『油を作ったペンギン』
おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。
ある時、フンボルトさんがコガタペンギン君を連れてやってきた。
「おや。めずらしい組み合わせだね…いったいどうしたの?」
「アデリー君、ごめんな…」
「コガタペンギン君、あなたはだまっていて!」
ってフンボルトさんがコガタペンギン君をさえぎってしゃべり始めた。
「少しあんたに手伝ってもらいたいことがあるのよ。それはね、菜の花畑をいっぱい作ることなの。そして菜の花から蜂蜜や菜種油を採るの。菜種油は揚げ物なんかの料理に使ってその後、あまった油から石けんや燃料を作るの。油かすは堆肥にして次の年の菜の花畑に使うのよ!一大プロジェクトなんだからね!もしも手伝わない、なんていうのなら、これだけ環境、環境って騒がれている今の時代の反逆者、謀反者!ってゆってもいいわ!!」
「そんな風にいわれたら、手伝わなくちゃいけないみたいじゃないの?まったくフンボルトさんときたら台風みたいなペンギンなんだから…」
っておいらがいうと、そばにいたコガタペンギン君が、
「台風みたいなペンギン?」
ってきくから、
「フンボルトさんは、自分は台風の目だからいいけれど、そのまわりはいつも暴風雨。まきこまれるのはちょっと…」
っていったんだ。
「フンボルト台風ですか…なかなかうまい例えですね!」
「誰が台風みたいですってぇ!もう、しようがないわねー、それじゃあ、こうしましょう。ここにあたしが開発した“毛生え薬”があるの。この薬を少量飲めば、たちどころにマカロニさんみたいなサラサラな髪が生えてくること間違えなし。ただし、どんな副作用があるのかわからないのが欠点なの。これを試してみるか、菜の花畑を作るのを手伝うか、二つにひとつ、どっちがいい?」
ってフンボルトさんは薬のビンを差し出した。
「いきなりやってきて、そんなのどっちもいやだよ!」
「どっちもいやだなんて、もう、あんたってペンギンはわがままなんだから…」
「わがままって、どちっが?!」
結局おいらはなかば強制的にいいくるめられて菜の花畑を作るのを手伝うはめになっちゃったんだ。
「そういえば、コガタペンギン君、さっきおいらにあやまろうとしたよねぇ。何をあやまろうとしたの?」
「それは、私めがアデリー君をフンボルト台風に巻き込んだようなものだから…つまりはこういうことなんですよ。昨日、フンボルトさんが私めのところにやってきたんです。フンボルトさんは例のごとく機関銃のようなしゃべりで私めをよくわからない菜の花畑の仕事を手伝わせようとしたんです。私めは、はじめはことわったんですよ。この前のいかだのときはホントに死にかけましたから…でも、いつのまにか最後には押し切られて手伝うことになっちゃったんです!そうしたら今度は、私めだけじゃあ人手が足りないってフンボルトさんがいい出したんです。誰か、紹介しなさい!って強くいわれたんですよ…つまるところ、私めはアデリー君はどう?っていったものだからこうなっちゃったんですよ」
「しかたがないよ、コガタペンギン君がいわなくても遅かれ早かれこうなったと思うよ」
「ちなみにガラパゴス博士は“毛生え薬”を飲むほうを選んだそうですよ」
「それは勇気ある行動だね!それにしてもおいらたちこれからどうなっちゃうんだろうね?」
「やれやれ」
おいらとコガタペンギン君はフンボルトさんに連れられて、菜の花畑へいったんだ。“労働は美徳”って書いてある門をくぐって畑に入った。
「“労働は美徳”だなんて…なんだかちょっと前の強制収容所に入れられたみたいですね」
って、コガタペンギン君がつぶやいたから、おいらは、
「おんなじ様なものかもしれないよ」
ってかえした。
「あんたたち!何をそんなところで油を売ってるのよ!!早くこっちへきて手伝いなさいよ!」
ってフンボルトさんが叫んで、説明をしはじめたんだ。
「さっきもいったけれど、これから一年間あんたたちはあたしがあみ出した歴史的なプロジェクトに参加してもらうわよ。まずは菜の花の種をまいてアブラナを育てるの。花を咲かせて蜂蜜を採ったり、花や葉っぱは食べたりして,それからナタネから油をしぼるの。その油を食用や燃料にして使うの。残った油かすは堆肥にして、来年、菜の花を育てるのに使うのよ。どう?まったくムダのない完ぺきなプロジェクトでしょ!」
「ふ~ん」
「それじゃあ、この種を植木鉢に植えましょうか」
ってフンボルトさんがいって、おいらたち三羽は手分けして山ほどある植木鉢にナタネを植えたんだ。
「さあ!ひと仕事終えたから、ごはんにしましょうか?」
ってフンボルトさんが呼びかけた。
「えっ!?ごはん!食事を出してくれるの?」
「そうよ、あたしだってオニじゃないから、ただ働きさせるつもりはないわ。さあ!エビの天ぷらよ。隅田川五三郎、直伝の天ぷらなんだから…それにね、天ぷら油には今年の春に収穫した菜種油を使っているの、食べるのも仕事なんだから、どうぞ召し上がれ」
「へ~!さっきおいらが植えたあの種から絞った油かあ!カラリとあがっていておいしいよ。香りもいいし…それにしても隅田川五三郎って誰だ?」
食事の後、再び植木鉢にナタネを植えたんだ。日が暮れてくると、フンボルトさんがまた食事を出してくれたんだ。今度はサツマイモの天ぷらだったんだ。これがまたおいしくて!
