祈りによる平和運動/大救世主の再臨








           そ の 日 の 為 に




                             五 井 昌 久


                   ーーー序文に代えてーーーー






        ソ連のフルシチョフが追われ

        米国ではジョンソンが再び大統領になり

        日本でも新総理が生まれた

        世界中が何か新しいものを生み出そうとして

        まだ真実の新しいものが生まれ出ないまま

        今年も暮れてゆく



        十二月は庶民の苦しみが一番痛切に感じられる月
             (す)
        木枯吹き荒さぶ厳冬の中で

        人間は一体何を考えつづけているのか

        生きてゆくこと生きること

        そして生きてゆく為のもろもろの慰楽

        例えそれがその場限りのものであろうとも

        人間は慰楽にすがりつかないではおられない

        生きていることが責務のように

        老い呆けてゆく人々の存在するこの地球世界に

        輝かしい生き甲斐を植えつけるのは一体誰なのか

        人類が求めつづけている新しい世界

        地上天国は果たして生まれ出ずるのか



        それは世界中の首脳部がすべて変わったとしても

        それだけで生まれ出ずるものではない

        人類すべての愉悦を

        永遠の生命につなげられる道を開かなくては駄目だ

        転倒夢想交響楽団の指揮棒で

        世界平和シンフォニーが奏でられるわけがない

        人間一人一人の心の中で

        久遠実成の生命が地上天国誕生の輝やく光明を放っているのを

        はっきり悟った人々の掌に

        世界平和政策のコンダクトが握られるまでは

        この世界から諸々の苦悩が消え去ることはないだろう

        その日の為に  その日の為に

        私達の世界平和の祈りは祈りつづけられてゆくのである



                         ーー五井昌久先生詩集よりーー


『五井昌久先生御法話録より』


『問』私達、日本人としまして、天皇をどういう風に考えたらいいんでしょうか。



                                       
・『答』
 天皇というのは、本当は神聖にして犯すべからざるというのは本当なんです、これは、天皇は神聖です。ただ天皇という本の姿ね。本の姿がそのまま現れていなかった時代が随分多いわけです。肉体身を纏った天皇がいらっしゃるわけですね。それが、ズーッと、まあ、ズーッと長く続いています。その中ではね、肉体身を纏ったが故に、天皇の本当の姿を現さないでいた人が随分いるわけですね。それで神皇と人皇といって人皇といいますね。本当の天皇は人皇じゃないわけです。現人神なわけですね。あ、先生また古いこと言い始めちゃって、先生新しそうだけど駄目だなんて若い人は思うかも知れませんけどね、これ,よく聞いて下さい。

天皇というのは、神聖にして犯すべからざる神その者です。それが、肉体界に現れて人皇となったわけね。現人神といって写し身があって、そのまま神の姿を現しているのが本当なんです。これ本当なんです。これは犯すべからざる。ところが日本の天皇といっても、随分迷ったふざけたやつも随分いたわけです。いいですか、天皇の位にありながら天皇の位をまっとうしない人が随分いたわけです。ところが今の、いつもいうけど今の昭和天皇は立派だと思うんです、私は。いわゆる、いつもいうけども、それまでおとなしいやさしいかたですよね。それでまあ戦争にまで巻き込まれてしまった。そこまではいけないですよね。まあ、力が弱かったですよね。ところが終戦の時にね、終戦の時自分の肉体を全部捨ててね。自分の身はどうなってもいいから、すべての人を戦犯にしては困る、自分だけがいわゆる戦犯なんだから、自分を処刑にどうにでもいい様にして下さいといってね、マッカーサーのところにいったんでしょう。そうしたら、マッカーサーが感動しちゃってね、普通の、まあ、帝王とか、普通の大統領とか、普通の元首とかいうものは、皆、自分をかばってね、あいつがやったんだ、あの部下がやったんだ、あの軍人がやったんだと人のせいにするのにね、日本の天皇だけは、自分がすべてかぶって、それで臣下の罪を全部ゆるして貰いたい、自分が責任者だといって、自分はどうなってもいいといってなげだしたっていうこんな素晴らしい人はないって、まあ感動しちゃったわけね。それは何かというと、天皇が本当の天皇の姿を現したわけ。天皇の姿というよりキリストの姿を現したわけね、十字架にかかったキリストの姿を、そのまま
天皇が現したわけです。その時には、本当に天皇はキリストでもあり本当の天皇でもあったわけですね。又、本当の天皇というよりも、キリストていう方が私はいいと想うね。十字架にかかったキリストがそのまま天皇だったわけです。日本の今の裕仁天皇ね。

だから、あれでもう今の裕仁天皇のお役目は充分果たされたわけです。後はもうどうなさったって、昆虫を採ってようと蝶々を見てようとそんなことかまわない。本当。私はね、位が高いから偉いとかね、形がいいから偉いとかね、そんなこと全然思ってないんですよ。その行いによってんですよ。行いが立派か、ああ本当に立派だなという事ね。それは、裕仁天皇はまさにその瞬間だけでもですよ、いわゆる本当の意味のキリストになったわけです。 そういうわけで立派だと想います。それからもっと深く言えば天皇というのは絶対必要だと思うんですよ。天皇がなけりゃ。本当に天皇が現れて、本当に中心になってね、地上界を治めなければ、世界は治まらないと思うんです。
それは形の上で天皇っていう名前であるか何かわかりませんよ。天皇という形か何かわかりません。名前はどうなるかわかりません。一番世界中が納得するような名前になるでしょう。何にしても神聖にして犯すべからざる、要するに霊がですね、肉体を纏ってそこに現れないかぎりは平和にならないね。やがてそうゆう時が来るわけです。
私が何度も言うけどそういう、何て言いますかね、そういう神霊を中心に置くために、この世界をすっかりきれいに大掃除しなければ、それが来られないんですよ。
そういうあるべき立場にあるべき人が来られない,ね。その掃除しなければならない。
その掃除するために我々が現れているわけ。私なんかその急先鋒なのね。
その後にたって、天皇の後ろに立って、天皇を本当の天皇たらしめるそういう大きな役目を私も皆さんも持っているんです。それできれいに世界平和の祈りをして、宇宙子波動科学を作ってすっかり世界を浄めて、さあ天皇おいでください。スパァーと天皇がそこに現れるんですよね。それは天皇って名前になるか何かわかりませんよ、なんて名前になるかわかりません。いわゆるキリストっていう名前になるかもしれない。
なんて名前になるか知りませんけれども、そこに本当の神そのもののね、人がそこに現れるんです。わかりますね。それが、だから私は天皇主義って、今までの天皇主義とは違うんですよ。本当のいわゆる神権政治、神のみ名において、神がそのまま中心にたって政治を取ると、そういう形を私達は作るわけですよ。その為の世界平和の祈りなのね。
それで私は、ピィーと天皇の後にくっついてます。そうゆう意味でね。そうゆう意味で何処の何方が天皇になるかは、まあ別として、私ども日本に住んでいる日本人はね、日本に住んでいる日本人は、いわゆる皇太子、いわゆる浩宮というでしょ。ああゆう人がなるのが一番楽ですからね。一番、この,摩擦がありませんやね。他からヒョッとでてきて天皇だったりするってのは。それで摩擦がないそのままスーッといって浩宮なら浩宮が本当の天皇のね、天皇の本源を現す様な大神霊になって下されば一番いいと思っって、いつもいつも見てます。いつだって目を離すことありません。ズーッとね、ジーッとこっちから加護をして何もね、魔がよらない様に業想念がいかないようにいつもいつも浄めています。皆さんも知らないで世界平和の祈りをやってるけど、それも加わってるんですよ。そういう意味でね、天皇は神聖にして犯すべからず、だからね、その天皇を元首にする運動もありますけどね。それは元首にするとか肉体の人間が騒いだって駄目なのそんなもの、なるときは自然に神様がさせるわけです。その前に、大掃除しないうちに元首になったってしょうがないですよね。きれいにきれいに日本を浄め世界を浄めてきて、始めて本当の天皇が現れるんだから、いくら今ね、法律でもって国会で持って天皇にしようって騒いで天皇にしたところで、ろくな天皇になりませんよ、業が深すぎてね。本当の姿をあらわせられません。かえってお気の毒ですよ。だから、いわゆる右翼の人達やね、天皇主義を間違って考えている人達が、早く天皇を元首にしてしまえ、それと同時に再軍備しよう。天皇と再軍備何故結び付ける必要があるのかね、不思
議でしょうがない。天皇を元首にする説とね、軍備を拡張するのと一緒に何時も結びつけてる。だから、いつも天皇が何だか戦争の張本人の様な感じになっちゃうじゃないですかね。天皇こそいい迷惑だ。天皇を想うあまり、想うあまりかどうか自分勝手な事をおもうんだろうけど、天皇を思ったようなかっこうをしてかえって天皇を傷つけている。
天皇は平和の人です。平和の中心者ですね。今、裕仁天皇がそれをハッキリ現してるんだからね。平和の中心者に向かってきて、戦争拡大の要するに再軍備と元首と結びつける馬鹿はどこの世界にあるかって、私は絶対に反対です。そんなものね。
そういう意味で、天皇は平和の中心者です。神権政治のもう中心者。
それが神聖にして犯すべからざる天皇の姿ですよ。わかりますね。はい、そういうわけ
です。さあ、それじゃいいかな、さあ、それでは話を終わります。有難うございます。




