『うまい酒を造ったペンギン』

 

 おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。

 ある日、おいらは王様たちといっしょにヒゲペンギンのおじさんのところへいったんだ。おじさんはこのごろ、朝からお酒ばかり飲んであれてるっていうんだ。

「おい!ヒゲペンギン、まだ朝の9時だっていうのに、赤い顔してどうしたんだ?」

「王様こそヒクッ、どうしたんですかあ?」

「お前が朝から酒ばかりあおってるってきいて心配してみんなできてみたのだ」

「あ〜あ、今日もほがらかないいひよりだなあ!こんな日は酒でも飲まなきゃあ損、損!」

「ごまかそうとするんじゃない!今はくもってるし、はだざむいぞ。いったいなにがあったんだ?」

「王様のフリッパーはいつ見ても色ツヤともに良くて…キャハハハア…」

「いいかげんにしないか!みんなが心配しているんだぞ!」

って王様が少しおこると、おじさんは目に涙を浮かべて、

「お酒が苦くなっちゃうんですよ!苦い酒しかできないんですよ!」

ってさけんだ。おじさんは自前の酒蔵でお酒を造ってるんだ。

「酒が苦いだって?どれ、それをちょっとためしに飲ませてみろ!」

って王様はおじさんから盃を受け取ってお酒にくちばしをつけたんだ。

「ぺっ!ヒゲペンギン!よくもまあ、こんなまずい酒を飲んでるなあ!」

「私だってこんな酒飲みたくないですよ!けれど、せっかく造ったから飲まなきゃもったいないし、残したら酒米やこうじに申し訳がたたなくて…」

「そんなものに義理を感じてどうするんだ!」

「どれどれ、そんなにまずい酒っていったい…」

ってこんどはシュレーターペンギン先生が味見をしたんだ。すると、

「ウヘッ、ゴホッゲホゲホゲホ…」

ってむせちゃったんだ。

「ヒゲペンギン君!こ〜んな酒、よく飲んでるなあ!良薬口に苦しっていうけれど、それよりも苦いよ。こんなの飲んでいたら悪酔いするし、きっと体にもよくないよ」

「昔はもっといい酒を造っていただろう?」

ってコウテイペンギンさんがきいたんだ。おじさんは、

「そんなこときかれたって私にもワケが分からなくて…こっちがききたくらいだ!」

っていう始末。

「こんな酒をいつまでも飲ませておくわけにはいかんな!いいかヒゲペンギン、たった今から昔のようにうまい酒ができるまで一口たりとも酒を飲んではならん!新しい酒ができあがったら私のところにすぐ持ってくるんだ。私が味見をしていいか?悪いか?判定する。いいな!」

「そんな王様!私が命と同じくらい大切なものは外ならないお酒だって知ってるくせに…私にお酒を飲むな!っていうことは死ね!っていうのといっしょなのに…」

「酒好きもここまでくると手のほどこしようがないなあ。お前が酒好きだってことはもちろんしょうちの上だ。だが、みんながお前のことを心配してるんだぞ!とにかく元通りうまい酒ができるまでは禁酒だ!いいな!これは王様である私の命令だぞ!」

「うわあ!久しぶりにでたな、王様命令が…王様の命令とあってはいくら酔っぱらいのヒゲペンギン君だってさからうわけにもいくまい!」

っておいらのとなりにいたロイヤルペンギンさんがつぶやいたんだ。

「アデリー、おまえがヒゲペンギンのことを見はっているんだぞ!いいな!」

って王様にいわれたんだ。

「えっ!なんでおいらが…?」

「おまえはヒゲペンギンの甥だろう?」

てなことでおいらはヒゲペンギンのおじさんといっしょにいなくちゃならなくなったんだ。

 

「ねぇ…おじさん、お酒飲まないでね」

「心配するな、アデリー君!私だって王様の命令にそむいてまで飲もうとは思わないさ。それにうまい酒さえ造ればまた飲めるようになるんだから…」

「それにしてもどうして苦くなっちゃったんだろうね。お酒の造り方でも変えたの?」

「そんなことはしてないさ。昔とおんなじやり方で造っているはずなんだが…でも、それで苦くなったんだから、これから仕込むお酒はちょっと造り方を変えようと思うんだ。酒米を今までよりも多くついて、それから低い温度で発酵させるんだ!そうやって造るとそのお酒は吟醸酒といって、すっごくおいしくなるんだよ!ウヘヘヘ…」

