4・恋の相談
「酷いな、アリス君は。俺が依頼を探して彷徨っている間に帰っちゃうなんてさ」
鬼怒川はわざわざ教室に現れてそう言った。昨日のアリスの非道な行いに対しての文句だ。
「別に君を待っているなんて約束してないし、約束してたとしても守る気ないし」
酷い言葉の連続だった。
でもこんなドエス発言を聞かされても、鬼怒川はニコニコしている。どうやら本当のドエムのようだ。
「えい!」
言うといきなり鬼怒川は僕の頭を殴った。
「な、なぜ殴る?」
僕が頭を押さえながら聞くと、鬼怒川は腰に手を当てて偉そうに言う。
「なんだか、失礼な事を心の中で思われた気がしたから」
「想像で人の事殴らないでくれる?!まあ、当たってたけど・・・」
そんなやりとりをしていたら、急にアリスが僕に抱きついてきた。
「ああ、モモ、殴られてかわいそうに、痛いところ舐めてあげるからね」
言うとアリスは僕の頭にちゅってキスをした。
「わー何でキスする?!つーか打撲舐めるって聞いた事ないし!」
「じゃあ口にチューしようね」
言うとアリスは僕の頬を舐め、徐々に唇に近づいてくる。
僕はそんなアリスを引き離そうと必死だ。
「つーか鬼怒川!お前、アリスが好きなら止めろよ!」
「いや、でも止めたらアリス君に嫌われそうだし、それにアリス君のキスシーン見たら、良いオカズになるかと」
「やめろ変態発言!」
僕の言葉とほぼ同時に、アリスが鬼怒川にボディーブローを決めていた。
なんていうか、鬼怒川の犠牲と共に僕のファーストキスは守られた。
「まったくどうしてアリス君みたいに美しい人が、こんな小動物的な人間が良いなんて言うんだ?
顔だって明らかに貧相じゃないか」
「アリスを好きなのは良いけど、僕の悪口を言う必要はないんじゃないかな?!」
僕は鬼怒川に突っ込んだ。するとアリスはフォローするように口を開いた。
「君の方こそ分かっていないね。モモがどんなにかわいらしいか。小動物っぽい?
良いじゃないか、俺はリスも猫もウサギもライオンも豹もゾウも大好きだ」
「いや、後半小動物じゃなかったし、肉食獣とか入ってたし」
「だいたい君は小動物の顔を見て、綺麗だから好き、ブサイクだから嫌いなんて言うかい?
小動物は小動物であるからかわいいんだ。顔の区別なんかないに等しい。
だから俺がモモを好きなのは顔ではなく存在そのものなんだよ」
「アリス、それ僕の事褒めてないよね?!つーか明らかに悪口!」
「ああ、モモ」
アリスはいきなり僕の口を手で塞いだ。
「そんな悲観的な事を言っちゃダメだよ。とにかく君は存在そのものが光り輝いているんだ」
「ヒカリ苔か何か?」
鬼怒川が突っ込んでいた。僕もいろいろ突っ込みたかったが、口を塞がれたままで何も言えない。
「モモは俺の愛だけを信じて、俺だけを感じて生きたらいいよ」
強制的だ! しかも感じてってなに? 卑猥な意味を想像しちゃったよ?!
