『治したペンギン』

 

 おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。

 

 ある時、おいらのところにマカロニ君がやってきた。

「アデリー君!王様がみんな集まれってさ」

そうマカロニ君にいわれたので、おいらはマカロニ君についていったんだ。もう、王様のところにみんな集まっていた。

「これでみんなそろったな!」

って王様がいったんだ。そして、

「みんなに悪いしらせがある。イワトビが鳥インフルエンザにかかってしまった。今、イワトビはシュレーターペンギン先生の病院の隔離病棟にいる」

ってはなした。

「イワトビ君はどんな具合なの?」

ってケープペンギン君がきいた。シュレーターペンギン先生が

「あまりよくない…今日、明日が峠というわけではないけれど、このままの状態がずっとつづくようだと最悪の場合は…」

って言葉を濁した。つづけて、

「まあ、その可能性は非常に少ないけれど…それから、幸いにもイワトビ君の“つば”から鳥インフルエンザウイルスを取り出すことができた。H17N7型ウイルスで、今までに流行したことがない新しいタイプの鳥インフルエンザだ。そのウイルスを25℃で増やして感染性を弱くしたいわゆる生ワクチンを作った。まずは鳥インフルエンザにならないようにみんなにこのワクチンを飲んでもらおう」

って水にとかしたワクチンをみんなにわたした。

「さて、ここからが問題なのだが、イワトビ君の病気を治すためにインターフェロンを作りたいと思う。インターフェロンはウイルスが増える・増殖するのをおさえる働きがある薬だ。インターフェロンはわれわれペンギンの血液が作り出すもので、インターフェロンを作る白血球を分離して増やして、遺伝子工学の技術で量産することができる。それには免疫力の高い血液の持ち主をさがさなければならない。免疫力の高い血液はインターフェロンをたくさん作り出してくれるからね。免疫力が高いということは病気になりにくいということで、それにはストレスを感じないというかストレスが普段からかからない生活をおくっているというかストレスに強いペンギンがよいことになる」

ってシュレーターペンギン先生がいったんだ。王様が、

「こうしてみんなに集まってもらったのは、みんなに鳥インフルエンザのワクチンを飲んでもらうのと同時に、みんなの中からストレスに強くて健康な免疫力の高いペンギンを選びたい。そしてインターフェロンをたくさん作る白血球を提供してもらいたい!」

っていったんだ。

「シュレーターペンギン先生、選ばれたペンギンはどうなるの?」

ってマカロニ君がきいた。

「な〜に、ちょっと採血してもらうだけだよ。あとはこちらでやるから、心配しなくていいよ」

って先生がこたえた。おいらが、

「それなら、フンボルトさんが最適なんじゃないの?だってあれだけいいたいこといっていればストレスなんかたまるはずがないよ」

っていったら、すかさずフンボルトさんが、

「あら!イヤだ、あんた、何いってんのよ!女一羽でこのせちがらい世の中を渡り歩いてるんだから、毎日毎日すごいストレスよ!それにねぇ、うら若き乙女はいつも恋の病にかかっているものなの!ねえ、マカロニさん…それはすごいストレスなんだからね!少しはいいたいことでもいってストレスを発散させなくちゃあ!それからあたしはいいたことの一割もいってないんだからね!」

ってかえされちゃった。おいらはあれでいいたいことの一割もいってないの?って思ったよ。ホントにフンボルトさんがいいたいことを全部いったら、って考えただけでおいらは背筋が凍る想いがしたよ。

「コガタペンギン君はいつものん気に暮らしてるからストレスなんかたまらないんじゃないの?」

「私めはみなさんよりも体が小さいからそれだけでストレスがかかりますよ」

「じゃあ、ジェンツー君は?だっていっつもくだらないダジャレをいってはひとりでうけてるから、ストレスなんか関係ないんじゃないの?」

「ちょっとまった、それは違うよ!たとえダジャレでも生みの苦しみってもんがあるんだよ!別におぼれているわけではないけれども…これぞ海の苦しみ、なあんてね…キャハ、ハ、ハ、ハ、ハ…」

ってジェンツー君は自分のダジャレにひとりでうけてたんだ。なんだかおいらストレスが…。するとシュレーターペンギン先生が、

「まあ、まあ、こうしていい合っていてもなかなか決まらないから、ここは科学的に、公明正大に、みんなのストレス度をはかってみようじゃないじゃないか。この50の質問に答えるだけでどのくらいのストレスがあるのか?チェックできる。これで決めよう」

って質問用紙をみんなに配ったんだ。それは“夜、ねむれないことがある?”とか“将来に希望が持てる?”とか“ささいなことで腹をたてる?”なんていう問いに“はい”か“いいえ”で答えるものだった。ペンギンみんなが回答したんだ。シュレーターペンギン先生が集計してみんなのストレス度が出たんだ。

「それでは発表しよう。その前に、ひとくちにストレスといっても良いストレスと悪いストレスがある。ストレスとは、生物が外界の刺激や変化に合わせるときに生じるもので、生き物にとってストレスはある意味では避けて通れないものだよ。同じストレスでも受け止め方で良くなったり悪くなったりする。普段、生活していてストレスがかかり過ぎるのはよくないけれど、かといってストレスがまったくかからないのもいかがなものか?ということで、過ぎたるは及ばざるがごとしといったところだ。なぜなら、良いストレスは生きていく上であったほうがいいからね。それじゃあ前置きはこのくらいで、さっきのテストで一番ストレス度が低いとでたのはアデリー君だ!」

