藤丘樹実さん

『タンデム』パトリス・ルコント(共訳 扶桑社)

『旧約聖書の世界」ミレーユ・アダス・ルベル。『シュリーマン・黄金発掘の夢』エルヴェ・デュシエーヌ(共訳)。『ダーウィン--進化の海を旅する』パトリック・トール(共訳)。『日本の歴史』ネリ・ドゥレ(共訳)。以上、創元社「知の再発見」双書および「神の再発見」双書。

『列車に乗った男』クロード・クロッツ(アーティストハウスパブリッシャーズ)



授業の思い出

バベルの翻訳教室を受講する決意をしたのは、年をとってもできる仕事を、という考えと、学生時代せっかく4年間も勉強したフランス語をこのまま朽ち果てさせるのはもったいないという思いからである。とりあえずオリエンテーションに申し込み、これが高野先生との最初の出会いとなった。このときの内容は覚えていないが、気さくなお人柄と熱心なお話に、いっぺんで「この先生のご指導を受けたい」という熱意がこちらにも生まれた。

最初の授業に向けて、私は張り切って与えられた文章の訳文を作っていった(テキストはシムノンの「Le Petit Restaurant de Ternes」である)。この予習が間違いであったことを第1回授業で私は教えられた。まずはテキストを最初から最後まで読むこと、そして全文を通して作者の意図を汲み取ること、作者の言いたいことを読者に伝えるのが翻訳者の役目であり、そのためにはどういう訳文を作ったらいいかという軸を決めることが必要だったのだ。「日本語というのは非常に印象が強く残るので、最初から日本語にしないほうがいい」というようなこともおっしゃっていたと思う。全部を読みもせず、出だしからいきなり順を追って訳し始めた私は、仏文和訳の授業に出る学生気分に過ぎなかったということである。

しかし、フランス語の小説なんて、そうそう簡単に読み通せるものではない。辞書を引き引き何日もかかって読むうちに、最初のほうは忘れてしまいそうである。生意気にも私は先生にそう申し上げた。すると先生は、だいたいの内容をページの片隅にでもメモしておくとよい、とアドバイスしてくださった。

先生に教えていただいたことはたくさんあり、そのどれもが今も私の仕事において座右の銘になっているが、何と言っても、このとき翻訳のもっとも重要な基本を学んだことが最高の幸せであったと、先生には感謝してもしきれない気持ちでいっぱいである。