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イバラのキスは情熱的だった。 俺はもちろんイバラとキスなんかするのは初めての事で、内心すごく驚いていた。 でも皆川の前でそんな態度は出来ないので、俺はただ硬直してされるがままだった。 唇を離すとイバラは皆川を見つめて言った。 「な、これで俺がタカと付き合ってるってわかっただろう?」 「・・・・・・・・・・・」 「君も他人の恋人に手を出すなんてみっともないマネはやめた方がいいよ」 「・・・・・・・・・・」 皆川は黙っていた。 俺はドキドキとしながらそんな皆川を見ていた。すると・・・ 「あはは・・・・・」 皆川は笑いだした。その様子にイバラも俺も怯んだ。 すると皆川は口元に笑みを残したまま言った。 「だから、そんな三文芝居、誰が信じるかって言うんだよ」 俺はその言葉に反論する。 「待てよ、本当なんだからな!俺はイバラの事が好きなんだ、付き合ってるんだ、 だからお前なんかに邪魔されたくないんだよ!」 俺が言うと皆川はクスクスとまた笑い出した。 「じゃー、お前がここで、そのイバラだかエバラだかに好きだって言って自分からキスしてみろよ」 その言葉に俺は固まった。 「出来んだろ?恋人なら」 言われて俺はイバラを見つめた。その美しい顔に向かって俺は言う。 「俺はイバラがす・・・スキダ」 「ブ!」 皆川がふきだしたので俺は睨むように皆川を見た。 「はは、だってスキダって何、裏返った声で言ってんだよ」 「う、うるさいな、そんなの緊張してるからだろう!」 「いいや、嘘だからだね」 「違うって言ってんだろ?待ってろよ、今、キスもするから!」 そう言って俺はイバラの髪をむんずと掴んだ。 「イデテ・・・・」 イバラが顔をゆがめる。 「あはは・・・・・痛いってさ、もう、やめなよタカキちゃん!だいたいさっきのキス見ても わかんだよ。あんたカチコチだったじゃん。俺がした時が初めてだったんだろう?無理すんなよ」 「俺は無理なんか!」 「だって、今だって震えちゃってたじゃん、かわいいなーもー」 「・・・・・・・・・・・」 俺は何も言い返せなかった。ただフルフルと肩が震える。 「じゃ、そういう事で、俺帰るわ。またねタカキちゃん」 そう言うと皆川は手をヒラヒラと振って歩き去った。 俺は呆然とそれを見送る事しか出来ない。 イバラは隣で顎を摘んで腕を組みながら言った。 「彼、意外と切れ者かもね・・・・・・・・」 当たってると思った。 イバラも認める皆川。かなり強敵だと思った。 窓の外は雨がしとしとと降っている。 梅雨だからこのジメっとした空気は仕方がない。 俺は学校で授業を受けながら、窓から雨を見つつ、ボンヤリと皆川の事を考えていた。 俺は平凡な人間で、黙っていれば特に皆川の興味を引くような人間ではなかったはずだ。 セクハラの理由はやはりイヤガラセ以外には考えられなかった。 あいつはそこそこ顔が良いので、女の子に密かに人気がある事も知っている。 たいがい怖くて近づけないみたいだが、それでも口もきいた事もないのに女の子は あいつに惹かれるらしい。 そんな皆川が俺にちょっかいを出す意味が俺にはよく判らない。 イヤガラセなら殴れば簡単だと思う。なのに俺にはセクハラばかり。 そう考えて俺は気づいた。 俺には?本当に俺だけにだろうか?他のヤツにもしてるんじゃないのか? 俺はそう考えたら、何だか胸の中がカっと熱くなった。 (何だよ、何でこんなにイラってするんだ・・・?) 俺はそう思いながらシャツの胸元をギュっと握った。 その時、俺は窓の外の景色に視線を奪われた。 窓からは校庭が見える。雨に濡れてぬかるんだ土。 灰色のコンクリートが雨に濡れて重そうに見える隣の校舎。そして。 