『アザラシとおしゃべりしたペンギン』

 

 おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。

 今、おいらはイワトビ君といっしょに日本にきているんだよ。犬のシロに会いにきたんだ。ここ日本の人間たちのあいだではあごひげアザラシの“たまちゃん”が話題になってるんだって?ってシロから教えてもらった。シロのはなしでは、なんでも東京や神奈川、埼玉を流れる川にアザラシがあらわれたってキミたちはおおさわぎしているんだって?どうしてあごひげアザラシのたまちゃんが日本の大都市を流れる川にきているのか?フシギに思ったから、おいらはひそかにたまちゃんに会いにいったんだ。

 おいらは海にもぐりながら、ひそかに東京湾に入った。そしてたまちゃんがいるっていう川へ…。その川はあんまり居心地がいいとは思えなかったよ。川の水がきれいじゃなかったからね。ずっともぐっていると目が痛くなってきちゃったんだよ.。たまちゃんを探すのもすごく大変だった。見通しが悪いからね!

 それでもとうとうたまちゃんを見つけたんだ!

「やあ!たまちゃん、どうしてアゴヒゲアザラシのキミがこんな人間たちがうじゃうじゃいる都会の真ん中にきたの?」

っておいらは早速きいてみた。たまちゃんは、

「ペンギン君、キミだってどうしてこんなところにいるんだい?それからぼくはたまちゃんじゃないんだ!“ゲルギオス”っていうきちんとしたりっぱな名前があるんだよ!」

ってこたえたんだ。

「へ〜!ゲルギオス?ホントはそういう名前なんだ!おいらはアデリーペンギン、よろしくね!じゃあ、なんだってここの人間たちはキミのことを“たまちゃん”って呼ぶの?」

「多摩川にいるところを最初にここの人間たちに見つけられたから“たまちゃん”って呼ばれてるけど…でも多摩川でまだよかったのかもしれない…これがアマゾン川だったらって考えただけでもゾッとするよ。だってボクは自分でいうのもなんだけれど、泳ぎの達人なのにいつまでたっても、“アマちゃん”って呼ばれることになるんだからさ」

「さっきもきいたけれど、どうしてキミはこんなにきたない川にいるの?たまちゃんじゃなくてゲルギオス?もともとキミはここからずっと北のオホーツク海に住んでいたんじゃないの?」

「実はボクはここの大都会に住んでいる人間たちに注意したくて北からやってきたんだ。人間たちはしょうこりもなくおんなじことを何度もくりかえすから…」

「おんなじことを?」

「あ〜あ、世界各地でおんなじことをさ!数年前にカスピ海に住んでるボクたちアザラシの仲間は人間たちが作り出したダイオキシンやPCBにやられてたくさん死んじゃったんだ!」

「ダイオキシンってもう毒の?…PCBっていうのは?」

「ダイオキシンと似たような毒だよ」

「それならガラパゴス博士が持ってる機械でダイオキシンをリグニンに戻せば解決するよ!」

「それはムリだと思う。だって海水のダイオキシンはものすごくうすいからね!集めるのがとっても大変だよ」

「そんなにうすいのなら、もう毒っていっても気にしなくてもいいんじゃない?海の中にいるお魚さんたちはみんな平気そうにしているよ」

「ところがそうでもないんだよ。ペンギン君、キミもいっしょだと思うけどボクらは毎日、オキアミやお魚を食べてるよね…そのオキアミやお魚にわずかだけどダイオキシンやPCBが入っているんだ。オキアミやお魚は海の中に住んでるからね。ボクらがオキアミやお魚を食べるっていうことは同時にダイオキシンやPCBをも食べてるってことなんだ。しかもそれらがボクらの体の中にたまっていくんだよ!毎日、毎日。体にたまったダイオキシンやPCBが多くなると、それがもとで病気になっちゃうんだよ。それで死んじゃうこともある。さっきボクがいった、カスピ海のアザラシがまさにそうなんだよ!ペンギン君、キミの体の中にもダイオキシンやPCBがたまってるんだよ。だってちょっと前に人間たちは自分たちが作り出したダイオキシンやPCBが北極や南極で見つかったっていってびっくりしてたからねぇ」

「おいらにもダイオキシンやPCBが?!」

「人間がダイオキシンやPCBを作ってばらまいていたところは、北極やとくに南極からはたとえばここみたに遠く離れてるんだ。それに人間たちは北極や南極にはダイオキシンやPCBは見つかるはずがないとずっと考えていたんだよ。でもよく調べてみると、北極や南極の生き物からダイオキシンやPCBが見つかってびっくりしてたんだよ!人間たちにびっくりされてもボクらはこまっちゃうんだけど…だって、人間たちが勝手にダイオキシンやPCBを作り出してるんだからさ!そのことをここにいる人間たちにわかってもらいたいから、ボクはここにきた。とくにここにいる日本人っていう人間たちは、“のどもと過ぎれば熱さ忘れる”なんていう諺があるくらい忘れっぽいからね!」

「ホントだね!人のうわさも七十五日とか、よきもあしきも七十五日っていうのもあるけれど、それもウラを返せば2ヵ月半でなんでもきれいさっぱり忘れちゃうってことだよ!まったく、さみしいやら、呆れるやら…」

「やっぱりボクのことも2が月半で忘れられちゃうのかなあ!」

「そうかもしれないね…そしてここの人間たちは挙句のはてに“歴史は繰り返す”なんて嘆いてるんだよ。忘れちゃえばおんなじことを何度でも繰り返しちゃうのは当たり前のことなのにね!」

「ホントだよ!ここの人間たちは銅の鉱毒からはじまってシアンや有機水銀、カドミウム、ヒ素、ヘドロや油って何度も似たようなことを繰り返してるんだ。それでもあいかわらず、この川を泡ブクだらけにしたり、いろんなゴミをすてたりしてるんだから…結局のところぜんぜんわかっていないんじゃないかと思うよ!天災は忘れころにやってくるなんていうけれど、ここの人間たちにとっては人災も忘れたころにやってくるんじゃないの?ここの人間たち自身がやってきたことなのにねェ」

「それにしても人間っておもしろいよね。数千年前のことを根に持って戦争したかと思えば、昨日やらかした大切なことをすぐ忘れるんだから…」

「でもそのあおりをくうのは人間以外の生き物なんだ」

「つまるところ人間って目先のこととか、その人間のごく近くの周りしか見えていないんじゃないのかなあ?」

 それからしばらくのあいだ、おいらはゲルギオスとお話して別れた。別れ際、ゲルギオスはもう少しここでがんばってみるよ!っていっていたけど、今ゲルギオスがあの川にとどまってるのか?それとも故郷のオホーツク海に帰ったのか?わからないよ…。

 

 おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。あごひげアザラシの“たまちゃん”ことゲルギオスのこと、忘れずにずっと覚えていてね!