8・嘘と冗談

子供の頃、近所に美しい人がいた。
自分はその人が大好きで、憧れていた。
こういう風になりたい。
こんな性格に、こんな外見に。

その思いが、今も自分の中にはある。
だから、綺麗な人が好きなんだ・・・・・・・・・。


「なんか、今日の月はご機嫌だな」
休み時間、たまたま月春が席を外した時に、シンジがリオにそう言った。
「そうだね、ニコニコしてるね」
答えるリオの顔をシンジは覗きこむ。
「もしかして、また月の機嫌取るために、キスしたんじゃないだろうな?」
「してないよ、今回は」
机に座り真面目顔で言うリオに、シンジは鼻がつきそうな位顔を寄せる。

「キスじゃなきゃ、じゃあ何をしたんだよ?もしかして胸もんでやったとか、一発扱いてやったとか?」
「ちょ、何言ってんだよ?!」
リオは赤くなってシンジの顔を押し返す。
「そんな事するワケないだろう!ただ昨日の放課後、俺が迎えに行って、一緒に帰っただけだよ!」
「なんだ、そうなのか」
シンジは体を離し、机の上に改めて座りなおした。

「ま、それ位でご機嫌なら良いんじゃないか?キスしたとか、肉体的なご褒美じゃ際限ないしな」
「ご褒美って言うなよ。友達だから、普通に一緒に帰っただけなんだから」
「友達ねぇ」
シンジは金に近い髪をかきあげる。
「お前の友達の基準、イマイチ不明だからな」
「どこが不明なんだよ?」
睨みながらリオが聞くと、シンジは一指し指をリオに向けて言った。

「じゃあ、蒼井秋の顔を思い浮かべてみろよ」
「え?」
戸惑いながらリオは秋の顔を思い浮かべる。
端正な顔立ち。美しい立ち居振る舞い。細い体。

「あーリオ、顔がぽわーんってなってるぞ。思いっきり目がハートだし」
「え、そ、そんな事ないよ」
リオは我に返って言ったが、顔は赤いままだった。
シンジはそんなリオを眉を寄せて見つめ、自分の髪をかきまぜる。

「これだもんな。この顔を見て、蒼井シュウや周りの人間が、リオが惚れてるって勘違いしたっておかしくないよ。
つーか、まんざら勘違いじゃなさそうな雰囲気だし」
シンジに横目で見られ、リオは顔を赤くしながら呟く。
「だ、だから惚れてないんだからな」




放課後。リオはいつものように6組に向かって校舎を歩いていた。
やわらかな日の差し込む廊下を歩くのは、気分が良かった。
いや、日差しや気候のせいではなく、秋に会えるからなのかもしれない。
そう思いながら6組の扉を開ける。

「やぁ、待ってたよ」

そこには戸塚浩介の姿しかなかった。
「なんで、戸塚コースケしかいない?」
「なんでだろうな?」
腕を組んで仁王立ちで言う浩介を無視し、リオは机の中を覗き込む。
「シュウ君どこいんの?隠れてないで出てきてよ?」

リオは机の次は掃除用具のロッカーを開けた。
「つか、いねーよ!」
浩介の突っ込みに、リオは改めて浩介に向き直る。

「なんで、シュウ君がいないんだよ?」
訊ねるリオに浩介は微笑を浮かべる。
「ああ、シュウは今日はデートがあるそうだよ。急いで帰っていったから、よっぽど楽しみにしてるんだな」
その言葉にリオの顔が歪められる。
「デ、デート・・・」
呟いて肩を落とすリオからは、ドヨーンという擬音が聞こえそうな勢いだった。

「ちょ、お前、何死にそうな顔してんだよ?」
慌てる浩介を見る事もなく、リオは顔を伏せる。

「知らないよ。別に俺、死にそうな顔なんかしてないぞ。生きる気満々だ。ご飯だって人一倍食うんだ。
米10合位軽く食える・・・でもなんだろう、今はご飯が食べたくない気分だ。大好物のロールケーキも
なんだか今は食べれそうな気がしない。おかしい、胸が苦しくて目から鼻水が溢れ出そうだ」
「ああ、もうしゃべんな!落ち込んでるだろ!」

言うと浩介はリオの頭をくしゃくしゃとかきまぜた。
その行動にリオは顔を上げる。
すると浩介は微妙に目を細めると呟いた。

「ごめん、デートって言うのは嘘だよ」
「え?」
リオはマジマジと浩介の顔を見つめた。
「嘘って・・」
「だから嘘なんだ。シュウはデートじゃないよ。ただもう帰ったってだけだ」
それを聞いたリオは、顔を赤くして怒鳴った。

