ロゴ100回までの道のり

初練習

 90年(平成2年)5月のゴールデンウィークに「今日から運動を始めるゾ」と一大決心で走り始めた。
 近所の公園まで自転車に乗り出かけ、一周400mの公園の中を走り出しては見たものの、わずか2〜3周で息切れしてしまった。 あまりの不甲斐なさに強いショックを受けてしまい、逆にこれが幸いしたのか、その後、週末の休日には走るようになり少しづつ距離を伸ばしていった。
 その頃の練習記録などはないが、秋に地元で行われるハーフマラソンを走る目標を掲げていた。

初レース

 陸上競技場の芝生のフィールドで、ウォーミングアップをした時の印象は、今でもよく覚えている。晴天の下できれいに刈上げられた芝生のジュータンのフィールドは、レース前の緊張をほぐし、清々しい気持ちにしてくれた。
 地元の上尾シティマラソン大会(ハーフ)が私の初レースで、この時初めて陸上競技場のフィールドに入ったのだった。
 走り始めて5ヶ月、練習でも10キロ以上走ったこともないまま大会に出てしまった。記録は1時間53分41秒で780人中602位。それでも完走できた喜びは大変大きかった。

初マラソン

 ハーフマラソンを3回走ったあたりで、一生に一度でいいからフルマラソンも走ってみたい。そんな思いを抱くようになり、初マラソンはホノルルでと思っていた。 少々ミーハーだったかも、それでもパスポートまで用意して準備していたが、仕事の都合でいけなくなってしまった。そんな時に、地元開催のフルマラソン大会が誕生した。 さいたまマラソンが開催されることになり、早速申し込み、まるで私の為に大会を開いてもらったようであった。
 この時もハーフマラソン大会で21キロを走ったことがあるだけで、それ以上長い距離を走ったことはなかった。何とか4時間を切りたいと痛めた足を引きづりながらゴールした事を昨日の出来事のように覚えている。
 そのとき作ったパスポートは一度も使用することなく、国内を走り回っていた。

体づくり

 走りはじめの頃は、すべての筋力が弱かった為に、走るだけではどうしても無理があり、多少距離を伸ばしただけでも、すぐに故障していた。そこで、ウエイトトレーニングを取り入れて、体育館へいったり、自宅にバーベルを揃えたりした。
 ある程度全体の筋力ができたら、走る方へトレーニングの比重を移し、98年にはほとんどウエイトトレーニングはやらなかった。体育館へ行く時間も走る時間に当て、走行距離を伸ばしていた。
 トレーニングではタイムを気にせずに、タイムが出るような体づくりをすることに重点をおき、トレーニングした。 時計と睨めっこする必要もなく、リラックスしてトレーニングすることが出来た。

サブトラック

サブトラック  走り始めた頃にサブトラックで私も走ってみたいと思い、体育館にある受付へ行った。すると、団体にしか貸しませんがと、困惑した表情で返答されてしまった。 つまり、サブトラックで個人で走っている人達は、迷惑をかけなければ勝手に走っていて良いという、暗黙の了解で走っていたのであった。以後、たまに走ってはみたものの、サブトラックで走っている人は、本格的に走りこんでいる人達ばかりに見えて、 気後れして、しばらくはサブトラックでは走れなかった。
 地元の陸協へ入ってから、ようやく顔見知りになった人が出来て、行くようになった。

スポーツ・リーダー養成講座

 マラソンを走り始めて3年目の94年に、市の教育委員会主催のスポーツ・リーダー養成講座を受講した。後にこの講座で学んだことが、私のランニングライフに大変役に立った。
 約30時間、17名の各専門の先生方による講義と実技指導を受けた。その後、マラソン教室やスポーツ講演会などが開かれるときは、練習時間を割いても聴きに行くように心がけていた。 と言うのも講座を聴いた後のレースでは、意識の高揚が見られるのか、いい記録につながった。たぶんメンタルトレーニングになっていたようだ。

グリコーゲン蓄積のタイミング栄養学

 95年10月の医・科学セミナーの公開講座で鈴木正成先生(筑波大学体育科学系教授)の講義を聴いた。
 トレーニング後、いかに早く食事を取るかによって、グリコーゲン蓄積の量が違ってくると言う最新論であった。もっとも、 運動後1時間以内に食事を取ると効果的に筋肉が作られるとは以前から聞いていたが……
 この講義を聴いて、私の場合いかに早く食事をするかではなく、食事の前にトレーニングをすれば良いのだと思い実践している。 休日の午前中は昼食前に、トレーニングを終え帰宅するようにしている。また、午後のトレーニングは夕食前に、トレーニングを終えて帰宅するようにしている。

