上州からっ風マラソン大会
チャレンジ10日間連続フルマラソン完走(421.95km)
日本新記録に挑戦した汗と涙のランナー達の記録

上州からっ風マラソン大会 大会事務局
高本  晃

 上州からっ風マラソン大会の創立を記念して、「10日連続フルマラソン大会」を開催して日本新記録を樹立してみようという話が出たのは10月頃のことであった。現在の日本記録は伊藤秀義さんが昨年3月に「飯坂温泉ゆけむりマラソン大会」で達成した9回であることは周知の事実である。薮田会長の頭の中に構想はすでにあったようだが、自分としては「他人事」であり仲間を走らせ自分は事務局として裏方で観戦するつもりで計画を進めたのが本音であった。本当は来年5月連休あたりに実施する予定であったが、会長が定年退職し1月より再就職となるので年末、年始に実施することになってしまった。12月までは月例大会と10連走のパンフ作り、広報・宣伝等の準備に追われ、気がつくと12月28日の第1回目がやってきてしまった。今年は不景気が続き(人手不足で)仕事が忙しくなり十分な走りこみができず、10日間連続してフルマラソンを走ることができるのかという不安でいっぱいであった。また、この季節の上州(群馬県)はからっ風が吹きすさび、気温も低く条件も悪い時期である。自分を含めて、あえてそれでも挑戦しようというチャレンジ精神を持った4名のランナーが名乗りをあげた。長く苦しい戦いの幕開けであった。

2001年1228日 チャレンジ第1日目(前橋市運動公園)

 会社の御用納め終了後、前橋運動公園に、薮田会長、高橋清さんの3人が集合、和田光男さんは急な親戚の不幸が発生しキャンセルとなる。PM5時にスタートし1周1.8キロを23周と795mのコースである。気温は5℃でかなり寒いがコースはジョギング用のトリムコースと名前がついており、路面には200m毎に表示があり走りり易い。3人で歩調合わせ余裕を持って3周走る毎にエイドにて休憩を取る。この寒さの中、寄り添った一組のアベックだけが応援者である。予想外であったのは、午後10時に公園内の照明が消されてしまった。月明かりの中、5時間13分のタイムで寒さにふるえながらゴールとなった。携帯電話に明日TBSテレビが撮影にくる旨のメールが入っていた。帰りに国道50号に新しくできた温泉(銭湯)に直行し、冷えた身体を癒した。帰宅は0:00であり、明日の第2日目は睡眠不足で心配である。
                                    42.195キロ完走

2001年12月29日 チャレンジ第2日目(桐生市松原橋公園)  本日は、TBSテレビと桐生タイムスの取材があった。一般参加は今日からであり、桐生走ろう会の金子編集長、応援者を含め16人の参加があった。和田氏も本日から参加し、9日連続+1回の10回を目指す。高橋氏はどうも昨日夜間ランにて風邪をひいたらしく10キロでリタイヤとなった。自分にとっても、2連続フルマラソンは未知の世界であり不安もあったが、なんとか完走できた。体調は悪くないが太もも前部の筋肉痛となっているが4時間29分にてゴールし計画どおりの走りができているようである。11月、12月は毎週1回フルマラソン大会に参加しており、タイムもレースよりも1時間近くゆっくり走りの為まだまだ体力も気力も余裕があ。まだまだ先は長いと自分に言い聞かせ、自己満足にてのゴールであった。
                                                 
84.39キロ完走

2001年12月30日 チャレンジ第3日目(桐生市松原橋公園)
 本日は、参加者10人である。昨日リタイヤした高橋さんは今日からまた参加となり9回完走を目指す。フル百回楽走会の仙波末寿男(茨城)さんと黒田政昭さん(富山)が参加してくれた。10時頃より上州名物のからっ風が吹き荒れフル百メンバーへの厳しい洗礼となった。それでも黒田さんは3時間42分でトップでゴールとなる。
 3日目でまだ走る余裕があり、35キロでスパートをかけ藪田会長を抜き4時間26分にてゴールできた。富士五湖ウルトラマラソン(117`)ではこれに近い距離を走った経験があるのでどこか余裕があり、だんだん記録が良くなるのが楽しみである。しかし、これが後から大失敗となることに気が付かなかった。
                                   126.585キロ完走