『掲載者付記』



天皇の在り方について論文を纏めようと思っていたのですが、その為の資料が盗難にあい作れないままでおります。ですから、本当の天皇の姿についての論文の発表はもうしばらくかかるものと思います。とりあえず五井先生の御法話から、天皇についてのお話しを発表させていただきました。この御法話だけでは分かりませんが、真の天皇の姿と日本の皇室とは直接何のつながりもありません。これについても何れ詳しく説明するつもりでありますが、とりあえず誤解のないように注意させていただきます。
特に白光会の西園寺会長は、天皇という名前をある事件において利用しておりますが、これは由々しきことであります。この様な事柄に多くの人達が騙されない様に、天皇の姿がいかなるものであるか、後の論文において詳しく説明させていただくつもりであります。



『続掲載者付記』



 救世主の出現に関しての資料が、盗難にあいましてから、又新しく集め始めてはいるのですが、なかなかすぐには手には入りません。ですから救世主に関する論文は来年位になるものと思いますので、取り合えず重要な事柄を紹介しておきます。
五井先生のみ教えから観てみますと、救世主の出現の在り方については二通りの説き方をされておりまして、一つは神霊の物質化現象として出現する形、もう一つは肉体人間を通して出現する形の二つの説き方をされています。
神霊が物質化して現れる形というのは、秘教の教えから観れば覚者方の出現する最も一般的な方法でありまして、何も珍しい事柄ではないのです。五井先生は内界で働く覚者方の事を神霊とよんだり神々とよんだりされていますから、この物質化して現れる形というのはごく普通の事であります。それではこの物質化して出現するという、救世主に関する五井先生のみ教えを紹介致しましょう。

ーー世界平和の祈りを祈っていますと、皆さんの体から後光が本当にさすんです。白光燦然として周囲を照らすのです。周囲を照らすと、周囲の波が浄まってゆく。それがどんどん広がっていくと、日本人全部が光になっていく。そうすると日本人はまず安泰です。
それがもっと広がっていくと、世界人類を光一元にする。その光の中から、偉大な政治家や科学者が生まれてくるのです。原水爆じゃなければ世界が治まらないという考えが、そんなものじゃなくてもいいんだ、というように考えが変わってくる。
そうなると天の力が本当に現れてくる。姿になって現れるかもしれない。それこそ天皇として現れるかもしれない。私達日本人としては、天皇の姿として救世主が現れることが一番いいのです。あるいは別に現れるかもしれない。
救世主の大光明が肉体に現れるか、現れないかは別として、肉体の人間に働きかけると、その人たちが偉大なる力を発揮して、悪なるものが皆追放されるのです。それが地上天国の現れなのです。その為にも自分たちの我欲の想い、恐れ、不安、悲しみというものを、皆いっぺん神様の中にお返ししなければいけない。それで新しく生まれ変わるのです。新しく生まれ変わらなければいけません。新しく生まれ変わるということは、自分たちの今までの考え方を全部変えるということです。ーーー昭和32年4月講話録よりーーー

ーーこの世の現象というものは、神様がいくらでも変えてくれるのです。変えてくれる為に守護神がいるのですからね。今の世の中は肉体人間だけではどうにもならないから、守護神がグーッと低く降りてきて、働いているんです。それをマイトレーヤ、弥勒菩薩の出現といいます。あるいはキリストの再臨というんです。世の終わりの時キリストが現れる、弥勒菩薩が現れる、という予言があるんですが、その時が現代なのです。
救世主が一人の人間で現れるか、それが光明として現れて、いろんな人に働きかけるのか、それは謎です。まだハッキリいえません。その救世主が天皇と一つであるならば、本当に幸せであるし、日本人としては一番望ましい。おそらくそうなるんじゃないかと思います。ただ天皇という名前はどういう風にあらわれるかわかりません。それは謎なのです。しかし、天皇とキリスト、仏陀と一つである、あるいは同じところにいるということになるのです。表と裏になるのです。とにかくそういうものが一つの中心になって働く。
天皇というものが人間の天皇であるか、人間の天皇でないか、しらない。肉眼で見れば人間、しかし神眼で見れば人間じゃない。本当の意味の現人神になって現れた時、世界が平和になる。             ーーー昭和32年4月講話録よりーーー


ーー祈りほど尊いものはないし、祈りほど力のあるものはない。祈りに始まって祈りに終わるのです。祈りがなかったらこの世は亡びます。この肉体の頭の力で、常識の力ではたしてこの日本を救うことが出来るか、この世界を救うことが出来るかということを、よくよく考えてみるといい。自分の力で、岸信介さんの力で、或いはアイゼンハワーの力で、ネールの力ではたして世界を救えるか。救えやしません。救えないという事は明らかです。それなら誰に頼るかというと、神様に頼るより他にないのですよ。どうかなと思っても頼ったらいいでしょう。ところがどうかなもへったくれもありゃしない。神様は現実に生きて働いている。光明燦然として働いて働いているんですよ。みんなは知らない。見た人はわかる。見ない人は知らないでしょう。それでも信じていますね。信ずる力というもの、信ずる心というものは、神様を実際に見ないけれども、ああ神様の力が働いているんだな、五井先生が働いているな、というようにわかるんですよ。あとは体験でわかってくる。そして今度はだんだんやっていると、神様というものが見えてくる。大神様の働きの光が物質化して見えてくる、という時代が来るんです。
そうすればグーもスーもないけれども、それを作るためには、皆さんの世界平和の祈りが大いに役立つのです。皆さんの世界平和の祈りが強ければ強いほど、早くそういう時代が現れる。だから皆さんが人類を救っていると同じなのだ。人類世界は他の人が救うんじゃなくて、外国の人が救うんじゃなくて、アメリカが救うんじゃなくて、ソビエトが救うんじゃなくて、イギリスが救うんじゃなくて、皆さん一人一人が救うんです。皆
さん一人一人の世界平和の祈りの力によって、日本が救われ、世界が救われるんですよ。だからやらなけりゃいけない。みんな初めは世界平和の祈りをして、なんだこれでいいのかな、こんなことで効くのかな、と思うけれども、スケートがうまくなるんでも練習しなければならないんです。世界人類を救おうとする祈りが、練習なしに出来るわけがないです。練習をしている内にだんだん本物になってくる。ーーー       
                                                 ーー昭和33年2月講話録よりーー

ーー世界平和の中心になるのは、日本より他にないんです。それで世界人類の平和を私が唱えているんです。世界平和を祈ると宇宙人も助太刀にきます。守護神、守護霊も助太刀にきます。その力によって、さあどうだ、といわない限りはソビエトもアメリカも頭を押さえることは出来ません。それをやるのは日本なんです。日本であることは確かなんです。日本という名前もそうだ、日の本、霊の本です。ーーー中略ーーーよくよく考えてわかって来ますと、みんなこの祈りの方にくっついてきます。五井昌久てのがやってるぞ、あれなんだか馬鹿に増えてきた。なんだろうってんで来る。もう方法がなくて、日本を救う憂国の士などがみんな祈りに参加します。世界平和の祈りより他に大きな祈りはありませんからね。みんな参加してくる。そこへ宇宙人が参加してくる。守護霊守護神が現れてくる。現れてきたら皆寄ってきますから。今、宇宙人がハッキリ現れて、さあ日本人と手をつなぎましょう、といってごらんなさい。問題ですよ。空飛ぶ円盤のような変幻自在な物体を持っている人種と戦争ができますか。戦争なんか出来やしませんよ。人工衛生など問題になりません。空飛ぶ円盤のようなものが出来るという事は、素晴らしい科学を持っているという事でしょう。そういうものと手を組んだ国は、一番強いに決まっている。原爆をつくり水爆を作ろうと人工衛生を作ろうと、全く押さえられてます。そうした国と提携した国というのはウンと浮かび上がっちゃう。ーーー昭和33年3月講話録よりーーー

『五井昌久先生著・聖書講義より』
ーーーしかし、民衆は真の独立がほしいのであり、それを成し遂げる王たる人物を望みつづけていたので、ヘロデでは勿論駄目であり、イエスこそキリストであり、ユダヤ王である、ーーーーー。
ーーーイエスこそキリストであり、ユダヤ王である、と大きな期待をもって迎えたのでありますが、イエスが精神的な王であっても、この地からローマ軍を追い払い、ユダヤの独立を成し遂げえる真実の王でないことを知って、イエスを見殺してしまうわけで、実にこの地球世界は、精神と物質の両面にわたって、力ある働きの出来える、救世主をこそ望んでいる、ということになります。
そういう救世主の現れるのは果たしていつか、それは一人の肉体人間として現れるのか、救世の大光明の各人への働きかけとして現れるのか、それは今後の課題であるわけです。それにしても真の救いは、宗教精神と大調和科学の開発によって成就されることは確かです。その音頭を取るのは、個人か集団かとういことになるのであります。



