54・逃げるなよ

浩介はリオを見るなり、不機嫌そうな顔をした。

「どうして相川がいるんだ?さっき一言もそんな事言ってなかったじゃないか?」
秋に向かって浩介は詰め寄ったが、秋は気にもしない。
「別に誰が居たって構わないだろう。ここは俺の家なんだから」
「そういう問題じゃないだろう?どうして恋人同士がいちゃついてる場所に
部外者を招き入れるのか、そこが問題じゃないか?!」

「別に普通だよ。自分の恋人を友人に紹介し、一緒に遊びにいくとか、話をするとか
騒ぎ立てるほどおかしなことじゃない」
「そ、それは確かにそうだけど・・・・」
「あんまり細かいとウルサイ生徒会長だって、生徒の支持をなくすぞ」
「大変申し訳なかった!」
浩介が深々と頭をさげた。
相変わらずだなと、リオはそんな浩介に苦笑した。

でもそう、そういう真面目バカな浩介に恋をしたのだとリオは思った。



秋の部屋で、三人はそろってテーブルに向かっていた。

「・・・・・・で、この気まずい状況をどうしろってお前は言うんだ?」
浩介は恨めしげに秋を見つめた。
「別に気まずくなんかないだろう?ね、リオ」
振られてリオは、ジトっと自分を睨む浩介を見た。
いや、これはなかなかマジに気まずいだろう?
そう思いながらも何か話題を探す。

「そ、そうだよ、気まずくないよ!このカステラも美味しいよ!」
「・・・・・・なんだそれ?気まずいと、マズイをかけたのか?あまりにも幼稚な発想で頭が痛くなるんだが?」
「浩介、親友の恋人の悪口を言うなんて、生徒会長候補としてどうなんだ?」
「本当にすみませんでした!」

漫才か?リオはつい二人を見て思った。
というか秋は、浩介をイジって楽しんでいるように思えた。

「それで、本当にこれから何をするんだ?」
訊ねる浩介に、秋は紅茶を飲みながら答える。
「別に何もする必要はないだろう。友人同士集まって、ただ話をする。
以前だってそうやって過ごしたじゃないか?」

リオは前に三人で家の訪問をした事を思い出した。
そうだ、あの時は何も気まずい事などなかった。
三人で掃除の話をして、お茶を飲んで・・・・・・・・。

「俺、紅茶淹れるよ!すっげー上達したからさ、戸塚コースケを驚かせてやるよ。
えっと、シュウ君、台所借りても良い?」
「ああ、どうぞ」
リオは二人を置いて、キッチンへと向かった。


お湯を沸かし、紅茶を選んでいると秋がやってきた。
「あ、シュウ君、丁度良かった。紅茶何が良い?さっきのはアールグレイだったみたいだから
次は違うのが良いよね?えっとどれが良いのかな?」
リオが黒い紅茶缶を手に、ラベルを眺めていると、秋が後ろから抱きついてきた。
「え?な、なに?」
ドキドキと緊張しながらリオは訊ねた。
すると秋はリオの肩に顎を乗せるような姿勢で言う。

「いちゃいちゃしたいなって思って・・・・・」
「い、いちゃいちゃって・・・」
ドクドクと鼓動が速くなった。
抱きしめてくる腕が、両手の自由まで奪っていて、リオは心もとなく感じる。
それに耳元で囁かれると、自然と身体が熱くなってしまう。

「君の後ろ姿がすごくそそるから」
「そ、そんなの気のせいだよ。シュ、シュウ君、ほら放してくれないと紅茶が入れられない・・ん・・」

言葉の途中でキスされてしまった。
軽いキスではなく、舌が入ってくる濃厚なキスにリオは目眩がする。
(と、戸塚コースケが同じ家の中にいるのに、こんなの、こんなのって・・・)

秋の手がリオの服の中に侵入してきた。
「わ、だ、だめだよ!」
リオは慌ててその手を押さえた。
秋が少しだけ不愉快そうにリオを見つめる。
「嫌なの?」
「お、お湯、沸いてるよ」
丁度薬缶が鳴りだした。
秋は諦めたようにリオから離れ、リオは秋に見られないようにそっと息を吐きだした。


リオは紅茶を淹れて部屋に戻ると、二人が待つテーブルにお盆を乗せた。

「はい、お待たせシュウ君、すっげー上手く淹れられたと思うよ」
「ありがとう」
自分の前に置かれたソーサーを見て、秋は微笑んだ。
けれどそれを見ながら浩介は言う。
「ここに運ぶまでに、何かやらかしているんじゃないか?
茶葉をこぼしたり、お湯をあふれさせたり、まさかこのマイセンのカップを割ったりしてないだろうな?」
「ちょ、割ってないよ!お茶っ葉はちょっとこぼれたけど、拾っていれたし」
「入れたのか?!」
「お湯はこぼれたけど、舐めたし」
「舐めたのか?!」
「いや、それは冗談だけど」
浩介は動きを止めた。そして姿勢を正すと真面目な顔で言った。

「大人をからかうな」
「いや、大人って同じ年だし」
リオは突っ込んだ。
秋はただ黙って二人のやりとりを見つめていた。

その視線にリオは居心地の悪さを感じた。
もしかして浩介と親しくしているように見えただろうか?
そう思うとカップを持つ手が震えた。

「ま、良いから、あんたも紅茶を飲めよ」
冷静を装ってカップを浩介の前に置こうとしたが、手が恐ろしい位に震えてしまった。

カチャカチャ、カチャ
揺れるたびに紅茶がこぼれる。

「ちょ、明らかに不自然で怖いんだが、万が一にも俺にかけるとかいう、
ギャグみたいなオチはやめてくれよ?」
「浩介、口にすると実現してしまうぞ。言霊が効いてしまうかもしれないからな」
「そ、そんな非科学的な事を言うな」
動揺した風な浩介にリオは思いだした事を言う。
「でも月ちゃんが、言霊とか呪いはあるって前に言ってたよ」
「あるか!そんなの!」
言いながら浩介は顔をあげた。するとその顔が思ったよりもリオに近づいた。