次の日、あまった天ぷら油から石けんを作ったんだ。まず、天ぷら油をこして、その中に苛性ソーダを入れて煮込んだ。きれいな粉石けんが出来上がったんだよ。その日もフンボルトさんは三食きちんと出してくれたんだ。にんじんの天ぷらとシイタケの天ぷらそれにアナゴの天ぷらだった。
そして次の日はナタネを畑にじかにまいた。植木鉢で苗を育てるのとは別にね。そんな作業を一週間くらい続けた。仕事のほうは順調だったんだ。鉢に植えたアブラナは芽が出て双葉をつけて本葉が出た。けれど、少し問題もあったんだよ。それはフンボルトさんが出してくれる食事。一週間、三食すべて天ぷらだった。いくら食いしん坊のおいらだってこれじゃあ、ちょっと…。ということでおいらはフンボルトさんにきいたんだ。
「天ぷら以外のメニューはないの?」
「えっ?どうして?」
「確かにおいしいけれど天ぷらばっかりじゃあ…」
「あたしの作った天ぷらに文句があるの?隅田川五三郎直伝なのに!」
「隅田川五三郎ってどこの誰なの?ってそうじゃなくて、なぜ天ぷらばっかりなの?このままじゃあ、おいら痛風になっちゃうよ」
「去年の春にナタネから絞った油があまっているの。今年の春には今植えているアブラナから油を絞るのよ。だから今のうちに去年の菜種油を消費しなくちゃならないのよ!」
「そんなにムリしなくても…」
「そうじゃないと、このプロジェクトが完全なものにならないわ!ナタネから絞った油を食用にして、それで残った油で石けんや燃料を作るんだからね」
「だからって、ムリに食べなくても…それじゃ、本末転倒だよ!」
「そんなこと絶対にないわよ!前に食べるのも仕事っていったわよね?それにあんた、さっき痛風になっちゃうっていっていたけれど、痛風にかかったペンギンに出会ったことがあるの?」
「…」
「ないんでしょ?それだったら、痛風になんかにならないわよ!たぶん、おそらく、きっと…」
「そんなむちゃな!!」
そんなこんなで、天ぷらを食べさせられ続けたんだよ。ある時イカの天ぷらの衣をはがして、イカだけ食べようとすると、フンボルトさんはもったいないことはしないで!とか、好き嫌いはダメとかいって怒るんだよ。だからおいらは、
「こんなに天ぷらばかりじゃあ、胃がもたれちゃうよ!」
ってうったえると、
「な~に!ジジくさいことをいっているの!」
って一喝されちゃった。おいら、いったいどうしたらいいの?
