4・サカキ

「最近サカキと会ってんの?」

その言葉にリオは顔を上げた。そこには金色に近い髪をかきあげるシンジの姿があった。
「ああ、たまにね」
「ふーん」
呟きながらシンジはリオの顔を覗き込む。
「やらしーことされてない?」
「されないよ」
リオは苦笑する。
シンジはリオの横の机に腰掛ける。

「俺、サカキも絶対にお前を狙ってると思うんだけどな」
「シンジ、全部をそういう目で見すぎだよ」
「いや、俺は普通だよ。男なんかみんなエッチな事しか考えてないんだからさ、お前も用心するに
越したことないんじゃない?でないといきなり押し倒されちゃうよ」
リオは笑ったまま、机に片肘をついて顔を乗せる。

「シンジは確かに遊び人だから、そういう経験が多いのかもしんないけど、そんなんばっかじゃないって」
「お前そんな事言ってると、いつか絶対に犯されて泣くはめになるぞ」
「その嫌な独断やめてくれる?」
ちょっと頬を膨らませてリオが言うと、シンジは指を立てる。

「いや、これは予言だね」
「不吉な予言はやめろよ、俺、ゴーカンされそうになったら、お前を殴るからな!」
「なんで俺が強姦する事になってんだよ?」
眉を顰めて言うシンジにリオは真顔で言う。

「だって、そういう心当たりはシンジ位しかないんだもん」
「俺はどんなキャラだよ」
「見たまんまなキャラ」
答えるリオに、シンジは苦笑して溜息をつく。

「あーあ、本当に強姦されてもしらないからな。サカキとか月とか、思いつめるタイプだからな」
「月ちゃん?」
意外な言葉に疑問の声を上げるリオに、シンジは苦笑して髪をかきあげる。

「あーアレは違うか。月はお前に抱かれたいんだもんな」
その言葉にリオは赤くなる。
「だからそれは無理なんだってば・・・」

少しだけ想像しかけてリオは考えないようにした。
想像するのも怖いというか恥ずかしい。
リオにとって月春は、仲の良い友人であって、恋愛対象でも、そういう肉体的な対象でもない。
それを想像するだけで、気まずさに顔が熱くなった。

「なんの話してるの?」
登校してきた月春に声をかけられ、リオはドキリとした。
「何でもないよ」
慌ててリオは言ったが、横にいたシンジは笑顔で答える。
「リオが月のやらしい事、想像してたようだぞ」
「え?」

月春はリオの顔を覗き込んで、両手でリオの手を握りしめた。
「本当に?!」
「・・・・そのすっごく嬉しそうな顔はなんでかな?」
呟いたリオを見てシンジはふきだしていた。





昼休み。
購買のパンをかじりながらシンジはリオに問いかける。

「昨日は蒼井シュウには会えたの?」
「会えなかった」
弁当のおかずを口に運びながら、リオは答える。
「戸塚コースケは居たんだけどさ、シュウ君はいなかった。彼、どっかの部活に入ってんのかな?」
「入ってないみたいだよ」
答えたのは月春だった。月春はリオの視線を受けとめながら、箸を動かす手を止めずに言う。

「彼は帰宅部らしいよ。委員会にも入っていない。意外だよね、秀才で優等生タイプなのに」
「アレじゃない?生徒会立候補するつもりで、余計な部活には入ってないの」
シンジがこれしかないだろうという自信顔で言った。
「生徒会か・・・似合いそうだな」
遠くを見るように目を細めてリオは呟き、更に思った事をそのまま口にする。

「俺も同じ生徒会に入れないかな」
「は?何いっちゃってんのリオ。お前とか俺って、どっちかというと生徒会に目をつけられて
次に何か問題を起こしたら停学だぞ、とか脅しを受けるタイプだぜ」
リオは箸を持つ手を止めて考える。