・いままで数多くの御法話から、多少紹介してきましたが、その話の中で、『そして今度はだんだんやっていると、神様というのが見えてくる。大神さまの働きの光が物質化してみえてくるーー』とか、『救世主が一人の人間で現れるか、それが光明として現れて、いろんな人に働きかけるのか、』或いは聖書講義の中の、『そういう救世主の現れるのは果たしていつか、それは一人の肉体人間として現れるのか、救世の大光明の各人への働きかけとして現れるのか、』と説かれている中のーーそれが光明として現れてとか、救世の大光明の各人への働きかけとか、大神様の働きの光がとか言われているのは、救世主の物質化して人類に働きかけている事柄を預言しているものと思われます。
ではこの救世主とは如何なる存在かといいますと、秘教の教えからみますとキリストと呼ばれているお方でありまして、その方の個人名がマイトレーヤと呼ばれております。
(キリストという意味につきましては、祈りによる平和運動/ハイラーキーと覚者方等を参照して下さい。) このお方は各宗教におきまして、末法の世に現れ全世界を救われるお方として待ち望まれている方でありまして、キリスト教ではキリストの再臨として、仏教ではマイトレ−ヤ仏あるいは弥勒菩薩として、回教ではイマムマーディーとして、ヒンドゥー教ではクリシュナの生まれ変わりとして、ユダヤ教ではメシアの到来として待ち望まれておられるのですが、しかし、秘教の教えではこれらはすべて同一人物を指すのであり、ハイラーキーの覚者方の長である世界大師の事であると教えております。
このキリスト・マイトレーヤと呼ばれている存在は、日本の神道においてはスサノオオノ命としてとかれておりますが、それについて理解している人は少ないのではないかとおもいます、しかしいずれ時がくれば証明されていくのではないかと思っております。
とにかくこのマイトレーヤが物質化して働かれる形というのは、すでに活発に始まっておりまして、その為に世界的に働かれている秘教的なグループも存在しております。
それではこの秘教的グループについて少し紹介致しましょう。

・このグループは、ロンドンにおられるベンジャミン・クレーム氏を中心として、世界的なキリストの再臨についての機関誌を発行しておられるグループで、中心者のクレーム氏は、キリストの再臨について世界中を請われるままに講演をされておられまして、其に関する書物も世界中で読まれております。
このグル−プからの情報によりますと、キリストは現在ロンドンのアジア人地区に住んでおられ(もちろん物質化して存在をされています。)、そしてここにはキリストのアシュラムもあり、多くのスワミがキリストの下で働かれています。キリストのアシュラムは、此処ばかりではなくてインドのマイソールにも在るそうであります。そしてこのアシュラムには多くのジャーナリストが訪れているということであります。
それで1988年4月から、キリストの側近の一人からシェア・インターナショナルは記事を与えられています。(シェア・インタ−ナショナル誌とは、前に紹介したキリストの再臨を伝える為の機関誌のこと。)これらはマイトレーヤの教えの外郭を示し、また長期的又は短期的にこれから起こるとマイトレーヤが予測しておられる世界情勢の進展に焦点をおいています。実際にマイトレーヤの洞察通りのことがすでに外的に起きて
いる。早くも1988年に、マイトレーヤはネルソン・マンデラの釈放、世界の緊張緩和への過程、南アフリカでの和解等を予測された。更に1988年に、サッチャー夫人が権勢の頂点にある時に、マイトレーヤは『運命の車輪は彼女に逆らって廻り始め、彼女は引退するだろう』と述べられた。また同じ年に、彼は世界中の政府はーー国民の声ーーに耳を傾けなければならなくなるだろうと言われ、この発表は東欧での目まぐる
しい展開に最も印象的な証明をみた。更に数週間も数カ月も前に、マイトレーヤは、イランとイラクの停戦、アンゴラからの外国兵力の撤退、世界中の政府とゲリラ勢力との間の歩み寄り、1988年のアルメニアの地震、1989年のカリフォルニアの地震や中国の地震、ソ連邦内の混乱や紛争、緊張緩和と軍縮へ向けての世界的な傾向、環境問題の影響の増大等を予測された。 マイトレーヤが予測しておられる今後の情勢の主要なものはーーパレスチナ人は彼ら自身の国を持つだろう・イスラエルはパレスチナ人を兄弟として受け入れるだろう・シリアはレバノンを撤退するだろう。・マイトレーヤはまた、日本に端を発する世界的株式市場の崩壊を1988年に発表されておられます。
その他にもマイトレ−ヤは、御自身の再臨されている徴として、光の十字架という奇蹟的現象を世界的に現されておりまして、人々の関心を集めております。それからマイトレーヤは、五井先生が預言をされている如くに、世界中の一般市民や指導者等に忽然と出現して働きかけておられます。その中でも最近は、祈りの集会に出現されておられ、それと同時にその出現された場所に関連して、奇蹟的な治癒力のある泉を作っておられます。(この奇跡の水につきましては、癌・エイズの問題/トラコテの万能治療水等を御参照して下さい。) このマイトレーヤが現されている奇蹟的現象の数々は、数カ月前にテレビ特番として放映をされました。
現在マイトレーヤは、アメリカの主要ネットワークテレビからのインタビューの招待を原則的に受け入れたそうでありますから、間もなくマイトレーヤへのインタビューがテレビを通して放映されるものと思います。
それではマイトレーヤが公へ出現する日がどの様なものであるか、クレームさんの今年の講演会記録から抜粋して紹介いたします。

『ベンジャミン・クレーム1994年日本講演記録より』ーーーーーーーーーーーーーーーーー
 マイトレーヤが提供された予報のなかで大きなものがまだ一つ成就していません。実際、現在進行中です。これは世界中の人々に大きな影響を与えるものであり、特に日本の皆さんに大きな影響を与えます。それは世界の株式市場の大崩壊です。『世界の株式市場の大崩壊があるだろう。それは日本から始まるだろう。そしてその後に世界の経済制度に新しい方向付けが始まるだろう』というものです。これまでの予報の的確さ、確実さから判断して、株式市場の崩壊も必ず確実に起こると考えるべきだと思います。マイトレーヤがその予報を出した直後から日本の株価が下落しました。現在では60パーセントも下がっています。日本経済を評論する人々は皆ーーバブルの破裂ーーという表現を使っています。そのバブルという表現を最初に使われたのはマイトレーヤなのです。1988年にこういわれました。『株式の崩壊の後で新しい経済制度が再組織化される時、世界の政府の優先事項が変わるだろう。
先ず第一に適切な食料の供給である。第二にすべての人間に対する適切な住居の提供、そして第三に、すべての人間に対して普遍的権利としての教育と健康管理の提供である。』これはべつに新しいことではないと思われるかも知れませんが、最も富める国ですから、これらが人間の普遍的権利として提供されている国は一つもありません。普遍的権利としてすべての人間に提供されるようになる時、新しい世界が期待できます。旧い政治的イデオロギーは退きつつあります。あらゆる政治団体の意志決定に合意が支配するようになるでしょう。そして、国民の本当の必要に関心を向ける姿勢が支配していくでしょう。マイトレーヤは株式市場を世界の賭事のカジノであるといっています。実際、不必要な存在です。人間の日常の生活に何の関係もないことです。投機と呼ばれる病が大手を振っている賭場にすぎません。新しい時代に果たす役割はありません。
ーー「正しい関係」ーー
 理解しなければならないのは、霊的な生活というのは宗教に限るということではないことです。霊性というものは、天のどこかに神と共にあるというようなものではありません。霊性は、すべての人間に、男性、女性、子供、そして皮膚の色、国籍に係わらず、すべての人間の裡にあります。私達はすべて霊的な存在です。魂、つまり霊的リアリティが肉体をもって生まれてきているのです。人類がもう少し成熟すると、霊性が宗教のみではなく人間生活のすべての分野に、政治に、経済に、科学に、教育に、文化に発揮されるようになるでしょう。霊的な存在の本質は、人間がお互い同士の間に正しい関係を築き、そして私達の本源と正しい関係を築く事です。世界の三分の二の人々が貧困と飢えと病の中に生きており、先進開発国の私達が贅沢に生きるという状況は正しい関係とはいえません。正しい人間関係の確率は人類の進化の旅路における次のステップであり、運命付けられている道です。しかし、それは一人で自然におこるのではなく、私達自身が正しい人間関係を築いていく努力をしなければなりません。正しい人間関係とは、世界の資源を分かち合うことによって世界に正義を確立することです。豊かな世
界で、一人でも飢え死にするならば、正しい人間関係があるとはいえません。2・5秒ごとに一人の子供が飢え死にしています。先進開発国の倉庫で腐っているその食料がないためにです。人類が前進する為の道は一つしかないことをマイトレーヤは示しにこられます。私達には自由意志がありますから、マイトレーヤの助言を受け入れるかどうかは私達次第です。しかし、その助言を受け入れなければ、私達はこの地球を滅ぼすでしょう。生活水準に大きな隔たりのある世界の二つのグループの間に存在する緊張感が大三次世界対戦につながるでしょう。次の対戦があればそれは核戦争です。もしそのような事態になったら、人類のみならず、人類以下の動植鉱物界もすべてを滅ぼします。
しかし、そのような破局は必然ではありません。私達がしなければならないことは、新しい輝かしい文明を築いていくためにしなければならないことは、分かち合いの原則を受け入れることです。資源の分かち合いのみが、平和にとって欠くことのできない正義をもたらすだろう、とマイトレーヤはいわれます。

