僕はいつものように教室で佐一と話していた。
僕が昨日見たテレビの事とかを身振りを交えて話しているのを、佐一は黙って聞いている。
でもなんか、その様子がいつもとちょっと違う気がする。心ここにあらずって感じで。

「サイチ」
僕はつい呼びかけると、佐一の茶色の髪の一房をつまんだ。佐一は驚いたように僕を見る。
「どうかしたの? 僕の話聞いてた?」
「あ、ごめん、聞いてたよ、でもちょっと考え事もしてて」
「考え事って?」
僕が聞くと、佐一はいつものように笑みを浮かべた。

「うん、明日の部活にアスカを連れて行こうかなって思って」
「え?」
ドキっとした。

「ほ、本当に?」
「本当だよ。みんなにどうアスカを紹介しようかなって思って。恋人ですって紹介したらみんなビックリしてくれるかな?」
「いや、誰もそんな冗談信じないと思うよ」
とても冷静に僕は言った。すると佐一は肩をすくめて見せる。
「やっぱりそうかな? 残念だ」
僕はクスリと笑った。
「サイチもそんなイタズラしようなんて、思ったりするんだ?」
「ん」
佐一は微妙な表情をした。困ったような悲しいような。
その時、佐一の視線が教室の隅に移動した。つられて僕もそっちを見た。
そこには名倉とその友人達のグループが居た。
名倉は友人の一人の耳に手を当てて、僕達の方を見ながら耳打ちするように話していた。
僕は胸がキュっと苦しくなった。何か悪口を言われていた?
そう思った時、佐一が立ち上がった。

「え?」
僕が惚けている間に佐一はどんどん進み、名倉の前に立った。

「俺たちに何か言いたいことがある?」
「え、あ…………」
名倉は佐一にたじろいだように、口をもごもごとさせている。

「言いたいことがあったらハッキリ言ってくれよ。陰でこそこそ言われるのは気分が悪いからさ」
強気に言う佐一に名倉は顔を伏せた。
「何も言ってねーよ」
佐一は暫く名倉を見つめた後で、僕の方に戻ってきた。
佐一は再び僕の前の席に座ると、何事もなかったように笑顔を見せた。
「ごめんね、席外しちゃって」
「いや…………」
佐一はすごいと僕は改めて思ってしまった。


次の休み時間、僕のすぐ横を名倉が通り過ぎて廊下に向かった
。僕はさっきの事があったので、名倉が近くを通っただけでビクリとしてしまった。
そんな僕を佐一は黙ってみていたが、ふいに呟いた。

「忘れてた。委員会の伝言頼まれてたんだ」
そう言うと佐一は立ち上がった。
「すぐに戻ってくるよ」
立ち去る佐一を見送った。佐一がいないと寂しいなとやっぱり思った。


昼休み、僕は佐一に誘われてまた校舎を散歩に出かけた。
音楽室や美術室なんかの特別教室がある4階の廊下を、僕は佐一と歩いていた。

「なんか最近、サイチって散歩がお気に入り?」
「うん、そうだね」
横を歩きながら穏やかに佐一は言った。
「食後の運動って感じ? サイチってなにげに健康に気を遣うよね」
「健康にって言うか……」
言いながらサイチは窓枠に手をかけた。窓から中庭を見るようにする佐一の横に、僕も立つ。

「あ、猫だ」
「え? どこに?」
佐一の言葉に僕は身を乗り出した。
「ほら、あそこの壁の方、黒い猫が敷地内に入ってきちゃってる」
「ええ? 見えないよ!」
言って僕は佐一の懐に入り込んだ。同じ位置なら猫が見えるんじゃないかと思ったからだ。

「あ、アスカ?」
困惑したように佐一が声を出す。
「あ、いたいた、猫だ、猫―!」
僕はテンションが上がっていた。もともと猫は大好きだ。
それに学校に猫とか犬とかが紛れ込むとテンションが異常に上がるものだ。

「サイチ、見えたよ!」
言って僕は振り向いた。鼻がくっついてしまいそうな位、すぐ近くに佐一の顔があった。
佐一は今までに見た事もない位赤い顔になっていた。
「サイチ?」
「アスカ」
佐一は僕の名前を呼びながら肩に手を置いた。
「ん?」
顔を上げた時、唇にキスされた。
え……。

