『冷やしたペンギン』
おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。
ある朝、ドーンという大きな音でおいらは目が覚めた。それは南極の氷がわれて海に落っこちる音だった。ドシン!ドシン!と次から次へと氷が海の中へ落っこちた。これはただごとではないと思ったおいらは王様のところへいったんだ。王様のところにフンボルトさんもきていたんだよ。
「王様!氷がどんどん海へ落っこちているんですが…うるさくてねむっていられないんです」
「南極があったかくなっているから、氷がとけるんだ!いや、地球全体があたたかくなっているんだ!」
「地球があったかくなってるの?おいらあったかい方が好きだからその方がいいや!」
っていうと、それをきいたフンボルトさんがいったんだ。
「あんたってホントにバカねぇ。地球があつくなってるってことは、そのあつさにたえられない植物がかれちゃったり、今まで住んでいた土地に動物たちが生きていけなくなったりするのよ!いつもあんたが食べてるオキアミだっていなくなっちゃうんだから…
それから、場所によっては大雨が降って大洪水や土砂くずれが起きたり、反対に雨がぜんぜん降らなくなっちゃって砂漠になったりするの…そういえばキガシラペンギンさんの森に雨が降らなくて困ってたわよね」
「それはおいらたちが氷山を運んで解決したんだよ」
「でも、雨が降らなくなちゃったところはほかにもたくさんあるのよ。それに大雨で洪水が起こったら、止めようがないでしょう」
「フム、それは困るね!」
「だからフンボルトよ!キミが作った炭酸ガスを海へすてる機械を使ってどうにかならないのか?」
って王様がフンボルトさんに話しかけた。
「王様!あれを動かすにはすごく力がいるの。女手ひとつじゃあ…」
「フンボルトさん!また何かの機械を作ったの?それに炭酸ガスって?」
っておいらはきいてみた。
「ホントにあんたは何にも知らない幸せ者ねぇ。空気の中にある炭酸ガスが太陽光線の熱を取りこんじゃうから地球があたたかくなるんじゃないの。あたしの作った新しい機械は空気の中にある炭酸ガスを海の中へ持っていくものなの。もともと海の中には炭酸ガスがいっぱいあるからね」
「それじゃ、海の中があつくなるんじゃないの?」
「太陽の熱は海の表面でほとんどはね返されちゃうから、海の中の炭酸ガスは太陽の熱を取りこまなくてすむの。空気の中の炭酸ガスがへれば太陽の熱は空気にとどまらないで宇宙へ逃げちゃうのよ!」
「空気の中の炭酸ガスが悪いのか…」
王様が、
「アデリーよ。フンボルトの機械を動かすのを手伝ってはくれないか?」
っていうからおいらは、
「はい!いいですよ!」
ってなことでおいらはフンボルトさんが作った炭酸ガスを海へすてる機械を動かすことになったんだ。
その機械は浜辺にあって大きくてものものしかった。
「あたしがこのボタンを押してるから、あんたはここを力いっぱい押してね!」
「うん、わかった」
おいらは機械のカベみたいなところを全力で押したんだよ。けれど、びくともしないんだ。
「もっと力いっぱい押さなきゃだめよ、あんた男でしょ?」
「わ、わかっているけど…」
おいらはあらん限りの力を出して押した。するとちょっぴりだけカベが動いた。
「その調子。その調子」
ってフンボルトさんがはげましてくれた。おいらが力いっぱい押すと、機械のカベがするすると動き出した。
「はい、とりあえずいいわよ」
ってフンボルトさんがいったんだ。おいらは汗だくできいた。
「これで終わり?今のでいったいどのくらいの炭酸ガスが海の中へ入ったの?」
「計算によるとあと100兆回、今のと同じことをくり返せば、地球があつくなるのが止まるわ!」
「え〜!、あと100兆回!!!」
