15・告白とダンス

僕はいつものようにアリスの部屋にいた。
今日の咲哉のデザートは先日もらったビワで作られたゼリーだった。
オレンジのビワと透明のゼリーが初夏に涼しげだ。

「すごーくキレイだね、このゼリー。宝石みたいだ」
僕が言うと、アリスがスプーン片手に微笑む。

「モモは本物の宝石よりお菓子やデザートの方が好きそうだよね」
「うん、でも男だしさ、みんな本物の宝石とかには興味ないんじゃない?」
「俺は断然宝石だね!」
叫ぶように言ったのは鬼怒川だった。

「やっぱ、お菓子より宝石だね、宝石。だって貴金属だよ?  つまりはお金だよ!」
「お前は俗物的な男だね」
はき捨てるようにアリスが言った。

「でもそういうアリス君だって、ゼリーよりお金のが好きだろう?」
「は、バカな事を言うなよ」
言うとアリスは僕の手をギュっと握った。

「俺はモモのゼリーの方が好きに決まっているだろう!」
「言うと思ったよ」
僕は辟易しながら言った。けれどアリスはぜんぜんへこたれない。

「言うと思った? つまりこの俺の想いを、モモは理解してくれているって事だよね。
ああ、やっと二人の心が通じたんだね。じゃあチューしようか?」
言ってアリスは顔を寄せてくる。

「わー! だから違うから、そういう意味じゃないから、さ、サクヤ!」
僕は助けを求めるように咲哉を見た。すると咲哉はティーカップに手を添えながら真顔で言った。

「今度はリクエストに応えて、桃のゼリーを作る事にするよ。夏はやっぱりサッパリしたゼリーが良いよね」
咲哉さん全然フォローになっていません。
それともやはりこれはワザトですか?
僕がこのままアリスに唇を奪われてもスルーですか?
僕は問いかけてみたかったが、アリスを引きはがすのに必死だったら何も言えなかった。

「なーなーアリスちん」
鬼怒川が馴れ馴れしくアリスを呼んだから、アリスの目がすっと細められた。
うーん、気温が3度位下がった気がするよ。

「こないだ言ってた依頼だけど、今からやっつけに行かない?」
「今から?」

アリスは僕をちらっと見た。
なんだかその目が僕と離れたくないよ、と言っているように感じるのは気のせいだろうか?

「でも謝礼はずむって言ってだよ」
「行く!」
アリスは即答した。いや、アリスも十分、俗物的なのでは?

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

そう言うとアリスは片手を上げると出て行った。
鬼怒川はドアが閉まるまでのわずかな時間で、僕を見るとウインクした。何だろう、あのウインク。
そう思って気づいた。あれは僕と咲哉が二人きりになる事への合図だったんだ。
上手くやれよとか、そういう意味の。

僕は鬼怒川の意図を汲み取った途端、緊張してきた。
この部屋で暫く咲哉と二人きり。何を話そう?

咲哉をチラリと見ると、カップを口に運び紅茶を飲んでいた。
アリスの豪華な雰囲気とは違い、咲哉は優雅で穏やかな空気を生み出す。
見ているとほっこりと気持ちが癒される。アリスじゃあ癒されるなんて事はまずないからね。

「紅茶のおかわり淹れようか?」

僕がじっと見ていたせいか、咲哉はそう聞いてくれた。僕は有り難く頂戴する事にする。

「鬼怒川が言ってたアリスへの依頼って何かな?」
話題に困った僕が言うと、咲哉はティーポットにお湯を注ぎながら答えた。

「ああ、なんでも一日だけダンス部に来て一緒に踊って欲しいんだって。
アリスが来たら部員の士気が上がるという事で部長たってのお願いらしい」
「ダンス? アリスが?」

僕が呟くと咲哉は紅茶用の砂時計を机に置きながら答える。

「アリスはオールマイティーだからね。基本的に運動全般得意だし、ダンスだって踊れるよ。
あのビジュアルだし、ダンス部としてはアリスを本当は入部させたいんだよ。
でも当のアリスはダンス部になんか入る気はまったくないしね、せめてもと練習に誘ってるんだよ」
「アリスのダンスか……」