って先生がいった。

「どうして、おいらなの?」

「いわれてみれば、そうかもしれないな。アデリー君って、お気楽に暮らしているよね」

ってヒゲペンギンのおじさんがいった。

「そんな事ないよ!!おいらだって…」

「アデリー君の場合、悪いストレスをあまりストレスとして感じないところがあるのかもしれない。悪いストレスがかかってもそれをうまく受け流すというか…悪いストレスをよけてやり過ごすというか…悪いストレスを強引に良いストレスに変えてしまうというか…だからそれはとってもいいことなんだよ」

ってシュレーターペンギン先生が解説してくれた。

「つまりは幸せものってことでしょ!あたしなんか繊細だから…つい考え込んじゃうことが多くて!」

ってフンボルトさんがいったんだ。

「そんな!おいらにだってちゃんとストレスはかかっているよ!」

「そう、きちんとキミにもストレスはかかっているはずだよ。だから、ストレスをあんまり感じないというか、悪いストレスに対して強いんだから、ある面ではすごく幸せなことなんだよ」

って先生がいった。

「ストレスを感じないなんて!」

っておいらつぶやいているとフンボルトさんがいったんだ。

「いいじゃない、あんたは健康で幸せなんだからさ」

「そうか!おいらは幸せなんだ」

「…やっぱり…」

「それじゃあ、さっそくだが採血しようか?」

ってシュレーターペンギン先生が注射器を持ってきだんだ。

「えっ!!注射するの?痛くないの?」

「注射じゃないよ。採血だよ。注射と採血は別物だよ」

「そうか!採血か…それならいいよ」

「やっぱり…信じるものっていうのか?早合点するものは救われるか」

「先生、今なにかいった?」

「いや、こっちのこと」

って先生がおいらから採血したんだ。はじめはチクッてしたけれど、ぜんぜん痛くなんかなかったよ。シュレーターペンギン先生によると、おいらの血液にイワトビ君がかかっているインフルエンザウイルスを感染させたんだって。そうしたらおいらの白血球はインターフェロンっていうウイルスが増えるのをおさえる薬をいっぱい作ったんだってさ。そしてインターフェロンを取り出してそれをイワトビ君に注射したんだ。イワトビ君は見る見るうちに快復したんだよ。

 後日、ガラパゴス博士とシュレーターペンギン先生が対談をしたんだ。

ガラパゴス  先生、イワトビ君の様子はどうですか?

シュレーター 完全とはいえないが、かなり元気になったよ。イワトビ君はさかんに岩場をはねたがっているよ。

ガラパゴス  そりゃあ、よかった!

シュレーター だが、油断は禁物。みんなが生ワクチンを飲んだのは一週間ほど前だから、あともう少しのあいだイワトビ君にはみんなのために隔離病棟にいてもらわないといけない。

ガラパゴス  今回のインフルエンザは流行しそうなのですか?

シュレーター 今のところ、流行しそうな気配は感じられない。N17H7型の鳥インフルエンザにかかったペンギンはイワトビ君だけだ。それにしても、博士が発明してくれたインフルエンザ診断キットには感謝するよ。あれのお陰でインフルエンザの早期診断そしてイワトビ君の早期隔離・早期治療ができたからね。

ガラパゴス  私の発明品が役に立ててもらえてうれしいよ。これまでに流行したことがないH17N7型という鳥インフルエンザだとされているが、イワトビ君はそれをいったいどこでだれからもらってきたと先生は考えますか?

シュレーター まだよくわからない。インフエンザウイルスはもともと、カモやアヒルが持っているもので彼らはふつうには病気にならない。ウイルスを持っていても発病はしない。これがニワトリやカラスなどの別の鳥にうつるとニワトリやカラスがインフルエンザになってしまう。それからインフルエンザウイルスはわずかずつ“型・タイプ”を変えるので、それで病原性が生じたり強まったりすることがある。今回のN17H7型もいつ“型”を変えてくるのか?わからないよ。ワクチンを作ってもインフルエンザウイルスは“型”をすぐに変えてくるので、それにあわせたワクチンを作り直さなければならない。終わりのないイタチごっこだ。

ガラパゴス  ウイルスのほうも生き残るために必死だから仕方がないことなのかもしれない。人間たちのあいだでは、ラッサ熱、マールブルグ病、エボラ出血熱、SARSと、これまでにはなかった新手のウイルスの出現に恐れてさわいでいるけれど、これは人間たち自身に問題があるからかもしれないんだ。西ナイルウイルスの出現は森林伐採が原因らしい。自然や生態系にさからったことばかりしているから…とにかく、人間はこの地球上に増えすぎた。だから生態系としてはバランスを保とうと新型ウイルスでフィードバックをかけようとしているもかもしれない。ウイルスもわれわれペンギンと同じ生態系の一員だから、むやみやたらにウイルスを撲滅しようとするのではなくて、うまくつき合っていくことを考えたほうがよいのかもしれない。

シュレーター 人間たちは自分自身のことは置いといてSARSのときはハクビシンが悪役にされたし、この前の鳥インフルエンザのときはツバメなんかの渡り鳥やカラスそれにニワトリが悪者にされた。ある意味では、人間たち自身が招いたことなのに…だが、やはり人間たちが飼っているニワトリさんたちがたくさんインフルエンザの犠牲になったことについては心が痛みます。

ガラパゴス  人間たちがムチャなことをやらかしても、そのあおりを食わないことを考えてゆきたいものですなあ!

シュレーター まったく、同感です。

 

 おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。今ではイワトビ君、退院して元気に岩場をピョンピョンとびはねているんだよ。それにしてもインフルエンザウイルスってやっぱり怖いよね。