おいらは気絶しちゃった。
気がつくとガラパゴス博士がそばにいたんだ。
「やっと気がついたかい?キミもひどい目にあったなあ!」
「…そうか、おいらはフンボルトさんにつきあわされて…あと100兆回なんていわれて…」
そこへフンボルトさんがやってきた。
「まったくペンギンの男どもときたら、だらしがないんだから…」
「おいおい、フンボルトや、そんなムチャなこというもんじゃないぞ」
「だって、博士」
「まあまあ、あの機械はあれですばらしいんだが、なにもあれを使わなければいけない、ってこともないだろう。それにフンボルトよ、あの機械はまだまだ改良のよちがあるぞ」
「そうだよ、フンボルトさん!あのカベをエンジンで動かすようにすればいいんじゃない?」
っておいらがいったんだ。
「エンジンなんて使ったら、それが空気の中へ炭酸ガスをまきちらすことになるのよ!そうしたら身もふたもないでしょ」
「そうか、エンジンは炭酸ガスを出すんだよね。ほかの方法で空気の中の炭酸ガスをへらすことはできないの?」
「カセイソーダは空気の中の炭酸ガスを吸い取る性質があるんだ」
「博士、カセイソーダってな〜に?」
「カセイソーダは塩水に電気をとおすとできるんだ」
「へ〜え、それじゃあ、塩水に電気をとおすだけで空気の中の炭酸ガスをへらすことができちゃうの?」
「まあ、かんたんにいってしまえばそうだ。私はもともと塩水から水素を取り出してそれを燃料電池に使う研究をしていたんだが、塩水に電気をとおすと水素といっしょにカセイソーダもできるというところに目をつけたんだ。カセイソーダを塩水から取り出すにはちょっとした工夫が必要なんだけれど…あれれ?フンボルトや!…アデリー君はどこへ?」
「博士!とっくの昔に『おいら、いいこと思いついた!』っていって南極へ帰っちゃったわよ」
「あ〜あ」
おいらはガラパゴス博士の話をきいて、南極のエレバス山のふもとにもどったんだ。そこにはこの前、エレバス山の噴火のエネルギーを電気に変える機械をすえつけたんだけど、あれからずっと電気を作り続けていたんだ。塩水に電気を流せば空気の中の炭酸ガスがへるってことは海にこの機械で作った電気を流せばいっぱいカセイソーダができて、炭酸ガスがそれに吸い取られちゃうんじゃないのかな?って考えたんだ。空気の中の炭酸ガスがへれば、地球があつくなるのを止められる。おいらは電気を作る機械に電線をつないで、その先端を海へ引っぱった。そして電線を海へ投げこんだ。
バチン、バチッ、バチバチバチバチバチ…!!!!!
ってものすごい音がして電線がショートしたんだ!そうしたら海を泳いでいたたくさんのお魚さんが浮いてきちゃったんだ!おいらはびっくりしてヒゲペンギンのおじさんところへすっ飛んでいった。
「おじさん!おじさん!たいへんだよ!お魚さんがいっぱい浮いちゃったんだよ!!」
「なに!それはえらいことだ!」
っておじさんはすぐに海についてきてくれたんだ。するとビクトリアペンギン先生が海に入って浮いているお魚さんをトントンつっついていたんだ。
「先生!何をやってるんですか?」
っておじさんがきくと、ビクトリア先生は海からあがってきて、
「どうしたんでしょうね。こんなにいっぱいお魚さんが気絶しているなんて!」
っていったんだ。
「気絶してる?おいらはてっきりみんな死んじゃったのかと思った!ああ、よかった!でもごめんよお魚さん!おどろかすつもりはなかったんだ」
「アデリー君いったい何をしたんだい?」
ってヒゲペンギンのおじさんがきくから、ことのいきさつを全部はなしたんだ。
「そりゃあ、エレバス山の噴火で作った電気を海に流せばお魚さんはみんな気絶しちゃうよ!でも地球があつくなるのをなんとかしないとなあ…」
て、おじさんは考えこんじゃった。