「ふーん、そっか。言われてみればそうかもな。でもそれはそれで学園内で追いつ追われつの
ラムちゃん、あたる的な、鬼ごっこの定番パターンで親しくなれそう」
「いや、リオ妄想しずぎ。お前の場合マジで停学食らって半べそだって」
リオは妄想をやめて真顔でシンジを見る。

「でも、俺停学食らうような悪いことしてないよ。タバコも吸わないし万引きもしないもん」
「いや、お前は不純同性交友があるからな」
「だから、そんなコトしてないってば!」
ムキになるリオに、月春が小声で呟く。
「僕へのキスはやっぱりそういう意味じゃないんだ・・・」

「え、なんで月ちゃん、そんな悲しそうな顔してるの?」
リオは隣でどよんとする月春を見て、顔を引きつらせる。
けれどシンジは次のパンの包装をむきながら、気軽に言う。

「いや、俺が今言ったのは月の事じゃなくてサカキの方」
「え?」
反応したのはリオではなく月春だった。

「リオ、まだサカキと二人きりで会ったりしてるの?」
詰め寄られてリオは身を引きながら答える。

「最近は会ってないよ。でも別にあの人悪い人じゃないよ」
「そうかな?すっげー変態かもよ」
楽しそうにシンジが言うと、月春はリオの腕にしがみついて叫ぶように言った。

「ダメだよ、危ないよ!僕はサカキにリオが押し倒されて、○○とか×××とかされて
汚されるなんて耐えられないよ!」
「いや、月ちゃんの想像のようなエグイ事は、今まで一度もありませんから、これからもないし」

リオはため息混じりに言って、シンジの方を見た。
その顔を見ると、自分をからかって遊んでいるんだなと感じた。
シンジが本気でサカキの心配をしているとは、リオは思わなかった。

「リオは美形好きだからな、俺がこんなに忠告してもサカキは切らないか」
シンジの言葉に、リオはサカキの顔を思い出しながら呟く。
「まあ、顔が好みなのは確かだよ。でもなー今は俺、シュウ君に夢中だし」
「蒼井シュウに夢中ね。じゃあ他の人間には当分目もくれないって感じ?」
リオは箸を持ったまま顎をつまんで考える。

「他の学年で綺麗な人とかいたらやっぱり興味わくと思うけど、でも今はやっぱりミステリアスな
シュウ君に夢中かな」
シンジはさっさと食べてしまったパンの袋をゴミ袋に入れながら呟く。
「あんまりのめり込むと、マジで恋しちゃうかもしんないぞ」

月春は睨むようにシンジを見ていたが、リオは軽くその言葉を受け流した。
恋はしない。
綺麗な友人が欲しいのと、恋をするのは別物だとリオはそう思っていた。


リオはとにかく面クイだった。
子供の頃は意識していなかったが、中学位から、自分があきらかに面クイであると気がついた。
学校内で見かける綺麗な人間を、気がつくと目で追っていた。
けれどリオは顔が良いイコール正義だとも思っていなかった。
何人か付き合った友人の中で、顔は良いが性格が悪い人間がいた。
そういう人間はリオはすぐに切り捨てた。
そんな見せかけだけの美しさは、リオの求めるものではなかった。

完璧な美しさ。
それは外見も内面も併せ持った者。
リオはその完全な人間を探し求めていた。
ただ、そういう人物に再び会いたい。
かつて出会ったあの人のような・・・・・。




放課後。
リオは蒼井シュウに会うために廊下に出た。
廊下の窓からは、グラウンドを走る運動部員の姿が見える。
窓があいているので、5月のさわやかな風が廊下を通り抜ける。

リオは部活には入っていなかったが、放課後の校舎に残る事は好きだった。
自分が学生という限られた貴重な時間をすごしている事が、校舎に残る事で実感出来るのが好きだった。

リオは勢い良く6組の扉を開けて中を覗き込む。
するとそこには椅子に座って、お互いに読書をしている浩介と秋の姿があった。
二人一緒にいるのに、話をするわけでもなく、個々に読書をしている二人に首を傾げながらも
リオは近づく。