ーー『出現』ーー
 マイトレ−ヤは株式市場の大崩壊の前に公に姿を現すことを望んでいます。それによって世界各国の政府がマイトレーヤの助言に耳を傾けるようになり、崩壊がもたらす影響を少しでも緩和することを望んでいます。そのために、マイトレーヤが当初から予定されていた全世界のメディアを通じて全人類に直接に語りかけるという大宣言の日の前に、アメリカの主要ネットワークテレビでのインタビューの申込みを、マイトレーヤは原則的に受入れました。その為の最良の時期をマイトレーヤは今待っていますが、それは非常に間近に行われることが期待されています。インタビューは大宣言ではありませんが、それに向かう大きな一歩です。その後に次々といろいろなメディアでのインタビューが引き続いて起こると思います。大宣言の前にそのようなインタビューが幾つあるかわかりませんが、大宣言の日には世界中のテレビネットワークが衛生中継で連結されるでしょう。
大宣言の日には、世界のメディアによって招待され、全人類の前に姿を現すマイトレーヤの姿を皆さん方はテレビの画面に見るでしょう。それぞれの宗教によって、異なった名前で待望されているその方をみるでしょう。そのお顔は見えますが、マイトレーヤは一言も言葉を発しないでしょう。しかしマイトレーヤはその全知偏在の高みから、全人類をオ−バーシャドウされます。マイトレーヤのオーバーシャドウによって、彼の思いが、アイデアが、呼びかけが、一人一人の心の内に(沈黙の内に)各人の言葉で、世界中、同時に、はっきりと伝わってくるでしょう。それと同時にマイトレーヤの愛のエネルギーが人類の心(ハート)にながれいり、マイトレーヤの呼びかけに対して心からなる反応を呼び起こすでしょう。肉体のレベルにおいては世界で何千、何百もの人々が奇蹟的な病の治癒を経験するでしょう。この三つの方法によって、人類は、この方こそキリストであり、世界大師であり、マイトレーヤ仏であり、クリシュナであり、イマム・マーディーであることを、それぞれの人々が待望しているそのお方であることをはっきりと確信するでしょうう。世界中に数多い偽キリスト、偽マイトレーヤの時代はおわるでしょう。新しい時代に人類を助け、新しい世界を築くためのインスピレーションを与え、指導してくださるこのお方を認知するでしょう。

ーー『責任』ーー

今、生を受けている(転生している)この私達は地球の未来に対して大きな責任を持っています。マイトレ−ヤの呼びかけに私達がどの選択をするかによって、この地球の未来が決まります。私達一人一人が一生の間に行う最も大切な選択です。私達人類が、正しい選択をするということをマイトレーヤは確信しておられます。マイトレーヤはそのメッセージの中で言われています。
『私の心は、あなた方の答えを、選択を知っている。そして、喜んでいる。』それが未来への希望の保証です。マイトレーヤのインスピレーションの下で、私達はこれまで想像だにしたこともない輝かしい文明を創るでしょう。人類の霊性は無尽蔵です。政治、経済、社会が、日常生活の在り方が私達を縛りつけるために、私達の潜在力である霊性を発揮することが出来ないのです。人間に足枷をしている貪欲や利己主義から自分たちを解放うほことによって人間本来の、神としての存在を発揮していくでしょう。


・・ 五井昌久先生のみ教えにあるように、現在までキリスト・マイトレーヤは物質化して出現されて、世界中のあらゆる人々に働きかけておられますが、それについてクレームさんの講演会記録より紹介致します。
『ーーー1988年4月以来、マイトレーヤは一連の預言をご自分のまわりにいる側近に話され、それが私達のところに二人のジャーナリストを通して伝えられました。これらのマイトレーヤからの予報が、私達の発行しているシェア・インターナショナル誌に掲載され、同時に世界中のメディアにニュ−ス・リリースとして送られました。この世界の歴史上、これほど膨大な量の、しかもあらゆる分野にまたがる予報が、しかもこれ
ほど正確な的中率で提供されたことはかつてありません。
主にゴルバチョフ氏の行動を通して実現した冷戦の終結、グラスノスチ、そしてソ連邦の解体を、マイトレーヤは1988年に予報しました。27年間も牢獄につながれていたネルソン・マンデラ氏の釈放、アパルトヘイトの廃止と新しい南アフリカの建設も予報しました。南アフリカの大統領としてネルソン・マンデラ氏が選ばれた現在の状況がマイトレーヤの予報を完全に成就させました。最初の頃の予報の中でマイトレーヤは、パレスチナ人は彼ら自身の故国をもつだろう、そしてパレスチナ人とイスラエル人は同じ土地を分かち合うだろう、そして兄弟として共に住むだろうと言われました。今、まさにその事が起こっています。又・その当時、アメリカは共和党の大統領(ブッシュ)を持っていましたが次の大統領は、民主党から出るだろうと、選挙の二年前にマイトレーヤは予報されました。これらはマイトレーヤが提供された多くの予報のうちのほんの、幾つかの例です。マイトレーヤはどうしてゴルバチョフ氏があのような行動をとるという事を、ネルソン・マンデラ氏が、このようになるということを知っていたのでしょうか。霊視をしたり、水晶の球を覗いて未来を見たりということではありません。
マイトレーヤはそれを起こさせたのです。ゴルバチョフ氏やマンデラ氏に姿を現し、彼らを鼓舞することによって、このような事をおこさせました。世界中の指導者達のなかでも、とくにゴルバチョフ氏とネルソン・マンデラ氏がマイトレーヤの鼓舞に対して、 刻みつけられた印象に対して、非常に敏感に反応しました。ーーー』



 現在迄キリスト・マイトレ−ヤは、世界中のあらゆる人々に働きかけられて世界を変えておられます。しかし、その働きの中にはキリストが世界に放出されているエネルギ−もあります、それは、キリスト意識のエネルギ−だけではありませんで、この時代の為に用意されたものであり、まったく特別なエネルギ−でありまして、これが人類を大調和の方向へと変換させておられます。(これについては別の論文に纏めるつもりであります。)
この作品の最初に紹介した五井先生の御法話の中で、真の天皇について述べられておりますが、この御法話をよく熟読してくだされば分かると思いますが、真の天皇というのは、実はキリスト(世界大師或いは世界教師。)のことなのであります。
終戦時の昭和天皇の国を救った犠牲行為をキリストに例えておりますが、それは間接的に真の天皇と秘教的にキリストと呼ばれている存在が同じであるということを教えて下さっているのであります。五井先生は覚者でありますからすべてを御存知であります、しかし、キリストの真の姿について説くのには時期的な問題もありますし、色々と難しくなってしまいますからこのように間接的に説かれたのではないかと思います。(これは時期がくれば世界的な事実として証明されますから。)
この昭和天皇の犠牲的行為とキリストをだぶらせて説かれているのは、他にも重要な意味があるようでありますが、これは別の論文に纏めるつもりであります。

それからこの天皇の御法話において、注目していただきたいのは、『何にしても神聖にして犯すべからざる、ようするに霊がですね』とか、『私が何度も言うけど、そういうなんていいますかね、神霊を中心に置くために、この世界をすっかりきれいに大掃除しなければ、それがこられないんですよ。』という様に真の天皇(キリスト)の出現について述べておられますが、この天皇の出現について五井先生は、「霊」とか「神霊」と
いう表現方法を使っておられます。これは天皇が物質化して出現することを現しております。
何故かといいますと、赤ん坊として肉体を持たれた方が、神我一体の悟りを得た場合には神霊という様な表現の仕方はしません。そのような場合は神人というのであります。

五井先生は内界で働かれている覚者方のことを、守護神とか神霊という様な表現の仕方をしていましたので、ここで説かれている神霊とは覚者の物質化して出現することを説いていることがよくわかります。