僕はテレビでアイドルの少年たちが集団で踊っている光景を想像した。
最前列センターで踊りを踊るアリス。それはどんなに素敵な光景だろう?
あのアリスが踊るんだ。スゴイに決まっている。
僕は今すぐ、ダンス部の練習を見に行きたい気持になっていた。

「ダンス部ってどこで練習してるの?」
「曜日と天気によって違ったんじゃないかな? 晴れてたらクラブハウス前のピロティで踊ってたり、体育館で踊ってたり」
「ピロティと体育館か……」

弓道部と被っている気がする。泉川先輩とアリスが鉢合わせするような事がないと良いなと思った。
いや、子供じゃないんだから、目が合ったらケンカなんて事にはならないと思うけど。
いや、相手がアリスならるかもしれないかな。

「紅茶、入ったよ」
言うと咲哉は僕に向けてカップを差し出した。
「ありがとう」
僕はカップを持ったが、すぐには口に入れず、冷めるをじっと待った。

そう言えばアリスはダンスを制服で踊るんだろうか?
体操着にでも着替えるのか、衣装でもあるのか。
僕は衣裳を着たアリスを想像してみた。
その想像ではまんまテレビの中のアイドルみたいなモノが出来上がった。
もしもアリスがダンス部に入ってなんかの大会にでも出たら、優勝間違いないだろうと思った。
優勝で、きっとそのまま芸能界デビューだ。アリスのルックスなら男女共に受けるだろう。
一躍トップスターだ。そうなったらあんまり学校にはこなくなって、今みたいに会えなくなるだろうな。
そう考えるとちょっと淋しい気がする。
それならやっぱりアリスはダンス部の練習に貸し出すだけで、大会に出すのは禁止だ。
アリスはこの部屋の部員の、僕達のモノなんだから。

「アリスが気になるの?」
「え?」

僕は咲哉に視線を向けた。咲哉は微笑を浮かべている。
「な、なんで?」
「だって心ここに非ずって感じだったよ」

「そ、そんな事ないよ。ただ紅茶が熱いから早く冷めないかなって思って、
それで……その、アリスのダンスが見てみたいなとは思ったけど」
「ダンスが見たいか……それって本当にダンス?」
「どういう意味?」
僕は何故か少しドキドキしながら訊ねた。

「例えば鬼怒川がダンスしているって聞いても、見に行きたいとは思わなかったんじゃない?
アリスだから、見に行きたいんじゃない?」

「そ、それは、鬼怒川は運動は得意そうだけど、アリス程華麗に踊るような気がしないから」
「そうじゃなくて」
咲哉は僕の言葉を止めて言った。

「カヅキはアリスが好きだから、アリスのすべてを見ていたいんじゃないかと思って」
その言葉に僕の顔がカーっと熱くなった。

「僕はアリスの事なんか好きじゃないよ!」

必死に言う僕に咲哉は静かに笑みを浮かべたまま言う。
「君はいつもそんな風にアリスの事をかわしているよね。でもそんなに余裕で構えていると、
アリスを失ってしまうかもしれないよ」
「え?」

戸惑う僕を、咲哉は両手を顔の前で組んで見つめる。

「アリスが人気があるのは分かっているだろう? しっかり捕まえておかないと誰かに盗られてしまうかもしれない。
例えば鬼怒川とか」
「鬼怒川? だって鬼怒川なんて、まるでアリスに相手にされてないじゃん」
僕は言いながら自分の声が掠れているように感じた。

「確かにアリスは今までは彼を相手にはしてなかったね。でもずっとそうだとは限らないよ。
今も二人で出掛けたじゃないか? 鬼怒川が必死に口説いたらアリスの気が変わるかもしれない。
依頼をこなすうちに友情が愛情に変わるかもしれない。いつもつれない態度のカヅキと居るより、
鬼怒川と居る方が居心地が良いと思いだすかもしれない」

僕の胸の鼓動が激しく鳴っていた。
アリスが鬼怒川を?
そう思うと胸が苦しくなる。でも待ってよ。僕が好きなのは咲哉なんだ。
明確な恋ではなくて憧れの気持ちだったかもしれないけど、僕の心は咲哉に向かっていた。
少なくとも、アリスよりも咲哉に。