植木鉢で育てたアブラナの苗を畑に植え替える時期がやってきた。おいらとコガタペンギン君とで苗を畑に植え替えたんだ。油かすから作った肥料もあげた。フンボルトさんは今までになかった天ぷら料理を創作するんだ!って、台所に引きこもり…。さてさて、どんな天ぷらができてくることやら。
ある日、フンボルトさんが倉庫から一斗缶をいっぱい出してきたんだ。
「今日は、この天ぷらに使った廃食油を燃料にしましょう。ガラパゴス博士から廃食油を燃料にする機械を借りてきてちょうだい。その燃料でナタネを収穫するときに使うコンバインを動かしたり、とったナタネを乾燥させたりするんだからね」
ってフンボルトさんに頼まれたから、おいらはコガタペンギン君といっしょにイザベラ島にむかった。けど、ガラパゴス博士はいつもいる場所にいなかったんだ。博士をさがしていると、おいらは巨大な毛虫を発見したんだ。それは毛むくじゃらで横たわっていた。あわてて、コガタペンギン君を呼んだ。すごく大きかったからね!おもむろに巨大な毛虫が動き出したんだ。そしてなんと立ち上がった!
「ばっ、化け物!!」
っておいらは思わず叫んじゃったよ!するとかけつけたコガタペンギン君が、
「ひょっとして…ガラパゴス博士ですか?」
って毛虫にきいたんだ。おいらは何いってるの?って思ったけれど、毛虫がとつぜん、
「そうだよ。私だよ、アデリー君、コガタペンギン君」
ってこたえたんだよ。
「やっぱり!薬のせいですか?」
ってコガタペンギン君がたずねた。
「まあ、服用する量を間違えたらしい」
「薬って?」
っておいらがきくと、
「フンボルトが発明した“毛生え薬”だよ。副作用というか?頭だけに毛が生えてくるのか?と思っていたら体全体に生えてきちゃって…きっと、次の換羽までこのあり様だ。まったく暑くてしかたがないよ」
って全身サラサラな毛むくじゃらの博士がこたえてくれたんだ。おいらはこのときばかりは菜の花畑のほうを選んでよかったと思ったよ!そして、廃食油を燃料にする機械を借りたんだ。フンボルトさんのところにもどって一斗缶に入った油を博士から借りてきた機械に入れた。すると機械からディーゼル油が出てきたんだ。それからあいかわらず、フンボルトさんは食事に天ぷらを出してくれた。この前はイチゴとみかんの天ぷらだった。わざわざ天ぷらにしなくてもよさそうなものなのに…。フンボルトさんがいうには、お菓子感覚で食べられるんだってさ。
ある日、ロイヤルペンギンさんが飛行船Z-88にのって北からあらわれた。しばらくの間、ここの菜の花畑で養蜂をするんだって。そしてなんと!ロイヤルペンギンさんはフンボルトさんが揚げた天ぷらを食べてくれたんだ。最初はおいらとおんなじようにフンボルトさんの天ぷらをおいしい!おいしい!って食べていてけれど、ここでの養蜂を終えるころには、隅田川五三郎直伝の天ぷらを目に涙を浮かべながら食べていたよ。
春先、アブラナが黄色い菜の花を咲かせたんだ。広大な黄色いじゅうたんができた。すると食事になんと“菜の花寿司”が出てきた!フンボルトさんによるとこの菜の花寿司は道端篤朗直伝なんだってさ!ホントにこれがさっぱりしていておいしくてね…おいらは菜の花寿司がこんなにもおいしいものだとは思わなかったよ。天ぷら以外のものにありつけたのは半年ぶりくらいだったしね。その次の食事はタラノメの天ぷらに逆戻り。けれど、菜の花のからし和えがいっしょに出てきた。おいらは天ぷらよりもはしやすめのからし和えのほうをいっぱい食べちゃった。しばらくのあいだ、天ぷらといっしょに菜の花のおひたしやからし和えが食事に出されたんだ
やがて、花が枯れてナタネを収穫するときがやってきた。コンバインで刈りとったんだ。そのコンバインは、おいらたちがイヤというほど食べさせられた天ぷらの廃食油から作ったディーゼル燃料で動かしたんだ。コンバインから天ぷらくさい排気が出てきた。おいらはそれをかいで、思わずゲップが出ちゃったよ!それからナタネとさやに分けて、さやは蒸し焼きにして“くん炭”ていう炭にしたんだ。くん炭は畑にまいた。一方、ナタネは乾かして、菜種油を絞った。たくさんの油がとれたんだよ。けど、あ~あ!これでこれからもずっと“天ぷらづけ”かあ!と思うと複雑な気持ちになったんだ。フンボルトさんは、来年はもっとたくさんの菜の花を栽培するわよ!ってさっそく生きこんでいるし…。
おいらはアデリーペンギン。南極に住んでいる。天ぷらはもうたくさんだよ!