僕は固まっていた。触れるだけのキスをした後、佐一は僕の顔を覗き込んだ。
僕はただじっと赤い顔の佐一を見つめる事しか出来ない。

「好きなんだ」
僕は驚いて、バカみたいに半開きに口を開けたまま佐一を見る。
「ずっと好きだったんだ。付き合って欲しい」

好き? 付き合う? 僕と佐一が?
まだ何も言えない僕に、佐一はたたみかけるように言う。

「アスカの真面目で不器用な所が好きなんだ。反応もかわいくて、一緒にいたら夢中になってしまった。
昼休みの散歩とか、本当はアスカと二人っきりになりたくて誘ったんだ。
ただ二人だけで話をしたかっただけだったんだけど、ごめん、キスなんかして……怒ってる?」

心配そうに佐一が言うので、つい僕は大きく首を振った。

「怒ってはないよ……でもビックリした」
その言葉に佐一は苦笑した。
「本当にごめん、でも本気なんだ。その……良い返事が聞けたら嬉しいけど、
でも付き合う気がないなら、何も言わずこのまま友達でいてもらいたい。ダメかな?」
不安を含んだ佐一の瞳に、僕はまた首を振った。

「その、付き合うとかはちょっとまだ分からないけど、でもサイチの友達をやめるなんてしないよ」
僕が言うと佐一は息を吐いた。
「良かった、それだけでも嬉しいよ。友達で居るのも嫌だって言われたらどうしようって、それが不安だったんだ」
「そんな事言わないよ」
言ってから気づいた。僕には友達が居ないんだ。
それなのにたった一人の友達の佐一と縁を切るなんて出来るハズがない。

「あの、返事はちゃんと考えてするから、だから僕の友達をやめないでね」
僕は佐一の制服のジャケットにしがみついて言った。佐一はそんな僕に目を細める。
「おかしいな、俺がそうお願いしてたハズなのに、いつの間にか逆になってる」
佐一はそう言って笑った。
そして僕の頭に手を乗せて、僕の頭をなでた。
暫く僕の顔を目を細めて見つめた後で、佐一はもう一度言った。

「アスカ、大好きだよ」
僕はこの時になってようやく状況を理解したようで、胸が激しく鳴り出した。
大好きで尊敬している佐一に、僕は告白されてしまったんだ。




僕は佐一と一緒に教室に戻り、休み時間が終わると授業を受けた。
次の休み時間、ちょっと緊張する僕に佐一はいつも通り、穏やかに話しかけてきた。

「明日、うちの部活に遊びに行く件だけど、決定で良いかな?」
「あ、うん、いいよ」
僕はすっかり部活の事を忘れていた。
さっきの告白の方がインパクトが強くて、どういう態度をとったら良いか、そればかり考えていた。
でも佐一の様子を見ると何も変わらないし、明日は部活に連れていってくれるって言うし、
そんなに焦って考えなくても良いかなと思った。

休み時間が終わると佐一は自分の席に戻っていった。
その佐一を僕は目で追っていた。何故だか胸がドキドキした。
僕は佐一の事をどう思っているんだろう? 
友達としては大好きだけど、恋人としても好きになれるだろうか?
僕は熱くなっていた頬を両手で軽く叩くと黒板に視線を移した。


結局、その日は佐一の事ばかりを考えていた。
佐一は絵に描いたような優等生でとても良い奴だ。
その佐一と付き合ったらそれは楽しい日々になるんじゃないだろうか?
そして佐一の優しい所は、僕にちゃんと逃げ道をくれる所だ。
佐一しか友達がいない僕は、佐一が居なくなってしまったら独りぼっちになってしまう。
でも佐一はダメなら友達でも良いと言ってくれた。
ここで「付き合わないなら友達をやめる」という脅しを使わない。そこが佐一の良いところだ。
もしも酷い人なら僕の弱味につけいるように脅迫だって出来るハズなんだ。



翌日、僕は改札を出た所で柱に寄りかかる佐一に会った。
「おはよう」
「おはよ、待っててくれたの?」
言いながら僕達は学校に向かって歩き出した。
佐一は少し照れたように、いや困ったように頭に手を当てる。
「その……昨日の事、アスカが怒ってないか気になっちゃって」
「だから怒ってないよ」
ずっと考えて悩んではいたけど。