「僕は別にアリスの事、そんな風に好きじゃないんだ。だから別に鬼怒川とどうなろうと関係ないよ。
アリスと鬼怒川が同じ部員で友達でなくなるわけでもないし」
「意外とカヅキは頑固だね」

溜息つくように咲哉は言った。

「だ、だって、事実そうだもん」
「事実ね……・」
「そうだよ。それにアリスだって本気で僕を好きだって言ってるわけじゃないし」
「え、まさか、それカヅキ本気で言ってるの?」
「本気でって、もちろん」

咲哉は組んでいた手を解くと顎をつまんで言う。

「うーん、これは本当にアリスが可哀そうだ。これじゃあ、アリスが鬼怒川に心がわりしちゃっても仕方ないね」
僕の胸がズクンと痛んだ。すると咲哉は微笑を浮かべて言う。

「カヅキ、嫌そうな顔してるよ。やっぱりアリスを盗られたくないんだね、素直じゃないね」
僕は机に手をついて立ち上がった。

「そうじゃないよ! 僕はアリスなんか好きじゃない、だって僕はサクヤが好きなんだ」
「え?」
いつもマイペースな咲哉が驚いた顔をした。

「カヅキが俺を?」

聞かれて顔が熱くなった。こんな風に告白するつもりなんかなかったのに、なんて事だ。
僕はそれ以上何も言えず固まってしまった。だって言うべき言葉が見つからない。
咲哉は暫く僕を見ていたが、やがて立ち上がり僕の顔を覗きこんだ。

「カヅキ、本気で言ってるの?」

僕は何も言えず、軽く顎を引いて頷く。
心臓が喉にあるかのように熱く、痛い位ドキドキしていた。

「おかしいな、カヅキはアリスが好きなはずなのに」
「ど、どうしてだよ? そんな事ないのに」

僕は必死の思いで言った。すると咲哉は僕の顎をつっと指でつまんだ。

「本当に俺が好きなの? じゃあこのままキスしても怒らない?」

ドキンと大きく心臓が鳴った。
僕はこわごわと咲哉を見て、やはり小さく頷いた。
すると咲哉は指を離して、そして机に手をつくと僕に顔を寄せた。
心臓がうるさく鳴り続けている。もうすぐ、あとちょっとで唇が触れる。ああ、これが僕のファーストキスになる。

そう思った時、僕はアリスの事を思い出した。
前にアリスは僕のファーストキスに反応を示していた。
あの時、おとなしく身を引いたアリス。
今ここで僕が咲哉とキスしたら、あの時のアリスを、僕を大事にしてくれたアリスを、裏切るような気がする。

「ごめん」
僕は咲哉の体を押し返した。

「ごめん、ごめんサクヤ。さっきの好きは忘れて。いや、サクヤが好きには好きなんだ。
でもなんか、こういうのは違うって思ってだから……」

僕が必死で言いわけしてると、咲哉は元の椅子にゆっくりと座る。

「別に構わないよ。カヅキが言う俺の事が好きっていうの、ただの好意であって、恋愛感情じゃないって分かってるよ」
「サクヤ……」

僕が名前を呼ぶと咲哉はいつものように微笑んだ。
純粋な笑みなのか黒い笑みなのか分からない、神秘的でいて穏やかな笑み。

「フフ、でももしもカヅキが本当に俺を好きで、俺とキスしたいなら、俺はいつでも大歓迎だよ」
優雅に手を広げながらそういう咲哉は、やっぱりなんかちょっと黒いような気がした。

「ねえ、カヅキ、そんなに気になるならアリスを見に行かないか?
俺もアリスが踊っている所を久しぶりに見たいような気がするんだ」
僕はその言葉に頷いた。


歩きながら、僕は本当に咲哉は気が効くなと思った。あのまま部屋で二人きりだと、ちょっと気まずかった。
咲哉は気にもしないんだろうけど、僕は小心者だったから、一人で告白して訂正してなんて、
めちゃくちゃやった自分が嫌で落ち込む所だった。それを咲哉はほんの一言で救ってくれた。
外に出て広い空と濃い緑を見ると、それだけで僕の心は大分軽くなった。