「え?」
リオは動揺して紅茶を傾けてしまった。
「あっつ!」
浩介が叫んだ。
「わ、戸塚コースケ大丈夫か?!」
立ちあがってとびのいていた浩介は、濡れた床を見ながら呟いた。

「俺の運動神経が良かった事が幸いした」
「よ、良かった、無事なんだ・・・」
安堵の息を吐くリオの横で、秋はクールに浩介を見る。
「リオがやらかすという前提で身構えていたような反射神経だったな。
もうちょっと友達は信用しても良いんじゃないか?」
「信用してたら俺は今頃やけどしてるよ!」
浩介は全力で突っ込んでいた。

リオは雑巾を持って、濡れた床を拭いていた。
浩介に怪我がなかったのは良いが、床には派手にお茶をまいてしまった。

「ごめん、シュウ君、この絨毯高そうだよね」
「ああ、気にする事ないよ。ま、ペルシャ絨毯だから、ざっと30万弱位だよ」
リオの胸がザックリと抉られた。
「お前は自分の恋人追い詰めてどうする?!」
浩介が真顔で突っ込んだ。

「ああ、ごめん、軽い冗談たよ。リオ、そんなに落ち込まなくて良いよ」
「シュウ君・・・」
見上げるリオに秋は微笑む。
「そんなにお詫びがしたいなら、身体でしてくれても良いんだよ」
言うと秋はリオの胸元に手を差し入れた。
「ちょ、シュ、シュウ君?!」
浩介の目の前で行われたそれに、リオは真っ赤になって身体を丸めた。
(ヤだ!戸塚コースケの見てる前なんて、絶対に・・・!)
リオがそう叫ぼうかと思った時、浩介が勢いよく立ちあがった。

「俺の前でいちゃつくと言うのなら、俺は帰る!」

叫ぶ浩介を秋とリオは見つめた。
リオは浩介の怒りの表情に委縮していた。
けれど秋は怯む事もなく、冷淡に言い放った。

「逃げるなよ」

叫ぶわけでもない、静かなその声に、浩介は動きを止めた。

「俺とリオは付き合ってる。それを認めて現実を受け入れろよ」
「シュ、シュウ君・・・」
不穏な空気にリオは顔をあげた。それを秋は捕えて口づけた。
「ん・・・!」

浩介の目の前でキスされた事に、リオは激しく動揺した。
こんなのは嫌だ。浩介の前でなんか。

「君もだよ」
唇を離した秋に言われた。
「え・・・・・」
「君もだ、リオ。俺を選んだというのなら、浩介の態度にいちいち反応しないで欲しい」
秋の真剣さのこもった目に、リオは反論出来なかった。

再び秋の顔が近付いてくる。
けれどリオは逃げる事が出来なかった。秋の言葉が鎖のようにリオを縛る。
リオはただ黙って、そのキスを受け入れた。

浩介の動く気配が分かった。
ドアが開き、閉まる音。

胸が張り裂けそうに苦しかった。
でもこれは自分で選んだ事だった。
秋と付き合うと言ったのも、浩介を諦めると誓ったのも、全部全部自分。
だからすべてが自分に返ってくる。

「リオ・・・・」
呼ばれて秋を見上げた。
そこには美しい顔があった。これ以上ない位美しいと思う人。
自分が確かに好意を抱いた人。

「このまま抱いても良い?」
拒絶の言葉なんか浮かばなかった。

自分は浩介には好かれていない。あの様子では、嫌われている可能性もあるかもしれない。
自分が勝手に浩介が好きなだけで、ただの片思いをしている。
そのせいで、この美しい人を傷つける必要はない。
自分の思いは浩介にも迷惑だ。

「うん・・・・・抱いてよ・・・・・・」

リオが甘えるように言うと、秋はリオを抱きあげてベッドに寝かせた。
そしてそのままリオの体に乗ると、やさしく愛撫を始めた。

片手で服を脱ぎ捨てる秋の動作を、やはり美しいなとリオは見惚れた。
こんな綺麗な人に愛されて、抱いてもらえて自分は幸せだ。
キスをされ、愛撫をされ、一つになる。

他の人がどんなに望んでも得られない物を、自分は与えてもらえている。
でもなんでだろう?
涙が流れた。


「リオ、泣いているの?」
目を開けると、眉を顰めた心配そうな秋の顔があった。
ポーカーフェイスの秋の、そんな顔をリオは初めて見た。

「ごめん、ちょっと痛かったから・・・」
「・・・・そっか、ごめん」
「あ、シュウ君がヘタとかそういう意味じゃないよ!」
リオは慌てて言ったが、秋は真顔で答えた。
「それは知ってる」
「・・・知ってるんだ」
呟いたリオの頭を秋は撫でた。

「ちょっと元気が出たみたいだね」
「あ・・・うん・・・・・・・」
「良かった、じゃあ動いても良い?」
聞かれてリオは、赤くなりながらも頷いた。

秋はリオを気遣いながらも動き出した。
リオは秋に抱かれ、ただ目を閉じてその感覚を追った。
浩介の事も、何も考えないように・・・・・・・・。

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