―謹賀新年―







聖闘士の修行には盆も正月もないのかな―
年の暮れも近づいてきたというのに特別な準備をするわけでもない。
そう思っていたら、麓の村ですらいつも通りに生活していた。
孤児院育ちとはいえ、やはり年末年始となるといつもより
美味しいものを食べたりしたけれど。この国は違うのかな?

五老峰に来て初めての冬、日本では十二月も終わる頃。
日本の生活習慣が基本の少年には不思議で仕方が無かった。


「中国では新年を祝うことはないのですか?」

「そんなことはないが…おお、そうか、そうか。日本は今は
太陽暦で動いてるのじゃったか。うっかりしておったわ。
太陰太陽暦というてな、太陽暦が太陽の動きを基準に
作られるのに大して、月の満ち欠けと太陽の動きを基準に
している暦でな、中国ではこの太陰暦と太陽暦の双方を
使い分けておる。正月などの年中行事は太陰暦が基準じゃよ。
その方が季節に見合っておるのでな。太陰暦における今度の
新年は二ヶ月は先のことじゃったか。」

人生生きて二世紀半の老師ならではの「うっかり」と言えよう。

「気付いておらなんだか、この家にある『かれんだー』とやらは
両方載っておるぞ。年によって太陽暦とは随分とずれる事が
あるので慣れぬとややこしくてな。まあ修行三昧のおぬしに
暦が違うなどという実感はなかったのではないか?」

「はい、今日が何日か知らなくてもあまり困りません。」

「この国の新年は賑やかでな!こちらでは春節というが、爆竹を
派手に鳴らしたり、廟会には屋台もでるから子供も楽しめる。」

「爆竹…ですか?日本では無かったような…。」
「最も…ここ十年程は色々あって春節どころではなかった。
毛の爺がくたばったのはいいが、中南海の阿呆共がまたぞろ
問題を起さねばいいのだが…」

「何のことですか?」

「ん?いやいや、長生きしすぎた狒々爺の愚痴じゃて。」

―あ奴の三倍も長生きしていていは墓石か化石と呼んでも
よかろうがなぁ…―清朝生まれの老師は内心苦笑しながら、
軽く頭を振って話を続ける。

「雪があまり酷くなければ、他の二人と一緒に村の祭りへでも
行かせてやりたい所なんじゃが、生憎と今年は雪が深い。
たいした事はせんが、この家でも多少なりと特別な料理を
用意するぞ。楽しみにしておるがいい。修行も年末二日と新年
一日の計三日は基礎訓練以外はナシじゃ。」

「えっ、休み…ですか?どうして?」

「働かざるもの食うべからず、かのう?楽しみにしとれよ。」


何やら含みのある老師の言葉を紫龍が実感したのは、
新年を迎えようとする2日前のことだった。




まずは一日目。体力作りが主体の運動を終えた王虎と二人、
その後は日が暮れるまで家中の大掃除と相成った。


ゴシゴシゴシゴシゴシゴシゴシ……水の表面が数センチの
厚さに凍り付くような寒さの中、床から屋根から磨き続ける。

「おい紫龍…俺達確か聖闘士になる修行しに来たんだよな?」

「俺もそのつもりだけど…これも修行だと思えばさ?」

「お前、変だぞ絶対。」

すでに投げやりな人間+どこまでもまじめ一直線な人間=
相互理解が難しい少年が二人。


そして二日目。今度は居間に行くよう言いつけられてそこで
見たものは―先日二人で街まで行って買い出ししてきたもの
に畑で収穫した保存用の野菜も併せた、山積みの食材だった。
その傍らでは老師の養い児である春麗が、幼いながらも
この家の立派な食事係として調理器具を点検している。

「二人共くじは引いたな?…うむ、紫龍が中で王虎が外じゃな。」

「じゃあ紫龍はこの包丁、気をつけてね?材料の細かい
下ごしらえをお願いね。王虎は裏にたくさん薪があるでしょう?
あれを割ってきてね。お風呂用にも使うから半分くらいいるかしら。
斧は研ぎに出して使ってないのがあるから、それ使うと楽だから。
そのあとでお水運んできてほしいの。こっちもお風呂用がいるから…
えっと…甕8つ分はいると思うの。大変だけどお願いね?」

