11・薔薇の学友

シオンが話し終わった瞬間、ミチルとスルガが口々に言った。

「最低だよ、シオン! 僕は君がそんな酷い事してたなんて思わなかったよ!」
「俺も驚いたよ。まさか、そこまでお前がバカで、最低な奴だったとはな」
「ちょ、な、なんだよ?」

二人に責められて、シオンは困惑気な顔をする。

「だって、どう聞いたって酷いじゃないか。僕ならそんなこと、マシロにされたら死んじゃうよ。
もう、生きていけない、うぅ……」
「な、なんで泣くんだよ? というか、君は今、自分をマシロの薔薇だって認めたのか?
やっぱりミチルは薔薇なんだ?」
「それは違うよ!」
ミチルはぶつかりそうな勢いで、シオンを見あげる。

「今のは例え。それにしたって、そんな事されたら、サラが嫌になって出て行っちゃうのも分かるよ」
「そ、そんなに、酷い事はしてないよ。その……ほんのちょっと味見させてやっただけで、
僕の蜜以外はサラに与えてないし……」
「でも、友達にサラの事触らせたんでしょ?」
シオンはミチルに気圧され、ソファの背にどんどん沈んでいく。

「だけど、サラは嫌がってなかったんだよ。僕だってサラが嫌がったらやめさせたよ。
でもサラはぜんぜん嫌そうじゃなくて、僕はそんなサラに腹が立った位なんだ」
「そんなの嫌だったに決まってるでしょ! サラは君に言われたから、我慢したんじゃないか! 
そんなの話を聞いただけで、君以外の誰だって分かるよ!」
叫ぶミチルの横で、スルガが腕を組んで頷いている。

「王子の命令に、薔薇が逆らえるわけないだろう?」
ミチルはスルガを見て睨む。

「それもちょっと違うよ! シオンはサラの気持ちを試すような事したんだろうけど、
サラからしたら、それこそシオンの気持ちが分からなかったんだと思うよ。
なんでシオンがそんな事を命令するのか。他の人間にサラを触らせて嫌じゃないのか。
サラは触られた事より、シオンが触らせたって事の方がショックだったんだと思うよ」

シオンは沈んだような暗い顔で床を見る。

「あいつ……僕の気持ちを疑ってたのか?」
「そりゃ、そんな扱いを受ければ、そうなるだろうな。俺は自分の薔薇にそんな酷い事が出来るなんて、
信じられないよ。本当、お前のサラに比べて、うちの薔薇は本当に俺に愛されて幸せだったと思うよ」

「でも逃げられたんだろ? 僕とそう対して変わらない態度だったんじゃないの?」

シオンに言われて、スルガは顔を赤くした。
「な、失礼な事言うな!」
「スルガの話も聞かせてもらうとして、まずは、シオン、君の事だ」
ミチルは厳しい瞳で、シオンを見据える。

「君はサラの気配を追ってここまで来たって言ったけど、それでサラを見つけてどうする気なの? 
ただ連れ帰るだけ?」
シオンはその言葉にゴクリと唾を飲み込む。

「僕は、僕は謝るつもりだったんだよ……本当はすぐにでもさ。自分でも確かに酷い事をしたって、
反省してたんだ。でもサラがいなくなってしまって、謝れていない。
だからまずは最初に謝るよ。それで、ちゃんと言うんだ……」

「なんて?」
シオンは胸に手を当てた。

「本当にサラを愛してるって……」

その言葉は、ミチルの胸に響いた。
シオンが本気でサラを愛しているのが分かる。伝わってくる。だからシオンを許してあげたいと思う。

(あれ?)

ミチルは首を捻った。
なんで自分が許すなんて気持になっているのだろう? 
サラとシオンの事は、本来ミチルには関係がない。

それなのに、まるで自分がサラかのように、シオンを許したいと思っている。
でもそれは本当はおかしくないだろうか?

もしかして、あんまり薔薇だと言われるせいで、自分でも薔薇になった気になっているのだろうか? 
感情移入?
複雑な思いを誤魔化すように、ミチルはシオンに言う。

「でも、僕と最初に会った時は随分と偉そうだったよね? あれでサラに謝るつもりだったの?」
「そ、それは仕方ないだろう。いつものノリとか、雰囲気とかあるんだからさ」
口をボソボソと動かし、言い訳するようにシオンが言うと、スルガが口を挟んだ。

「お前達の関係はまるでガキだな。とても星の王子たる者と、薔薇の関係とは思えないね」
シオンの目がスっと細められる。

「ふん、言ってくれるね。ところで、君の話がまだじゃないか。
一体、君がどんな風に自分の薔薇に捨てられたのか、ああ、ここの星では三行半とか言うんだっけ? 
されたんだが、そろそろ聞かせてもらいたいね」

「失礼な言い方するな! 俺はアカリに逃げられたワケじゃない!」
「ふーん、アカリちゃんて言うんだ。君の薔薇は。で、どんな鬼畜な所業をして逃げられたんだ? 
人非人と詰られたか? さっさと言えよ」

調子を取り戻したのか、シオンはカップを手に取って冷めた紅茶を一口飲んでから、
ソファに悠然と座りなおした。

スルガは不満そうな顔をしていたが、足の上で手を組んで話しだした。
「俺とアカリは……」








スルガ・サイチが彼の薔薇となるアカリと出会ったのは、やはりまだ子供の頃だった。
10歳前後からスルガはすでに完成した感のある、大人びた少年だった。
そのスルガが選んだ薔薇、アカリはその時まだほんの5歳の子供だった。

王子と薔薇の関係は、あらかじめ決められた運命のものだ。
薔薇は薔薇として生まれる。
けれど誰一人、外見から薔薇を判断できない。
薔薇と思われる子供が薔薇候補として育てられるのだが、王子が選ぶ薔薇というのは、
実は最初から決まっている。