真の天皇であられるキリスト・マイトレ−ヤは現在までに物質化して出現しておりましてロンドンのアジア人地区に実際に住んでおられます。そして、この偉大なお方は今まで説明してきたように、世界にあらゆる問題解決の為のメッセ−ジを与えてくださっておられまして、世界平和建設の為の道を指し示してくださっておられます。
私達は少しでも早く、キリストが世界の中心にお戻りになる日を願いたいものであります。
五井先生はその御著書『宗教と平和』の中の−−心霊科学と宗教−−の章でこの様に述べておられます。(この御法話は昭和43年における御法話です。)
−−『見ずして信ずる者は幸いなり、の言葉を第一の言葉として、第二、第三の道を、私は今日迄研究しつづけてきたのでありますが、第二の道を霊覚による個人的運命指導とし、その運命指導にからんで、神と人間との関係、真実の人間についての真理の話を聞かせており、第三の道としては、世界平和の祈りの説法をしているのであります。
−−中略−−神は人間の本体であり、神の世界こそ、人間の本住の地であるから、人間はどうしても神のみ心に還えらなければ、真実の明るさ、真実の安心をえられぬようにできているのであります。自己の想念が、神の世界に常に還えっていながら、この世の生活をそのまま行じている人を覚者というのでありますが、私はそうした覚者への道を、昔の宗教者のように難行苦行をなさしめず、知らぬうちに体得させようとしているのであります。それが世界平和の祈りなのであります。世界平和の祈りをしております時は、その人はすでに神の世界の住者なのです。何故ならば世界人類の平和こそ、神の姿の現れた姿であるからで、それを願うのは神の御心そのものであるからです。世界人類の平和を乱しているもの、それは人間の業想念にほかならないのですから、その業想念を神の世界の大光明のなかに各自が持ち込んで、消し去ってくることによって、この世が、神の真の姿である平和世界になることは必定なのであります。その最もやさしい方法が、世界平和の祈りなのであります。
第四の方法は、この世界平和の祈りを、皆さんがすることによって、この地球世界が次第に浄まってきて、心霊や神霊の光のひびきに近づいてゆくので、心霊や神霊が地球世界にその姿を現しやすくなる、という理を根底にした、心(神)霊現象実験なのであります。この成功こそ世界人類を現実に救いえる唯一の方法と私は確信しているのであります。
今日ではもはや、理論だけの宗教などはなんら力のないものになってしまいます。いくら理屈をいっても、釈尊やキリストのことを学問的に調べて発表しても、無意味に等しいのです。』−−−五井先生はこの様に、『心霊科学と宗教』というテ−マの中で、神霊の物質化現象について述べておられますが、これは秘教の教えからみるならばハイラ−キ−の外的顕現のこと、つまりキリストと覚者方が物質化して出現されることをいっているのであります、そして五井先生はこの文章の最後をこの様に結ばれておられます。

−−−今日こそ、大神の至上命令が、地球世界に厳然とひびきわたって、大神(救世主)の命のままの世界の組み立てがはじまらぬ以上は、地球世界は滅亡のほかはありません。
 世界平和の祈りこそ、大神の姿が、救世主として地球界に君臨する日を、はらい浄めてお待ちする祈りであるのです。


・・・ 今まで大救世主が、物質化して出現されているという事を中心に説明してまいりましたが、これからは救世主の肉体人間として現れる形、つまり赤ん坊として生まれて肉体を持たれるという形について考察してみたいと思います。
五井先生は今までに説明したように、救世主の出現についてハッキリとは言及されずに、二通りの在り方を話されておられ、その一つが今まで詳しく説明してきた物質化現象として現れる形であり、そしてもう一つの在り方が、肉体人間として現れる形です。
この肉体人間として現れる形というのは、赤ん坊として生まれてきた人間の事をいっているものと思われます。
普通一般的には、救世主の出現については、この肉体人間として生まれてくる形を考える方が多いのではないかと思いますが、今まで私が、この課題について研究してきていえることは、キリスト・マイトレ−ヤ(救世主)が赤ん坊として生まれて肉体を持っているという可能性はまずないといっていいでしょう。
それでは、この肉体人間としての可能性はないかといいますと、そうではなくて、これはマイトレ−ヤがあるお方をオ−バ−シャドウされるという形を通して実現されるのではないかと考えています。
これはどういう事かというと、来るべき時代に現れる神権政治(祈りによる平和運動/霊的な日本人を御参照して下さい。)について考えてみる時、この神権政治を形成するのは、物質化して現れる覚者方と肉体人間として生まれている方達によって形成されるのでありますが、この神権政治において実際の政治を行うのは肉体人間として生まれている方達なのであります。そして、この神権政治の中心者になるのは誰かといえば、それはマイトレ−ヤであります。  しかし、マイトレ−ヤは肉体人間として生まれてきておりません、ですからこの実際に政治を司る神権政治の中心者をオ−バ−シャドウする形を通して顕現されるのではないかと思います。これは、最初に紹介した五井先生の天皇についての御法話にもよく現されておりまして、それはどの個所かといいますと−−−『どこのどなたが天皇になるかは、まあ別として、私ども日本に住んでいる日本人はね、日本に住んでいる日本人はいわゆる皇太子、いわゆる浩宮というでしょう。ああゆう人がなるのが一番楽ですからね、一番この摩擦がありませんやね。他からヒョッと出てきて天皇だったりするってのは、それで摩擦がない、そのままス−といって浩宮な
ら浩宮が本当の天皇のね、天皇の本源を現すような大神霊になってくだされば一番いいと思って・・・』という個所なのでありますが、その中で浩宮さんを例にとって−−本当の天皇のね、天皇の本源を現すような大神霊になってくだされば一番いいと思って、−−−とあります。
これはややもするとス−ッと見過ごしてしまいそうになりますが、この個所に大変重要な意味が込められているのがよくわかります。それは前にも説明しましたが、肉体として生まれてきた方がその本源を現して神我一体の悟りを得た場合には神人になったというのでありまして、大神霊という表現の仕方は致しません。これはつまり大神霊(偉大な覚者)が、肉体人間をオ−バ−シャドウして御自身を現される形を示しているものと思います。ここでは浩宮さんを例にとりまして、説明されておりますが、やはりこの様な方が神権政治の中心を司る者として現れる事がこの御法話等からハッキリと読み取る事が出来ます。この様な覚者(神霊)の出現方法は、秘教的には全く一般的でありまして、多くの覚者がこの方法を取られまして肉体界に出現されておられます。
キリスト御自身も、何度もこの方法を通して、肉体界に出現をされましたが、その中でも有名なのは2千年前に弟子であるイエスの肉体を通して顕現されたことであります。
この様なことを聞いても、ピンとこない方達も多くいるのではないかと思いますが、これは秘教的な事実でありますので、いずれは証明されることであります。
この様な事柄は、五井先生はお話にはなりませんが、しかし五井先生の聖書講義等を注意深く読むならばイエスがまだ覚者ではなく、不完全な面があった事をその御法話のなかでお説きになっているのを見つけることが出来ます。(五井先生は、真理を易しく説く役目であり、祈りによる平和運動の使命から考えても、時期的にはこの様な事柄は発表出来なかったものと思います。それから五井先生が説く霊覚者の意味は、秘教でいう覚者の意味とは異なりまして、詳しくいうならば、覚者にまだなっていない霊覚者は、いまだ不完全な面がありまして邪道に陥る可能性を秘めております。)
それでは、この様な神権政治の中心者はどこから出現されるのでありましょうか。
それについてハッキリ断言出来ることは、霊的な原理から考えまして日本であることは間違いないと思います。
ここで説く霊的原理とはなにかといいますと、日本という霊的使命の持つその特殊性のことなのであります。
これについては、秘教の教えとしても未だ提供されてはおりませんが、秘教の教えは段階的に人類に与えられるものでありまして、いずれ日本の天命についても詳しく説かれるときがやってくるものと思います。
それでは日本の天命とは何なのでありましょうか、それは五井先生も説かれている如くに日本は霊的には世界のヘッドに位置していまして、世界の雛形としての使命のある国なのであります。
これは私が日本人だからいっているのではありませんで、今まで五井先生のみ教えや神道関係の教え等を研究してきた結果としていっているのであります。
それでは、日本は平和世界を創る原型なのではありますが、それがどの様に世界の雛形であるのか、ある資料から紹介してみましょう。
これは出口王仁三郎が率いていた当時の、大本教団の歴史なのでありますが、この王仁三郎と大本教こそ、この日本の霊的使命をもっとも現していたものは他にはないでありましょう。

