二輪車と恋の王子様 2
放課後。水城は早足で2年の廊下を歩く。
普段と変わらない端正な美貌。
けれど親しい人間が見れば彼がこれ以上はないという位不機嫌なのは一目瞭然だった。


水城は階段を上り廊下をまた歩きようやく目的の場所へと辿り着く。
見るからに普通の教室とは違う重厚なドアの前。
水城はドアノブに手をかけるとノックもしないで乱暴に開ける。

「宗はいるか!」

大声で怒鳴って部屋中を見渡す。驚いた顔の冴木拓真と目が合う。拓真の視線がそのまま右へ移る。
ドアを開けて右にドアが一つ。左にドアが二つある。拓真の視線はその左側の一つに向かっている。
ちゃんと居るんだな、と水城は思った。ここは生徒会室。その視線の先の部屋は生徒会会長執務室。
水城は目の前の会議机を避けてそのドアへと近づく。拓真がそんな水城に一言だけ言う。

「流血しない程度のケンカにして下さいね。」

水城はその言葉に口元だけで笑むと怒りの眼差しのままドアノブを握る。
やはりノックをしないでいきなり開けて中へ入る。


目の前に鳥羽宗一郎がいる。宗一郎はニッコリと笑った。

「遅かったね。君が昼休みに俺に会いに来た時には放課後まで待てないって感じだったのに。」
「仕方ないだろ。俺はお前より選択教科が多いんだから」
本日宗一郎は5時間の水城は6時間の授業だった。
「ああ、そうだな。だから昨日は彼と帰れたんだったけ。」
水城の表情が変わる。彼とはもちろん真人の事だとわかる。
「お前いいかげんにしろよ。今度の今度は俺も真剣に怒るぞ。」
険しい表情で水城が言う。
「それはこっちのセリフ。今度こそは君に真剣になってもらわないと困るからね。」
水城は鋭い眼光で宗一郎をニラむ。その瞳を気にもせずに宗一郎が言う。
「つい数日前とは大違いだな。もしかして自分の発言に後悔してるとか?」
水城の表情が瞬間曇る。

「ああ。その通り。」
けれど再び水城は鋭い視線で宗一郎をニラみかえした。
「もしもあいつを泣かせてみろ、マジでお前を殺すからな。」
その視線の鋭さに水城の本気、真剣さが伝わる。

「すごいセリフだ。けど君の方こそ彼に無理を言って困らせてるんじゃないかな?」
その言葉は水城には痛かった。
「俺は君みたいに無理をする事なく彼を落としてみせるよ。」
その言い方に水城は怒りを覚える。
「これはゲームじゃないんだよ!」
「ゲームだろ?君が言い出したんだ。」
その言葉に水城は何も返す事が出来なかった。







翌日から水城は昼休みにはお弁当持参で教室へとやって来た。
すっかり1年の真人の教室に水城のいる光景は馴染んでいた。
クラスメイトも以前のように騒いだりしない。

「お、今日はタコさんウインナーがあるな!」
ニコニコ顔で水城が言う。
「良いよ。食えよ。どうせ狙ってるんだろ?」
その言葉に水城は固まる。
「え、マジにくれるの?真人タコさんお気にいりなんじゃないのか?」
肝心な時にヘンに遠慮する水城にため息が出る。
「違うよ。別に俺タコさんなんて気に入ってないってば!お前が欲しがるから母さんに作ってもらってるんだから遠慮しないで食えよ!」

その言葉に自分の為に、と水城はひどく感動したようだった。
ついうっかり話してしまった事を真人は後悔する。

「じゃあ替わりに俺の弁当のオカズ何か取れよ。交換。」

言われて水城のお弁当を覗き込むがその料亭の豪華弁当みたいな内容に真人は気が引ける。
そんな二人の光景を桂はこらえきれずに笑っていた。
何げに楽しい昼休みの日々だった。






 
朝。いつものように水城は真人を待っている。
チラリと時計を見る。いつもよりも遅いなと思う。
無意識に手に持っていたキーホルダー付きの鍵を放り投げては受け取り弄ぶ。
と、真人の姿が現れ慌ててそれをポケットの中にしまう。

真人の様子がどうもおかしかった。水城は真人の自転車へと近寄る。
「どうかした?」
浮かない顔の真人に水城が声をかける。

「なんかタイヤが重いんだ。パンクとかしてたらどうしようって思って。」
そう言う真人の自転車の横に水城はしゃがみ込む。前輪、後輪とチェックする。
手でゴムタイヤを押して見る。その様子に真人は焦った。
水城の白くキレイな指が汚れる事に罪悪感を覚える。
だが水城はそんな事はまったくおかまいなしに触っていく。

「パンクはしてないみたいだよ。ただ後輪の空気が抜けてるみたいだから後で入れてやるよ。」
「空気入れとかあるの?」
「用務員室にはな。俺が借りてくるから放課後駐輪場で待ってろ。ただし俺6時間授業だからそれ位の時間に来てくれよ。」


放課後、真人は言われた通りに駐輪場で水城を待った。
一時間、授業の少ない真人は図書館で時間をつぶしてから行った。
しばらく待つと水城が工具箱を持ち空気入れを担ぎ現れた。

水城は上着を脱ぐと駐輪場の柵ににかけシャツにズボンという制服のまま作業を始めた。
水城が空気を入れるとあっという間にタイヤはパンパンになった。

「ついでだから他も見てやるよ。」
そう言うと水城は地面にしゃがみ込みいろいろチェックする。チェーンを外し丁寧に拭き油を差す。
真人は水城の制服が汚れるのではと心配したが水城はおかまいなしだった。
最後に自転車全体をカラ拭きすると水城は満足気に笑った。
今までで一番魅力的な笑顔だった。知らず真人の胸が熱くなった。