その校舎の渡り廊下で対峙している数人の生徒。 俺は一瞬息が止まった。 そこに見えるのは皆川の姿だった。 渡り廊下の左側に皆川一人。そしてその反対側に三人の生徒。 俺は目を凝らして確認した。 2年の皆川一人に、相手は3年が三人だ。 俺の心臓は一気に冷えた。身体が急に重くなる。 (何をしてるんだ?) そう思うが、どう考えても良くない方に考えが向かう。 (どうしよう、あれって・・・・) 俺はずっと渡り廊下の四人を見ていた。皆川は遠目にも笑って見えた。 でもその笑みは威嚇の笑みだ。俺の体が震える。 その時、3年の一人が皆川の胸元を掴もうと手を伸ばした。それを皆川が軽くはたき落とした。 (ヤバイ!) ガタン!! 俺は立ちあがっていた。 「どうした、大村?」 「あ、すみません、先生、ちょっと気分悪いので・・・・・・・・」 俺は慌てて言うと、わざとらしくお腹を押さえてドアへと向かった。 その時、訝しげに振り向いて俺を見ているイバラと目が合ったが、俺は黙って教室を出た。 そして廊下に出るとダッシュで走り出していた。 俺は渡り廊下に真っ直ぐに向かった。 息が切れて苦しかったが全力で走り続けた。 そしてやっと辿りついた渡り廊下では、皆川が地面に蹲り、今まさにケリを入れられそうになっていた。 「先生が来るよ!」 俺は叫んだ。すると全員の視線が俺に集まる。 俺は震える体を気付かれないように、冷静な顔を装って言った。 「教室からここの場所は見えるよ。今、先生が他の先生呼びに行ったから、逃げるなら今のうちだよ」 俺が言うと三人は顔を見合わせてその場から走り去った。 俺はガクガクと震える足を意識した。 (こ、怖かった・・・・・・・・) 正直そう思った。 相手は三人。もしこのまま乱闘になったら俺一人じゃ何の役にも立たなかっただろう。 俺はやり過ごせた事にやっと安堵してきた。 「お前、相変わらず無茶すんなー」 その声に俺は皆川を睨んだ。 「お前のせいだろう!」 俺が言うと皆川は地面に座り込んだまま笑った。 「なに、俺が心配で助けに来ちゃったの?」 皆川は茶色の髪に包まれた美しい顔でそう言った。 その言葉になんだか顔が熱くなる。 「別にお前が心配って言うんじゃなくて、人道的に許せなかっただけだよ!」 俺は怒鳴るように言った。 けれど皆川は楽しそうに笑った。そしてユラリと立ち上がった。 「っしょっと・・・・・」 言いながら皆川は制服のズボンを払った。 俺はそれを見ながら眉を顰める。 「どっかケガした?」 「ん?」 「ケガしたんじゃないのか?」 その言葉に皆川は唇をあげて言う。 「なんだよ、やっぱ心配してんじゃん」 「してないって・・・・え?」 皆川は俺の肩に腕をまわしてきて、俺は驚いた。 「ちょ、何して?」 「んー?何だろうねーーー」 そう言いながら皆川は俺の髪の毛に顔を埋める。 「ちょっと・・・・」 言いかけて俺はやめた。もしかして足を痛めたのかと思ったからだ。 「仕方ないな・・・・・」 素直にケガしたとは、何があっても言わない気の皆川に、俺は肩を貸してやる事にした。 保健室位までなら、肩を貸してやっても良いかとそう思った。 「ストップ、ストップ」 保健室に行く途中の廊下で皆川は言った。 そしてホールのベンチを指差すと言う。 「ここでいいよ。ここで休もうぜ」 「でも・・・・・・」 足痛いんじゃないのかよ?そう思いながら俺は黙った。 「いいんだよ。ここに自販があるからジュースでも飲もうぜ」 そう言う皆川に俺は従った。 (こいつって意地っ張りなのか、強がりなのかよくわかんないよな。なんかただの不良って 感じでもないし・・・・・) 「何、俺に見惚れてんだよ?」 その言葉に俺は思考を中断し、皆川を見つめた。 「見惚れてないって言ってんだろう!」 「はいはい。