結局、休み時間が終わるまで、僕達はそんなやり取りを繰り返していた。
放課後。
僕はアリスの部屋に向かって廊下を歩いていた。
アリスは一足先に向かったので、僕はのんびり一人で歩いている。
なんだかんだ文句を言いながら、こうやって僕は毎日あそこに通っている。
他の部活にも入っていないし、バイトもしていないので、暇な僕はつい真面目に顔を出してしまう。
それにそう、あそこには咲哉も居るしね。
「百瀬」
呼ばれて僕は振り向いた。そこには鬼怒川の姿があった。
「何?お前もこれからアリスの部屋に行くのか?」
訊ねたら肩をガシっと掴まれた。
「え?」
そして僕はそのままズルズルと引きづられる。
「ちょ、な、何?」
「話をしよう」
「え?」
僕は鬼怒川に引っ張られ、廊下にある水飲みホールに連れていかれた。
「こんなトコまで連れてきてなんだよ?僕に何かしたらアリスに言いつけるからな!」
僕は強気に言ってみた。すると鬼怒川は、運動部にしては長めの前髪をかきあげた。
いや、運動部じゃないかもしれないけど。
「何もしないよ、ただお前とちょっと相談をしたいと思ったんだよ」
「相談?」
僕が聞き返すと鬼怒川は頷いた。とりあえず僕達はホールのベンチに座る。
「単刀直入に聞こう、お前はアリス君の事が好きか?」
「え?」
僕は鬼怒川に聞かれドギマギした。
「そ、それは・・・」
僕は考えた挙句、正直な気持ちを言う。
「友達としては好きだけど、その、ああゆうスキンシップは困るなって思ってる」
ごめんね、アリス。でも僕は君の事を友達としか思えないから。僕は心の中でそう謝った。
「そうか、そうだよな、お前はアリス君を好きじゃないんだよな」
僕は頷く。
「じゃあさ、誰が好きなんだ?」
「え?」
今度の質問は予想外だった。
「な、なんで僕が好きな人を鬼怒川に教えないといけないんだよ?」
「そう言うなよ。正直に俺に相談したら、力になれるかもしれないじゃん」
「力にって・・・なんか逆にブチ壊されたりしそう」
「失礼な発言だな。つーかアレか、泉川先輩か?」
「なわけないだろう!こないだ初対面だったのに!」
「別に初対面で恋したっておかしくないだろう。一目惚れとかさ、だいたいあの人超男前だし」
「確かに男前だったけど、でも僕の趣味じゃないし」
その言葉に鬼怒川は僕の顔を覗き込んできた。
「なになに泉川先輩は好みの顔じゃないって?
じゃあどんな顔がタイプだ? アリス君でもないとしたら、俺とか?」
「殴るよ」
「冗談だよ」
言うと鬼怒川は身を引いた。そして。
「じゃあ、アレだ。いつもマイペースな感じで何考えてるのか分からない桐塔」
「サクヤを悪く言うなよ!」
僕はつい身を乗り出して叫んだ。すると鬼怒川は驚いたように目を見開き、そしてニヤリと笑った。
「ふーん、そうかそうか、君は桐塔が好きなんだな」
「な!」
僕の顔が熱くなった。すると鬼怒川はニヤニヤ笑いながら言う。
「図星だ。まあ、そんな照れるな。
それにこれでお互いの好きな相手が分かったワケだから、協力し合おうぜ!」
言って鬼怒川は僕の肩をバンバンと叩いた。
僕は鬼怒川なんかに、自分の気持ちを気づかれてしまって大丈夫だろうかと、ちょっと不安に思った。
僕は鬼怒川とアリスの部屋に向かって歩いた。
「そう言えば鬼怒川、うちの部活に入って良かったのか?なんか運動部入ってんじゃないの?」
「は?なんで俺が運動部なんだ?」
「え、違うの?」
僕は立ち止まってマジマジと鬼怒川を見た。
だってこの長身で、筋肉で、運動部じゃないって、サギだろう。
いや、まあ、確かに髪の毛は運動部にしては茶色くて長いなと思ったけど。
「本当に運動部じゃないのか?人間長所を活かした生き方をするもんじゃない?」
僕の問いに鬼怒川は微笑みつつ答えた。
「だから長所を活かして、アリス君のために諜報部員として働くんじゃないか。
だいたい高校生活、何が楽しくて非生産的な運動部なんかに入らないといけない?
全国どころか地区大会も初戦敗退するような部活に、青春かけるなんてアホらしい」
「なんだ、その失礼発言?!全国の運動部員に謝りやがれ!」
僕の言葉を無視して鬼怒川は言う。
「高校生に大事なモノは恋愛だよ、恋愛。どれだけ自慢できる恋人が出来るか、それがすべてだね。
一番性欲が強い時期に我慢して成長すると、将来犯罪者になるぞ」
「お前はもうしゃべるな!すべての人間に謝れ!」
鬼怒川はアリス以外の人間にはドエスだと思った。というか失礼すぎます。
僕達はなんだかんだ話しながらアリスの部屋までやってきた。
「モモ、遅かったね!」
言ってアリスが僕に抱きついてきた。
僕はちょっとそんなアリスを持て余しながら鬼怒川を見る。
「鬼怒川と会ったから一緒に来たんだ」
「やあ、アリス君」
「モモ、今日のおやつはロールケーキだよ!」
アリスは鬼怒川を完全無視していた。けれど鬼怒川はそんな事ではめげない。勝手に椅子に座ると言う。
「そのケーキは桐塔の手作り?」
咲哉はティーセットを並べながら答える。
「ああ、アリスがお茶菓子がないと騒ぐからね、最近すっかりお菓子作りが趣味になってしまったよ」
「へー、それってアリス君の為に焼いてるんだ。なんだか君達はすごく仲が良いね」
その言葉に僕はドキっとした。
咲哉がアリス贔屓なのは分かってるけど、ストレートにアリスの為とか、アリスを好きとか言われたらショックを受ける。
視線を向けると鬼怒川はニヤニヤしながら僕を見ている。なんか思惑があるのか?
