はハンカチをぬらした。 「しみたらゴメンね」 そう言うと少年は和也の腕を掴もうとした。すると和也は過剰な反応を示した。 「や・・・!」 顔を隠すように蹲った和也に少年は言う。 「大丈夫、そんなに怖がらないでくれよ。傷口を消毒した方が良いだろう?」 少年は和也を安心させるように微笑んだ。 その笑みに和也は面食らっていた。 「なんで・・・なんでそんなことするの?」 呟くように和也は言う。 すると穏やかな顔で、和也の腕をそっと掴みながら少年は言う。 「何でって、だってケガしてるし、服も汚れてるし、そんな君を放っておけるわけないだろう?」 少年は和也の腕にあった傷口と、体についていた砂をハンカチで拭いていく。 「・・・だから、どうしてあなたが・・・?」 和也は理解できないというように、大きな瞳で少年を見上げた。 けれど少年は気にした様子もなく答える。 「だって、僕の薔薇園に君が迷い込んでしまったんだもの。放っておけないじゃないか」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 和也は眉を顰めたまま少年を見ていた。 「ね、君はなんて名前?」 「本気で聞いてるの?」 「聞いちゃダメだった?内緒?」 無邪気に聞く少年に和也は答える。 「・・・カズヤ、田原和也・・・・」 「カズヤか。僕はマサユキ。正しい雪って書くんだ。よろしくね」 そう言うと正雪は立ち上がった。 「バンソーコーもはる?家がすぐそこにあるからもってこようか?」 「いいよ・・・・・・」 和也は正雪の整った顔を不思議そうに眺めた。 「・・・・もしかして、あなたには兄弟がいる?」 「兄弟?いないよ、そんなの。僕は一人っ子だからね、それよりあなたじゃなくてマサユキって名前で呼んでよ」 「・・・・・・・・・・」 黙り込む和也に正雪は苦笑する。 「あーあ、せっかくかわいい顔してるのに、そんな仏頂面してたら台無しだよ」 その言葉に和也は正雪を見上げる。 涼しげで美しい顔の正雪がやさしく和也に微笑む。 その表情に和也は、泣きたいような気持ちになりながら聞いた。 「あなたは・・・・・・誰なんだ・・・・・?」 その言葉に正雪は肩をすくめる。 「だから正雪だよ。それとも名前じゃなくて、もっと僕の事を知りたいって意味?」 「・・・・・・・・」 「もしそうなら嬉しいな。僕は君を気にいっちゃったからね、仲良くしたいんだ」 「仲良く・・・?」 驚いたように和也は聞き返す。 「そうだよ、実は僕はね、体が弱くて学校に行っていないんだ。だから友達も居なくて退屈してたんだ。 だから君が友達になってくれて、また遊びに来てくれたら嬉しいんだけど?」 「・・・・・・・・・・」 和也は困ったように俯いた。 そんな和也の顎を正雪はそっと捉えた。そして少しだけ上向けるとその頬にそっとキスをした。 「!」 驚いて和也は身を引いた。 するとその過剰な反応に正雪は微笑む。 「ふふ、かわいいな」 その言葉に和也の顔は赤くなり体中が熱くなっていた。 その日も和也は走っていた。 早く早く逃げないと!そう思うのに足が絡まり上手く動かせない。 昇降口まであと少し。そう思っていると廊下の前方に見慣れた生徒が現れた。相模啓介だ。 「田原、掃除もしないでどこに行くんだよ?」 捕まった。 和也は諦めて走るのをやめた・・・・・・。 学校帰りに、和也は自分の意思で薔薇園に向かっていた。 昨日は気付かなかったが、その庭への入り口は道の先にちゃんとあった。 薔薇のアーチをくぐると、昨日の絵本のような薔薇園が広がった。 和也は歩きながら気付いた。昨日は生垣を突っ切ったが、東屋に行くにはその方が早そうだと。 和也は緊張しながら薔薇の小道を歩いていた。 正雪は今日も居るのだろうか? 自分でも何故、今日も会いにきたのか判らなかった。 東屋まで来ると、ベンチに腰かけ本を読んでいる正雪の姿が目に入る。 正雪は本から視線をあげると、和也の姿を見て微笑む。 眩しい位に美しい笑みだった。 その美しさに和也は白い大輪の薔薇をイメージした。 「やあ、カズヤ待ってたんだよ」 そう言うと正雪は自分の隣に座るように促した。和也は黙ってそこに座る。 「今日はどこもケガしてないね」 和也の全身を見た後で安心したように正雪が言った。 「・・・・・今日は掃除してきたから・・・」 「掃除?」 「なんでもない」 冷たく言い放った和也に正雪はそれ以上何も言わなかった。 そして本をベンチに置くと、咲き誇る薔薇を見ながら和也に問いかける。 「カズヤは薔薇が好きかい?」 「・・・・どうだろう・・・・今まで考えた事がないから判らない」 「そっか・・・じゃあ、もしかしてここに居るのもつまらない?」 