住宅街の道に微かにキンモクセイの香りがしていた。その香りに包まれながら佐一が言う。

「前にアスカが男にラブレターをもらってただろう? その時に意識したんだ。俺が告白したらアスカはどうするだろうって。
ずっと告白したいと思って、でもなかなか出来なかった。そのくせ昨日はつい誘惑に負けてキスしちゃって、
もしかして順番が違ったんじゃないかってすごく後悔したり悩んだりしたんだ。
もしかしたらやっぱりアスカは怒ってるかもしれないなって」

佐一は僕の事でずっと悩んでいたんだろうか。
そう言えばあの手紙をもらった時にいろいろ聞かれた事を思いだす。
佐一はあの時、僕の事が好きで、それでいろいろ聞いてきたんだろうか?
心配したり焦ったり? でもそう思うとなんかちょっと胸が甘く締め付けられる。

「本当に怒ってないよ。それにサイチの気持ちは嬉しいよ。まだちょっと返事は怖くて出来ないけど」

どこで咲いているのか分からないキンモクセイ。
でもその香りが僕を幸せな気持ちにさせてくれる。
僕の横を歩くサイチはいつも通り穏やかで、でも少し不安そうで、なんだかかわいかった。
僕は佐一の事が恋愛という意味で好きなのかもしれないと、ちょっと思った。



僕は休み時間に、部活の話を聞いた。
「何か持ち物はある? 挨拶は部長さんにしたら良い? 部員は何人位の人がいるの?」
僕の矢継ぎ早の質問に佐一は微笑している。
「なんだか張り切ってるね」
「だって、部活に遊びに行くなんて初めてなんだもん」
僕は内気な性格で、部活に入る事ですら恐怖だった。知らない人とは友達になれない。
口を利くことだって出来ない。だから部活に入っていないし委員会にも入っていない。
今日だって佐一という、とっかかりがなければ、僕は一人で部活見学も出来ない人間だった。
でも今は佐一の部活には雅嗣という友人も出来たから、ちょっとだけ勇気が出た。
友達が二人いる部活なら、僕はなんとか他の人と会話が出来るだろうか?


あっという間の放課後。僕は佐一に連れられ数学教室に向かった。
佐一の説明によると数学部は10人しかいないらしい。
3年生が2人、2年生が4人、そして1年生は佐一と雅嗣ともう2人。
やっぱり頭の良い人が多いらしいんだけど、頭が良いイコール冷たいとか怖いという事はないと佐一は言っていた。
確かに佐一の事を見てるとそれは分かる。佐一は頭が良くて気がきいて優しい。
それに雅嗣も怖そうに見えてサッパリしていて話しやすい。
完全には緊張は解けないけれど、僕は佐一の部活を覗くというのを楽しそうだと思えていた。
こんな内気な僕だって、それなりに部活動に興味もあるし、それにもっと友達が出来るのならそれは嬉しいと思っていた。

「さ、入るよ」

数学教室の前で佐一はそう言った。僕はつい拳に力を入れてしまった。
こんな事で緊張するなんてちょっとバカみたいだろうか?
そう思って佐一を見上げた。そこには優しい目があった。
そう、僕が意気地なしでも佐一はバカみたいとは決して言わないだろう。
佐一はいつだって見守っていてくれる。だから僕は勇気を出せる。

「うん、お邪魔します」
僕達は数学教室の中に入った。そこには数人の人がいて、雅嗣の姿もあった。
「こんにちは」
僕がそう言うと雅嗣の前にいた男の人が立ち上がった。なんだか背が低い。

「やー、君がアスカ君だね」
「はい、その今日はお邪魔します」

その人は僕の目の前までやってきた。髪がちょっと伸びすぎで地味な感じがする。
しかもあまり背が高くない僕よりも、更に背が低い。162センチ位しかないんじゃないだろうか?

「僕はこの部の部長の浜田だ。気軽にゲームでもする感覚で遊んでいってくれよ」
「は、はい」
ガチガチに緊張して答える僕に、雅嗣は笑っている。
「部長の顔が不気味だから怯えてますよ」
「長崎、お前は失礼な奴だな。ちょっとは優等生の多田を見習えよ」
振られた佐一は顎をつまんで微笑した。

「アスカ、部長は見た目ほど不気味で怖くないよ。嘘つきの変わった人ではあるが、頭はすごく良いしね、
俺は先輩の頭脳だけはすごく尊敬しているんだ」
「多田君、それまったくフォローになってないよ、つーか、わざとじゃない? それとも天然?」
佐一は他の部員に突っ込まれていた。
僕はその様子を見て笑ってしまった。確かにこの部活の人達は暖かい。
僕は部長と雅嗣のいた机の横に座らされた。佐一はそんな僕の側にずっとついていてくれている。

