『おはなしを聞いたペンギン』

 

 おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。

 

 ある日、おいらはガラパゴス博士のところへいったんだ。博士は例のごとく、妙な大きな機械と格闘していた。

「博士、こんにちは。今度の機械はどんな発明品なの?」

っておいらははなしかけた。

「やあ、アデリー君じゃないか。こいつにはいろんな情報がいっぱいつめこんであるんだ。字引や百科事典、世界地図や世界中の海図はもちろんのこと、世界情勢や各地の天気、世界オキアミ事情とありとあらゆる情報だよ。しかもそれをすぐに簡単に取り出すことができるんだよ。この”腕輪”にはなしかけるだけでいいんだ。この”腕輪”を持っていれば世界中どこにいてもこの機械にアクセスできるんだ。調べ物をするときはとっても便利だと思うよ。それからこの機械を通して、”腕輪”を持っているものどうし情報の交換ができる。つまり、人間たちが使っている、ケータイとインターネットを組み合わせて、それをもっと発展させて使いやすくしたものと思えばいいんだよ。たとえば、今からスネアーズじいさんの占いを聞いてみたいと思えば、すぐにスネアーズじいさんとはなすことができる。おそらく、今スネアーズじいさんは絶海の孤島のスネアーズ島にいるはずなのだが…やあ!スネアーズじいさん、ガラパゴスペンギンだが今日の私の運勢はどうなっているのかな?」

って博士は”腕輪”で遠くにいるスネアーズじいさんとはなしはじめた。

「博士、今日の運勢はおおむね小吉といったところだよ。それよりもとっておきのはなしがあるんだが…」

「小吉か…とっておきのはなしってなんだい?スネアーズじいさん」

「キミは“賢者の贈り物”っていうはなしを知っているかな?ある若夫婦が互いにクリスマスにプレゼントしようと考えた。夫は妻の長い髪に似合う櫛を買った。自分の一番大切にしていた金時計を売ったお金でね。一方、妻は夫のために自分の長い髪を売って夫の金時計にあうプラチナ製の鎖をプレゼントしようとした。髪を短くしてしまった櫛と金時計を手放してしまった鎖。クリスマスの日、もはや不要となってしまったプレゼントを持ち寄った若夫婦ではあったけれど、お互いがお互いの事情を知りますます愛情が深まった、とまあこんなはなしだ。しかし、現実的にはこんなにうまくはいかないと思う。例えば、普段から妻の立場が夫のそれより強かった場合。つまりしっかりものの奥さんにダメ亭主というか気弱な亭主の場合だよ。クリスマスの日にプレゼントを持ち寄るまでは同じとしよう。だが、気弱な夫は妻が髪を短くしてしまったのをひと目見てもう必要でなくなってしまった櫛を買ったことをえんりょしていい出せなくなってしまう。夫としてはそれで妻にたいして気を遣ったつもりでもいる。すると妻が、

『私はあなたのために髪を売って、あなたが一番大切にしている金時計にあう鎖を買ったのよ!プラチナでできてるの。金時計を早く持ってきてくださいな』

『…。』

『どうしたのよ。あなたが一番大切にしていたものじゃないの?』

『金時計は売ってしまった』

『売ったって!おじいさんの代から受け継がれたものなのに!…またどうして!でも売ったお金はあるんでしょ。それじゃあ、早く買い戻してきなさいよ』

『お金もない』

『お金もないって!ないってどういうことよ!つかっちゃったっていうこと!?いったい何につかったのよ?…わかった!おおかた、パチンコか何かにつかっちゃったんでしょう。あなたっていう人はどうしていつもそうなの?』