聞かれて和也は考える。 白い東屋。美しい花。やさしい香り。美しい少年。 ここに悪意はまったく感じられない。やさしい空間。 「ここは・・・好きだな・・・・・」 その言葉に正雪は嬉しそうに笑う。そしてつと手を伸ばして和也の髪に触れようとした。 すると和也は過剰な位に反応して目をギュっと閉じた。 その様子に苦笑しながら正雪は言う。 「何もしないよ。ただちょっと触りたいだけ・・・ダメかな・・・?」 薄茶色の目を細めて正雪が聞く。 和也は何故かイヤとは言えなかった。 「いいよ・・・・・・・・」 そう言うと正雪は手を伸ばして和也の前髪に触れた。そして頬を包むように触る。 「君は・・・きれいな顔をしてるんだね・・・・」 その言葉に和也は真っ赤になった。そして慌てたように言う。 「そ、そんな事ないよ、僕なんか汚いって、みんな言って・・・・・・・」 「みんな・・・?」 その言葉に和也は口をつぐむ。 「なんでもない」 そう言った和也にそれ以上正雪は何も言わなかった。 正雪は黙り込んだ和也の手を掴むと立ち上がった。 「この薔薇園の中を案内してあげるよ」 その言葉に和也は頷いた。 二人は小道をゆっくりと歩く。 「この辺りはハイブリッド・ティーが植えてあるんだ」 「ハイブリッド?」 「うん、近代的な薔薇だよ。大輪で花びらの枚数が多いんだ。オールドローズの原種は逆でね、 もっと花びらが少ないんだ。あっちがオールドローズだよ」 言われて和也は花を見る。四枚の花びらが並んでいる。 「へーこれも薔薇なんだ!僕が知ってる薔薇ってハイブリッドの方だったんだね。 これは薔薇だって言われないとわからなかったよ」 和也が楽しそうに話すのを、正雪は微笑んで見つめた。 「オールドローズの向こうで、奥の柵に絡まって咲いているのがツルバラ。その左にあるのが原種。 こっちのハイブリッド・ティーの方には青薔薇もあるんだよ」 「青薔薇?!」 和也は興味を示した。 「作るのが不可能だと言われていた青薔薇もね、近年では作られているんだよ」 「すごい、見てみたい」 その言葉に正雪は和也の手を引いて歩き出す。 「これが青薔薇?」 少し不満気に和也は呟いた。そこには何重にも花びらの重なった豪華な薔薇がある。 「青っていうか、紫だね」 「そうだね、これはブル−ムーンっていう花だけど、実際には紫に近いね。本当に真っ青っていうのは難しいんだよ。 でもこれは芳香種だからいい香りがするよ」 言われて和也は花に顔を近づけた。 「あ、本当だ、いい香り」 和也は幸せそうに微笑んだ。その様子に正雪は満足する。 和也は正雪に薔薇園を案内されるうちに、すっかり薔薇に魅せられていた。 「薔薇がこんなに種類があるなんて知らなかったよ」 「そう、じゃあもっと見て覚えてあげてね。薔薇にはそれぞれちゃんと名前があるんだよ」 「名前?」 その言葉に正雪は微笑んで和也の手を引く。 正雪は白い薔薇の前までやってきた。 「へーキレイな薔薇だね。驚くほど真っ白だ」 そう言って顔を近づける和也に正雪は言う。 「その花は正雪って言うんだ」 「え?」 「僕の名前はその薔薇から来てるんだよ」 和也はその言葉に驚いた。 「すごい・・・」 和也はその白く可憐な薔薇を見て正雪にピッタリだと思った。 「マサユキはハイブリッド・ティーでね、別名は白銀とも言うんだ」 「へー、シロガネなんて格好良いね」 和也は花に更に顔を近づける。すると正雪は微笑みながら言った。 「どうせ顔をそんなに近づけるなら、花じゃなくて僕の方にして欲しいな」 その言葉に和也は正雪を見上げた。和也の心臓はドクドクと脈打っていた。 美しい顔で、いたずらっぽく言う正雪を和也は意識し出していた。 和也は走っていた。廊下を真っ直ぐに。 角を曲がって階段を下って、そしたら逃げ切れるかもしれない。そう考えていた時、腕を捕まれた。 振り向くと相模が居た。同級生の相模啓介。彼は息を切らしながら呟いた。 「お前に逃げられたら、王様に怒られるんだよ・・・・・・」 その言葉に和也は絶望して瞳を伏せた。 相模が悪いワケじゃない。命令しているのは「王様」だ・・・・・・・・・。 和也は学校帰りに薔薇園によるのが日課になっていた。 薔薇を見るのが目的か、それとも正雪に会うのが目的か、自分でもわからなかった。 ただ、いつもここにくると正雪は嬉しそうに微笑んでくれた。 その笑顔を見るとなんだか胸が温かくなった。 「ねえ、カズヤは薔薇を好きになったんじゃない?」 「なんで?」 「見ればわかるよ。来ると必ずここを一周するしね」 「うん、そうだよ。