―彼女と僕が髪を伸ばした理由―






「春麗、随分髪が伸びたね。」


泉で水浴びをして戻ってきた少女の髪をまじまじと眺めながら
紫龍は呟いた。この2年間、毛先を整える程度にしか
切ることのない豊かな黒髪は水に濡れて見事な艶を見せている。

長い上に量が多いから、いつも洗うのが大変そうじゃないか―

単純にそんなことを口にする少年にクスクスと笑いかけた。


「願掛けで伸ばしてるから切れないの。」

「願掛け…って何?」


非常に特殊な、かつ同世代の男児ばかりでの生活だったせいか
あまり一般的な知識を持ち得なかった紫龍があっさり返してくる。


「えっと…お願い事があってね、それがかないますようにって
 祈願するために…えっと、老師が『祈願成就の為に一定の
 行為を自分に課す』んだって、おっしゃってたわ。」


一瞬キョトンとした春麗は、少し考えながらも何かの教本を
諳んじる様に言葉をつなぐ。が、紫龍にはさっぱりわからない。

初等教育など受ける間もなく聖闘士になるために世界中へと
送り込まれた100人の少年達。自分は幸いにも老師のもと、
修行だけではなく様々な学問をも身につけてもらっているで、
以前とは比べ物にならない知識は得ていた。それでも、老師の
養い子であり教養を仕込まれた春麗にはまだまだ及ばない。
僅かに眉をひそめて首を傾げる少年に、自分もそう教えられた
だろうか、比較的簡単な例えを持ち出す。


「例えばね、好きな事とか食べ物を、願い事がかなうまで
 絶対にしたり食べたりしないとか。何度もお参りをして
 神様にお願いしたり…そうだ、日本に「千羽鶴」っていうのが
 あるって聞いたわ。願いをこめながら一羽一羽折るんですって?」

「千羽鶴って……ああ、あるけど。ああいうのと同じなの?」

「うん。それで私は願い事がかなうまで髪を伸ばしてるの。」

「そうなんだ…。ねえ、春麗はどんなお願いがあるの?」

「あ…と、人に喋っちゃ意味がないの。だから…ごめんね。」


控えめな彼女のこと、どんな願い事があるのか少年としては
興味をそそられる事この上なかったが。

そういう決まりなら仕方が無いね―と紫龍は笑った。


「春麗の願い事、かなうといいね。」


嬉しそうに頷く春麗は、ふと顔をあげて笑いかけてきた。


「そうだ、紫龍は何かお願い事はないの?一緒に願掛けする?」


素直な少年はここでしばらく自問自答する。

自分の願い事とは聖闘士になることだろうか―
でもそれは願を掛ける性質のものではない気もする―
まずは毎日の修行 願う前に努力しなければ不可能だ―
かといって、他になにか………―



「………あ、そうか」

「何?何かあるの?」

「言ったら意味がないんだろう?かなったら言うよ」


興味津々の態で訊ねてくる少女に、悪戯っぽく笑ってみせる。
ここに来てから随分表情が豊かになったのは、優しく
感情豊かな少女と話すせいだろう。聖闘士になる修行を
受けに来たというのに、それ以外に学ぶことの何と多いことか。

むくれるでもなく、紫龍にも願い事があることを我が事の様に
喜ぶ春麗は、小さな手で紫龍の髪の毛をツンとひっぱった。


「紫龍のお願いも、かなうといいね」


聖闘士になるのは自力でなんとでもしてみせる―


五老峰に来て出会ったのは自分と同じ拾われ子の少女。
そんな境遇でも老師の教育の賜物か生まれつきの性格か、
変に拗ねるでもなく純真無垢を地でいく彼女がそれほどまでに
願うことなら…かなって喜ぶ少女の顔はどんなにか素敵だろう。


願掛けをするほどの春麗の願い事が、どうかかないます様に―




そう願って髪を伸ばして5年あまり。


未だ髪を切ることのない少女を横目に、自分も一緒に
伸ばした髪は再会した幼少時の仲間達を驚かせた。
戦うのに邪魔でしかない、女性から見ても長すぎる髪も
慣れてしまえば―という紫龍の主張が真っ向から否定
されたのはいうまでもない(特に星矢あたりは)…。


「春麗の願掛けはまだ続いてるのかい?」

「え……紫龍ってば憶えてたの?」

「憶えてるさ」


家族以上恋人未満、自分にとっては大恩ある老師とは
別の意味でもっとも大切な人と想う様になってはや幾年。
何気ないことまで丁寧に憶えてるのだから、あれを
忘れろというのは逆に無理というものだった。


「一つはね、ちゃんとかなったの。でも途中でもう一つ
お願い事増えちゃって。そっちは……まだかな。」


ということはまだ当分延ばす羽目になるのだろうか。
まあそれもいいだろう、などと他人からすれば
のろけにも等しい感情を浮かべつつ、何故か少々
赤面気味な幼馴染みに笑顔を向けた。


「それもちゃんと成就するといいな。」

「………うん。」


そう応えた少女の返す微笑みは、どこまでも優しかった。

けれど紫龍は真実の扉を見逃していることに気付かない。
僅かな沈黙が一体何を意味するのかを…。





昔願ったのは自分の大好きな少年のこと。


―紫龍が龍座の聖闘士になれますように―





今願うのは自分の愛しい人のこと。


―ずっと紫龍と一緒にいられますように―







END







これも同盟サイト投稿作品。
これ以外紫龍の長髪に理由が思い浮かばなかった貧弱発想力。
ネタある人オイラに聞かせてくれえぇっ(切実)他力本願は止めましょう。
なんかもう文章書いてても画面が頭に浮かぶよ妄想が(笑)



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