「お前最低だな!しかもそういう人の心を弄ぶような、そんな嘘つくなんて人間として最悪だ!
もう人間以下だ!この人非人!外道!悪魔!妖怪!おたまじゃくし!」
「・・・・・・最後のオタマジャクシの意味が分からないよ」
言いながら浩介は自分の髪をかきまぜる。

「ちなみに嘘をついたのは俺だが、嘘をつけと命令したのはシュウだよ」
「え?」
リオは怒りを忘れ、浩介を見上げる。

「シュウがデートだと知ったら、お前がどう反応するか、シュウが知りたいって言いだしたんだよ。
俺は気が進まなかったが、でもあいつがさっさと帰ってしまったし、誰も居ないよりは、俺が待ってようと思って。
だけど、まあ、嘘は悪かったよ。本当にごめん」
「戸塚コースケ・・・」
頭を下げる浩介を見ながら、リオは呟いた。
そして耳のピアスを無意識にいじった後で言う。

「まあ、いいよ。シュウ君が意地悪したんなら仕方ない。あんたじゃなくてシュウ君に文句言うよ」
「文句言うんだ?」
聞き返されてリオは首を傾げる。

「なんで?だって理不尽な目に遭ったら文句言うでしょ?」
「ああ、そうだが、お前はシュウにメロメロだから文句なんか言わないかと思った」
微笑する浩介に、リオは複雑な表情をする。
「だから、メロメロとかそういうんじゃないんだよ、俺はシュウ君に恋してるってわけじゃないんだから」
言いながら微かにリオの顔は赤らんでいた。

「ああ、まあ、今はそういう事にしておいてやるよ」
浩介が腕を組んで余裕の顔で言うので、リオはまた文句を言おうとした。
けれど口を開く一瞬前に浩介が言った。

「お詫びに、好物だっていうケ−キでも奢ろうか?」
「え?」

リオは、悠然とした態度で自分を見つめる浩介を見上げる。
「奢ってくれるの?」
「ああ」
「ケーキを?」
「ああ、そうだよ」
その言葉にリオは顔をパーっと明るくした。

「戸塚浩介!お前良いやつかもしんない!」
言うとリオは浩介の腰に抱きついた。
「わ!」
真っ赤になって浩介は声を上げた。
「ちょ、お前、何抱きついて・・・!」
「わーい!ケーキ!ケーキ!ケーキ!」
浩介はリオを引きはがそうと手を伸ばしたが、嬉しそうな顔を見て、つい手を自分の頭に乗せた。
「はー、子供と一緒だよな」
リオは言われた言葉を気にする事もなく、ケーキを食べる自分を想像しニッコリと笑う。
そして、奢りと言うのは食べた分全部だろうかと考えていた。



「いやー、戸塚コースケがまさかこんなに良い奴だとは思わなかったよ」
リオは喫茶店のテーブルで、満面の笑みを浮かべていた。左右の手にフォークを持って。

「俺は未だかつて、左右の手にフォークを掴み、両手を使って2種類のケーキを食べる人間を見た事がない。
いや、断言しても良いだろう。この先、お前以外にそんな人間に会うことはないだろうと」
「何それ?褒めてるの?」

リオは右手ですくった、フルーツたっぷりロールケーキを口に入れる。
そして咀嚼した後で再び口を開く。
「もっと見たいなら、そのうち3本か4本のフォークを持って食べる練習するけど」
「しなくて良い、むしろするな!」
浩介は向かいの椅子に座り額を押さえていた。

「つーか、こんなおしゃれな店が学校の近くにあったんだな。俺がシンジとか月ちゃんと
行くのは、ファミレスとかばっかだよ。こんな横文字のこじゃれた店なんか、存在すら知らなかったよ」

二人がいるのは学校からさほど離れていない、国道沿いの洋菓子の路面店だった。
道路側は大きな窓が嵌められ、美しい緑のイチョウ並木が眺められる。
二人は奥の壁際の席だったが、窓の景色は視界に入っていた。

「戸塚コースケって甘いもの嫌いなのか?」
リオは左手のフォークを口に運びながら聞いた。左はチョコレートケーキだった。

「別に嫌いじゃないが、そんなに食べたいとも思わないな。それに今はお前の食べっぷりを
見ているだけで、食欲がなくなる」
その発言にリオはケーキを崩しながら言う。
「メンタル弱いのな」
「・・・別に弱いつもりはないが」
「いや、弱いよ、そんなんじゃ生徒会立候補しても落選しちゃうよ」
その言葉に浩介は憮然とした顔をした。
リオはその表情に気づくと、左手のフォークを置いて浩介を見つめる。