完走100回目にサブスリー達成宣言

 92年2月の第1回さいたまマラソン大会が初マラソンでした。93年10月の通算3回目に走った大町アルプスマラソン大会で、フル百回楽走会会員の方と知り合い、以後、毎月マラソンを走るようになった。
 40回完走した頃に、100回目にサブスリーを狙ってみようと、冗談で思い描いていたところ、月刊ランナーズ96年8月号の記事広告取材で、100回目にサブスリーを達成したいと言ったことが載ってしまい、 さらに走友会の会報にもこの記事が載ってしまったので、周囲に公言してしまったような状態で、それを契機に目標にして走ってきた。実際には達成出来なくても、挑戦出来る位には、記録を伸ばしたいと願っていた。

体調を落としたら、レースで体調を整えよう

 風邪をひいて、走り込み不足のまま冬のマラソンシーズンに突入してしまうことがある。 そんな時はレースに出て、マラソンの感覚を身体に思い出してもらう。
 普段でも月間走行距離が200キロ〜300キロしか走っていないのに、風邪を引くと半分の走行距離になってしまうので、どうしても走り込み不足になってしまう。 そこで練習で長い距離を走るのではなく、メインのレース前に二週間前でも一週間前でもいいからレースを走っておくと、メインのレースでは体調を取り戻し、良い結果が得られる。 これは身体の方で二週間位までなら、マラソンの感覚を覚えていてくれるからだ。

100m走が体にいい

 15キロ〜20キロのジョギングをした後に100mダッシュをすると、背中の筋肉がほぐれストレッチ代わりになって、身体がリフレッシュする。これは使う筋肉が違うからだと思う。
 競技場のサブトラックでこんなことをやっているのは私ぐらいなもので、マラソンをやっている人はトラックで走るとしても、1000mのインターバルとか、5000m走などをやるのだが、私はこれが苦手でやらない。 実は200mもかなりきついので、少しでも身体にスピードの刺激を与える意味で100m走をやってみた。 ストレッチ効果も発見して、これが結構楽しくて面白い。芝生のフィールドと土のトラックで、気の向くままやっている。

100m走でフォームチェック

 短距離走のベテラン選手がいる。私が100m走をやっていると、一緒に走ってもらい、フォームをチェックしていただける。フォームを見ただけで体調も分かるらしい。
100mダッシュをその日の気分で芝生のフィールドで走ったり、土のトラックで走ったりする。芝生での全力走は、足底筋を普段よりかなり使うようで、足低筋を鍛える効果があるようだ。
 違ったところで違った走りをすると使う筋肉も違うようだ。また、100mダッシュをして、フォームをチェックしてもらいながら走ると、その後の長距離のフォームも不思議なほど良くなり、気持ち良く走れる。

データを参考にするが、役立たず

 一般のデータでは、私の5000mや10キロ・ハーフのタイムでは、到底サブスリーなど達成出来ない数字なのだが、これは理論なりデータが間違っているのではなく、私には役に立たなかったようだ。
 毎月フルマラソンを走っているので、フルマラソンを走った次の週などに5000m走の記録会に出たところで、速く走れる訳もなく、駅伝やハーフにしても同じことがいえる。
 年間にフルマラソンを20回位走っていたので、どうしても、正確な他の記録を計る機会が持てなかった。

毎年、自己ベストを狙う

 毎年少しづつ負荷を大きくして、より練習のレベルアップを図りながら、一年間のサイクルで行えば自己ベストを達成出来る。あまり早急に自己ベストを求めると、故障の原因となってしまう。
 例えば、10キロ走っている人だったら、平地の10キロから少しでもアップダウンのあるコースで10キロ走ってみるだけで、かなりの負荷を大きくしたことになり、一年経つと大きな効果を実感する。 また、練習では最低14キロを一回の練習で走っていれば、距離の不安はなくなるようで、14キロという数字はマラソンの1/3の距離、これは先輩のランナーからのアドバイスで実行している。
 一年に一回位はベスト記録で走りたい。

レースこそ最高の練習

 もし自分で給水係とか、サポーターを雇ったら、とても参加費の3千円や4千円では納まらない。ましてや道路の真中を走ることなど出来ない。道路の端は傾斜があり、足に負担となり、直りにくい故障の原因となりやすい。
 練習で全力を出すのではなく、レースを強めの練習にあてると思えば良いのではないか。多くの大会に参加して、レース経験を積むのも結構なことだと思う。

