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ミラージュ1 ミニカの車検切れに合わせて購入。
ここで、いきなり新車購入!

ミラージュ スーパー SWIFT−R

かな〜りマイナーなグレードなんだけど、何人の人が知ってるだろうか? FF、1600cc、MPI(電子制御噴射の事ね)搭載で、135馬力。

スゲーじゃん!( ̄▽ ̄)ノ

車重は確か1250kgだったと思う( ̄_ ̄;
パワーウェイトレシオ悪いじゃん。
当時、私は学生で、仕送りをもらって生活していた身。 『金沢−仙台間を帰省するのに使うから1600ccじゃないとダメ!』 とかわけのわからん理由をつけて両親の反対を無視して購入。
乗り出しで150万くらいだったかな。 任意保険も含めると170万は超えたんじゃないかな。
それでも、バイト代を溜め込んで50万以上はできていたので、頭金にした野を覚えている。 バイトをはじめて約1年で結構溜まったなぁ。 (それだけ裕福な生活してたんだな(--;)

丁度購入した時期は、シビックにVTECが追加された頃。 後50万追加すれば乗れたんだけど、メジャーなクルマがイヤだったのと、友達が既にシビックに乗っていたので眼中になかった。
が、数年後にそれが失敗だったことを痛感することに・・・。

やっぱり、楽に運転できるクルマを持つと、遠出が多くなる。
当時私は金沢に住んでいた(ホントはチョットだけ外れてる)こともあり、 能登半島一周とか、隣県の旧跡を見て回ったりとか、当たり前。 帰省ともなれば仙台まで帰るし、ホント数百キロ単位での行動が多かった。

そのほかにも、夜な夜な山道に繰り出して遊んでたし。 雨とか雪が降ったときは必ず出かけてたなぁ。

でも、タイヤは減らなかった(爆)

おかげさまで、最初の頃は年間20000kmくらいだったかな。
乗り始めて3ヶ月目。
友達と山に走りに行って、とある右カーブで曲がりきれずに 『ズドンッ!』
納車後3ヶ月で1回目の事故。

自損だった。

ワイヤーガードレールに引っかかってリアフェンダーに穴が空いて、 ポールにフロントタイヤをヒットしてタイロッドが折れた。

修理代が30万オーバーだったの覚えてるなぁ...( ̄_ ̄)
これをきっかけに、純正タイヤ(海外のM社)をやめて、国産のタイヤ(D社)に変えたんだった。
ミラージュ3
2回目の事故は、バイト先に忘れ物をとりに行ったとき、幹線道路を走っていたら わき道から出てきたTodayに突っ込まれたんだったなぁ。 よくいう、もらい事故ってやつ。

このときも左フロントのタイロッドが折れた。
相手のおばちゃんが自分の否を絶対に認めなかったし、保険屋の対応にも腹が立っったのを覚えてるなぁ。
それと、旦那が出てきて対応してたもんだからさらにヒート!
今、あの保険屋の対応だったら裁判してただろうなぁ。
3回目の事故は、社会人になってから。
埼玉で就職して、仙台に帰省した帰り、栃木の街中でミニカにオカマ掘っちまったんだった。
結構疲れててさらに渋滞にハマって車間が詰まってたんだ。 相手のクルマのドライバーはおかあちゃんで、助手席にはその娘。 当時高校生か大学生くらいに見えた。 確か2〜3日して首が痛いかもって連絡を受けたんだった。
このときは、10:0で全部こっちが悪いってことで自分から保険屋と相談したのに、保険屋がそんなことするなといってきたのを覚えてる。
今になってみればあたりまえなんだけどね
あのときの親子、特に娘に申し訳ない。元気にしてればいいけど・・・

比較的でっかい事故を思い起こすとこんなところかな。

ちっちゃいトラブルはまだまだたくさんある。

金沢から仙台に帰省するとき、吹雪の中を○○○km/hでスピンして路肩にぶつかったとか、
大学から自宅に帰る途中で、工事現場からの飛び石(だと思う)でリアのガラスが割れたとか、
右折しようとブレーキ踏んだらバイクに追突されたとか、
側溝に片輪落として助けをたくさん呼んだとか、
チューニングパーツが全然無くってエライ苦労したとか、
リアタイヤがフェンダーに当たってタイヤを2本ダメにしたとか、
1600ccのクセに真夏になると7Km/Lしか走らなかったとか、
SUGOの直線だけで、シビックに100mも引き離されたとか、



なんだかなぁ・・・(--;
ミラージュ2 就職してからも酷使は続く(爆)
何しろサーキット走行をはじめたのはこのクルマだったから。

当時、栃木県鹿沼市にミューサーキットというミニサーキットがあって、年に1〜2回走りに行ってた。 会社の人がサーキット走行回を企画してて、それに便乗参加してたんだった。
ブレーキパッドも何もかもノーマルで走ってだんだんとブレーキが辛くなってきた。 当時はケツを流して乗るなんてできなかったから、アンダー、アンダー!
だけど、結果はそんなに悪くなかったんじゃないかな?
その後、ブレーキパッドを交換した以外は足もノーマルのまま分けもわからず走ってたけど、 一応、走れば走っただけタイムは上がってきてたし。
そして、インテを買う数ヶ月前のミューサーキットの走行でインテークが割れた。
修理見積もりをとったら、なんとも馬鹿らしい金額が提示されたもので即効で売ることに決定。
最後の壊れ方はなんともマイナーな壊れ方だった。ディーラーにも珍しいって言われたし。(爆)
何でインテークだったのか(^-^;)

まぁ、なんにしろ、一番ドタバタを経験したクルマには違いない。 だからこそ、記憶に残る思い出が沢山なんだよなぁ。

ある意味、カーライフの一番濃いところを受け持ったクルマだから、当たり前かも。
ミラージュ4
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