『いつもとはどういうことだ!いつもそんなことばかりしているっていいたいのか?』

『そうよ!兄さんが大けがした時だって!』

『そんな大昔の話を持ち出したって仕方がないじゃないか!』

『あなたってそうやって逃げるのがお得意なんだから…』

『逃げるって…ぜんぜん逃げてなんかいないじゃないか!』

『とにかく、あなたとはもうこれ以上やってはいけないわ!私たち、破局よ!離婚よ!離婚してちょうだい!!』

『おう、こっちだって望むところだ!』

と、まあちょっとした行き違いからたいへんな結末になることも…ここで注意してほしいのは、ダメ亭主はこの場合うそをついてる分けでも、悪いことをした分けでもなんでもない。ただ、あえていうなら言葉足らずなだけだ。かといって、妻が悪いか?といえばそんなことはなくて妻の方も気のまわしすぎのだけだろう…うん、多分、きっと…」

「スネアーズじいさん、いったい何がいいたいんだね?」

「あ〜、男女間の問題というのはちょっとしたボタンのかけ違いでまったく異なった結果のなることも…」

「そりゃあ、あんまりほしくはなかった情報かもしれないなあ!ともかく、スネアーズじいさん、ありがとう…それじゃあ。とまあ、こんな具合だよ、アデリー君。この”腕輪”をひとつキミにあげるよ。困ったことや分からないことがあったら、まずこれにきいてみるといい。こうしてフリッパーにはめておけば、好きなときに使えるよ」

って博士はおいらのフリッパーにいろんな情報が引き出せるっていう”腕輪”をはめてくれたんだ。

「おいら、前から疑問に思っていたことがいくつかあるんだけれど…さっそくきいてみるよ!ヒゲペンギンのおじさんが酒好きなのは?」

って、”腕輪”にきいてみた。

「ありゃあ、考えるまでもなく本能だよ」

「本能!!本能って、生まれつきってこと?それじゃあ、フンボルトさんってどうしてあんなにずうずうしいの?」

「ずうずうしいっていうより、あれはちょっと一途なだけ」

「一途か…?ものは考えようだね!それから、女心がわかるようになるにはどうしたらいいの?」

「それは男性の永遠の課題」

「ホントにズバズバ答えてくれるんだね!」

 

 あくる日。

おいらは一羽で海の中を泳いでいたんだ。すると向こうから得体の知れない巨大なものが近づいてきた。なんとそれは大きな大きなサメだった。おいらはその場から大急ぎで逃げ出した。巨大なサメは追いかけてきた。サメに食べられちゃう!と思ったおいらは全速力で泳いだ。けど、サメのほうが圧倒的に速い!このままだと追いつかれちゃう!!そうだ!昨日、ガラパゴス博士がくれた“腕輪”でサメから逃げる方法を教えてもらおう!そう考えたおいらはフリッパーにはめた“腕輪”に、

「アデリーペンギンだけど、今、巨大なサメに追われているんだ!誰か、サメから逃げる方法を大至急教えて!」

って叫んだ。“腕輪”から、

「〇ヾ∞#、□▼※〜@◎◇…」

っていう、意味不明の返答があった。

「なんていっているのか?ぜんぜんわからないよ!」

「ガラパゴスペンギンだが、さしものアデリー君でも今の暗号を解読するのはムリか…」

「暗号だなんて!今、サメに追われてるんだよ!!食べられちゃうかもしれないんだよ!!」

「そっ、そりゃあ、悪かった。サメの特徴を教えてくれないかい?」

「とくちょうって…とにかく、ものすごく大きなサメでクジラかと思うほどだよ。でもあの体の形は絶対サメだよ!頭は平べったくて、体中に白い点々の模様があるんだ」

「あ〜あ!そのサメなら私も三年前くらいに出会ったことがある…きっとジンベイザメだろう。この地球上で一番大きな魚だよ。そもそもサメは卵胎生なんだが、ジンベイザメに関してはまだよくわかっていないらしい…」

「ランタイセイ…?そんなことはどうでもいいんだよ!それより逃げる方法を!今、サメに追われているんだよ!!食べられちゃうかもしれないんだよ!!うわ〜、とうとう追いつかれちゃった!!ああわわ・わ・わ!!!」