・−−−ある王仁三郎研究家の御著書からの抜粋です。−−−

−−『歴史と王仁三郎が示す六年間隔の神秘的符合』−−
 出口王仁三郎の未解決の予言、すなわち「未来予言」について述べるまえに、私達は、王仁三郎あるいは「大本」と、「歴史」のあいだに見られる、不思議な暗号についてふれておく必要があるようだ。
この暗号の意味を解釈することが、王仁三郎の数々の予言の核心にアプロ−チする、重要なキイになるのである。
王仁三郎が徹底的な弾圧をうけたのは、昭和10年(1935)の12月8日である。
この日、警官隊は綾部、亀岡、そして王仁三郎のいた宍道湖畔の松江の別院を急襲したのだが、連合艦隊の特別攻撃機が真珠湾を急襲したのは、ちょうどこれから6年後の12月8日であった。しかも日時だけではなく、宍道湖(しんじこ)−−真珠湾(しんじゅわん)という地名まで符合していることは、なにやら私達にひっかかりを感じさせずにはおかない。もちろん、このような例がこれひとつだけなら、偶然としてすますこ
とが出来るかもしれない。しかし、次のような不思議な暗合が、つぎつぎと重なってくると、これは最早、なんらかの意味のある偶然としか考えられなくなってくる。
昭和11年(1936)4月18日、綾部、亀岡の聖地はその所有権をとりあげられ、全国の大本関係の施設は、つぎつぎにことごとく破壊される。ちょうど、これから6年後の昭和17年4月18日、アメリカのドゥリトル爆撃隊による最初の本土空襲がおこなわれ、やがて全国の主要施設が空襲によってくまなく破壊されるようになる。
しかも、昭和17年(1942)8月7日、王仁三郎は保釈されるや、『わしの出た日から、日本は負けはじめじゃ』といったが、ちょうどこの日、米軍はガダルカナルに上陸、本格的な反抗をはじめるのである。
また、昭和20年(1945)9月8日、王仁三郎は大審院において、最終的に無罪をいいわたされる。そしてちょうど6年後の昭和26年9月8日、サンフランシスコ講話条約が結ばれ、第2次大戦は法的にも終結するのである。
さらに、「昭和神聖会」の旗揚げは、昭和9年(1934)7月23日である。ところが、これからちょうど6年後の同じ日、第二次近衛内閣が発足する。この近衛内閣は、同じ九段の軍人会館で大政翼賛会の結成大会をおこなった。
昭和神聖会は、「大本」による右翼連合の組織化であり、大政翼賛会は、政府による上からの右翼の組織化であった。そして、王仁三郎は、民間右翼の大物、内田良平を副統官に任じ、近衛内閣は軍統制派の東条英機を副総裁に任命している。
このように、大本弾圧と日本の敗戦への足取りが、不思議にパラレルな関係になっていることを、私達は、どのように解釈すればいいのだろう。しかも、それはピタリと『6年』といった間隔をはさんだ関係になっている。
さらに、神秘はこれだけではない。
王仁三郎が投獄されていた期間は、事件発生の昭和10年(1935)12月8日から、昭和17年(1942)8月7日の仮釈放までの、6年8カ月。また日本が連合軍の占領下にあったのは、昭和20年(1945)8月28日に、最初のアメリカ軍が厚木飛行場に降り立ってから、昭和27年(1952)4月27日に日米講話条約が発効するまで、6年8カ月、しかもどちらも閏年(うるうどし)を二回はさんで、ピタリ2435日である。さらに、大本事件発生から、昭和20年9月8日の大審院における、最終的解決までの期間は、9年9カ月。太平洋戦争も開戦から、昭和26年(1951)9月8日のサンフランシスコ講話条約まで、ちょうど9年9カ月である。
このように、王仁三郎と、現実の歴史展開との間の、不思議な共振構造を、私達はどのように理解したらいいのだろうか。

『日本で起こることは、まず大本に起こる』
「大本」では、早くから「型の思想」ともいうべきことが強調されていた。それは、『大本は世界の鏡』という『お筆先』にもしきりに出てくる言葉からもわかる。
この型ということには、受動的な意味と能動的な意味がある。受動的というのは、世界あるいは日本で起こることは、まず大本に『型』として起こるということであり、能動的な意味としては、大本である型を演じれば、それが日本、あるいは世界に反映してゆく、ということなのである。
そして、実際にそういう型と実地の照応が、王仁三郎と日本の歴史、つまり弾圧と敗戦という形で、現実に生起したことはいま述べてきたとおりである。
予言とか神秘とかいうと、すぐ超能力という言葉が連想される。しかし、いくら超能力をもっていたとしても、このような現象を人為的に起こすことは不可能である。このような現象は、その主役である王仁三郎や日本という存在が時空間の全体構造のなかで、なにか特殊な存在、特別の使命とか役割をもった存在であったとしなければ、どうしても説明がつかない現象ではないかと思われる。