2001年12月31日 チャレンジ第4日目(桐生市松原橋公園)
 本日は、参加者11人。朝から身体が重く、左足底に痛みと右膝に違和感がある。からっ風も昨日ほどではないが朝から強い。昨日はつい調子にのり無理をした付けがまわってきたことにようやく気がついた。10キロを1時間かけ10分休憩することにした。高橋清さんが一緒につきあってくれたおかげで4時間56分にて完走。薮田会長は調子が上向きで4時間12分にてゴールした。帰宅してから身体中湿布薬でミイラのようである。明日からは本当に未知の距離であり、走れるかどうか不安が残る。明日はニューイヤー実業団駅伝があり、大会のスタートは13時であるので少しゆっくり眠れる。
 激動の2001年ももうすぐ終わり、まもなく新しい年がやって来る。薮田会長と2人で始めた「上州からっ風マラソン大会」も参加者が多くなり地元に定着した感がある。今回のイベントの12月28日から1月6日までの「チャレンジ10日間連続フルマラソン大会を」なんとか成功することを初詣でお願いしようと思う。
                                               
168.78キロ完走

2002年1月1日 チャレンジ第5日目(桐生市松原橋公園)

 A HAPPY NEW YEAR!! 今日は実業団の駅伝を松原橋にて見学。富士通の藤田選手が目の前で2人抜きを見せてくれた。根性はすごいものがある。会員の多くは駅伝のボランティアにかりだされており参加者6人と少ない。
 例年になく、穏やかな天気で暖かく、このまま続いてほしいものである。体調は昨日よりは良いが、左足首関節と右膝に痛みがある。大会は、PM1時からのスタートとなった。35キロ付近から日が暮れて河川敷は暗闇となり、すれちがう人が誰だか判別できない。須田さんが自転車にて駆けつけライトを点灯し先導してくれたおかげで42.195キロを完走。やっと半分の折返しまでたどり着いた。チャレンジヤーの和田さん、新井さんがゴールしていないので待つ。薮田さんが「寒い寒い」と連発しており風邪でもひくと大変なので先に帰って休んでもらう。二人は18時30分頃疲れた様子でゴールしてきた。明日が心配である。
                                   210.975キロ完走

2002年1月2日 チャレンジ第6日目(桐生市松原橋公園)

本日は、参加者13人と応援ラン4人参加。心配していたとおり、和田さん、新井さんが来ていない。やはり連続フルは過酷であるのか。まして時期的に真冬は身体に負担が大きいのだろう。自分もそろそろやめようかと何度も考えたが薮田さんの顔を見ると「明日もガンバロー」になってしまう。そういう雰囲気を持った人なのだろう。薮田さんにとっても6回連続フルマラソンは初体験とのことである。
 昨日に続きからっ風が吹かずラッキーであるが、身体が重く、体調が悪いので全てマイペースを守ることにした。追い抜かれてもじっと我慢し、4時間51分にて完走できた。左右の足首と膝に痛みが出てきた。更に腰に鈍痛が発生している。
 今日で、約250キロ完走し、萩往還もスパルタロン(共に250`のレース)も完走できる距離である。毎日の42.195キロを6日間と1回で250キロを走るウルトラマラソンはどちらが良いかと言われれば、1回で走るほうが絶対に楽であると思う。大会参加の他、毎日、毎日の大会準備と後片付け、事務処理は大きな負担である。誰か手伝ってくれるとありがたいのですが。
                                                 
253.17キロ完走

2002年1月3日 チャレンジ第7日目(桐生市松原橋公園)

 からっ風が朝から強く、この冬一番の寒さである。本日は、参加者11人。フル百回楽走会の沼津さんご夫妻と清水健男さんが平塚より参加あり。からっ風のすごさを十分に味わったようです。今度は気候の良い5月頃に上州へ来て下さい。
 膝の痛みは軽くなったが左と右足首の内側に痛みが発生している。シューズを底の厚いものに変更した。和田さんと共に5時間かかってやっとゴールしたが、痛みがひどいので明日が心配である。帰りにドラックストアにてテーピングと薬を、スポーツショップにてナイキのエアー底のシューズを購入した。費用もばかにならない。家に帰ると妻や子供たちが心配し、湿布薬を貼り付けマッサージをしてくれるようになった。家族の予想は3回でリタイヤであったが、みごとにハズレである。普段、濡れ落ち葉的存在の父を少しは見直してくれたようで少し嬉しい。フル百回楽走会の吉野事務局長から電話があり、寝る前にサロンパスを足の裏に貼る旨のアドバイスあり。                
                                                
295.365キロ完走

2002年1月4日 チャレンジ第8日目(桐生市松原橋公園)