「そんな顔すんなよ。今、メンタル弱いなら、選挙までに強くすれば良いじゃん?」
「だから俺は、別にメンタルは弱くない」
腕を組んでムキになって浩介は言うが、リオは覗きこむように顔を寄せる。
「またまた、強がって。そうだ、メンタル弱い、コースケ君が強くなれるように俺が協力してあげようか?」
「協力?」
「うん、俺が戸塚コースケを苛めるの!これでもうバッチリ、ちょっとの事じゃヘタレない」
「断る!」
即答する浩介にリオは苦笑する。
「冗談だよ。つーか戸塚コースケ真面目な性格だよな」
リオは再び両手でケーキを食べながら話し続ける。

「そもそも人が良いよ。俺に意地悪したのがシュウ君なら放っておいても良いのに、
お詫びに奢ってくれるしさ」
「それは、まあ、俺も嘘をついたのは確かだしな。それより、この嘘でお前はシュウを嫌いになったか?」
真顔で聞く浩介にリオはきょとんと大きな瞳を向ける。

「なんで嫌いになるんだ?こんなのただの冗談だろ?」
「冗談・・・か・・・」
「そうだよ、冗談だろ?俺はこんな冗談でシュウ君を嫌ったりしないよ。イタズラなんか誰だってするじゃん。
俺なんか、嫌がるシンジにカンチョウするマネとかするよ?」
「・・・俺にしたら殴るからな」
真顔で言う浩介を見てリオは笑う。

「しないよ。あたり前だろう?だからさ、イタズラするのって、相手と自分がどれ位の仲かによるワケだよ。
これ位の冗談なら許されるかなーって、そういう駆け引きみたいなの。だからさっきの嘘も
シュウ君が俺との仲を測るためにしたんなら、ちょっと嬉しくも思うかな。
冗談を言い合える程に仲良くなったってさ」

リオの言葉を聞いて浩介は呟いた。
「前向きな性格だな」
リオはアイスティーのストローを口に入れて、一口飲んでから答えた。
「前向きかな?つーか俺はこんな感じ。裏も表もないよ。いつだってこんな」

浩介はそう言うリオをじっと見つめた後で、体を乗り出して、手を伸ばした。
浩介の手がリオの口元に触れる。

「美形なのに、チョコなんかつけてるなよ」
リオの口元についたチョコを拭うと、浩介はその指を自分の口に入れた。
リオはその行動に驚いて、浩介を見つめた後で笑った。

「あんたこそ、無意識でタラシみたいな行動すんなよ!俺が女子なら勘違いするぞ」
「何がだ?」
舌で最後に指を一舐めしながら浩介は言った。
「お前、天然タラシだな。シンジに報告してやる」
「・・・・・だから意味が分かんないよ」
言うと浩介は背もたれに寄りかかった。

「俺さ、戸塚コースケって優等生だし、最初はもっと気取った奴かと思ってた。
でもちょっと違うんだな、あんた良い人だ」
言われて浩介は苦笑する。
「それはそれは、褒めてもらったってことかな?」
「そうだよ、褒めてる」
リオはケーキの最後の欠片を口にしながら言った。
「あんたはすごく良い人だ。だからさ、ケーキ、もう一個位奢ってくれる?」
「・・・・・・・・・・」
二人は黙って見つめ合った。


結局リオはもう一個、ケーキの追加注文をした。
「やっぱり2個頼んじゃダメ?」
というリオに、浩介は「太るぞ」と言って止めた。

「だいたいそのビシュアルでその甘党ぶりはなんだ?太らないのか?」
リオは新たに置かれたチーズケーキを食べながら答える。
「一応、考えて食べてるもん。食べたら運動するとか、ちゃんと計算してるんだよ」
「お前に計算する頭があるとは・・・」
「バカにしたな?でも俺だって、同じ高校なんだから、そこまであんたと比べてバカって事はないんだぞ。
まあ、一番上と下って位違うかもしれないけど、でも同じ学校だから、いいんだ」
「なんて言うか、前向きな発言だな」
浩介は2杯目のコーヒーに口をつけた。
それを見ながらリオはケーキにフォークを刺すと、浩介に向けた。
「食べる?」
「は?」
笑顔でフォークを差し出すリオに浩介は面食らう。
「食うって・・・・」
「俺ばっか奢ってもらって食べて悪いから、だからおすそ分け」

浩介は暫くリオの事を見つめていたが、やがてパクリとそれを口に入れた。
「ん、普通にチーズケーキだな、特に特徴があるわけでもない」

そう言う浩介をリオは面白いなと思った。
照れるかと思ったが、照れもしない。
冷静にケーキを味わっている。
リオはクスリと笑って頬づえをつくと呟いた。

「戸塚コースケ、面白いな」
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