「私の教え子にジェンツーペンギン君っていう子がいるんだけれど、その子は水槽で空気の中の炭酸ガスを食べて育つプランクトンを飼っているの…それをいっぱい海でふやせば…」
ってビクトリア先生がいったんだ。
「プラクトンって?」
「プランクトンていうのは目に見えないくらい小さな生き物でね、いろいろな種類がいるんだけれど、海の中にはいっぱいいてね…その中には炭酸ガスを食べて育つものがいるのよ!」
おいらはビクトリア先生にジェンツー君がプランクトンを飼っている場所を教えてもらって、そこへいったんだ。大きな水槽がたくさん並んでた。
「ギャーッ!!」
っていうさけび声がおいらのすぐ後ろでしたから、おいらもつられて思わず、
「ワーッ!!!」
ってさけんじゃった。ふりむくとジェンツーペンギン君が立ってた。
「へ、へ、へ…びっくりした?」
ってジェンツー君はにやけてた。
「ジェンツー君?おいらのことおどろかしたの?」
「そうだよ。今のキミの姿をビデオに撮っておけばよかったよ…ダビングして一本三千円で売れば一もうけできたろうに…あ〜あ残念、残念!」
「うっ…」
「ところでキミはここでなにをしてるんだい?」
「おいらはジェンツー君!キミのことを探していたんだよ!」
「ボクに何かよう?」
おいらは空気の中の炭酸ガスを海に持っていくために、フンボルトさんの機械を動かしたことや、海に電気を流したこと、それからビクトリア先生の紹介でここにやってきたことをジェンツー君にしゃべった。するとジェンツー君は、
「そりゃあ、海にそんな電気を流したらそこにいた魚はギョッとしたろうねェ。魚だけにギョッ、なあんてね…アッハッハッハハハハハ…」
って笑い出したんだ。ジェンツー君!今のしゃれのつもり?それともジェンツー君っていったい???
「さっきいったように、空気の中の炭酸ガスをへらそうとしたんだけど、どれもうまくいかなかったんだ。そこでジェンツー君が飼っている炭酸ガスを食べて育つプランクトンを海でふやしたいと思うんだ」
「それはダメだ!前に二度も海で飼おうとしたんだけれども、二度ともザトウクジラに食べられちゃったんだ!」
「ザトウクジラっていつもくだらない歌ばかり歌ってる…」
「そう、ザトウクジラのヤツはプランクトンのにおいに引き寄せられるのか、どうか知らないけれど…。プランクトンはただ海の中を漂ってるだけだからね!プランクトンだけにプラン、プランと、な〜んてね!えへへへへへへ…」
おいらはジェンツー君のダジャレに背筋が寒くなっちゃった!
「ボクのプランクトンはホントにひとくちでペロリだったよ。だからザトウクジラのヤツを何とかしないと!!」
「でもここにはこんなにいっぱい水槽があるじゃない!この中にたくさんのプランクトンがいるんでしょ?」
「ああ、そうだけど大切なプランクトンをみすみすザトウクジラのエサにしてしまうのはイヤだよ!」
「それじゃあ、おいらがザトウクジラがあらわれるかどうかいつも見はってプランクトンを守るからさあ!」
「う〜む。それじゃ、半分だけ…」
ということで、空気の中の炭酸ガスを食べて育つジェンツー君のプランクトンを海で飼ってふやすことになったんだ。おいらはヒゲペンギンのおじさんと二羽で潜水艇のレッドサブマリン号に乗って見はったんだ。
プランクトンを海で飼いはじめて三日目のこと。
「ラ〜リラ〜ラ〜ラ〜リラ〜ラ〜ラ〜今日もおなかがすいたぞ!うまいエサはどこにある〜♪」
って、ぶきみな歌声がきこえてきた。レッドサブマリン号の潜望鏡をのぞくと一頭の大きなザトウクジラが一直線にこっちにくるのが見えた。
「ザトウクジラのお出ましだ!」
おじさんはレッドサブマリン号をザトウクジラがやってくる方にむけたんだ。