っておじさんは王様に禁酒だ!っていわれてからはじめて笑ったんだ。

「へえ、お酒にもいろいろあるんだね」

 おじさんは吟醸酒を仕込みはじめた。おいらも酒造りを手伝ったんだよ。

 二ヶ月後…吟醸酒ができあがった。かおりが今までのお酒とはちがってね、お酒を飲まないおいらでも吟醸酒のかおりはいいと思ったよ!さっそくできたばかりの吟醸酒を王様のところへ持っていったんだ。

「今度の酒はいいかおりだなあ!」

って王様がいってから一口飲んだ。

「これじゃあまだダメだ!たしかにこの前よりはうまいが苦みがこうきつくては…」

「えっ、そんな!吟醸酒ですよ王様!吟醸酒はお酒のなかの王様なんですよ。苦いはずがあるわけないじゃありませんか!」

「そうだよ!おじさんとおいらでそれこそ寝る間もおしんで一生懸命造ったんだから…」

「苦いものは苦いんだから…この酒では不合格だ!」

「王様!私にお酒を飲ませたくなくて、わざとそんなこといってるんじゃないんですか?」

「私をうたがってるのか?ヒゲペンギン!ウソついたってしようがないじゃないか!」

「造りは悪くないはずなのに、なんで苦くなっちゃうのかなあ?」

「この酒と松尾様にお供えした酒とをガラパゴス博士かフンボルトにでも科学的に調べてもらったらいいんじゃないか?」

って王様がいったんだ。

「松尾様にお供えしたお酒?…あのころに造ったお酒はたしか苦くなかったはずだ!そうだ、それとこのお酒をくらべれば何かわかるかもしれない!王様ありがとうございます!」

っておじさんはそういうと酒蔵へもどったんだ。

「松尾様ってなんの神様なの?」

っておいらはヒゲペンギンのおじさんにきいたんだ。

「松尾様っていうのはお酒の神様のことだ!この酒蔵にも奉ってあるんだよ。前にお供えした昔の、うまい頃の、お酒が残ってるんだ。きっとお酒の神様が昔のお酒を残しておいてくれたんだな」

 おいらとおじさんは吟醸酒と松尾様にお供えしていたお酒とを持ってガラパゴス博士が住んでいるイザベラ島へむかった。

 

「博士!すまないんだが、このお酒を科学的に調べてほしいんだが…」

っておじさんがたのんだ。

「おや、酒を調べてほしいだって?」

「そうなんですよ。どうしても苦いお酒しかできあがってこなくなっちゃって…こっちの松尾様にお供えしてあった昔造ったおいしいお酒とくらべてほしいんです」

「なるほど、苦味のもとをつきとめたいというわけだね。それならフンボルトが持ってる機械でかんたんに調べられるよ!その前にちょっと味見をしてもいいかな」

っていって博士はまず吟醸酒のほうを一口飲んだ。

「こりゃあ、ホントに苦いなあ!こんな酒ははじめてだよ!口直しに松尾様のお酒を…」

っていって昔造ったうまいお酒を飲みはじめちゃったんだ。

「うまい!やっぱり酒はこうでなくちゃ…もともと私は酒がきらいな方ではないし」

 おじさんは目の前でガラパゴス博士にお酒をおいしそうに飲むのを見せつけられて、どんどん顔色が変わっていったんだ。だからおいらはいけないと思っていってやった。

「博士!おじさんの前でお酒を飲むのは止めてよ。おじさんはねェ、禁酒の王様命令を出されてるんだよ!お酒を飲みたくても飲めないんだよ!」

「えっ!禁酒の王様命令だって?そんなことぜんぜん知らなかった。ヒゲペンギン君、ごめん、ごめん!」

「お願いだから博士!おじさんに酒臭い息をはきかけないでよ。まったくもう!」

ってなワケでおいらたち三羽はフンボルトさんが住んでるプニフル島へいったんだ。

 

