『花を咲かせたペンギン』
おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。
ある日、おいらはヒゲペンギンのおじさんの酒蔵へおじさんをたずねにいったんだ。けど、おじさんはあいにく留守で酒蔵はがらんとしていた。そこでおいらはおじさんを探しに酒蔵の裏山にいった。しばらく裏山をうろついているとどこからともなくカ〜ン、カ〜ンっていう音がきこえてきた。音がなってるほうへいってみると、ヒゲペンギンのおじさんが木に登ってなたをふるって枝を落としていたんだ。
「おじさん!なにしてるの?枝打ちをしているの?」
「やあ!アデリー君じゃないか。フム、そうだよ。桜の枯れ枝を切っているところなんだ」
「えっ!桜を切っちゃってるの?おじさんはとうとうバカになっちゃったの?昔からいうじゃない…“桜切るバカ、梅切らぬバカ”ってさ!」
「それは昔からの迷信だよ。桜だって枯れ枝や病気にかかった枝をきちんと切っておかないと、木全体が枯れて死んでしまうんだ」
「それにしても、こんな寒い時期に枝打ちをするの?花が咲くのはまだ先でしょ?」
「アデリー君!桜は花が咲いているときだけ生きているわけじゃないんだよ。毎年花をつけるっていうことは、当然のことながら一年中生きてるんだ。とかく桜は一年のうちで花が咲いてる一週間だけ注目されるが、夏にはいっぱい葉っぱを茂らせ、その葉っぱは元気な桜だと秋に紅葉する。それは黄色や紅に、春の花にも負けないほどきれいなんだよ。冬になると紅葉した葉っぱも散って静かに眠っているように見えるかもしれないが、ちゃんと春に花を満開に咲かせるための準備をしているんだ。花が散ったあとに肥料をあげたり、今の時期に枯れ枝のせん定をしたりしておかないと葉っぱは紅葉する前に落ちちゃうし、春に咲くひと芽ごとの花の数が前の年よりも少なくなってしまうんだよ」
「ひと芽ごとの花の数って?」
「桜っていうのはひとつの花芽が3・4個花を咲かせるんだ。大切に育てると、その数が5個にも6個にも増えるんだよ」
「へ〜え、桜ってかわいがるとそれにこたえてくれるんだね!」
「そのかわり、粗末にすると花の数が減ってしまうし、すぐに弱ってしまう。とくにこのソメイヨシノっていう桜は桜の中でも弱い品種だから、きちんと手をかけてあげないと寿命が縮んでしまうんだ」
「へぇー、そうなんだ」
「そう、このソメイヨシノってヤツはすべて接ぎ木で増やしたものだからヤマザクラやシダレザクラの野性の桜と比べると弱いんだ。それからソメイヨシノはここの木だけじゃなくて世界中のソメイヨシノがまったくおんなじ遺伝子を持つクローンなんだよ!」
「クローン?クローンだなんてなんだか気持ちが悪いような気もするけれど…」
「いや!植物では昔から接ぎ木や挿し木をしてクローンを作ってきたんだ。アジサイなんかは株分けして増やす場合がある。なにもソメイヨシノに限ったことじゃないんだよ。それにソメイヨシノがクローン同士だからこそ、同じ場所・気候に生えているソメイヨシノは一斉にぱっと咲いてぱっと散るんだよ。そこがまたソメイヨシノのいいところなのだが…」
「ふ〜ん、もしもおいらたちペンギンにもクローンがいたら気味が悪いだろうな」
「そうだな!フンボルトさんがたくさんいたら世の中ひっくり返るかもしれないな!」
「ホントだね!もしも7羽くらいフンボルトさんがいたら、たいへんなことになるよ!マカロニ君なんかノイローゼになっちゃうかもね」
「フッフフフフフフ…そうかもね!」
このとき遠くにいておいらたちの話なんかぜんぜん知らないはずのフンボルトさんはくしゃみが止まらなかったそうだよ。おいらとおじさんって罪なペンギンだね!えへへへへ…。
おじさんは再びソメイヨシノの枝を切り落としはじめたんだ。そして、切り口には桜が病気にかからないようにコールタールをぬっていた。おいらはおじさんが切り落とした枝をひろい集めたり、木に登っているおじさんに道具をわたしたりして手伝った。そうしてひと仕事終えて酒蔵に戻ったんだ。
「おじさんはなんだって桜の世話をするようになったの?」
「それはやっぱり、5個の花をつける花芽をできるだけ増やしたいし、毎年、満開の桜を見たいからね!」
「えーっ、でも、おじさんは毎年、桜が咲いているときはいっつも酔っぱらっていて、桜の花なんか目に入らないんじゃないの?」
「そんなことはないさ!それにビクトリア先生に喜んでもらいたいから…先生にはいつも微笑んでいてほしいからね!」
「ひょっとしておじさんってビクトリア先生のことが好きなの?」
「好きは好きだよ。でもまあ、好きっていうよりはあこがれに近いかな?私も昔はビクトリア先生の生徒だったんだよ…あれは遠足のときだったな。その遠足にお菓子300円分を間違えてお酒300円分を買っていってしまったことがあるんだよ」
「へ〜、おじさんって小さいときからおっちょこちょいだったんだね!」
「あのなあ、ちょっとアデリー君、さっきから失礼なヤツだなあ!とうとうバカになっちゃっただの、酔っぱらっていて桜が目に入らないだの、小さいときからおっちょこちょいだのって…あのころから“おやつ”といえばお酒だったから、必ずしも間違っちゃいないんだけど…」
「おじさんはそんなころからお酒を飲んでいたの?」
「まあ、細かいことは気にするなって!…それで遠足のいきがけにナイショでチビチビやっていたんだ。旅先で飲むお酒っていうのはまわるのがはやいのか?酔いつぶれて動けなくなってしまったんだよ。そんなことが学校にバレて公になってみろ…私は退学だ!だからビクトリア先生はずっと私を負ぶってうちまで送ってくれたんだよ!そのとき、先生の背中でかいだほのかに甘い香水の香りが今でも忘れられなくて…とにかく、私が今ここにこうしていられるのも先生のおかげなんだ。ビクトリア先生には頭が上がらないんだよ。先生はお花とか木とか、植物が好きだろ?それに昔、先生が植物の中でも桜が一番好きだっていっていたことがあるんだ。だから私は桜を満開にして、ビクトリア先生に喜んでほしいんだよ!先生の微笑みはなにものにもかえがたいんだ。先生の笑顔が見たいんだよ!」
春がやってきた。今年も酒蔵の裏山の桜は花がいっぱい咲き零れた!そこでペンギンみんなでお花見をしたんだよ。ビクトリア先生もやってきた。先生は満開の桜の花を眺めながら、
「今年のここの桜はほとんどがひとつの花芽に5個もお花をつけてるわ。なかには6個も!やっぱりここの桜はほかのところとくらべると、見栄えがぜんぜんちがうわね!今年もりっぱに咲かせたわね、ヒゲペンギン君!」
って微笑んでた。けど、おじさんは毎年恒例のいつもの場所でお酒によって
おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。桜の木は一年を通してかわいがってあげてね!