逆に言えば、薔薇を選ぶ王子というのは、誰に教えられることなく、
一目見ただけで自分の薔薇を見つける才能があった。

それは優秀なスルガだけではなく、我がままで思考の幼い王子シオンも、
同じように持った才能だった。
そもそも王子は薔薇がいないと生きていけない存在であるのだから、当然かもしれなかったが。



スルガとアカリは五つほど年が離れていた。また体格差もかなりあった。
スルガは子供の頃から、アカリの事を、まるで弟のようにかわいがった。
周りの人間が、あれで薔薇に欲望を覚えるのだろうかと心配する位、
それは健全な慈しみの情のように見えた。

けれどアカリが成長するにつれ、その美貌が際立ってくると、周りも心配しなくなった。
それどころか、アカリに目を奪われる人間が多すぎて余計な事件が起きる位だった。


アカリの並はずれた美しさが起こした事件が、王子を変えるきっかけだった。
スルガの屋敷はいわゆる城だった。
他の星の王子は、普通の家や、少し大きめの館などで生活する者も多かったが、
スルガはそういう生活ではなく、王子としての外見を重視した。
当然城には使用人がたくさんいた。
その中の一人、身分も高くない一般人が、当時15歳だったアカリを誘い出す事に成功した。
何も分からない無垢なアカリは男の後についていき、作業小屋の中で組み敷かれた。
服を破かれたアカリは、そこで初めて自分が何をされようとしているのか理解した。
王子以外の人間に蜜を与えるのは許されない事だ。アカリは必死に抵抗した。
けれど力の差は歴然としている。男はアカリの物を刺激し、より濃い蜜を得ようとした。
男がアカリの蜜を口に入れようとした時だった。
王子が現れ、アカリを救いだした。

王子は薔薇の気配を追う事が出来る。
それは薔薇の発する蜜の匂いなのか、薔薇自身の匂いなのか、それは分からなかったが、
とにかく王子はアカリを救いだした。


その後、その男がどうなったのか、アカリは聞かされなかった。
心優しい温厚な王子の事だ。男は放逐されたのだろうと思った。
そう、王子が拷問を行うなど、アカリ考えの中にはなかった。


その事件以来、穏やかだった王子の態度は変わった。

アカリは学校に通っていた。それは一般の人間が通うのと同じ学校だった。
以前は同じ場所にスルガも通っていたが、彼は現在一つ上の学院に通っていた。
その為、今、二人は少し離れた違う校舎で過ごしていた。





「アカリ、丁度良かった。これ運ぶの手伝ってくれる?」
声をかけてきたのは、同級生のジュレだった。
「重そうだね。良いよ」
答えるとアカリはジュレの持っていた、大判の教材を半分手に持った。

「これってさっきの授業で使ったヤツ?」
「うん、そう。ついてないよな。こんな日に日直なんて。そう言えば、アカリはもう昼飯食べた?」
「いや、まだだよ」
「良かったら、お礼に奢るよ」

廊下を歩きながら、ジュレは気さくに話しかけてくる。
王子の薔薇という存在のアカリに対して、気後れしてまともに話せない人間もいるが、
ジュレはそんな事は気にしないようで、普通に接してくる。


「そういえば、王子様の論文見たよ」
「え、ああ、火山の?」
「そう。すごいよな、王子の仕事をしつつ学校での論文もすごいの書いて、学者に評価されてるんだものな」
「そうだね」

「うちの星は活火山が多いからね、アレの有効活用が出来れば、星はもっと豊かになるし、
流石王子さまは目のつけどころが違うよな」

ジュレは目をキラキラさせながら言った。アカリはそんなジュレに少しだけ胸の痛みを覚える。

「ジュレは王子の事が好きなの?」
「は? 好き?」
面食らったようで、ジュレは一瞬落としかけた荷物を、もう一度掴み直した。

「好きっていうか、憧れているんだよ。ああゆう完璧な人間て良いよな。
顔も頭も良いし、正に出来る男って感じだろう。俺もああなりたいなって思う……」
暫し黙り込んで、ジュレはアカリを見た。

「その……いろんな意味でさ、羨ましいよ……」
アカリは頷いた。

「そうだね、確かにスルガはすごいよね」
暫く並んで二人は歩いた。


「おっと、ここ、社会科準備室」
ジュレは立ち止まると鍵を翳して扉を開けた。

「そこの机に適当に積んでおいたら良いってさ。ありがとうな、アカリ」
荷物を置いて振り向くと、ジュレはアカリに笑顔を向けた。

「じゃ、昼飯食べに行こうか。どこが良い?」
アカリは考えて答える。
「食堂はあんまり好きじゃないんだ。だから何か買って、静かな場所で食べたい」
「了解。でも静かな場所なんて、俺思いつかないな」
頭をかきながらジュレが言った時、アカリは微笑した。

「僕、良い所を知ってるよ。そこで良いかな?」
「お、どこでも良いぜ」
二人は準備室を出ると、学園内にある温室に向かった。
扉を開けて中に入るアカリにジュレは軽く口笛を吹いた。

「さすがは王子の薔薇だけある。一般生徒は立ち入り禁止の、温室の鍵を持っているんだな」
「そんなに特権的なものではないよ。ただ僕は花の世話を任されているから、
鍵を持っているだけだからね。それに放課後の数時間はここは解放されているはずだよ」

「え、そうなんだ。こんな場所が解放されてたら、みんな逢引きに使いたい放題じゃない?」
ジュレの言葉にアカリは苦笑する。確かにアカリにも覚えがあったからだ。

まだ王子がこちらの敷地にいた時、頻繁にここで王子と会い、蜜の交換をしていた。



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