「フンボルトや、この前作った機械でこの酒を調べてはくれないか?」

って博士が二本の一升びんを差し出した。

「博士、あの機械は雨水とか湖や川の水を調べるのに作ったのよ。お酒なんか調べられないわ!」

「お酒なんかだと!きさまあ、お酒をなんだと思ってるんだ!!」

っておじさんがフンボルトさんをどなりつけた。

「何よ!この酔っぱらいは…」

ってフンボルトさんがいいかえしたんだ。

「酔っぱらいだと!!今の私は酔っぱらいにもなれんのじゃ!」

「それでしらふだっていうの?!!」

「カ〜アッ、この気の強い娘をなんとかしてくれ〜い!」

「まあまあ、ヒゲペンギン君、落ち着いて!なあ!フンボルトや、ちょっとでいいんだから調べてさせておくれよ」

さすがのフンボルトさんもおじさんの殺気を感じたのか?しぶしぶ機械をかしてくれたんだ。さっそく博士が二種類のお酒を機械にかけて調べてくれた。そしてすぐに結果がでたんだよ。ガラパゴス博士が2枚のグラフを持ってきて、おじさんとおいらに結果を教えてくれたんだ。

「こっちのグラフが吟醸酒の方の結果で、もう一枚、こっちが松尾様の苦くない方の結果だ。両方をくらべてみると、松尾様の方にはなくて吟醸酒の方にだけある”グラフの山”があるだろう。え〜っと、この部分だね。これが苦味のもとだ。この量からいって、酒のなかの水に苦味のもとがもともと入っていたんじゃないのかな?」

「博士お酒には水が入ってるの?」

っておいらがきくと、おじさんが、

「そうだよ。お酒の80%は水だ。残りの20%がホントのお酒ってことになるんだよ」

って教えてくれたんだ。

「80%も水なの?ならお酒を飲まないで水を飲んでればいいじゃない!」

「アデリー君!なんてこというんだ。お酒の80%が水だからこそ残り20%が引き立つってもんだ。人生も8割方はつまらなくてつらいものだ。でも残り2割がものすごく楽しいからペンギンは生きていられる。酒は人生!いや、人生はお酒そのもといってもいい!」

「ヒゲペンギン君!なかなか哲学的なことをいうね。見直しちゃったよ…そう!お酒の力は偉大だよ!なんてったって、もしもこの世にお酒がなかったら、蘭亭序もできなかったんだから…酒は涙だ!人生だ!」

「博士もわかってくれますか」

「もちろんだとも」

って、ヒゲペンギンのおじさんとガラパゴス博士はそういうんだけれど、おいらはホントかなあ?って思ったよ。みんなはどう思う?それにしてもおじさんも博士も今は酔っぱらっていないはずなのに…いったい??

「ヒゲペンギン君、酒造りに使う水はどうしてるんだね?」

って博士がきいたんだ。

「造りに使う水はすべて酒蔵の近くにほった井戸から地下水をくみ上げてるんだよ」

「その井戸水がどうやらあやしいな!フンボルトや、今度は井戸水を調べてみようじゃないか?」

「わかったわ、博士!さっそく井戸水をとってきましょう」

ってフンボルトさんは酒蔵へむかったんだ。お酒を調べるときはあんなにいやがってたのに、井戸水を調べるとなったら飛んでいっちゃった。フンボルトさんてただのわがままなヤツって思ってたけど、ちゃんとした科学者だったんだね。フンボルトさんがきちんと井戸水を調べてくれたんだ。そうしたら井戸水にも吟醸酒とおんなじ苦味のもとが入ってることがわかったんだ。

「この苦味のもとをとりのぞくには、くみ上げた水の中にポンプで空気を送りこんでから苦味のもとを木炭にすいとらせればいいけど、なんで苦味のもとが井戸水のなかに入っちゃったのかしら?苦味のもとは天然にはないものなのに…」

ってフンボルトさんがいったんだ。するとヒゲペンギンのおじさんが、

「フンボルトさん!さっきはどなったりしてすまなかった」

ってあやまったんだ。

「勘違いしないで!あたしは酔っぱらいのために働いてるんじゃなくて、ただ環境を守りたいだけよ」

「……」

「井戸のまわりを調べてみようか?」

ってガラパゴス博士がいいだした。それで博士とフンボルトさんとおじさんとおいらで井戸のまわりで何か変わったことはないか?調べたんだ。そうしたら酒蔵の裏山の反対側にたくさんのドラム缶がつんであったんだ。