「おぬしらはこれから大晦日と春節の間に食べる食事の
手伝いをしてもらう。春麗のいう事を良く聞いて、しっかりな。」

小さな同居人の言葉が把握できない少年達に向かって師の命は
簡潔そのもの。休む代りに自分達の生活は自分達で、というわけだ。
が、簡潔だからといって納得できるかといえばそんな道理は無い。
反抗心旺盛な片方は即座に異議を申し立てる。

「老師!俺たちは聖闘士になる修行を…」

「何を言うか、食は生き物の基本じゃぞ?食わずに何かを
出来る訳が無かろう。おぬし等とて毎日の食事があってこそ
生きていられる、その点でこういう機会があってもよかろう」

「お願いね二人共?」

多少申し訳なさそうな顔をしてはいるものの、どこか楽しげな
様子なのは気のせいではない。紫龍に至っては生まれてこの方
包丁など見る機会すら稀で、本人の中では第一種危険物状態
でしかない。それでも老師の言葉は絶対と信じているおかげで
王虎より思考回路がポジティブに働いてくれる。

「おい紫龍…俺達絶対に聖闘士になる修行しに来てるよな?」

「これも修行だと老師が―」

「飯なんざ腹が膨れりゃあいいんだよ!!こんな手の込んだ料理
要るってか?聖闘士じゃなく料理人にでもなる気かてめえは!」

すでにキレた人間+柔軟仕上剤使用済み精神の人間=
相互理解が不可能な少年が二人………



それでも外は例年以上の積雪で、はっきり言って麓の村に
辿りつくのはかなりの体力がいる。飢えて道に迷いたかねえな―
口をきくのも憤懣やるかたないといった風情の王虎はさっさと
自分の持ち場へと去っていく。一方の紫龍はといえば、春麗が
やっていた料理姿を思い浮かべて包丁と野菜を手にしたが―

「きゃあっ、紫龍ってばっ!それじゃ向きが逆!」

「え、逆って…刃を下にするの?」

「そうじゃなくって―そうそう、あと、持ち方はね―」

「……難しい……、すごいなあ、春麗はこんなこと
出来るんだから。絶対修行のほうが楽だって!」

「でも私は紫龍や王虎みたいに拳法なんて出来ないわよ?
それでいいんじゃないかしら?」

「さっき老師がおっしゃっていたよ。食は生き物の基本だって。
そうだよな、食べないと死ぬんだから。そう考えると料理を
作れる人ってすごいんだなあ。」

半ば本気で感心する日本の少年に向かって、満足げに肯く
老師は最後にこう付け加えた。

「この国ではな、日本に比べると男も料理をするものじゃよ。
出来て困るという類の事柄はないからのう。もう少し修行に
余裕が出てきたら、いずれ毎日春麗の手伝いをさせるからの。」

「大丈夫ですよ老師様、私一人でも」

「ワシですら自分の飯の支度くらい自分で出来る。こんな
場所で一人暮らしなんじゃからな、当然であろう?それに
赤ん坊の春麗を育てたのはワシなんだからのう」

「…………(それはそうかも。)」

紫龍も春麗も互いを見ながら、包丁片手に鍋の火加減をする
老師の姿を思い浮かべて軽く吹き出してしまった。

「ほれほれ、笑っとると手元が危ないぞ?」


―もしも、聖闘士になれなかったら…料理人っていうのも
いいかもしれないな―

「老師、俺色々頑張ります!色んな事を教えてくださいっ。」

「ほっほっほ、まずは毎日の修行を難なくこなせる様に
なることかのう?お前さんならそう遠い先のことでもなかろう。」


四苦八苦した結果の料理は、春麗の最終的な仕上げも
あって中々の出来具合だった。夜と明けて新年の食事は
今まで食べた中で一番美味しく感じた―家庭的な食事には
縁のなかった紫龍は、五老峰に来た当初も驚いたが
今回の正月料理には感動すら覚えてしまった。

