『神の子と対決したペンギン』

 

 おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。

 このおはなしはコガタペンギン君からきいたことなんだけど…ある日フンボルトさんがコガタペンギン君のところにやってきたんだってさ!

「おや、フンボルトさん!めずらしいですね。私めになにか用ですか?」

「コガタペンギン君、ちょっとあなたに手伝ってほしいことがあるの。それはね…ペルーの海岸に新しいいかだを作ったんだけど、それを沖まで運んでほしいの」

「新しいいかだっていうのはいったい何に使うんですか?それを運ぶのは私めじゃないとダメなんですか?ペルーっていったら遠いし…」

「エルニーニョが起こりかけてるのよ。エルニーニョっていうのはね、ペルー沖の太平洋の海水温度が3・4度上がっちゃうことなの。そうするとペルーからインドネシアにむけて吹く東風が弱まってウォーカー循環が小さくなるから、いつものところにできるインドネシア東沖の低気圧がさらに東へよっちゃうの。そうなるとインド洋の高気圧がここら辺りにも張りだしてくるから、つまりはここフィリップス島に雨がふらなくなっちゃうかもしれないのよ!」

「ウォーカーなんたらのおかげで高気圧と低気圧がぶつかって?…フンボルトさんのいうことはまるで暗号みたいでさっぱりわかりませんよ!もっとやさしく手短にいってくださいよ!」

「高気圧と低気圧がぶつかるなんてだれもひとこともいってないでしょ!あ〜あ、あなたに一所けんめい説明しようとしたあたしがバカだったわ!まったくもう…」

「まったくもう…は私めがいいたいですよ!」

「じゃあ、いい!手短にいうわよ。エルニーニョが起こるとここには一滴も雨がふらなくなっちゃうかもしれないの!そうしたらコガタペンギン君!あなたもこまるでしょうけど、ここに住んでるほかの動物たち、コアラやカンガルーもこまるのよ!エルニーニョっていうのは東太平洋の温度が上がることだから、あたしのいかだでそれを下げようと思うの。あなたはここに雨がふらなくなることがあらかじめわかってるのに、それをくい止めようとは思わないの?もしも手伝わないっていうのなら、あたしは雨がふらなくなっちゃったのはコガタペンギン君のせいだってみんなにいいふらすんだから…カンガルーがあなたをうらんでおそってくるかもしれないわよ!そんなにあなたはカンガルーとボクシングがしたいの?」

「そんなムチャな!」

「それに日でりがつづいちゃうところはここだけじゃなくて、ほかにもたくさんでてくるの。そこでは山火事が起こりやすくなるから、そこの森に住むオランウータンは焼け出されてあなたのことをうらむようになるわよ。反対に大雨が降って洪水が起こる場所もでてきたりして、エルニーニョのために世界中の天気がおかしくなるのよ!あなたは世界中の生き物たちからうらまれることになるんだから…そうしたらコガタペンギン君!あなたはいつかドブ川で遺体となって発見された!な〜んてことにもならないともかぎらないんだからね!」

「わっ、私めをおどかしてどうするんですか?手伝わない、なんてひとこともいってないじゃないですか。なにかたいへんなことが起こりそうだ、ってことはわかりましたからお手伝いしますよ」

っていうことでコガタペンギン君はフンボルトさんといっしょにペルーの海岸へいったんだって。そこにはものすごい大きないかだがあって、岸にはバカでかい扇風機が五台も並んでおいてあったんだってさ。

「このいかだを沖へ運んでほしいの」

「こんなにでかいいかだ、私めは生まれはじめて見ましたよ」

「このいかだのおもてには太陽電池パネルがはってあって、ウラ側、海に面する方にはペルチェ素子がはりつけてあるの。太陽電池で起こした電気をペルチェ素子に流すと、それは冷たくなってくるの。それで海の温度を下げようってわけ」