それは良いけどそこのジュース買ってきてよ。俺コーヒーね」 俺はムっとしながら言った。 「金を出せよ!」 「きゃ、強盗みたいな言い方」 ふざけて言う皆川にイラっとする。 けれど皆川は素直に金を出した。しかも2本分の金額を。 「奢ってやるからさ、お前もなんか飲めよ」 「・・・・・・・・・ありがとう」 考えたが一応礼を言った。 俺は皆川に代わってジュースを買いに行くと、ベンチまで戻り皆川の横に並んだ。 俺は炭酸のジュースを飲みながら、隣にいる皆川を見ていた。 俺は授業をサボって何してんだろう?そう思ったがなんとなく立ち去りがたかった。 「お前さ、いつもケンカしたり先生に逆らったり、それって自分でいろいろ損してるって判ってるか?」 俺が言うと皆川は俺を見つめた。 「何ですか、説教ですか?」 「説教って言うか・・・・・・」 俺は言葉を捜す。 「なんて言うか、世の中につっぱってるのってシンドイだろう?ルールは守っていたらその方が 簡単じゃないか?それをわざわざ破ってばっかでさ・・・・・」 そう言うと皆川はベンチの上に片足を上げて言った。 「お前ってさ、裸の王様の話知ってる?」 「裸の王様って童話の?」 「そう」 皆川が童話の話なんかすると思わなくて、俺は驚いて整った皆川の横顔を見つめた。 「王様は裸で町を歩いてもみんな裸だって言えないんだよ。本当はおかしいと思ってんのに 王様は権力者だから誰もその事実を口にしない。ただ子供だけが王様を見て王様は裸だって叫ぶワケだよ。 それでさ、何が言いたいかって言うと俺はさ、裸の王様をみたら『裸だ』って叫びたいワケだよ。判る?」 「・・・・・・・・・・」 俺は黙り込む。皆川の言いたい事は判る。 「それで先生にケンカ売ったりするの?」 「ああ、先生だって先輩だってそれだけでエライわけじゃないだろう?間違った事してたら 『お前は裸だ!』って俺は言ってやりたいワケだよ。判るかな、タカキ君は」 俺は皆川の言葉にちょっと心動かされていた。 「でも、カツアゲとかの言い訳にはなんないからな!第一お前学校でポイ捨てとかしやがって。 そんなのには何の正当性もないからな!」 俺は睨みながら言った。 すると皆川は茶色の髪をかきあげた。 今日のピアスは十字架だ、なんてどうでも良い事を考えていると皆川が言った。 「それはさ、なんていうか、構ってもらいたかったりもすんじゃん」 「は?」 俺はマジマジと皆川の整った顔を見る。 「なんか、注目されたいとか、自分は特別だって思ったりさ、そういう気持ちってわかる?」 「お前はガキか?」 皆川は鼻をこすった。 「はは、まーちょっと前まではガキンチョだったな。確かに」 珍しく認めたと俺は感心した。 すると皆川が俺に向き直って言う。 「でも、今は別に他のヤツに構って欲しいとか、関心を持って欲しいとは思ってないんだよ」 俺は皆川の茶色の目をまっすぐに見つめる。 「俺はタカキちゃんを見つけたから、だからもう他は眼中にないよ」 その言葉に俺の心臓が大きくドクンと脈打った。 それは、その言葉の意味は・・・・・? 俺が考えていると皆川の顔が近づいてきた。 俺はまたキスされるのだと気づいて、あわてて立ち上がった。 今すぐダッシュで逃げ出そう、そう思って走り出した瞬間、皆川に腕を掴まれた。 「いて!」 「待てよ、今日は逃がさないからな」 そう言うと皆川は後ろから俺の体を抱きしめてきた。 俺は強い力に抵抗が出来ない。 「おい、皆川!離せよ!っていうかお前足は?ケガしてんじゃないのかよ?」 「ケガなんかしてねーよ。タカキちゃんの勘違い。思い過ごしだよ・・・・・」 (このヤロー!) 俺は皆川に壁に押し付けられた。 「ちょっと、待てよ!何でセクハラすんだよ?お前は気に入らないヤツにはみんな こーゆーセクハラすんのか?」 そう聞くと目の前で皆川が言う。 