以来、春節の時期が近づくと知らぬうちに浮かれている事が
ある紫龍は、時折老師に真冬の滝壷へ叩き落されるという
仕置きを受ける事となった。それでも新年を迎える楽しみは
絶えることなく、紫龍が聖闘士となって日本に戻るまでそれは
続けられた。帰る頃には他人に食べさせられる程度には
料理の腕も身について、聖闘士廃業となっても路頭に迷う
こともないと(あろうことか)老師までもが太鼓判を押した。

聖闘士の証である聖衣を手に入れる前に…………








「お前絶対恵まれてたって。」

ジャンクフードをほおばりつつ、紫龍の作った饅頭に
手を伸ばしてくる星矢は呆れ顔である。

「じゃあ…お前たちは何を食べていたんだ?」

「ネズミやウサギ捕まえて丸焼きとか。魚は地中海が近いから
山ほど獲れたっけ。食い物には困らないけど料理はなあー。」

「魚か運がよければアザラシも獲れた。一度鯨を捕まえて
数ヶ月鯨づくしになったぞ。時々ヤコフが差し入れといって
ペリメニ(シベリア風水餃子)やテュルゴム(羊の腸詰煮)を
届けてくれたが、師も俺も料理らしい料理はしなかった。」

「みんなましだと思うよ。アンドロメダ島なんて海流が悪いと
魚すら獲れなかったんだよ?砂漠にいる砂トカゲなんかの
小型の動物を探すしかなかったんだから。水だって枯れれば
サボテンを切って中の水分を代りにしたりね。」

どうにも深くて広い溝が横たわっていた。
まっとうな食生活以前にまっとうな生活をしていたのは
やはり老師ならではの特別な環境だったらしい。

「…………そ、そうなのか………」

「で?五老峰の第二シェフはその旧正月に合わせて
里帰りってわけか。いいねえーっ憎たらしいぞこのっ!
春麗さんの料理って美味そうだよなあーっ。いっそ
俺もついて行きてーよーっ!」

「煩いぞ星矢。だいたいお前…美穂さんが料理くらい
作ってくれるんじゃないのか?」

複雑そうに黙り込む星矢に残りの二人がフォロー態勢を取った。

「『料理くらい』と言える彼女がいる奴は幸せ者だと覚えておけよ。」

「料理は好きらしいが、その…味の方がな…」

「とっても個性的なんだって。」

素直に『不味い』と表現しないのは瞬ならではだが、『個性的』な
味とやらはどう控えめにとっても『美味い』と同義にはならない。

「しかも星矢、食べ物出されると絶対に食べるんだから。」

「うるせえな、お前らはーっ!いいんだよ、これでも前に比べれば
ちょっとずつ上達してんだからっ。」

紫龍はその時、自分の星の生まれに心底感謝した。
それこそ色々な意味で。



今年は何を作ろうかな。日本風の正月料理もいいだろうか
中国に行く前に料理の本を買っておこう
材料は…検疫に引っかかるかもしれない、向こうでいい。

戦いのないときは人間の頭は平和ボケしてしまうというが
こんなボケなら一向に構わないだろう



ささやかな代償があればこそ、俺は戦える


俺の還る場所に 辿りつく為に




END












TAROから一言



星矢ONLY熱血☆小宇宙4で突発無料配布にのせたモノ

星矢連載当時はまだ小学生であまり、中国という国が
どういう所なのか、漠然としたイメージしかなかった。
中国四千年というキャッチフレーズも、かなり誇張された
モノなんだと理解したのは高校入って以降、色々と本を
読むようになってからだし。星矢の世界が現実の連載
(八十六年)当時の時代に経過した物語―という前提で
書いてますので念のため。春麗ちゃんは文化大革命の末期に
生まれた計算。末期でよかったね…

単語説明。毛の爺とは言わずと知れた毛沢東。中南海とは
中国政府の中枢が存在する場所を指してこう呼ぶそうな。
廟絵ってのは日本でいうところの縁日だってさ。今は爆竹は
大都市では禁止されてるっていうけど、この当時なら?。
嗚呼、設定おたくの血が…こういうの納得しないと描けないんだよーっ
ちなみに日中国交正常化は72年。生まれてねえ・・・。




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