早春にて

その1

 私はホウノ木。私の根元には小さなベンチがある。毎日、そのベンチに様々な人が訪れる。さて、今日はどんな人がやってくるのやら…。

 

 道のむこう側からひとりやってくるよ。緑で三角の古帽子を目深にかぶって緑のレインコートをはおって、えりまきをして…それに口にはパイプ。リュックを肩からさげている。どうやら旅の途中のようだ。私の足元にあるベンチにすわった。“パイプの青年”はしばらくくつろいでからリュックの中からなにか取り出した。きらきら光るそれはローズウッドと金でできたハーモニカだよ。おもむろに“パイプの青年”はハーモニカを口にあてた。すると私にとまっていた鳥たちが数羽とつぜんはばたいた。バタバタと音をたててね。“パイプの青年”はハーモニカを吹くのをちょっとためらってから、気を取り直して吹き始めた。なかなかの腕前だよ。きれいな旋律のバラードだ。『何も私の世界を変えられない』って感じ。“パイプの青年”は一曲吹き終えると、ため息なんかついちゃっているよ。

 次の曲はノリのいいポップスだ。と、そこへおばさんがひとりやってきた。おばさんは“パイプの青年”の前に立ち止まってハーモニカの音色を味わっている。“パイプの青年”がその曲を吹き終えるとおばさんが、

「いまのビートルズの“シー・ラヴズ・ユー”でしょう?あたしはね、20年くらい前にビートルズのコンサートへいったことがあるんだよ。でも、若そうなのにどうしてビートルズなんか吹いているの?」

と、声をかけた。“パイプの青年”は、

「それは…それは吹きたいからさ!」

と、こたえた。

 おばさんはそれっきりどこかへ行ってしまった。