「気に入ってるからするんだろうが?」 それってどういう意味だよ?そう聞く間もなく唇を塞がれた。 「ん・・・・」 俺はなんだかすっかり慣れた皆川のキスに体を熱くした。 そして身体からどんどん力が抜けていく。 俺は壁に体重をかけた状態でズルズルと下がっていく。 その間に皆川の両手は俺の手を掴み自由を奪い、唇は俺の首筋を彷徨う。 「や・・・・・・・・」 俺は小声で抵抗した。叫んで人にみつかるのも怖い。 どうしよう、そう思った時だった。 「今、授業中だって判ってるのかな?」 やけに冷ややかな声だった。 俺が顔を上げるとそこにはイバラが立っていた。 「イバラ・・・・・・・・」 俺が呟くとイバラはニコリと笑った。 「遅くなってごめん。でも何も言わずに勝手に教室を出ていったタカも悪いんだからな」 言いながらイバラは俺に向かって手を差し伸べた。 「ごめん・・・・」 そう言ってその手を掴もうとしたら、皆川がその間に割って入った。 そしてイバラに対峙すると皆川は言った。 「毎度毎度、良い所を邪魔してくれるね、あんた」 「先輩にあんた呼ばわりはどうかと思うけどな」 睨んで言う皆川に、イバラは怯む事もなく笑みを浮かべたまま言う。 俺はただ呆然とそんな二人を見る事しか出来ない。 「俺がタカキちゃんといー感じになると、だいたいあんたか天気が邪魔すんだよな。 俺ってばなんて不幸なんだろう?でも俺は不幸や逆境に強いからね。『強きを挫き、弱気を嬲る』が 俺の座右の銘だからさ」 「意味がわからないよ」 イバラは冷淡に言った。 「じゃあ、身体に判らしてやるよ」 そう言うと皆川はいきなりイバラに殴りかかった。 「!」 俺は言葉も出なかった。 けれどイバラはその皆川の拳を余裕でかわした。そしてその腕を掴もうとした。 けれど皆川は一瞬早く身体を翻して、今度は蹴りを入れた。けれどそれも空振りに終わる。 そして今度はイバラが空手のような構えで皆川に蹴りを入れようとする。 でも皆川はそれをサラリとかわした。 二人は相手に決定的なダメージを与えないまま、踊るように拳と足を繰り出している。 俺は何も言わずにそれをただ見る事しか出来ない。 ホールの中はまるで決闘場のようになっていた。 俺が止めに入った方が良いか悩んでいると、フラリと皆川がバランスを崩した。 (え?) 俺は急に動きが鈍くなった皆川を見つめた。 (どうしたんだ?) 考えていると皆川が片足を庇っている事に気付いた。 (やっぱ、ケガしてんじゃんか!) 俺は気づいた瞬間、後ろからイバラに抱きついた。 イバラは今まさに皆川を殴る直前だった。それが俺が止めに入ってバランスを崩した。 「タカ?」 俺はイバラの胸に腕をまわした格好で言った。 「もう、いいよ。やめよう」 「・・・・・・・・・・・」 「授業に戻ろうよ」 「・・・・・わかったよ」 俺はそのままイバラの手を引いた。 そんな俺達を皆川は床に座り込んでじっと見ていた。 それを意識してかしないでか、イバラが俺に囁くように言う。 「今度からはちゃんと俺が守ってあげるから、タカは心配しないでいいよ」 そう言って、さっき皆川にキスされた唇をイバラは指で拭くように擦った。 俺は皆川にそれを見られているのを意識して、なんだかちょっと居心地が悪くなった。 もともと恋人のフリをしてたから、別にこの行動だって悪くない選択だと思う。 でもなんだか、すっきりしないのはなんでだろう? そう思っていると繋いだままだった手を引かれた。 「戻ろう・・・・・・・」 言われて俺は歩き出した。 廊下に向かって歩きながらも、皆川の刺さるような視線が気になって、苦しいような気持ちだった・・・・。 |
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