8・王子の資質

着替えていると、二人は部屋に入ってきた。
「ミチル、さっきのじゃまだ足りない」
シオンが抱きついてくるので、ミチルはそれを片手で払って追い返す。

「着替えてるんだから、邪魔しないでよ。そうだ、二人でお茶の準備でもしてきてよ」
「なにそれ。王子である僕を、僕の薔薇の分際でこき使おうとするの?」
シオンは腰に手を当てて言ったが、スルガは歩きだした。

「俺は構わないよ。お茶は何が良い?」
「うーんと、アップルティーかダージリンかなー」
「わかった」
「あと、ケーキもあるからケーキ皿とナイフもよろしく」
「了解」
「ちょ、ちょっと待てよ。自分だけミチルに喜ばれようとか思ってんじゃない? 僕も行く」
シオンはスルガを追いかけて部屋を出ていった。
ミチルはそれを見送り、着替え終わると廊下に出た。

「10分はかかるだろうからね」
ミチルは少しだけ、花を見に行く事にした。

池の睡蓮はすでに閉じていた。仕方ないので他の花を見て歩く。
赤い百日紅は朝と変わりなく、美しく咲いていた。
長く楽しめる花は付き合いが長いので、まるで幼馴染のような気分になる。
ミチルは赤い花に手を添える。あまり香りがしないのが残念だ。
そう思いながら自然と花に口づけていた。

薔薇園に向かうと、ミチルは一輪の薔薇を手に取った。それは紫の花だった。
それをポケットに入れていたハサミで切ると、ミチルは持ち帰った。
棚から花瓶を出すと、薔薇を挿して部屋に戻った。

「あ! どこに行ってたんだよ!」
不機嫌そうに顔を向けるシオンに、ミチルは花瓶を見せる。

「花を取ってきたんだ。飾ろうと思って」
「ふーん、薔薇か。それはいいけど、色が気に入らないな」
「君は何色の薔薇が良かったの?」
「黄色」
シオンは即答した。

「スルガは?」
「赤」
ミチルは微笑む。

「良かったよ、紫の花を選んで。
どっちかのお気に入りの色だったら、またずるいとか騒がれただろうからね」
花瓶を台に置くミチルに向かって、スルガは呟くように言う。

「まるで俺達の好きな色が分かっていたみたいだな」
「え?」
ミチルは首を傾げる。確かに結果的にはそうなっている。
でも別に知っていたワケではない。ただ無意識に選んだだけだった。

「ま、そんな事気にしなくても良いでしょ。お茶にしよう」
言うとミチルは真郷に貰ったケーキを取り出した。

「ちゃんとナイフ、用意してある?」
「ああ、もちろんだよ!」

テーブルまで行くと、ミチルはケーキを切り分けて皿に置く。
二人はソファに座り黙ってその様子を見ている。

「それもまたあの友達が作ったの?」
訊ねるシオンの前に皿を置きながら答える。

「うん、マシロが作ってくれたんだ。彼は本当に何をやらせても上手いんだよね」
腕を組んでいたスルガが口を開く。

「頻繁に名前があがっているが、そのマシロって何者なんだよ?」
「え、だから僕の友達。その……親友っていうか……」
顔を赤らめるミチルに、シオンもスルガも眉を顰める。

「なにが親友だよ。大好きって顔してさ。だいたいおかしいよ。
君は僕の薔薇なのに、他の奴に目がいくなんてさ」
「……」
スルガがピクリと反応した。シオンの発言に文句を言うのだと思った。
けれどスルガは意外な事を言った。

「そのマシロってヤツ、ミチルの王子なんじゃないか?」
「え?」
ミチルとシオンは驚いてスルガを見る。

「マシロが王子? 何おかしな事言ってるの?」
ミチルはそう言ったが、シオンは考えるように黙り込んでいる。
スルガは置かれたカップを手にすると、一口飲んでから足を組んだ。

「俺はそのマシロに会ってないから確信が持てないが、
話を聞いていると俺達と同じ王子じゃないかって気がしてくる」
「や、やだな。そんなことあるわけないでしょ?」

ミチルはドキドキと緊張していた。
真郷が王子? そんなハズはない。
この二人はおかしな発言を繰り返すが、真郷はそんな事はない。
真郷はこちら側の人間だ。それは間違いない。


「シオン、お前はマシロに会ったんだろう? 王子じゃなかったか?」
シオンは自分の顎をつまむ。

「分からないよ。全部の王子を知ってるワケじゃないし、第一この星の王室は情報公開してないからね。
でもまぁ、確かに美形ではあったね。あの顔は王子であるのに相応しい顔だ」
「顔ってそんな、王子は絶対に顔が良いの?」
呆れるようにミチルは言ったが、二人は真顔で答えた。

「そうだよ、王子も薔薇も美しいのが当然だ」
「神が創ったのが王子と薔薇の星だ。神は美しい物が好きだからな。自然とみな美形になる」
「え?」
予想外の発言にミチルは言葉を失くす。

「仕方ないな、創世記の勉強からするか?」
言うとシオンは、ケーキを一口齧ってから話しだす。

「この世の中にはたくさんの星が存在する。その星を創り、王子と薔薇を創ったのが神だ。
その神の創ったルールに則って僕達は生きている。
神は最初に王子を創り、その補佐として薔薇を創った。
王子を守り助け、栄養を与えるのが薔薇の役目だ。
そして星を司るのが王子だ。王子はその星独自の法律を作り社会を作っていく。
それで上手く星は保たれているんだよ」