「あれ?どうして海の温度を下げなくちゃならないんでしたっけ?」

「エルニーニョはここら辺の海水温度が上がっちゃうことなの。そうするとあなたは世界中の動物たちにうらみをかうことに…」

「あ〜あ!わかりましたよ!わかりました。でも、このいかだはたしかに大きいけれど、太平洋はこれとはくらべものにならないほど広いから海の温度を下げるっていっても…」

「まあ、それはそうなんだけれど…痛いところをついてくるわね!だけどエルニーニョが起こりかけてるのになにもしないわけにはいかないでしょ!千里の道も一歩から…もしも断ろうっていうのなら、世界中の動物たちが…」

「はい!はい!わかってますよ!私めはまだまだ長生きしたいですからフンボルトさんのいうことは何でもききますよ」

「それじゃ、まずはいかだに帆をはって…それであっちの岸にある扇風機であたしが風を送るから、コガタペンギン君、あなたは風に乗って沖へでてくれる?あたしが無線で指示する場所にたどりついたら、帆をたたんでいかりをおろして、いかだが潮に流されないように見ていてほしいの。陽がでていれば勝手に太陽電池が電気を作ってペルチェ素子に電気を流すから、いかだは海を冷やしてくれるはずよ。今日は雲ひとつない絶好のひよりだわ!はい、これ無線機。これで指示を出すからね!」

 コガタペンギン君はフンボルトさんに無線機をわたされ、いかだに帆をはったんだって。フンボルトさんは5台あるバカでかい扇風機のうちの1台にスイッチを入れてまわしはじめた。ゆるやかな風が吹いて、帆をはったいかだはゆっくり動き出したんだ。まもなくフンボルトさんは無線で『帆をたたんでいかりをおろして!』ってコガタペンギン君にいいつけた。いかだは太陽の光を受けてウラ側のペルチェ素子に電気を流して海を冷やしたんだって。でもそのかわりいかだの表側、コガタペンギン君が乗っている方はものすごくあつくなってきたんだ。ただでさえも赤道直下で陽がじかにてりつけてる中、ペルチェ素子は海を冷やす一方でいかだの表側をあたためたんだってさ!コガタペンギン君はたえられなくて無線でいった。

「フンボルトさん、なんだかここはものすごくあつくて、焼け死にそうなんですが…」

「少しはがまんしなさいよ!ベンガルトラと戦いたいの?」

 しばらくしてフンボルトさんが、

「予定通り、そこら辺は冷えてきたわね。場所をかえましょう!コガタペンギン君、帆をはっていかりを上げて!」

って指示した。フンボルトさんはバカでかい扇風機をまわして、東風を起こして、いかだを動かしたんだって。そんなことを何回もくり返したんだ。ところがコガタペンギン君が、

「フンボルトさん!私めはもうあつくてあつくてたまりませんよ!カンガルーとボクシングをする前にこのいかだの上で焼き鳥になっちゃいますよ!」

ってうったえた。

「もうちょっとがんばりなさいよ…でも太平洋ってやっぱり広いわ!いかだで冷やすだけじゃあ、らちがあかないわよね。要するにウォーカー循環を大きくすればいいんだから、強い東風を吹かせてでもエルニーニョをおさえることができるのよねェ。コガタペンギン君、きいて!今から強い東風を起こそうと思うの。今は帆をたたんであるわよね?それじゃしばらくそこにとどまって、いかだが動かないようにおさえておいて!いい、わかった?」

「いかだをおさえるってどうすれば?」

「そんなことあなた自分で考えなさいよ!今から強い風を起こすからね!」

ってフンボルトさんはペルーの岸にすえつけたバカでかい扇風機を5台ともパワー全開でまわしたんだ。すごい嵐みたいな強い風が赤道の上を東から西へ吹きだした。すると扇風機のスイッチが大電流のせいで焼けて調節がきかなくなっちゃったんだって。5台もあるバカでかい扇風機がパワー全開のままとまらなくなっちゃったんだってさ!フンボルトさんはあわてて扇風機をとめようとしたんだけれど、うまくいかなかった。