「よし完璧」

水城はそう言ったが水城本人は顔も手も汚れてしまっていた。
幸い制服には目に見える汚れは見えなかったが真人は恐縮した。

「ありがと。水城。」
言うと水城はまた笑った。
「俺さ、好きなんだよ。こうゆう作業。だから気にすんな。」
言って水城は真人の頭を撫でようとして思いとどまる。手は油まみれだ。

「よし、手を洗いに行くぞ!」
そう言うと水城は水道がある校庭の水飲み場まで歩いていった。
その間に真人は自販機でジュースを買う。ささやかな水城へのお礼だ。
戻った水城とピカピカになった自転車を見ながらそれを飲む。
5月の穏やかな空気の中真人はとても満たされた気持ちになった。



翌日の放課後。真人はいつものように駐輪場へと向かって歩く。
第二校舎の脇を抜ける時ふとある教室の窓に目がいった。窓辺に水城が座っていた。
熱心に教科書を見ている。その水城の姿を見た瞬間、真人の足は止まった。
視線が水城から離れなかった。開いた窓から風が入っているのだろう水城の長い前髪が揺れていた。
それを長いきれいな指で梳き上げる水城。まるで映画のワンシーンのような光景に真人は言葉を忘れて見惚れていた。昨日はあのキレイな指と顔を汚してまで自分の自転車を見てくれたのだと思うと胸が何故かキュっとなった。

その時。急に気配もなく真人は後ろから肩を抱かれて驚ろいた。
「水城の事見てたの?」
「生徒会長!」
自分の肩を抱くようにして立つ人物に驚く。
「ああ、俺の事は宗ちゃんで良いよ。」
慌てて真人は手を振る。
「イヤ、だって先輩だし、宗ちゃんなんてそんな呼べないですよ。」
「水城の事は呼び捨てなのに?」
その言葉には返す言葉がなかった。結局真人は宗ちゃんと呼ぶ事となった。 
「ねえ、今日も時間はあるの?また公園までツーリングしに行かないかい?」
宗一郎に近づくなと言った水城の顔が浮かんだがそれを振り払う。宗一郎の言葉に真人は乗った。


風を切る自転車。気持ち良かった。たぶん一年間で一番二輪車を乗るのに気持ちの良い季節だ。
新緑は益々空へと伸びていく。美しい季節だ。そんな最高の気候を一緒に走れる人がいる。
それもまた嬉しい事だった。

宗一様は格段にスピードの出るロードレーサーに乗っているにも関わらず真人のすぐ前を走っている。
自分に合わせてくれているというのが判る。本当によく気が利く人だなと関心する。

前回と同じベンチに腰を下ろす。今日は缶ジュース片手に。もちろん宗一郎が奢ってくれたものだ。
自転車漕ぎという運動の後にその冷たいジュースはとてもおいしかった。

「ねえ、宗ちゃんと水城っていつから知り合いだったの?」
何気なく聞いたつもりだったが宗一郎の表情が変わった。
「そんなに水城の事が好きなの?」
その言葉にジュースを吹き出す。
「違います!ただ聞いただけです。だって二人とも同じ生徒会じゃないですか!」
本当は先日水城が宗一郎の事を嫌いだとか近づくなって言った意味を探りたかったからだが正直に聞けるワケがない。

「そっか。よかった。」
何が?とは思ったが聞き返す事はやめておいた。
「水城とはこの学園に入ってからずっと、かな。まあなんて言うか物心ついてからずっとお互いいろいろ噂の的でね、実際会話するより先に存在を知ってたんだ。」

その話には正直納得する。二人揃って完璧な美形で頭も良くて運動も出来る。
「つまりライバルだったんですね。」
そう真人が言うと宗一郎は苦笑した。
「そう思ってたのは俺だけだったんだけどね。」
「え?」
真人は思わず問い返してしまった。
「俺はそのつもりだったんだけどあいつは水城は違ったんだ。」

宗一郎から笑顔が消えた。無表情に正面を見つめている。真人はその美しい横顔をじっと見つめた。

「実際何をやってもあいつの方が上だったんだ。勉強も運動も。俺はすごく努力して努力してやっと互角なんだ。それに比べると水城はいつも努力しないでそれなりの成績取っちゃうんだよな。」

宗一郎は正面を向いたまま笑った。だがその笑顔に痛みが伴っていることは明白だった。
「水城にとっては俺なんてライバルにすらならない存在だよ。」

そう言って宗一郎は寂しげな表情を見せた。そんな宗一郎を見て真人も切なくなった。
「俺そんな事ないと思いますよ。」

その言葉に宗一郎は真人を振り返った。
「だって水城って宗ちゃんの事すごく意識してると思う。」

でなきゃ俺に宗ちゃんに近づくなとかあんな事言うワケないと思う。
それに毎朝待ち伏せたり口説いてきたり、けっこう努力家だと思うんだよな。

「あいつけっこう努力家だと思いますよ。勉強してない、なんて言って影で猛勉強してるタイプですよ。
よく居ますよね。そういう人。あれですよ。」
そう言って真人は笑った。そんな真人を宗一郎はじっと見つめる。そして破顔した。
「やっぱり君は不思議な子だね。水城が君に惹かれたのがわかるよ。」
その言葉に真人は赤面する。

「な、何変な事言ってるんですか?あんなの水城の冗談ですよ。」
「水城は冗談で誰かに気のあるそぶりを取るような奴じゃないよ。君も本当はわかってるんだろう?」