レース間隔

 毎月レースに出ているが、3週間以上の間を空けると、あまり良い記録が出ない。冬場のレースでは2週や3週続けて走っても良い結果が得られるが、もっとも3週続けて走った後は、かなり疲労が残るので、 あまり薦められない。
 3週間以上間隔を空けたときは、練習量をレースで走った以上の距離を走っていないと、良い結果は出ないようだ。
 あまり練習が出来ないときは、大会で走って走行距離を稼いだほうが、後々の記録として良い結果が出る。たぶん、これも2週間までなら身体の方で、マラソンの感覚を覚えていてくれるからだと思う。

未知の世界へ

 ゆっくり走れば身体も楽で、健康にも大変良いと思うが、そうゆうレースはもう少し年を重ねてからの楽しみに取っておくことにする。 そうは言っても調子を落としているときは無理はしないが、今は記録を伸ばせるうちは、もっと伸ばしてみたいと思っている。  10分違うだけで、それまでとはまったく違う、新たな世界に足を踏み入れたときの新鮮な感覚を味わうことが出来たのは、大きな喜びである。
 初レースの3時間55分を皮切りに、40分台、30分台、20分台、10分台、一桁台、サブスリーと自己ベストを体験してきた。 少しづつタイムを縮めてきたので、各タイムでベストを出したときの喜びを知ることが出来た。 いきなり3時間10分位で走っていたら、40分や30分、20分台のベストを出したときの喜びは味わえなかったわけで、大変貴重な体験になっている。

いろいろあるサブスリー達成法

 ランニング雑誌によると5キロを17分30秒、10キロを35分〜36分、ハーフを1時間20分前後で走れないと、サブスリーは無理であると多少の数字の違いはあるにせよ、さまざまなランニングの本に書かれているが、 何でマラソンを走るのに、5キロとか10キロの短い距離のタイムを参考にするのか私には疑問であった。毎月マラソンを走っている私には5000mの記録会に出ても、前の週にマラソンを走っていたりして、 マラソンの走りしか出来ない。タイムもマラソンの5キロの通過タイムと同じになってしまう。
 5キロの練習をやれば5キロが速くなり、10キロの練習をやれば10キロが速くなり、ハーフの練習をやればハーフが速くなる。何も短い距離でタイムをクリアーして行かなくても、マラソンの練習をやればマラソンが速くなる。 つまり、マラソン大会に出場して速くなる。レースに出場するのが最も手っ取り早い練習だと思っている。

記録を作る

 記録を作るといっても、速く走れる記録など出せるわけもなく、まして、今まで入賞すらしたことがない。また、完走回数を競って走っているランナーも多くいる。 では、どのような記録を作れるかといえば、珍しい記録を探し出すしかない。
 私の場合、毎年少しづつ自己ベストを更新していたので、100回目の完走で初サブスリー(マラソンで3時間を切ること)を達成することだった。今は次の目標に向かって走っているが、有言実行は少々きついので、 次の目標は達成してから発表することにする。
 珍しい記録なら、まだまだいろいろある。創意工夫で記録を作り出す楽しみは、市民ランナーの特権なのかもしれない。

イーブンペースで走れない

 前半飛ばしすぎると疲労物質の乳酸値が上がり、効率が悪くイーブンペースで走った方が良い。それは解っているのだが、どうも前半から飛ばさないといい記録が出ない。
 前半押さえて走っても、後半に落ちてしまう。人によるとスタミナ(スピード持久力)を付ければ良いそうだが、うまくいかない。私の特徴でもあり、欠点でもある。さらに言い記録を出そうと思えば、 やはり前半から飛ばして走った方が良いようだ。
 マラソンは気持ちが大きく左右する。前半に「いける」と言う気持ちが持てると、かなり走れるもので、これからも前半から飛ばして、後半にいかに繋げて行くかが課題になるようだ。 後半だけ大幅に縮めて、イーブンペースで走れるようには、当分なれそうにない。

連日走

 二日連続でフルマラソンを走る事を連日走とフル百回楽走回で言うようになった。私も96年に5月と6月に連日走を2回体験したが、二日目に10キロ走ったあたりで、もう35キロ位走ったような疲労感があった。
 先輩ランナーから「そんな事やっていると遅くなるゾ」といわれ、確かに自分でも、そう実感したので以後連日走は走っていない。しかしながら、もう1回、陸連公認大会の時に走ってみたいと思っている。