「な〜んだ?あの赤いのは♪おや、中にペンギンがいるぞう!じゃまだ、じゃまだ、小さなペンギン君たち、ら〜ら♪」
「ザトウ君!どこへ行くつもりなの?」
っておいらは呼びかけてみた。
「そんなの決まってるじゃないか♪この先においしそうなごはんのにおいがするんだよ。この香りのプランクトンは前に食べたことがあって、それが甘〜くて♪おいしくて、おいしくて…トレロ・レロレ・トレロレ♪」
「悪いけど、そのプランクトンはおいらが飼ってるんだ!だから食べちゃダメ!」
「そんなケチくさいこといわないでくれよ。少しずつ食べるかさ!ホイ・ホイ・ホイ♪」
「少しずつでも絶対にダメだよ!キミはバカでかいし、ジェンツー君のプランクトンには空気の中の炭酸ガスをいっぱい食べてもらうんだから…」
「バカでかいだと!オレがその気になれば赤い乗り物ごと吹っ飛ばすことだってできるんだぞ♪ドンドコドン!」
「そりゃあたいへんだ!あのでっかいザトウクジラに体当たりされたら、ひとたまりもないぞ!!」
っておじさんがいったんだ。
「おじさん!おいらプランクトンを守るってジェンツー君と約束してるんだよ!」
「ラ〜ラ♪そこをどいておく〜れ〜い♪」
そのとき、どう猛な十頭足らずのシャチの一族がレッドサブマリン号とザトウクジラを取り囲んだんだ!
「親分!うまそうなザトウクジラをいよいよ追いつめましたよ」
「おう!それにしてもクジラの前にいる赤いヤツはなんなのだ?」
っていうシャチたちのやりとりがきこえてきたんだ。
「たっ助けてくれ!!おまえたちとはなしている間にシャチたちに取り囲まれちゃったじゃないか!」
ってザトウ君がいってきた。
「ザトウ君!キミはそんなに大きいのにシャチがこわいの?」
「そうなんだ!ヤツらは群でおそうから…」
「おじさん!ザトウ君を助けてあげて!!」
「そんなムチャな!シャチはペンギンだっておそうんだぞ!!」
「子分たち、オレ様についてこい!まずは赤いのから料理するぞ!!」
シャチの親分は大口をひらいてレッドサブマリン号に突進してきた。
「もう、こうなりゃやぶれかぶれだ!!」
っておじさんはシャチの口目がけてレッドサブマリン号を進めたんだ。ガツン!ガリガリガリってものすごい音をたててシャチの親分は潜水艇にかみついた!レッドサブマリン号はかたい金属でできてたから、シャチの歯形がついたけれどそれだけですんだ。一方、シャチの親分は、
「歯が欠けた!」
「親分、どうなすったんですか?」
「あごもはっ外れた!!ちくしょう!今日のところはこのくらいにしといてやる!子分たち!引き上げるぞ!」
ってシャチの一族はいなくなった。
「小さな小さなペンギン君♪オレのこと守ってくれたの?どうもありがとう。キミたちが飼ってるプランクトンを食べるのは止めとくよ!オレはどこかあったかいところへでもいってくるよ〜♪それからオレの仲間にはここはあぶないから近づくな!っていっとくよ♪それじゃ〜あ!」
ザトウ君も去っていったんだ。
あれからザトウクジラもシャチも姿をあらわさなかった。ジェンツー君のプランクトンは順調にふえたよ。プランクトンは空気の中の炭酸ガスをいっぱい食べてくれたから、地球が冷えてきたんだ。南極の氷もとけなくなった。それからあいかわらずジェンツー君は、
「空気の中に炭酸ガスがたくさんあったから、あったかくなってたのか?な〜んてね!クックックックックック…」
なんていうようなつまんないダジャレを連発して一羽で勝手におもしろがってた。寒いダジャレは、きっと地球が冷えるのに一役買ってたかもしれないな!
おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。おいらたちは空気の中の炭酸ガスをこうしてへらしたんだ。だから炭酸ガスをまき散らさないでね!