「アリスはクラブハウス前のピロティに居るそうだよ」

どっからの情報だか分らないが、咲哉は携帯をしまいながらそう言った。僕達は中庭を抜けてピロティの前に行った。
そこではダンス部らしき人間の屍が累々と転がっていた。
みんな土に汚れながら床に転がっている。まるで戦国の戦あとのようだ。

「何これ? やっぱりアリスはダンスじゃなくて乱闘したんじゃない?!」
僕が突っ込むと、咲哉は微笑しながら言った。
「違うみたいだよ」

咲哉が指差した方向を僕は見た。
するとそこでアリスが曲をかけてダンスを踊っていた。アリスの少し後ろにはダンス部員らしき二人もいる。
アリスはその二人を引っ張るように軽やかに踊っている。右手を伸ばし、すぐに引きよせ、ターンする。
まんまアイドルユニットに見えた。僕はアリスの軽やかな踊りに感動していた。
二人のダンス部部員も上手いんだろうけど、僕の目にはアリスしか映らなかった。
普段はあのキャラクターだから凛々しいとか、格好良いとか勇ましいみたいな感想は抱かないんだけれど、
踊っているアリスは本当に凛々しく力強く格好良かった。

僕の胸はなんだかドキドキしていた。
このまま永遠にアリスを見ていたい。そう思った時、後ろにいた一人がバタンと倒れた。

「あ、倒れた」
僕は呟いた。すると咲哉がすかさず解説する。

「どうやらアリスはダンスバトルロワイアルをしているようだね」
「何それ?!」
「いや、単に踊り続けているだけだよ。そして体力のない奴はああやって脱落していく。
あそこに転がっているのは全員脱落者だろう」
「正解でーす」
隣に鬼怒川がやってきた。

「なんだよ、お前も脱落者か?」
僕が聞くと肩をすくめて鬼怒川は言う。
「ラスト7人位にはちゃんと残ってたんだぜ」
「僕、お前の踊るの見たかったな。ドジョウすくいみたいだった?」
「言ってくれるな、モモツキ君」
「僕の名前そんなんじゃないんだけど!」
「ま、いいさ、軽く見せてやろう」

そう言って鬼怒川はアリスの横に行くと躍り出した。それと入れ違いで、最後のダンス部員が倒れた。
ピロティでは我が部の二人だけが軽やかに踊っていた。まるでそれはアイドルユニットのようだった。
二人で動きを合わせ、更にアイコンタクトをする。
その様子に僕は感動しながらも切ない思いがした。アリスと鬼怒川が親しく見えて……。

その時、僕の目とアリスの目が合った。するとアリスは踊りをやめて駆け寄ってきた。

「モモ!来てたんだね!」

言ってアリスは僕に抱きつこうとして、はっとしたように一歩下がった。
僕はその様子になんだか淋しいような気持がした。一体なんでアリスは僕から離れたんだ?
そう思っていたら、咲哉がアリスにタオルを差し出した。アリスはそれを受け取って顔を拭きながら、僕を見て言った。

「ごめん、あんまり近づくと汗臭いよね?」

そんな事を気にしてたのか? そう思うと僕の胸がなんだかきゅっと締め付けられた。

「別に大丈夫だよ」
「うん、でも、ほら俺が恥ずかしいから」

そういうアリスはいつもよりもかわいく思えた。僕はついタオルの端を持ってアリスの顔を拭いてしまった。
「モモ……」
顔を赤くしたアリスと僕が見つめ合った時、鬼怒川が駆け寄ってきた。

「もうダンスはおしまい?」
その言葉にアリスは腰に手を当てて言う。
「ああ、このダンスバトル、俺の勝ちだね」
「やっぱりバトルだったんだ……」
呟く僕にアリスは微笑んだ。

「バトルに負けたらダンス部に入ってやるって約束したんだ。でも俺が勝ったから、ダンス部には入ってやんないんだ。
俺はあのアリスの部屋の部長だからね」

その言葉が嬉しくなって僕も微笑んだ。

「じゃ、帰ろうか」
そう言うアリスを先頭に僕達は歩き出した。鬼怒川はダンス部員に何やら話していたが、すぐに追いついてきた。
僕はこの四人で歩きながら、なんだかすごく満足していた。
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