田園地帯は安全地帯

 いつ頃からだろうか、市街地をジョグするより、荒川のサイクリングコースや田園地帯を好んで走るようになってしまった。 今日はこのコースでとか、あまり前もってコースを決めて走っているのではないので、気の向くまま走っていたら、すっかり市街地を走っていないことに気がついた。
 夜間走るときも、市街地の方が街路灯やネオンで明るいので安全だと思うのだが、これがかなり危険なのだ、特に無灯火の自転車にはしばしば危険な目にあう、脇道からの飛び出しなど、 こちらがライトを持って走っていても危険なのだ。真暗な田園地帯と荒川サイクリングコースでは会う人はいないので、これもかなり勇気がいるが、真暗なところの方がまだ安全なのだ。

シューズ選び

 足の故障をしてしまうとランナーは脚力や筋力が弱いから故障してしまうと思いがちだが、故障したら、まずシューズメーカーを変えてみよう。自分にあったメーカーを見つけられれば、 早く故障から脱出することができるでしょう。
 私の場合、練習用シューズとレース用シューズに履き分けているが、道路で走る練習のときは安全重視のものを履き、レース兼用タイプの物は履かない。レース兼用タイプで練習していると故障してしまう。 レースでは軽量タイプの安全重視+レース兼用タイプを履いている。年齢的なことも有るでしょうが、レーシングタイプでは故障してしまうようだ。

足底筋痛

 走り過ぎによる疲労から足底筋痛を起こすことがある。走り方が悪いのか筋力が弱いのか、しばしば痛めてしまうのだが、ランナーとしては走りながら直したい。そこで、私の場合走った後で竹踏みをして足裏を マッサージし、温シップを貼ると翌日には痛みは取れている。以前は2・3日冷やしてから温めていたのだが、冷やしても効果がないので、いきなり温めてみたら一晩で直った。
 人によって、痛め方も違うので、全てが温めれば直ると言う単純なことではないので、日頃から自分自身の癖を把握しておき、素早くしっかりケアーしておくことが大事である。

駅伝

 100回目完走のさいたまマラソンの一週間前に奥武蔵駅伝に参加してきた。地元陸協が主体になって大会へ参加している。この大会は飯能から正丸峠まで往復するコースで行われ、 今まで登りの1区と3区を走ったが、苦しい思いでしかなかった。
 今回は下りの6区を走った。今までになく気持ち良く爽快にいい感じで走ることができた。おまけにアンカーで飯能商店街には人も沢山応援に出ていて、一番いい思いをした駅伝であった。
 この大会で次週のさいたまマラソンで、おもいきり走れる自信が付いたのは、大収穫であった。

100回目のマラソン

 98年12月と99年1月の月間走行距離は400キロ以上走り、100回目にサブスリーを達成するための練習をしてきた。
 当日の天候もマラソン日和となり、最高のコンディションでレースに臨み、100回目にして今までにない一番いい走りで自己ベストの2時間57分53秒のサブスリーを達成することが出来た。
 どうしたら自己ベストを7分位縮められるかとデータを調べてみると、これまでに自己ベストを出しているときには、8分位は縮めていたので、サブスリーの記録は出せると信じていた(今だから言えるのだが)。 今回だけは練習の裏づけがあったことが、レース中の冷静かつ果敢に走れた大きな力となったようだ。

初サブスリー

 残り2キロ地点で3時間まで後12分ある。キロ5分で走っても2分の余裕があると思ったら、残り2キロをキロ5分でしか走れなくなってしまった。ふくらはぎが少しピクピクしていたので全力で走ってケイレンなど 起こしてはいけないと守りの姿勢になってしまった。
 競技場の外周を一周半するとゴールだが、1キロ半位ある。競技場外周は800mあるので800m手前のランナーが隣を赤いコーン隔てて走っている。やはり守りの姿勢になっているようで、 まるでベルトコンベアーに乗っているように、皆同じ状態で走っていたのは、不思議でも有り滑稽にさえ見えた。

その後

 100回目の完走で初サブスリーを達成して一年が過ぎた。以後サブスリーは達成していない。
 初対面のランナーとこの話になると、一瞬、間を置いて、”それも、すごいことですね”と言う答えが返ってくる。必ず”それも”が加えられる。ただ”すごいですね”とか”サブスリーランナーですか”とかでは、 リアクションとしては面白くないので、”それも”が加わると、してやったりと内心思ってしまう。
 走友の皆さんに祝福していただき、嬉しかったのはもちろんだが、アドバイスを受けていたサブスリーランナーの方々が、サブスリーの仲間入りを笑顔で迎えてくれたのは大変嬉しかった。
山田敬蔵先生と私  また、100回完走のお祝いに山田敬蔵先生(1952年ヘルシンキ五輪マラソン代表、1953年第57回ボストンマラソンを世界最高記録で優勝)より、記念バッチとメダルをいただき、思いがけない贈り物に感激を新たにした。 これからも新たな世界を発見しながら走って行きたいと思っている。

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