『霊界と現界の照応原理』
 第一章で述べたように、物質界の根源をどこまでもたどっていくと、まったく物質的な性質のかけらもない世界に、私達は到達する。これによって推察できることは、霊界は、単純に現界と対立して、二元論的に存在するものではなく、現界とかさなりあうような形で、つまり合わせ鏡のような感じで存在している、ということが導きだせる。
王仁三郎は、このような現界と霊界の関係をつぎのように述べている。
『現実世界はすべて神霊世界の移写であり、また縮図である。霊界の真像を写したのが現界すなわち自然界である。ゆえに現界を称してウツシ世というのである。これをたとえば一万三千尺の大富士山をわずか二寸四方くらいの写真にうつしたようなもので、その写真が現界すなわちウツシ世である』(霊界物語より)一万三千尺の巨大な富士山(霊界)が、二寸四方(現界)に転移される、という王仁三郎ならではの例えを前に、私達は霊界の壮大なパノラマを見る思いがする。
このような霊界から現界の照応構造が、おそらくいま紹介した、奇妙な型とよばれる現象を発生させる根底にあるのだろう。
しかし、照応構造といっても、ここでいう霊界のパノラマと現界とは、まったく照応した同一の風景なのだろうか。霊界と現界が合わせ鏡のように照応していることは、感覚としてわかるとしても、ただ問題は、一人の媒介者が、霊界のビジョンをキャッチしたとき、それは現界の時間・空間と、どのような関係で照応しているのか、といういわば照応の構造の問題が残る。
王仁三郎自身は、この点について次のように述べている。
『神界と幽界とは時間空間を超越して、すこしも時間的の観念はない。それゆえ霊界において目撃したことが、2、3日後に現界に現れることもあれば、10年後に現れることもあり、数百年後に現れることもある。また数百年、数千年前の太古を見せられることもある。−−中略−−霊界より見れば、時空、明暗、上下、大小、広狭等すべて区別なく、皆一様並列的に霊眼に映じてくる』(霊界物語より)
                  ・
                (中略)
                  ・
−−『日本列島は世界地図の縮図である』−−
 ここで、私達はもう一つの、驚くべき型について述べておかねばならない。それには一枚の世界地図があれば十分だ。ついでに日本地図もあったほうがいい。
世界地図をひろげてみよう。そうすると、私達は、ある驚くべきことに気がつく。それは、日本の国土そのものが、世界の雛形になっているのである。日本列島の配置を変換すると世界の五大陸の縮図となっているのである。
王仁三郎も大本神歌のなかで、『日出る国の日の本は、全く世界の雛形ぞ、わが九州はアフリカに、北海道は北米に、台湾島は南米に、四国の島は豪州に、わが本州はひろくして、欧亜大陸そのままの、地形をとどむるも千早ぶる、神代の古き昔より、深き神誓の在すなり』と述べている。
  本州−−−ユ−ラシア大陸
  北海道−−北アメリカ
  九州−−−アフリカ
  四国−−−オ−ストラリア
  台湾−−−南アメリカ
  となり、しかも富士山はヒマラヤに、琵琶湖はカスピ海にといった具合に山や河や湖なども、みごとに対応するのである。
何故、このような相似が成り立つのだろうか。これも霊界と現界の照応原理から考えると、日本列島の成立そのものに、特殊な霊的磁場が作用したからだと解釈できる。実際、神道霊学の立場からすると、日本が神国であるという根拠は、この霊的磁場そのものとしての国土と、言霊としての日本語に帰着する。
                  ・
                 (中略)
                  ・
 最近世界を騒がせている『竹内秘史』も、明確にこのような磁場において成立したといえる。これは、武内スクネの末裔となのる、越中の竹内家に代々継承されたと称される一連のいわく因縁のある古文書である。この竹内秘史によると、日本民族の歴史は気の遠くなるような太古の時代にまで遡及し、そのころの日本は世界を支配していたという。その支配は霊的な支配で、そのために、彼らは日本列島のあるところに世界を統轄する神宮を祭祀していたというものだ。
これを通常の意味における歴史と考えるには、年代があまりにも途方もなく、文体的にもまた内容的にも、あまりにも奇妙なもので、近代における偽作ではないかという疑問ももたれている。
しかし、王仁三郎も『竹内秘史には、わしが神様から聞いているのと少し違うところもあるが、信ずべきところもあり事実もある。鵜沢博士(二・二六事件の弁護士)はこれを読んで感心して、世の中が変わるというているのである。わしも神界から聞いているけれども、そんなこというたら日本の国がつぶれてしまうから、あくまでこのまま押し通していかねばならんので・・・・』と述べているように、なにかとてつもない秘密が
隠されているようである。
この種の霊的書物は、そもそも霊界と現界が、時空を超えた照応関係にあるがために、読み方によって、神話的歴史の書であると同時に、予言書でもあるという重層的な性格をもっている。このような意味で、古事記には六通りの読み方がある、と大石凝真素美はいっている。前章で述べたように、霊界物語には三十六通りの読み方があると王仁三郎も述べている。その一つの読み方が予言書であるが、普通に読めば、太古のまだ人間が霊体だけであった時代の歴史をつづったもの、としてうけとめられるのである。
ところで、このような日本列島そのものが、地球の雛形になっているということと、王仁三郎がその日本の型をある時代において演じた、ということがどう結びつくか、一つの壮大な時間軸のなかで神話的シュミレ−ションによって考えてみると興味深い。霊学的な伝承の世界では、日本の古い名称として霊(日)の元津国といういいかたが伝えられている。神代とよばれるはるかなる太古の時代においては、霊界はこの霊の元津国−−日本列島の霊的磁場を媒介として、現界に流出する回路をもち、霊界と現界は強い共振構造に置かれていた。
王仁三郎は、この時代を国常立命の神政時代としている。この時代は霊主体従の時代とも表現される。このような時代においては、現界においても、世界は霊的秩序のもとにあった。ところが、ある段階で、霊界の流出回路が幽閉されてしまって以来、世界は体主霊従と呼ばれる、秩序のない乱れた世の中になってしまった。
この日本列島に幽閉された、霊的回路の封印をとりのぞくということが、すなわち大石凝真素美の主張であり、ナオにかかった艮の金神の要求でもあった。そして王神三郎はみずからの魂体(からだ)を霊的器官と化すことによって、太古以来、幽閉されてきた霊的回路を、ふたたび日本列島の磁場のなかにときはなとうとしたのである。別の言い方をすると、ある段階で王仁三郎は日本の霊界そのものの意志と、同一化した存在になっていた。まさに、神からの使命を受託した容器と化していたのである。
                 ・
                (中略)
                 ・
−−『これから本当の火の雨が降る』−−
 敗戦後まもない昭和20年(1945)9月、小石川小学校で開かれた大審院法廷は、検察側の上告をしりぞけ、王仁三郎らの無罪は確定した。しかし、すでに王仁三郎を裁く国家機構自体が、解体の危機にさらされていたから、これはまったく形式的な儀式にすぎなかった。
こうして、王仁三郎を中心に、戦後の大本は華麗な再発足をするかに思われた。彼はすでに獄中にいるときから、 『これは悪魔と悪魔の戦争やから加担する必要はない』『神界に百八十一階級あるが、邪神にも百八十一階級ある。いま戦争をやっているのは邪神の、十二、三階級の者が指導者になってやっておるのだ』と述べ、『これでわしらは戦争に協力しようにもできんところにいれられた。このことは後で重要な意味をもつんや』『東条はじめ、村長にいたるまで戦争の協力者である。ル−ズベルトもスタ−リン・・・全然責任のないのは大本だけ』と述べていた。
信者の多くは太平洋戦争で立替えという破局の段階は終わり、これからいよいよ立て直し、すなわち平和的な建設の時代にはいると考えた。また、王仁三郎もあまり予言めいたことを口走らなくなる。
もっとも、まったく予言めいたことをいわなくなったかといえば、そうではない。敗戦の日、彼は中矢田農園の自宅で、ワッとつめかけた大勢の信者に、 『ワッハッハッハマッカ−サれた』と冗談を飛ばし、 『つぎはアメリカとソ連じゃ。しかし、はじまったら半年ほどしかかからん。そのあと  はしばらく平和時代がつづく』と、さっそく予言している。
これは、本格的な米ソ戦争を予言したというより、その代理戦争である朝鮮動乱を予言したもののようである。事実、朝鮮動乱は半年とはいわないが、約一年の後に休戦交渉にはいり、すくなくとも日本に関するかぎり、しばしの平和時代がつづくのである。
王仁三郎はまた、昭和20年の暮れ、このような平和が、かりそめのものであることも警告している。ちょうどそのころ、吉岡温泉に逗留中の王仁三郎を訪ねた新聞記者が、 『火の雨の予言も実現しましたね』と感心すると、王仁三郎は、こう答えたというのである。
 『実現せんように努力したが、残念ながら実現してしもた。しかし、あれはまだ本物じゃない。本当の火の雨はこれからじゃ』これは、まだこれからおこるかもしれない核戦争のことなのだろうか・・・・。
戦後大本は、昭和21年2月7日に、愛善苑という名称で再発足する。亀岡・綾部両市議会は、すでに無償で聖地返還を決議していた。再建は急ピッチで進められ、翌22年8月には王仁三郎の喜寿を祝う祭りが盛大におこなわれた。
この戦後の日々は、時代の光と闇を一身に担い、なにものかにせきたてられるような、波瀾の生涯を送ってきた王仁三郎にとって、ゆっくりとくつろげたわずかの貴重な時間であったかも知れない。縁側のソファにもたれかかりながら、愛犬シロとたわむれる孫たちを、やさしい目で見つめる王仁三郎。それは王仁三郎がふつうの人間として送ることのできた短い時間だった。
昭和22年、王仁三郎の肉体には急速に老化のきざしがあらわれる。そして、翌昭和23年1月19日未明、王仁三郎は亀岡の天恩郷で、その76歳の波瀾に満ちた生涯を終えた。その死に顔は、満ち足りた安らかさをたたえていた。
 こうして、偉大な予言者であり、宗教家であり、すぐれた政治的指導者でもあったこの不思議な人物は、この世を去った。未解決の予言を残して・・・・。

・ 今まで紹介したように、日本は霊的に特別な使命がありまして、日本が世界を大調和する中心となっていかない以上世界に平和が来ることはありません。
日本は全く平和世界の原型としての霊的使命があるのです。
その一つの現れが、日本の平和憲法なのでありまして、これは世界に類例をみないものであり、素晴らしいものであります。
ですから現今の政治家の先生方が、この平和憲法をアメリカが作ったものだとか、時代遅れだとかいっているのは、日本の天命が何であるか全く理解していないからなのであります。五井先生も説かれておりますが、この平和憲法は人意によって出来たものではなく天意によって出来た全く神の御心が作らせたものであるといわれております。これは言い換えるならば、覚者方が日本の天命達成の為にインスピレ−ションを与えて作らせたものといってよいでしょう。
ですから平和憲法を無くしてしまおうなどという議論は、全く馬鹿げておりまして、それは日本を亡ぼし、世界を亡ぼす行為なのでありますから、そういう事を日本の政治をとる者たちは、よく認識する必要がありましょう。
それでは話を元に戻しまして、神権政治の中心者は日本に現れると述べましたが、実は大本教の出口王仁三郎は、御自身が生まれ変わってくる事を明言されておられます。
王仁三郎は当時、神道でいうスサノオオノ命の神がかり(オ−バ−シャドウ)を受けておりまして、その器として働かれていました。
以前にも述べましたが、スサノオオノ命と秘教的にいうキリストは同一の存在でありますから、王仁三郎はキリストのオ−バ−シャドウを受けていた、つまりキリストの器として働かれていた事がわかります。
ということは、当時の真の天皇は皇室にいたのではなくて、王仁三郎を通して現れておられ、日本の天命達成の為に働いておられたのであります。
その王仁三郎が転生してくるということですから、これから先の時代に出現する神権政治の中心となる方は、この王仁三郎の転生された存在とみて間違いないでありましょう。