 フンボルトさんが突風を起こしているとき、ちょうどロイヤルペンギンさんが最新鋭の飛行船Z−17号で赤道にむかって北上中だった。ロイヤルペンギンさんは、

「私は出来たばかりのZ−17号で初めて赤道をわたるところだったんだよ。そう、赤道を初めて横断するときのお祭りをしようかと思っていたときだった。とつぜん強い東風が吹いてきたんだよ。空は晴れているのにおかしな風だと思っているうちにどんどん東風が強くなってきてZ−17号はそれに流されだした。そしていよいよ風が強くなってガラパゴス博士が住んでるイザベラ島の上空にさしかかったときに偶然、岩かげにかくれてる博士を見かけたんだ。博士に助けを求めたんだけれど、博士は岩にへばりついてるだけだったよ。きっと博士もあの強い風の中じゃあ、どうすることもできなかったんだろうなあ。それに私が助けを求めたといっても、ほんの一瞬のことだったしね!そうしてZ−17号は流されつづけて、気が付いたらインドネシアに不時着していたよ。あんなにおそろしいことはもうお断りだね!」

って後日、語ったんだ。同じころイザベラ島にいたガラパゴス博士は、

「あれは私がゾウガメ君とイグアナ君とで午後のお茶を楽しんでるときだった。なんの前ぶれもなくいきなり東から突風が吹いてきたんだ。ゾウガメ君とイグアナ君は風に吹き飛ばされていった。私は運良く近くの岩かげにかくれることが出来たんだ。岩かげに身をよせていると、ペリカン君やカモメさん、それにオットセイ君までもが風に吹き飛ばされていくのが見えたよ。それから、誰かペンギンに『助けてくれ!』っていわれたような気がしたっけ、あれは空耳だったのかなあ?あとで風に飛ばされたゾウガメ君を見つけて島にもどすのには苦労したんだよ!」

だって。一番たいへんだったのはやっぱりコガタペンギン君だった。

「わっ、私めはフンボルトさんにいわれたとおり、いかだをおさえるために、ものすごい強い東風が吹くなか、それにへばりついていたんですよ!そうしたら今度は津波がおそってきたんです。大きないかだはそれでバラバラになっちゃったんですよ。突風が吹いてるのに陽がてってるからバラバラになった太陽電池がバチバチ、ショートしはじめたんです。私めはアワくって海深くもぐって難をのがれたんですよ!あともう少しで感電して死ぬところでしたよ!」

 フンボルトさんが扇風機の電線を切ったから、ようやく強い東風がおさまったんだって。

 

 ガラパゴス博士がフンボルトさんにどうしてこんなことになったのか?ワケをききにいったんだ。

「博士、あたしはただエルニーニョをおさえたかっただけなの。エルニーニョが起こると世界中の天気がおかしくなるから…博士が住んでいるイザベラ島には大雨が降ってくるんじゃなかったかしら?」

「たしかに大雨が降って困ってはいるけれど、それで強い東風を起こしたってワケか。フンボルトや!ちょっと見せたいものがあるんだが、少しつきあってくれんか?」

って博士はフンボルトさんをカルフォルニアへつれだしたんだ。

「博士、ここから先はデスバレー・死の谷っていうくらいだからなにもないただ石ころがころがってる砂漠よ!こんなところで見せたいものっていったい?」

「まあまあ、あともう少しだから…」

って博士とフンボルトさんはデスバレーに入っていった。

「あら!こんなところにお花畑が広がってるなんて!」

「フンボルトや!見せたかったものはこれだよ。ここはお前もいったように”死の谷”っていうくらいだからなんにもない場所だった。でもエルニーニョのおかげでここに雨がふったから、それまでじっとしていた植物がいっせいに花を付けたんだよ。たしかに、エルニーニョは世界中に災害をもたらす。けれどその反面、いつもよりハリケーンが発生する数が少なかったり、デスバレーに命をもたらしてくれたりもするんだ。なんといってもエルニーニョは神の子だからね!それにエルニーニョはいつまでもつづくものでもない。エルニーニョ(男の子)のつぎには必ずラニーニャ(女の子)がやってくるんだよ。

 フンボルトや!地球の上で生きるものとして、自然をねじ伏せようとするんじゃなくて、災害もふくめた自然を受け止めるっていうのもたいへんだから、自然をサッと受け流す、やり過ごすくらいの気持ちをいつも心にもっていたいものだな!」

「わかったわ、博士!」

 

 おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。ガラパゴス博士もたまにはいいこというんだね。