「桐塔のアリス君贔屓ってなに?ライク?ラブ?」
僕は更にドキドキした。けれど咲哉はいつもと同じに淡々と答える。
「別にアリスのためだけに作ったわけじゃないよ、カヅキの分も、君の分もあるからね」
「え、なになに、俺の分もあるの?俺を部員だってちゃんと認めてくれてるんだ?」
「さあ、それはどうだろうね。でも俺は物事の先を読むのが好きだからね。
こういうパターンも想定して用意しておいたってだけだよ」
咲哉は鬼怒川の前にもちゃんとカップを置く。そこがまた咲哉らしいなと思った。
鬼怒川がいきなり聞いた、ライクかラブかの問いもすごくサラリとかわしている。
僕からしたら核心を聞けなくて残念のような、ほっとしたような、そんな複雑な心境だ。
「鬼怒川は諜報部員なんだから、この部屋に必要以上に顔見せないでほしいよ」
アリスは乱雑に、それでも美しくロールケーキを口に運びながら言った。
「そんな冷たい事は言わないでくれよ。ほら、俺のロールケーキもあげるから」
アリスはケーキを見ると当然のようにそれを引き寄せた。そして何故か僕を見ると笑顔で言った。
「モモ、このケーキも君にあげるよ!」
僕は鬼怒川の視線を居心地悪く受け止める。
「え、いや、だってそれって今、鬼怒川がアリスにあげた分じゃん」
「俺がもらったモノをどうしようが、俺の自由だよ。はい、モモ、あーん」
僕は冷や汗ダラダラだ。
鬼怒川の視線もあるが、咲哉の視線も気になる。僕は正面の席の咲哉を見た。
「俺の作ったロールケーキなんだけどな」
笑顔で言われてしまった。いいよもう、咲哉が食えって言うなら食ってやる。
僕はパクリとファークに食いついた。
「どう?」
嬉しそうにアリスが聞くので頷く。
「美味しい」
その言葉にアリスと咲哉の二人が微笑んだ。その様子になんだか僕は嬉しくなった。
アリスにあーんなんてされて微妙な状況ではあるが、美形に囲まれ微笑まれ、
他人が見たら羨ましがられるようなシチュエーションだ。
もしかしたらこういう日々は、悩まずに楽しんでしまったもん勝ちかもしれない。
僕がそんな風に開き直る心境になった時、アリスがまたフォークを翳した。
「はい、あーん」
僕はやけくそ気味に口を開けた。もう良いや、開き直ってやれ!
そう思って口を寄せた時、横からそれは飛び出した。
「うん、本当に美味しいねー!」
それは鬼怒川だった。
鬼怒川がアリスの差し出したフォークに俺より先に食いついて、そのケーキを味わっていた。
アリスの体がプルプルと震えていた。
「なんで、お前がこれを食うんだ・・・?」
アリスの声が低い。その低さが怒りを表していて恐ろしい。だけど鬼怒川は気にした様子もなく笑顔だ。
「つーか、ちょっと待って、それって僕と間接キスだったんじゃ?!」
僕は嫌な事実に気づいて叫んだ。
するとアリスの不機嫌がマックスになった。
怒りの負のオーラが背中から立ち上るのが見えた。
「俺のモモと間接キスだ・・・?」
アリスの声は地底から聞こえるようだった。そして。
「お前なんか宇宙の塵となれ!」
アリスのパンチが炸裂した。
鬼怒川はそのまま宇宙空間まで衝撃で吹き飛ばされていった。今頃は衛星軌道上だ。
アリスは鬼怒川を吹っ飛ばしたあとで、軽く手を叩くと言った。
「さ、モモ、お茶の続きをしようね」
すでに機嫌が直っていた。
僕達はまた席について、お茶を再開する。
僕は咲哉の作った美味しいロールケーキを食べながら、宇宙の塵となった鬼怒川の事を考えた。
僕はあんな奴と手を組んで、恋の相談をしてしまって大丈夫だろうかと改めて思った。