実はすごく薔薇に魅せられてる」 和也が言うと正雪はイタズラっぽい瞳で言った。 「じゃあ僕の事はどうかな?僕は君が好きだよ」 そう言うと正雪は和也に近付いた。 「マ・・・マサユキ・・・?」 問いかけながらも和也は逃げなかった。そんな和也に正雪は微笑みながら、ゆっくりと顔を近づけた。 ふわりと唇が触れた。 「あ・・・・・・・・・・」 和也の胸が激しく高鳴った。 「イヤだった?」 聞かれて和也は首を振った。 「よかった」 そう言うと正雪は再び和也に口付けた。今度は深い口付けだった。 甘いキスだと和也は思った・・・・・・・。 放課後。和也はいつもとは違う廊下を歩いていた。 昨日も相模に捕まってしまった。今日こそは逃げきりたい、そう思っていた。 階段を早足で下る。あと少し、そう思ったその時、その人物は目の前に現れた。 「どこに行くんだい?」 階段の踊り場で和也を待ち受けていた人物が、美しい顔でニヤリと微笑む。 「セイカさん・・・・・・・」 「今日は直々に遊んであげるよ」 その言葉に和也は息を呑み込んだ・・・・・・・・。 薔薇園に来ると和也は正雪にしがみついた。 「どうしたの?」 その言葉に和也はただ首を振った。俯いて正雪の胸に顔を埋める。 「何か辛い事があった・・・?」 和也は黙っている。そんな和也の背中に腕を回すと正雪はやさしく抱きしめる。 「大丈夫、何があっても僕が側にいるよ。だから和也は安心して僕に甘えて」 その言葉は和也の心に響いた。 「マサユキ・・・」 顔をあげた和也に正雪はやさしくキスをした。 和也は正雪にそのまま体を預けた。 東屋のベンチに移動して、抱き合ってキスをした。 キスは深く甘かった。二人の吐息が混ざり、心が溶け合う。 やがて正雪の指がやさしく和也のシャツのボタンを外していく。 その意味を理解しながら、和也は抵抗をしなかった。 薔薇に囲まれた東屋で、和也はそのまま正雪に抱かれた・・・・・・。 「カズヤ、服を脱げよ」 「・・・・・・・・・・・・」 黙り込んだ和也に少年は冷たく言う。 「俺の言った言葉、聞こえなかった?もしイヤだって言うなら無理やり脱がすし、また相模たちを呼び出して 君を殴らせても良いんだよ?」 その冷たい言葉に、和也は怒りと悲しみに震えながら服を脱いだ。 「・・・・どうしてセイカさんは、こんなこと・・・・・・・・」 学校の生徒会室で、全裸にされた和也は壁に寄りかかりながら聞いた。 すると椅子に座って優雅に足を組んでいた聖火が無表情に言う。 「なんでって、したいから」 その言葉に和也の胸がつまる。 「・・・おもちゃは僕でなくても良かったんですか?」 和也は怯えながら聞いた。 「・・・・そうだね、誰でも良かったのかもね。でも俺にも好みってものがあるからね、 ほら、こうやって脱がせた時にキレイな子の方が楽しいでしょ?それだけだよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 「ところで君さ、最近、俺以外の人間とヤったりしてないよね?」 その言葉に和也は息を呑み込んだ。緊張と恐怖で体が震え出しそうだった。 「ありません、そんなこと・・・」 声が上ずった。 そんな和也を見ながら野上聖火、王様は言った。 「そう、なら良いよ。相模にでも手を出されたのかと思ったからさ・・・」 「あ・・・・・・」 和也はその勘違いに少し安堵して言う。 「違います。本当に。相模とは何も・・・」 「そう、ならいいよ」 そう言うと聖火はゆっくりと和也に近付いた・・・・・・。 薔薇園の東屋で和也は正雪に抱かれていた。 ベンチの上に座る正雪に抱きつくような形で繋がりあう。 「あ・・・・・マサユキ・・・好き・・・」 喘ぎながら囁く和也に正雪は満足そうに微笑む。 「うん、僕も、好きだよ」 そう言いながら正雪は和也の頭を抱きこみキスをする。 そんな正雪の行為に和也は安堵する。今の和也には正雪しかいなかった・・・・・・・・・・・・。 情事の後で暮れてゆく空を見ながら和也は呟いた。 「マサユキは学校にはぜんぜん行ってないの・・・?」 「ああ、うん・・・」 正雪の肩に頭をもたれながら和也はふと疑問に思った。 最初に出会った日、正雪は制服を着ていなかっただろうか?うちの学校の制服によく似た・・・。 いや、こんなありふれた制服、似たような学校はいくらでもあって・・・でも・・・ 「カズヤ・・・」 呼ばれて和也は正雪をみた。するとやさしく唇を塞がれた。 それだけで和也の心は満たされた。 |
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