「いつからこんなにいっぱいドラム缶がここにおいてあったんだろう?」

っておいらはおじさんにきいた。

「そんなこと知らないよ!きっと人間たちの仕業だろうけど…」

「ちょっとこっちにきて!」

ってフンボルトさんがさけんだ。

「このドラム缶、さびついていて穴があいてるわよ!この中に入ってたもの、おそらく油かなにかだと思うけれど、それがここからもれて地面にしみこんでいっちゃったんじゃないかしら?」

「こっちのも大穴があいてるぞ」

って博士がさびてボロボロになってるドラム缶を見つけたんだ。

「ドラム缶に入ってる油を調べてみましょう」

ってフンボルトさんが機械で調べたんだ。すると、ドラム缶の中に入っている油は、井戸水や吟醸酒の苦味のもとと同じものだった。

「これで決まりだな!ドラム缶の中の油、つまりこれが苦味のもとになるのだが、それがもれて地面にしみこんで地下水まで達して、それを井戸水としてくみ上げて酒を造っていたんだから、酒が苦くなるわけだ。あのドラム缶の中の油を全部、お花を寒さに強くする機械へぶっこんじゃおうか!」

ってガラパゴス博士がいったんだ。みんなで油が入ったドラム缶をイザベラ島へ運んだ。ドラム缶の中身を、お花を寒さに強くする機械へ入れたよ。そしてお花にビームを当てて、そのお花を酒蔵のまわりに植えたんだ。酒蔵にちょっとした花壇ができあがったんだよ。

 

 ヒゲペンギンのおじさんはくみ上げた井戸水に空気を送りこんで木炭に油を吸いとらせて水をきれいにしたんだ。それを造りに使って吟醸酒を仕込んだ。

 二ヶ月後…新しい吟醸酒ができた!それを王様のところへ持っていったんだ。王様は、

「今度の酒は前にもましていいかおりだなあ!」

って新しい吟醸酒を一口飲んだ。

「うまい!こりゃあ今までに味わったことのないとびっきりの酒だ!!これなら文句なしに合格だ!ヒゲペンギン、禁酒命令は取り消しだ。ただ酒を飲むときはほどほどにな!」

っていってくれたんだよ。おじさんはよろこびはしゃいじゃって王様の目の前で新しい吟醸酒にさっそく口をつけたんだ。

「いやあ!久しぶりだなあ!これはホントにうまい!口当たりがとってもいいからいくらでもいけますよ!王様!」

「何度もいうようだが、ヒゲペンギンほどほどにな!」

「ガッハハハハハ…わかってますよ、王様!でも、今日は禁酒命令がとけたわけだし…お祝いということで…」

っていって一升ビンをかかえて酒蔵へもどっていったんだ。

「あの調子だと、酒蔵にある酒はすべて飲みつくしちゃう勢いだぞ…あっ!いかん、あんなにうまい吟醸酒をひとりじめにさせてなるものか!」

って王様までおじさんのあとを追いかけて酒蔵へいちゃったんだよ!

 

 おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。

「おい!アデリー君、そんなとこで何してるんだい?こっちへきていっしょに飲もうよ!今日はお祝いだよ」

「おじさん!禁酒命令が出ていた方がいいんじゃないの?」

「何いってるんだ!私からお酒をとったら何が残るっていうんだ!」

 

 禁酒の王様命令がとけたのがよかったのか?悪かったのか?やっぱりお酒はほどほどにね!

 

 あっと!それから追伸。

 苦味のもとの油が入ったドラム缶がおいてあったところ、そう酒蔵の裏山の反対側のあの場所に芝生をはったんだ。今では、あの広場はおいらペンギンたちの憩いの場所になったんだよ。酒蔵の裏山には桜の木が植わっていてね。桜の季節になると、あの広場にみんな集まってお花見をするんだ。この前なんかヒゲペンギンのおじさんはお酒を飲み過ぎて芝生の上で大の字になってねむちゃったんだよ!

 

 ふたたび…おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。おじさんって根っからのお酒好きなんだね!