「な〜に、ジンベイザメなら大丈夫!彼らはおとなしいサメでわれわれとおんなじようにプランクトンや小魚を食べているんだ。ペンギンをおそったり食べたりはしないから、安心しなさい!」

「えっ!おとなしいの?博士、それを最初にいってほしかった!」

「そういうことでペンギン君、ワシはキミを食べたりなんかしないよ」

ってジンベイザメのおじいさんが平べったい頭でつっついてきたんだ。

「ところでジンベイザメのおじいさん、ここでいったい何をしているの?」

っておいらはきいた。

「ワシかい?ワシはひとり旅のとちゅうなんだよ」

「ひとり旅?」

「ああ、ずっと世界中の海をめぐっているところなんだよ」

「ずっと、ひとりぼっちで?」

「時には、われわれジンベイザメの仲間と落ち合うこともあるけれど、たいがいはワシ、一匹だよ」

「さみしくないの?みんなといっしょじゃなくて…」

「そりゃあ、まあ、さみしいこともあるけれど、仲間といても楽しいことばかりじゃないからね。けんかをすることもあるし、わずらわしいときも…それに群れると、ろくなことにならないことが多いんだよ。そうだ!ペンギン君、キミにイースター島の話をしてあげようか?人間たちの話だけど…モアイ像で有名なイースター島だよ」

っていってジンベイザメのおじいさんはしゃべりはじめたんだ。

「イースター島っていうのは太平洋に浮かぶ絶海の孤島で、そこへ、はじめに耳短族っていう人間たちがやってきた。それから遅れて耳長族っていう人間たちがイースター島にやってきたんだ。やがて後からやってきた耳長族が耳短族を支配するようになった。耳長族の王や首長が亡くなると彼らを埋葬するためにモアイっていう巨大な石像を造って海岸に立てるようになった。そのモアイを山から切り出して海岸へ運ぶのに木を使ったんだ。だからたくさんの木を切り倒した。やがて島には木がほとんどなくなってしまった。雨が降ると島の肥沃な土地がどんどん海に流されていった。木が生えていたころは土が流されるのを木がくい止めていたんだけれど…。それで作物がとれなくなった。木がなくなったから、海へ出て魚をとる船も作れなくなったし、イースター島は絶海の孤島だから、島を出てゆくことすらできなくなってしまった。けれど、その間にも島の人口はどんどん増えていった。いよいよ、食糧が足らなくなってきたから、耳長族・耳短族が伴に戦争をはじめたり、人間同士共食いをはじめたりした。そうしてあるとき、突然、耳長族も耳短族もイースター島の住人たちは死に絶えてしまったんだ。彼らは、一時期、モアイ像を作ったり、石に文字を刻んだりとかなり高い文化・文明を築き上げたけれど、木を切り、人口が増えすぎたために結局ほろんでしまった。人間たちはイースター島っていう弧島に集団で徒党を組んでいたから、そういうことになったんだ。ひとりでいればそうはならない。人間たちがよくいっている文化だの文明だのがいったいどれだけのものか?知らないけれど、今までにいったいいくつの文明がほろびていったことか…。人間たちは世界各地おんなじ様なことを何度も何度も繰り返してきたんだよ。ほろびていない文明は今あるものだけなんだ。今ある文明だっていつどうなるのか?全然わからないし…結局のところ、みんなで群れて文化・文明を築くよりも、ひとりで細々とのんびりしているほうがいいのかもしれないなあ。ひょっとしたら人間たちは今、昔イースター島でやったことを地球全体でしているのかもしれないなあ!ペンギン君、キミたちも気をつけるんだよ」

っていうおはなしをしてくれたんだ。

 

 おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。ジンベイザメのおじいさん、ひとりでいるほうがいいだなんて…きっとおじいさんはみんなといることに少し疲れちゃっただけだよね。