そんな話、聞いた事もなかった。
今度はスルガが話す。

「俺達は神に会った事はないが、神の教えは聖典で知っている。
そこに星を治める仕組みが書かれている。また傾向として、王子がすこぶる美しいのは確かだ。
それは神の好み……というよりは、民衆の望みかもしれないな。
自分の星を治める王子は、出来れば美しくあって欲しい。そう思うだろう?」

聞かれてミチルは頷いた。確かにそうかもしれない。
どこかの国のプリンスを見て、不細工だったらちょっとショックだ。

「まぁ、シオンを見れば分かる通り、頭の良さはそこまで求められてはいない」
「ちょっと、スルガ! 失礼な事言うな!」
怒鳴るシオンを無視してスルガは言う。

「多少バカでも、薔薇がついていれば大丈夫だからだ。
二人で一人だからな、この二人のバランスが良ければ星が傾く事はない」

星が傾くはちょっと聞きなれない言葉だった。
本来なら国が傾くだろう。

「もちろん、俺の星のように、完璧な王子と薔薇という組み合わせもある。
けれど多少のバラつきはあるからな、そこは星の個性という奴だろう」

「なにが個性だよ。言っておくけど、僕の星が上手くいっているのは、僕の能力が高いせいだからね。
サラの能力が高いからじゃないんだから」
シオンの発言をスルガはスルーした。

「シオンやミチルの話を聞いていると、そのマシロって言うのは王子の資質があるように聞こえる」
「それは……」
ミチルは考える。確かに真郷は人並み外れた才能の持ち主だ。他の存在とは違う。

「あ……」
ミチルは思いだした。今朝、真郷は本を読んでいた。
聖典だと言っていたが、それはさっきスルガが言ったまさにそれではないのか?

「どうした? 心当たりがあるのか?」
スルガの言葉にはあえて答えなかった。するとスルガは顔を寄せてきた。

「俺は、思ったんだが」
「え?」
くっつきそうな程すぐ近くまで顔を寄せられる。

「俺は、君がそのマシロって奴の薔薇なんじゃないかって思ってるんだ」
衝撃に言葉が出なかった。
今までもさんざん自分は薔薇だと言われてきた。この二人の薔薇だと。
けれどミチルはそれは違うと言ってきた。確かに違うと断定もできる。
でも今度は違った。すぐに否定できない。
自分が真郷の薔薇。その可能性を考えると、ないとは言えない気がした。

ミチルはこんなにも真郷に惹かれている。
もしも自分が真郷の薔薇であるのならば、それにも納得がいく。
いや、違う。感化されすぎている。こんな話を信じるなんてバカだ。僕は……。


ミチルが口を開こうとした時、シオンが溜息をついて、深くソファに寄りかかった。

「あーあ、なんでそんな事言うかな?」
シオンはスルガを見ていた。

「それは一応僕も考えたよ。でもそれじゃ、僕は自分の薔薇を間違えたって事になる。
それは王子として納得できないね」

「だから、それは間違ったのも仕方ないって言うんだよ。ミチルがただの人間だったのなら、
俺達の資質もどうかと思うが、相手が薔薇であるのなら、間違えても仕方ないんじゃないか? 
薔薇には薔薇の特性があるんじゃないか? 外見だって似てるのかもしれない」
シオンはテーブルに身を乗り出した。

「いや、僕はちゃんと味見をしたんだ。これはサラの味だった」
「そんな事言ったら、俺だって、確かにミチルは俺の薔薇の味がした」
睨むように見つめあう二人に、ミチルは辟易する。

「二人とも味覚音痴なんじゃない?」
同時に睨まれてしまった。

「僕の味覚は確かだよ! この紅茶の味だって、このケーキの味だってちゃんと分かる!」
「おい、それと薔薇を一緒にするな」
静かにスルガが窘めた。

「とにかく、僕は味覚には自信があるんだ。
だいたい、この僕が自分の薔薇の蜜以外を美味しいと思うワケないだろう?」

「へー、そんなに自信があるのかよ? でも他の奴の蜜を味わった事もないんだろ? 
だったら言いきれるもんじゃないんじゃないか?」

シオンはスルガのシャツを掴んで、顔がつきそうな位寄せた。
ミチルはキスするのかと、ドキドキしてしまった。
けれど唇が触れる事もなく、すぐにシオンは身を引いた。

「今のでも、確信したよ。近寄れば分かる。自分の薔薇以外は口にしたいとも思わない」
「それは俺だって同じだ! 今の接近でどれだけ俺が不快な思いをしたか!」
シオンは今度はミチルの腕を引いた。

「口直し」
「ん……」
逃げる間もなくキスされた。

「フッ……やっぱり薔薇の蜜は甘い」
「抜け駆けするな!」
言ったと思うと、今度はスルガに抱きしめられ口づけられた。

「やっぱり、薔薇の蜜は違うな……」
酔ったようにスルガが呟いた。ミチルは我に返って叫ぶ。

「だからイチイチ僕を巻き込まないでよ!」
ミチルの事を無視して、スルガはシオンに向き直った。

「だいたい今のって、結局他の薔薇と、自分の薔薇が区別がつくって証明にはならないじゃないか」
「ああ、まぁ、そうだな。でも良いだろう。ミチルの蜜を吸えたんだから」
「……それはまぁ、そうだが」
「そこ納得しちゃうの?!」

少し緊張の糸が切れた。
ミチルは冷めた紅茶を飲み、やけくそのように真郷のケーキを口に入れた。
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