 ここで注意しておきたいのは、この様な重要な立場にある存在は、覚者方の他には誰も知る事が出来ないという事であります。
特に現在、白光会の会長である西園寺昌美は、ある青年を救世主として、あるいは新天皇としてまつりあげており(もっともこれは、社会の裏側においてなされている事です。)、その青年を元首的な存在として自らの野心的計画を果たそうとしております。
他の論文でも述べましたが、西園寺会長は覚者ではありませんから、真の天皇の様な存在が何処に転生しているかなど知ることが出来るわけがありません。
それどころか西園寺会長は、五井先生御帰神の後に、ある事件を起こしておりまして、それを総合的に判断するならば、間違いもなく黒魔術師でありまして、非常に危険な存在とみて間違いないでしょう。
この西園寺会長が起こしている野心的な計画は、五井会という(日本の有数の経済会の大物が中心になり出来ているグル−プ)西園寺会長への盲信的、狂信的な信仰者(これは真の信仰ではなくて、宗教的献身というグラマ−であります。)をたくみに利用したものであります。
それはこの重要な祈りによる平和運動という場に、偽の救世主をまつりあげまして、会長自らが持っている黒魔術(これは昔は、世界に起こる重要な出来事の予言として特になされていたものと思います。現在では、この黒魔術を使いましてスポ−ツ等を操作している様に思われます。このスポ−ツの件などは、この偽の救世主をダシにしまして、神様がなさしめている様に演出していた様に思われます。)と、五井会の権勢を持ちまして、日本を中心として世界の影響力のある経済界や政治界等に、内部から働きかけていたように思われます。
そしてその目的は、そのまつりあげた偽の救世主を中心としての自らの支配体制の確立にあったように思われます。これは一種の革命でありまして、まるで共産主義革命のように内部から働きかけて、現在の世界の体制を根底から覆そうとしていた事にほかならないと思います。
そいうえば、今から九年くらい前ではないかと思うのですが、西園寺会長は自らが主催している行事において、これから七年後に世界の指導者達が、この白光主催の行事に集まるようになるとか言っていたようでありますが、現実には七年過ぎてもそのかけらさえ見ることは出来ませんでした。こんな事は当たり前の事でありまして、西園寺会長はいったいこの時何を計画していたのでありましょうか。実際にこのようなことがあるとするならばそれは神霊の物質化現象が実現して西園寺会長の行事を後押ししてくれた時だけでありましょう。しかし、神霊の物質化現象が後何年先に起こるとか明言することは出来ませんので、まったくいい加減な話であります。
それから現在では、祈りによる平和運動自体を全く間違った方向へと引っ張っていこうとしております。このままいけば祈りによる平和運動の真の働きはできなくなり、日本にとっても世界にとっても大変なマイナスになります。ですからこころある人達は、西園寺会長に対して非常に危険な存在であると認識する必要があると思いますし、最低でも無視をしていくことが必要であると思います。
今までに西園寺会長について、私が述べてきた事はけっしてオ-バ−な事ではなく、秘教的に黒魔術師や闇の勢力について研究をされれば納得がいくのではないかと思います。
(これについては、祈りによる平和運動/闇の勢力を参照してください。)
参考までに申しますと、ナチスのヒトラ−等は闇の勢力の影響の下に働いていました、これは秘教的には有名な事実でありまして、実際に彼を背後から操作していた黒魔術師が存在していたようであります。そして、彼がどの様なことをなしたかは説明する必要もないでありましょう。ですから西園寺会長が、ある青年を救世主であるとかいっていても、それは全くのでっちあげにほかなりません。神権政治の中心者については、覚者方以外には誰も知ることは出来ませんし、まして現段階で一般の人達が知っている等とは全く馬鹿げきったことでありまして、相手にする必要もないと思います。(これは神権政治の中心者だけの事ではなくて、それ以外のメンバ−にもあてはまります。)
それではここで王仁三郎の詩から一つ紹介しましょう。

        醜の魔神の現れて    善の仮面を被りつつ

        誠の道を汚しゆく    言葉たくみな口車

        うっかり乗るな信徒よ  外面如菩薩 内心如夜叉

        神の真似する悪魔の世界 うまい話にのせられな

                             王   仁

                          −−−『霊界物語』より−−
−これは王仁三郎の詩でありますが、よく闇の勢力の在り方を現しているものと思います。王仁三郎も当時は、国家の横暴弾圧は勿論のこと、教団内部の狂信盲信迷信等と闘ってこられた方で、一時は信徒から暗殺されかけた事もありました。
ですから闇の勢力の働き方等もよく御存知であったと思います。
この神権政治の中心者につきましては他の論文にあらためて纏めるつもりでありまが、この神権政治の中心者についてわかる事は、五井先生や神道関係の資料等から考察しまして、まずそのお方が公に現れる時は、若い青年である事と、一般社会の中にすでに生活しているという事であります。そのお方が現在自分の天命に気付いているかどうかわかりませんが、時期的に考えまして、今世紀以内に公に出現されるのは間違いないでありましょう。
何故この方が、一般社会の中から出現されるのが分かるのかといいますと、それは神道の古事記の中に明確に預言されているのであります。
この古事記については、五井先生も王仁三郎もお認めになっておられますし、五井先生のみ教えを総合的に研究してみてもあきらかではないかと思います。
そして五井先生はその詩の中で、この神権政治の中心者が出現される時の年令が、若い青年であることを教えてくださっておられるのですが、これは王仁三郎が自らの転生について言及されている事に符合してまいります。
それは王仁三郎は、自らの転生について『私は百歳にして生まれかわる。』と言明されておられまして、王仁三郎の誕生されたのが、明治4年(1871)ですからこれについては簡単にわりだせるものと思います。
王仁三郎の預言については、御自身では確言であるとまでいわれていたほどで、驚くべき預言の数々が資料として現在も残されております。
一つを例に取るならば、大正時代にすでに第二次大戦における、日本の敗戦日である『八月十五日』をかけ軸にしてあった程であります。
ですからその信用性が分かるというものであります。
そういえば神智学教会の生みの親であるブラバ−ッキ−も、現在はロシアに転生されておられまして、現在はまだ十代の子供でありますが、おそらく今生で覚者となられて、ロシアから世界的宗教を起こされるのではないかと思います。(近い将来にロシアから世界宗教が起こるというのは、ジュアル・ク−ル覚者が預言されている事であります。)
この方も勿論神権政治のメンバ−である事は間違いないでありましょう。

今まで述べてきたことは、考察でありまして、私自身は霊覚者でも霊能者でもありませんので、本物と思われる情報を真理に照らし合わせながら、総合的に整理して判断しているにすぎません。
このような論文を読まれた方は、私が霊覚者とか霊能者ではないかと思われる方がいると思うのでありますが、私は普通の未だ未熟な人間でありますので、お間違いのないようにお願い致します。

それにしてもロンドンに物質化して出現されているマイトレ−ヤへのアメリカのニュ−ス・ネットワ−クからのテレビインタビュ−は近づいております。
これ以後のマイトレ−ヤの出現は、急速に早まっていくのではないかと期待できます。
このような過程を通して、マイトレ−ヤの存在が人類に着実に浸透していく事になるでありましょう。




キリスト・マイトレーヤは、1988年5月に日本に向けてメッセージをくださっておられます。
それは『
     日本人は自己犠牲をおこなう能力を持つ。それゆえに彼らは成功

     してきた。彼らが自分たちの根を忘れることは破壊的だろう。

     これは日本人が東洋的な(霊的に基礎を置いた)生活様式を忘れる

     べきではないことを意味する。
                                   』

このようにいわれておられます。
ですから現在、この日本に生きている私達は、大変重要な立場に置かれていることがわかります。
このような時に、現在の西園寺会長がひきいる白光会の在り方は、ほとんど末期的といっていい状態でありまして、勿論日本の天命達成の為の一助も出来ないでありましょう。
それどころか、日本にとっても世界にとっても非常に害になるものであります。
しかし、いずれこのマイトレーヤと覚者方の出現の後には、この偉大なお方達のバックアップの下に、日本において現れる神権政治の中心者が、日本の天命達成の為に立ち上がることになるでありましょう。
それは、もう今世紀以内の可能性が非常に強く、数年以内に始まる事になるのではないかと思います。
なんに致しましても、日本の天命が、祈りによる平和運動の中から開かれていくのは間違いないでありましょう。
私達、この日本の重要かつ高貴な天命を知っている者たちは、その日のために、自分の出来ることを精一杯行い、自分を備えておくことが必要ではないかと思います。
少なくとも私自身は、この日本の天命達成の為の一助なりとも貢献が出来るのであるならば、幸せに思っております。



                                          ーーー作成1994年11月9日書斎にてーー





           大 和 神 富 士





        今まで雨雲につつまれて

        五米先も見えなかったという裾野に私が立つと

        まるで奇跡のように

        にわかに雲が消えはじめ

        富士の全貌がくっきりと五月の空に浮び上がった

        やがて多くの年月を世界平和運動を繰り広げることになるこの裾野辺で
        
        こうして真近に富士の威容をみていると

        私の心に日本の古代が生々と画き出されてくる

        日本の歴史の美しさ尊とさが

        富士の姿を通してひびきわたってくる

        大和日本の真の姿を世界中に知らせねばならぬ天命を

        富士の神々から伝えられていた二十数年前のことが想い出される



        山々は神霊の住むところ

        まして神富士は大自然そのままの姿

        真夏の今朝富士に登った娘から

        役の行者を中心に諸神諸霊と宇宙の人が

        私たちの祈りに応えて祝福を送ってくれたという話があり

        富士と日本の使命のことを

        噛みしめるように想ってみた



        神富士に日は昇りきぬ祈り人大きいのちに融けて立ちおり



                                           ーー五井昌久先生詩集よりーー


・・この論文で紹介した、シェア・インタ−ナショナルはハイラーキーの動向を知るのに非常に為になると思いますので、是非御講読をお薦めいたします。
このシェア・インターナショナル関係と五井先生の関連で疑問の出てこられた方は、私の方にメールを下さればありがたいと思います。
けっしてシェア・ジャパンの方への問い合わせ等は止めていただきたいと思います。
まず納得のできる説明を得るのは無理でありますし、シェア・ジャパンの方達に迷惑がかかりますのでお願いいたします。
どのような質問を致しましょうとも、現段階てクレ−ムさんの師である覚者のコメントが変わることはありえません。
そのような事よりも、自分自身の視野が深く高くなっていくことを心がけるべきではないかと思います。






           ☆世界人類が平和でありますように