「じゃあさ、早速うちの部で作った問題プリントでもやってみる?」

部長さんが笑顔で紙を取り出した。僕はそれに身構える。
だって机でプリントを渡されるなんて、まるっきりテスト問題解くみたいじゃないか。
僕は渡された紙を覗き込んでみた。写真が三つ張り付いていた。

「え?」
僕が困惑していると雅嗣がクスっと笑った。

「いきなり部長の問題か、またマニアックなのからいったなー」
「な、何これ?」
僕はプリントの内容にあっけにとられていた。
「とても簡単で初心者向けの問題だよ。クイズって感じだろう?」

僕がもらったプリントには三体の像の写真が貼られていた。
そしてそれぞれの立像の名前を選ぶようになっていた。
「でも、これ一個だけ分かります」
僕は写真を指さした。
「これは土偶ですよね?」
「正解!」
浜田先輩が笑顔で答えた。

「でも、すみません。他の二つの像がなんだか分かりません」
「うん、まあ、そうだよね、でもこの機会に覚えてね。こっちの像がドゴン族の立像で、こっちがゲレ族の立像。
いやもうすっごいラブリーな顔してるよね!」

浜田先輩はすごく楽しそうだった。それにしてもゲレ族って何?
いや、まあアフリカンアートなんだろうな。そんな顔してるし。

「浜田先輩の問題は独特なんだよ。他のはもっと普通の問題だよ」
佐一は微笑みながらそう言ったが、雅嗣がすかさず訂正した。
「いや、嘘だろ。他の奴らの問題も変だよ。ガンダム名台詞問題集全100問なんて言うのを作った先輩もいるし」
「へえ!」
僕はつい感嘆の声をあげてしまった。
だってもっと勉強が出来ないといけない部活だと思っていたのに、そんな庶民的な、いや、オタク的ではあるが、
気さくな問題があるとは思わなかった。

「この部活で一番真面目な問題を作ってるのは、多田だよ。普通の高校生は解けないよって問題ばかり作るよな」
雅嗣に言われ佐一は首を傾げた。

「そんな事ないよ。だいたい俺の問題は全部浜田先輩は簡単に解いちゃうからね。
こないだの量子力学の問題も全滅だったよ」

僕は浜田先輩を見つめた。変わった人だけど本当に頭が良いんだな。
じっと見つめていたら、先輩がそれに気づいて僕を見た。
僕はドキっとしたが、先輩はニコリと笑ってくれた。僕はこの先輩をすごく暖かい人だなって思ってしまった。

「すまない、多田はいるか?」
急に教室のドアが開けられた。みんなで振り向いて見ると、そこには僕達の担任の姿があった。
「お、いたいた、良かったよ多田」
「何ですか?」
佐一が立ち上がると先生が手を合わせた。

「すまん、ホームルームで伝えるのをすっかり忘れていたんだが、今日は学級委員会があったんだ。
もう会議が始まっていて、多田が来てないって連絡が入って。すまないが今から行ってくれるか?」
「え?」
先生は返事を聞かずに「じゃあ」と言って教室を出ていった。残された佐一は僕を振り返った。
その顔はとても困ったという表情だった。

「行ってこいよ、仕事だろう?」
雅嗣が言った。けれど佐一は雅嗣を無視して僕を見つめる。
僕は佐一が僕を心配してくれているのだと分かった。
部活に誘っておいて佐一がいなくなったら、僕が不安になるんじゃないかと気遣ってくれているんだ。
僕は佐一に笑顔を向けた。

「大丈夫だよ、マサツグもいるし、サイチが帰ってくるまでちゃんと待ってるよ」
その言葉に佐一は微妙な顔をしていたが、やがて頷いた。
「じゃあ行ってくる。本当にごめんね」
佐一は僕の頭を撫でると教室から出ていった。

「まったく優等生は仕事が多くて大変だね、俺ならちょっとでも人より仕事を少なくすごしたいと思うのに」
雅嗣はからかうようにそう言った。
でも僕はそんな真面目で、人より多く苦労している佐一が好きだと思った。

真面目で頑張っている人は美しい。
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