「シュウ君、会いに来たよ」
笑顔で言うリオに、文庫を閉じながら秋は顔を向ける。
その動きだけでも優雅だとリオは思う。
まるで世界が彼の周りだけ、ゆっくり動いているかのように。

「遅かったね。君を待ってたんだよ」

秋の言葉にリオは瞳を輝かせる。
「本当に?」
「ああ、俺はキミに興味があるからね」
言われてリオは喜んでシュウに近づいた。すると横にいた浩介がすかさず割って入った。
「はいはい、俺もいるんだけど?」
「戸塚コースケ」
呟くリオに浩介はニヤリと笑う。
「俺の名前をやっと覚えたようだな。相川の記憶力じゃ卒業までに覚えてもらえるか不安だったんだがな」

リオは浩介を無視して秋に話しかける。
「シュウ君、友達は選んだ方が良いよ!頭が良くても性格悪い奴と付き合ったら不幸になるよ!」
「そうだね、俺も常々そう思っていたよ・・・」
「おい!」
浩介は二人に突っ込んだ。

「何を俺の悪口で意気投合してんだよ?」
「悪口じゃなくて事実だよ、ね」
リオが秋にふると秋は頷く。
「その通りだ」
リオはその返事を聞くと秋の腕を掴んだ。
「ね、二人で散歩とかしない?戸塚コースケなんか置いてってさ」
「それも良いね」
言うと秋は立ち上がった。

「ちょ、なんだよ秋、マジで俺を置いてく気か?」
秋は振り向いて浩介を見る。そしてクールに言う。
「今は浩介より、彼に興味があるからね」

言われた浩介は黙りこんだ。
逆にリオは笑みを浮かべる。

「よし、じゃあ放課後デートだ!」
張り切って秋の手を掴んで歩きだすリオに浩介は叫ぶ。
「やっぱりデートなのか?!ラブアタックなのか?!」
「いや、だからノリだよ。まともに受けとるなよ」
リオは呆れたように呟くと、秋と共に廊下に出た。


リオは隣を歩く秋を見上げた。一緒に並んで歩くだけで胸が高鳴った。
自分よりも背が高く美しい秋の横顔に、溜息がもれそうになる。
つい綺麗だね、綺麗だねとずっと呟いていたい気持になる。

「所でどこに行くの?」
秋が訊ねるのでリオは首を傾けて考える。
「そうだね、どっか行きたいとこがある?」
「ふーん、じゃあ中庭のベンチで読書とかどうかな」
「読書?せっかく一緒にいるのに?」
そう言えば、さっきも浩介と一緒に教室で読書していたなと思いだす。

「基本的に誰かといても、一人でいるのと変わらないから」
答える秋の言葉が胸に突き刺さった。
一緒にいるのに空気と同じ扱いをされる。それはなんかちょっと嫌だ。くやしい。

リオは小走りで秋の前に回り込んで立つ。そして正面からまっすぐに見つめて言う。
「俺といたら、本を読む余裕なんてないからな!」

その言葉に秋は若干いつもより目を見開いた。
そして微かに口角を上げて笑う。
「本当に君は予想以上に楽しめそうな人みたいだね」

二人が見つめあって笑った時だった。

「相川」

呼ばれてリオは振り向いた。
すると階段を下ってきた人物が廊下で立ち止まり、リオに向かって微笑んでいた。

「久しぶりだね」
言われてリオも笑みを浮かべる。
「ですね」
「君が遊びにきてくれなくて、淋しい思いをしてるんだよ」
「だったらいつでも呼んで下さいよ。俺、遊びに行きますよ」
リオの言葉にその人物は頷いた。
「じゃあそうする事にするよ、近いうちにまた声をかけるさせてもらうよ。じゃあ、またね」
言うと片手をあげて男は立ち去る。

それを見ていた秋が感心したように呟く。

「驚いたな、サカキ先生とも仲が良いんだ?」
聞かれてリオは頷いた。
「うん、先生の中ではサカキ先生が一番仲が良いよ」

リオは笑顔でそう言った。
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