 本日は、参加者9人、応援ランが7人である。良い天気である。朝起きてすぐに右と左足首にテーピングにて固定したが、右はどうにもならないところまで来ている。走ってみると1歩毎にズキンと痛みが来るが、ニューのシューズは衝撃吸収が良く、何とか走れるようである。最後尾を走っていると高橋さんが並走してくれた。折返し場所では、すれ違うランナーにはいつもこちらが声をかけているのであるが、今日は相手から「がんばれ」の声がかかる。貴乃花ではないが「痛みに耐えてよくがんばった」ので4時間48分にてゴールできた。身体は悲鳴をあげており、本当はもうそろそろ止めたいが「絶対に完走する」という気力と「走らなければ」という義務感が肉体を動かしているようだ。  
                                                 
337.56キロ完走

2002年1月5日 チャレンジ第9日目(桐生市松原橋公園)

 本日は、参加者10人。今日が自分にとっては天王山となる。左右の足首は腫れ上がりテーピングを2重に巻いて固定する。これで今日走り終わると明日なんとかなるだろう。スタートしてトラック1周でテーピングがきつく走れず、近くのベンチに腰かけて巻きなおしをする。皆がどんどん先に行くがあせらず完走のみを目指す。走り方はオカマ走り(すり足)である。高橋さんが伴走してくれ、世間話で痛みを忘れさせてくれる。本当に仲間とはありがたいものであるとつくづく感じた。
 今日もからっ風は容赦なく吹き付けてくるが、向かい風の時は足が冷やされて調子よくなる。反対に押し風の時は着地の時に足に負担がかかり痛みがくる。なんとか5時間15分にて完走できた。明日は玉砕覚悟で完走を目指す。         
                                               
379.755キロ完走

2002年1月6日 チャレンジ第10日目(桐生市松原橋公園)

 本日最終日である。耐えがたきを耐え痛みを乗り越え今日が来た。朝から念入り足首をにテーピングし、タイガーバームを塗りこむ。会場には7時に到着すると国枝さんが立て看板、横断幕の用意をしてくれていた。さすがにプロの看板屋さんであってうまくできあがっているが、大きな字で「日本記録達成」と描いてあり少し恥かしいようだ。
 フル百回楽走会の竹田会長(横浜)と仙波さん(茨城)が駆けつけてくれた他、応援者を含め16人の参加があった。午前8時、薮田会長の号令にて一斉スタートとなる。今日は薮田さんと一緒にゴールしたいが、実力差を考えると30キロ地点で2キロ位先行しなくてはならない。最初から先行し行けるところまで速く走ることにした。今まで毎日、明日走ることを考え体調を調整していたので大きなストレスとなっていたが、明日は走らなくてもいいので気分が楽である。中島修一さんが先導してくれて順調に走り、28キロ付近で薮田会長との差は1.5キロである。これ以上のペースアップはできないが計算どおりである。39キロで薮田さんが追いついてきた。やはり走力の差が歴然である。中島さんと既にゴールした朽名さんが戻ってきて伴走してくれる。もうすぐゴールである。
 事務局としてこのイベントを計画しサポートすることが仕事であると考えていたが、薮田さんやその他の仲間に引っ張られ、10日間連続完走するはめになってしまった。有森選手ではないが「自分で自分を誉めてやりたい」という気持ちが十分理解できた。ゴールでは多くの応援者の他、TBSテレビ局、毎日新聞、桐生タイムスの新聞社、そして妻と息子、娘が待っていた。大勢の歓声の中、薮田さんと共に感動のフィニッシュで「フルマラソン10日間連続完走…・日本新記録」でゴールテープを切ることができた。
 本当に長い、長い10日間であった。薮田会長はじめ一緒に伴走、先導してくれた仲間、応援に来てくれた仲間に助けられやっとの思いで完走できた。また家族の協力があってこそ目標達成ができ感謝いたします。やっと正月が来たようです。みなさんありがとう!!

421.95キロ完走

編集後記

 期間中、多くの方々の応援や差し入れありがとうございました。おかげさまで「上州からっ風マラソン大会―チャレンジ10日間連続フルマラソン」のイベントは大成功で終了できました。42.195キロという半端な数字ではありますが、フルマラソンの魅力に取りつかれた人も多かったのではないでしょうか。フルマラソンは決して苦しいものではなく、誰にでもでき「ゆっくり走れば楽しくなる」ものです。フルマラソンへの「こだわり・チャレンジ・ユーモア」の精神を忘れずに人生を楽しいものにしていきましょう。
 今後も上州からっ風マラソン大会事務局では、あっと驚く鉄人イベントを企画していきたいと考えております。

延べ参加者総数 135名(選手:104名  応援・応援ラン他: 31名)

参加者の記録