『南下したペンギン』
おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。
ロイヤルペンギンさんは、移動養蜂をしているんだよ。“移動養蜂”っていうのは旅をしながらミツバチを飼って蜂蜜を集めることなんだ。場所ごとに花の咲く時期が違うこと、つまりは地域の季節差を利用している養蜂なんだよ。ここは南半球だから北から南へ開花の時期がおくれる。だから北から南へ花を追い求めて、旅をしながら蜂蜜を集めるんだって。飛行船に乗りながら…ミツバチの巣箱を携えて…。おいらは分けがあって菜の花畑を耕しているんだ。フンボルトさんとコガタペンギン君といっしょにね!おいらたちが作っている菜の花畑の菜の花はまだ花をつけていなかったんだけれど、北からロイヤルペンギンさんがやってきた。移動養蜂のために開発した飛行船、Z-88でね。ロイヤルペンギンさんは、
「アデリー君、コガタペンギン君、フンボルトさん、ここでしばらく養蜂をしていいかな?」
ってたのんだ。フンボルトさんが、
「いいけれど、ごらんのとおりまだ花は咲いていないわよ!」
ってこたえた。
「あ~あ、近頃じゃ良いお花畑が少なくなっちゃって…人間たちがお花畑を壊したり、人間たちがお花畑を作ってもたくさんの農薬をまいたりするから、養蜂に適したお花畑が昔よりもめっきり減ってきているんだよ…けれどここなら大丈夫!」
「ミツバチは刺さないんですか?」
ってコガタペンギン君がきいた。
「めったに刺さないよ」
「まれには刺すってことですか?」
「そういわれたら何にもできないよ!たとえ刺されても、スズメバチほどひどくはならないから」
フンボルトさんが、
「ミツバチは菜の花の受粉をうながしてくれるから、ここで養蜂をするのなら大賛成よ!けれど、ロイヤルペンギンさん!そのかわりあなたにも天ぷらを食べてもらうわよ、いいわね?」
っていいだした。
「???…“天ぷら”?…を食べる?」
「そうよ!」
この時、ロイヤルペンギンさんはこれから二月足らずの間、三食ずっと“天ぷら”を食べさせられ続けるとは考えてもみなかったんだろうな!
ロイヤルペンギンさんは飛行船Z-88からミツバチの巣箱を取り出しながら、
「お湯をもらえるかな?」
っておいらにたのんだ。
「お湯?別にかまわないけれど、いったいなにに使うの?」
「砂糖をとかして、砂糖水をミツバチにあげるんだよ」
「砂糖水を?」
「そう、ミツバチだって生き物だからね…この季節には砂糖水を与えて元気になってもらわないといけない。砂糖水だけじゃなくて、ひまわりやトウモロコシの花粉をあげることもあるんだ」
「養蜂ってのもたいへんなんだね!」
「なにしろ生き物が相手だからねぇ。当たり前だけどミツバチは病気にだってかかる。数年前のことだけれど、私が飼っているミツバチがチョーク病ってのになったことがある。その時には巣箱に木酢をかけて治療したんだよ。とにかくミツバチってやつはすごく繊細なんだ。人間たちがまく殺虫剤には気をつけなければならないし、巣箱をミツバチにとっていつも居心地がいいものにしておかないと、ある日とつぜん、昨日までは数千匹、数万匹いたミツバチがきれいに一匹残らずすべてどこかへ飛んでいって、もう巣箱にはもどらなくなってしまうこともあるんだ」
「へ~!むずかしいんだね」
「イヤ、そうでもないけれど、きちんと世話をしてやればいいんだ。ミツバチたちの社会は、たった一匹の女王蜂のために数千匹いや、数万匹の働き蜂が一生をささげるんだ。働き蜂は巣の中の掃除や巣そのものを作ったり直したり、花蜜や花粉の収集、場合によっては外敵と戦うこともある。女王蜂はローヤルゼリーを独り占めにして、しかもなんとそのローヤルゼリーを働き蜂に食べさせてもらっている…なんとも優雅な生活だ!」
「そりゃあ!女王蜂ってフンボルトさんよりも強力だね!」
「やっぱり“女王蜂”ってからにはね!」
「おいら、ミツバチじゃなくてペンギンでよかったよ!」
っておいらはロイヤルペンギンさんとはなしていると、
「あんた!そんなところでサボってないで仕事をしなさいよ!仕事は山ほどあるんだから!」
ってフンボルトさんが叫んだ。
「フンボルトさんたらペンギン使いが荒いんだから…」
菜の花畑が花を咲かしてあたり一面、黄色一色になった。ロイヤルペンギンさんの巣箱の巣門からはたくさんのミツバチたちが忙しく出入りするようになったんだ。たった一匹の女王蜂のためにみんな働いているのか、と思うとおいらはなんだか働き蜂のことが他人事には思えなくなっちゃったよ。
そして…あくる朝。ロイヤルペンギンさんが巣箱から黄色い蜜を採ったんだ。コガタペンギン君はパンケーキを焼いてくれた。フンボルトさんにはナイショでね。けれど、フンボルトさんはパンケーキと蜂蜜の香りをかぎつけ、やってきた。
「そんなもの食べようとして!天ぷらがあまっているのよ!天ぷらが!」
ってはじめはいっていたんだけれど、
「たまにはパンケーキもいいかもね…」
っていって、おいらたちのなかに入ったんだよ。やわらかな春風の中、きれいに咲いた菜の花を目の前においらとロイヤルペンギンさんとコガタペンギン君そしてフンボルトさんもいっしょにパンケーキに採れたてのあま~い蜂蜜をたらして食べたんだ。すご~く、すごく!おいしかったよ!
やがて、ここの菜の花の季節は終わりに近づき、ロイヤルペンギンさんは花を求めてつぎの場所へうつることにしたんだ。夜中、ロイヤルペンギンさんはミツバチの巣箱をそっとZ-88に積みこんだ。そして飛行船で蜜の甘い香りをのこして南へ飛び立っていった。今日も天ぷら、明日も天ぷらのおいらとコガタペンギン君を置き去りにして…。
おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。ミツバチって働き者だよ!